ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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これぞ二次創作!と言うくらい好き勝手に書きたくなったので書きました。

基本的には書き溜め→一気に投稿というやり方でいくので、2ヶ月に1回の更新になる予定です。

ハーメルンの読者層で果たして今、どれだけヤンデレCDファンの方々が居るかは分かりませんが、僅かでも居るなら、そんな同好の士に楽しんで頂けるよう頑張ります

では、よろしくお願いします


第一章
TRACK1 華麗なる野々原家


 自分の目と鼻の先に突きつけられた包丁。

 一般的には調理器具として用いられるそれが、今この瞬間においては俺の生殺与奪を左右する凶器の様相を呈している。

 

「あーあ、困っちゃったなぁ」

 

 俺の身体に馬乗りになって包丁を握りしめながら、()()は言った。

 

「まさかこんな簡単にバレちゃうなんて、流石に考えてなかったよ」

 

 口ぶりこそ困っている様だが、その口調と口元の薄い笑み、何よりその瞳が、この状況に対して全く危機感を覚えていない事を示している。

 

「ねぇ、どうしよっか。この後」

「……っ」

 

 どうしようかと聞かれて、何も答えられるはずがない。

 口を動かした瞬間、目の前の包丁が自分の喉を切っ裂くか、突き刺さるかもしれないのに。

 これは質問ではなく、尋問ですら無い。

 ただ単に、己の嗜虐心を満たしたいが為に行う娯楽だ。

 

 だが、俺の沈黙が気に入らないのか、薄っすらと浮かべていた笑みは消えて、口調も冷淡にしつつ、再度俺に尋ねる。

 

「もう、黙ってたら何もわからないよ? 答えて」

 

 ゆっくりと、両手で握りしめた包丁を自身の顎先まで持ち上げて、彼女は嗤う。

 

「死にたい? それとも……生きたい?」

 

 果たしてそれに答えることが何の意味を持つのか甚だ疑問だが、何も言わないままただ殺されるのも面白くはない。

 

「……出来ることなら、死にたくないな」

「ふふっ、そうだよね。こんな所で殺されるなんて嫌だもんね」

 

 全くその通りだ。

 俺はまだ死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 やりたい事と、やるべき事と、やらざるを得ない事がある。

 

 こんなワケの分からないタイミングで、人生を終わらせてたまるか。

 

「……でもね、質問にはちゃんと答えてほしいなあ。聞いたのは“死にたい”か“生きたい”だよ? “死にたくない”だと、そのどちらでも無いよね?」

「──っ」

 

 ほら見たことか。

 やはり、最初から答えることに意味なんて無かった。

 仮に与えられた選択肢の言葉で答えても、結局は同じ結末だったに違いない。

 

「あははははは! 残念でした!!!」

 

 そう高笑いしながら、彼女は勢いよく包丁を振り落とした。

 

 


 


 

「もぉー、お母さん! 何度も言ってるでしょ、お母さんは包丁握るの禁止だって!!」

「えー! 今日はアタシ、オタマしか持ってないよ!?」

 

 野々原家、朝のキッチン名物。

 母娘の喧騒。

 

 主に朝食を作ろうと張り切る母親と、その母親を絶対に台所に立たせたくない妹の間で起こる、女の戦い。

 名物と言ったがかなりの頻度で起こるので、レア度は皆無だ。

 

 あー、またやってるよこの2人。

 

 なんて、思わず口に出してしまえば最後、今度は自分に飛び火しかねないから、心の中でそうぼやきつつ。

 俺は2人をスルーして冷蔵庫に向かい、麦茶の入ったポットと、食器棚から2人分のグラスを手に取る。

 テーブルの上にグラスを置いて、それらに麦茶を注いでから、1つを既に着席してる父さんに渡した。

 

「はい、父さん。飲むでしょ麦茶」

「あぁ、ありがと。……にしても、今日もあついな」

 

 麦茶を受け取るとすぐに口に入れて、父さんは視線の先で喧嘩する2人を眺めながら苦笑いしつつ言った。

 

「ダブルミーニング?」

「……いやいや、天気の話だけだよ」

 

