ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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更新の間が開いてしまってすみません!


TRACK9 AFTER_SCHOOL_DATES?

「む~~っ……」

 

 羽澄さんが綾小路家に戻っていき、鈴鹿も『また来るわ』と言って帰った後、2人で帰路につく中、夢見は俺をじと~っと睨みながら何度も唸っていた。

 

 最初は気付かないフリをしながら夢見の一歩半先を歩いてたが、時間が経って夢見と俺の分かれ道が近づく毎に、夢見の唸り声と視線は強まっていく。

 とうとう夢見が俺と別れる曲がり角が見えて来た辺りで、夢見が後ろから俺の背中をツンツンし始めたので、気づかないフリも限界に達した。

 

 こうなると振り返って彼女の不満に立ち会うしかなくなる。最も今回に関しては、何が面白くないのか容易に想像がつくけども。

 

「──はぁ。どうした、夢見ぅおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 振り返った直後、俺は今日一番の声量で悲鳴をあげる。

 鈴鹿が聴いたら間違いなく涙目になって笑う失態だが、仕方ないだろう。

 何故なら──。

 

「やぁっとこっち見てくれた! お従兄ちゃん、ワザと無視してたでしょ?」

 

 頬を膨らませながら、あどけない声でそう語る夢見の手には、細長く鋭い切っ先を鈍く光らせるハサミが握られていたのだから。

 容易に人を殺傷せしめる凶器で背中をツンツンされていた事実を認識して、平静を保つのは容易な事ではない。

 

「ゆめ、ゆ、無視したのは謝るからその物騒なのをしまえ、まずは!」

「あはは、お従兄ちゃん変な声!」

 

 不意打ちの恐怖につられて活舌が覚束ないのを良い事に、夢見は楽しそうに鈴の様に声を転がして笑う。

 ひとしきり笑った後に、夢見はようやく落ち着いてハサミを懐にスッとしまう。

 というか、前から気にはなってたがそうやって持ち運んでるのかこの子は。

 

「このまま無視されたらちょっと、()()()()()()()って思ってたから良かった」

「……それは、悪い事をしたな」

 

 ハサミでツンツンは彼女なりの最後通告だったらしい。あのまま気づかないフリを続けたら最後どうなってたなんて──考えたくも無い。

 

 考えたくも無いので、本題にさっさと話題を移す事にした。

 

「俺が羽澄さんの依頼を受けた事、そんなに不満か?」

「すっごく嫌。もう最悪」

「また言葉を選ばないんだから……」

 

 1度不満を口にしたら、堰を切ったように夢見は文句を言い出す。

 

「そもそもあんな依頼受ける必要あった? 友達なんて勝手に本人が作れって話でしょ? 大体なんで隣の席なの、アタシは絶対お従兄ちゃんと同じクラスにすらなれないのに理不尽すぎない? そもそも出会い方に納得いってないし、渚ちゃんも渚ちゃんだよどうしてあんなに冷静で居られるのか全然分かんない、前から違和感あったけど恋敵どころか渚ちゃんて本当はお従兄ちゃんの事好きでも何でも無いんじゃないの──」

「ステイ、ステイステイ! 話が取っ散らかり過ぎだ!」

 

 次々と不満が連鎖して、当初の話から乖離していく。

 父さんと母さんが夫婦喧嘩する時によく母さんがやらかす事だが、いざ自分がそれを受けると非常に困るのが分かった。

 

「何が一番不満なのか、そこをハッキリしてくれ。じゃないと埒が明かない」

「何、お従兄ちゃんはアタシとそんなに会話したくないってこと?」

「お前がこんな終着点の無い会話を続けたいなら付き合うけど、それで夢見の不満が解消される気がしない」

「んもぉ~! なんでそんなに冷静なの!? アタシだけ勝手に盛り上がってるみたい。……でもそんなお従兄ちゃんもクールで好きっ!」

 

 情緒どうなってるんだよお前。

 

「でも──色々言いたい事は多いけど、一番面白くないのは、報酬受け取らなかった事かも」

「なんだ。やっぱり夢見も、鈴鹿みたいにお金欲しかったのか?」

「あんなのと一緒にしないで。幾らお従兄ちゃんでもライン越えだし、次言ったら怒るから」

 

 ピシャリと言い放ってからやや間を開けて、夢見は言葉を続ける。

 

「最初はお金に靡かないお従兄ちゃんカッコいい、なんて思ったけど。お金に関係なく友達になろうとするって、本心から凄い友達になりたがってるみたい」

「ん…………」

「何かそれって、本気であの女を狙ってるみたいじゃない? ()()()()()()()()()()()()()()のに、そんなの許せないでしょ?」

「んっ…………ちょっと待て。色々言いたいけど、とにかく待ってくれ」

 

