ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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2章、予想より長々と続いてしまいましたが、クライマックスです


TRACK10 BLOND-HAIRED_DEMON

「えぇ! 綾小路さん知ってるの!?」

「はい。化粧水の中でお値段からは信じられない位、ブランド物より質が良くて感心しています」

「そうそう! え、嘘~綾小路さんからそれ言ってくれると安心しちゃうよ!」

「うんうん。ていうか、綾小路さんってプチプラ把握してるの意外。なんか勝手に10万以下のブランドは使わないとか思ってた」

「どんな物でも、知っておいて損はありませんから」

 

 嘘である。

 

 昨日、俺の説得に乗って『@mode』をあちこち回って手にした付け焼刃で会話してるだけだ。

 しかし、それでも、咲夜の方から女子達の会話に混ざって、あまつさえ会話の中心になる事が出来たのだから、まさに狙い通り計画通りの展開。

 

「えーでも、綾小路さんが使うのに比べたらやっぱり、私達のって品質低すぎに見えない? 化粧水とか、ただの水でしょ〜みたいに」

「良いものは、良いものですよ」

 

 真っ赤な嘘である。

 

 昨日店を回ってる中、化粧水コーナーに並んでる物をズラッと見てから、俺にだけ聞こえる声で発した言葉がこれだ。

 

『──ねぇ、これ肌につけて大丈夫なの? その辺りの泥塗りたぐった方がまだ効能あるんじゃない?』

 

 確かに泥パックなる商品が世の中にはあるが、一つ5万を超える商品を前にそれを言い放つ、咲夜の富豪っぷりには感心すると共に、ほとほと呆れてしまうのだった。

 

 兎にも角にも、狙い通り咲夜はあっという間にクラスの女子達と会話のキッカケを掴む事が出来たわけで、それはつまり咲夜の学生生活に僅かでも潤いが出来たと言う事。

 羽澄さんから直接頼まれたわけでは無いが、『交友関係に影響を与える』のは、『友人』の範疇だ。

 

 すぐに、と言うわけでは無くとも、少しずつで良い。

 俺以外の、俺の様に正統とは言えない理由じゃなくて、真っ当な経緯で友達が出来れば、俺と咲夜の時間は必然的に減っていくだろう。

 咲夜が学園生活で俺を必要としなくなった時。それこそが羽澄さんの依頼を達成した瞬間になる……と、勝手にだが俺は解釈している。

 

 まあ、もっとも──、

 

「もうっ、ホント疲れるわねあの話し方! やるんじゃ無かったわよ」

「……お疲れ様」

 

 お昼休みに2人だけでご飯を食べてる時の様子を見るに、()()()が来るのは、まだまだ先の事になりそうだが。

 

「……そういえば、アナタに聞きたい事があったんだけど」

「聞きたいこと?」

「川國のダークナイツって知ってる?」

「──ッ!?」

 

 ビビった。

 何でその言葉を咲夜が知ってたのかって、背筋に嫌な汗が走った。

 

「その表情と反応、知ってるみたいね」

「い、いや……まあ、な。噂程度だけど」

 

 嘘だ、よく知ってるよ。

 “ 川國のダークナイツ” 、その呼び名は、俺が中学生の時に鈴鹿と県内の不良退治をしてる時に付けられた呼び名だからな。

 

「でも、なんで君がそれを知ってる? 何処で聞いた?」

「ここに転校するって決まった時に調べたのよ。どんな場所か分からないと、お祖父様も安心できないから」

「な、成程……」

 

 ご令嬢がお嬢様学校じゃない場所に行くんだ、当然の話の流れか。

 しかし、そんな数年前の事まで調べなくたって良いじゃないか。

 

「この学園の中等部に居た『鬼住山鈴鹿』、それと詳細不明の『相棒』。この2人が学園や周辺の不良や問題生徒を次々倒していって、いつしかついたあだ名が、一昔前の映画にちなんだ“ダークナイツ”……よくできた話よね」

「あぁ、フィクションみたいな話だよな」

 

 咲夜の話す内容は全てその通り。当時の俺は若く、視野も狭くて、鈴鹿のバカらしくて突拍子も無い、だけど浪漫のある思想に惹かれて、そのお手伝いなんかをしていました。

 

「鬼住山鈴鹿は2年前に転校して、それから“ダークナイツ”の活動は止まったみたいだけど、アタシが気になるのはもう1人の方なのよね」

「それは、また、どうして」

「だって気にならない? 鬼住山の方はともかく、もう1人は“相棒”て名称以外、全部情報が無いのよ?」

 

 それはまぁ、俺が家族に迷惑かけたく無いから、変装してたからで。

 

「ウエスタンシャツとズボンに、ボーラーハット。口元は桜模様のプリントがされたマスクで、顔や名前はおろか、性別も不明って、出来すぎじゃない? そもそもどんな格好で不良退治してるのよ」

「…………うん、そうだねぇ」

 

 やめてくれ、忌まわしい過去をほじくり返すのは。

 咲夜が調べても消息不明な所を見ると、当時の過度な変装は身元を隠すのに正解だったけど、それでも思い返すだけで呻き声を上げたくなるんだから。

 当時見たとある映画の主人公とその仲間達が来ていた服装にモロ影響受けた結果だなんて、口が裂けても言えない事だ。

 

 しかも映画モロパクリは流石に嫌だからって、なけなしのオリジナリティを求めた結果、黒マスクに桜模様のプリントしてたんだ。

 

 無かった事──には、絶対に出来ない過去だけども。

 こんな心構えのないタイミングでほじくり返されると、流石に来るものがある。

 

「随分と詳しいんだな、まるで博士だ」

「そんなんじゃ無いわよ。ただ、調べた中で1番気になったのがこの話ってだけ」

「それで? 俺に何を聞きたいのさ」

「“相棒”の正体について何かしらない? アナタと鬼住山って中等部(ここ)に居たじゃない。もしかして、正体とか──」

「いや、知らないかな。何人か『こいつじゃないか』て候補は出てたけど、全部噂話の域を出なかった」

「ふぅん。そう……」

 

 言ってから、しまったと内心で舌打ちをした。

 幾らこの話題を早々に終わらせたいからって、咲夜の言葉を前のめりに否定しすぎた。

 過度な否定は逆効果だと分かってたはずなのに、分かっていても、思わず言動に出てしまうのは俺が未熟だからなのか、あるいはそれが人って生き物の性なのか。

 

 そんな哲学者モドキの思案はどうでも良くて、今一番気にするべきは咲夜の次の発言や態度だが……。

 

「──まぁ、そうよね。アナタが分かるくらいなら、とっくに身元なんて割れてるでしょうし」

 

 拍子抜けなくらい、あっさりと俺の言葉を信じた。いや、信じてくれた。

 ちょっとは疑われるかもと思ってたけど、全然そんなことはなくてちょっと拍子抜けなのは否めないが、それで何が困ることもなし。

 疑われない事に勝る事はないんだから、これで良いんだと、安堵する。

 

 そして、安堵してしまったからだろうな。

 俺は終わらせてしまえばいい話題を、自ら続けてしまった。

 

「それにしても意外だな。綾小路がそんな昔話に興味を抱くなんて」

 

 後になって思えば、それこそまさに犯人がやりそうな発言だったが、この時の俺は完全に油断しきって、その視点を欠落していた。

 

「単純に興味がわいたのよ」

 

 だから、この時点では全く気付き様も無かった。

 

