ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRACK6 UNWELCOME_STUDENT

 ここで唐突に、そして事務的に、俺の友人『鬼住山 鈴鹿』をご紹介。

 結論から言うと、いや、これは既に最初から述べているので結論と言うのもズレてるけれど、彼は俺の中学生時代からの友人だ。

 

 もっと厳密に言えば、小学生の時から学校は同じで、お互いなんとなく名前は知ってる程度の知り合い未満が、中学になり同じクラスになってから意気投合した。

 そんな、誰でも──友達が少ない俺でも経験するくらいありふれた経緯(いきさつ)で仲良くなった奴が、この鈴鹿という男である。

 

 鬼が住む山なんて珍しい苗字だから、ひょっとして由緒正しいお家柄なのではと思って、一回だけご実家について聞いてみたが、本人曰く『取るに足らない、つまらない家』とぞんざいな回答を受けた事がある。

 

 自分の家をそんな風に評する鈴鹿だが、彼自身は到底、平々凡々ではおさまらない人間だ。

 

 まず1番に挙げるのは、容姿の良さか。

 

 凛々しい目鼻立ち、モデルさながらな小顔、俺よりも数センチか高くて頭身とバランスの良いプロポーション。

 黒髪の長髪を髷の様にトップで纏めており、インナーカラーでは無く地毛で赤い毛髪がワイルドさに拍車を掛ける。

 

 それでいて顔の作り自体は可愛い系なので、中学時代まだ成長途中だった彼を推してる女子達は、子犬のシェパードみたいだと言って持て囃していた。

 子犬系彼女なんてのが過去に悪い意味で話題になったが、この場合は子犬系彼氏になるのか。

 

 もっとも鈴鹿自身は、自分を可愛いと言ってくる黄色い声が嫌だったらしく、女子に対してはややドライだったが。

 

 

 次に挙げるとすれば、前頭部にある“角”か。

 もちろん、妖怪の類が持つあの角では無い。

 体質的なモノだと思うが、鈴鹿の頭部をよーく見ると、前頭部が数センチだけ盛り上がっている。

 最初はたんこぶかと思ったが、触ると先端が少し鋭く固いので、おそらく角質なのだと思う。

 

 鈴鹿に聞いても『知らん、要らん』としか答えないので、コンプレックスかと思い、あまり触れないでいる。

 ただ気のせいだと思うが、喧嘩してる最中にふと見ると、少し“角”が伸びている様な気がするんだが……。

 

 ちなみに余談だが、鈴鹿の喧嘩における必殺技は、頭突きだ。

 喰らった相手を何度も見た事があるが……やっぱり変な凹み方してるんだよなあ。

 

 

 

 おっと、話を戻そう。

 何よりも、彼について語らねばならない点が残っている。

 今しがた言及した、彼の喧嘩──その強さについてだ。

 

 喧嘩なんて不良文化を、ことさら崇め奉る様な俺では無いけど、しかし今まで見てきた人間の中で、彼ほど強いと思わせる人間が居ないのも事実だ。

 

 小学生の頃は何の話も聞かなかったが、中学生になってから半年もしない内に、鈴鹿は学園内でその名を知らない者は居ないほどの存在になっていく。

 理由は単純。彼が学園内にいる不良達を、次々と倒して行ったから。

 

 俺達の通う学園は中高一貫かつマンモス校。俺含めた善良な生徒がその多くを占めるが、やはり一定の割合で不良と呼ばれる存在は存在する。

 

 カッコいいと思って、タバコや酒に手を出すワルガキ。

 クラスカースト下位の生徒をいじめる、男女のグループ。

 部活で結果を収めて傲岸になってる、空手部や柔道部を筆頭にした運動部の先輩。

 

 学園内にいるそんな奴らを、鈴鹿はことごとく叩きのめしてきた。

 時には、そんな鈴鹿を生意気だと思って痛めつけようとする、高等部の生徒も居た。

 喧嘩の強さで名を上げ始めた鈴鹿に挑戦してくる、他校の不良なんかも居た。

 

 それら全員を相手にして、その全員に勝った。

 

 まさに無双とも呼べる強さの鈴鹿だが、その理由は彼が持つ異常なまでの頑丈さにある。

 

