「此処よ。」
……山?山に知り合いが居るのか?麓ならともかく、ここは標高もかなりあるぞ。
「で、山に住んでるんだ。どうせ妖怪だろ?」
「ええ。この山には鬼や天狗なんかがが多く住んでいるわ。」
「で、そこに居るのがお前の知り合いか?」
俺がそういうと、霧がかっていた周囲の靄が一箇所に萃まっていく。やがてそれは人の形を取り、幼い少女……いや幼女の姿へと変わった。
「よっ、紫!久し振りだな。」
「久し振りね。まあ百年程度しか経ってないけど。」
というか、なんでこの世界の妖怪は皆して少女の姿をしてるんだ?そういえば男の妖怪なんて数える程しか見てないな。
「で、アンタは誰だい?」
「禪院鏡華だ。」
俺が名乗ると、幼女はあからさまに顔を顰めた。
「禪院?禪院ってあの禪院かい?」
「待て、知っているのか?」
この世界では禪院家どころか呪術師の痕跡すら見付けられなかった筈だが……
「まあ、私だけさ。百年くらい前だったかな、変わった男と出会ってね。そいつは別の世界から来たなんて馬鹿な事を言うんだ。
最初は信じちゃいなかったが……死ぬまで同じ事を言っていたし、嘘では無いんだろうさ。そいつは禪院とかいう家名を死ぬ程嫌ってた。」
「じゃあ禪院家の事も聞いたのか?」
「ああ。人間の負の部分を掻き集めた様な家だったらしいね。私も話を聞くだけで不快になったよ。」
「……ちなみに、そいつの名前は?」
「名前?名前は───」
……それは知ってる。俺がまだ家に居た時から遡って二代前の当主の名前だ。
俺の知る限りではそいつは自身の子供が産まれる直前に死んだらしく、死亡後すぐにそいつの弟が当主になった様だが。
やはり、別世界に飛ばされたのは俺だけじゃ無かったのか。となると、時間のループとはまた別の原因があるという事になるが……
まあ、考えるだけ無駄だろう。まだ魔神の件すら片付いていないというのに。
「なるほどな。多分、俺はそいつの血を引いてる。」
「へー。やっぱり巡り合わせってのはあるもんだねぇ。で、何の用だっけ?」
幼女の質問に八雲紫が答える。
「特に何か用があるという訳では無いのだけど、何処か集落を探しているらしくて、成り行きで連れてきたのよ。」
というかこいつ、人前ではかなり胡散臭いんだな。あの馬鹿っぽい素は隠してるのか?
「それで人間を妖怪まみれの山に連れて来たのかい?食われちまうぞ?」
「そこは大丈夫よ、さっき魔神?を名乗る女に襲われてたけど撃退してたし。」
「へぇ……仮にも神を名乗る相手を撃退出来るのかい?」
「……まああれは偽物だけどな。」
あの女にはまんまとしてやられたからな。今度は此方から仕掛けるしかない。そもそも相手の土俵で戦っちゃ駄目だよな。
「ふーん。ま……大体分かったさ。その上で言おう、此処は辞めときな。妖怪ってのは人間が居たら絡まずにはいられないのさ。鬼なんて特にね。」
「そこは承知の上だ。鬼の相手は問題ない。むしろ力を示せば好意的に扱われて、嘘を吐かないから人間相手より気が楽だ。」
「変わってるねぇ。そこまで言うなら止めはしないさ。じゃ、私とやるかい?」
ん?やる?……いきなり何の話だ?また喧嘩か?
