退屈な授業がようやく終わり、野々原渚はクラスの友達3人と一緒に食堂に向かっていた。
お腹が空いているから、油断するとはしたない腹の虫がなりそうだが、先を歩くクラスメイト達は『今日は何を食べようか』『最近食べ過ぎだからヤバい』『あんま混んでなきゃ良いけど』と賑やかに会話中なので、案外腹の虫が鳴っても喧騒に呑まれて聞かれないかもしれない、
友人らとの会話の中で渚が内心で同意したのは、3つ目の言葉だ。
食堂は広く複数あり、座る席がないという事態は起こらない。
それより問題なのは、食券や受け取り口には毎日行列が出来ている事だ。
4時限目のチャイムが鳴った直後に即ダッシュで向かおうとも、似た様な事を考えてる生徒が多いため無意味。
結局どのタイミングで向かおうと、最低7分、最遅で15分程度は覚悟しなければならない。
食堂より遥かに回転率が高く待ち時間の少ない購買部で、惣菜パンや弁当を購入し、食堂に設置されてる電子レンジで温めて食べる手段もある。
しかし、購買部は食堂よりも在庫が少ないため、自分が食べたいと思う物を確実に買える可能性は低い。
何より、幾ら座席が豊富にあるとはいえ、購買部で買った物だけでテーブル席を埋める行為を、他の生徒達はあまりよく思わないだろう。
仮に1年生がそれをした場合、意地の悪い3年生に何かしら文句を言われるかもしれない。
実際、渚も1年生の時は来栖の分もお弁当を作り、来栖や友人と食堂で食べていたが、ある日2年生の見知らぬ生徒に、
『君らさ、お弁当はここじゃなくて別のとこで食べようね。次からはさ』
──と注意を受けて以降、食堂でのトラブルを避けるために、やむを得ない理由以外でお弁当を持参する習慣はやめてしまったくらいだ。
当時は純粋に怖かったというのもあるが、今になって思えば、あのような『お前だけズルしてるのは許せない』という同調圧力を掛けて来た先輩や、それに屈してしまった自分に対するイラつきがある。
お陰で、今日も自分はいやいやながら、自分が作った方が絶対に美味しいお昼ご飯を手に入れるため、長々と待つのを強いられる羽目になった。
「うーわー。今日もすっごい」
先頭を歩く友人がウンザリした声色で、早口に言うのを聞いて、渚も遅れて惨状を目の当たりにする。
予想通り──いや予想より酷く、本日の食堂は混み込んでいた。
まだ梅雨は先だと言うのに、食堂の周辺だけ熱気と湿度が倍以上ある様な感覚を覚えて、渚はいよいよウンザリする。
あぁ、もう2年生なのだし、絶対去年よりも文句言われる可能性も少ないのだから、いっその事またお弁当に戻ってしまおうか?
今日の様な場合でも、自分だけお弁当なら席を先に確保できるし、後から食堂の食べ物を持った友人らがテーブルを埋めるのだから、3年生のイチャモンもつかないはずだ。
何より──最近手違いで少々関係が芳しくない来栖と、食堂以外の空間で一緒にお昼を過ごすきっかけに出来る。
渚としては最後の理由が最も魅力的に思えた中──視界の隅、食堂とは別方向に向かう廊下側の光景。
通常ならば無意識に排除する、末端の視覚情報。
そこに、野々原渚という人間なら絶対に見逃せない人物が映っていた。
「──お兄ちゃん? それに……知らない
来栖が、自分の知らない──今まで学園で見た事が無い女子と一緒にどこかへ向かうのが見えてしまった。
とても綺麗な、西洋の絵画を彷彿とさせる容姿の女子生徒だった。
(誰だろう……あんな綺麗でお人形さんみたいな人、お兄ちゃんのクラスに居たっけ?)