 一番強く()()()()()()は、ここで指摘すれば逆効果なので黙ってるとして、それ以外はハッキリと言わなければならない。

 

「咲夜を狙ってなんか無いよ。今回はあくまでも、【救済★病み倶楽部】の活動の一環てだけだ」

「本当……?」

「嘘だと思うか?」

「……」

 

 先程まで饒舌だったのがウソの様に黙って、俺の目をじっと見つめてくる。

 一切の欺瞞も見逃さない──そんな想いの籠る目線が俺を射抜き、俺もまた視線(それ)から一切目を逸らさずに応える。

 目は口ほどにものを言うなんて諺があるが、本当に分かるなら読み取って見せろ。その位の気概で夢見に向かって数分……体感では数分だが実際は10数分かもしれないが、とにかく夢見は長々と向き合った果てにようやく目線を逸らし、

 

「──嘘は言ってないみたいね。良かった♪」

 

 満足そうに笑みを浮かべたのだった。

 これにて取り敢えず、この件については終わり──にしたかったけど。

 

「……ところで、夢見」

「なぁに、お従兄ちゃん?」

 

 一つだけ、看過できない事がある。

 

「さっきの会話でさ、君……変な事言ってたよな」

「えぇ? そんな事あったっけ?」

「咲夜の事。あいつの性格がツンデレ気味だってなんで知ってた?」

「…………あははっ!」

 

 一瞬で真っ黒(と言いたくなる様)な瞳で夢見が乾いた作り笑いを捻りだす。

 追い打ちをかける様に続けて俺は問いかける。

 

「咲夜は君の前では猫を被ってたハズだけど。何処で咲夜(あいつ)の素の性格を知ったのかな」

「え~っと……うーん、その、ね?」

 

 普段とかけ離れた歯切れの悪さ。

 どうやら、夢見も無意識に発してしまった言葉だったらしい。

 そのお陰で、俺の中にあった疑念は確信へと変わった。

 

「…………そっか」

 

 抱いてた疑問が確信に変わり、すぐさま着ている学ランを脱いで調べる。

 袖口、襟元、ボタン裏──隅々まで調べて、俺の中の疑惑は的中した。

 

「お前、第2ボタン裏(こんなとこ)超小型盗聴器(こんなもの)仕込んで!」

 

 いつの間にか第2ボタン裏に仕込まれていた小型軽量サイズの盗聴器を、無理やり引っこ抜いて地面に叩きつけて踏みつぶした。

 果たしてこんなものを、夢見は何処から買ってるのか。

 学ランも頻度は少ないが、洗ったりクリーニングに出すのに、何時から仕込んでたのだろう。

 

 色々と夢見に問い詰めたい事はあるが──、

 

「あぁ……これ結構高かったのに。……もうちょっとだったのになぁ」

 

 目の前でかなり深刻な悪事が明かされたにもかかわらず、夢見は些細な隠し事がバレた程度の反応で、あらゆる感情を追い抜いて呆れが思考を支配していく。

 

「はぁ……本当に君は、最近盗撮して来ないと思ったら今度は……声なんて聴きたければ通話でも何でも相手するって言うのに──いや、待て。待て待て」

 

 またしても夢見の発言に違和感を覚える。

 この危機感の高さ、これからも大事にしていきたい。

 

「ど、どうしたのお従兄ちゃん? ……盗聴器(これ)の出どころが気になってるのかな。本当はあまり言いたくないけど、お従兄ちゃんには特別に──」

「いや、それも気になるけど一番はそこじゃなくて」

 

 夢見の態度がさっきよりもハッキリ動揺してる。

 どうやら、またも自分の失言で俺が何か気づいたのだと察したらしい。

 悲しいな、この以心伝心が出来るのにどうして俺達の関係は()()なんだろうね。

 

「夢見、俺の声を盗聴して何をしようと──」

「やめて! それ以上はお願いだから聞かないでお従兄ちゃん!」

「は?」

「乙女の秘密なの! 幾ら大好きなお従兄ちゃんでも、言えない事もあるんだから!」

「は??」

 

 こっちは言えない秘密どころかプライバシーを全て侵害されてたんだが。

 

「いや、通るかよそんな理屈。ちゃんと言いなさい」

「うぅ……お従兄ちゃんのえっち」

「言わないだろそんな事、普段のお前が」

 

 いつも明け透けな夢見がここまで隠そうとするのも珍しい。

 

「話すんだ夢見。もうここまで来て隠し通すのなんて無理だって、分かるだろ?」

「うー……」

 

