寝てはいない。ほんの一瞬、目を瞑っただけだ。
俺が再び目を開いたら、そこは先程まで居た部屋では無くなっていた。
「……本当に何処だ。」
慧音に借りた布団はそのまま。見る限り雑木林だが俺の居る空間だけが切り取られたように何も無く、
俺の周りだけ時間の流れが止まっているかの様だ。だが、一歩足を踏み出せばそこには草木が生い茂っている。
俺は鵺を呼んで視界を共有し、周囲数kmを見渡したが驚く程に何も無い。人が居ない。まるで自分だけが世界に取り残されたような感覚だ。
「……呪霊だ。」
そのまま更に捜索範囲を拡げると、やがて人間を襲う呪霊の姿が確認出来た。呪霊が存在するという事は少なくとも集落くらいは存在する筈だ。
貴重な情報源を殺されては堪らない為、俺は鵺の視界を共有したまま人間のすぐ傍まで鵺を近付けると鵺の影を通して人間の元へと転移する。
俺の拡張術式の一つだ。式神の影と自身の影を繋げる事が出来る。似た様な使い方をする事から俺は影縫いと呼んでいる。
俺はそのまま鵺に呪霊を祓わせると、そのまま襲われていた人間に声を掛けようと目を向けて驚愕した。
「な……!妹紅……。」
……どういう事だ。服装は違うが見間違えなんかじゃない。俺は過去に戻ってきているという事か?
「……誰も助けてなんて言ってないのに。」
俺の声は聞こえなかったのか、呪霊に襲われていた姿勢のまま妹紅がそう言う。
「そういう訳にもいかないだろ。迷子なんだ……とりあえず近くの集落まで案内してくれ。」
妹紅の服装は酷いもんだ。元は白い着物だったのだろうが、裾は擦り切れて泥に塗れてしまっている。
通りすがりの吸血鬼の発言が繋がった。確かに時間がどうとか言っていた。
「……知らないよ。今死んだ妖怪に咥えられたままここまで来たから。」
……どれだけ自分の命に無頓着なんだ?そういえば、私は死なないとか言っていた気がする。そういう術式なのか?
「とりあえず、俺と一緒に行動してくれ。お前は俺の事を覚えていないのか?」
まあ、この反応を見るに期待出来ないな。
「……何を言ってる?家の奴らか?なんで私に構う?私を慰みものにでもしたいのか?」
どういう生活をしてたらここまで目が死ぬんだ。……鬱か?
「違う。信じて貰えるか分からないが、俺はお前と会ったことがあるんだ。」
「……私はお前みたいな奴は知らない。」
「俺は知ってるぞ、妹紅って言うんだろ?」
俺がそう言うと妹紅は一瞬此方を睨み付けたが、そのまま目を瞑って黙り込んだ。
すると暫く黙り込んでいた妹紅だが、唐突に顔を上げて俺に問う。
「……他に何を知ってる?」
「悪いが、名前以外は知らないんだ。会ったばかりだったからな。」
俺がそういうと、妹紅は半信半疑な様子だったが俺に名を問うてきた。
「……名前は?」
「禪院鏡華だ。……とりあえず、飯でも食いに行こう。服も着替えた方がいい。」
「金はあるのか?」
……無いが。他に此奴を動かす手段が無い。
「まあなるようになるさ。どの道何時までもここで這いつくばってる訳にはいかないだろ?」
そう言って俺が手を引くと妹紅は渋々といった様子で立ち上がった。
「とりあえず、人が居そうな方向に進むか。」
「……」
妹紅は相変わらず無言だが、手を引くと着いてくる。……このまま宛もなく歩くのは得策とは言えないな。
俺は一度手を離し鵺を再び召喚する。
少し多めに呪力を込めたので、いつもよりは少し大きく召喚された。
「これに乗っていこう。」
俺は妹紅の手を引いて鵺へと跨ると、そのまま飛行する鵺の上で妹紅を支えながら集落を探す。
……少しは反応を期待したんだが。何のリアクションも無しか。まるで人形を相手にしているかの様な気分だ。
「お、見えたぞ。変に騒ぎを起こされても困るから、この辺で降りていこうか。」
そして俺達は鵺から降りて集落……というか恐らく平安京だろう。立派な城とそれを囲うように街が作られている。
この頃は人の出入りが多かったのと、色々と制限が緩かったからそのまま都に入る事が出来た。
だが、俺の知っている都じゃない。
……知ってる顔は一人も居ないし、街の細部も異なっている。どういう事だ?少なくとも見覚えのある建物が全く無いのはおかしい。
「妹紅、今は何年だ?」
「……815年」
やはりおかしい。俺の居た時代からそこまで経っていない。街の雰囲気は似ているがここじゃない。
どうなっている?もしかして過去では無くて別世界に飛ばされたのか?