 絶対にそんなわけ無い事は、もちろん分かってる。

 父さんも、あの2人の戦争に介入する気が無いので我関せずを貫きたいだけだ。

 しかし、あの2人が台所の領有権を争ってるのは、そもそも父さんの朝ごはんを誰が用意するかという点にある。

 煽り立てたわけじゃ無いとは言え、原因の一つではあるのだから、是非とも終わらせて貰いたいです。

 

「止めなよ父さん、じゃないとその内に死人が出るよ」

「いいよー。母さんも渚もいつもの事だし、あれで仲良くしてるんだから」

 

 そう言って朗らかに笑ってみせる我が父親の、懐の広さに感動するべきなのか、呑気な性格に呆れるべきなのか、たまに悩むことがある。

 

「父さんが止めないと俺が間に入らなきゃ駄目なんだから。どうにかしてよ」

「大丈夫だろう。来栖なら父さんより力強いし」

「いや、父さんは渚のキレた時の怖さを知らないからそんな事言えるんだよ。アレは平気で人を殺せる奴が出来る目だぜ、そんなのに睨まれたら俺の人生のお漏らし記録が伸びて──」

「お兄ちゃん、お父さんに余計な事言わないで!」

 

 ああほら地獄耳め、母さんとのプロレス中にも関わらず普通に聞き取りやがる。

 

「言われたくないなら朝から反抗期発動するなよ、渚。ご飯の時間が遅くなる」

「お兄ちゃんだって、お母さんの作るごはんが殺人級の呪物だって分かってるでしょ?」

「それはそうだけど、今朝のおかずは全部昨日の夜ごはんの残りだ。母さんは味噌を溶かした以外に、すべての食材と調味料には触れてない。流石に大丈夫だ」

「で、でもー!」

「豆腐やネギ、ワカメは味噌が溶けた後でも投下できる。それらに触れてたなら話は別だが、ちゃんと俺も見てたから安心しろ」

 

 強いて言うなら事前に煮干の出汁をとってない事位だが、それ以外は本当に母さんの行動に問題は無かった。

 

 視界の隅で『来栖もそんなこと言うのぉ!?』と目に涙を浮かべる母さん(3X歳)が映ってるけど、先日の母さんが作ったクッキーの毒味役を任された際に、盛大にお腹を壊した身としては、擁護してはいけないラインってのがある。

 

「お母さんが料理に関与してるって事がもうダメなの! 終わってるの!」

「渚、確かに母さんの作る料理は毒だが、母さんの手はあくまでも毒手や瘴気じゃないんだ、駄々こねるのもいい加減にしなさい」

「うぅぅぅ……2人して酷いよぉ」

 

 いけない、これ以上は何を言っても母さんの心がダメージを受けるばかりだ。

 どうやってこの場を納めたらいいものか、考えを巡らせようとした俺の心境を察したのか、不意にいつの間にか背後に立ってた父さんが、俺の肩に手を当てるとニッコリ微笑んだ。

 

「渚、もうその辺にしよう。母さんは本当に変な事してないよ。僕も隣で見てたから安心して」

「……お父さん。でも、さ……」

 

 呆れた、先ほどまでの勢いは何処に行ったのか。

 父さんに窘められた途端に、渚はしゅんっとおとなしくなった。

 

「まずは父さんが味噌汁飲むから、何もなかったら渚も飲もう、な?」

「………………はい」

 

 あっという間に解決に導いた父さんの手腕を流石と言うべきか。

 露骨なまでのファザコンな渚に驚くべきか。

 そもそも最初からお前が仲裁しろと思うべきか。

 あるいはそれら全てか。

 

 ……まぁいいか。

 

「さぁ、みんなご飯にしよう」

「はーい!」

「はい……ほら母さん、いつまでも項垂れてないで」

「うぅ……母は孤独だぁ」

 

 なんにせよ、今日も野々原家はいつも通りに朝を迎えたのであった。

 


 


 

「それじゃあ行ってきます」

 

 会社勤めの父さんは、当然だが学生の俺らより家を出るのが早い。

 

「あ、待ってー!」

 

 慌てて母さんがテーブルを離れて、玄関先の父さんの方へ向かう。

 

「はぁ……今日も始まった」

 

