ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの脱出 作:ミハイル・シュパーギン
生徒会長室。
「河嶋先輩と小山先輩、やっぱりいないね」
沙織が部屋中をきょろきょろしながら言った。「それにこの雰囲気、似ているようで違う」
「ひょっとして、スケールの大きなドッキリが行われているとか?」
「華さん。これはドッキリではない。それだと西住さんの自宅が爆破された説明がつかないだろ?」
「では麻子さんは、どのように考えているのでありますか?」
と、優花里が尋ねるが、麻子は話すべきかどうか迷っている様子だった。
今朝がた、今日中に自分がこの事態をどう考えているかを教えるとは言ったが、タイミングに困っているらしい。
「多分だが、会長も私と同じ考えだと思う。だから話すのは・・・」
その時、背後の扉が開き、5人がビクッと体を震わせて振り向くと、そこには角谷が立っていた。
「やあやあ諸君。ウサギさんチームは真犯人をあっさり白状したよ。安心したまえ、拷問するまでもなかったから、誰もケガしていない」
そう言いながら5人の横を通り、執務机を回り込むと、革張りのゆったりとしたワークチェアに腰掛けた。
「真犯人って・・・?」
「まあそれは置いといて・・・」
みほの問いを手で振って遮ると、角谷は品定めするように5人を見回した。「色々と聞きたい事があるようだね」
みほが代表して、
「はい。一体全体、どうなっているのですか?みんなおかしな事になっているし、私の家は爆破されるし、会長の顔も・・・」
「はは、これ?」
角谷は自分の顔の右側をゆっくり撫でた。「強豪連合との試合で被弾した時に発生した火災が燃え移っちゃってねえ。あれはやばかった」
「河嶋先輩と小山先輩は?どうなったのですか?」
その時、角谷の表情が沈んだ事に5人は気付いた。
「・・・あの被弾で、河嶋は意識不明の重体。小山は体中に火傷を負って・・・廃人状態になったよ・・・」
「どういう・・・事ですか・・・?」
「言葉通りだ。河嶋と小山は戦線復帰が絶望的、カメチームは私1人になってしまった。私は少しばかり運が良かったんだな・・・皮肉な話だが」
「ねえ、これってドッキリだよね?そうだよね?今のも私達を騙そうとして冗談を言ってるんだよね?笑えない冗談だけどさ・・・!」
すがりつくような口調でそう訴える沙織を、角谷は真正面から真剣に受け止めると、椅子から立ち上がり、
「残念だがこれは冗談でもドッキリでもないんだ!」
その言葉の意味を、沈黙を持って浸透させると、今度は麻子を見た。「どうやら冷泉くんは、状況をただ一人把握しているようだな?」
「確信は持てないが・・・」
「私もまだ信じられない。だが、状況からそう推察出来る」
「と、言いますと?」
華の言葉を引き金に、麻子が口を開く。
「結論を言おう。ここは並行時空の世界なんだ」
「え?」
「へいこう・・・?」
「どういう意味でありますか?」
みほが麻子の前に立ち、
「麻子さん。私達は異世界に飛ばされたと言いたいのですか?」
麻子は首肯した。
「今までの状況から、そう推察出来る。それも、『元の世界』と同じ人物が存在し、似た世界や歴史を持つ世界・・・『鏡像世界』というやつだ。鏡の銅像と書いて、鏡像だ」
「正直」
角谷が言葉を引き取ると、みほ達4人は麻子から角谷に体の向きを変えた。
角谷は腕組みをして考え込みながら話を続ける。
「これは空想科学の世界の発想だ。当然私もばかげていると思った。でも、そう考えるしかない。あの奇妙な爆発の膨張が切っ掛けで、我々の世界のあんこうチームと、君達の世界のあんこうチームが入れ替わったのだ」
「信じられませんが・・・」
「それが自然な反応だ。でもこれを受け入れなければ、君達はこの世界から生きて帰れない」
「生きて帰る・・・?」
角谷は大真面目に頷いた。
「君達を元の世界に送り返し、君達の世界に迷い込んだこちら側のあんこうチームを取り返したい」
「一つ疑問があるのだが」
「なんだい冷泉くん?」
「同じあんこうチームなら、敢えてまたトレードするような事はせずに、このまま留めておくという選択肢もある筈だろ?どうしてしないのだ?」
「答えは単純だ。我々の世界のあんこうチームの方が、利用価値があるからだ。君達はここでは生きていけない」
