『ね、ねぇ、なんかちょっと外おかしくない?』
最初に困惑する声で言ったのは誰だったか。
その言葉に釣られてクラスの皆がわらわらと窓際に寄って、にわかに騒ぎ始める。
本来、窓際の席である俺は容易に外の様子を確認できるハズだが、窓と机の間にも次々クラスメイトが入って来るものだから、何が起きてるのか分からない。
だけど、直観って言うのかな。何となく、今外で何が起きてるのか予想が付いてしまった。
そんな俺の考えに呼応するように、俺のポケットにしまってるスマホが振動する。
何度も小刻みに揺れるのは、Rhineやメールの通知ではなく、着信の場合だけ。席を立ってクラスメイト達の喧騒から距離を取ってからスマホを確認すると、画面に映るのは『小鳥遊 夢見』の文字。
すぐに電話に出ると、最近あまり聞かなかった従妹の、珍しく焦った声が耳に入った。
『お従兄ちゃん! 外見てる!?』
「いや、何か起きてるのは分かるけどまだ見てない」
『大変! 大変だよ! あの人がヤバそうな人ゾロゾロ連れてきて、
夢見が言う
直観はたった今、確信に変わった。
「そっか。やっぱり、アイツは期待を裏切らないね」
『お従兄ちゃん、何かしってるの? あの人元から頭おかしいけど、今日はちょっと輪をかけておかしいって言うか』
「夢見、1つ頼みがある」
慌てふためく夢見の言葉をさえぎって、俺は今のうちに1つ釘をさしておく。
『何? どうしたの?』
「この後、何が起きても夢見は絶対に教室から出ないでくれ。良いな?」
『お従兄ちゃん、何でそんな事言うの? 何をしようとしてるの?』
「何が起きるかはこの後次第だけど。とにかく、絶対に教室から出ない事。約束できるか?」
普段よりもずっと強めの語勢で夢見に約束を迫る。
唐突な展開に加えて、要領を得ないお願いごとに困惑と混乱する夢見だったが、
『ん~よく分かんないけど、あたしも巻き込まれたく無いし、お従兄ちゃんが出るなって言うなら、出ないよ?』
「ん。ありがとう。じゃあそろそろ先生来そうだし、いったん電話切るよ」
『え。あちょっとおにぃ──』
ぶつっと電話を切ってから、俺は改めて窓際の喧騒に混ざっていく。
電話している間に、どうやら咲夜は窓から何が起きてるか確認できたらしく、急いで俺の元に駆け寄り小声でまくし立ててきた。
「ちょっとアナタ、アレ、どういう事よ」
「綾小路、素が出てるけど良いのか」
「どうせみんな窓の向こうので気付きゃしない──そんな事今は良いから、あの状況を説明しなさいって」
「説明も何も、俺はまだ外で何が起きてるかハッキリ見ていない」
「だったら早く見て、あんなのおかしいわよ!」
そう言って、俺の背中をグイグイと押す咲夜。
勢いに逆らわず、そのままクラスメイトをかきわけて窓にたどり着くと──。
「成程……そう来たかぁ」
視界の向こうに映る景色に、納得と呆れ両方の感情が出てきた。
納得は、ここから見える校庭に、鈴鹿の姿があった事。
何か事を起こしてくるのは分かってたし、中学時代の鈴鹿の行動を振り返ると、一番やりそうな事が『直接、相手の本拠地に向かう』だった。
なので、咲夜が日中確実に滞在している学園に乗り込んで来る事、それ自体は何にもおかしくないし、予想通りの展開だった。
では、呆れてしまったのはどうしてか。
単純な理由で、乗り込んできたのが鈴鹿だけでは無かったから。
谷中君達、取り巻きの4人が一緒に来たって位ならまだ呆れる事は無い。
この前の様に、十数人ぞろぞろ鈴鹿の後ろに付いてくる位は普通だし、今回のキツネ狩りの被害者がこぞって集まるなんて事も、予想の範疇だ。
今回、鈴鹿が連れてきたのは、