 じっと睨みつける様に夢見の目を見つめて、逸らそうとしても追いかけて逃がさない。

 顔を逸らしては視線の方向へ体ごと向き直し、向き直す毎に顔を近づける。

 そんなやり取りを1分間の中で7回程繰り返して、お互いの顔の距離が目と鼻の先まで来た頃、いよいよ耐えられなくなった夢見は、頬を真っ赤に染めて観念したように言った。

 

「んー、降参! 話すからいったん離れて! これ以上顔が近いと、アタシおかしくなっちゃう!」

 

 とうとう我慢の限界になった夢見が、観念して白状するのだった。

 

 やけくそ気味に全てを離す夢見の言葉を聞いて、俺はどうなったのかと言うと……。

 

「き、君さぁ……流石にそれは、キモいって」

「もー! だから言いたく無かったのに!」

 

 全力でドン引きするしか出来なかった。

 だってそうだろう、俺の声を集めてやろうとした事がまさか、

 

「俺の声でボイスロイド作るって……」

「言わないでー! 流石にアタシもこれはやり過ぎかもって思ってたんだから!」

「思ってるのに作るなよ……そもそもボイスロイド作った所で何が出来るって言うんだ。歌か?」

「それは、囁きASMRとか、添い寝ボイスとか……普段と違う雰囲気のお従兄ちゃんを堪能するのに……」

「は? えーえす……何?」

「あぁぁもう! とにかくこの話はここでお終い! これ以上根掘り葉掘り聞いてきたら、幾らお従兄ちゃんでも許さないんだから! 分かった!?」

「あ、あぁ……」

 

 許す許さないの権利は全て俺にあると思うが、逆ギレ気味にハサミを取り出してチョキチョキされたら、従わざるを得ない。

 

 もっとも、この後帰宅してから、自分でASMRについて調べて、背筋が凍ったのは言うまでもない。

 何と言うか、世の中には色んな趣味嗜好があるんだな……否定する気は全く無いけど、同意も無く自分が素材にされるのだけは勘弁して欲しかったので、偶然でも阻止出来て本当に良かった。

 

 あぁ。

 本当に、良かった。

 

 本当に。

 

 


 


 

 

「──と言う事があってだな。綾小路、君の演技は夢見にはもうバレてる」

「ちょっと待ちなさいよ! 話のまとめ所はそこじゃ無いでしょ!?」

 

 お昼休み時間。依頼通り“友人”として、まだ学園に来たばかりで馴染みきれずに居る咲夜を気にかける体裁で、お昼に誘った。

 咲夜も本来の性格を隠して振る舞ってるので、それが不要な俺の誘いは都合が良いのか快諾し、共に人気の少なめな屋上に移動した。

 

 俺は惣菜パン、咲夜は高そうな容器に収まった、恐らく家の料理人が作ったんだろうハイクオリティなお弁当だ。

 

 ただ黙って食べるのも嫌だし、早めに咲夜にも把握して貰いたいので、依頼の件には触れずに、あくまでも咲夜の学園内で見せてる演技が一部の人間にバレてる事だけを伝えた所、案の定咲夜は不満の声を漏らした。

 

「そうだよな……俺も流石に毎日着る服にまで仕込めるとは思ってなかった。すまない、アレからは注意して上履きにも意識を払って──」

「だから、そう言う事じゃなくて」

「──やっぱり上履きのベロにも盗聴器が仕込まれてた」

「あったの!?」

「基本歩く音で五月蝿いはずなのに、どうかしてるよな」

「どうかしてるのは間違い無いけど、アナタの感覚もだいぶズレてるわよ……」

 

 はぁ、とため息をこぼして右手で頭を抱える咲夜。

 弁当に伸びてる箸も、動きが止まってしまった。

 

「その……本当にすまないと思ってる。最近は静かになったと油断してたよ」

「別に、もう良いわ。いつかは誰かに気づかれると思ってたし」

「良いのか?」

 

 素直に非を認めた事が良かったのか、咲夜は予想よりだいぶあっさりと、事態を飲み込んだ。

 箸を運ぶ手の動きも再開し、彼女の小さなお口に高そうな食材で作られた料理が運ばれていく。

 もぐもぐと噛んで飲み込んでから、また次に食べる物を目で選びつつ、咲夜は言った。

 

「アナタの従妹、そもそも中等部で校舎だって違うじゃない。大した問題でも無いわ。それよりアナタの……」

「……?」

「うぅん、これはきっと言っても無駄ね。本当、()()って恐ろしいわ……」

 

 歯切れは悪いが、そこからまた料理を口にしたので、本当にこの話はここまでという事なんだろう。

 

「何が慣れなのかは知らないけど、綾小路が困らないなら、良いんだ」

 

 俺としても、延々と詰められるより余程都合が良いしな。

 

「それよりアナタ、今日の放課後は暇よね?」

「確信しながら聞いて来るなよ。……暇だけど」

 