兄のクラスメイトについて、渚は不登校の生徒を除き全員の名前と容姿を把握しているつもりだった。
しかし先ほどの女子生徒は、彼女の脳内アーカイブに記録されてる誰にも当てはまらない。
そこで思い出されたのが、早朝のクラスメイトが口にしてた会話。
(そっかあの人、転入生だ。でも、どうして今日初めて
納得と同時に新たな、というよりも本来の疑問に立ち戻る。
相手が誰であろうと、そもそも何故2人が一緒に居るのかが問題なのだから。
今すぐにでも追いかけて、どこで何をしようとしてるのか確かめたい。だが、既に友人らと食券の列に並んでしまい、自分の後ろにもかなりの人が並んでいる。
こうやって悩む間も、僅かずつだが列は前へと進み、それと同時に刻一刻と兄を追いかけるチャンスも遠ざかるばかりだ。
(どうしよう……お金だけ渡して食券だけ買って貰おうかな。でも、ダメな事だし……)
購買部で買った食べ物や持参したお弁当の様に、暗黙のルールとしてNGとされている物とは違い、食券を代わり代わりに買って貰う行為は、明確に食堂利用のルールで禁じられている。
つまり、このタイミングで列から離れたら最後、お昼ご飯を食べるタイミングはかなり遅くなるのは確定事項。
(う~、お兄ちゃんの事は凄い気になるし追いかけたい。でもお腹もすいちゃってるよ~!)
悩む渚。
何か、何か一つでも、どちらかに決断を振れる切っ掛けがあれば──そう思う渚に。
「──あっ居た! 渚ちゃん! 大変だよ、超大変!!」
都合よく、切っ掛けが向こうからやって来てくれた。
「夢見ちゃん? どうしたの、ここ高等部の食堂だよ?」
確かに、中等部との交流で食堂が使われる事もあるにはあるが、それが積極的にあるのは別の食堂だ。
渚が居るのは高等部校舎の中央、普段中等部が立ち寄る事の無い位置にある。
そこに夢見が焦った顔で現れた──という事は、考えられる理由はただ一つしかない。
「もしかして、お兄ちゃんの──」
「そう! そうなの、お従兄ちゃんが知らない女と一緒に居るの、2人で!」
「──うん、知ってる。さっき見たから」
どうしてこの子はそれを知ってるんだろう……などと言う疑問は抱くだけ無駄だ。
きっとろくな手段では無いのだし、聞いたところではぐらかすだけだろう。
「知ってるの!? じゃあどうしてここに居るの!? お従兄ちゃんが何処の馬の骨かもわからない女と2人っきりなだっていうのに!」
「ゆ、夢見ちゃん落ち着いて。他の生徒がたくさんいる場所で汚い言葉使っちゃ駄目だよ」
「落ち着けるワケないじゃない! 逆にどうして渚ちゃんは平気なの!?」
「何でって……」
気にならないかと言えば嘘になる。
むしろ、追いかけるべきか否かで悩んでいる位だった。
ところが、自分よりも遥かに深刻な面持ちで焦ってる夢見を見たら、冷静になっただけである。
「夢見ちゃんはお兄ちゃんを追いかけるの?」
「もちろんそうだよ」
「追いかけて、どうするの?」
「そんなの、決まってるでしょ?」
そう語る夢見の口元は弧を描くが、目は全く笑っていない。
(何をするかは言わないんだ……)
流石に大衆の前で取り乱しかけても、そこまで迂闊ではない様だ。
しかし、以前から兄に対して並々ならぬ感情を抱いてる夢見が、ここまで行動的なのだから、何を考えてるかは推して知るべしだ。
果たして怒りの矛先が兄と女子生徒、どちらに向けられるかは判断できないが、少なくともこのまま夢見だけを兄のもとに行かせれば、血が流れる事態に発展しかねない。
(それじゃあ、お兄ちゃんも困るよね。それに私だって……)
誰か、冷静かつ夢見の代わりになって兄に詰問する人間が必要だ。
であれば当然、その役割を担う事が出来るのは、渚だけだろう。
「だったら、私も一緒に行くよ」
「だよね!」
渚の心情など知らないまま、初めから渚が一緒に来ると信じていた夢見は、渚の言葉に喜びながら、彼女の腕を取る。
