今月の中頃までに追って更新します!!
「くーるーすーくーんー! どーいうこったー!?」
うるさいな、そういうこったよ。
……その過程で、自身に襲い掛かる黒服達を次々と半殺しにしながら。
金属バットを振りかぶってくる相手には、バットを掴んで綿あめのように握りつぶしてから破片を掴んで、唖然としてる相手の横っ面に突き刺した。
角材で背後から襲い掛かった相手には、角材が後頭部に当たるよりも早く、左足のバックキックで相手の鳩尾深くを抉った。
メリケンサックを付けた手で正面から正拳突きを狙ってきた相手には、素手の右拳をぶつけて、メリケンサックごと相手の拳をひしゃげて粉砕した。
咲夜曰く弾丸がゴム弾って事以外ほぼ実物らしい銃を構えてきた相手には、引き金が引かれる前に近くの黒服を引き込んで無理やり盾にしながら突進。目と鼻の距離まで詰めたら、ゴム弾を受けて気絶してる黒服の後頭部を掴んで顔面に叩きつけた。
30人以上も居た、身長190センチ前後の屈強な大人達。
不良達を"キツネ"と称して蹂躙していた狩人である彼らは今、たった1人の少年相手に、自分達こそがオオカミに駆り立てられる羊なのだと思い知らされていた。
「……噂以上ね、鬼住山鈴鹿。やっぱり
自身の兵隊である黒服達が次々と打ち倒されて、ジワジワと近づいて来てるというのに、咲夜は至極冷静な表情で呟く。
「綾小路、君は
今日、この場に鈴鹿が現れる事を。──言外にその意味を込めて尋ねると、咲夜は横目で俺を見ながら、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべながら答えた。
「さぁ、どっちだと思う?」
「──ッ!」
煽りにしては悪辣が過ぎる返事で、苛立ちが顔に出るのを抑えられない。
俺の表情がよほど見てて楽しいのか、咲夜は声を転がしながら更に言葉を続ける。
「そんなに怒らないの。これも貴族体験の一環なんだから」
「……鈴鹿を相手にする事が?」
「えぇ、そうよ。中学生の時点で高校生はおろか、大の大人や半グレすら恐れさせた鬼住山鈴鹿。そんな人間すら、貴族を楽しませる余興にしかならないって事を学ぶためのね」
どんなに強くても、所詮は単なる『庶民』であり『個人』でしかない。
貴族が持つ金と権力と立場を使えば、如何に強力な『個』であろうと圧倒的多数の『集団』には敵わない。
「生まれ持った『立場の違い』によって生じる貴族の余裕。どんな力自慢だろうと、数と質と権力の前では無力だって事を、アタシの隣に立って見て知る事。それがこの"キツネ狩り"を通して、今日最後にアナタに体験して貰う『貴族体験』よ」
「だとしたら、思惑が外れたな。君は見誤ったんだ、
「えぇ。そうね、確かにそれは認めるわ」
そう言って咲夜は自分の過ちを認め──否、認めるどころか
「最初はアナタにとっても伝説だっただろう人物を痛めつける事で、
前方で黒服達が傷つき苦しむ声が聞こえる中、咲夜は心底楽しそうに、貞淑な少女らしい笑い声を上げた。
「ふふふ! しかも、鬼住山鈴鹿の反応から見てたぶん──いいえ確実にアナタが、当時の
「綾小路、君って奴は……!」
「えぇ認めるわ。確かにアタシは見誤った。アナタ達の関係性をね? フフッ、あははは! こういうのを
最悪だ。
綾小路咲夜、彼女の人間性は、俺が思ってるよりも遥かにずっと──
俺と鈴鹿の関係性すらスパイスとして、この状況を心底楽しんでいる。
どうする。
俺と鈴鹿は間違いなく咲夜の手のひらで踊らされている。
鈴鹿に身の潔白を示して、誤解を解かないと、この先もっと厄介な事態に繋がりかねない。
しかし、鈴鹿の誤解を解くのは現状あまりにも無理難題が過ぎる。
俺はたまたま連れてこられただけ。
金髪鬼の仲間では無い。
ついさっきまで、咲夜がこんな事してたなんて微塵も知らなかった。
そんな
説得力の欠片も無いのだ、俺の置かれている立場は。