 実際に彼の喧嘩を目にすることが何度もあったが、彼は基本的に相手の攻撃を無理に避けようとせず、プロレスラーの試合みたいに受ける。

 拳や蹴りは当然の事、彼はバットや木刀や、工事現場で用いる様な角材まで受けた。

 

 頭に直撃して、勝ちを確信する相手はしかし、直後に自分の振るった武器を見て青ざめる。

 何故なら、バットや角材はベコベコに凹み、木刀の類は発泡スチロールの様にバキバキに折れるから。

 そして何より、頭部に当てられたはずの鈴鹿が、何の問題も無さそうに、青ざめた相手の顔を見て喜色満面に染まるからだ。

 

 鈴鹿が攻撃を避けたのなんてそれこそ、背後から不意打ちで来たナイフ位だろう。

 

『流石に意識の外から来るのは刺さる、痛い』

 

 なんて事を言ってたが、果たして本当に刺さるかも怪しい。

 

 

 ──とまぁ、長くなってしまったが、以上が俺の数少ない友達。鬼住山鈴鹿の簡単な紹介だ。分かっていただけただろうか。

 

 


 


 

 

「あ〜温まった〜」

「あったまるって、君……」

 

 ベンチを離れ、俺と鈴鹿は川國駅に向かってテクテクと歩いている。

 その背後で屍の様に倒れている、不良達を後にして。

 

「いや……なんか、相変わらずで逆に安心したよ」

 

 正直、鈴鹿が乱入してくれなきゃ俺があの不良達みたいな目に遭ってる可能性が高かった。

 喧嘩の匂いがしたら即参上──そんな所も変わらずで助かった。

 

「危ない所だったよ、ありがとうな」

「何々。あの程度の数なら、お前でも行けるっしょ」

「いや無理だから。君以外にあんな数の差覆せる奴居ないから」

「そうかぁ? 北関東の奴らは割と1対多数余裕だったぜ」

「北関東の不良が凄いだけだ。というか、暫く見ないと思ってたら、そっちに行ってたのか」

「オウ、関東最強名乗るには避けて通れないかんな」

 

 関東最強……別に最初は鈴鹿から名乗りあげた物では無かった筈だが、気がつけば鈴鹿の渾名──引いては彼の自負になっていた。

 

「いーやぁ、流石は天狗党を生み出した水戸。数も質も凄かった」

「……でも、結局は勝ったんだろ?」

「まあな。何度か負けそうにはなったけど」

「やれやれ」

 

 進学にあたり、エスカレーター式に高等部に入るのでは無く、別の高校を選んだ鈴鹿は、もっぱら授業をサボりあちこちの地方へ出向いて喧嘩を買っている。

 この前は南関東を“平定”したと言ったが、晴れて今回の“北関東遠征”も果たした事で、正真正銘の関東地方最強になった……様だ。知らないが。

 

「相変わらず、夢に向かって邁進してる様で良かった。……また暫くはちゃんと学校行くんだろ?」

「あぁ。そろそろ出席日数も確保しないとだからな。それに……」

「……?」

「──いや、良いや。せっかく再会したのにきな臭い話はよしとく」

「はぁ……まあ、構わないけど」

 

 込み入った話をするのは今じゃ無い、という考えには同意だ。

 それよりも、俺はこの状況を喜ばしく思って利用するべきに違いない。

 どう利用するか? 当然、使い道に困ってた()()を使うのにさ。

 

「ところで鈴鹿。再会を祝して今から軽くレストランでも如何かな?」

「うぇ? 良いけど、あんまり金無いぜ……あー、さっきの奴らの財布から頂いとけば良かったな。今からでも間に合うか?」

「やんなくていいそんな事。それに、今回は俺が奢るから」

 

 そう言って、俺は財布にある万札をひけらかす。

 

「おぉ!? どうしたんだよそんな額、お前のお袋さん、財布に大金積ませない人だったくね!?」

「諸事情で臨時収入が入ってな。それでも使い道無いから、困ってたんだよ」

「臨時収入……俺らの歳で簡単に万札貰える……お前まさか、ママ活なんて買春行為を……それは最低だぞ!」

「違うに決まってんだろ馬鹿!! さっき平然と金盗ろうと画策してた奴が正義語るな!」

 

 とんでもない勘違いをされて、急いで訂正しながら、俺達はとにかく近場のファミレスに入った。

 

