帰りのHRも終わって、今日はこれから『救済★病み倶楽部』のホームこと、川國工業地帯の廃工場へ向かおうとしていた……のだが、校門を出た先に予期せぬ人物と出会った。
「オウ来栖、待ってたぜ」
校門前でバイクのエンジン音を鳴らしながら、鬼住山鈴鹿が居た。
「鈴鹿、お前……何でここに」
「待ってたんだよお前を。久々にツーリングしようと思ってな」
「それは嬉しい誘いだけど、君ねぇ……」
やたらと校門前が騒ついてると思っていたが、成る程確かにこれは。
「
鈴鹿の背後には、総勢20人程の男達が控えていた。
誰も彼もが人相の悪い、今にも襲いかかって来そうな雰囲気を纏う、恐ろしげな連中ばかり。
何も知らない人達が見たら、今から不良達が学園に乗り込んで来るんじゃないかと思う位だ。
ところが、それらの先頭に立ってる当の鈴鹿はと言うと。
「チームなんて組んでねえよ」
他人事の様な軽い言葉で、俺の言を否定する。
「だったら、これはどういう事だい」
「コイツら、俺の行くとこ行くとこに集まって離れねえんだよ。『如月』とか勝手にチーム名まで決めてさ」
「あー、そういう……」
さしづめ、鈴鹿の強さに惹かれた不良達が自発的に作った親衛隊か。
室町幕府を興した足利尊氏も、当初は本人が乗り気じゃないのに周りがヨイショして幕府を開いたと、前に読んだ雑誌で書いてあったけど。
こいつも似た様な状況に置かれているワケか。
「さながら関東最強チームのかしらに担ぎ上げられた鬼、だな」
「お前まで変な事言うなし。マジで邪魔なんだから」
「なら解散しろって命令すれば良いんじゃ? この人達みんな君の部下なんだろ?」
「命令なんてしたら、いよいよ俺のチームみたくなっちゃうだろー? それに、邪魔だからどっか行けって最初に言ってるのに、聞く耳持たねえんだよコイツらさー」
珍しく本当に困ったように表情を曇らせている。
鈴鹿の言う通り“命令”なら聞くんだろうけど、一度命令を下したら最後、不良達との間で上下関係が生まれてしまうし、それを作りたくない彼には出来ないか。
「でも、これ以上校門の前でたむろされるワケにもいかないぞ。他の生徒達が露骨にビビってるし、ここで会話してる俺も不良に見られかねない」
なので取り敢えず場所を移動しよう──そう提案する途中で、鈴鹿の背後に控えていた不良の1人がぬっと前に出て来た。
「お前よぉ、さっきから何鬼住山さんにタメ口きいてんだ?」
今にも殴りかかって来そうな相貌で、グングン目の前に迫って来る。
どうやら俺と鈴鹿の関係を知らないので、生意気な奴が文句言いに来たと勘違いしてるみたいだが……会話が聞こえない距離でも無いのに、友人同士だって察する力は無いのか?
「気分を害したならすまない、そこの彼とは友達でな。先生が来て面倒ごとになる前に、移動して──ッ!」
話してる最中だと言うのに、いきなり鳩尾を殴られた。
久しく感じてなかった種類の痛みと、呼吸したくても出来ない苦しさで、一瞬目の前が歪む。
辛うじて膝をつく真似はしなくて済んだが、呻き声は我慢出来なかった。
「うるせえよ喋んな、友達とか関係ねえんだよ」
殴った本人は何食わぬ顔で俺を見下す。
あぁ……そういや不良てのは大抵こういう、会話が成り立たない奴だったなあ。
「鬼住山さん! コイツからボコして良いっすよね?」
喜色満面、と言った笑顔で鈴鹿に話しかける不良君は、しかし。
「良いワケねえだろ低能」
瞬きする間もなく、鈴鹿の繰り出した肘鉄を顔面のど真ん中に喰らった。
「ゔぁぁぁ……何でですかきずみやまさん……」
予想だにしていない激痛、しかも自身が慕う相手からの一撃に、不良君は鼻血を垂らしながら悶える。
「何でじゃねえよ。なに人のダチ殴ってんだお前」
「え、だって、アイツ鈴鹿さんにタメ口で生意気だし──へぶぁ!?」
話してる途中で、鈴鹿が不良くんの側頭部にハイキックを当てる。
「だーかーらーダチだっつってんだろ、お前日本語分からねえのかよ」
「……す、すんませんっ! でも」
「でもじゃねえよ、まだ殴られ足りねえのか」
「だ、だって、俺らみんな、今から
鼻と右側頭部に手を当てながら、懸命に弁明する不良くんの空いた胴体に、鈴鹿はトドメとばかりに飛び膝蹴り。
痛みが限界に達したのか、とうとう何も言えなくなった不良くんは、その場に前から倒れて悶絶してしまった。
そんな自分を慕う人間の事なぞまるで気にせず、鈴鹿は後方で慄いてる他の不良達に向かい、怒気を孕んだ声で一喝する。
「お前らも似たような目に遭いたくなきゃさっさと散れ! 俺は喧嘩しに
『は、ハイ!!』
蜘蛛の子を散らすとはまさにこの事か、と思うほどに呆気なく、不良達は四方八方へと去っていった。
身悶えてた不良くんのも、仲間と思われる連中に引っ張られて、鼻血がアスファルトの地面に点々と残るのみ。
「はぁ〜〜……ったく」
ようやく煩わしい連中が居なくなって清々したとばかりに、鈴鹿は盛大なため息をつくと、視線を俺に向けた。
「大丈夫か?
