ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
生徒会長室に向かう前に、みほは猫田に角谷の病室に案内させた。
「話しかけても聞こえないにゃ」
「いいんです。外で待っていて下さい」
そう言うと、みほ達は引き戸を開けて角谷の病室に入った。
心構えはしていたが、ベッドに呼吸器を口に当てられて昏睡状態にある角谷を見るとショックが足のつま先から頭のてっぺんまで電流のように突き抜けた。
「あ・・・」
「沙織さん、しっかり」
華が、足元がふらついた沙織を支えた。「そこの椅子に座りましょう」
「有難う華。でも、もう大丈夫だよ」
「無理はしないで下さいね?」
みほは静かに足を踏み出し、角谷の枕元に立った。
その横に優花里がやって来る。
「良かった。呼吸はしているようですね」
「でも、目は覚めるかな・・・」
「きっと目覚めます。会長はメンタルの強い人じゃないですか」
「こっちの世界でもそうかな」
「そう信じましょう」
華の言葉に、麻子も頷いて、
「ああ。あとは角谷さん次第だ」
みほは改めて角谷を見下ろす。
表情こそ苦しそうだが、生にしがみつこうと強くもがいており、死に制圧されかかっているようには見えなかった。
「会長、必ず帰ります。そして無事に目覚めて下さい」
それから5人は猫田の先導で生徒会長室に向かった。
そこでは風紀委員長にして拷問官の園みどり子があんこうチームを待っていた。
「会長の伝言は聞いてるわ」
澤の拷問を見ていたみほ達は一瞬たじろいだが、こちらの味方らしいと分かると緊張を解いた。
「あの・・・」
「何?」
「私達の世界では『そど子』さんと呼んでいるのですが・・・」
みほがそう尋ねると、園はあからさまに不愉快な表情を浮かべた。
「もう一度その呼び方をしたら片目を潰すからね。たとえ会長の伝言があっても」
「あ・・・すみません」
「で、会長はあなた達に味方しろと言う事だったわ。ちゃんと元の世界に帰すサポートを全面的に行うようにって」
園が親指で会長席を指し示した。「座る?」
「・・・いえ、とてもそんな事は・・・」
「そう。で、西住会長。最初の仕事だけど・・・」
園は素っ気ない口調で脇に抱えていたタブレット端末を操作してみほの方にモニターを向けた。
みほが目を凝らすと、それは航海スケジュールらしかった。
「これは・・・?」
「今の学園艦のコースよ。このまま進むと、明日にはあなた達がこちらの世界にやって来たポイントに差し掛かる。そこで爆発を再現するって前会長から聞いてるけど、どうする?」
みほ達の頭の中に『前会長』と言う単語が引っ掛かって点滅した。
身を挺して守ってくれた角谷は昏睡状態にあると言う。
みほは唾を飲み込んだ。
「勿論、このまま進みます」
「分かったわ。操舵室にはこちらから伝えておくから」
「有難うございます」
「あと、カバチームの拘留にも賛成よね?計画の邪魔になるから」
それはそうだが、チームメイトにそのような仕打ちをする事は内心気乗りしなかった。
だが、今は計画が最優先だ。
「・・・はい。でも、本当に拘留だけですよね?」
「安心して、拷問はしないから。あと強豪連合の捕虜もぶち込んでおいたわ」
「じゃあ、お姉ちゃんも?」
すると園が片眉を上げた。
「こっちの世界のあなたはかなり憎んでたけど。そっちのあなたは違うのね」
「会わせて貰えませんか?」
「あなたは会長よ。全ての権限を握っているわ」
「・・・何しに来た?」
みほがやって来るなり、まほはみほに背中を向けたまま、開口一番冷たくそう言い放った。
鉄格子の牢屋の中に、まほは一人で閉じ込められていたのだった。
みほは4人を待たせておいて、自分だけまほの前まで案内して貰った。
園はまほの独房からは見えない位置に立って、不測の事態に備えている。
「お姉ちゃん・・・」
「今更なんだ気持ち悪い。急に懺悔しに来たのか?」
「この後どうするの?」
「お前の知った事じゃない」
「でも・・・」
「用が無いなら帰れ。お前とはこれ以上口を利きたくない」