 隣に座る渚が、軽くため息を吐きながら壁の向こうの両親へ視線を向けた。

 分からなくも無い、何故なら俺達兄妹は毎日ここから数分間、『出勤する夫とそれを引き留めようとかまちょムーブをかます妻』の茶番劇を聴かされるのだから。

 

『今日もお仕事遅いの……?』

『うん、来週取引先との打ち合わせで、大詰めなんだ』

『会社の若い子と一緒に居て鼻の下伸ばしたりしない?』

『しないって、僕には君だけしか居ないんだから』

『本当? じゃあ証明して』

『もう、子供達に聴こえちゃうから……んむっ』

 

「あぁ、これはまたキスタイム突入だな」

「はぁ〜〜、毎日毎日毎日毎日、発情したウサギの方がまだ弁えてるよ。……お父さんもお父さんだよ、甘やかすから」

「さっさとご飯食べよう渚、味覚がおかしくなる」

「そうだね……」

 

 2人とも箸を動かスピードを倍にして、早食い競争でもしてるかの如く食べ進めていく。

 

『ごちそうさまでした!』

 

 ご飯とみそ汁、卵焼きに焼き鮭、昨日作ったポテトサラダ……と、朝からおかずの多い立派な朝食だったが、普段よりも5分早く食べ終える事に成功する。

 自分の分と、渚の食器をまとめて軽く水洗いしてから食洗器に置いたところで、ようやく父さんを送り終えた母さんが戻ってきた。

 

「──あれ? 2人共もう食べ終わっちゃったの?」

「うん、今日も美味しかったよ。ありがとう」

 

 実際に朝食を作ったり、作り置きしているのは渚や俺(あと今日みたいに味噌汁だけは父さん)だけど、毎朝早く起きて準備してくれるのは母さんだ。

 

「えー、早くない? 学校でお腹空いちゃうよ?」

「大丈夫、俺も渚もだいぶ()()()()()()だから」

「そう? ならいいけど」

 

 言葉の意味を、きっと母さんは分からないだろうけど。

 物理的にも精神的にも、実際にお腹いっぱいなので、嘘ではない。

 

「おにいちゃーん、準備できたよ、学校行こ?」

 

 俺が食器を片付けてる間に、俺の鞄も取って通学の準備をしてくれた渚が、玄関で俺を呼んだ。

 

「分かった、すぐ行く。……じゃあ母さん、あと食洗器動かすだけだから、ゆっくり食べて」

「あぁ、待って待って」

 

 布巾で濡れた手を拭いて、すぐに玄関に行こうとした俺を、母さんは呼び止める。

 

「ん、何──っ!?」

 

 足を止めて振り向いた瞬間、視界に母さんの胸が至近距離に映ったと同時に、顔を埋められた。

 

「か、母さん、急に何」

「いつもアタシと渚ちゃんの間に入ってくれて、ありがとう」

「ちょっと息苦しいって……っ!」

「そう言う優しい所、あの人に似てるなぁ。やっぱり親子ね」

「んんっ、そんなの気にしなくて良いから! 離れて」

「良いから良いからぁ。照れない照れない」

 

 後頭部を優しく撫でて来る母さんを引き離そうと藻掻(もが)くが、結局母さんの満足するまで撫でられてから解放された。

 

「いってらっしゃい2人とも、気をつけてね!」

「行ってきます」

「はーい、行ってきまーす」

 

 普段より少し早めの登校。

 俺と渚は徒歩圏内なので、普段から遅刻の心配は無いけれど、今日はより余裕を持って通学できる。

 

「……じーっ」

 

 家から離れて数分経ったタイミングで、隣を歩く渚が何か言いたげに俺を見てるのに気づいた。

 

「どうした?」

「……お兄ちゃんって、マザコンだよね」

 

 ──もう少しで咽せるところだった。

 

「急になにを言い出す」

「だって、さっきもお母さんに抱きつかれて喜んでた」

「違う、俺は引き離そうとしてた」

「えー、その割には声が嬉しそうだったよ?」

「断じて違う、母さんが子離れ出来ないだけだ」

 

 俺の沽券に関わる事なので強く否定したが、それでも渚は“本当かなぁ”と訝しげな顔をしている。

 