「痛かったよ……でも、向こうの方がよほど痛い思いしたろうから、いい」
「サンキュ。あいつら言語通用しねぇし、ホント殴られる所まで行かないと理解しねえから……結局命令みたいな事言っちまったよメンドクセエ」
「強すぎるってのも問題だな」
同情はしないし、半ば自業自得だとは思うけどね。
「それで、この後だけど……」
「鈴鹿、悪いけど俺はこの後用事があるんだ。せっかく来てもらってなんだけど、別の日にしてほしいな」
「用事? 何さ、親友を差し置いて誰を優先するんだって」
「急に重たい事を言いだすんじゃない。俺は家族や親友相手でも先約を優先する人間だ」
「嘘つけ」
「……とにかく、俺は行くところあるから駄目だ。何言われても譲らない」
ぴしゃり言い放せば納得するだろう。鈴鹿はある程度食い下がっても、無理だと察したら素直に引く男だ。
「そうか……じゃあ無理は言えないな」
期待通り、鈴鹿は諦めてくれた。
散歩に行けるかと思ったらダメと分かった犬みたいに表情を僅かに曇らせる物だから、幾らか申し訳ない気持ちになってしまうけど、こればかりは仕方ない。──なんて思ってたら、何か妙案をひらめいたのか、パッと表情を明るくした。
これはマズい、中学の時からこいつがそういう表情を浮かべた時は決まって、突拍子も無い事を言い出すんだ。
「じゃあ、俺も一緒に連れてってくれよ! どうせデートとかじゃ無いもんな! 目的地はどこさ、乗せてってやるよい」
「──くっ、くぅぅ……!」
やっぱり面倒な事を言い出した!
「な? いいだろ? 俺もう暇なんだよ今日は~~。頼むよ~~」
「はぁぁ……」
「──で、連れてきちゃったの?」
「はい……」
ところ変わって『救済★病み倶楽部』本拠地こと、廃工場2階。
笑顔を
「お従兄ちゃん……なんで?」
「しょうがないんだよ……こうなった鈴鹿は絶対に退かないから……」
一度は引き下がるも、その後に思いついた事は絶対に覆さない。
そんな鈴鹿に中学時代振り回されてるから、最初から諦めてしまった。
「いやー、まさか小鳥遊ちゃんとお前がこんな事してるなんてな、無理言って押しかけた甲斐あったぜ」
「──っ。鬼住山……さんも、押しかけてる自覚があるなら、自重して欲しかったんですけど」
「すまんな。はははは!」
「ほんっとにこの人昔から……」
中学時代からの付き合いなので、必然的に夢見も鈴鹿とは付き合いがある。
しかし、この僅かな会話で察しがつくだろうが、夢見は鈴鹿の事を好ましく思っていない。
──というより、俺が鈴鹿の関係を肯定しているのは、男の友情に理解を持つ父さんだけだ。
それ以外は母さんも渚も、中学時代のクラスメイトや担任の先生も、俺と鈴鹿が交友関係を持つ事に難色を示している。
考えてみなくても、喧嘩ばかりする奴と自分の家族が仲良くしてるのは好ましくないに決まってるし、反対されるのは仕方ない。
俺だって、渚がパパ活と言葉を濁した犯罪行為をする奴を友達にしてたら絶対に絶交しろと言う。
「夢見、すまない。すまないんだけど、今回は我慢してくれ」
「お従兄ちゃん……今度デートだからね」
「えー……」
「新湊タワーのレストランでディナーだから」
「ぜ、善処な……」
およそ高校生の財布で賄える店ではない場所を指定されてしまった。
近いうちに何かしらのバイトで稼がないとな……うちの学園はアルバイト許されてたか、確認しないと。
「おいおいタカ子、学生相手に数万掛かるコースなんて、無理を言うもんじゃないぜ」
「はぁ!? もとはと言えばアン──あなたがここに無理やり来たのが原因なんですけど!? というより何その呼び方!?」
「いやほら、
「良くないわよ、最悪よ! アンタ、お従兄ちゃんの友達だからって調子に──」
「夢見、抑えてくれ! な?」
放って置くといよいよ喧嘩になりそうなので、慌てて夢見を引き止める。
「ん~~っ!」
「来栖、デート代必要な時は言えよ、割の良いバイトを紹介する」
「それ絶対危ないバイトだろ!」