そのうえ、会話の内容は聞こえてないだろうが、アイツは黒服との戦闘中も常にこちらに視線を向けている。
俺と咲夜が
この後、鈴鹿が黒服全員を倒してその後に、一度も鈴鹿を助けようとしなかった俺が『違うんだ!』と騒いだ所で、果たしてアイツが納得するだろうか。
無理だ。絶対に聞く耳なんて持たない。
俺だって逆の立場なら信じる気にはならない。なるものか。
じゃあ例えば、今すぐ俺の目の前で愉悦に浸ってる咲夜の顔面を全力で殴り飛ばしたらどうだろう。
恐らくそれで鈴鹿からの誤解は解ける。瞬く間に、言葉も必要なく俺が置かれていた立場を察する位はしてくれる。
ただしその後は、綾小路家を敵に回す事になってしまう。港湾部の不良を次々と、司法を無視して蹂躙出来てしまう社会の絶対強者をだ。
そうなれば最後、鈴鹿が平気でも俺が破滅する。肉体的に殺されるか、社会的に抹殺されるか、あるいはそのどちらもか。
俺だけで済めば良い。この場合、家族も報復の対象になるのは容易に想像できる。
酷い、酷い話だ。
どう考えても、というか考えれば考える程、俺はただこうして呆然と立ち尽くしている以外に何もできないのだから。
何をやっても無駄になるか、今以上に悪くなる展開しか待ち受けていない。
「自分の立場が分かったみたいね? そう、アナタは今日一日そうしてきたように、アタシに全てを任せていれば良いの」
「……お言葉だけど、鈴鹿を止められる様には見えないんだが、どうするつもりだよ」
「怪物染みてる……というよりも鬼よね、名前通りの」
こうして会話してる間も、彼我の距離は縮んでいくし、黒服達も残りわずかになっていく。
正直言って、どうしたって鈴鹿の足が止まる事は無いだろう。
あと数分もすれば、鈴鹿の拳は咲夜──そして俺の顔面を砕いてるに違いない。
「……ふぅん、残念だけど。アナタに"キツネ狩り"ならぬ"鬼退治"を見せるには、時間が足りないみたいね」
焦る様子も無く自分のスマホに表示された時刻を見て、咲夜は残念そうにそう言ってから、
「そこまでよ!」
パンパンっと両手を叩きながら、残り戦力4人にまで減っていた黒服達に告げた。
胸倉を掴んで、既に気絶してる黒服を更に殴ろうとしていた鈴鹿は、その声を耳に入れると手を放し、服を整えつつ言った。
「何、もう終わり?」
「えぇ、遺憾ながらね。もう3分で
時間切れというのは恐らく、警察や付近の警備会社などへの根回しを指している。
流石に綾小路家でも、永遠に治外法権の所業が出来るワケでは無かったという事だ。
最もそれは、社会に根差してる咲夜側の都合であって、社会的に憚る必要性の皆無な鈴鹿にとっては無関係な話。
こんな中途半端な形で「はい、おしまい」なんて言われても、止まる理由なんか無い。
「3分間? 時間切れ? 何それ、ウルトラマンですかー?」
「いいえ、撤収時間よ」
「撤収って……お前さぁ。いや、
声の温度が急激に冷えていく。
同時に、鈴鹿が内面に抑えていただろう激情──怒りと、きっと俺に対する失望──が、一気に表層へと噴き出した。
「しれっと帰れると思うなよ?」
その一言だけで、鈴鹿を中心に重力が10倍にもなった様な『圧』を感じた。
久しぶりに間近で──しかも敵対側としては俺にとっても初めての、鈴鹿の殺意に、堪らず唾を飲み込んでしまう。
ここで帰すワケが無い。逃がすワケが無い。全員ブチのめす。
だから帰るな。ここに居ろ。そして死ね。
言葉にするまでも無く、自然の摂理とでも言わんばかりの空気を、一瞬で鈴鹿が生み出した。
その空気を完全に真っ向から受け止めてもなお、綾小路咲夜は全く怯むことなく、むしろ自分こそが『自然を越えた絶対法則なのだ』という態度で言い返す。
「いいえ、
「はい、お嬢様」
人差し指と親指で起用に指を鳴らしながら執事の名を口にすると、羽澄さんが控えに用意していた黒服数人と共に、俺達と鈴鹿の間に入ってきた。
