ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出   作:ミハイル・シュパーギン

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逡巡

漸く泣き止んだみほは姉を放すと、目元の涙を拭いながら

 

「帰らない事を承知するまで、ここに居て貰うね」

 

と言って牢屋を出た。

今のままでは、外に出すと強引に帰ってしまいかねない。

乗って来たスーパーギャラクシーは使えないが、幾らでも脱出の手段はあるだろう。

 

と言うわけで、今はここに閉じ込めておくのが最善だ。

 

鍵をかけてから園に返し、牢屋を後にしようとした時、まほの声が呼び止めた。

 

「なあ。まだ痛むか?」

「え?」

 

みほは意味が分からず立ち止まってまほを振り向いた。

そのきょとんとした様子に、まほが首を傾げる。

 

「背中だよ。時々痛むんだろ?」

「背中・・・?」

「お前、何も分かってないのか?そんな顔をしているぞ」

 

みほは自分の鈍さに内心ハッとしたが、もう遅かった。

まほの行く末を見てあまりにも動揺していたせいで、頭が回らなかったようだ。

 

「見せてみろ」

 

まほの要求をかわそうと、強がるフリでごまかそうとして、

 

「ああ、いや。もう大丈夫。痛まないよ」

 

だがそれは、かえってまほの表情を険しくさせただけだった。

 

「・・・ケガをしたのはいつだ?」

 

みほは答えに窮した。

そんな質問への答えなど、当然用意していなかった。

 

「え・・・ああ・・・」

「まさか記憶喪失ではあるまい。どうも変だな。それに、さっき私の言った事がさっぱり分からなさそうだったじゃないか。どういう事だ、一体?」

 

みほはまほの質問に取り合わずに黙って立ち去ろうかと一瞬迷った。

が、それは相手の疑念を深めるだけだ。

記憶喪失で突き通すには、今までの反応で既に一貫性を失わせている。

 

みほは振り返ると、再びまほの牢屋の前に立った。

何をするつもりか察した園が、口を「ダメよ」と言う風にパクパクさせながらジェスチャーで止めたが、みほはまほに背中を向けると制服を捲り上げて見せる。

 

それを見たまほが思わず

 

「え!?」

 

と驚きの声を上げた。

 

みほは制服を下ろしてまほに向き直る。

 

「本当は、知られたくなかったけど・・・」

「お前、傷はどうした?」

「初めから無いよ」

 

妹の返答に、まほは思考が追い付いていないようだった。

 

「・・・おい、ちゃんと説明しろ」

 

みほは息を深々と吸い込んで心を落ち着けると、静かに宣言した。

 

「別の世界から来たの。信じて貰えないかもしれないけど」

 

まほは暫し呆気に取られて立ち尽くしていた。

 

 

 

「じゃあ」

 

長い長い沈黙の後、やっとまほが口を開いた。「お前は別の時間軸から来たみほだと言うのか?」

 

「信じられないと思うけど」

「信じるも信じないも、そう背中がまっさらじゃ信じないわけにはいくまい。一生消えない傷痕だったんだぞ」

「そうなんだ・・・」

「まあいい。お前には関係ない事だからな。ところで、『別人』だとなると、大事な話をしておかねばな」

 

 

 

「ええ、正体明かしちゃったの!?」

 

生徒会長室に向かうエレベーターの中で、沙織が思わず叫んだ。

 

「沙織、うるさい」

 

ぼやく麻子に構わず沙織は声の高さを抑えつつ言葉を継ぐ。

 

「そんなに言いふらして大丈夫なの?」

「私も心配です」

 

華も沙織に同調して、懸念を浮かべた表情で頷く。

 

その時、エレベーターが生徒会長室のある階層で止まったので、5人はエレベーターを降りて生徒会長室に入るまで無言を通し、扉を閉じてから、

 

「ちょっと私も迂闊だったな・・・」

 

少し項垂れて反省するみほに、優花里が

 

「でも西住殿。こう言っちゃなんですが、お姉さんを味方に付ける事は出来ないのでありますか?」

 

みほは顔を上げて優花里を見た。

 

「え?」

「まだ異変ポイントにつくまで半日以上かかります。西住家の掟を調べたのですが・・・」

「ああ、ひょっとして、裏切者は決して許さない、っていう掟の事?」

「知ってたんですね」

「お姉ちゃんから教えて貰ったの」

「この世界の西住流家元が、このまま放っておくとは思えません。今日の戦闘結果がもう知られていたら・・・」

「それはまだみたい。定時連絡からもう1時間過ぎてるけど、行動を起こすのは音信不通から6時間後だって」

「なるほど。明日の脱出までに新手が差し向けられるわけか」

 