だが、そうなると妹紅の存在が話をややこしくする。
……だがまあ、別に身寄りがある訳じゃないし。親しい人間も居なかったしな。顔見知り程度なら数人居たが。
未だに混乱したままだが、特に何かを置いて来た訳では無いので困る事は無いと考えて俺は自分を落ち着かせた。
そうだった、妹紅も居るんだった。此奴には飯を食いに行こうって言って連れてきてるからな。
俺は少し罪悪感を感じながらも通りすがりの裕福そうなおじさんから銭入れをスった。
「妹紅、蕎麦でも食おうか。」
「……うん。」
俺達は屋台で蕎麦を注文し、それを食い終わると日が暮れるまで都をぶらぶらし、
日が暮れたタイミングで街の外れに布団を敷いた。……これは慧音の布団なんだがな。残念ながら返す事は出来なさそうだ。
だが、妹紅と出会う事も出来たし、俺は一人じゃない。その事に少しだけ前向きになりながら俺は目を閉じた。
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「は?」
俺は寝苦しさを感じて目を開けると、そこは今日飛ばされた俺の周りだけ空間が切り取られた様な雑木林だった。
「……妹紅!?居るか、妹紅!」
俺は一緒に寝ていた筈の妹紅を探すが、心の何処かで妹紅はここには居ない事を確信していた。
もう一度、視界を共有して妹紅と出会った場所へと鵺を飛ばすと、やはりそこには襲われている人間───妹紅が居た。
俺は昨日と同じ様に妹紅を助け、同じ様に蕎麦を食べて同じ場所で眠りについた。
だがやはり俺は眠る度にこの雑木林へと戻ってくる。……妹紅を助けるのももう9回目だ。俺は流石に精神がおかしくなりそうだった。
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24回目。また夜を越すことは出来なかった。
50回目。今回も駄目だった。
80回目。俺は妹紅を助けなかった。だが意識を失うと再び雑木林へと戻って来ていた。
100回目。俺はもはや生きているだけの死体の様になっていた。
動く気力が無い。何度妹紅と言葉を交わしただろうか。何度あいつの警戒心を解いただろうか。
「……何だったか。道に迷ったら天へ昇れだったか。道どころか、生きる意味が分からなくなってきたよ。」
俺はもう最後の手段に出る。これまでやらなかったのは単なる気まぐれだ。……だが、そろそろ限界が近い。
「───玉犬・渾。……俺の喉を食い破れ。」
式神だというのに玉犬は抵抗するが、俺は重ねて命令する。
「俺の喉を食い破れ。……やれ!」
そうして俺は自身の式神に喉を食い破られて死んだのだった。
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「……おはよう。」
「ああ……。おはよう。」
天に昇れというのは死ねという事だったのか。我ながら何故もっと早くこの手段を取らなかったのか理解に苦しむ。
「何にせよ、これで地獄を抜け出せた訳だ。」
俺はふと違和感を感じて咲夜というメイドに貰った懐中時計を取り出す。
仕舞うまでは何とも無かったはずなのだが、今は罅が入って秒針が止まってしまっている。
「……妹紅?」
俺は周囲の喧騒が突如として聞こえなくなった事に疑問を感じ、周囲を見渡した。
「時が……止まってる?」
……巫山戯るなよ。今度は止まった時の中に閉じ込められろと!?
俺は即座に自身の呪力を鋭く練って己の首を掻き斬る。
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「……おはよう。」
「……ああ。おはよう。」
嗚呼、頭が可笑しくなりそうだ。