不良映画でもこんな大人数で他校に攻め入る事は無い……いや、あるかもしれないけど、それこそ漫画やドラマ級にスケールがデカい事を現実にしてしまう鈴鹿のカリスマに、ビビるより先に呆れてしまった。
確かに生徒達も騒ぎになるよ、普段全く縁のない──というか意図的に避けてる怖い風体の男たちが、マンモス校である
今にも学園の中に雪崩れ込んできたっておかしくない、そんな状況の中、平然としている方がおかしい。
『あ、先生だ!』
またクラスの誰かが口にしながら差した指の方を見る。
すると確かに、3人の屈強な先生が不良集団の方へ臆せず進み、トップに立っている鈴鹿に向かって何かを口にしている。
このまま先生たちが解決してくれるかもしれない──固唾をのんで見守る生徒たちの胸中で俄かに生じた淡い期待はしかし、数秒後、先生たちが瞬く間に鈴鹿に蹴り飛ばされた事で悲鳴と共に砕け散った。
「おいおい、ヤバいってこれ!」
「どうなるの、警察に電話しないと!?」
「誰か電話しろよ!」
「つながらない! さっきから何回かけてもずっとダメ!」
「ドアカギ閉めなきゃ! 乗り込んできちゃう!」
「じゃあお前が早く行けばいいじゃん!」
「カギ閉めたってガラス割って入ってくるだけだよ! 早く裏門から逃げる方が良いって!」
大人である先生が相手にならない現実を前に、生徒たちの不安は一気に加速していく。
それは一部始終を見ていたどのクラスでも一緒のようで、廊下から他クラスの生徒たちの阿鼻叫喚が聞こえてくる。
パニックがいよいよ限界に達してしまいそうな、その瞬間。
『あー!!! あー!!! 本日は晴天なりけり。ありおり侍りいまそかりー!!!!』
拡声器の音量をマックスにした鈴鹿の声が、窓を貫通して教室の中にまでガンガンと響き渡った。
『綾小路咲夜ァ!
鶴の一声、とはまさにこの事を正に言うんだろうか。鈴鹿が咲夜の名前を口に出した瞬間、あれだけ喧騒に満ち溢れていた教室の中が一気にスンッ……と静寂に包まれた。
同時に、クラスメイト達の視線が一気に、俺の隣に佇む咲夜へと向けられる。
「え、綾小路さん? なんで……」
「どういう事? 不良達と何の関係があるの?」
「狩りって言った? 何のことだ、狩りって、狩猟の事だよな……」
「綾小路さん出て来いって言ってるし、出て貰った方が良いんじゃない???」
瞬く間に教室内に蔓延り始めた、咲夜に対する懐疑の視線と空気。
「えっと……私も、何が何なのか……」
まさかの展開に流石の咲夜も動揺を隠せないのか、言葉はわずかに震えている。
それでも、一応は清楚嬢様モードを崩していないんだから、大したものだと思う。
「うぉ、おい!?」
咲夜は誤魔化す様に早口でそういうと、さっと俺の腕を掴み、問答無用で廊下まで引っ張る。
ざわざわと騒がしい廊下を咲夜に連れられて、無人の少人数教室に入るとようやく腕を放す。
今日は引っ張られてばかりだな──そう思ったのもつかの間、咲夜が捲し立てる様に言った。
「アイツ何を考えてるの? 朝からあんな大人数でやって来るなんて、正気なの!?」
「正気を疑うのは……確かにそうだけど」
事情を知ってる人間が言うならお前が言うなと口にしたくなる発言だったが、鈴鹿の行動が常軌を逸してるのは正しい。
普段自分を『不良じゃない』『一緒にするな』と公言してるのに、その不良達を引き連れてるってだけでも異常な事だが、何よりもあの数。
幾ら咲夜が定期的にキツネ狩りをしてたからって、その被害者だけであんな人数にまで膨れ上がる事は無いだろう。であれば、あの300人以上の人員はきっと、
「川國だけじゃなくて、たぶん隣の市や町からも……いや、東京や埼玉千葉方面からも引き連れてるな、あれは」
「どこから来た
