ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
「西住殿・・・」
優花里は佇むみほに声を掛けたが、振り返った隊長の苦渋に満ちた表情を見て、それ以上語り掛ける事を躊躇ってしまった。
みほの前には遺体袋が横一列に並べられている・・・死亡した強豪連合の乗員達が収められている。
T-34-85の乗員4名と指揮していたカチューシャ、パンターと相討ちになったシャーマンの乗員4名と指揮していたアリサ、そしてパンターの乗員4名と指揮していた赤星の15名。
そう、この戦いで15名も命を落としたのだ。
もはや試合などではない。
只の殺し合いだった。
あんこうチームを庇った角谷は瀕死の重傷を負い、この学園艦の集中治療室に運び込まれ、今は誰も立ち入る事が出来ない状態だ。
生死の境を彷徨っており、最悪の場合、ここに遺体袋がまた1つ追加になる。
みほは相手の戦車の戦闘能力を奪う作戦で、この戦いを犠牲者ゼロで終わらせるつもりでいたが、強豪連合はそんな考えは甘いと言わんばかりに戦意剥き出しで挑んできて、おまけに味方から裏切られて何度も死にかけた。
あんこうチームは、元いた世界と鏡像世界の違いを改めて痛感したのである。
元いた世界では掛けがえのない親友同士だったカチューシャ、アリサ、赤星の遺体が遺体袋のジッパーに閉じられていく光景は、どこか他人事のような感覚でもあった。
それは恐らく、この世界の過酷さを受け入れまいとする脳の最後の抵抗なのだろう。
優花里もみほの隣に並んで、15の遺体袋を見回していたが、耐えられなくなり、
「西住殿。我々は帰れるのでありますか?」
そう問い掛けられた後も、みほは尚も暫く押し黙っていたが、やがて口を開いた。
「分からない・・・」
自分達を理解し、元の世界に送り返そうと便宜を図ってくれた会長の後ろ盾も失い、この世界の勝手を知らないのに一体どうしようと言うのか。
確かに、今学園艦は次元スリップを引き起こした震源地に引き返してはいるが、そのプランを勧められたのも角谷の存在あってこそである。
「こんな世界、早く抜け出したいです。だって・・・」
優花里は先を続けられなかったが、それは目の前に横たわる遺体袋の列が十分に物語っていた。
2人の後ろに華、麻子、沙織の3人が現れたが、その余りにも沈痛で重苦しい空気を察して立ち尽くし、声を掛けられなかった。
と、そこへアリクイチームの猫田が現れた。
左手には何か折り畳まれた紙を持っている。
「西住隊長」
みほが振り返ると、猫田は進み出てきてその書状を渡した。「これ、角谷会長の伝言だにゃ」
今の状況を考えると語尾に違和感を感じざるを得ないが、それを指摘する元気も無かった。
「会長の・・・伝言・・・?」
猫田は小さく頷いた。
「『自分に何かがあったら渡すように』って、託されていたにゃ」
「え?」
「西住隊長。あんこうチームの正体は、うちも会長から聞かされていて知っているにゃ」
猫田がここでそれを明かした意味を図りかねていると、
「ひょっとして、今朝に書類を置いて行ったのは・・・?」
麻子の言葉に、猫田は首肯しながら右手の人差し指で眼鏡をひょいと縁の下から持ち上げた。
「さすがは首席。察しがいいにゃ。我々アリクイチームは生徒会の密偵。それを読んだら、そこに書かれている行先まで来るように」
猫田はそう言うと立ち去った。
みほは周囲を見回したが、遺体袋が安置されているこの部屋にはあんこうチーム以外の誰もいない。
みほは書類を開き、中身を読んで驚愕に目を見開いた。
「どうしたのでありますか?」
優花里が尋ねると、みほは黙って書類を優花里にスライドさせた。
優花里たち4人が囲んで書類の内容を読み、
「これは・・・」
と麻子が小声ながらも驚きの声を洩らした。
その内容は、簡単に言うと『あんこうチームを生徒会長、生徒会副会長、並びにその幹部として任命する』と書かれていたのである。
「どうしてこのような事を・・・」
「私達をここに引き留めるつもりかしら?」
華と沙織がそれぞれ疑問を口にすると、麻子が
「いや。元の世界に戻るまで、この学園艦の指揮権を託したんだ」
「麻子さん?」
麻子はみほに体を向けた。
まだショックから完全に立ち直れていないが、他の4人とは異なり目は引き締められている。
「会長はこういう事態も想定して、手を打っていたんだ。西住さん、我々はしっかりしなければならない。死者が大勢出た事は勿論悲しいし、苦しいが・・・我々は元の世界に帰らなければならない使命があるんだ。会長の願いを無駄に出来ない」
みほはゆっくり息を吸うと、再び遺体袋の列を振り返り、別れを告げるように1つ1つ視線を動かしていくと、麻子に顔を戻した。
「行きましょう。生徒会長室に」
書類には、『もし受けてくれるなら生徒会長室まで行ってほしい。必ず元の世界に帰ってくれ』と締め括られていた。
続く