マッチポンプて言葉を知識だけじゃなく実感するのはこれが初めてだ。願わくば最後の経験であって欲しい。
「そ、それで夢見。今日はどんな依頼が来てるんだ」
話を変えるため、あまりにも露骨かつ無理やりに話題を変える。
それに流されない夢見だったら面倒な展開が長続きするところだったが、幸いな事に夢見もこの状況を延々と続けるのは本意では無かったらしく、多少不満な部分もありつつ流れに乗ってくれた。
「依頼フォームに来たのは匿名で、具体的な内容は今日話すっていうから、詳細は分からないの」
「そうか。じゃあ、なぎ──少し前の依頼みたいなパターンか」
「あー、うん。そうそう」
渚の絡んだ事件を鈴鹿に根掘り葉掘り聞かれるのは避けたいので、ぼかす形に話を進める。
「ん~そういうのって危ないんじゃねえの? 万が一危ない奴が来たら……いや、大丈夫か」
鈴鹿が真っ当な指摘を口にしたが、夢見を見て即座に訂正した。
「鬼住山さん? 何を見てどう判断して、大丈夫って思ったのかな」
「黙秘権行使でよろしく──ってか、一回これ言ってみたかったんだ。夢、叶えてくれてサンキュな、夢ちゃん」
「──っ、その呼び方で二度と呼ばないでください、不愉快ですから」
「手厳しいなあ、善処するよ──ってあぁ、これも言ってみたかった台詞だ。あとは『秘書が勝手にした事です』だけになったな……」
「この人、ホント苦手……」
「……うわぁ、うわぁ」
夢見を全力で揶揄う鈴鹿の胆力には本気で感心するし、そんな鈴鹿に明確な苦手意識を持って強く言えないでいる夢見も珍しい。
なんというか、こう、なんだろう。この2人が嚙み合わせ悪いのは前から何となく察してたが、ここまで露骨だと面白いな。
というか、鈴鹿が居たら夢見はだいぶおとなしくなってくれるんじゃないだろうか。
どうだろう今からでも、鈴鹿に転校を本気で勧めるのは──そこまで考え始めた、その時。
──コンコン。
丁寧なノック音が、扉の向こうから聞こえた。
「おっ、来たんじゃねえの? ほらほら夢ちゃん、おもてなしの用意しないと」
「分かってます分かってますから、そうやっていちいち口出ししないでくれますか?」
露骨に苛立ちを隠せてないまま、それでも夢見はコホンと咳ばらいをした後はその表情を平時の穏やかな物に戻して、扉の向こうの人物に声をかける。
「はーい、鍵は開けてるから入ってくださーい!」
夢見の声に応じて、ゆっくりとドアノブが回り、依頼人と思われる人物が姿を見せる。
果たして今回は誰がどんな依頼をしに来たのか。前回の様な暴力沙汰も、渚の時みたいに時間とコストと危険度の高い依頼も、勘弁願いたいけど。
「失礼します」
物腰柔らかそうな声と共に入室したのは、廃工場には似つかわしくない、アタッシュケースを片手にタキシード姿をした初老の男性だった。
「あれ、思ったよりおじ様……」
「へぇ、結構年齢層幅広いんだな、ここに来るの」
「す──すみません! 来ていただいて早々に2人が失礼な事を!」
基本配慮の無い鈴鹿はともかく、夢見まで素で驚いて本音を零してしまい、慌てて俺が取り繕う事になった。
ハッと失言に気付いて“しまった”と表情に出す夢見と、“なに慌ててんの”とまるで空気を読んでない鈴鹿。
最悪、この時点でもう帰ってしまうんじゃ──そんな事も考えていたが。
「いや、皆さんお若い方ばかりですから、そう思われるのも無理はないですよ」
柔和な──それでいて人生経験の豊かさを感じさせる渋い声色で、依頼人の男性は朗らかに言葉を返した。
「あ、ありがとうございま……あれ、貴方は……?」
ホッとしたのも束の間、依頼人の顔をハッキリと見てすぐ、俺はその人が以前も見かけた人物だと気づいた。
「この前咲夜──さんの、迎えに来ていた……」
「はい、その節においては、ありがとうございました。私、咲夜お嬢様の執事を務めております、羽澄《はすみ》と申します」
「野々原来栖です。よろしくお願いします」
すっと頭を下げながら自己紹介する羽澄さん。