「何をしに来たって、最初に鈴鹿がメガホンで言ったじゃん。昨日の借りを返しに来たって」
「借り? じゃあ……今度は逆に不良達を使って、
「"キツネ狩り"の主催者がこの学園だったら、その可能性もあったんだろうけどな。アレはあくまでも綾小路、君の判断で行った事だろう?」
「だったら……え?」
話す途中で、咲夜も察しがついたらしい。
そう、鈴鹿はあくまでも咲夜1人に対する報復として、あの大人数を引き連れてきた。
だとすれば、鈴鹿の目的は──、
「君だけを。袋叩きにしたいんだ」
「──ッ!?」
咲夜の表情が引き攣る。
たった1人。そのためだけに、これだけの人数が動いている。
300人以上の敵意が全て、余すところなく自分に向けられているという現実は、彼女の中に恐怖を芽生えさせるのに充分だった。
「流石貴族、ヘイトの集め方も庶民の比じゃないな」
「──ば、馬鹿じゃないの! 何も面白くないわよそんなジョーク!」
「俺の今の発言はジョークだけど、
「あ、アタシを傷つけようなんて、そんな事してタダで済むと思ってるワケ!? アタシは綾小路なのよ!?」
「もちろん、タダで済むなんて誰も思っていないんじゃないか」
「だったら何で」
「関係ないんだろう、
鈴鹿と、鈴鹿に従ってる連中にとって、相手が社会的にどんな立場なのか、そんなの関係ない。
「君1人、叩きのめす事が出来れば、その後は成り行き任せ。そんな思考だと思うよ」
「…………あり得ない、それだけの為にこんな事するなんて」
「それについては同意する。こんな無関係な人間ばかりの場所で仕返しなんて。時と場所を選ばなすぎだ」
「そこじゃないわよ、このアタシを傷つけようとする、それ自体があり得ないんじゃない!」
「何で? 連中が君に報復する理由はあるでしょ」
「キツネ狩りが理由って言いたいのね? ハッキリ言うけど、それこそ逆恨みにも程があるわ。元々港湾地区に勝手に居座って、再開発の邪魔をしてたアイツらが悪いんだから」
「……うん。元々の原因は確かに向こうにあるけどさ」
「もう何でも良いわよこうなったら。さっさと警察を動かして、アイツらみんな少年院か刑務所にぶち込んでやるんだから」
そう言って、咲夜はスマートフォンを取り出した。
「正直、少しだけ驚いたわよ。鬼住山鈴鹿、喧嘩で名前を上げただけあって、馬鹿共をまとめるのだけは立派ね」
「警察を呼ぶのか?」
「見てなさい。たとえ何人束になったって、アタシの一存でどうにでもなっちゃうんだから」
先程の恐怖は早くも薄れたのか、あるいは精一杯の虚勢か。見かけ上は余裕綽々といった様子で、誰かに電話を掛ける。
相手は何となくだが、執事の羽澄さんじゃないかな──そう思ったら正解だった。
「羽澄、アタシよ。こっちの状況は確認できてる? ……そう、流石ね。だったらさっさと警察でも機動隊でも動かして、連中を片付けなさい。アイツらどうせこの辺の不良と半グレばかりだし、問答無用で────────は?」
どうせすぐに事態は収まる。
そう高を括っていた咲夜の声が、裏返った。
「な、なんでよ、警察は動けないってどういう事!? いくらここの警察が無能ばかりだからって、300人以上も不良が集まってる場所に誰も来られないなんて、ありえないでしょ!?」
羽澄さんから何を言われてるのか、咲夜の言葉から推測するほか無いが、咲夜の思惑を大きく外れた展開になってるのだけは、間違いなさそうだ。
「警察なんてどこからでも呼べるじゃない!? 東京でも埼玉でも、どこからでも──あぁもう、さっきから出来ない言い訳ばかり! 早く何とかしなさい!!」
最終的に、咲夜は怒りのまま羽澄さんに命令だけして電話を切ってしまった。
「……羽澄さんは、なんだって?」