「と、言いますと?」
角谷の言葉に、言いようのない不安に蝕まれながらも毅然として華が尋ねると、
「今も言ったろ。河嶋と小山は再起不能だって。君達の世界の事は知らないが、我々の世界の戦車道は、文字通り真剣勝負だ。被弾はよくて負傷、最悪死ぬ事を意味する」
「死ぬ・・・?」
優花里が愕然として言った。「そんな概念、我々の世界の戦車道にはありません!」
「なるほど。だがこちらでは違う。幸い、我がチームでは多少なりの負傷はあるが河嶋と小山以外に死傷者は出ていないが、他校はもっと悲惨だぞ。君らも西住くんの暗殺未遂に、澤くんの拷問を目撃しただろ?謀殺や密告、拷問は、この世界では当たり前だし、みんな気を付けている事なんだ。だからさっき、君達はこの世界では生きていけないと言ったんだ」
5人はごくりと息を呑んだ。
この世界の角谷は世間話でもするかのように『悲惨』と言ったが、その口調には説得力と重みが込められていた。
「西住くん。君は転校生だね?」
「は、はい。そうですが・・・」
「なるほど。転校生という点では共通しているようだね。中身はどうか分からないが、こちらの世界だと・・・」
角谷の説明では、この世界のみほは、姉のまほとの西住家の後継者争いに敗れ、失脚して立場を失う運命にあった。
それを敏感にかぎつけたのが大洗女子学園であり、角谷はみほを獲得する為に、みほの逃亡を手助けする人間を募った。
その結果集まったのが、今のあんこうチームであり、先遣隊として優花里が黒森峰女学園の学園艦に潜入し、みほに脱出の手引きを行った。
それ以来、優花里はみほの参謀的な立ち位置に収まっている。
「脱出のタイミングは、去年の全国大会の決勝戦だ。プラウダとの試合でⅢ号戦車に乗っていた西住くんは、事故と見せかけて川に水没して脱出し、そのまま行方をくらました」
みほは息を呑んだ。
自分が戦車道から逃げ出した切っ掛けの試合と出来事が類似していると気付いたからだ。
出来事の類似性・・・これが鏡像世界というものなのか。
「脱出した西住くんは、川下で待機していたその4人と合流し、無事に大洗女子学園に逃亡を成功させた。黒森峰がプラウダに負けるという置き土産を残してね」
大洗女子学園戦車道チームの隊長として新たなスタートを切ったみほは、まほとの権力争いに敗れた事も影響して冷酷な性格として知られ、チームを恐怖で支配した。
絶対的な立場にある角谷ら生徒会がバックについていた事もみほの恐怖政治がチームに蔓延する後押しとなっていたらしく、ちょっとしたヘマでのペナルティも当たり前だったらしい。
「君の性格は全くの正反対なんだ」
「でもそうなら、どうして周りは疑わないのでありますか?」
優花里が首を傾げたが、
「こちらを油断させる為の演技で、ちょっとでもそれに付け込んだり、親しくしようとした人間を炙り出して理不尽な暴力に合わせようとしている・・・と思っているからさ。だから誰も疑問に思わないし、疑問に思ったとしても怖くて言い出せない」
「ああ、確かにそうなりますね・・・」
「秋山くんの性格も、こちらの世界と全然違うね。君はなかなかの策士なんだよ?」
「え?」
「酷だが教えてあげよう。今年の全国大会第一回戦の相手はサンダース・・・君達も同じだったかい?」
「その通りです」
「名砲手のナオミ副隊長・・・試合前にサンダースの学園艦に潜入して毒殺したのは・・・こちらの世界の君だ」
優花里はショックのあまり顔が青ざめて言葉を失ってしまった。
「おかげでこちらは、ナオミの被害を受ける事なく、逆にナオミを失って士気が下がっていたサンダースをこてんぱんにやっつけて勝利した」
「そ、そんな・・・」
「酷いよ!そんな事教えるの!」
沙織が優花里の前に庇うように立って抗議したが、
「こちらの世界の秋山くんがやった事だ。気にする事はない。それに、こうでもしないと並行時空であるという実感が掴めないだろ?」
みほは4人に顔を向けた。
その表情には、覚悟が表れている。
「みんな。何がこの世界で起こっているかを聞こう。それを受け入れた上で、ここから脱出しよう」
「おお。話が分かるという点では似ているねえ?」
みほは角谷に向き直った。
「お願いします。この世界では何が起こっているのか」
続く