 入ったのは安価でイタリア料理を楽しめる、全国チェーン店のファミレス。

 まさに空腹の男子高校生2人が食事をする場所として、完璧な場所だろう。

 

 席に着いたら早々にドリンクバーを頼み、俺はメロンソーダ、鈴鹿は野菜ジュースをコップに注いで来た。

 メニューを開いて何を頼むか考えてると、同じ様にメニューを睨みながら、鈴鹿は嗜める様な口調で言った。

 

「いいか、クルス? お前は確かにママ受けするだろう。でも本当にママ活なんてしちゃダメだからな? あんなの単なる犯罪行為でしか無いんだから」

 

 ……、コイツはまだ言うか? 

 

「だーかーらー、これはそんな如何わしい手段で得た金じゃない。正当な報酬……」

 

 ──と、言い切るには少し違うかもしれない。

 

「……少なくとも、警察のお世話になる過程は踏んで無い。本当だ、信じろ」

「ふーん……まぁ、クルスがそこまで言うなら信じっケド」

「そんな事より、お前こそ話せよ。北関東での武勇伝。今回は結構長く離れてたんだ、色々あったんだろ?」

 

 話題逸らし、と言う以外にもシンプルに鈴鹿の“北関東遠征”がどうだったのか気になる。

 向こうは某不良漫画のモデル校の1つがあったはずだし、きっと楽な道のりでは無かったから。

 

「主に負けそうになった話を話せよ? お前が苦しんだ展開が聞きたい」

「オイオイ……趣味が悪いぜ?」

「だって、どーせ最後はお前が勝つんだろ? ご自慢の頭突きでさ」

「確かに? そのとーりではあるけどな。にしたってよぅ、もっと素直に聞いて欲しいもんだぜ」

 

 ぶつぶつと不満の声を漏らしながらも、鈴鹿は楽しげに北関東での戦いを振り返っていく。

 どこの学校から踏み込んだのか、どんな奴が居たのか。最大何人を相手にしたのかや、誰が味方になって助けてくれたのか、1番強かった男に、最も卑怯だった奴。

 ──鈴鹿の語りが上手なのもあるが、漫画のあらすじを聞いてる様で、全く退屈しなかった。

 

 その間、メニューに書かれた肉料理が3周して、話し合える頃には店員からえげつない物を見る視線を送られた事も、ここに記して置こう。

 お会計は何とか4万位内で収まってくれたから良かったが、きっともう、あの店には出禁だろうな。

 

 

「いーやー食った食った。喋った喋ったー!」

 

 太陽が沈み、空がだいぶ暗くなった。

 再び駅に向かってタラタラと歩きながら、俺は腹八分目そうな顔をして隣を歩く鈴鹿に言った。

 

「お疲れ様。食欲のヤバさも相変わらず……いや進化してるなこりゃ」

「一緒に居ると飯が上手くなる奴とだからな、自然と食う量も増えるさ〜」

「……はいはい、ありがとうね」

 

 本当、こう言うストレートに好感を伝える所は良いんだがな。

 どうして喧嘩に明け暮れる日々に染まってるんだか……いや、その理由は前にも聞いた事があったか。

 今も同じ理由なのかは、分からないけど。

 

「なぁ、鈴鹿。一つ聞いて良いか」

「んー、何だよ今更かしこまって」

「お前がそうやって喧嘩に明け暮れる理由は、昔と同じか?」

「そりゃそうだろ。その軸はぶれてねえよ」

 

 何を今更ぁ、と言う様に軽く笑う。

 

 昔、中2の頃に俺がなぜ喧嘩ばかりするのか尋ねた時。間も置かずに即答した。

 

『俺は強くない癖に、強い奴にしか許されない行動をする、強くない奴が嫌いなんだ』

 

 何とも厨二病に満ちた思想だと言えるが、鈴鹿は事実この信条1つで学園内のあらゆる人間を相手取ってきた。

 歪んだ大人のイメージに縋って悪ぶる奴、大人しく抵抗出来ない相手をターゲットに虐める奴、部活動の結果や先輩という立場を利用して好き勝手暴れる奴。

 どれも、鈴鹿にとっては『嫌いな奴』だった。

 