今更初老の男性と、散々やられている戦闘員が数人増えた所で逃げる時間稼ぎにもならない。そんな表情を見せていた鈴鹿だったが、黒服達に
「……そう言う事する?」
苦虫を食い潰したように、同時にあれほど滾らせていた殺意すら消して、鈴鹿は言った。
無理もない、羽澄さんに続いて姿を見せた黒服達は、その手に拳銃(間違いなく弾も
黒服達の人数は4人。それら全員が、拳銃を向けて取り囲んでいるのは、俺も知る人物。
「ごめんなさい。鈴鹿さん……」
ネックレス沢山の神泉さん。
「俺等、こいつ等に脅されて……」
顔面ピアスだらけの蒲田さん。
「Bullshit……」
タトゥーがいかついボブ。
「来栖さんまで、どうして……」
そして、漁師で魚臭さを誤魔化すためにコロンを立ててる谷中君。
鈴鹿の取り巻きである彼らが、鈴鹿の一挙手一投足で生きるか死ぬかの状態に陥っていた。
「コイツ等がアンタとよく一緒に居るのは、先週のうちに調べが付いてたわ。来栖と一緒に街を散策してる傍らでね」
そこでいちいち俺との絡みをチラつかせるなよ。
「今日はコイツ等からの『助けて』って連絡でここまで来たのよねぇ? そんなに大事なモノがこれ以上
納得した。咲夜が谷中君たちを捕らえて、ワザと鈴鹿を呼び寄せたのか。
そして鈴鹿の"鬼退治"が失敗した今、自分に危害を加えさせない人質としても利用している。
さっきも言ったが、本当に咲夜が絶対法則の様だ。
俺と鈴鹿達の絡みを知らなかった辺り、咲夜の言う『調べ』は先週の平日の内に行われてたんだろう。
俺と一緒に『庶民の暮らし体験』を楽しんでいたあの時間すら、今日こうして愉悦に浸る為の準備をしていたんだ。信じられるか?
そして、その準備の全てがことごとく、咲夜の思惑通りに事態を動かしていく。
あれだけ無双していた鈴鹿ですら、今はもう咲夜に逆らえないのだから。
圧倒的な暴力が、言葉と根回しによって、完璧に封じ込められたのだ。
「ふふふ、あ~気持ちが良いわぁ。さっきまであんなにアタシを殺そうとしてたのに、今は仲間を殺さないでって顔してるんだから! ねぇ来栖、アナタは今どんな気持ち?」
場を完全に掌握した、神の気分で咲夜は全方位を煽り散らかしていく。
悪意まみれのタイミングで話を振られた俺に出来る事は、ただひたすらに無言を貫く事だけ。
そんな些細な、些細
ついには時間が迫ってると言いながら、鈴鹿に聞かれても無い自語りすら始めた。
「アンタと来栖が中学生時代にしてた事、調べれば調べる程、面白かったわ。庶民にしては大それた事をするんだって」
「そりゃ、ドーモ。じゃあ何、この悪趣味なのは全部、オレと来栖のモノマネって?」
「上位互換よ。よりスケールを大きくしたの。人数と規模、そして対象をね」
「俺と来栖はあン時、お前みたく楽しんでたワケじゃねんだケド?」
「どうかしらね。なんであれアタシの行為を、アンタは非難できないわよ。だって、アタシは『川國のダークナイツ』を参考にしたんだから。アタシのした事に何を言っても、自分に返ってくるだけだもの!」
再開発に伴い、このエリアにたむろする不良を排除する必要があった。
その排除方法に"キツネ狩り"を選んだのは、咲夜の判断だったが。
"キツネ狩り"の発想の元が、当時の俺と鈴鹿の行動だと言うなら。
何だよ、じゃあつまり咲夜はこう言いたいのか。
不良達が蹂躙されるのも、俺や鈴鹿や谷中君達がこんな状況になってるのも全部──、
「
──ロジハラ、ここに極まれり。
まさしく『ぐぅ』の音も出ない屁理屈の羅列に、とうとう誰もが閉口した瞬間。
「アハハハハハハ! アハハッハハハハッハッハッハハハ!!!!」
完全勝利を嚙み締め堪能し尽くした咲夜の哄笑が、川國の夜空に何処までも響き渡った。
「……ただいま」
「おかえり~随分と遅かったけど、何処に──って、どうしたのその恰好!? 制服は!?」