「だいたい、それを言うなら渚こそ母さんに当たりがキツすぎだ。今朝なんて騒ぐ程の事じゃ無かったろ」

「あったよ。だって、お母さんの作るご飯なんて食べたくないもん」

「言い過ぎだろ流石に」

「言い過ぎじゃないよ」

 

 ぴしゃりと、一切の反論を許さない口調で渚は言った。

 

「私の体の中に、あの人の作ったものは入れたく無いの」

「そんなに母さんの事、嫌いなのか?」

「ん……」

 

 俺の質問に渚はすぐに答える事をせず、幾許かの間を開けてから、

 

「──そう言う事じゃないよ!」

 

 パッと破顔して答えた。

 

「お母さんの料理が殺人級だって、分かってるでしょ? だから嫌なの。朝からお腹壊したり、肌が荒れたら困っちゃうもん」

「……あー、そうだな。それは確かに」

「でしょ? だから絶対に調理器具には触らないでって頼んでるのに、どうしていつも料理したがるのかなぁ」

「お爺ちゃんが料理上手だから、自分も出来るはずって前言ってたよ」

「才能無いんだから諦めて欲しいのに、そう言うところ昔からずっと頑固だよね」

 

 呆れながらも面白そうに話す妹は、すっかり普段通りだ。

 そんな姿を見て、俺も心の奥で静かに安堵する。

 

 渚は数年前から、こんな風に母さん相手に否定的な言葉を口にする事が増えた。

 思春期なので当然かもしれないけど、個人的にはもう少しくらい、風当たりを優しくして欲しいなとも思う。

 

「まぁ、大人になればおさまるか」

「えっ、何が?」

「いや、なんでもない」

 


 


 

 特に道中大きな問題も無く、俺達は学校に着いた。

 校門を通り昇降口を過ぎて、下駄箱で履き替えようとしたのだが、

 

「──はぁ、またか」

 

 扉を開けると、そこには俺の上履き以外に封筒が1つあった。

 恐らく放課後、俺が帰った後に誰かが入れた物だろう。

 

「あ、お兄ちゃんまたラブレター送られたの? 相変わらずモテるね」

 

 気づいた渚がトテトテと近づいて、俺の下駄箱を覗き込みながらニマニマと笑う。

 こういった事は今までに何度かあるが、一緒に登校する都合上、毎回渚に見られて揶揄われるまでがテンプレートだ。

 

「誰からのラブレターなの? 見せて」

「あっこら、勝手に見るな」

「良いでしょ、どうせ私も読むんだから」

 

 そう言って渚は、俺より先に封筒を開いて、中の手紙を読む。

 これもまた、いつもの流れ。

 

「うんうん……1年生の子だ。お兄ちゃんの事前から気になってるから良かったら放課後屋上に来て下さいだって。いつも通りだね」

「わざわざ書いてる内容の説明までしてくれてありがとう、頼んでもないのに」

「だってお兄ちゃん、どうせ断るつもりでしょ?」

「それは……まぁそうだけど」

 

 過去に1度だけ、この手の手紙をもらって素直に待ち合わせ場所に向かった事がある。

 しかし相手は来る事なく、後から揶揄われてるだけだと分かった。

 幸いにもその後に俺を晒し者にする様な奴は現れなかったが、その時も渚にはずいぶんと揶揄われたものだ。

 

 それ以降、俺はこういった手紙には絶対反応しない事にしている。

 

「また私から断っておく?」

「……良いのか、嫌われるぞ」

 

 これもまたいつもの流れではあるが、渚が俺の代わりになって送り主に断っている。

 本来なら俺が出向くのが誠実だし、そうするべきなのだが、どう言うわけか渚の方から率先して任されようとするので、それに甘んじている形だ。

 それにしたって、毎回渚が嫌な役回りをしなきゃいけないのは悪いと思ってるのだが、当の本人はと言うと。

 

「平気平気、お兄ちゃんと違って女の子が傷つかないやり方に慣れてるから」

 

 そうあっけらかんと言ってみせる。

 それに、と前置きしてから渚は続けて言う。

 

「お兄ちゃんって優しいしカッコいいけど、雰囲気に流されやすいから。直接断ろうとして泣き落としされたら、アッサリ付き合いそうだもん」

 

