ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
「ふおーいヲシノー!」
受話器の送話口を手で覆いながらナカジマが呼ぶと、徹夜の疲労と眠気で動きが緩慢なホシノの顔がティーガーⅠの陰からのっそりと覗いた。
「ぬぁにい?」
「修理はうぁとどりぇくらあい?」
「1時間あるば・・・」
「オーケー・・・」
ナカジマはまた受話器の向こうの相手に、「1時間だって・・・うん。はーいそんじゃあねえ」
受話器を壁掛けにして、ホシノを手伝おうとした直後、ホシノがナカジマの背後に気付いて何か叫ぼうとしたが、何かが彼女に押し付けられた。
それが何か確認する暇もなく、ナカジマの後頭部が鈍く強い衝撃を受け、ナカジマの意識はそこで途絶えた。
「ふん。こいつもなかなか使えるもんだなあ」
エルヴィンがスパナを空中に放り上げ、落ちて来たところを掴んで受け止めた。
足元では倒れたナカジマをおりょうとカエサルが引きずっている。
その向こうからは、ホシノを昏倒させた磯辺が出て来た。
ホシノに押し付けたスタンガンが握られている。
そこへクラーラ達プラウダ高校のメンバーやバレー部の残りも集まって来たが、ツチヤとスズキが奥で倒れており、どうやら彼女達に昏倒させられたようである。
黒森峰のメンバーはまほの捜索に向かっており、ここにはいない。
「では、始めようか」
エルヴィンがそう言うと、クラーラが冷たい口調で
「指図しないで。利害が一致しただけよ」
「元捕虜がうるさいな」
瞬間、クラーラの右手が懐を探り、中からマカロフ自動拳銃が姿を現した。
営巣の保管庫から奪還したものだ。
「あなたがいなくなっても困らないわ」
向けられた銃口に臆さず、エルヴィンはクラーラを睨み返した。
「私がやられても仲間が容赦しないぞ」
クラーラがマカロフのトリガーに指をかけた瞬間、首謀者の磯辺が手を叩いた。
「はいはい喧嘩しない。今は同じ目的に集中集中!」
クラーラは磯辺を横目で見ると、マカロフを下ろした。
入れ替わりのあった座標には、再びアメーバ状にうごめく奇妙な雨雲が垂れ込めつつあった。
リアルタイムの衛星画像がその様子を捉えており、その異様な光景には普段冷静沈着なまほでさえ目を見張った程だ。
「あと3時間・・・」
校舎から外に出た時、みほはそう呟いた。
これから自動車部が詰める車庫に行くところで、あんこうチームも一緒だ。
まほは部下を呼び出す為に営巣に向かっている。
「自動車部によると、時間までに間に合うとの事ですが・・・」
優花里の言葉に華が、
「やっぱり無理があったのでしょうか?」
今この時も、ティーガーⅠの修理が行われている。
今朝がた貰った連絡では、夜通し頑張ったがティーガーⅠのエンジンの修理はまだ完了していないとの事だった。
ただ、タイムリミットまでに間に合う目処はついたらしい。
とは言え、さすがにここまで時間が迫った上でまだ終わっていないとなると、ムズムズした焦りを感じ始める。
それで、様子を確認しようと向かっているわけである。
「いや、自動車部のみんなを信じよう」
が、車庫に入った瞬間、あんこうチームは呆然と立ち尽くした。
「やあ、いらっしゃいキャプテン!」
笑顔で、皮肉気な口調で手を振ったのは磯辺だった。
みほ達の背後で、プラウダのメンバーが扉を閉じるとその場に陣取って退路を断つ。
「一体どういう事ですか?」
エルヴィンが薄ら笑いを浮かべながら、スパナをみほに突き付けた。
「お前達がいなくなれば全部解決するんだよ。今更なんだ?」
クラーラがエルヴィンの横から進み出た。
「西住みほの命は私が貰うわ。カチューシャ様と、ノンナ副隊長の為に・・・」
クラーラの目に籠る悲壮さや憎しみに、みほは逆に同情を感じざるを得なかった。
が、そんな事言っている場合ではない。
「ピストルって、クラーラさんは案外タマの小さな人だったんですね?」
自分でも咄嗟にこんな言葉が突いて出るとは思いもしなかったが、クラーラの感情を逆なでするには十分だった。
クラーラの右手が持ち上がり、マカロフの銃口が火を噴いた。
「わ!」
みほ以外の4人は身を屈めたが、みほは立ち続けた。
普段から対戦相手の戦車の砲口の向きを見極めているだけあり、今の銃撃が自分を狙ったものではないと直感的に分かったからだ。
それでも弾丸は、みほの顔のすぐ横を通過し、後ろの壁にめり込んだ。
当然、みほの心臓は早鐘を打っていた。
「本物よ」
クラーラはマカロフの銃口を今度こそみほに向けた。「命乞いしたら?」
「いえ・・・しません」
「おい、勝手な事するなよ?」
エルヴィンがスパナでクラーラのマカロフを押さえつけようとしたが、クラーラはそれを跳ねのけてみほに構え直した。
「邪魔しないで」
「なんだと貴様!」
エルヴィンが逆上して叫び、クラーラに掴みかかろうとした。
その場に緊張が走るが、
「別にいいんじゃない?」
磯辺の言葉でまた動きが止まる。「すぐに死なせなければいいわけでしょ?」
その提案に、エルヴィンは数秒考えながらクラーラを見た。
「いいわ」
と、クラーラがもう一度マカロフを構えた瞬間、みほ達が動いた。
口論の間に無言でみほ達は打ち合わせを終えており、クラーラの構え直しを合図に左右に飛びのくと、麻子と優花里が後ろのプラウダのメンバーをそれぞれが体得していた護身術で投げ飛ばした。
しかし、慌てて撃ったクラーラの銃弾が壁を跳ね返り、それが優花里の左肩に当たってしまった。
「うあ!」
優花里が初めて体験する強烈な痛みに怯んで蹲り、沙織と華が駆け寄る。
「大丈夫優花里!?」
「優花里さん、しっかり!」
「おい、早くしろ!」
扉を開けた麻子が叫ぶ。
「やめてください!」
みほが左衛門佐による脇差の一撃を回避しながら叫ぶ。
「西住みほ、覚悟!」
振りかぶられた脇差を回避したが、今度は磯辺のスタンガンが迫る。
それを眼前で回避した直後、みほの左右を人影が横切り、磯辺と左衛門佐を弾き飛ばした。
見るとそれは猫田と澤だった。
「早くこれを!」
澤がみほの顔面に押し付けたのはガスマスクだった。
澤や猫田も同じものを被っている。
「このお!」
エルヴィンがスパナを振りかぶって死角から襲ってきたが、みほはその手首を掴んで止めた。
その力は凄まじかったが、不意にエルヴィンの体から力が抜けて、糸を切られた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「え?」
唖然としていると、周りのバレー部や『脱獄者』達も、いつの間にかエルヴィンと同じように倒れていた。
その場に立っていたのは、あんこうチームと、猫田ほかアリクイチーム、そして澤だけだった。
共通していたのはガスマスクである。
最悪の可能性が頭をよぎり、みほは恐る恐る
「もしかして・・・」
猫田が答えた。
「ただの麻酔ガスだにゃ。問題にゃい」
続く