「……俺が勝ったら何をくれるんだ?」
俺の言葉を聞いて幼女は拳を打ち鳴らすとニヤリと笑った。
「お、やる気だね?そうだね……何でもだ。お前が勝ったら私は何でも言う事を聞いてやるよ。」
「……お前が勝ったら?」
「そん時決めるさ。」
無理難題を吹っ掛けてきそうだな。……ま、負ける気は無いから関係無いが。
「ちょっと、此処でやるの?」
八雲紫が困惑顔で俺達を交互に見る。
「いや、どうせなら祭りにしようか。集められるだけ集めて見世物にしちまおう。酒を呑む口実にもなるしね。」
「口実なんて無くたってあんた達は何時でも呑んでるじゃない。」
八雲紫は呆れ顔でそう言う。その後、幼女に着いて行くと山の高台にある相撲の土俵の様な場所に出た。
「此処さ。ここなら喧嘩をしてれば暇人共が勝手に集まって来るしね。じゃ、始めようか。」
「待て、ルール……規則は決めなくていいのか?」
「そんなもんなんでもありに決まってるだろ?お前が怖いって言うんなら決めてやってもいいが。」
……あからさまに挑発してきたな。ま、俺からすればルールなんて緩ければ緩いほどいいんだが。
「いや、いい。始めよう。」
「おっし!私は伊吹萃香!鬼の四天王だ!いざ尋常に勝負!」
幼女……伊吹萃香はそういうと目にも留まらぬ速度で突っ込んできた。……前地底で絡まれた鬼と同レベルの速度だ。後手に回ると負けるな。
俺は仕方なくつい先程まで切り札だった筈の技を使う。
「───領域展開。」
非理法権天。
ちなみにだがこの領域は地面が澄んだ水になっていて背景は雲一つない快晴だ。ウユニ塩湖の様な感じだな。
今、俺は人生で初の試みを行っている。
この領域内、普段は俺を中心に結界で対象を覆い隠す様に展開しているが今回は閉じない領域に挑戦している。
もう記憶もかなり曖昧になってきたが、原作でこの領域を使ったのは宿儺と羂索のみ。
そしてその両者とも領域内にオブジェクトの様な物がある。宿儺の場合は御廚子だな。あれが領域の中心になってる。
俺の場合は普通の領域だ。結界内には何も無い。なので俺を中心として半径150mを区切りとして空間を区切る。
作中では神業と持ち上げられていたが、難しいのは結界を閉じずに空間を分断する事。
そして、それは結界術に長けた術師ならある技術を応用する事でカバーする事が出来る。
それは───簡易領域。
簡易領域も空間を分断せずに術師の周囲に小さな領域を展開している、と言えなくもない。
まあ、領域展開と簡易領域を結び付けて考えなければいけないのでそこさえクリアすれば、例えば五条悟クラスの術師なら同じ事が出来るはずだ。
「……成功か。」
ま、俺の領域の効果だとそこまで恩恵を感じないんだがな。そもそも俺の領域内では行動が制限される訳だし、逃げ出す事は不可能だ。
「お、お?何だ……身体が動かせない?」
「俺の領域の効果だ。ま、言っても分からないさ。」
「……能力も使えないのか。くっそー!様子見なんかせず本気で殴っとけば良かったー。」
「じゃ、この勝負は俺の勝ちな。」
鬼相手に正面から殴り合うのは愚策だ。だからこそ初手で切り札を切った。
「……まだ参ったとは言ってないぞ!」
「でも、もう何も出来ないだろ?」
「だが、アンタは鬼に通じる攻撃手段があるのかい?」
……確かに。前の鬼は全然攻撃が通らなかったな。俺は領域に付加できる効果として領域内の地表を溶岩に変えた。
「お?なんか足の裏がじんわりしてきたぞ?」
おいマジかよ……マグマだぞ。そこはダメージを受けとけよ、生物として。いや妖怪だしいいのか?
「……確かに攻撃手段が無いな。」
呪力強化して殴り続ければダメージは通るだろうが、絵面がな……。幾ら妖怪とはいえ一方的に幼女を殴り続けたらもう人として終わりな気がする。
だからといって自害させるのもな、別に殺したい訳じゃないし。
「まあいい。別に殺し合いたい訳じゃないんだ。引き分けでいいだろ。」
「……はぁ。いや、良いよ。今回はアタシの負けだ。鬼はみっともない言い訳はしない。」
そこで、俺は領域を解除した。
私は喧嘩がしたかったんだけどなぁ。と幼女……伊吹萃香は不貞腐れながら呟く。
「ま、約束は約束だ。何かして欲しい事はあるかい?」
「じゃあ、魔神を殺すのに協力してくれ。」
「……後でいいから、詳細を話しな。そしたら協力してやるよ。」
よし、強力な味方GET。正直、力押しで領域を壊される事も想定していたから助かった。
これは勘だが、これが殺し合いだったらコイツは何かしらの手段で領域を破壊してきた気がする。
まあ今回は何とかなったが、領域展開を絶対のものとして考えるのはやめた方がいいかもしれない。
この世界はそもそもイレギュラーが多いからな。
「それじゃ、とりあえず呑もうか。」
何がそれじゃなのか知らないが、俺は幼女に片手を引かれて洞窟の様な所に連れ込まれるのだった。