帰宅して早々、廊下を歩く母さんにスーツ姿を見られて驚かれるが、あいにく今日の俺に事情を説明する気力は無かった。
「制服はカバンに入れてる……ごめん母さん、ちょっと今日は色々あってさ。また明日説明するから、もう寝させて」
「えー、夜ご飯は? 食べてきたの?」
「食べてない。けど、結構おなか一杯。遅く帰って来た上に勝手言ってごめんなさい」
「うぅん、大丈夫だけど……ねぇ顔もすごい疲れてるよ? 病院とか行かなくて平気?」
結構変な事ばかり言ってるのに、ひたすら具合を心配してくれる親のありがたみを噛みしめながら、せめて少しでも安心させようと、無理やり笑って見せたりした。
「純粋に疲労感極まれりってだけだから。明日にはいつも通りだよ、心配してくれてありがとう」
そう言って、俺は普段の倍以上に鈍重な足で階段を上がり、自分の部屋に入った。
「……はぁ」
3桁万円もする高級スーツを雑に脱ぎ捨てて、下着姿でベッドに飛び込む。
柔らかい布団に全身を預けて、そのまま深淵まで沈んでしまえば──そんな事を考えてしまう位には、もう精も根も尽き果てている。
出来るものなら、例え渚や母さんに叱られるとしても、部屋の電気付けっぱなしのまま眠ってしまいたい。
でも、脳裏に刻み込まれた今日の凄惨な光景が、俺を安易に睡眠という逃避に走る事を許してくれなかった。
『あー楽しかった。それじゃあアタシ達は帰るわね。お前達、撤収よ』
散々笑い転がした後、咲夜は控えに用意してた撤収用の黒服達を使い、鈴鹿に倒された奴らの回収を命じて、念を押す様に言った。
『
『…………』
多分、いっぱい言いたい事はあっただろう。
それでも、鈴鹿は人質にされた谷中君達のために精一杯無言を貫いた。
屈辱に歪む顔っていうのがどんな物か、親友の顔で知りたくなかったな。
それでも、どうしたって我慢出来なかったんだろう。
咲夜に急かされて車に乗ろうとした俺にだけ、最後鈴鹿は言った。
『来栖。
あーあ、と心から思ったよ。
きっと明日にでも
その後、谷中君達は咲夜の言う通り途中にある倉庫群の中で車から降ろされて、咲夜の指示で一人一人に羽澄さんから『自立できる程度のふくらみ』がある封筒を手渡された。
『今日はご苦労だったわね。それは、アタシからの慰謝料だと思ってくれて良いわよ。好きに使って』
これも一種の分裂工作とでも言うのか。
労い、慰謝料という詫びの感情を匂わせる言葉を使い、拒絶するのが躊躇われる程の現金を与える事で、咲夜は鈴鹿の仲間であり、純粋な被害者だった4人を、自分の駒という扱いに変えてしまった。
車内ではずっと俺や咲夜を睨んでいた彼らは、咲夜からの思わぬ言葉と確からしい謝意
幾らか躊躇うしぐさや言葉こそあったが、最終的には現金入りの封筒を拒めずに受け取り、トボトボと薄暗がりの中に消えていく谷中君達の背中を見て、咲夜は言った。
『庶民は高位に立つ者が少しでも寄り添ってくれると感じたら、簡単に絆される。『共感』は人の心を動かすのに便利……アナタの教えてくれた通りね、来栖?』
人が教えた事をここまで活かしてくれちゃったら、一周回って面白過ぎて笑っちゃいたくなる。
ホント、人との思い出や時間、経験を悪用するのに長け過ぎてるだろ、あのお嬢様。
高飛車なお嬢様が庶民の情緒を知って、かえって悪辣になっちゃった。
『共感を教えてくれたお礼に、
あまつさえ、最後に咲夜は今日一日を振り返るのにも相応しい、最悪な一言を賜ってくれた。
『
「本当に、悪辣すぎる」
依頼がキッカケとはいえ、そんな悪辣お嬢様綾小路咲夜の友人をしている俺もまた、現状は最低最悪なお仲間の一人だ。
咲夜に『庶民』を教え、『共感』を学ばせ、『鈴鹿の相棒』という娯楽にすらなった。
勘弁してほしい、どうしてくれる。これで鈴鹿と絶交にでもなったら、俺の数少ない交友関係が更に乏しくなってしまうじゃないか。
ハッキリと、咲夜の行為に対して嫌悪感を抱くべきだ。