 “病み倶楽部”の依頼は来ていないし、咲夜の相手をするのが依頼だからな。

 本当は、またゴルフ場で打ちっぱなしでもやろうと思ってたけど。

 暇かと聞かれたら、暇と答えるしか無い。

 

「そう。やっぱり暇なのね……」

「人が暇な事を嬉しそうにするな」

「喜びなさい、そんな放課後暇で暇で仕方ないアナタに、アタシが意味のある時間を与えてあげる」

「随分と擦るなキミ」

「もう、いちいちうるさいわね。とにかく、暇ならアタシの散策に付き合いなさい。またこの前みたいに、この辺りに何があるのか教えるのよ」

 

 つまり街案内をまたしろって事だ。

 それ自体は全く問題ないけど、気になる事が一つ。

 

「男女で行く場所も差があると思うけど、それでも俺で良いのか?」

「はぁ? 当たり前じゃないそんなの。アナタが良いから誘ってる──って、そうじゃなくて! 何もアナタじゃなきゃ嫌だって意味じゃないから! アタシが1番気楽に命令出来るのがアナタってだけよ!」

「お、おう?」

「本当にそれだけなんだから! 分かった!?」

「わ、分かった、分かったから落ち着いて」

 

 急に話のギアを上げてこられても、着いていくので精一杯になるからやめて欲しい。

 再び荒ぶりそうな咲夜を宥めるためにも、ここは早々に話をつけるべきだ。

 

「男の俺で良いなら、放課後の街案内の役割は承った」

「ふん、最初からそれだけ言えば良いのよ!」

「……貴族ウケする場所はともかく、出来るだけ女子ウケの良い場所を見繕っておくよ」

「そうね。精々頑張って探しなさい。もしつまらない所だったら、タダじゃ置かないんだから」

「具体的には何をされる?」

「そ、そうね……具体的に、具体的って……」

 

 まさかこの質問が来るとは想定してなかったのか、少し考える仕草をしてから、

 

「そ、その時言うわ! 恐ろしい目に遭うんだから、覚悟する事ね!」

「肝に銘じておくよ」

 

 特に考えてないまま発言する事が多いんだな、なんて具合に。

 咲夜への理解を深める時間を、過ごせたのであった。

 

 


 


 

 

 そうして放課後になり、俺と咲夜は一旦は別々に教室を出た後、事前に俺が指定した時間と場所に合流する。

 一見無駄な工程を挟んでいる様だが、最初から一緒に教室を出てしまうと、クラスメイトにあらぬ誤解を与えてしまうのが怖い。

 

 それに、渚はまだ良いとしても夢見にバレたら話が拗れてしまうのが嫌だからな。

 

「……ん、もう居たのか」

 

 集合場所にしていた駅前のアーケード街の入口、上野のアメ横にも負けない大きさと派手さを持つ看板前に、咲夜は既に居た。

 初めての場所だろうから、もっと迷ったりするかと思ってたけど、案外そんな事は無かった。

 

 俺の姿に気付くと、スマホをしまった咲夜は眉をキッと吊り上げて言った。

 

「遅いじゃない。自分で指定した場所に遅れてくるなんて、どういうつもり?」

「いや、時間には間に合ってるんだが……でも意外だな。迷わなかったか? この辺り似た道があったり、入り組んでてるのに」

「馬鹿にしてるのかしら。行き先が分かってるなら、スマホで道くらい分かるわよ」

 

 確かにその通りなんだが、何故だろう。咲夜の口から正論が出てくるのに違和感がある。

 別に馬鹿でもアホでも無いんだけどな、この子。

 ちょっと言動に突拍子もない所があるだけで。

 

 それだって夢見や渚に比べれば、遥かに常識的な範囲だし。

 

「それよりも、ちゃんと案内できるんでしょうね? 始まりから遅刻じゃ、先が思いやられるわよ」

「だから、遅刻はしてないんだって」

 

 この後、似た様なやり取りを後2回程繰り返してから、ようやく俺達はアーケード街へと足を進めた。

 

 今回は2件、行き先を決めている。

 夕方に差し掛かってるし、あんまり遅くまで街を出歩かせたら、羽澄さんや綾小路家の人達に怒られそうだからな。

 

 あとは、何となくだが、今日みたいな事がこれからも何度かありそうなので、持ち弾は温存していくつもりだ。

 

「まずはここ、ドン・フランキー」

「なんか、見た目汚いんだけど……何、ここ?」

 

 ドン・フランキー。

 全国チェーンの大型量販店で、他のスーパーよりも安価かつ、この店でしか取り扱ってくれない地方の食品を買えるのが魅力的。

 店舗によって()()()()だが、百貨店やデパートの様に、食料品以外の物も階層に分かれて販売している。

 