「それじゃあ行こう! すぐ行こう! じゃないとお従兄ちゃんを見失っちゃう!」
「わぁ、ちょ、ちょっと夢見ちゃ、待って!」
前のめりになって倒れそうな姿勢を直してから、前を並ぶ友人達に『ごめん先に食べてて』と一言謝って、渚は夢見の手に引っ張られつつ、兄・来栖の後を遅れて追いかけるのだった。
「──と言う流れで、私たちお兄ちゃんを追いかけてたの」
時刻は12時50分。場所は変わって食堂。
昼休みが13時20分で終わるのを鑑みると、かなり遅めの昼ごはんを嗜みながら、渚が事の経緯を説明してくれた。
テーブルは4人席だが、今座ってるのは俺と渚だけ。残る夢見と咲夜は、自分の定食を受け取る待機列にまだいる。
「そうか……良く分かったよ。取り敢えず最初に言わせてくれ、ありがとう。本当に助かった」
今にも爆発しそうだった夢見を宥めて、食堂で話をしようと提案してくれたのが渚だった。
渚が居なければとっくに大惨事になっていただろうし、それを分かってたからこそ、渚は夢見と同行したに違いない。
「もう、今回は迂闊だったよお兄ちゃん。夢見のお兄ちゃんに対する執着心は異常なんだから、もっと気をつけないと」
「そうだな……盗撮される時は気づけるようになってきたけど、シンプルに望遠で見られてる時の視線にはまだ気づけないみたいだ」
「えっと……そういう事を言ってるんじゃなくて、もっと行動には気をつけてって話なんだけど」
渚も俺の認識の甘さに呆れて、若干引き気味の表情だ。
夢見の事は最近、手綱を握れるようになってきたと密かに自負していたが、認識を大いに改める必要がありそうだな、これでは。
「とにかく、もうすぐ夢見も戻って来るんだし、ちゃんと説明してよね。私だって気になってるんだから」
「あぁ、もちろんだ。先に言っておくけど、付き合ってるとかじゃ全くないからな」
「それは分かってるよ。……今はお兄ちゃん、そういうのは絶対に無いもんね」
「理解してくれて良かった……その理解力が夢見にもあれば、だいぶ楽なんだけどな」
「あっはは、無理な事言っても仕方ないよ、お兄ちゃん」
胃の痛くなる時間を前にした、ほんの僅かな談笑。
「随分、楽しそうにしてるねーお従兄ちゃん?」
定食を乗せたお盆を手に、とうとう夢見が戻ってきた。
そして、そのすぐ後ろには咲夜もいる。
「……この人の視線が痛いので、手早くアナタから説明してくださいますか」
そう言って、空いていた俺の隣に手早く座った。
「な、あ──お従兄ちゃんの隣はアタシの物よ! どきなさいよ!」
「あら、何かそういう取り決めでもあるんですか?」
「そういうのじゃないわよ、始めからそう決まってるの!」
「そう、アナタの中だけの話ですか。ならアタ──私には関係ないですね」
「何ですって!?」
ヨーロッパの火薬庫を連想させる強烈な会話が、いきなり展開される。
「ゆ、夢見ちゃん! ムキになっちゃ駄目だって」
「止せ綾小路、
当然見てるだけには行かないので、俺と渚2人がかりで間に入っていく。
が、もちろんそれですんなり収まるワケも無し。
「何で止めるの渚ちゃん、明らかにこの貧乳金髪まな板が横暴なのが悪いじゃない!」
「小うるさい雀が耳元で騒いでるので、諫めてるだけですが? いいえ、この喧しさは雀と言うよりコマドリかしら?」
むしろかえって逆効果にしかなってない。
それでも、このまま2人を喋らせてたら周りの目が集まって来る。無理やりにでも穏便に行かないと。
同じことは渚も考えていたらしく、一瞬目が合うとアイコンタクトで思いを確認し合った。
「夢見ちゃん、ここで大声出すとお兄ちゃんも私も出禁になっちゃうから、今は我慢して、ね?」
「うるさいと思うなら、尚更話の本題を済ませるべきだろ? 取り敢えず俺に任せて欲しい、頼むから、な?」
お互い似た様な態度で相手を宥めていく。これでも聞く耳を持たずに口論が続くなら、いよいよ食堂出禁も覚悟しなくちゃだが……。