あんな最低なお嬢様の『友達』でいる事に、もう耐えられないと拒絶すべきだ。
俺はあんな非道な貴族とは違うんだと。こんな事になるとは思ってなかったんだと。
どこまでも『他人事』として処理してしまえば、少なくとも気休め程度には、俺の気も晴れるに違いない。
だというのに、最も楽になれる方法が明示されているのに。
あぁ、これは一体、どういう事だろう。
俺はどうも、
それどころか、認めたくもないし考えたくもないけど、本当の本当に嫌だが、どうにも今回の咲夜の一挙手一投足──つまり谷中君達をお金で黙らせた事や"キツネ狩り"含めた悪辣な行為全てに、あろう事か
病んでるのか、馬鹿なのか、狂ってんのか。
そう言って自分の気持ちを否定しようとすればする程、さながら恋心の如く、責任感が強まるばかりで止まらない。
「あー、もー! なんだって言うんだよ!」
どうしてこんな気持ちになってしまうのか、分からなければまだ良かったのに、優秀な俺の感情処理能力は、頼んでもいないのに原因を的確に突き止めてくれた。
『なんであれアタシの行為を、アンタは非難できないわよ。だって、アタシは『川國のダークナイツ』を参考にしたんだから。アタシのした事に何を言っても、自分に返ってくるだけだもの!』
鈴鹿を抑え込むために咲夜が放ち、密かに俺にも深々と突き刺さった言葉。
これだ。これが最上級の呪いとなって、俺の良心みたいなものを物凄いスピードで浸食し、呵責という蝕みを与えている。
咲夜が口にした『悪いのは全て鈴鹿』という結論は、否定出来ても。
咲夜が『当時の俺と鈴鹿を参考に"キツネ狩り"という暴挙に走った』という過程は、どう言葉をこねくり回しても否定できない。
俺達があんな事をしてなきゃ、もしかしたらもっと平穏な方法で咲夜は再開発エリアの不良を立ち退かせていたかもしれないんだから。
仮に結局咲夜が"キツネ狩り"と同じ発想に至ったとしても、そこに俺や鈴鹿の行動や思想が挟む余地は無く、純粋に否定し拒絶出来る。
「だからって、俺が悪いだなんて、思わなくたって良いじゃないかよ……」
自分にそう愚痴っても、この気持ちは変わりそうにない。
あぁ、分かった。分かりましたよ、認めます。
俺は今、猛烈にどうしようもなく、咲夜の行動に責任感なんて覚えてしまってて。
何があっても、咲夜の暴挙と誤った考えを、止めたいと思っています。
あぁ──凄いな。認めてしまって、何かしようと決意してしまった途端に急に心が楽になりやがった。
「かといって、俺に何か出来る事が、到底あるとは思えないんだがな……」
芽生えてしまった決意はしかし、あまりにも非現実的。
俺から生まれるアクションで、咲夜の気持ちを大きく動かす事は現状不可能に等しい。
だから、何かを待つしかない。咲夜の常識や観念を大きく揺るがすようなデカい事が起きて、俺の言葉を耳だけじゃなく性根にまで刻み込めるチャンスを。
──となれば、期待できるのはただ一つ。
「……鈴鹿、勝手なこと言って悪いけどさ。派手にやってくれるのを待ってるよ」
出来れば、致命的な何かが起きない程度に──だなんて、本当に身勝手な事を願いつつ、俺は感情の処理が完了して気がようやっと収まったのか、その後は電気を付けっぱなし、ベッドにうつ伏せのまま下着姿で寝落ちてしまった。
その後、夜中にトイレに行った渚に、部屋の明かりが付けっぱなしのまま寝てるのがバレて起こされ、ちゃんと怒られました。
……とまぁ、身体(と家計)に悪い眠り方をしたからだろう。
普段よりちょっと寝つきも寝ざめも悪くて、翌朝はアラームが鳴ってもなかなか目が覚めなかった。
具体的には、家族全員が朝食の用意を済ませている時間になっても、全く起きられない程。
そのせいで夜中に続き、今朝も渚に起こされた。
耳元でフライパンとお玉をガンガン鳴らされ、強制的に起こされた後は『遅刻しちゃうから早く顔洗って着替えて!』と無理やりベッドから立たせて、腕をひっぱられながら2階の洗面台にまで連れてかれる始末。