 今回俺達が入ろうとしてる、この川國アーケード街店も1階が食料品と日用品で、2階が衣服や靴バッグ類、3階が高級時計やアクセサリー、お酒やタバコなどの大人向け嗜好品・高級品、4階が家電製品、5階が──まぁ、とにかく色んな物が売られている。

 

 さっき、百貨店やデパートみたいと表現したが、景気が悪化し続けて大手デパートの敷居が高くなった現代社会において、まさしく庶民向けデパートと呼べる店じゃないかな。

 

 つまり、貴族であられる綾小路家のお嬢様であられる咲夜にとって、この店はまさに『庶民』の権化。

 見る物全部が、新鮮に映るんじゃないか──その予想は、まさにどんぴしゃりだった。

 

「わぁぁ……何よここ、ごちゃごちゃし過ぎよ……!」

 

 口ではそんな風に言ってるが、悪く言えばごちゃごちゃ、よく言えば豊富な品揃えの店内に、咲夜お嬢様の興味が惹かれているのは明らかだった。

 

「洗剤だけでこんなにあるの? しかも全部安すぎて……ねぇ、こんな安物で本当に服が綺麗になるワケ? 余計に汚くならない?」

「実は衣服を洗うのにはその程度のお値段で良いんだ。ちなみに君が指さすそれは市販でも割と高めだ」

 

「お肉、こんな値段の物が並んでるなんて……廃棄する予定だったものを安く売ってるのね。フードロスって聞いた事あるわよ」

「いや、魚屋で売ってる()()じゃないんだから……というかよりにもよって牛肉エリアの前で言うな。煽ってるのか」

 

「ねえアナタ、どうしてこんな低品質のアクセサリー(おもちゃ)がショーケースに入ってるの? あの時計だって、輪ゴムと変わらない──」

「頼むから店員さんに聴こえそうな声で話すのは止めてくれ、な? お前ここが庶民の店だって前提頭から抜け落ちすぎだって」

 

 

 前言撤回。

 興味を惹いてるどころか、もはや動物園に来てる子供みたいなテンションであらゆる商品を見て、はしゃいでる。

 若干、人間を動物園に入れて楽しんでたイギリス人じみた愉しみ方をしてる様に見えるが、どうか俺の気のせいであって欲しい。

 

「ふー……どの階も面白いわね。アナタ、一回目からアタシをここまで楽しませるなんて、中々やるじゃない」

「あぁ、ありがとう」

 

 咲夜が満足してくれるのは良かったが、店員さんの刺すような視線に先ほどから冷や汗がそこそこ止まらない。

 後でちゃんと買い物しないとな。じゃないと罪悪感で2度とこの店に足を運べなくなる。

 母さんの代わりに買い物をする時、重宝してるからそれは避けたい。

 

「それじゃあ、次の場所に行こうか」

「なんで? でもまだ5階があるでしょ?」

「あるけど、もう他のフロアと似た様なものだから」

「別に構わないわよ、ここまで見たんだから、行かない意味が無いわ」

「えぇ? いや、時間の問題もあるしさ。そろそろ──」

「何で急に嫌がるワケ? 良いから行くわよ! ほら!」

「……後悔するのは無しな」

 

 好奇心の赴くままに、俺の忠告なんて耳に入れずにエスカレーターで最上階に向かう咲夜。

 ここまで全部、彼女を楽しませる物(どれも一般人には見慣れた物であるけど)ばかりで、今度は何があるんだろう──そんな期待はエスカレーターを昇り終えた瞬間、小さな悲鳴に変わった。

 

「な、何よここ!?」

「……だから言ったのに」

 

 顔を赤くしながら、視界に映る売り物らを前にあわあわする咲夜。

 やっぱり、その手の耐性は無かったか……とため息をこぼしながら、俺は咲夜の手首を掴み、足早に反対側のエスカレーターに向かう。

 

「ここはアダルト商品が多く売られてるんだ。パーティ用とか恋人同士で楽しむちょっとエッチなコスプレ衣装なんかも売ってるから、年齢制限が無くて、()()()()のが平気で並んでる」

「あ……あぅ、うぁ……何よあれ、あんなの丸見えじゃない……」

 

 咲夜が早々に見てしまったアダルトグッズ(ああいうの)も含めてフロアの説明をしたが、果たして耳に入ってるのかは不明だ。

 

「もう充分だよな? 俺1階で買う物あるから、それが済んだら次に行くぞ」

「……………………」

 

 思ったよりもかなり重症のようだ。

 結局この後、俺が罪滅ぼしの意味も兼ねて丁度食べたかった袋麺を買って店を出て、次の目的地に向かうまで、ずっと咲夜は煙でも出るんじゃないかって位に赤面したまま、俺に黙って引っ張られるのだった。