 鈴鹿は何も、喧嘩や暴力が好きなわけじゃ──いや、多分好きだな。

 どんな理由だろうと、殴る蹴るを肯定する時点で、現代社会では爪弾きにされる立場。

 けれども、彼の行動に俺は、ある種の尊敬の念みたいな物を、感じている。

 

 ……じゃなきゃ、友達続けて無いし。

 

 そんな俺の心境なんて知らずに、鈴鹿は言葉を続ける。

 

「俺の夢は今も変わらねえよ、あの日──えっと、具体的に何月何日とかは覚えてねえけど」

「3年の卒業式の日だろ」

「あぁそう! その時にお前に誓った夢は、変わらねえ」

「……そっか。まぁ、だいぶお前のやり方は歪だと思うけど、頑張れよ」

「それ、確かあの時にも言われたな! まぁ見てろよって!」

 

 そう言って鈴鹿は、太陽の代わりに浮かぶ三日月に拳を向けながら言った。

 

「日本から不良を無くす! 関東地方は制覇したからよ、今度は南下して行こうかなー!」

 

 関東制覇で1年ちょっと掛かったのに、残りで時間足りるのかよ。

 そんな事を言うのは野暮なので、黙っておいた。

 日本の不良を叩きのめして、物理的に不良を無くす、だなんて。

 何ともまあ、矛盾や暴力に依った平和活動だろうか。

 

 けれど、馬鹿にするよりも応援する方が面白い。

 正直言って無理だと思うけど、それでも、もしかしたら出来そうと思わせるのが、鬼住山鈴鹿という男なんだから。

 

 ──だから、友達してて楽しいんだよな。

 

 


 


 

 

 翌日、早朝の教室。

 この日は朝から何やら教室がざわついていた。

 

 少し前までは何が起きたのか聞くのを憚られたが、体育の一件以来、クラスのあらぬ誤解も解けた今、俺は喧騒の理由を簡単に知ることが出来た。

 

「転入生がウチに来るんだって。クラスの配置換えがあるから、置きっぱなしだった足立君の席を空き教室に運んでたみたい」

 

 俺の後ろの席の女子──墨田さんは、都合よく疑問の全てに答えてくれた。

 成程、確かに足立と荒川さんの席はあの日から教室に空席のままだった。そのうち足立の席を移動して、その分周辺の生徒が小さな席替え状態になったワケだ。

 

『お前の後ろになっちゃったよ。前の黒板見えねえじゃん』

『うるっせえ、あとで先生に言えばいいだろ? チビだから前に変えてくださいって』

 

 そんな風に仲の良い友人同士ではしゃぐ男子や、

 

『え? マジ最悪……お願いだから机離してね、くっつけたら怒るから』

『あ、はい……』

 

 対照的に冷め切って地獄の様な空気になってる男女もいる。

 

「俺の隣は──荒川さんの席はそのままなんだ」

「うん、だからたぶん、野々原君の隣に転入生が来るんだよ! 誰だろうね~!」

 

 そう話す墨田さんと同じ様に、新しいクラスメイトがどんな人間なのか、想像と期待で話を膨らませる生徒も多数いた。

 

「転入生かぁ……」

 

 楽しみか否かで言えば、前者よりだが、それよりも俺は最近の出来事とこのタイミングでの転入生という情報に、関連性を感じてしまう。

 ひょっとして、転入生の正体は──そんな、不穏な予想が嫌でも脳裏に浮かび、頑張ってそれを振り払った。

 

 世の中には杞憂という便利な言葉がある。きっと俺のこの考えも、それに当てはまるに違いない。

 そう言い聞かせつつ、それでもやっぱりどうしたって、これだけは考えてしまう。

 どうか──どうか何とぞ、今度の隣席は足立や荒川さんの様に頭のおかしい人物では、ありませんように。

 

 

 ──果たしてその願いは、7割ぐらいは叶ったのであった。

 

 


 


 

 

「綾小路咲夜と申します。以後、よろしくお願いします」

 

 制服をしゃんと着こなし、ストレートにおろした髪をふわりと靡かせて、ぺこりと頭を下げながら彼女──綾小路咲夜はクラスメイト達に向かって自己紹介をした。

 

『おお……お嬢様、お嬢様だ』

『オーラがすっごい……』

『髪の毛、金髪でサラサラで綺麗、お人形さんみたいで可愛い!』

『よっしゃー! このクラスで良かったぁ!』

 