「ん~……その分毎日アタシがお弁当作ってあげたら……でもお従兄ちゃんの評判が悪くなるのは嫌だし……」
「わ、私の事も少しは配慮してくれると嬉しいかな……」
「……はぁ、分かったわ──分かりました。それじゃあくれぐれも
「助かる。……あと少しボロ出始めてるぞさっきから」
「──ッ!」
幸いな事に両者共に、俺達兄妹の懇願を呑んでくれた。
「それじゃあ、お昼休みも残り少ないし、俺と綾小路の関係についてサクッと説明させてもらう」
こうなれば後は俺の仕事だ。
嘘はつかず、されど突っつかれそうな事実は省き、極力俺と咲夜が男女の関係とは程遠い物だと2人(特に夢見)に理解してもらう。
かなり難易度の高い事の様に見えるが、実際に俺と咲夜の間で起きた出来事は突発的ではあったが、恋愛に結び付けられる要素は皆無なので、全く問題では無い。
むしろ夢見と渚には、咲夜と離れた後に偶然再開した鈴鹿の方が言い難い。
鈴鹿本人が自認してないだけで、アイツの振る舞いは傍から見たら完全に不良で、実際不良からも慕われてる位だ。
不良と絡んでると、中学時代は事あるごとに渚に注意されたものだった。今になってまた同じような小言を言われたくない。
「──とどのつまり、俺は偶然綾小路の暇潰し相手になって、たまたま同じ教室で再開した。それだけだ」
どうか鈴鹿の件について何か察したりしませんように。
そんな事を頭の片隅に想いつつあらましを説明しきると、まずは渚から反応が返ってくる。
「うーん、なんか話が出来過ぎな気もするけど、嘘ついてる様にも見えないし……今の話で、綾小路さんも合ってましたか?」
「えぇ。概ね話の通りです」
「そうですか……じゃあ、本当なのかな」
渚はどうやら納得してくれたらしい。
これで懸案事項が1つ消えた。……いや、仮に俺と咲夜がそういう関係になってたとして、そもそも妹が何故兄の恋愛事情に首を突っ込もうとしてるのかという話だが。
残るは夢見だが……渚が一応の理解をする横で、顔をワナワナさせている。
まだ何か疑う要素があるのか? そう思い、先んじて声を掛けようとした、その直後。
「──ず、ずるい」
「は?」
目に涙をうっすらと浮かべて、夢見が言った。
「ズルいズルい! アタシも休日にお従兄ちゃんとそんな風に偶然の出会いがしたい! 翌日たまたま同じクラスに転校したい!」
「ええ……」
まさかの、思いもよらない方向で納得出来ない夢見に、困惑する他無い。
年相応の可愛い反応だと言えば、確かに合ってるんだが。幾ら何でもそれは無理だ。
「イトコ同士で偶然の出会いも何も無いだろう、夢見。それに学年も違う」
「そういう事を言ってるんじゃ無いの!」
「???????」
「まぁまぁ夢見ちゃん、お兄ちゃんに乙女心分かれって言う方が無理だよ」
「うぅ……渚ちゃん」
「は? 今の流れ俺が悪いのか?」
何故か渚が庇うように夢見を慰めて、俺が悪いような雰囲気になっている。
「とにかく、夢見ちゃんや私が思ってたような事は全然無いって事は分かったし、夢見ちゃんもそれは納得だよね?」
「それは……そうだけど」
「なら、今日はいったんこれで終わりにしよう? お従兄ちゃんが私たちの居ない所で楽しんでた分の埋め合わせは、またその内して貰えば良いから」
おいちょっと待て──そう口を挟みたいが、渚がこの場を上手に収めようとしてるのが分かったので、押し黙る。
「もうお昼休みも終わりそうだし、私たちはこの後教室まで近いから良いけど、夢見ちゃんはそうもいかないんだから、ね?」
「えっ──あ、本当! しかも5時間目体育だった! たいへーん!」
今更ながら予鈴が鳴るまで残り10分程度しか無い事に気づいて、慌てふためる夢見。
この後体育だと言うなら、着替えと移動の時間を含めたらそろそろ急がないと駄目だ。
これはチャンス。そう判断した俺はすかさず渚に便乗していく。
「食器はこっちで片付けておくから、夢見は中等部の校舎に急いで戻りな。その……埋め合わせって言うのも、後日考えるから」