まるで取り付く島もない。
だが、こちらを振り向いて貰う必要がある。
「どうしても聞きたい事があって」
姉は無言だったが、みほは続けた。「すぐお姉ちゃん達を出してあげるんだけど・・・」
すると園が、タブレット端末のモニターを何度も指差した。
そこにはこの世界の戦車道のルールの一文が記載されており、その内容はと言うと『他校選手を捕虜にした場合は、将来的な試合の脅威にしない為に拘留ないしそれ以外の手段を認める』というものだった。
『それ以外の手段』と曖昧なところが容易に想像出来てぞっと背筋が寒くなったが、みほは横目でそれを見たきり無視した。
「お姉ちゃんはどうなっちゃうの?」
「西住家の掟を忘れたわけじゃあるまい」
「いや、知らない」
まほが肩越しに振り返った。
残された右目が不審げに細められている。
「・・・何が言いたい?」
「いいから答えて」
「ふん。なら教えてやったらどうだ。そこにいるのは分かってるぞ」
「まあ、気付いてるだろうとは思ってたわ」
園がみほに歩み寄るとタブレット端末を差し出した。「西住家の掟よ」
みほは受け取ると、モニターの内容を読んだ。
すると恐怖で手が震え出した。
「そんな・・・」
「お前にとってはいい気味だろう。私の泣きっ面を拝みに来たのだろう?」
「お姉ちゃん・・・」
「よせ、その呼び方は。私とお前は敵同士だ。これ以上何を話す」
「お願いだからやめて!」
みほの悲痛な叫びに、まほや園は思わずギョッとしてみほを凝視した。
みほは今にも泣き出しそうだ。
いや、もう口元はわなわなと震え、目尻からみるみる涙が溢れ出して顎で合流し、1つの滴となってポタポタと床に落ちた。
膝が震えて立っていられなくなり、タブレット端末を抱えたままその場にくず折れ、背中を丸めて項垂れて慟哭する。
2人の間に割って入るように、園が屈みこんでみほの肩に手を置いて囁く。
「バレる前に行くわよ」
立ち上がらせようとする園を、みほは泣きながらもやんわりと脇にどかせた。
「嫌です・・・」
「でも」
「どうした?」
いつの間にかまほが鉄格子の前に立っていた。
泣きじゃくるみほの様子に、ただただ困惑した表情を浮かべている。
みほは泣きはらした顔を上げてまほを見上げた。
「お姉ちゃん!帰っちゃダメ!お願いだから!」
「私はけじめを付けなくてはならない」
するとみほは前に飛び出して、鉄格子の間から手を突っ込んでまほの両手を握りしめた。
その力の強さと温かさにまほは驚き、益々困惑を深める。
「おい・・・」
まほは振りほどこうとしたが、みほは握る力を強めた。
「なんで死のうとするの!?」
「それが西住家の掟だからだ。三度目の敗北は許されない」
「じゃあここにいて!」
みほは出来るだけまほと距離を詰めようとするかのように、鉄格子に顔を押し付けてまほと顔を相対させた。「お願いだから!」
まほは落ち着きを取り戻したのか、またみほを睨みつけた。
「私に恥をかかせようと言うのか。西住家の掟を破った人間として」
「そんな事聞いてないから!」
「お前は自分が西住家を汚すだけでは飽き足らないようだな」
するとみほは姉の手を離し、園に振り返った。
「鍵を!」
「え、何を・・・」
「いいから!命令よ!」
言うや否や、みほは園の腰にぶら下げてある鍵の束を奪い取った。
こんな命令口調で喋るのは我ながら初めてだと思いながら、みほは房番号と表記が一致する鍵を選んで解錠して鉄格子の扉を開けて中に踏み込んだ。
「お前・・・」
まほは身構えたが、みほは姉に抱き着いた。
抵抗しない辺り、まだ姉としての感情が残っているという事か。
「お願いお姉ちゃん・・・死なないで。帰るなんて言わないで・・・」
「なら永遠に閉じ込めておくのも手よ」
園が後ろから声を掛けたが、やはりみほはそれに応じなかった。
まほは腕を回してこなかったが、どうしたらいいものかと動きが固まっているようだ。
尚もみほはまほに抱き着いたまま泣き続けたが、まほが一瞬悲し気な目になった事に園は気付いた。
続く