()()()()()()()()()()()()ってね」

 

 したり顔でそう語る咲夜の、言葉の裏に隠された真実に。

 

「──あ、それはそうと、今日も街に出るから案内しなさいよね」

「はぁ!? またですか!?」

 

 


 


 

 最初の街案内で俺以上に手応えを感じたのか、庶民の暮らしぶりを追体験するのが楽しかったのか、その後も咲夜は放課後に俺を呼び付けて、市内のあちこちを一緒に見て回った。

 

 お陰で平日の夕方はずっと咲夜と一緒で、そんな姿を他のクラスメイトや他クラスの生徒に見られないか、何より夢見がキレ散らかしたりしないか、常に気を張って過ごす時間が続いた。

 

 幸いにも学年で噂が立つような事も、()()()みたいに夢見が襲撃する事も無く金曜日を終えて、週末。

 もしかしたら土曜日も呼び付けられるのでは、と思ったがそもそも咲夜とプライベートな連絡先を交換して無いので、その心配は無かった。

 

 父さんは土曜出勤、母さんも朝からママ友との付き合いで家を出てるから、只今の野々原家には俺しか居ない。

 まさにストレスフリー。

 頭や胃を痛めるしがらみや問題が何も無い、完全に自分だけの時間だ。

 

 結構精神的に忙しい5日間だったから、その反動というワケでは無いけど、午前中は教師が出した授業の課題に、いやいやながらも数学と英語の予習を済ませた後、3時間近くベッドの上でダラダラと過ごした。

 

 12時半頃にようやく今日初めて自分の部屋を出て、母さんが出かける前に回していた洗濯物を取り出してベランダに干したり、昨日の残り物でお昼ご飯を済ませた。

 

 食べ終えた食器を洗って、ついでにシャワーを浴びて自分の身体もスッキリさせる。

 髪をドライヤーで乾かして、簡単に濡れた全身を拭いた後は、バスタオルを腰に巻いて風呂を出たって誰からも咎められないのは、1人っきりの特権だよな。

 

 部屋に戻って、お気に入りの服だけ入れてるタンスから、今日の気分に合う物を取り出す。

 オリーブ色のカーゴパンツと、白のロングシャツ。その上にバーガンディの半袖シャツを着込んで、ミリタリとストリートファッションのない交ぜにした。

 

 そうやって普段より少し気合の入った服装と、自分用ゴルフクラブをしまってあるケースを持ってから、最後にこの前お小遣いを使って買った新品のスニーカーを履いて、先週咲夜と遭遇したので行けないままにいた、大田オーナーのゴルフ場へ向かった。

 

 打ちっぱなしに行く格好としては我ながらどうかと思うけど、好きな格好で好きな事をするのは、純粋に気分が良くなるものだ。

 咲夜の街案内だけじゃなくて、不良共がたむろして事も影響して、暫く打ちっぱなしが出来ずに居たから。

 

 ここらで溜まりに溜まったストレスを、白球にトコトン叩きつけてしまおう。

 

 

 

 

 

 

「あ! 野々原さん、こんにちは!」

「お疲れ様です野々原さん! 大きい荷物っすね、()()入れてんすか?」

「バカお前、野々原さんはそういうのじゃねえだろ」

「それReebokの新作? カッコイイじゃん、幾らだった」

 

「……」

 

 家を出て、10分も経っていない、経っていないのに。

 手首や首元にジャラジャラ付けてる奴や、キツい香りのコロンたたいてる奴や、家畜みたく耳や口や鼻にピアス刺しまくってる奴や、お肌のアチコチに()()()()()()奴に囲まれている。

 共通して言えるのは、みんな総じて目付きが悪い。

 

 どうしてこうなったのか、理由はあまりにも明白で。

 

「お前ら、あんまり来栖にダル絡みしないの。困ってんだろーが」

 

 俺を囲むお兄さん達の後ろを歩く、よく知る男の声。

 もうお分かりだろうが、この人達は我が愛する──いや、別に愛してはいないな。

 とにかく、鈴鹿(ばか)の取り巻きである。

 

 咲夜と初めて出会った例の通り道で、今度は鈴鹿にバッタリ遭遇してしまった俺は、邪魔こそされないが、ゴルフ場に行くと知ったら付いていくと言い出したのだ。

 勘弁してくれ、ストレスを発散しに行こうとしたのに、なぜ逆に蓄積される。

 ただでさえ、少し前まで不良が原因で営業停止になってたのに、こんなガラの悪すぎる集団が来たら、また問題になってしまうじゃないか。

 

 それだけじゃない。集団の中に俺が居たら、他のお客さんに俺まで危険人物扱いされてしまう。

 なにより、大田オーナーから出禁を食らったりでもしたら、最悪過ぎる。

 

 せっかく午前中に怠い事を全部済ませて、ようやく待ち望んだ時間がやってくると思ったのに……こうなってしまえばもう、今日の打ちっぱなしは諦める他ない。

 

「──ん、あれ来栖、そっち歩くと遠回りじゃねえの?」

 

 ゴルフ場に行かない進路を取った矢先に、鈴鹿が気付いた。

 俺は出来るだけ恨めしそうな目付きで振り返って、鈴鹿の疑問に答える。

 

「今日は辞めだよ。気分じゃ無い」

「……あぁ、そゆことね」

 

 俺の返答で納得したのか、それ以上は何も聞いてこない。

 さて、それじゃあ今度は何をしようか。どうせどこに行こうと付いてくるんだって言うなら、こいつら全員が苦痛に感じる時間を過ごせる場所にしてやろうか。

 

「──よし、決めた」

 

 幾つか頭に思い浮かんだ候補地の中で、俺が選んだのは──。

 

 

「引いてる引いてる! 野々原さん早くリール巻いて!」

「巻きたいけど……、力が強いんだって……ッ!」

「魚影見えてきた。……うっわデケえぞ!? 大当たりだ絶対逃がすな!?」

「鈴鹿さん、玉網(タモ)持ってきてくださいタモ!」

「分かった、来栖負けんじゃねえぞ!」

 

 ゴルフをあきらめてから2時間ちょっとが経過した、今。

 俺は神奈川県沖の海上で、釣りをしていた。

 しかも絶賛、大物と対決中である。

 

『長時間同じ場所に留まって、我慢するのは嫌いだろう』と思っていたが、取り巻きのうちコロンを叩いてる人(谷中さんというらしい)が言った。

 

『あっ、なら俺船持ってるし、海釣りとかどうっすか?』

 

 16歳の彼は逗子で漁師をしてるらしく、自分の船とそれを操縦するための免許を持っていた。

 キツい香りのコロンをしてるのも、普段海と魚臭い環境に居るから、消したいのが理由らしい。

 

 思いもしない提案だったが、今まで船の上で釣りをする経験が皆無だったので、正直に言うと興味関心が出てしまった。

 そうして、嫌がらせで決めた釣りが、純粋に楽しみなイベントに代わってしまい──今に至る。

 

「もうちょい、もうちょいっス! 踏ん張って!」

「もうちょいって……さっきからずっと言ってるけど、具体的には……!」

「あと少しだって!」

「おおおお上がってきた上がってきた! 掬っていいか? 良いのか!?」

「どうでもいいから早くしてくれ!!!!」

 

 不良たちがそれぞれ俺の体を支えてくれている中、両腕と腰が逝かれると思うほどの抵抗を受けながら、十数分の格闘の果てに。

 