紳士然な振る舞いにつられて、俺も自然と立ち上がり礼をする。
「どうぞソファに……鈴鹿、そこよけて」
「あいよ」
ふんぞり返ってた鈴鹿をどかせて、羽澄さんに座ってもらう。
次いで、紙コップに入ったお茶を夢見が持ってきた。
「綾小路家の方が、こんな埃っぽい場所の、胡散臭い所に来るとは」
「いえいえ、内装や家具に工夫が見られて、掃除も行き届いて素敵だと思いますよ。若い頃、こういう秘密基地が欲しかったのを思い出しました」
「どうも……内装や清掃は全部、
「そうですか。お若いのに大したものです。屋敷のメイドよりも腕が良さそうだ」
「ど、どうも……っ!」
羽澄さんの言葉に、先ほどの些細な失言を引っ張っている夢見は、ぎこちない返事するので精一杯の様子だ。
鈴鹿を相手してる時に続いて、普段見ない夢見の一面が垣間見えるけど、あんまり見てばっかりいると後で怖いからな。
話を本題に進めよう。
綾小路家の執事が『救済★病み倶楽部』に居る事、それは普通じゃない出来事なんだから。
「羽澄さん。失礼ですが、私たちが何をしているのか、分かったうえでここに来られたのですよね?」
「ええ。もちろん、事前に皆さま──
「では、私たちに依頼があると」
「はい、あなた方に依頼があってここに来ました」
「……そうですか。分かりました」
何を依頼しに来たのか、何も予想が付かないけど。
綾小路家の人間が、わざわざ俺達みたいな公的機関ですらない場所を頼るんだ。
およそ、
同じ考えに至ったのか、夢見も表情を硬くしている。
「では、さっそく話していただけますか? 依頼内容について」
「はい。私から皆さん──いいえ、野々原来栖さま。貴方にお願いしたい事があります」
俺個人に的を絞った依頼……夢見が一緒では無理な内容なのか?
となれば、かなりアウトローな話か。これまでだってそういった依頼を受けた事はあるが、一般人と貴族ではそのスケールも当然変わるだろう。
一体、何を頼まれると言うのか。
緊張した空気の中、羽澄さんが言葉を続けた。
「咲夜お嬢様の──ご友人になっていただきたいのです」
『──え?』
気の抜けた声が、俺と夢見の口から同時に出たのだった。
「えぇっと……もう一回、聞いても良いですか?」
「はい、野々原さま。お嬢様のボーイフレンドになっていただけないでしょうか」
あーやっぱ駄目だ、聞き間違いじゃ無かった。
「なんでその、俺なんですか? クラスに女子は幾らでも」
「お嬢様の素を知ってるのは、野々原さまだけですから」
「そ、それが何で理由に……」
「はい、話は複雑なのですが──敢えて簡潔に申し上げますと」
羽澄さんは、とても言い難そうな顔をして、それでも言った。
「お嬢様は、その……他人と交友関係を結ぶのに些か、難がありまして……」
「あー、コミュ障なのか」
「鈴鹿!!」
羽澄さんが遠回しに言おうとした事を、鈴鹿が何のためらいも容赦も無く言い放った。
「すみませんウチの馬鹿が……悪気はなくて、考える脳みそが足りないだけのアホなだけで、決して綾小路家に喧嘩を売ろうなんて考えは無くって」
「おいおい流石に言い過ぎだ──んごっ!?」
「ちょっと黙りなさいよアンタ……っ!」
余計なことをさらに口走ろうとした
「いえ、良いんです。事実、お嬢様にはご友人と呼べる方が今日までいませんので」
怒ってるかと思いきや、むしろ言って貰って助かったとでも言わんばかりに、羽澄さんは話を続ける。
「これまで何度かお嬢様とコミュニケーションを取られる方はいました。ですが
「そ、そうなんですか……」
「ウッソだろ、金持ちお嬢様なのに嫌われるってどんだけ性格ひ──んごっ!?」
「アンタ、次マジで勝手にしゃべったらその口縫い合わせるわよ……っ!」
「お嬢様は幼少期にご両親を喪い、以降は祖父であり、綾小路家当主であられる錬蔵様に愛されて育ってきました、しかし……」
「あぁ、それ以上は無理に言わなくても結構ですよ」
言いたい事はもう充分に分かった。