「──っ!!」
電話する前の余裕はどこに消えたのか、スマートフォンを握りしめる咲夜の眼は、露骨に焦燥感で揺れていた。
「警察が、誰一人こっちに来られないって言うのよ。ありえない……あり得ないわ」
「誰一人って…………いったい何が」
「
「……マジかよ。神奈川だけの話じゃなくて?」
「人の多い駅前や公園で集会開いて大騒ぎですって。東京、千葉埼玉、群馬や栃木……当然、
首都圏に限らず、関東周辺の──ちょうど鈴鹿が川國に戻ってくる前に回っていただろう地域の不良が、一斉に行動を起こしていた。
「あと、高速道路でバイクが集団暴走までしてパニックらしいわ。一体いつの時代の話を聞いてるか、耳を疑うわよ!」
時代錯誤については、中世貴族の悪趣味な行為を再現した咲夜が言えたことではないと思う。
関東周辺の不良達がこのタイミングで暴れだすなんて、偶然で片付けていい物じゃ無い。
鈴鹿の声が掛かってる事は確実だが、とすればアイツは今日、いったい何人を動かして──、
『いい加減に姿見せろや綾小路咲夜!!!』
『いつも見たく兵隊ゾロゾロ出してみろよ!!!』
『待ったってサツなんか来ねえぞ!』
『何ならこっちから探してやっか!?!?』
「──ひっ」
「うぉ、遂に騒ぎ始めたか……」
いけない、鈴鹿がどこまで声を掛けて何人動員させたかなんて、今は考えてる場合じゃない。
痺れを切らせた不良達が、こぞって咲夜に対する脅し文句を叫び始めた。
中には今にも学園に乗り込もうとしてる奴もいるし、このままだと本当に校舎に乗り込んで、ただでさえ既に大問題なのが、もっと取り返し付かない事態に発展しかねない。
かといっても、事の発端である当の咲夜はと言うと。
「な、なんだって言うのアイツら……警察は何で来ないのよ、アタシがどうなってもいいの!?」
本来なら家の力で動かせるはずの警察組織は、関東全域で発生した不良や暴走族の対処に追われ動けず、仮にここが公衆の場では無かったら使えたかもしれない黒服達も、教師や一般生徒でひしめく学園の敷地内では動員出来ない。
極めつけは、大人数からの敵意と悪意を現在進行形で一身に浴びるこの状況。
お金の力で何でも思う様に出来た彼女が、今この瞬間においては、思い通りになる物が何一つとしてない。
生まれてから今日までお金持ちのお嬢様として、蝶よ花よと愛されて生きてきた彼女の人生において、一回も経験したことが無かった事態に、半ばパニック状態に陥っている。
果たして、こんな状態になってどうすれば一番犠牲が出ない方向で事を収められるのか──僅かな猶予しか残されない中、針の穴よりも更に小さい最善策を模索しようとした俺のポケットが、またも着信を告げるバイブレーションで細かく揺れた。
もしかして──なんて予想するまでも無く、この状況とタイミングで電話を掛けてくるのはアイツしかいない。
取り出したスマートフォンの画面にはやはり、鈴鹿の名前が映されていた。
「はい、もしもし?」
電話に出ると、咲夜が誰からの電話なのかを気にする素振りを見せたので、左手の指で『シー』とジェスチャーをして黙ってもらう。
『──あぁ良かった、スマホ変えてなかったんだな、来栖』
電話先の鈴鹿の声は、周りで叫んでる不良達の声がノイズになって聞き取りにくいが、意外にも普段通りの声色だった。
『どうせ近くに、綾小路咲夜が居るんだろ?』
「うん、絶賛ビビり散らかしてるけど、変わろうか?」
『いや、良い。声聴きたくねえし。でも代わりにさ、綾小路咲夜にも聞こえる様に、スピーカーモードしろよ』
「……わざと聞かせたがるとか、趣味が悪いな」
『お前の傍にいる小娘には負けっけどな』
「……それは言えてる」
