ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出   作:ミハイル・シュパーギン

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この世界ではそど子と呼んではならない。


呼び出し

金属製の扉の向こう側から小さく聞こえて来た澤の苦痛に満ちた悲鳴と叫び声を耳にした時、あんこうチームはギョッとして立ち止まった。

 

「今の・・・って澤、ちゃん・・・だよ、ね?」

 

耳にこびりついて決して記憶からも離れる事が無いであろう悲鳴が再び聞こえて来た時、沙織がひりひりと乾燥する喉に唾を飲み込んで、何度も言葉につまずきながら言った。

隣では麻子が顔を青ざめさせて立ちすくんで震えている。

 

みほも相当な努力をして怯みそうになる自分自身を奮い立たせると、4人に振り向いた。

みほは唇を引き結び、その目は自らを律する厳しさを帯びている。

 

「行きましょう」

 

4人もそんなみほに勇気を取り戻し、澤の悲鳴が聞こえて来る扉の前に立った。

恐らく扉に音の大半を吸収されるのだろう、室内では相当甲高い悲鳴が反響しているに違いない。

 

扉を押し開いて入室すると、風紀委員の園みどり子がまたもスタンバトンの先端をバチバチ帯電させて澤の脇腹にセーラー服の上から押し付けようとしていた。

澤は天井から垂れ下がる鎖に繋がる手錠で両腕を上げた状態で拘束されており、足は床に付くか付かないかの位置で必死に体重を支えようと、顔中にびっしょりと汗を流しながら小さなタップを踏んでいる。

 

「やめてください!」

 

みほがありったけの音声を動員して叫ぶと、残酷な風紀委員長はスタンバトンを押し付ける寸前で動きを止めた。

その近くでは壁を背に、ウサギチームの面々が拷問の様子を見物しているが、どういうわけか楽しそうであり、余計にみほ達の違和感とショックを増幅させた。

 

「何よ西住さん。あなた、こいつに殺されかかったのに解放しろと言うわけ?」

 

基本的に風紀委員、と言うよりはその長は大洗女子学園の風紀を守る為に生徒達には厳しい態度を取る事で知られ、特に遅刻常習者の麻子には誰よりも厳しかった。

だがこれは、常軌を逸している。

それに風紀委員が生徒の誰かを1人でも拷問したという話は一切聞いた事が無いし、あってはならぬ事だった。

 

しかしその認識を180度引っ繰り返す事態が、みほ達の前で繰り広げられているのだ。

 

「今朝の封筒見ましたよね?澤には暗殺未遂の容疑が掛かっているって」

 

その表情と同じくらい抑揚のない声でそう言ったのは、後藤モヨ子だった。

 

「あれって本当に爆破工作だったのですか?事故じゃなくて?」

「警察からの情報では、意図的にガス漏れを起こし、ドアを開けた時に起爆剤が反応して即席爆弾が爆発する仕掛けだったみたいです」

 

こう解説したのは金春パゾ実であった。

両手に持つクリップボードの後ろには、恐らくその警察の分析書類が挟まれているのだろう、その内容に視線を動かしながらの解説である。

 

「でもそうだとして、澤さんが仕掛けたという確証はどこに?」

 

と、華が疑問を呈すると、園が腕組みをして

 

「疑わしきは罰せよ。あなたも知っている筈だけど?」

「そんな、そのような事で逮捕して拷問を!?」

「じゃあこいつに変わる?」

「な・・・!」

 

華が驚きの余り園を見返した。

どういう了見でこんな事を言うのだ、この風紀委員長は?

 

「まあそうよね。なんたって、こいつはあんたらを何度も暗殺しようとしたから」

 

そう言うなり、園はまたもスタンバトンを起動して、今度は澤の腹の辺りに押し付けた。

その瞬間、澤が体をピンと硬直させると顔を仰け反らせて喉から絞り出すような悲鳴を上げる。

ウサギチームはそれに心底おかしそうに笑い声をあげる。

あんこうチームは顔をしかめ、沙織は顔を反らせて華の肩に顔を押し付け、華も沙織を抱き寄せた。

 

「気を確かに、沙織さん」

「これで確かに出来るわけないじゃない!」

 

と、沙織は顔を上げて喚いた。

目からは涙が今にも溢れ出しそうだ。

 

「で、証言があるのよ、西住さん」

 

園はスタンバトンを振って、まだ笑っているウサギチームを示した。「彼女達が証言してくれたの。あとは本人から自白を引き出すだけよ」

 

「今さら慈悲を掛ける事ないでしょ、隊長?」

 

と、山郷が肩をすくめると、操縦手の阪口桂里奈が

 

「そうそう。ライバルがいない事に越した事ないじゃないですか♪」

「すぐにでも大洗まで泳いで帰って貰うのがいいと思いまーす!」

 

37mm砲の砲手の大野あやが無邪気に右手を挙げた。

眼鏡が裸電球で不気味にきらりと反射する。

 

「紗希は、戦車で踏み潰せばいいって、言ってます!」

 

37mm砲装填手の丸山紗希の意見を代弁したのは山郷だった。

 

「うわあ、紗希ちゃん残酷~♪」

 