 三者三様の反応でざわめく教室。しかしそのどれもが、彼女を肯定的に迎え入れる類の物だった。

 

 そう、今この場で彼女を肯定的に迎え入れていない──と言うよりも、驚愕で思考が一杯になっているのは、俺だけであった。

 だってそうだろう。俺の知ってる綾小路咲夜と、視線の先に居る『綾小路咲夜を名乗る少女』が、あまりにも食い違ってるのだから。

 

 たい焼きを買う現金が無いから代わりに払えと命令したり、大きな声でキャンキャン喚いたり、夢中になって家電製品をぶち壊すのが、綾小路咲夜のはずだ。

 しかし、この転入生はいかにも貞淑でたおやかな雰囲気をした、怒鳴ったり横暴な振る舞いとは無縁のお嬢様と言った感じの子。

 

 絶対に同一人物であるわけが無い。きっと同姓同名で似てるだけの他人──、

 

 

「綾小路さんの家は、みんなも知ってるあの綾小路グループです。この学園にも昔から出資されてるので、くれぐれも失礼な真似はしないように。何かあったら先生の首が飛びます」

 

 ──あ駄目だ、同じだこれ。

 

 先生のジョーク風懇願にクラスが笑いに包まれる中、綾小路咲夜(お嬢様)は口元に手を当てながら目を細めて言う。

 

「もう、先生? 初日から怖いことを仰らないでください。そう畏まらず、ただのクラスメイトとして扱ってください」

 

 困ったようにしながらも、上手にクラスの笑いに混ざっていくサマは、とてもたい焼き屋の前で喚いてた子とは思えない。

 

「それでは、綾小路さん。向こうに用意されてる席に着席してください」

「はい」

「それでは、朝のホームルームを──皆、いつまでもざわつかない」

 

 先生がクラスメイトらを宥めるのを背中に受けつつ、咲夜はゆっくり俺の隣の席にやってくる。

 向こうはまだ俺に気付いてない様だが、俺もこれは知らないフリをしてた方が良いんだろうか。

 いや、良いよな。きっとその方が問題は起きないだろう。

 

 何故昨日と今日でここまでキャラが違うのかは、途轍もなく途方もなく気になる事ではあるが、触らぬ貴族に祟りなし。

 そもそもの話、咲夜と以前から知り合いでしたーなんてクラス中に知られたら、またぞろ面倒な事態になりかねない。

 

 ここは、俺も全く初めて出会う人間を装って、昨日の事なんか何も無かった事にしよう。

 

「隣の席、失礼しますね。これからよろしく」

 

 そう言いながら、遂に隣の席に着いた咲夜に、俺も同様のテンションで応えた。

 

「はい。よろしくお願いします、綾小路さん」

 

 その瞬間、ようやく俺たちの視線は真っ当にお互いを見合い──、

 

「ッッ、アナタ!?」

 

 昨日よく聞いた声色で、驚愕の声をあげた。

 

 しかし、直後にクラスメイト達からの反応を鑑みてか、

 

「──こほん、失礼しました」

 

 わざとらしさを極力排した咳払いを一つ挟み、

 

「アナタ、ひょっとして以前お会いした事、あったでしょうか? 顔に見覚えが」

 

 どうにか貞淑ムーブで乗り切って見せた。

 

 あぁ、どうやら昨日の咲夜が彼女の素で間違いないらしい。

 自分で猫被ってるのか、家の人の言いつけかは分からないが、公の場では『お嬢様』で行く様だ。

 

「……いいえ、恐らく人違いだと思いますよ。似た様な顔は沢山いますから」

「そうでしたか。急に大きな声を出して、ごめんなさい」

「いえいえ」

 

 あくまでも知り合いっぽい人が居て、驚いた。

 今のやり取りでクラスメイト達は、勝手にそう解釈してくれるだろう。

 

 咲夜の猫被りがバレる危機と、面倒事になる可能性。そのどちらも立ち消えたのであった。

 

 


 


 

 

「野々原さん、少しお時間頂けますか?」

 

 衝撃的な朝を越えて早数時間。お昼休みに入るや否や、咲夜は貞淑な笑顔で俺に話しかけてきた。

 

「はい、なんでしょう綾小路さん」

「良かったら、今から学園を案内してくださいませんか? 私、どこでお昼ご飯を頂けるのかも分からなくて」

 