そう言って、鈴鹿の言葉に倣って、スマートフォンをスピーカー状態にした。
途端にスマートフォンから聞こえてくる電話先の喧騒に、再度咲夜の体が小さく震える。
「変えたよ、言いたい事をどうぞ」
『おう──取り敢えず来栖。俺、お前に対してはもう怒ってねえよ』
「マジか。意外」
さっきから咲夜の名前しか不良達の口から出てこないから、密かに気になってたけど。
『昨日の様子見て、あと、谷中達から聞いた話のトータルで、お前が綾小路咲夜と一緒に楽しんでるワケじゃないって判断したけど、合ってるよな?』
「凄いな、大正解だよ。名探偵になれるぞ」
『はは、今からでもお前もボコす対象にすんぞ』
いけない、普段通りのやり取りは今駄目だ。
『とにかく、お前の事はもう気にしねえ。どうでもいい。執事のおっさんの依頼通り"友達役"をしてた結果、ああいう場で鉢合わせた。そう思う事にした』
「……ありがとう」
『礼とか要らねえ。んっで、こっからが本題だけど、俺らは今日何が何でも綾小路が出てくるまで帰らねえから、そのつもりだって伝えろよ』
伝えるも何も、聞こえる様にしてんだから、実質宣告と変わらないだろうに。
視線の端に映る咲夜は、スマートフォン越しとはいえ直接名指しされた形になって、いよいよ表情が消えている。
「どうやら、随分と人を使ってるみたいだけど」
『あー。どうせ生半可な数合わせた程度じゃ、お得意のマネーパワーで簡単につぶされっしょ? だから昨日の夜に、俺が知ってる奴全員に声掛けてきた』
「何人いるんだよ……」
『知らねぇよ枝葉まで数えてねえし。でも取り敢えずまだ警察が来る気配ねえ辺り、苦労の甲斐はあったみたいだな』
「うん、喜んで良い。今回の目論見は大成功だ」
きっと向こう10年は忘れられない失敗の記憶として刻まれたに違いない。
「……だから鈴鹿、こんな無差別に巻き込むようなやり方はもう」
『止めないって言っただろ?』
「……ッ」
強情な奴め。
『それに。こうでもしなきゃ、もっと面倒なことになってるぜ』
「は? 今以上に面倒な事なんかないだろ」
『分かんないか? 綾小路咲夜、昨日は制服で"キツネ狩り"見に来たろ?』
「…………そゆこと?」
『ん。そゆこと』
例えば、自分たちを襲撃した黒服に指示を出してる少女が何者か分からなくても、学生服を着ていれば、相手が中学か高校の学生だと判別が出来る。
学生服がどこの高校の物か分かれば、仕返しにどこに行けば良いかが分かる。
もし仮に綾小路咲夜が怖くて本人に直接復讐が出来ないとしても、腹いせや見せしめとして、無関係な学園の生徒が傷つく可能性がある。
それこそ、男子ならボコられて終わりだろうが、女子生徒なら──。
『今はまだ、キツネ狩りの被害を受けた奴らは怪我で入院してるか、治るまで安静にしてるけど、時間の問題だろ? 何らかの形で派手なガス抜きさせねぇと、どうなるかなんてお前なら分かっぺ?』
「…………」
『だからよ、是が非でも綾小路咲夜を半殺しにするまで俺らは退がらねぇ。出てこねえなら無理やり引きずり出す』
「それで、結局他の無関係な生徒巻き込んだら同じじゃないか」
『させると思うか?』
「……させないだろうけど」
『そーゆこと。んじゃ、あと3分間待ってやっから。近くにいる馬鹿お嬢様に、腹決めさせとけ』
無理だ、電話の中で鈴鹿を止める糸口が見つからない。
それどころか、むしろ今の鈴鹿の行動が余計な被害を生まないものだと、納得しかけている。
このまま電話が切れて、3分間を無為に待つだけとなるのか──そう思っていると、
『あぁ、来栖。最後にスピーカーモード止めて聞いてくんね』
「ん?」
唐突な要望に応えて、耳元にスマートフォンをあてる。