「やったー! 連れましたよ来栖さん!」

「やっぱでけえわ、1mはあんぞこれ!?」

「タモの中で暴れんな……暴れんなよ……谷中、これなんて魚?」

「シーバスですね、これは90センチ以上(入道)って呼ばれるサイズです。この時間帯に釣れるのマジでレアっす」

「……それは、苦労して釣った甲斐があったな」

 

 シーバスと聞いて最初は『ブラックバスの仲間かよ』と少しションボリしたが、後から聞いたら高級魚であるスズキの呼称だった。

 ションボリなんてする必要はない。むしろ小躍りでもした方が良い大当たりだ。

 

「──できました、即席船上お刺身っス! 醤油はこっちにあるんで好きにかけてください」

 

 俺が釣ったスズキや、他のみんなが釣った魚を谷中さんが次々と船の上で捌いていき、あっという間に刺身の盛り合わせが出来上がった。

 

「凄いな……お店開けるよこれ」

 

 最初の印象なんて吹き飛んで、すっかり感心しながら俺が呟くと、照れくさそうにしながら谷中さんが言う。

 

「一応、魚扱うのが職なんで。普段は寒いし疲れるけど、こういう時に活かせるのはありっスね」

「スーパーで売ってんのと全然違くてやば。俺もう普通の食えねえよ」

「うめ……うめ……」

「神泉コラ、俺のスズキ食い過ぎだぞ」

「鈴鹿、お前は釣果なし(ボウズ)だったろ、一番食べる資格無いのはお前だ」

「タモ持ったのは俺だべ!?」

 

 思い思いに味の感想と、刺身の争奪をしてから、日が沈む前に港に戻った。

 家がすぐ近くの谷中君(なんかそう呼びたくなった)は直帰して、後の3人とも帰りの電車に乗るまでは一緒だったが、めいめいに最寄り駅で別れた。

 

 ネックレス沢山の神泉さん、顔面ピアスだらけの蒲田さん、タトゥーがいかついボブ。

 日本人2人は同学年で、ボブは専門学生との事で、谷中君と同じく最初は悪印象だったがスズキを釣る際の協力プレーで、何となく受け入れてしまった感があるのは、否めない。

 

 これもある意味、咲夜に言った『共感』のなせる技なのか……そんな事を思いながら、電車の窓から見える景色を眺めていると。

 

「──今日は、悪かったな」

 

 不意に。

 鈴鹿がそう言った。

 

「今日、俺らのせいで行けなかったろ。悪かったよ、ごめんな」

「……今更言っても遅いっての」

 

 海釣りは楽しかったが、それとこれとは話が別。

 鈴鹿のせいでゴルフ場に行く予定が台無しになった件は、許すつもりはない。

 許すつもりはないので、別に謝られたってどうにもならない。

 

「お前ひとりが気持ち良くなるだけの謝罪なんていらない。次に同じ状況になったら、潔く別行動を取ってくれたら、それでいい」

「……相変わらず、厳しいなあ、お前は」

「キレた時の夢見はこんなモノじゃないぞ?」

「そうなの?」

 

 具体的にどう怖いかを説明してやろうとも思ったが、やめた。

 思ったより、釣りで疲れたらしい。波も結構強かったし、普段と全く違うことをしたから、疲労感もひとしおです。

 

「……今日は楽しかった。だから、それで終わりで良いんだよ」

「サンキュ。その言葉で安心した」

 

 その代わり、後味が悪くならない程度に、話を締めることにした。

 

「──あっ、そういえばお前、しばらく居なかったし、知らないだろうけど」

「なになに」

「頸城先輩、とうとう紬先輩と付き合ったよ」

「マジで!? やっとか!? てか遂にか!?」

「何年粘ってたっけか。紬先輩もよくあんな偏屈な人諦めなかったよな」

「普通は愛想が尽きるぜ~。俺あの人の執念が怖いと思ってたもん。幼馴染の恋は情熱なんだぁ……」

「……少し、寝る。川國着いたら起こして」

「あいよ、任されて」

 

 


 


 

 

「──あっ、思い出した」

 

 駅について、後はめいめいに帰路につくだけになったが、別れ際になって鈴鹿が言った。

 

「お前に聞きたい事があったんだよ、それで今日お前に会おうとしてたのに」

「……おいおい、忘れすぎだろそれ。で、何を聞きたいんだ」

「お前さ、夢見ンと一緒に()()してるじゃん、結構街の情報とかも入ったりする?」

「え? まぁ、それなりに……」

 

 人々の困ってる事を解決しようとする上で、依頼人が教えてくれたり、自然とその手の情報を調べたり耳に入れる機会は多い。

 最も、情報屋できるほどじゃないけどな。

 

「それならさ、"金髪鬼"って奴について、なんか聞いた事ねえか?」

「……聞いた事あるな。それ」

 

 なんだっけ、誰から聞いた。この言葉。

 

「──ぁ、思い出した。この前ゴルフ場から追い出した不良のリーダーが言ってたよ。俺を金髪鬼の仲間か何かって勘違いしてた」

 

 あの時はさっさと依頼を完了させることしか頭になくて、気にしていなかった。

 よく考えたら不思議な発言だった。

 

「あぁ、じゃあやっぱ単なるうわさじゃねえのか」

「どういう噂なん……もしかして、最近、港の再開発エリアから不良が移動してるのと、何か関係してるか?」

「んぉぉ当たり。ちょっと前から何だが──」

 

 そこから鈴鹿の説明が始まったが、話が頻繁に脇道にそれたりして長ったらしかったので、割愛。

 端的にまとめると、以下の通り。

 

 1、最近港湾部の不良グループに襲撃をかける奴がいる

 2、襲撃は決まって深夜で、風貌はよくわからない

 3、情報が錯そうしてるので、単独犯か、集団かは不明瞭

 4、数少ない目撃談で、金髪の人物が特徴として挙がったので、ついた渾名が『金髪鬼』

 

 実際に被害を受けた不良や、情報を聞いて恐れをなして拠点を変えた不良達と、不良集団の大移動に伴って縄張りを失った内陸側の不良達が、最近街中に流れているとの事。

 

「俺はてっきりお前が昔みたいに──って思ったけど、どう見たって金髪じゃないもんなぁ」

「ああ。もちろん夢見も違うぞ」

「わーってるって。そもそも夜更かしは美貌の敵だろ? そんじょそこらの女子が夜更かししてまで不良退治なんて、やらねえし出来ねえよ」

「……お前は、その金髪鬼って奴を見つけたいのか?」

「んー、どうかな」

 

 どうかなって何だよ。と突っ込みたくなるかもしれないが、これが鈴鹿だ。

 静観して、状況を見定めて、自分なりにアウトな線引きを越えてたら手を出す。

 恐らく、今はまだ静観の段階なんだろう。

 

「今日、俺らと一緒にいた奴ら。あいつ等も金髪鬼のあおりを受けて居場所無くなった奴らでさ──あっ、谷中だけは別な。シンプルに慕ってくるだけ」

「……あぁ」

「不良退治って目標は俺的にはぜんっぜん良いんだけどさー。どうも匂うんだよな」

「匂うって?」

「不良退治ってのは結果的にそう見えてるだけで、なんか別の理由あるんじゃね? って事」

 

 別の理由──とんと思いつかないが、鈴鹿には何が見えてるのか。

 