 

 


 


 

 

「あ、アナタ! アタシをあんな所に連れて行くなんてどういうつもり!?」

 

 ようやく再起動した咲夜は案の定、怒り心頭とばかりに開口一番そう言った。

 いや遅いから。店出て10分くらい経ってから言うな。

 

「だから止めたのに。無視したのは誰だ? 君だろう」

「あぁ、あんな……あんなもの堂々と売ってる店に連れて行く事自体がおかしいのよ! あんな……うぅっ」

 

 いけない、またも頭がショート寸前になりそうだ。

 何かしら話題転換しようと考えるが、それより先に自力で立ち直った咲夜が、今度は別の事について文句を言ってきた。

 

「ていうかアナタ、いつまでアタシの腕を掴んでるつもり!? 離しなさいよ!」

「ん、あぁ。それはすまん」

 

 こうしないとその場から全く動けなそうだったので、店を出てからも引っ張ったままなのを忘れていた。

 すぐに手を離すと、咲夜は俺が掴んでた辺りに手を添えて、睨みながら言う。

 

「ちょっと痛いじゃない……。もっと優しくしなさいよ、もう」

「……気をつけるよ」

 

 腕を引っ張る事は嫌じゃなかったのか? 

 なんて、聞いたら火に油なのは明白なので、そこは黙っておく。

 

「全くもう……それで今度はここ? 随分さっきと雰囲気が違うけど」

 

 俺達の前にある店と、出入りするお客さん達を見ながら聞く咲夜に俺は答える。

 

「あぁ。次は女子ウケを意識した」

「ふぅん、アナタがねぇ。外から見えてるだけでもどんな店かは察しが付くけど一応聞いてあげる。どんな店か言いなさい」

「ではご期待に応えて。ここはこの川國市で……いや、県内最大のコスメショップ『@mode』だよ」

 

 コスメ──化粧品の類はさっきのドン・フランキーでも取り扱ってはいるが、ここは専門店と言うだけあって、数も種類も段違い。

 ブランドも日本だけじゃなく、近場の韓国や欧米で人気のブランドは勿論、メンズ向けの物も多数取り扱っている。

 

 そんな説明をすると、怪訝な目で咲夜が俺を見始めた。

 

「なんかヤケに詳しいじゃない。もしかしてアナタって趣味が女装とかだったりする?」

「いいや、そういう趣味の人間を否定しないが、少なくとも俺は違うよ。詳しいのは、妹の渚や母さんがここを使ってるから」

 

 母さんは常に父さんに綺麗に見て欲しいから、肌のケアには並々ならぬ気合いを入れてる。

 渚は()()()()()()から活動を控えているが、読モをしてるだけあってこだわりが強い。

 

「詳しいって言うのも違うかな。2人の買い物に付き合わされたり、勝手におススメを買って寄越すから、自然と最低限の知識が入って来てるってだけだ」

「そう……妹って、この間に出待ちしてた方の、まともな方よね? 仲良いの?」

「比較的……でも、たまに本当に何を考えてるか、理解できない事もある」

 

 相変わらず、何故渚が母さんを殺そうとしたのか。それでいて俺との関係は壊したくないのか。全く分からない。

 分からないし、分かりたくないのかもしれない。

 分かったら、解決するような問題でも、無いのかもしれない。

 

 ない、ない、しれない、かもしれない。

 そうやって結論を求める事から逃げて、渚が提供する現状維持というぬるま湯に腰を据えて落ち着いてるだけ。

 

 このままではいけないと理解してても、何もしないのでは、何も分かっていないのと同じ。

 

 じゃあどうすれば──と、思考が瞬く間に暗澹たる泥沼に沈んでいくのを浮上させる刺激が俺を襲う。

 厳密には、右足の(すね)から。

 

「──痛っ!」

 

 そう叫ぶのも仕方ない。だって、咲夜がむすっとしながらずっと俺の脛を蹴ってたんだから。

 

「急に黙り始めたと思ったらアタシの事無視するなんて、生意気にも程があるわ」

「ごめん、全面的に俺が悪いけど。蹴り続けるのは痣になるから止めて欲しい。ホント痛い」

 

 下手に半歩退いて逃げても、咲夜の神経を逆なでするだけだから、彼女が蹴りを止めるまで我慢した。

 幸いにも17発程で溜飲が下がってくれたので、ギリギリ歩行に支障が無い位の痛みで済んだ。

 

 さて、だいぶ咲夜の機嫌を損ねてしまったワケだが、それでも店の中に入ってくれた。

 しかし俺が考え事で咲夜を無視する前から、ドン・フランキーの時とは違い@modeには興味関心は薄かった様で、店内に入って早々、今度は一応店員には聴こえ難い声量で俺に言った。