「いいぞ、なんだ」
『いや、さ。どうせ綾小路咲夜、出てこないと思うし。それならさ──』
『かわりにどう
そう言って、スマートフォンは無慈悲に切れた。
「…………はぁ」
スマートフォンをポケットにしまうと、俺は深いため息と共に床に座り込む。
全く、何が『別に怒ってない』だ。絶対根に持ってるじゃないか。
「ね、ねぇ。最後になんて言ってたのよ」
「ん……。綾小路に一生消えない傷を残してやるって」
「…………な、なによ、それ」
ふ、嘘だよ。せいぜい後悔してろ。
「ね。ねぇ、アナタの方から鬼住山鈴鹿を止める事は出来ないの?」
「今の会話聞いてたでしょ? 俺も止めたかったけど、アイツは君を半殺しにしなきゃ気が済まないんだって」
「じゃあ──アイツら! 鬼住山鈴鹿に付いて回ってるアイツらを買収すればいいのよ」
「はい? 彼らがお金でなびくと思ってんの?」
「どうせあんな連中、金でどうとでも──」
「そう思うなら、今すぐ校庭に行けば? 100万でも1000万でもチラつかせて、連中の心が動くか試せば良い」
「何よ、意味ないって言いたいの!?」
「だって、アイツらは最初から金で動いてるワケじゃない。合理的な判断もしてないし、徳がしたいわけでもない」
庶民はみんな等しく、貴族より下等な存在。
咲夜はそう見下してるだけだから、発想が無かったんだ。
庶民の中にはお金や社会的立場から受ける恩恵が無いに等しく、それ故に貴族とまるで価値観を持つ層が、一定数存在している事を。
そして、咲夜が娯楽として消費していた
「何度も言うけど、校庭の連中と関東全域で暴れてる不良達。彼らの原動力は値段が付く物では無くて、至極感情的な動機に過ぎない。君を心底憎む鈴鹿と、そんな鈴鹿への共感で集まってる」
それらは他人から見ればあまりにも下らないが、本人達にとってはそれこそが名誉や資産そのもの。
プライスレスであり、
「お金で買えないものは無いって、君は言ってたよな。なら綾小路、買ってみなよ。アイツらの君に対する怒りと憎悪を。値段の付けようが無い君だけに向けられてる悪感情を、君が買い取って見せろ」
「…………それなら、アイツらの家族や、家族の職場を」
「まだ分からない?
「じゃ、じゃあ──じゃあ何!? もうアタシがアイツらに半殺しになるしかないって!? 冗談じゃないわよ!!!!」
髪を振り乱し、目にわずかだが涙をにじませながら、咲夜が言う。
「だいたい、アイツがアタシを憎むのがおかしいじゃない! アタシのキツネ狩りと、アイツとアナタがやってた事に何の違いがあるって言うのよ! 同じでしょ!?」
「同じ……そうかもな」
「でしょう!? だったらお門違いにも程があるわよ! 文句があるなら最初に始めた自分を恨むのが道理じゃないの!?」
「うん。確かに綾小路の言う事も間違ってないと思う」
咲夜がキツネ狩りを始めたのは、『川國のダークナイツ』なんて馬鹿な事をしていた当時の俺と鈴鹿から発想を得たからだ。
その点では間違いなく、原因の一つだと言えるし、俺も──きっと鈴鹿だって、否定できない。
「だから、それをアイツに直接言って、納得させてみなよ」
「──ッ!」
「出来ないよな? 口にした所で、かえって逆上させるだけだって、ハナッから分かるよな?」
それが何故か、分からない咲夜じゃない。
「だって、俺も鈴鹿も、あくまでキツネ狩りの『元ネタ』でしか無い。実際に事を起こしたのは、徹頭徹尾、君だけなんだから。アイツらは皆、過去の『川國のダークナイツ』に怒ってるんじゃない。今の『キツネ狩りを命じた綾小路咲夜』だけに怒ってるんだ」
最初から最後まで、俺も鈴鹿も関係なかった。
「アイツらを傷つけて、鈴鹿を侮辱して怒らせたのは君。今関東で暴れてる不良達を