「闇雲に不良を追い出してもさ、最近の川國がそうなってるみたく、どんどん不良のいない場所に流れてくだけなんだよね。マンホールの穴に雑に殺虫剤散布したって、ゴキブリがわんさか逃げるのと一緒」

「たとえが最悪だけど、言いたいことはわかる」

「更生させるか、不良として二度と表歩けないくらい理解(わか)らせる必要があんのに、それしないんじゃ、いたずらに被害の種まいてるだけなんだよなぁ……はぁ。何考えて何がしたいんだろうねえ」

「……そうだな」

 

 全容が掴めていない状態であれこれ考えても詮無き事かもしれないけど、昨今の不良問題に関係してるなら、今後はもっと大きな被害が生まれるかもしれない。

 もしかしたら、鈴鹿が川國に戻ってきてるから小規模の問題で済んでるだけで、本当はもうとっくに大事件が起きてもおかしくないのかも……。

 

「ま、俺は俺で調べるからさ、そっちも何か分かったら教えてくれよな~」

「あぁ、分かった、そうする」

「ん。それとアレだ、もし正体分かったりしても、自分で解決しようとかするなよー? 渚ちゃんに怒られっからな」

「勿論、お前に投げて放置するよ」

「へへっ、それでヨシ」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 鈴鹿と別れてから、少し小腹が空いて生じた食欲に抗いつつ、まっすぐ家に向かう。

 夜ご飯は家で食べなきゃな。ただでさえ19時過ぎに帰るのに、外食までしてたら何を言われるか分かったものではない。

 

 もっとも、事前に家族には帰りが遅くなると連絡してるので、この時間に帰る事それ自体は、怒られる心配は無い。

 まぁ……こんな時間まで何をしてきたのかを赤裸々に話したら、お灸をすえられる可能性は0じゃないが。

 

「ただいま」

 

 そういいながら玄関のドアを開けた、その直後。

 

「お兄ちゃん! ケガとかしてない!?」

「うわっぷ」

 

 主の帰りを待ちわびた大型犬みたいに渚が飛び込んできた。

 仕草は大型犬だが、その表情は心配そうに俺を見つめていて、歓喜の類とは真逆だ。

 

「さっき友達からRhineがあったの。お兄ちゃんがガラの悪い人達に連れてかれてたって! 何か酷い事されてない? 大丈夫だった?」

「あぁ……えっと、そうだな……」

 

 あんまり間違った事言ってないから、どう返事を返せば良いか迷う。

 ガラの悪い人達は正解だし、囲まれたのも合ってるけど、連れていかれたわけじゃないし、酷い目にも遭っていない。

 疲れてるから、普段より頭も回らないし。ありのまま答える事にしよう。

 

「心配してくれてありがとう。でも、渚が心配するような事は何もないから、大丈夫。離れて」

「本当? どこも痛くない?」

 

 ぎゅっと俺を抱きしめて、顔を見上げながら渚は言う。

 

「うん。本当だから」

「でもお兄ちゃん、普段より凄い疲れてるよ? それにちょっと海の匂いに…………香水?」

「……渚?」

 

 心なしか、背中に回ってる渚の手に力が入ったような気がする。

 

「ねぇお兄ちゃん。どうしてお兄ちゃんの体から。普段はしない海と香水の匂いがしてるの?」

「そんな匂うかなぁ……。渚は鼻が良いんだね」

 

 心なしか、渚の手が俺の背中に食い込んでる気もしてきた。

 

「お兄ちゃん、この手の香水付けた事なかったよね? 誰かの匂いが移ったのかな? どうして?」

「その辺の説明は、おいおいな……」

い、ま、知りたいな。別に悪い事してないんでしょ? それなら話せるよね、お兄ちゃん。誰と、何処で、何をしてきたの?」

 

 ……夢見とはまた違った圧力が純粋に怖い。

 

「渚。今の君がどういう思い違いをしてるのかは分からないけど、少なくとも俺はやましい事はしていない」

「ううん、そういう事を聞いてるんじゃないの。お兄ちゃんこそ分かっていない様だから、もう一回きくね? 私はお兄ちゃんがどこで、誰と、何をしてきたのかだけを聞いてるんだよ?」

「…………」

 

 答えるのは簡単だ、素直に今日起きた出来事をつまびらかに話せば良い。それだけの話。

 けれど、それで今の渚が納得してくれるかは別の話。

 

 ゴルフ場行こうとしたら鈴鹿と取り巻きに捕まって、仕方ないから予定を釣りに変えて海の上で1メートル越えのクッソでっけえスズキを釣って、そのまま船の上で美味しく刺身パーティーとかしてみました! 香水は船を運転してくれた船長谷中くんのつけてたコロンでーす!

 

 これをそのままズバリ信じてくれると思うか? だいぶ厳しいと思うな俺は。

 嘘をついてるんじゃないかと追及されて、痛くもない腹を探られてしまう可能性は低くない。

 だからと言って話を盛ったり、本当は無かった事を口にするなんてのは、逆効果でしか無い。

 

 説明の仕方が、この後の未来を分岐させると言っても過言ではないこの状況。

 このシチュエーション下で長考の余地なぞ無いから、僅かな時間でめいいっぱい思考回路を働かせる。

 

「どうしたの? なんでダンマリなのお兄ちゃん?」

 

 それでも瞬時に答えが出るなんて都合の良い展開、訪れるハズも無く。

 いよいよ以て一か八か、ありのままを素直に話すしか無いと観念した──その瞬間。

 

『渚ちゃーん? いつまで玄関でなじってるのー?』

 

 思わぬところから、救いの手が現れた。

 廊下の向こう。テレビから聞こえる野球中継に混ざって聞こえる、母さんの声だ。

 

『大好きなお兄ちゃんの帰りが遅かったからって、いつまでも玄関で怒ってたら、晩御飯食べられないんだからね~』

 

 揶揄(からか)い混じりな母さんの言葉で、渚は俺から距離を取った。

 最上級のタイミングでふって湧いた助け舟に、心から感謝の意と共に安堵感で満たされるはずだったが、俺の背中まで回していた手を放しつつ、確実に俺にだけしか聞こえ無い程の小声で呟いた渚の言葉が、それを許してくれなかった。

 

「──チッ、あの女、また邪魔して……」

 

 怒りと、それ以上に殺意を孕んだ一言に、先程までとまた違った種類の汗がこめかみに流れる。

 

「……お兄ちゃん」

「あ、あぁ」

「後で部屋で聞くから……逃げないでね?」

「……分かった」

 

 少なくとも幾らか考える猶予と、渚が冷静になってくれるかもしれない時間が出来ただけで、ここは良しとしよう。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 休日なので普段より夜ご飯の時間が早く、俺以外の家族はとっくにご飯食べ終わっている。

 両親はリビングのソファにくっ付いて野球中継を見てわーきゃー言っており、渚は自分の部屋で友達とRhineのやり取りでもしてるんだろう。

 

 炊飯器から自分のお椀にご飯をよそって、味噌汁の入った鍋に火をかけて、おかず(今日は肉じゃがとカボチャの煮物だった)の入った器をレンジで温めて、黙々と食べた。

 

 食べ終えたら食器を食洗器に入れて、家族の分も合わせてスイッチを入れる。

 その間に、渚にどう説明をすればいいかと考えていたが、結局素直に起きた事を話そうと思う。

 渚も少し時間が経って冷静さが戻ってるはずだから、問題無いだろう。

 