なにせ、直接やり取りしてるのだ。経緯はともかく、彼女が現在どういう性格なのかは分かっている。
我儘、横暴、横柄、自己中心かつ傍若無人──最後のはちょっと誇張しすぎかもしれないが、そう言った表現が当てはまる性格になっている。
「しかし、野々原さまは違いました。お嬢様と数時間共に過ごし、お嬢様の無理難題に答えて、お嬢様が『楽しかった』と振り返る時間を与えたのです」
「えっと、それは少し大げさな──」
「それどころか、お嬢様の入るクラスの、隣の席に居て、学園でもお嬢様と交流できている……これはもう、運命としか説明できません」
「え、えぇ……」
結果的には羽澄さんの言う通りにはなっているけれど、素直に頷きたくない。
「お願いいたします。どうか……どうか、お嬢様のご友人として、今後とも仲良くして頂けませんでしょうか」
「ちょ、ちょっと……!?」
ソファから立ち上がり、俺に頭を下げる羽澄さん。
どう言葉を返せば良い物か困惑する俺に、羽澄さんは言葉を続ける。
「お嬢様は錬蔵様のために、学園では普段と真逆の性格を演じておられます。それによるストレスは計り知れず、いつかはお嬢様の心身にも深い影響を与えるのは必然です。野々原さまの様な、全てを知ったうえでお嬢様のそばに居てくださる方が、必要なのです!」
「そういわれましても……具体的には、何をしろと」
「特別何かをして欲しいという事ではありません。学園生活を共に過ごし、共に笑い、共に泣き、友愛を育む……そんな、ありふれた青春を過ごして欲しいだけです」
そ、そういう程度の話であれば良いのか……?
羽澄さんの圧に吞まれそうな自覚を持ちつつ、そんな事を考え始めてると。
「あ、あのっ!」
鈴鹿を黙らせるのに注力してくれてた夢見が、切迫した面持ちと声色で会話に入ってきた。
ちなみに、鈴鹿はずっと口と鼻を抑えられてたのか、青白い顔で壁にもたれかかっている。あの程度で死にはしないだろうから、心配は不要だな。
「簡単そうに言ってますけど、ハッキリ言ってリスクに見合わないと思うんです。お従兄ちゃんは一般人で、綾小路さんは大金持ちでしょ? 一緒に居るだけでも何言われるか分からないし、危ない事しようとする人が居たら、お従兄ちゃんが巻き込まれるじゃないですか」
「夢見……」
「ハッキリ言って、お従兄ちゃんが綾小路家の都合に付き合う義理は無いでしょ? 何かメリットとか、お礼があるワケでも」
「──あります」
「無いのに──って、えぇ!? あるの!?」
「はい、きちんと用意しております」
目を見開かせて、足元に置いていたアタッシュケースを開き、中に敷き詰められている大量の万札を俺と夢見に見せた。
「う、うっそぉ……!?」
「おおおおおおおおおおおおお!!! 幾らだこれ!? マジか、億行ってんじゃねえか!?」
「……っ」
驚愕する夢見、復活して興奮する鈴鹿。
俺達の反応を見ながら、羽澄さんは手ごたえを感じながら言う。
「報酬、として受け取ってください。また、金額としてはここまでですが、お嬢様と過ごす中で何かしらの怪我やご病気になられた場合も、綾小路家御用達の病院で無償医療を提供させていただきます。その他、今後の進級や進路の支援、何かしら不都合な目に遭われた場合の適宜ケアも、させていただく準備は出来ております」
つまり、疑似的にではあるが、綾小路家と同等のサポートを受けて生活できるという事か。
「やりすぎでしょ……」
たかが友人になる、それだけの事で破格の条件を提示してきた事に、流石の夢見も言葉を失う。
「クルス! ぜひ応じろ! そして幾らか俺に分けてくれや!」
何故か一番興奮して、何故か分け前を貰おうとする鈴鹿。
「……はぁ」
俺は考える。この依頼を受けた後に起こり得る事と、その結果を。
咲夜の友人になるという依頼を受けて生まれるメリットと、デメリットを。
受ければ、およそ学生の手には入らない莫大な金と、手厚い支援を受けられる。
正直言って普通なら即受けるレベルだ。断るどころか考える時間すら必要ないだろう。