まるで母親みたいだなぁ、なんて他人事のように思いながら冷たい水で顔を濡らすと、鈍重極まりなかった思考も幾らかマトモになってくる。
それが良くなかったのか、今朝の渚が母親みたいなのも確かにそうだが、俺も俺で大概、幼い子供みたいだ……なんて事を考えてしまった。
中途半端に覚醒した意識で変な発想に至ったのが祟ったか、つい渚に『このまま着替えも手伝ってくれるか?』なんて普段なら絶対言わない事を口をしてしまった。
流石に怒られるか──そう気構えていたが、当の渚は少しだけ沈黙した後、無言のまま俺のパンツに手をかけようとしたから、驚愕と共に完全に意識が覚醒出来たのであった。
そんなドタバタ劇が朝から繰り広げられたのもあって、朝食は普段より時間が無くて忙しなく、昨日の夜に何があったのか、母さんや父さんから問い質される事は無かった。
家を出る時、玄関で渚にニヤニヤしながら『お手々繋いで学校行く?』と揶揄われてしまったが、その程度で動じる俺では無い。
確かに今朝は渚が居なきゃ寝坊してたし、前の夜も下着姿で眠ってたら風邪をひくかもしれなかった。仮にも家族構成では『兄』に位置する立場の人間が、朝っぱら妹に起こされ、妹にベッドから立たされ、妹に腕を引かれて顔を洗い、あまつさえ着替えまで委ねてしまいそうになったのは、兄として沽券に関わる失態だった。
渚が俺の発言をネタにして、家を出る時まで『幼い子供の世話をする母親』ムーブで揶揄ってくるのだって、無理もない話だろう。
別に構わないとも、俺が情けない姿を見せてしまったのは事実なんだから。渚の挑発に乗って怒ったりすれば、それこそ恥の上塗りだ。
だから、ここは素直に渚の提案に乗ってみる事にする。
咄嗟に渚の手を繋いで『ママと行ってきまーす!』と普段より高めの大きい声で言ったら、リビングから聞いてた母さん達が大笑いして、家庭は笑いに包まれた。良い事だよな。
なお、思わぬ反撃を受けた渚は顔を真っ赤にしながら、俺の手を振りほどいて『お兄ちゃんの意地悪!』と負け惜しみを口にしつつ先に玄関を出て、脱兎の如く走って学園に向かっていった。
「ふふ……勝った」
事故に遭わない事を心配しつつ、走り去る渚の背中を見ながら、勝利の余韻に浸りつつ呟くと。
「はいはい、来栖も子供みたいなことしないで、早く行きなさい」
「イテッ」
いつの間にか背後に居た母さんに聞かれて、こつんと小突かれてしまった。
まぁ、今朝は痛み分けって事にしておいてやろう。
そう結論づけて、俺も急いで学園に向かった。
何とか遅刻4分前に校門をくぐり、教室に到着する事が出来た事に安堵しつつ、自分の席に着くや否や、
「おはようございます。今日は珍しく遅刻しそうでしたね」
昨日とは全く違う
一体誰のせいで遅刻しそうになったと思ってるんだ──そう言いたくなる気持ちをグッと堪える。どうせ分かった上でワザと言ってるんだから。
「お陰様で。昨日は凄い物を見せられたから」
「そうですか。それは
果たして本心か嫌味か、判断に迷うところではあるけれど、ここも無理に言い返す事だけは控える事にします。
その代わり、軽い注意喚起を。
「言っておくけど、
「あら、心配して頂けるなんて、優しいんですね」
分かっていたけど、全く意に介する様子はない。
たとえ鈴鹿が何かしらの報復行為に出たとしても
「とにかく俺が言えることは、鈴鹿はきっと、君や俺の予想を超える行動を取るだろうって事だから。それだけ」
「まあ……彼の友人であるアナタが言う事ですから。無下にはせずに、心の隅には置いておきましょうか」
「そうしてくれ」
これで、俺の方から言うべき事は言った。
あとは、鈴鹿がド派手にやらかしてくれるのを待つだけ。
──なんて、ちょっと期待みたいな物すら抱いてしまったのが駄目だったのか。
──