いつもの乗り気が無かったです。
007
日が昇り、そろそろ皆が起きてくる時刻になってきた頃。1人男子用のシャワールームで温水にうたれているハウルが佇んでいた。182cmという長身に加え彫像を彷彿とさせるほど美しいと形容できる肉体に流れる水流が、彼の流した汗とシャンプーとボディソープの泡を洗い落としていく。
排水口へと流れてゆく洗い落とされた全てには目もくれず、1人ハウルはぼうっと
満足した彼は落とし切れてない泡が無いか確認したあと、シャワーを止めて脱衣所へと入り、水気をタオルで拭く。拭き終わって下着を履いたあとにハウルは、機械のようなバックアンドブレスト*1を着用のあと、背中側の左右に大胆なスリットの入った上着を着て、最後に長ズボンを履く。
髪をドライヤーで乾かし終えると、シンプルなカチューシャを前髪に着け、ジャージを持ってアカデミー内のランドリールームに入る。ジャージを洗濯ネットに入れてから、洗濯機に放り込み予め用意していた洗剤と柔軟剤を入れて回し始めた。
その間暇なので徐にスクロールに手を伸ばしかけたが、ランドリールームに向かってくる足音を捉えたので止めた。 入ってきた人物を見るや否や、ハウルはゆっくりと立ち上がって一礼をする。
「おはようございます、オズピン学長」
「やぁ、お早い目覚めのようだなハウル。あぁ、掛けてくれて結構」
「では失礼して」
ハウルは室内のベンチに座り、少し離れた位置にオズピンが座った。アカデミーに来て2日目、少々奇妙な光景が出来上がっていた。
「して、オズピン学長がボクに何か御用でしょうか?」
「単に話してみたかったのさ、君という人物がどういったものなのかね」
「ボクの、ですか。特に面白い話は……思いつく限り結構あったな」
「ほぉ、例えば?」
「学長であれば、ある程度の事は知っておられるのでは?」
「私は別に全知の人では無いのでね。知らないこともある」
「貴方ともあろう人なら、ボクの名字を知ってる時点で身辺や過去について調査済みかと思ったのですが、違いますか?」
「それは君の父からの助言かな?」
「学長がそう思うのなら、貴方の中ではそうなのでしょう」
「……成程。ジェイムズの言う通り、かなり聡い子らしい。その勘の良さは誰から学んだ?」
「ボクの知り合いから、とだけ」
「君の事は明かしてくれないのだね」
「秘密主義の貴方に言われるとは、ボクも陰険になりつつあるみたいですね」
「君、よく一言多いと言われるだろう」
「ボク自身の事を言っただけですよ、オズピン学長?」
「口もよく回るらしい」
「お互い様では?」
そこまで言い合って、無言の時間が流れる。洗濯機が回っている音だけが室内を占めている中、オズピンから口火が切られた。
「君の想像通り、私はある程度の事なら君について知っている。たとえば本来受けるべき初等教育専門アカデミーへの入学をしていない、とかだな。おそらく、この事を知っているのは限られた人物のみ。私でなければ上手く隠しきれている事に気付きもしないだろう」
「流石に気付きますか」
「だがこの程度の情報を私が知る事も、既に織り込み済みだろう?」
オズピンが自身のスクロールを取り出し、画面にとある情報を映す。そこにはハウルのプロフィールについて記載された個人情報があった。
「巧妙に隠されているが、君の個人情報には虚偽か真実か定かでないものが幾らかある。カバーストーリーについても上手く流布されているようだが、考えれば所々に微妙な違和感が浮かんでくるぐらいにはな。とはいえここまでの徹底ぶりには流石の私でも感嘆するな、そうまでして君の事を誰にも知られたくない意図が見受けられる」
「それは良かった。将軍と一緒に考えたかいがあるってものです」
「その口ぶりから察するに、君もこの偽情報の製作に参加したようだな。正直に言って、ここまで巧妙な嘘をあの将軍が考えられるだろうかと疑問に思っていた所だ」
「確かに将軍は性急で無理矢理が過ぎる点があるので、その辺に関しては同意します」
「君、仮にも自分の父親をそう言って良いのか?」
「一応事実ですし。昔よりは多少落ち着きはしましたけど、それでもまだ性急過ぎる面がある。もうちょっと落ち着いて欲しいのですけどね」