 そんなつもりは無いが、どうやら渚の中で俺は相手の押しに弱いタイプの人間だと思われてるらしい。

 

「そういう所、ちょっとお父さんと似てるよね」

「褒めてるのか?」

「すっごい褒めてる!」

「…………はぁ、ありがとう」

 

 渚の父さんに対する好感度を鑑みれば、確かに最上級の褒め言葉に違いない。

 

「手紙は私が預かっておくよ。じゃあまたねお兄ちゃん!」

 

 そう言って手をフリフリしながら、渚は駆け足で自分の教室に向かった。

 そんな妹の後ろ姿を見送って居ると、

 

「よぉ来栖、見てたぞ〜いまの一部始終。今日でラブレター何枚目だ?」

 

 クラスメイトの足立が、肩に手を当てて声を掛けてきた。

 

「数えてない。多分10はいってないだろ」

「ダウト。14枚目だよ、今年度だけでな」

「数えてるのかよ、キモいな」

 

 肩の手を払って、改めて上履きに履き替えながら俺は言った。

 

「勿体ねえ事するよなー、今時ラブレターなんて古風な物貰ってるのなんて、お前くらいだろ」

「顔も名前もよく分からない人の手紙なんて、貰っても困るだけだ」

「モテる奴は言うことが違うことで……それ、ぜったい少数派の意見だからな?」

 

 クラスメイトのくだらない話を聞き流しつつ、俺も自分のクラスに向かう。

 もっとも足立だって同じクラスだから、会話が終わるわけでは無いけど。

 

「にしても、お前と渚ちゃんって双子の兄妹な割に性格は真逆だよな」

「……別にそんなもんだろ兄妹なんて」

「かもしれねえけど。んーでもさぁ」

 

 あっさりと納得した足立だったが、まだ言いたい事があるようだ。

 

「女子に塩対応な来栖はともかく、渚ちゃんも彼氏作ってないのは不思議だよなあ」

「急に何の話だよ」

「いやお前、兄なのに妹がどんだけ人気者か知らねえの? 学年も同じなのに?」

「知らない、興味もない」

「じゃ、じゃあ……渚ちゃん読モしてる事も知らねえの?」

「はぁ? 渚が?」

 

 聞き慣れない単語に思わず足を止めてしまった。

 しかし教室の目の前だったので、一旦自分の席に着いてから、足立に再度問いかける。

 

「ちょっと待てお前、渚が読モって……モデルの事だよな? アイツが? 嘘だろ」

「本当に知らないのかよ……むしろそれに驚くわ」

「良いから、説明しろよ」

 

 “コイツこれでも兄か? ”みたいな足立の顔に若干の苛立ちを覚える。

 全然知らなかった、そんなの。

 渚は確かに可愛い。

 性格も家にいる時と変わらず、それでいて母親に見せる攻撃的な部分は鳴りを潜めてるから明るく社交的だ。

 

 教室が別だから細かくは分からなくても、クラスで十分に打ち解けて居るのが、廊下からたまに見るだけでも分かる。

 だけどまさかモデルをしていたなんて、家ではそんな素振りすら見せた事無いのに。

 

 果たして親は認知しているのか? 

 読モがどのくらい稼げるのかは分からないけど、まさか何も知らないって事も無い……と思いたいけど、そうなると今度は俺だけ何も知らないって事になるわけで。

 

 朝から衝撃の事実に頭がグラグラしそうな所に、追い討ちをかける様に足立が雑談中の女子達に一言二言話した後、一冊の雑誌を持って見せてきた。

 

「ほら、ここにバッチリ」

「……本当だ」

 

 足立が開いて見せたページ見開きいっぱいに、毎日見ている顔が、普段見ないくらいバッチリオシャレとメイクした姿で載っている。

 

「一応名前は“Nagi”って仮名にしてるけど、どー見ても渚ちゃんだよな。マジで可愛いわ」

「……取り敢えず、分かった」

 

 雑誌から目を逸らして、教室の窓を見る。

 それで気が晴れるわけでは無いが、文字通りの現実逃避だ。

 