 

「言っておくけど、多分アタシが使う様な物はここに無いと思うわ。だって──」

「分かってる、きっと君……というか、綾小路家の人間が満足できる商品はここには無いんだろうな」

 

 かなり高額の化粧品も取り扱ってるが、それだって小金持ちまでの物。

 世界規模の大貴族様のご令嬢が満足する品物があるワケ無い。

 そんなのは、最初から承知している。

 

「だったら、なんでここを案内したの?」

「最初に言ったろ? ()()()()だよ」

「……それって、遠回しにアタシを女子扱いしてないって言いたいの?」

「何でそうなるよ。発想が飛びすぎ」

 

 流石にその返しは予想だにしないので、苦笑してしまった。

 

「ここで言う女子ウケってのは、君以外の女子。つまり、クラスの女子ウケだね」

「どういう意味?」

「君さ、別にクラスの女子を嫌ってるとかじゃ無いよね?」

「何が言いたいのよ……別に、嫌ってなんか無いわよ」

「その割には、今日隣で見てる限りはあんま女子と会話出来て無かったよな。どうしてだ」

「はぁ!? どうしてって……そんなの知らないわよ。それに、どうせアタシと庶民で会話が成り立つ事なんて無いんだし」

「そう、そこだよ。俺が君をここに連れて来た理由」

 

 期待通りに話題が進んで安堵しつつ、俺は本題に入る。

 

「きっとクラスの女子も同じ事──いや、正しくは逆の事を考えてるんだと思うよ」

「逆?」

「そう。綾小路が貴族と庶民で会話が成り立たないと思うのと逆に、クラスの女子も『自分達がお嬢様の綾小路さんと会話しても盛り上がる要素が無い』なんて思ってるんだ」

「……そういう物なの?」

「現に、会話こそ弾まないけど君に声を掛ける人は何人もいるだろ?」

「まぁ……? そういうのも居るわね」

 

 そう。最初に転入生として入ってきた時からずっと、クラスの男女共に皆、咲夜の可愛い容姿から興味関心を抱きっぱなしだった。

 それでも、咲夜が体裁の為に貞淑なお嬢様を演じていて、しかもそれが結構堂に入るものだから、皆すぐに庶民と貴族の壁を感じてしまった。

 

 その結果、他愛なくて短いやり取りで済む会話ばかりが散見して、咲夜もクラスの女子も、仲良くなるキッカケが無いままだ。

 こういうのは、放って置けば置くほど深刻化して、何かの爆発的な理由でも無ければいつか、咲夜と仲良くなろうとする人間が居なくなる。

 

 次第に『高嶺の花』なんて古い表現がぴったり当てはまる、孤独を良しとされる存在になってしまうだろう。

 

 それで咲夜が構わない性分なら、別に問題は無い。

 だけど、出会って数日しか経ってない俺でも分かる。

 咲夜はそんな孤独を、孤高のプライドではなく一抹の寂しさとしてしまう人間だ。

 

 始まりは恐らく、早くにご両親を亡くした時だろう。

 自分を生み育てる親が居ない事実が子供に与えるストレスは、当人か似た様な状況に陥った人間にしか分かり得ない物。

 羽澄さんが過去に何度も、咲夜は交友関係を作るのに失敗したと言ったが、理由は彼女の過去にあって根深く、しかしまだ希望は残っている。

 

 だって、羽澄さんが言うように何度も友達造りに失敗したというのは、裏を返すと咲夜にはまだ『友達が欲しい』という気持ちが残ってる事を意味してるんだから。

 

「君はまだ、ウチに転入して日が浅い。女友達をクラスで作るには最適の期間だ。しかし、君とクラスの女子はお互いに会話が成り立たないと諦観している。じゃあ、どうすれば良いか」

「どうしろって、言うのよ」

 

 

 ここで『別に友達が欲しいなんて言ってないわよ』と反論して来ない時点で、俺の考えは的外れでは無い事の証だろう。

 

「俺が思うに、立場の違う人間が仲良くなる最大のキッカケは、そのものズバリ『共感』だ」

「……?」

 

 全然俺の言ってる意味が分からないって顔をしている。

 分からなくても構わない、こっから分からす。

 

「生まれた都道府県、あるいは国。土地の風土や言語が異なるコミュニティに属する人間が、もし仲良くなるとしたら、それは例えば好きな物や嫌いな物、共通点の認識が一致する──つまり、お互いの好みや習慣や風土に、一定の共感を得る事が出来た時なんだ」

 

 もっとも、それが全部なんて言わないけどな。

 