麻子が結果を述べると、沙織、華、優花里がごくりと唾を飲み込んだ。

 

「・・・私達、帰れるのかな?」

 

弱気になった沙織が4人を見回した。

今日の対強豪連合戦も壮絶で、こちらも何度も文字通り死にかけた。

次にまた襲撃者が来たら、同じように凌げるとは限らない。

 

その時、華が優花里の提案の意味を脳内で反芻して、信じられないと言うように息を呑んだ。

 

「優花里さん。ひょっとしてこの世界のまほさんに、新手を防いで貰おうと言うのですか!?」

「誤解はあると思いました。でも決してそうじゃないです。鏡像世界とは言え、西住隊長の姉に人殺しをさせようなどとはこれっぽっちも思ってはおりません」

「じゃあ、味方に付けると言うのは・・・?」

「時間稼ぎをして貰うんです。勿論、戦闘以外の方法であります。さっきまでその方法を考えていたのですが・・・」

 

みほが言葉を引き取る。

 

「その定時連絡で、帰るまでの時間を稼ぐって事?」

「はい。何れバレるでしょうが、それでも一晩は凌げる筈です」

「いや。何度か連絡を取ろうとするかもしれない。秋山さんが言っている事は、西住さんの抹殺が完了したと嘘の報告を西住流家元に吹き込む。違うか?」

「ええ、まあそうですが・・・」

「後始末とかの状況報告を求めてくる可能性がある。学園艦に留まるという事は、そういう事だろう?」

「う・・・ですが・・・」

「お姉ちゃんなら事情をよく知ってると思うから、もしかしたら・・・」

「西住さん。この世界は一歩間違えたら死だ。かもで話は進められない」

「じゃあ、麻子はどうすればいいと思ってるの?」

 

沙織の逆質問に、麻子はあっさりと

 

「分からない。今はまだ」

「じゃあ、みぽりんの直感に従ってみたら?5時間なんてあっという間よ。それに後回しにしたら、しただけ疑われるんじゃない?」

「そうですね。ここはみほさんに任せましょう」

 

華も首肯し、優花里が

 

「西住殿。どうしますか?」

 

と指示を仰いだ。

麻子もみほを見る。

 

正直言うと、みほは非常に疲れていた。

出来ればこの問題を先送りして一休みしたい。

が、沙織の言う通り、定時連絡から遅れれば遅れるほど疑念が深まるだろう。

そうなると虚偽報告が通りづらくなる。

 

そう、この世界から脱出するまではあんこうチームに安息の時は訪れないのだ。

 

どんな不確定要素を孕んでいるか分からないが、今は前に進むしかない。

 

「やってみよう」

 

みほが表情を引き締めると、友人達も背筋を伸ばした。

 

 

 

『お姉ちゃん、痛いよお!痛いよお!』

 

泣き喚く小さなみほが自分に抱き着いて来る。

まほも抱き寄せようと妹の背中に腕を回したが、そこで背中が濡れて何か違和感のある突起物の感触もある事に気付いた。

みほの背中は血塗れで、そこから十数メートル先が小さなクレーターとなって煙を吹いている。

 

どうやって家から持ち出したのか、砲弾を弄って遊んでいたらしい。

そして、道具を取りに背中を向けて走り出してすぐに、砲弾は爆発したというところだろう。

 

爆発音に気付いたまほは家を飛び出すと、泣きじゃくりながらよろよろと歩いて来る妹を見つけ、驚いて走り寄った。

 

姉の姿に安心したのか、みほはまほに倒れ掛かるように抱き着いてもっと大きく泣き喚いたので、まほもみほをしっかり抱き寄せたが、そこで初めて背中に大けがを負っている事に気付いたのだった。

砲弾の破片が幾つも刺さって切り裂き、それは一生残る傷痕となって残った。

 

牢屋の中でみほがまほに泣きながら抱き着いた時、困惑しつつも悲し気な目になったのは、この記憶を思い出したからだった。

 

あの時ほど、まほはみほの事を大切な妹である事、そして守りたいと思った事は無かった。

 

だからこそ殺し合いの戦車道から遠ざけようとしたのだが・・・

 

まほの願い叶わず、敵対する者同士となってしまい、まほは心底みほに怒りと失望を覚え、口を利かなくなってしまったのだった。

 

牢屋の中でそこまで回想した時、まほの心の中が懐かしさや悲しみ、そして後悔で疼き出した。

 

そう、みほは自分の可愛い妹なのだ。

 

大切で、ただ一人の、守りたい妹。

 

 

 

続く

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