「もう部屋に行くから寝るね。父さん達も寝るときは、ちゃんとテレビと部屋の電気消し忘れないでね」

 

 この前、リビングの電気付けっぱなしで寝た事があった(翌朝母さんがやけに艶々してたので恐らく()()()()()()()()()()()())ので、念のために一言添えてから、部屋に向かった。

 

 椅子に座って、背もたれにぐぅっと体を預けると、凝り固まっていた背中の筋肉がほぐれる感覚と共に、肩甲骨の辺りが小さく音を奏でる。

 渚がいつ部屋に来るか分からないし、先にお風呂──は出来てるか分からないし、シャワーだけでも浴びようかな。

 そんな事を考えた俺の機先を制す様に、部屋の扉からコンコンっとノックする音が鳴った。

 

『お兄ちゃん、起きてる?』

 

 どうやらずっと待っていたらしい。元よりそのつもりはなかったが、逃がす気はない様だ。

 

「いいよ、入って」

 

 俺の短い返事に、『分かった』と簡潔に応えて入ってきた渚は、前に部屋に来た時と同じ部屋着姿だった。

 

「椅子に座るか?」

「大丈夫、ベッドあるから」

 

 そう言って俺のベッドに腰掛けると、さっそく本題に入る。

 

「それでお兄ちゃん、さっきの事だけど」

「うん」

「さっきはごめんなさい。私、心配してたから色々取り乱しちゃってて……急に怒って変だったよね」

「あー……いや、こっちこそすぐに何があったか言わなかったから、お互いさまで」

 

 期待していた以上に渚は冷静になっていた。さっきのような夢見に匹敵する圧の強さは、もう微塵も感じない。

 

「あの後、よく考えたら男性物の香水の匂いだったって気づいて、本当にごめんなさい」

「もういいって、謝らなくて。大丈夫だから」

「ありがとう、優しいねお兄さんは」

 

 安心したように柔らかい笑みを浮かべる渚。

 最大の懸念事項があっさりと解決してしまい、拍子抜けしそうになるが、忘れてはいけない。

 渚は今見せている年相応の笑顔とは真逆の、いうなれば『裏の顔』の様な物を持っている。

 それがいつ表に出るか、分かったものではないのだから、渚が笑顔だから安全だなんて、絶対に油断してはいけない。

 

 そしてその考え方が非常に正しい事を、俺はすぐに実感する事になる。

 

「それでお兄ちゃん、今日は何があったの? 怖い人達と一緒だったっていうのは、本当なの?」

「あぁ。ゴルフ場に行こうと思って出かけたんだけどさ」

「帰ってきたときにケース持ってたもんね」

「途中で鈴鹿と、その取り巻きに会ってさ。ゴルフ場行ける感じじゃ無くなったから、急遽釣りする事になったんだ。男物の香水ってのは、取り巻きの一人がつけてたコロンだよ」

「…………え?」

 

 あ、まずい。

 何がまずいのかは分からないが、渚の地雷を踏んでしまったのだけは、今の反応で十分すぎるほどに理解できた。

 

「な、渚? 今の説明で何か変な事あったか?」

「お兄ちゃん、まだ()()()と付き合いがあるの?」

「あの人って──あぁ鈴鹿な。そうだけど?」

「なんで?」

「なんでって……友達だから」

 

 俺にとって至極当然の事を口にした、その途端に。

 渚の目が、鋭く俺を射すくめた。

 同時に腰を上げてズンズンとこちらに迫り、瞬きする間もなく俺を追い詰めてから、バンっと机を叩きながら言った。

 

「あの人とのせいで、お兄ちゃんがどんな目に遭ったのか、もう忘れちゃったの?」

 

 鼻が当たりそうな程の近さで。

 静かに説き伏せるような口調ではあるが、怒気がこもっている。

 

「……渚は、俺が鈴鹿と友達してるのは嫌なんだな」

「嫌とかじゃないよ、絶対にやめてほしいって思ってる」

「それ以上の拒否感か……」

 

 視界いっぱいに映る渚から気休めでも逃れるように、視線を床に向ける。

 

「夢見も嫌ってるし、俺の親友は身内に受けが悪いんだな」

「当たり前だよ。あんな人、お兄ちゃんに悪い影響しか与えないんだから。今日だって本当はゴルフ場に行こうと思ってたのに、出来なかったんでしょ? お兄ちゃんに迷惑しかかけてないじゃない」

「だけどな渚、俺は」

「私は、お兄ちゃんにもう()()()みたいな事が起きて欲しくないの!」

 

 努めて冷静さを保とうとしていた渚だったが、俺の煮え切らない返事に耐えかねて声を荒げた。

 

「人を殴ったり蹴るしか頭のない幼稚な人達と一緒に居たら、お兄ちゃんまで同じ人だって思われるんだよ? お兄ちゃんの将来にだって絶対に悪い影響しか与えないに決まって──むぐっ!?」

「渚、そこまでにしてくれ」

 

 これ以上言わせるがままにしてるとキリがなさそうだったから、両手で渚の頬を挟んで無理やり黙らせる。

 

 そのまま椅子から立ち上がって、渚の顔を掴んだままベッドまで運ぶ。

 不意の行動で困惑してるのか、渚は抵抗せず為すがまま、俺に押されながらストンっとベッドに腰を落とした。

 

「──んもぅ、急にこんなことしないで、お兄ちゃん」

 

 数秒前までの剣幕が嘘のように搔き消えた渚に、俺は視線を合わせて言う。

 

「渚が心配してくれてるのはよく分かった。それに、言ってる事も真っ当だと思う」

 

 確かにアイツの取り巻きは恐ろしい風貌の奴が多いし、不良たちがアイツを変にカリスマ扱いしてるのは事実だ。

 

「でも、アイツは渚が思うような不良ではないよ。だから、俺はあいつの親友してるんだから」

「お兄ちゃん、まだそんな事言って……」

「きっと、世間的には渚のいう方が正しいんだと、俺も思うけど。それでも、俺はあいつを俺なりにちゃんと見てるからさ。渚的には納得できないかもしれないけど……」

 

 右手で渚の頭に手を当てて、なだめる様に撫でる。

 小さい頃から渚を宥める時にちょくちょく行ってた仕草で、高校生になってからはすっかりご無沙汰だったが、渚は黙って俺の手を受け入れた。

 

「あいつじゃなくて、あいつを評価してる、俺の目を信じてくれ……って言い方じゃ、ダメかな?」

 

 我ながら苦しい理屈だと思うから、自然と苦笑いしつつの言葉になってしまった。

 それが渚にも伝わったんだろう、じーっと俺を見つめて数秒程黙ってから、最後にあきれた様にため息を吐いて、観念するように言った。

 

「もう、そういう変な言い訳ばっかり……私、お兄ちゃんをそんな風に育てた覚えないのに」

「いつ渚が俺の母親になったんだよ」

「同じようなものだよ──ほんとズルい、ずるいよ。これでもダメって言ったら私、お兄ちゃんを信じられないって言うのと同じになる」

「そうだな」

「……分かった、お兄ちゃんに免じて、我慢してあげる。でもその代わり、もう昔みたいに不良退治みたいな事、しないでね」

「あっ……うん。分かった、もうしない」

 

 この前『救済★病み俱楽部』の活動でやらかしたばかりだが、()()()しないと言ったので、嘘は言ってない。

 