何故埋め合わせる必要があるのか、それについての納得はこの際二の次。
まずはとにかく、夢見にお帰り願うばかりだ。
「うぅ……お従兄ちゃん! 信じてるからね! じゃあまたね!!」
最後まで口惜しそうにしながらも、やはり疑念が薄い状況下でいつまでも居続ける事が出来ず、夢見は足早に中等部の校舎へと帰って行った。
「……ふぅ」
嵐が過ぎ去った後の様な、ささやかな安堵でため息がこぼれる。
「あんなに愛されて、『お従兄ちゃん』も大変だね?」
「
「はーい」
明らかに面白がってるのはいただけないが、あの状況から穏便に事が済んだのは間違いなく渚のお陰なので、あまり強く言えない。
「さて、じゃあ私もそろそろ行こうかな。実は私も次は家庭科で移動教室なんだ」
「そうだったか、じゃあ渚の食器も俺が片付けておくよ」
「いいよ、そこまでしなくても。それより、お兄ちゃんと綾小路さん」
渚はすくっと立ち上がり、自分のお盆を手に持ちながら、俺達に続けて言った。
「うやむやに出来たけど、2人がわざわざ音楽準備室まで行った理由は全然話して無いから、もし夢見がそれに気づいて聞いてきたら、ちゃんと答えられる理由を用意した方が良いよ?」
『!?』
「ふふふ、それじゃあまた──あっ、お兄ちゃん。今日の夜ご飯は揚げ物メインだから、ちゃんとお腹空かしておいてね!」
最後の最後に爆弾を放り投げて、渚はそそくさと教室に帰った。
後に残されたのは、神妙な面持ちの俺と、疲れた表情の咲夜。
「なんか、大人の相手する時より疲れた気がするわ……」
予鈴間近で生徒の数が少ないとはいえ、咲夜も猫かぶりを止めてしまったが、その気持ちは非常に痛い程分かる。
「アナタ、いつも妹やイトコとあんな会話してるワケ?」
「まさか、だけど今日はちょっと濃かったな……お昼休みの過ごし方としては最低だ」
「昨日、アナタが随分と楽しそうに壊してた理由が少し分かったわ……」
「理解者が増えて何よりだよ……」
夢見が気づいたときの言い訳、どうしようかな。いっその事素直に言えば良いだけか?
考えてみたら、学園ではちょっと振る舞い変えてるから黙ってろってだけだからな。
下手に誤魔化したりうやむやにしても、かえってその後が面倒になりそうだ。
よし、俺からは絶対に言わない事にして、聞かれたら素直に話す。もうそれでいいや。
「じゃ、俺達もそろそろ戻ろう。……一緒に帰るとそれこそ何か噂が立つかもしれないから、咲夜は先に教室戻ってくれ」
「言われなくてもそうするわよ。それに、これ以上アナタと居たらあのイトコにまた面倒な絡み方されそうだし」
そう言って咲夜は立ち上がり、足早に離れていく。
テーブルの上には自分が食べた食器がそのまま。……いや、先に帰らせるから最初から俺が片付けておくつもりだったので、そこは構わない。
しかし、何も言わないで離れていくのは、普段からお世話係に囲まれて生活してるからなんだろうな……。下々の者が自分のお世話をして当然って世界の住人なのだ彼女は。
「さて、俺もさっさと片付けて……っと?」
食器を重ねていると、たった今教室に戻って行ったはずの咲夜が戻ってきた。
「どうした、忘れ物か?」
「……のよ」
「?」
何か言い難そうにぼそぼそと呟くので、良く聞こえない。
自分の意図が伝わっていないと気づくと、咲夜は顔を赤らめて、目を吊り上げながら言った。
「分かんないのよ、教室までどう戻るか」
「……あぁ、なるほど」
確かに、咲夜はまだ校舎の造りを分かっていなかった。
無理やり教室に戻ろうとして、迷ってしまったらかえって悪目立ちするだろうな。
「分かった、それならちょっと待て。一緒に教室の近くまで行って、入るタイミングだけずらせば良いだろう」
「そうして頂戴……」
申し訳なさ……ではないか。シンプルに恥ずかしくて顔を俯かせている咲夜を見て、少しだけ可愛いと思ってしまったのは、ここだけの話だ。