手を合わせて体をくねくねさせるのは宇津木だった。

 

一切澤を弁護するつもりがないウサギチームに、みほ達は体の芯から冷えて行くような悪寒を覚えた。

 

「彼女達から澤がやったって報告とその動向を証言して貰ったの」

 

園は改めてそう説明すると、がっくりと項垂れている澤の顎の下にスタンバトンを差し込んでぐいと顔を挙げさせると、「で、いい加減認めたらどう?そうしたら拷問はやめてあげるわ」

 

「私は・・・私は・・・やってない!」

 

息を切らせながらも、澤は声を振り絞って否定した。

 

「1年生にしては強情ね。さすがは隊長の座を狙うだけの野心家ね。でも、これはどうかしら?」

 

園は不敵な笑みを浮かべ、後藤と金春を交互に見て頷くと、2人は何をするか心得ているらしく、両側から澤に歩み寄ると手錠を外し、両脇を抱えて机の前の硬そうな木製の椅子に座らせ、机の上の手錠に両手を固定した。

ちょうど澤は机の上に両腕をまっすぐ伸ばして置くような恰好になる。

 

「さて・・・」

 

園は壁の棚から血の滲むクローハンマーを取り、澤の前に戻って来ると、不意に槌の方を、澤の両手の間に向かって思い切り打ち付けた。

 

「ひゃ・・・!」

 

驚いた澤は拘束から逃れようともがくが、所詮は無駄な足掻きだった。

 

「質問1回毎に爪1枚ね。さあ、1回目行くわよ?やったのは、あなたね?」

 

その時麻子が進み出て叫んだ。

 

「やめろそど子!」

 

瞬間、園の動きが止まり、

 

「今あんた、そど子って言った・・・?」

「言ったよそど子」

 

園は両手を机から離し、体を反らせて天井を1、2秒眺めると、急に体を半回転させ、その勢いでクローハンマーを麻子に向かって投げつけた。

それを予測していた麻子はひょいと体を横に傾けて回転しながら飛んで来るクローハンマーを回避し、その後ろにいたあんこうチームも巻き添えを避けて屈んだ事で誰も食らわずに済んだ。

4人が呆気に取られる中、麻子だけは平静に、

 

「どうしたそど子。その程度か?え?」

 

みるみる園の顔が真っ赤に紅潮し、それを見た後藤と金春が薄ら笑いを浮かべてよそ見をした。

 

「ああ、これはやばいやつですね」

「麻子さんアウトです」

 

ウサギチームの方は茶化してくる事は無かったが、期待に満ちた眼差しで事の成り行きを見守っている。

園は肩を怒らせながら麻子の前に立つと、

 

「私をそど子と呼んで生きて帰った人間は一人もいないのよ・・・!」

「で?」

 

園は歯を剥き出しにした狼のような笑みを浮かべると、麻子の横を通ってみほ達4人の前に立ち、

 

「あなた達、冷泉を置いて退室しなさい。それとも連帯責任で一緒に尋問を受ける?」

「え・・・嫌ですよ!」

「ふーん。じゃあ西住さんの座は澤に譲るって事でいいわね?」

「はあ?意味が分からないであります!」

 

優花里が愕然として抗議すると、

 

「はい風紀委員長のこの私に対する不敬罪としてあなたも逮捕」

 

あっという間に優花里は後藤と金春に両脇を抱えられた。

優花里は抵抗しようとしたが、2人はどこで技を覚えたのか腕を捻り上げて動けなくした。

 

「ちょっと、何を・・・!?」

「やめてあげてよ!」

 

華と沙織が優花里を助けようとした直後、扉が開いて角谷が入って来ると、両手を二回打ち鳴らした。

 

「はいはーいみんな。そこまでそこまで!」

「会長!」

 

風紀委員やウサギチームが一斉に直立不動の姿勢を取ると、麻子の今朝の忠告を思い出したあんこうチームも彼女達に合わせる。

 

「君達無理しなくていいよ~」

 

あんこうチームの周りを踊るように歩きながら角谷が笑顔で言った。「澤ちゃんは解放するから安心して」

 

「え?会長?」

 

園が困惑した表情で問い返すと、角谷は右手の親指を壁際のウサギチームに振った。「こいつらを尋問するよ。準備して」

 

「は、はい!」

 

風紀委員の3人はあっという間にウサギチームを取り囲んでしまい、ウサギチームの方は顔を青ざめさせていた。

 

「じゃあ西住くん達は、私の部屋に来てね」

「あの、澤さんは・・・?」

 

みほの質問に、角谷は拘束を解かれて机の上に突っ伏している澤を一瞥した。

 

「手当させるから。じゃあ、先に行っといて」

「ウサギさんチームの方は?どうなるでありますか?」

 

優花里がそう言うと、角谷は軽く笑った。

 

「大丈夫。拷問するまでもないだろうね」

「だといいのですけど・・・」

「いや拷問なんて違法だよ!?」

「沙織」

 

麻子が首を横に振って沙織に自制を促した。

 

「ふーむ。なるほどねえ」

 

角谷は確信を得たようにうんうんと頷くと、「じゃあ、あとで私の部屋で。場所は分かるよね?」

 

 

 

続く

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