「今まで全く違う場所で生きて来た者同士でも、何か1つでも相手が自分のルーツやアイデンティティになってる要素と繋がってると分かっただけで、人は簡単に受け入れる態勢に入る物だったりするんだ」

 

 例えば趣味。

 例えば思想。

 例えば宗教や出身地。

 

 それまで全く関わりも接点も無いと思い合ってたAとBが、実は同じ趣味を持ってたり、同じ思想信条の同士だったり、あるいは同じ出身地だったりで、お互いに共感できる物があるだけで、最初は『理解し得ない赤の他人』だったのが『自分と同じ分かり合えるものを持つ相手』に変貌する。

 

「だから今回、君をここに連れて来たのは、君がクラスの女子にウケる要素を手に入れてもらう為。だったんだ」

 

 そう、何故ならば。

 

「考えても見なよ。ネットで調べればすぐに分かる世界的な名家のお嬢様が自分達のクラスに、何の因果かやって来てしかも、庶民の自分達しか知らない──上流階級なら知る価値も無いだろうと思ってた物事に理解があると分かったら、どうなると思う?」

「ど……どうなるのよ?」

「喜ぶよ。シンプルに、そしてこの上なく、君を見る目が『手の届かない、見る事すら叶わない嶺の花』から、一転して『自分達の事を受け入れてくれる懐の深い人』になる」

 

 有名な政治家が、本人のイメージと掛け離れた漫画を読んでるだけで若者から一定の支持を得た事がある。

 共感が生み出す力は強力で、しかも両者の間に隔たりがあればある程強くなる。

 

「言いたい事は分かったわ。アナタなりに根拠がある事もね」

 

 一連の説明を受けて、幾らか納得してくれたのか。

 咲夜は頭ごなしに俺の考えを否定する事は無くなった。

 しかしそれでも、まだ納得がいかない所もあるらしい。

 

「アタシが庶民の使う化粧品を知った所で、意味ないわよ。使わないんだから」

「あぁそこは別に、使う使わないは関係無いんだ」

「知ってる事が大事ってワケね?」

「うん。そういう事だけど……納得はしてくれた?」

「いいえ、全然納得なんてしないわよ」

 

 あらら? と肩をガクンと落としたくなったが、続く咲夜の言葉で理由が分かった。

 

「だって、何でアタシの方から庶民に合わせなきゃいけないの? 普通逆でしょ? アタシが会話したがってるなら、向こうがそれに合わせて動くべきじゃない」

「あー……そういう、成程、そう言う感じか」

 

 確かにこれでは友達なんて作れないよな。

 

「綾小路にとっては、周りが自分に合わせて動くのが、常識だったんだな」

「そうね。だってアタシは──」

「でも、決して君は()()()()()()()()()()()()人間では無いだろ?」

 

 咲夜の続く言葉を遮って、俺は言った。

 

「今日もこうして俺が決めた時間と場所に、君は先に来て待っててくれたじゃないか」

「だってそれはっ……。でも、それとこれとは」

「あんまり別の話でも無いと思うな」

 

 またも遮って言うと、咲夜はぐぬぬっ……と口元をもにょもにょさせるばかりで、何も言い返さなくなる。

 

 ちょっとだけ、無理やりに話を進めすぎたか。

 あんまり俺の論調ばかり押し付けたって、面白くないよな。

 一部を除いて基本俺の行動全肯定な夢見とばかり一緒だと、少しばかり感覚が狂っちゃう、反省しなきゃ。

 

「えっと、もし嫌ならやめとこう」

「えっ?」

「綾小路にだって自分のペース……譲れない部分はあるだろうし、今日はあくまでも()()()()()()()()()()()っていう話だけで、別の所を回るのも──」

「待ちなさい。勝手に決めるんじゃないわよ」

 

 今度は俺が話を遮られる事になった。

 

「別に、嫌だって言ってないでしょ。それは確かに気に入らないって気持ちはあるわよ。でも、上の立場(貴族)から歩み寄る必要だってあるワケだし。だから、その…………」

「……良いのか?」

「良いわよ、アナタの思い付きに付き合ってあげる」

「……ありがとう。やっぱり、君はノリが良いね」

「──っ、良いから、さっさと何見たら良いのか教えなさいよ!」

「任せろ。やっぱりギャップ狙うならプチプラコスメだから、まずは──」

 

 

 推してダメなら引いてみろ。

 別に狙ったワケじゃ無いが、結果的に当初の狙い通りの展開に持って行けた。

 

 

「ねぇ、ホントにこんな安物顔に塗ってるの? 肌荒れるんじゃない?」

「だから、そういうの思っても口にすんなって……っ!」

 

 

 もっとも、胃が痛くなりそうな会話はその後も続いたのだったが。

 

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