「……ちなみに、お前以外のみんなも、渚がモデルやってる事知ってるのか? この学年」

「オシャレに興味ある奴はある程度知ってると思うぜ? 流石に他のクラスは分からんけど。渚ちゃんも別に広言してないから、みんな知ってるって程では無いんじゃないかな」

 

 “それでも、兄のお前が知らんとは思わなかったけど”と余計な一言も添えた足立。

 ショックとも何とも言えない、言語化の難しい複雑な感情が胸の中で蠢いてるが……これ以上考えても仕方ないので、考えるのをやめた。

 あとでちゃんと当人に聞けば良いだけだ。

 仮に読モしてるのが本当に渚本人だとしても……まあ、SNSで素顔晒してるよりはまだ、遥かにマシだと思う事にする。

 足立はまだ、横で話をペラペラ続けていた。

 

「いやーでも、絶対渚ちゃんって男子に声掛けられてるはずなのに全然それ系の噂聞かないんだよ、お前何か知らない?」

「いや、それこそ知らないし……逆に妹の恋愛事情把握してる兄とか嫌だろ普通に考えて」

「えー、夜ご飯食べてる時とか、そんな会話しねえの?」

「そんなのするか……ったく、いい加減にしろ」

 

 渚はいつも父さんの話を聞きたがるばかりで、学園でどう過ごしてるか聞かれても、無難なことしか言わない。

 

「……ん、まさか」

 

 何かに気づいた様に足立は口をワナワナさせ始めた。

 本当に落ち着かない奴だな、朝からコイツは。

 

「……お前ら兄妹って、お互いモテるのに恋人作らないよな?」

「……? まぁ、そうなんじゃないの」

「お前らって、多分お互いが数少ない会話する異性だよな?」

「そんな事ねぇだろ、俺はともかく渚はクラスで話す男子くらい……いや待て、お前なにか変な事考えてるな?」

「双子のあまり似てない兄妹、お互いが唯一の会話する異性、他の兄妹より明らかに仲が良くて、毎日一緒に登校してる……つまり、お前ら兄妹は秘密裏に付きあ──」

「馬鹿言うな」

「──痛ァッ!?」

 

 戯言を抜かす足立の額に、閉じた電子辞書を叩きつけた。

 当然痛みに悶絶して、直立したまま震える足立。

 

「俺も、多分渚も、今は恋愛より優先する事があるんだろ。勝手に邪推するな」

「うっ……じゃあつまり、お前が女子に基本塩対応なのも、やりたい事があるから?」

「塩対応してるつもりは無い」

「じゃなくて、やりたい事って何さ」

「言うわけないだろう、友達でも無い奴に」

「人の顔に電子辞書ぶつける上に友達じゃ無い宣言とか、ヒデェなお前!」

 

 目に涙を浮かべる足立の文句を右から左に流して、俺は1限目の準備を早々に進めた。

 


 


 

「……はぁ」

 

 世界で一番面白くない世界史の授業を終えて、それでもまだ4時限目がある事実に憂鬱。

 

「野々原君、眠いの?」

 

 そう聞いてくるのは、隣の席の荒川さん。

 令和の時代に昭和レトロを彷彿とさせる三つ編みと眼鏡が逆にアイデンティティーを感じさせるクラス委員さんだ。

 本当ならこっそり寝てしまいたかった世界史を、我慢して受けたのはこの子が隣にいるから。寝たら普通に説教される。

 

「正直、世界史をわざわざ勉強する意義を感じない。ようつべの解説動画で良いだろ」

「そう? 動画で覚えるのは良いと思うけど、授業である程度知識覚えないと、そもそも興味もわかないと思うけど」

「……確かに」

 

 非常に納得のいく発言だ。

 どんなジャンルであれ、自身と全く接点のないものに興味関心が向かう人間はそうそう居ない。

 俺が世界史なんて解説動画で良いと思えるのも、そもそも勉強してるから得られる見解なわけで、勉強してなきゃ最初から動画を見ようとすら思わない、という事か。

 

「そう思うと、どんな授業でも受けて損はしないと思えるでしょ? 将来の選択肢を広げるための授業なんだから、いやいや受けるのはもったいないよ」

 

 気が付けば、結局なんか説教を受けてる感じもするが、全く嫌味を感じないどころか、非常に納得させられたのは、流石クラス委員長。

 