ちょうど洗濯機が脱水の時間に入り、水が抜かれていく音が流れ始めた。
「で、オズピン学長。ここまでの事を知っている貴方は、ボクに何を望んでいるのでしょう?」
「若い身空でその考えに至るのは、アカデミーの学長として考えものだが安心したまえ。別にどうにもしない、どのような事情があろうと今や君もビーコンの生徒だ。脅しなど眼中に無い」
「それはありがたい。ボクも学校生活は楽しみにしていた人ですので、余計なトラブルは起きて欲しくなかった所です」
「それはどっちの意味で?」
「ご想像にお任せします」
そのように締め括られた2人の会話は、オズピンがベンチから立ち上がって退室の意を示したことで終わりを迎えていた。ハウルも同じように立ち上がり、一礼をする。
「では、オズピン学長。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「ああ、また試験の時に。……それと」
出入り口へと進めようとしていた歩みを止め、オズピンはハウルの方へと振り返る。
「ビーコンへようこそ、ハウル・アイアンウッド。我が校の生徒として歓迎しよう」
008
洗濯と乾燥を終えたハウルは、ランドリールームから退出し、1度ジャージをロッカーに入れてから食堂へと足を運んでいく。時刻にして6時35分、既にテーブルの上にはバイキング形式に料理が並べられており、生徒は朝食を選び誰かと話をして朝食の時間まで暇を潰していた。
ハウルも本日食べる物を選び、空いている席に着く。少しばかり暇な時間を過ごす事になるだろうと考えていた所に、暇そうな彼に話しかける人物が現れた。
「隣、良いかしら?」
ハウルが声のした方へと振り向くと、そこに立っていたのは真紅の髪色にローマの剣闘士のような装いをした少女が居た。彼女を見て誰なのか気付いたハウルは、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて答える。
「どうぞ」
「どうも」
「勘違いで無ければ、ピュラ・ニコスさんでお間違い無いでしょうか?」
「そうだけど、貴方は?」
「ハウルと申します。ミストラルでのご功績は
「あぁ、どうも。よろしく、ハウル」
ハウルの言葉に若干のぎこちなさを覚えたピュラと挨拶を交わし、分かりやすい反応に対し少し考えたハウルは1つ話題を切り出した。
「そういえば、朝食のバイキングメニューが豪華でしたね。ピュラ、貴女は何を選びました?」
「へ? えぇ、そうね。私は──」
ピュラの朝食はタコのアッフォガード*2、パエリア、ヨーグルト、グリーンスムージーといった健康志向を重視したメニューとなっている。
「良いですね、ボクのはこういった感じです」
そう言ってハウルが見せてきたメニューは、ブラン入り食パントーストにブルーベリーとマーマレードジャム、クルトン入り生ハムサラダ、サーモンのピカタ、キウイジュースで構成されていた。
「しかし、タコですか。以前に茹で蛸を食した事はあるのですが、少々独特な味ではあったものの噛みごたえが良かった記憶があります」
「もしかして、私の地元に来たことあったりする?」
「さて、どうでしょう? 貴女の地元がどこか分かれば思い出すかも。地元はどちらで?」
「私は──」
「ハウル、隣座るぞ」
2人の耳に入ってきた声に会話は中断され、ハウルの左隣にやって来たサクラを見る。彼女の後ろには料理を載せたプレートを持っているコックコートとコック帽を着たシェフらしき人物。右手はそれを運び、左手には脚の長いチェアを携えていた。
シェフが先にテーブルに料理を載せたプレートを置き、本来座るはずの長椅子に被せるような形で脚の長いチェアを置くと、サクラはその席に座った。
「ご苦労、仕事に戻れ」
「ではお嬢様、お食事の時間まで暫しお待ちください」
丁寧に一礼をしたシェフが仕事場へと戻り、席に座ったサクラは一息つく。とはいえ表情からはどこか疲れているような面持ちを感じられていた。
「かなりのVIP対応ですね、サクラ様」
「様付けはやめい。普通に呼び捨てで構わん」
「よろしいので?」
「生徒間で様呼びされる儂の身にもなれ、鬱陶しい事この上無いわ」
