ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
その夜、あんこうチームは麻子の家に集合した。
みほの自宅が爆発した時、麻子と沙織は一緒にみほの家に向かっている最中だったが、その時目的地の方角から爆発音が聞こえて来てすぐにみほの事を心配した。
その直後に優花里から携帯電話で話を聞いた時は、普段はクールに振る舞う麻子でさえ仰天した程だった。
沙織が動揺したのは言うまでもないだろう。
しかし同時に冷静さをすぐに取り戻した麻子は、自宅に集合に切り替え、自分達は先に待っている事にした。
消防や警察に一通りの説明を終えてからみほ、優花里、華の3人は麻子の家のチャイムを鳴らしたが、みほはショックのあまり目が虚ろで、優花里と華に両側から支えて貰ってやっと立っている状態であった。
家に上がってからは、暫く糸が切れた人形のようにその場でへたりこみ、呼び掛けても何ら反応を示さなかった。
優花里に水筒から水を飲ませて貰って初めてみほの目に生気が戻ったが、まだ体に力が入らず立ち上がるどころか這う事もままならなかったので、まずは少し寝た方が良いだろうという事で沙織が素早く布団を敷き、それから親友達に支えて貰いながら布団に潜り込んだ。
しかし今日の異常な出来事に加え、自宅が爆発し、特大ボコ人形を運んできてくれた配達員のおじさんが炎に包まれると言うショッキングな光景を目撃した記憶が映写機が回るようにフラッシュバックしてまんじりともせず、焦点が定まらない目でぼんやりと天井を眺めていた。
そういうわけで、暫くみほはショックが覚めるまで寝かせておくとして、4人で卓袱台を囲んで今日の事件について話し合いをする事にした。
「それで、配達員のおじさんはどうなったの!?」
沙織が切羽詰まった表情で、卓袱台の上に両腕を置いて身を乗り出すと、優花里が説明する。
「幸い、一命は取り留めました。でもあの火傷は一生残るでしょうね・・・」
優花里もほとほと消耗したという風に暗い表情で長い溜息を吐いた。
「でもどうして・・・ガス漏れでもあったのでしょうか?」
華が、まるでそうすれば答えが捻り出せるとでも言うように顔をしかめ、頭を頻りに捻っていた。
華も優花里も、あの爆発事件の目撃者なのだ。
今は冷静な判断よりも、ショックによる意欲の低下と戦う事に体の全エネルギーを使わねばならない状態である。
試合で何度も正念場に出くわし、その圧力を克服する事は出来るが、今日の出来事は勝手が違う。
「聞いたところでは、ドアを開けた瞬間に爆発したんだってな」
この中では最も冷静な麻子が、爆発するまでの経緯を整理する。
彼女も優花里から知らせを受けた時こそ心臓が縮むようなショックを受けたが、立ち直りは誰よりも早かった。
華は重そうに顔を上げて麻子を見た。
「はい麻子さん。だから私も不思議なんです。火を使うタイミングなんてないわけですし・・・」
「爆発と言えば・・・」
優花里が言った。「練習試合でポルシェティーガーと撃ち合った時、不自然な爆発がありましたよね」
「あそこから色々おかしくなったよね」
「結局、あれは何だったのでしょう?」
話し合いを聞きながら、麻子は俯き加減に数秒思案していたが、小声で
「Mirror, Mirror...」
と呟いた。
「麻子さん・・・?」
「冷泉殿?」
「どうしたの麻子?」
3人が顔を麻子に近づけて聞き返そうとすると、麻子はおもむろに顔を上げ、3人を見回した。
「仮説はある。でも情報がもっと必要だ。みんな、家の様子はどうだった?」
麻子の平静な声は、三人の心を落ち着かせた。
「私の部屋自体には変化こそありませんでしたが・・・母に電話してみたんです。そうしたら、陰険な声で応じられてしまいました・・・」
「え?お母さんとは和解したんじゃなかったの?」
俄かに信じられないと言ったように目を丸くしながら沙織が言ったが、華もまた信じられないというように首を横に振った。
「沙織さんの認識で間違いありません。確かに私は母と和解しました。でも、今日のは・・・」