「ありがとう、委員長。おかげで次の定期考査は15点くらい上げられそうだ」

「どういたしまして。でも、前回の成績は赤点ギリギリだったから、あと10点は上げて欲しいかな」

「──手厳しい」

 

 クラスメイトの成績の把握もクラス委員長の責務なのだろうか。

 気になるけど、聞くのは辞めておいた。

 下手に真相を知って、俺の勉強に余計なプレッシャーが乗っかるのを避けるためもあるが、何より次は体育で着替えなきゃいけないからだ。

 すでにクラスメイトは男女それぞれの更衣室に向かって席を立ってる。

 

 社会人の父さんは、『授業間の時間が10分しかないのに、その間で着替えと移動を済ませなきゃダメなのは正直怠い』なんて酒に酔って学生時代を語る時に言ってたが、現役世代かつ義務教育期間ですっかり慣らされた体は適応してるから、我ながら大したものだ。

 

「さて、行くか──むっ」

 

 俺も遅れないように席を立って、机横の引っかけにぶら下げてた体育着の袋に手をかけた──そのとき。

 視界の隅。厳密には教室の窓の向こう側──中等部校舎がある方向から“気配”を感じた。

 瞬間、俺はオニヤンマを超える俊敏さで窓際に寄って、気配を感じた方向に向けて普段なら絶対にしないキメ顔に親指と人差し指を交差させたポーズ(俗にいう指ハート)をした。

 

 傍から見れば奇行この上ない仕草。

 当然、近くにいた委員長から困惑の声と共に尋ねられた。

 

「えっと……ゴメン、君そんなナルシストだったっけ」

 

 かなり辛辣な問い掛けだが、至極全うな疑問だから返す言葉が無い。

 ──わけにはいかないので、弁明はする。

 

「実は向こう(中等部)に俺のイトコ──女の子の方の従妹が居るんだが」

「居るんだ……」

「そいつが隙あらば俺を遠方から盗撮してくる奴でね」

「う、うん……うん?」

「ただ盗撮されるのも癪だから、こうして事前にポージング決めてるんだ。分かってくれたかな」

「あー。はい……盗撮されるのは嫌だもんね……」

 

 呆然としつつも、理解を示してくれたらしい。

 理解者が居るのはどんな時だって喜ばしいものだ、委員長に普段以上の敬意を抱くほかない。

 

「分かってくれてありがとう。それじゃあ、俺は更衣室に行くよ。委員長も急いでな」

 

 そう言って、教室を出て行った数秒後。

 

 

『──いや普通に盗撮する方もだけど、される前に気づける方も絶対におかしいよ!?』

 

 

 後方から何者かの叫びが聞こえたが、無視した。

 


 


 

 時間は大きく飛んで、放課後。

 7割の生徒が部活動や委員会活動に邁進し、2割の生徒が補習や自学習に励み、1割はやる事が無いので帰宅する学生の黄昏。

 俺はそれらのうち3つ目。普段ならとっくに帰りの用意を済ませて、クラスメイトらに別れの挨拶をするんだが、今日はそういうワケにいかない。

 

 何なら今日含めた向こう4日間は、どの生徒も普段と異なる放課後を過ごさざるを得ない。

 理由は簡単で、今週は三者面談があるからだ。

 小学生の頃は授業参観でうんざりしたものだけど、今はそれ以上に気が滅入る物があるから困る。

 

「はぁー、怠い」

 

 順番待ちのために用意された教室に座りながら、浅めのため息を吐く。

 

「もう……やめてよお兄ちゃん、私まで嫌になっちゃう……はぁぁ」

 

 クラスは異なるものの、同じ保護者を待つ渚が俺以上のため息をこぼしていった。

 

「もう、どうしてお母さんが来るのよ。お父さんに来て欲しかったのに」

「そういうなって、父さんが忙しいのはお前が一番分かってるだろ?」

「分かってるけど……」

 

 頬をフグの様に膨らませながらファザコンを発動させてる妹。

 その頬袋を指でむぎゅッと押したらどんな反応を見せるか気になったが、幾ら何でも自殺行為なのは分かっているから自重した。

 