 この誘いが言葉通りの物では無い事は、明らかだ。

 早いうちに()()()()()()()()()って事なんだろう。

 

「……良いですよ、俺で良ければ」

 

 願っても無い話さ。

 その方が、俺も今後の生活に掛かるストレスが軽くなる。

 

「急なお願いなのにありがとうございます。それでは早速行きましょう」

「えぇ、じゃあついて来てください」

 

 すくっと席を立ち、咲夜を連れて教室をそそくさと出ていく。

 向かう先は食堂や購買部がある校舎の中央エリア──ではなくその真逆、校舎の4階最奥。

 教室からの距離が最も長くて、全生徒が移動教室の際に不満を漏らし、今の時間は無人である事が確約されている音楽室。

 

 ……その手前にある、音楽準備室だ。

 

 準備室と言うけども、元々は第2音楽室として用意された教室。

 音楽室同様、防音壁仕様なので、どんな大声で話しても外に声が漏れる事は無い。

 

 吹奏楽部や軽音部がいつでも自主練が出来る様に、基本的に施錠が掛かってない教室なのだが、先述の通りただでさえ大きくて広い学園の最上階かつ最奥にあるから、基本部員がここまで来て練習する事は、まず無い。

 

 誰にも聞かれたくない会話をするのに、ここ程ピッタリな場所も無いだろう。

 それを咲夜も察してか、俺の後を黙って付いて来る。

 

「随分と歩かせるんですね……?」

 

 訂正、少しボロを出しながら我慢して付いて来てる。

 

「もう少しだけ待ってくださいね……」

 

 そう言って宥めつつ、ようやく音楽準備室に到着。

 咲夜を先に入室させて、後から入って扉を閉めた、その直後。

 

「これはいったいどういう事よ!?」

 

 溜め込んだマグマを噴出させるが如く、今日一番の怒声をぶつけて来た。

 

「何でアタシの通う学園のクラスの、よりによって隣の席にいるワケ!? さてはアナタアタシのストーカー!? ストーカーね!」

「待て、気持ちは分かるけど落ち着け。ストーカーの被害を受けてるのは俺の方だ」

 

 今朝方、このタイミングで転入生が入ってくると聞いてまず考えたのは、咲夜だった。

 同じ年で家の事情があって川國に来た、という話であれば、そのまま川國で生活する可能性は十分あり得た。

 そうなるとこの辺りで1番偏差値が高いのが弊学園であり、そこに転入するなら、先日2名も生徒が減った俺のクラスに入るのは必然だからな。

 

 それにしたって、まさかそれが完全に的中してしまうなんて、誰が思うだろうよ。

 嫌な予感ほど当たるなんてジンクス、あって欲しくなかったよ。

 

「お互い、まさかこうして顔を合わせるとは思ってなかったんだ。そうだよな?」

「ええ、全くその通り! ここでアナタの顔を見る事になるなんて、夢にも思わなかったわ」

 

 その共通項が明らかになって幸いだ。

 

「なら、ここは下手に口論するんじゃなくて、お互いに折り合い付けて不干渉でいるべきだと思うんだが、どうかな?」

 

 本来であれば、咲夜にとってもこの状況は全く望んでいないはず。

 わざわざ貞淑なお嬢様のフリをしてるくらいなんだ、俺とこうしてるのすら本意じゃ無いだろ。

 

「じゃあ、昨日の事は誰にも」

「言わない、元よりその気がない。俺達は席が隣同士の、今日初めて会った者同士。それで行こうじゃないか」

「……随分と話が分かるじゃない。何よ、ちょっと気構えたアタシの方がバカみたい」

 

 咲夜にとってもこの上ない話のはずだが、何故かむしろちょっと不機嫌そうな顔になった。

 

「もしかして、これだけじゃ不安か? なら席を離すとかでも」

「──、そういうのじゃなくて! …………いえ、別に良いわ。アナタが何か、悪い事を考え付く様な人じゃないのは分かってたし。もうそれでいいわよ!」

「……?」

 

 それで良いなら、もっと素直に承諾して欲しい物だけど。

 何が面白くないのか、どうにも俺には分からなかった。

 

「それじゃあ、もう行きましょ」

「あぁ、じゃあまたな」

 