「なるほど。で、沙織は?一応、私は先に聞いているが」
「わたしんちも、一見なんの変哲もなかったよ?でもね、机の裏に大がかりな通信機が隠されていたの。モールス信号打つみたいなやつ?とか、見慣れない装置が山ほどあってさ。確かにアマチュア無線の資格持ってるけど、そんなもの持つ趣味なんてないわよ」
「武部殿の家にそんな設備が!?」
「優花里ならどんなものか分かるかも。それで、優花里は?」
「実家は確かに理髪店でしたが、私の部屋に指紋認証で開く金庫みたいな箱が置いてあって、試しに手をかざしてみるとロックが解除されたんです。中身は書類の束でありましたが、調べると私の見立てでは、劣化ウラン弾に関する青写真だとか資料でした。しかも我々大洗チームが使う戦車に使える砲弾の規格でした」
「劣化ウラン弾って、なんか聞いた事ある」
「少なくとも、第二次大戦時代に開発されたものではありませんが・・・」
優花里が先を続けようとした直後、か細いが聞き取れるみほの声が割り込んだ。
「それと、各車のチームマーク」
みほはまだ布団の中で、顔も蒼白だったが、焦点の定まった視線でこちらを見ていた。
「みぽりん、大丈夫?もうちょっと休んでた方が良くない?」
みほは弱弱しいが微笑んだ。
「有難う沙織さん。でも、少しずつ良くなってきたみたい。麻子さん、お布団ごめんね?」
「一番こたえたのは西住さんだ。気にせず使ってくれ」
「でも確かに・・・」
華の記憶によると、まずあんこうチームは、上からナイフを突き刺され牙を剥く恐ろし気なチョウチンアンコウ、うさぎチームはホッケーマスクを被りチェーンソーを振りかぶったウサギ、あひるチームはノコギリのような翼を広げたアヒル、カモチームは開いた嘴にギザギザの歯を生やしたカモ、カバチームは葉巻を咥え腕組みをしたカバ、アリクイチームは金棒を振り上げたアリクイ、レオポンチームは目を赤く光らせ毛を逆立て牙を剥くライオン、そしてカメチームは甲羅にスパイク状の棘がびっしり生えたワニガメという具合である。
他の4人の記憶も、華の記憶通りだった。
「それと、角谷さんの私への呼び方も違ってた。いつもだと私を『ちゃん』付けにするのに、あの爆発の後は『くん』付けだった・・・」
「それに角谷殿のあの顔も」
「ああもうワケわかんないよ~」
急に思考が停止したようで、その場を重苦しい沈黙が広がり停滞した。
麻子が、
「もっと情報が必要だ。ところで、私の家には侵入者防止用のトラップが仕掛けられていた。爆発はしないが、多分、ケガはするだろうから、そこの窓やクリーゼットは無闇に開けるなよ」
「色々おかしな事が起こっていますね・・・」
今日はもう、これ以上考えても無限ループに陥りそうだったので、麻子が締め括る。
「今夜はもう寝よう。そして明日出直しだ」
「じゃあ私泊まる。みぽりんが心配だし」
「私もご一緒します」
「私も泊まるつもりで親には言ってあります」
「そうか。心強い。実は西住さんを除いて、交代で見張りをしようと思っていたところなんだ」
「見張りを・・・?」
華は不思議そうにそう問い返した直後、麻子の言わんとしている事を悟り、息を呑んだ。「麻子さん、まさか。あの爆発は・・・?」
「ああ、人為的なものかもしれん。多分、西住さんは狙われたんだ」
「ええ!!」
「そんな!!」
優花里と沙織が驚きで声を上げたが、みほも同じく驚愕と恐怖で目を見開いていた。
「そして犯人は不明だ。だから見張りをする。1時間おきに交代しよう。まあ、私は夜に強いから3時間くらい引き受けるけどな」
「わたしも・・・」
「西住さんは寝ていてくれ」
「でも・・・」
無理に起き上がろうと両肘を突くみほを、親友達は優しくかつ有無を言わせず押し止めた。
「私達に任せて。ね?」
沙織が動揺から覚め切っていない中、努力して精一杯の意思を込めてウインクしたので、みほは苦笑した。
「アハハ・・・分かった、分かったから。じゃあお言葉に甘えて」
みほが寝息を立てるのは早かった。
疲労が遂にストレスに打ち勝ったらしい。
こうして4人は交代で見張りに立ったが、幸い何も起きず夜は過ぎて行った。
続く