「お兄ちゃん、なんか"やばっ! バレてる"って顔してなかった?」

「…………してない」

「本当~?」

「本当だって。どうしたら信じてくれる?」

「じゃあ、もっと頭撫でてて。私、まだ全然あの人と友達続けることに納得してないんだから」

「……了解しました」

 

 その後、不満たっぷりだった渚が満足して部屋を出るまで、ずっと犬や猫を撫でる様に渚を撫でまくるのであった。

 

 


 


 

 

「前から思ってたんだけど……アナタってもしかして、シスコン?」

「はぁ? まったくもって違うが?」

 

 週が明けて、月曜日。天気は曇天。例年並みの、過ごしやすい気温。

 今日もまた、咲夜と二人でお昼を食べている中、急に失礼な事を言い出した。

 

「いきなり何を言い出すかと思ったら……俺がシスコンなワケないだろ」

「嘘よ。だって会話の中で必ず話題に挙げるじゃない。妹がどうとか、渚がこの前とか。必ず妹を話題につなげてるし」

「え……そんな事、無いだろ?」

「自覚無いわけ?」

 

 バカな、それじゃまるでシスコンじゃないか。

 

「だからシスコンなのって聞いてるんじゃない」

「だから違うが??」

「……はぁ、もういいわよ。絶対に認めたくないみたいだから」

 

 何故かシスコンと断定されてしまったが、こちらの異議申し立てを全く聞く気の無い咲夜は、あっさりと話題を変えてきた。

 

「そんな事より、アナタ。今日は──」

「分かってる、今日も街案内だろ? 時間作ってるから、待ち合わせ場所は──」

「人の話は最後まで聞きなさい。今日はアナタじゃなくて、アタシが案内してあげる」

「なんだって?」

 

 もしかして今、咲夜が俺を何かに案内するって言ったのか?

 

「もしかしなくてもそう言ったのよ。何よ、いやなの?」

「嫌とかじゃなくて……何を案内するのか分からくて」

「そう、発想と想像力が乏しいのね」

 

 あんまりな言い様で泣きそうだ。

 

「先週はアナタから庶民の暮らしぶりを見せてもらったから、今度はアタシが貴族の暮らしを経験させてあげようってコト。どう、嬉しいでしょ? 感激で咽び泣いてもいいのよ?」

「……それは、凄そうだな」

「ふふ、言葉も出ないって感じね。良いわぁ、そういう反応が見たかったの。今日は綾小路家の"普通"を体験させてあげるんだから、今から覚悟しておきなさい」

「あ、あぁ……分かった。心構えだけはしておく」

 

 とりあえず、母さんに帰りが遅くなる連絡と、必要かは分からないが、念のためテーブルマナーだけはスマホで確認しておこう。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 かくして、戦々恐々としながら迎えた放課後。

 ここだけはいつも通り、学園外の待ち合わせ場所で咲夜と集合した俺は、そのまま咲夜が手配していた車に乗って、何処かとも分からない場所に運ばれるのだった。

 

 運転手はまさかの羽澄さんだったが、暗黙のうちに依頼の件は秘密にしておくべきという共通認識があったので、お互いほとんど初見という体裁で軽い挨拶だけ交わした。

 

 一体どこに行くのか、何も聞かないでいるのは流石に緊張が増すばかりなので、車内で咲夜に聞いてみたが、俺の様子が大層面白いのか咲夜は答える事はなく、ただニコリとしながら一言。

 

「着いてからのお楽しみよ」

 

 そう口にするばかりであった。

 非常に性格が悪い。

 プレッシャーが倍増する俺を乗せた車はそのまま首都高速に入り、あれよあれよという間に東京へ向かい、あっという間に目的地に到着した。

 

「ここは……もしかしなくても」

 

 到着したのは、東京駅から程よい近さに立つ、世界に誇る日本屈指の建物。

 高級品が並ぶ7階建ての、日頃ドン・フランキーで買い物を済ませる庶民には縁のない、正真正銘の百貨店『三轟(みつごう)』だった。

 

「アナタが最初に案内したのと同じね」

「いやいや、アレの完全上位互換だろ此処は……」

 

 一種の意趣返しとも言えるだろうが、ちょっと俺には敷居が高すぎる。

 

「緊張しなくたって大丈夫よ。アタシが居るんだから、堂々としていなさい」

「頼りにさせてもらうよ……」

 

 入ったことの無い高級百貨店での振る舞いなんて、分かったものじゃない。

 

「任せなさい、アナタに貴族の買い物がどういう物か、教えてあげるわ」

 

 咲夜は得意げに笑顔を見せると、羽澄さんを先頭にして三轟に入っていった。

 慌ててその後をついていくと、店内に入って早々に、従業員と思われる人が咲夜の前に立ち、

 

「お待ちしておりました、綾小路様。準備は出来ておりますので、どうぞこちらへ」

 

 うやうやしく迎えたと思ったら、そのまま店内の販売エリアではなく、奥の部屋に案内される。

 広々とした一室だ。壁はどこかの民族模様で装飾されていて、学園の理事長室にでもありそうなご立派なテーブルとソファと、これまた高そうな紅茶やケーキが用意されている。

 普通なら完全に場違いな空間に顔が引きつる所だが、部屋いっぱいに柑橘系アロマの香りがして、自然と気分が落ち着ていく。

 

 なるほど、こういう百貨店にも『応接間』みたいな物が存在するのだと分かったが、疑問が1つ湧いた。

 咲夜はここに買い物に来てるはずなのに、見たところ部屋に商品の類は一切見られない。

 緊張がだいぶ和らいだので、ソファで優雅に座ってる咲夜に聴いてみる事にした。

 

「綾小路、買い物するんじゃないのか? どうしてここに留まってるんだ」

「ふふ、何でひそひそ声なのよ」

「仕方ないだろ、普通の声量で喋って良いか分からないんだから」

「発言と発想が完全に小市民ね。借りてきた猫って、今のアナタみたいなのを指すのかしら」

「……事実一般庶民なんだから仕方ないだろ。それで、理由は教えてくれないのか」

「待ってなさい、すぐに分かるから」

 

 散々揶揄われた挙句もったいぶるな、と思った矢先に。

 部屋の扉がノックされて、外から店員さんがたくさんの服──しかもドレスだ──をハンガーラックに掛けて持ってきた。

 

「本日は社交界用のドレスということで、イタリアとドイツの老舗で新しくデザインされた物を中心にご用意しております」

「ふぅん。結構奇抜なデザインもあるのね……」

 

 そう言って咲夜はソファから立ち上がり、ドレスを一着ずつ見ていく。

 完全に蚊帳の外だが、その間に俺は咲夜の言う通り、すぐにこの状況が何なのかを理解して、納得する。

 

 そう言えば、百貨店には『外商』というサービスがあると、昔聞いた事があった。

 店内を見て回るのではなく、あらかじめ店側が客向けに商品を取り繕うというサービスだ。

 富裕層ってのはあらゆる時間をコストと考えて、いかに節約してお金稼ぐ時間に持っていけるかを優先すると、ネットニュースでも見たが……。

 

 まさか、買い物すら手間を省こうとするなんてな。

 日頃咲夜が言ってるが、なるほど確かに。

 

「どれも上物じゃない、流石ね。気に入ったから、全部買うわ」

「はい、いつもありがとうございます」

 