「承知しました。では──」
「ねぇ貴女、少し良いかしら?」
今度はサクラの視線とハウルの顔が、ピュラの方へと向かう。声をかけられたサクラは特に興味無さげにピュラの言葉を聞いた。
「お節介かもしれないけど、もう少し言葉遣いは良くした方がいいわ。さっきのシェフに対しても、目上の人だし丁寧に接した方がいいんじゃない?」
「おうそうか、忠告どーも」
サクラの頭をその言葉が通過し、お節介を受けた当人は暇そうにスクロールを取り出して画面を見始めた。
間に居るハウルはピュラを見る。先の対応の仕方に物言いたげな雰囲気が僅かばかりに滲み出ていた。
ハウルがこの空気感に対して出来ることといえば、ピュラに対してフォローを入れる位であった。
009
朝食の時間も終わりを迎え、次は実力テストの時間に入ると、1人を除き全員ロッカールームで準備しており各々が支度をしていた。一応護衛任務としての体をなす為に生徒の邪魔にならないようワイスの近くにいた彼は、フィービーに絶賛絡まれ中であった。
「すっごい背が高いね
何やらハウルの方からサクっという幻聴が聞こえてきそうな上、膝がかなり震えていた。知らないとはいえ、フィービーは今かなりハウルへのダメージを蓄積させている事に気付く気配はない。
嵐のように捲し立てるフィービーに、着実にダメージを受けているハウルの2人の様子を、サクラ以外のほぼ全員が見ていた。その中でヤンがワイスのもとに歩み寄り尋ねる。
「ねぇ、あの子にハウルは男だって伝えなくて良いの?」
「いつものからかいの仕返しにちょうどいいですわ」
「わぁ、ワイスって結構ねちっこい?」
「まさか。ハウルだけです」
「へぇ、じゃあハウルは特別な人って訳なんだ」
「ええ、特別ではありますわね。ご想像されてるようなものではありませんが」
「だよね」
「貴女こそ、彼女にハウルが男だと伝えてもよろしいのでは? 昨日にお話していらしたでしょう?」
「あーいや、あの子はちょっと……」
「あっ! ヤーン!」
「うわッ!?」
ヤンを見つけた途端ビュンっ、とフィービーはハウルから離れヤンへと接近する。驚いて1歩あとずさったヤンだが、そのような事はフィービーに関係がなかった。
「ねぇねぇ今日のテストどんな内容なんだろうね!? 私のセンブランス結構便利だからさ地元に居た時は色々とやってたから大体の事は出来るよ! あ、でも連携面ではあんまり期待はするなって言われてるから協力プレイとか出来ないんだよね困ったなあ誰かと一緒に合わせ技! みたいなことしたいんだけどねぇヤン貴女はどんなファイトスタイル!? 上手く行けば私たち超最高のコンビになると思わない!?」
「えーっと……」
「私先に行くね、お姉ちゃん」
「え、ちょっと!? ルビー? ルビー! お姉ちゃんを置いてかないで!」
「待って待って! 皆で一緒に行こーよー!」
ルビーは足早に試験会場の方へと向かい、ルビーを追うヤンと、ヤンを追うフィービーという構図が出来上がったところで3人がロッカールームを離れていく。
残ったワイスのもとにハウルが歩み寄り、話しかけた。
「大変ですね、ヤンさんも」
「ええ、そうね。私は用があるので先に行っててくれます?」
「一応ボク、護衛の任に着いてるんですけど」
「必要ありませんの。全くお父様も本当に」
「やあスノーエンジェル、俺のチームに入らないかい?」
ハウルという護衛が着いていながら、ワイスにキザったらしく語りかけてくるジョーン。微妙な顔を浮かべたあと、ワイスはハウルへ視線を向けて言った。
「ハウル、私の護衛ならこの方を遠ざけるのも仕事では?」
「特に害意は無いですし、無視しても良いかと」
「理由になってませんわ」
「ワイス様ならボクの助けなど必要無くとも乗り切れるでしょう。見てて面白いし」
「貴方あの時私が助けなかった事を根に持ってますわね!?」
「はて、なんの事やら?」
「ぐぎぎぎぎ……!」
「あのー、ちょっと? 俺を無視しないでもらえる?」
ワイスとハウルの2人だけの世界となったジョーンは置いてけぼりとなり、それを見ていたピュラがジョーンの肩に手を置いて微妙な笑顔を向けた。ジョーンは項垂れた。
次はようやく戦闘にも入れるのでお楽しみに。