しかし同時に、夢見の機嫌を大きく損ねる危険を伴っている。
夢見の危険性を知ってる人間としては、二つ返事で了承するなんて愚行でしかない。
そこまで考えて、更にもう一歩踏み込んで──咲夜の事を考える。
先程サラリと羽澄さんは流したが、ご両親を早くに亡くして、咲夜は今の性格になって行った。
何もかも環境のせいとは言えないが、それでも彼女にとって味方と呼べるのは祖父と、付き従う者達だけ。
横に並んで一緒に過ごす人間を、彼女はろくに知らないまま、今日まで生きている。
お金やアフターケアで釣ろうとしているが、羽澄さんもそんな彼女の現状と将来を案じて、俺に依頼してるのだ。
「……お従兄ちゃん、どうするの?」
夢見が尋ねる。
俺にはやりたい事と、やらなければならない事がある。
最近でも、渚の不穏な行動という新たな問題が増えた位だ。
それらと擦り合わせて、もう少しだけ逡巡してから──答えを決めた。
「──分かりました、依頼を受けます」
「本当ですか!」
「お従兄ちゃん……っ!」
「よっしゃあ、これで大金持ちになっ──」
「──ただし」
全員の言葉や反応を断ち切り、俺は言うべき事を言う。
「そのお金はいただけません。その他のサポート等も結構です。俺は俺として、彼女の友人になります」
「なんと……」
「ウッソだろお前!?」
羽澄さん(とついでに馬鹿)が驚くのは無理もない。夢見は俺の真意を伺おうとしてかリアクションを抑えているが、驚いているのは大きく見開いてる目から察せる。
「お金を受け取ったら、俺は金額やサポートの分まで咲夜の
「……野々原さま」
「それに、元から『救済★病み倶楽部』は金銭の報酬を受け取りません。税金の手続きとか面倒ですから」
苦笑しながら俺はそう言って、最後にもう少しだけ付け加える。
「俺も友達は多くありません。しかし、友人関係は金銭や契約で生じる関係では無いと知ってます。貴方の依頼と言うのだって、実際は親心の様な物ですよね? 娘の様にお世話をしてきた咲夜に、真っ当な学生生活を過ごして欲しいっていう」
「それは……」
「だから、あくまでも依頼なんて形を取りますが、俺は今まで通り咲夜の隣の席に居るクラスメイトとして、彼女に接していきます。無理やり友人になる気はありませんが、まぁ、結構会話して楽しいですから。多分仲良くなれると思いますよ」
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
そう言って、感極まる声でまた羽澄さんは俺に頭を下げる。
最後まで大げさな感謝を述べながら廃工場を出て行った。
「あー、もったいねえことしちゃってさぁ……」
羽澄さんの居なくなった後のソファに身を沈めて、不貞腐れたように文句を言う鈴鹿。
「お従兄ちゃん、あんな依頼受けちゃって。もしアイツがお従兄ちゃんを好きになったらどうするの?」
一方、夢見は夢見で変な事を心配している。
「話を飛躍させるな。まだマトモな友人関係だって築けてないんだぞ」
「そんなの、時間の問題だよ! あの手のツンデレはちょろいんだから」
「ちょろいって、もう少し言葉を選んでだな……」
「だいたい、あんなのと友達になるなんて。ただでさえお従兄ちゃんと同じクラスで気に入らないのに、もう……」
分かっていた事だが、夢見はやはり不満たっぷりの様だ。
これは納得してもらうには時間がかかるだろうな、と気が重くなっていたが。
「──でも、さっきのお従兄ちゃん、顔も言葉も全部カッコよかったなぁ……きゃ~~! 思い出すだけでたまらないわ~!」
……案外、大丈夫かもしれない。
なんであれ、これで俺は明日からどうしたって咲夜を無視できなくなったのは間違いない。
友人になろうと積極的に動きはしないが、彼女の隣に居る以上、どうしたって接する機会は多い。
これまでとは全く異なる学園生活になる事を覚悟して、
「──はぁ。これストレスで死なないよな、俺」
縁起でも無い事を、ポツリと呟いてしまうのだった。