 メインの議題は済んだ、ようやくお互い本来の昼休みを満喫出来る。

 そう思い、無駄に引き止めずにいると、咲夜は怪訝な顔を浮かべた。

 

「……何言ってるの? アナタも一緒に行くのよ」

「え、なんで」

「あのねぇ! 最初にアタシ言わなかった? どこに食堂あるかも分からないって! このままアタシに飢えた思いしろって言うわけ?」

「……確かに」

 

 すまない、完全にただの方便だとばかり。

 それに、咲夜が他の生徒達と同じ場所で、庶民向けの食事を摂るなんて想像だにしていなかった。

 

「てっきり、君だけは専用の個室でランチを満喫するのだとばかり」

「アナタの頭の中のお金持ちって、そう言うイメージなのかしら」

「だ、だよな……幾ら何でも周りから浮いちゃうし……そんな事やりたくも無いよな、ウン」

 

 少し偏見が多過ぎたかもしれないと、反省しようと思った俺だったが、

 

「やろうとすれば出来るわよ? やらないだけでね」

「出来はするのか……」

「でも、そんな奇行で庶民の中の綾小路家に対するイメージが悪くなったら、一族の恥だわ」

 

 1人だけ特別な食事を毎日堪能してたら、素直に『お金持ち凄い』と思う人も多いだろうが、同じくらい妬んだり嫌悪する奴も出てくるだろう。

 

「アナタ達庶民には分からないと思うけど、貴族と言うのはイメージが大事なの。特に今の時代は、デマ一つであっさり風評被害が広がりやすいんだから」

「……ひょっとして、君が学園(ここ)で猫被ってるのも、そう言う理由?」

「猫被っ……初めて会った時から思ってたけど、アナタってオブラートに包むって概念を知らないみたいね!」

「オブラートに包んだ結果の言葉なんだがな」

「良いわよ、もう……言ってる事はその通りだし。基本的にプライベート以外はああしてるわよ? 文句あるの?」

「いや、そうじゃなくて」

 

 最初は面くらったけど、文句なんてあるわけ無い。

 それより思ったのは。

 

「確かに、あんな立ち振る舞いを演じてたら、抜け出したくもなるな」

 

 昨日は随分とお転婆娘な事だと思ったが、要人相手にずっとあの態度で、しかも複数の人間を相手にし続けてたなら、気持ちが分かってしまった。

 

「ふん、アナタでも少しは貴族の重圧を理解できたみたいね。……それじゃあ、アタシがアナタを食事係に選んだ理由も分かるでしょ?」

「食事係っていつの間にそんなの……分かるけども」

 

 要は食事の時くらい落ち着いて、素の性格に近い状態で過ごしたいのだろう。

 それを可能にできるのは、この学園で俺以外は存在しないのだから。

 

 安易に話題になりやすい女子生徒との絡みを作るのは好ましくないが、既に咲夜は知らない相手では無く、この流れで拒絶するのも後味が悪い話だ。

 ましてや、昨日結構な額の『案内代』を貰ってしまった手前、断るのは少し──いやだいぶ後足で砂をかける行為になる。

 

 仕方ない。少なくとも今日だけは、出来るだけ()()()()位置を避けつつ、咲夜を最寄りの食堂まで案内するとしよう。

 

「了解した。じゃあ、早速行こうか」

「考える時間が長すぎるわ。アタシの命令は二つ返事で答えること」

「それは承諾しかねる」

 

 これは即座に拒否して、俺は音楽準備室のドアノブに手を掛けて、やや重めの扉をゆっくりと開く。

 果たして、今から行くとすればどの食堂に行くべきだろう。

 出来るだけメニューが多くて、座れそうな場所が良いな──そう思っていると。

 

「あーやっぱりここにいた。お兄ちゃんと──転入生の人かな? どうしてここに居るの?」

「──あヤバい」

 

 開ききった扉の先に、ニコニコ笑顔の渚と。

 

「何がヤバいの? ねぇ、何がヤバいのか教えて欲しいなぁ、()()()()()()?」

 

 一番この状況を見られたくない相手──小鳥遊夢見が居た。

 

 “どうしてここに居るの?”だと? 

 そんなの、こっちのセリフだ──反射的にそう言い返したくなった口を噤めたのは、今日一番のファインプレーに違いない。

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