 ──これは『()()()()()()』ね。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 咲夜が全てのドレス購入を決め、羽澄さんが()()()()()()で決済を終え、店員さんが後日ご自宅へ郵送する旨を伝える。

 これら一連のやり取りが、まるでドラマや映画を見てるようだった。

 

「凄いな……物の買い方が根本から違うんだ」

「あら、今頃になって理解したの?」

「同じ学園に居るのが奇跡だって思えるくらいには」

き……奇跡。そう、そんな風に思ってるんだ……まぁ妥当よね! 当然の感想だわ!」

「っ!?」

 

 急な大声にビックリしつつも、心なしか咲夜も上機嫌に見えるので、俺の素直な感想にご満悦なのだと思うことにする。

 

「とにかく、貴族がどれだけ凄いかは今の買い物だけで充分に理解できたよ。まさか全部買うとは思わなかった」

「必要な物だけ買うって思ったんでしょう?」

「図星。気に入った物が何個かあって、その中で絞るのが庶民。全部買うのが貴族って事だ」

「正解よ。この手のドレスは幾らあっても困らないから。ストックが多いに越したことは無いの」

「スケールが違い過ぎだよ……」

 

 本当、どうして同じ学園に居るんだこのお嬢様。

 今更ながら先週、ありとあらゆる庶民向け施設を案内したのが恥ずかしくなってきた。

 

「あら、もしかして野々原アナタ、もう貴族の事を理解した気になってない?」

「え? ……いやいや、この上なく格の違いは思い知ったつもりだけど」

「甘いわね、銀座千疋屋のパフェより甘いわ。この程度がアタシの()()だと思われたら、心外よ」

「えぇ……?」

 

 これ以上、更に何を思い知れと言うんだ──当然の如く脳裏に浮かんだ言葉を見透かすかの様に、咲夜はドレスを引っ込めようとする店員さんに突如、声をかけた。

 

「それと、急な注文になるけど、もう一つ注文していいかしら」

「はい、如何しましたか?」

()用のスーツを、仕立てて頂戴」

「畏まりました。事前にお伺いいたしますが、フォーマル用ですか、それとも社交用でしょうか?」

「社交用よ」

「お召しになるのは昼でしょうか、それとも夜でしょうか?」

「そうね……両方で一着ずつに」

「スタイルとボタンの数は?」

()()()()()()()()イタリア風。ボタンの数は……今のトレンドはどうだったかしら」

「最近の流行は……2つが主流です」

「じゃあそれにして。パンツは細身で。きっと似合うわ」

「……かしこまりました。少々お待ちください」

 

 流れる様に交わされる会話の後、店員さんは俺を隅々まで見透かす様に見やってから、部屋を後にした。

 

「……ふふ、彼が居て良かったわね、野々原」

「あの、何が良かったって?」

「わざわざ3サイズを測る手間が省けたって意味。あの男の3サイズを測る眼は本物よ、アタシが保証するわ」

「すまない、そもそもの話、何をしようとしてるのかイマイチ飲み込めないんだが?」

「鈍いわねぇ。アナタ様に最高級のスーツを用意しようって言うのよ」

「あー、なるほど…………成程!?!?!?!?」

 

 決して聞き間違えではなく、突拍子もない事をいきなり口にしたなこのお嬢様!

 

「勘弁してくれ、俺にこの百貨店で売ってるようなスーツを購入できる金は無い!」

 

 私は貧乏人です!!!!!!

 なんて、告白するような物だが。

 実際、綾小路家から見ればそのままその通り貧乏庶民だよ。

 

「勘違いしてるみたいだけど、アナタが払う必要のあるお金なんて1円も無いわよ」

「え、借金ってこと?」

「馬鹿、そんなワケないでしょう。アタシが買うって事よ」

「え、あ、そうか……………………」

 

 買ってくれるなら、別にいいかぁ。

 

「いや待て、本気か!?」

 

 サラッと言われて流しそうになったが、とんでもない事を言われた。

 

「待ってくれ、そんな一方的にローン押し付けられても困るって」

「ローン? まさかアタシが押し付けると思ってるわけ?」

「違うのか」

「違うに決まってるでしょ。アナタのスーツをアタシが拵えてあげるの。態々言わせないで」

「それもおかしいだろ、何でわざわざ」

「愚問ね。アタシが買い物する姿を見せるだけが『体験』なワケないでしょう」

 

 フンッと慎ましい胸を張る咲夜。

 

「ほんの少しだけど、アタシ達貴族と同じ思いを味わう。それこそが綾小路家の提供する()()よ」

 

 咲夜が言い終わるのと同時に、先程の店員さんがまたもハンガーラックを引いて入室する。

 掛けてあるのは言うまでもなく、男性用のスーツだ。

 

「問題ないと思うけど、試着してみなさい。向こうに試着室あるから」

「あ、あぁ。分かった……」

 

 この状況になって断るなんて出来るわけない。

 結局この後、俺は今まで触れた事も無い手触りのスーツをタダで貰ってしまうのだった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 三轟を出て、再度綾小路家の車に乗って移動する中、咲夜は俺の格好を楽しそうに隅々まで眺めてから、満足げに言う。

 

「スーツ姿、結構似合うじゃない。元々アナタ、見てくれだって悪くないものね」

 

 咲夜がスーツを着たまま店を出ろと言ったので、言うとおりにしている。

 試着したのは昼用で、今着ているのは夜用だ。

 2着合わせて3桁万円の超高級品を買って貰っておいて、言う事を聞かないほど精神は太くない。

 

 少なくとも今日、このスーツを着てる間は、咲夜の意に反する言動はなるべく避けようと思う。

 

「ありがとう。馬子に衣装とか言われなくてよかった」

「言うわけないでしょう。このアタシの傍に立つ人間に、そんな事許さないわ」

「今後もこれを着て綾小路の隣を歩くっていうのは、プレッシャーに押し潰されそうで勘弁したいけど」

「……そう。でも、そのうち慣れるわ」

 

 絶対にそんな日は来ないだろうという確信を抱きつつ、俺は窓から外を見る。

 車はまたも首都高速に入り、神奈川県に戻る所だ。

 今日は曇り空だった事もあってか、18時を過ぎた空は普段よりも少しだけ暗くなるのが早い。

 

「今日はこの後、もう川國着いたら解散かな?」

「そうねぇ、時間的にもちょうどいいし、今日のところは──いえ」

 

 発言の中で何か思いついたのか、咲夜は今日一番の悪い笑顔を浮かべながら、俺に提案してきた。

 

「ねぇアナタ、帰りが少し遅くなるけど。最後にもう一つ、()()していくのはどう?」

「体験? 具体的には何を?」

「着いてからの、お楽しみよ。きっと楽しめると思うわ」

 

 ずいぶんと自信があるらしい。

 いうか、この子は基本的に何事においても絶対の自信しかないけど。

 

 元々家族には一番遅くて20時過ぎになるかもとは伝えてあるから、もう少しだけ一緒に居ても大丈夫ではある。

 貴族がたしなむ物が何か、純粋に興味があるのも間違いないし……せっかくだから、提案に乗ってみよう。

 

「分かった、じゃあ連れてってくれるか」

「決まりね。──羽澄、()()の用意をして」

「…………かしこまりました」

「……??」

 

 運転席の羽澄さんが、心なしか重苦しい声で返事をしたのが気になったが、わざわざ理由を尋ねる事でもないと思い、気にしない事にした。

 