「……そういえば、だけど」

 

 その代わりに、今朝知ったばかりの情報について尋ねる事にする。

 

「お前、読モしてるってマジなのか?」

「え? うん、そうだよー。たまにだけどね」

 

 隠したり誤魔化すかと思いきや、あんまりにもアッサリと認めてきたので拍子抜けた。

 

「私はその気無かったんだけど、友達が勝手に応募したのが切っ掛け。お父さんもお母さんも知ってるよ」

「なんで俺には言わなかったんだよ」

「えっと……何となく?」

「なんだよそれ…………まぁ、あの2人が認知してるなら良いけどさ」

 

 両親が良しとしてる事を、俺が止めるつもりもない。

 

「そうそう。そういうところ」

「ん?」

「お兄ちゃんならいつ話しても、そうやってアッサリ飲み込んでくれると思ってたの」

「……なんだよ、それ」

 

 褒められてるのか馬鹿にされてるのか判別しにくいけれど、特段悪い気もしないのでそれ以上は気にしないことにする。

 

「楽しい?」

「うん。可愛く載せて貰えるし、お父さんにも可愛い私を見せられるから楽しいよ」

「そっか。ならよかった。あっだけど一応芸能界に片足突っ込んでるワケだし、変な奴に絡まれないように気をつけろよな」

「えっ……う、うん。ありがとう、心配してくれて」

「そりゃ、兄ですから」

 

 いまいち歯切れの悪い返事に多少の引っ掛かりを覚えたが、それが確固な違和感へと昇華するより先に、待っていた人が控室内に姿を見せた。

 

「──あ、2人とも居たんだ。お母さん遅れてない?」

 

 普段着ないよそ行き用の格好をした母さんが、普段通りのニコニコ笑顔で言う。

 

「大丈夫。むしろタイミング的には──」

 

 俺が言い掛けてるところに、先に三者面談をしていたクラスメイトが戻ってきて、俺の順番になったことを伝えてきた。

 

「──バッチリだよ」

「ギリギリって言うんじゃないかな?」

「良かったぁ、それじゃあ行こっ! 教室案内してね、来栖」

 

 都合の悪い指摘は華麗に聞き流して、母さんがワクワクしながら廊下を先行する。

 渚に『行ってくる』と軽く言ってから、慌てて後を追いかけた。

 

「ちょっと、案内される方が先歩いてどうすんだって!」

「あー、ごめんごめん、久しぶりの母校だからついはしゃいじゃった」

「はしゃぐって年齢でも無いだ──」

「んー? お母さん、辛辣な子供は渚ちゃんだけが良いなあ。来栖にはいつも優しい子で居て欲しいの」

「……はい」

 

 沈黙は金。良い言葉だな。

 


 


 

 教室に入ると、さっそく懸念していた事が現実になった。

 担任の豊島先生が、俺の背後にピッタリくっついてる母さんを目にして、困惑を隠さずに言った。

 

「あの……野々原君のお姉さんですか?」

 

 ああ、やっぱりね。という諦観が脳裏を駆けめぐる。

 先ほど俺は母さんに対して『もうはしゃぐ様な年齢じゃない』と言い掛けたが、それは俺が母さんの息子であり、母さんが立派な成人女性であると分かってる故に出る言葉だ。

 

 つまり、どういう事かと言うと──母さんは何も知らない人から見たら、20代前半……いや、ワンチャン10代終盤でも通用出来そうなくらいに容姿が若い。

 いや、事実として母さんは17歳の二児を持つ母親としてはかなり実年齢が若い。だけどそれ以上に肌も髪もウルウルつやつやなので、初めて行くコンビニでお酒買うと身分証の提示を求められる。

 

 豊島先生は今年からこの学園に赴任したので、母さんを見るのは初めてだから、この反応はあって当然だ。

 なら、困惑させないために事前に伝えるべきだと思うかもしれないが、当の本人が若く見間違えられて喜ぶ人間なので、中1の頃に事前に伝える徒労はやめている。

 

 現に今も、俺の顔にピッタリと頬をくっつけながら、母さんは嬉しそうに自己紹介し始めた。

 

「初めまして。来栖の母の野々原夢乃です、よろしくお願いします!」





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