 後から思えば、この時の僅かな違和感をもっと大事に扱うべきだった。

 そして、もっと世界史の授業を真面目に聞いておくべきだった。

 過去、歴史上の()()と呼ばれる者達が()()()()()()()()()()()()()()を知ってたら、もう少し察しがついたかもしれなかったのに。

 

 


 


 

 

「やめろ! やめてくれ!」

「がぁぁぁ……いてぇよ、いてぇ……」

「畜生ふざけんな糞が、ぶっ殺し──腕、腕がぁぁ! っ!?」

 

 車が止まって外に出た瞬間、視界の先には地獄が広がっていた。

 阿鼻叫喚、とはまさにこの事だろう。

 黒服の大人達が、俺と同年代の少年達──その風貌から鑑みるに不良集団だろう──を蹂躙している。

 

 ある者は角材、ある者はメリケンサック、またある者は……アクション映画で見るようなデカくてゴツい銃火器。

 全員が何かしらの武器を手に、不良達を一方的に圧倒している。

 

 当然、不良達だって負けじと応戦していくが、なにぶん数も武器も劣っているので、立ち向かった先からサンドバックの如くボコボコにされて、地面に倒れていくばかり。

 逃げようとする者には、バイクに乗ってる黒服がアッサリと追いかけて、手に持ってる武器でかまいたちの様に痛めつける。

 抵抗してもダメ、逃げてもダメ。ひたすら好き放題打ちのめされる。

 

 前に、俺と夢見がゴルフ場にたむろする不良グループを一掃した時があったが、今目の前で繰り広げられているこれは、その完全上位互換とでも言える様相を呈していた。

 

「どう? 楽しんでもらえてるかしら?」

 

 咲夜が声を弾ませながら、視界の先で傷ついていく不良を眺めながら聞いてくる。

 

「綾小路、これは何だ」

「キツネ狩りって知ってる?」

「イギリス貴族の娯楽、だったか」

「正解。その程度の教養はあるのね。良いわよ」

 

 この状況で知識を褒められても、何も嬉しくない。

 

「でも、一つ足りないから補足するわ」

「足りない?」

「えぇ、肝心な知識がね。キツネ狩りの"キツネ"、これが動物の狐だけを指してるワケじゃなくて、別の獲物を表現してるってコト」

「……ちょっと待て、それってつまり」

「察しついた? 頭の回転が速い所も美点よ」

 

 重ね重ね言うが、こんなタイミングで褒められたって何も嬉しくはない!

 むしろお褒めに預かった察しの良さのせいで、最悪の予測が立ってしまってるんだから。

 

「最初は本当に狐を猟犬と一緒に狩るスポーツだった。でも途中から狐の定義が変わったのよ。動物ではなく役職にね」

「役職?」

「狩りの対象が狐である必要性は無い。あくまでも娯楽で嬲れる相手が居ればいいだけ。それなら、見つけるのに手間が掛かる野生動物より、初めから居るのが確定してる方が遥かに効率的でしょ? だから当時の貴族はこう考えたの。もっと手軽かつ確実に用意できる物を"キツネ役"にしよう……ってね」

 

 ──あぁ、やめてくれ。

 

「その結果、狐狩りの"狐役"はいつしか動物から人に成り代わったの。それも人権や消耗を気にしなくても良い存在──つまり、奴隷にね」

「……悪趣味の極みだな」

「そうは思わなかったのよ、貴族はね。途中から世情が変わって禁止になったけど、それでも貴族の中で一度芽生えて刻み込まれてしまった()()()()()()()()()の楽しさは、けっして消えなかった」

 

 ──もう何を言わんとしてるのか、分かってしまう。

 

「ここは川國の港湾部。つまり綾小路家の再開発エリアで、アタシ達の土地になってるの」

 

 そう言えば、前にも聞いた事があった。

 綾小路重工主体で、港湾部の工業地帯で再開発事業が進んでいると。

 それこそ、咲夜の口から聞いた話じゃなかったか?

 

「それなのに、ここに勝手に住み着いて、あまつさえ所有権を主張する暴力的な連中が蔓延っている。それは困るわよね? ここの県警察はロクに仕事しない事で有名だし」

 

 悔しいけど全く反論できない事を言い出すな。

 

「だから決めたの。連中を奴隷(狐役)にして、人を狩りの対象に楽しもうって。その結果がこれよ」

 

 背筋が凍る。

 虫唾が走る。

 

「世間にとって何が起きても全く考慮されない存在。仮に何かが起きた所で、誰も文句を言わないし悲しまない、それどころか寧ろ称賛する人の方が多い人種。この街の不良はまさしく"狐"に最適ね。学園で静かにしてる分のストレスが程よく解消できて、こんなに都合の良い存在は無いわ」

 

 つまり、今俺の眼前で繰り広げられる光景は、現代に置ける『キツネ狩り(貴族の娯楽)』なのだ。

 綾小路家の事業で邪魔な存在であり、なおかつ世間で鼻つまみ者にされている不良を狐に見立て、駆除と娯楽を両立した、邪悪だが誰からも非難されない、司法の網を潜り抜ける貴族の娯楽。

 

「数年前にこの街で活躍した"不良退治"の二人組『川國のダークナイツ』から着想を得た、このキツネ狩り。()()()としての体験はどうかしら?」

 

 どうかしら、なんて聞かれたって答えは決まってる。

 この上なく、気分が悪い。

 

 しかし、俺にはその感情を咲夜に向かって吐露する資格がなかった。

 理由は2つ。

 

 1つは、俺は先日『救済★病み倶楽部』の活動として、依頼とはいえ同じ事をしてるから。

 もう1つは、咲夜の()()()()()の発想に、やはり2年前までの俺が関わっているからだ。

 

 自分のしてきた行為が、今まさに客観的に見たらどう映るのかを、まざまざと思い知らされているワケで──咲夜に『こんなのは間違ってる!』なんて戯言、まかり間違っても言える立場ではない。

 

「……あの黒服さん達が手に持ってる銃は?」

「当然、実弾じゃないわよ? ゴム弾とテーザーガン仕様、もっともゴム弾の方は銃弾以外は実銃と同じだけど」

「それ、銃刀法違反じゃないのか」

「そうかもね? でも、ここにはそれを取り締まる警察が居ない様だけど?」

「……そうかもな」

 

 確定した。

 確信を持った。

 

「綾小路、君が──()()()だったんだな」

「あっ知ってたんだ。──そうね、連中の中にアタシをそう呼ぶ奴がいるけど……心外よね? むしろ世間にとって邪魔な不良を排除してる、鬼とは真逆の存在なのにね? アッハッハッハハッハ!!」

 

 絶叫が飛び交う川國の夜空に、咲夜の恍惚に満ちた甲高い哄笑は一際耳に響いた。

 

 そんな、地獄の権化の中で。

 

 

 

「──来栖?」

 

 今、最も聞きたくない男の声が、片隅から聞こえてしまった。

 

 声がした方を見る。

 騒ぎの真ん中から僅かに離れた、街灯の光が届くか届かないかの境界線。

 

 呆然とした顔で、見知った顔を何人も引き連れたソイツの顔が見えた。

 

「──────鈴鹿」

「来栖──お前()()()()だったのかよ?」

 

 違う、人生最大の誤解にも程がある。

 だが悲しいかな。

 

 黒服と同じように()()()姿()の俺が、その誤解を晴らせる状況では無かった。

 

 




残り3話程で2章完結です。
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