「うるさい!! もういいから黙りなさいよ!!!!」
「いいや黙らないね。もっとはっきり言ってやる。君が悪い、君のせいだ、
「違う──────違う違うッッッッッッ!!! そんな事ない、アタシは──たとえそうだとしても、
それはもう、怒号では無く、悲痛な叫び──いいや、嘆願の様であった。
そして、同時に、
「うん。やっと自分が悪いって、認めたな。ならいいよ」
「え? はぁ? どういう意味?」
「自分が悪い事をしたって、自分で分かったんだろ? 分かったというか、思い知らされたっていうのが正しいけど」
「……??」
要領を得ない、という困惑顔の咲夜だが、俺もわざとそういう風に話してるから当然のリアクションだ。
何を言ってるのか分かる様に説明するのは簡単だけど──まだ
「はぁーもう本当に、どうしてこんな事をしなきゃいけなんだって気分だ」
「な、何よ。何なのよだから……」
「綾小路、君はさっき金で不良達を懐柔しようと画策したけど、それは上手くいくはずないんだ。理由はさっき話した通り、そのやり方は貴族と庶民
「……そう言ったけど、でも、だからってアタシに、素直に半殺しにされろって言いたいの?」
「違う違う。やり方が間違ってるって話」
マイナスドライバー用のネジを、頑張って
「アイツらは金や立場や将来なんて頭にない、感情で動く最強の『お気持ちモンスター』達だ。そんな連中の心を動かすには、こっちも何かエモーショナルな事をするしか無いんだ」
「エモーショナル? 今から花火大会でも開けばいいの?」
「……発想は嫌いじゃないかも。それで解決できるなら、そうして欲しいかな」
だけど残念な事に、今回はそれで収まる程度の事態じゃない。
確実に、誰かの血が流れないと終わらない事態だ。
誰でも良いワケじゃない、今回の発端であるキツネ狩りに深く関わる──具体的には鈴鹿と、鈴鹿が引き連れた連中が納得できる
もっと正確に言うならば、全ての首謀者である綾小路咲夜。
あるいは──綾小路咲夜の代理人になり得る立場にある人物。
咲夜の行動を知り、咲夜を止める事が本来可能だった立場に居て、鈴鹿達の思想信条にある程度の理解を持ち、鈴鹿が『コイツなら良い』と納得できる、そんな人物なら咲夜の代理人として、場を収める事が出来るだろう。
はは、そんな都合の良い人間が居るかよ。
……はい、ここに居ますよ。咲夜の友人であり、昨日のキツネ狩りに
「…………はぁ~~~~ッ!!!」
「っ! だ、だから何なのよ、さっきから急に落ち込んだりため息吐いたり……」
情緒が乱れてる俺を、怪訝な顔で不気味がる咲夜。
分かるまい、咲夜には。
俺の体を流れる、この果てしないかったるさが。
「それでも、俺しか出来る奴が居ないんだもんな」
「え……?」
「──よし! やるか……いや、やられるかぁ!」
両頬をパチンと叩いて気合を入れてから、俺はポケットからスマートフォンを取り出すと、咲夜に差し出す。
「咲夜、これ預かっててくれ。たぶん俺が持ってたら割れるから」
「割れるって、何をするつもりよ?」
「お前に今から、
「はあ!?」
「ここの窓からよく見てろ。そして──」
唐突な発言に脳の処理が追いついてなさそうな咲夜に、俺は一呼吸置いてから言った。
「最後に自分が何をするべきなのか、ちゃんと考えてくれよな」
「ん~おやぁ~?」
ワザとらしく素っ頓狂な声を上げる鈴鹿。
それと同時に、直前まで騒ぎ立てていた不良達の声がピタッと止まる。
「おいおい、
咲夜がビビり散らしながら観念して姿を見せるのを待ち望んでいた、300人越えの不良達と鈴鹿の前に現れたのは、
「分かるだろ、
ベレー帽を目深に被り、雑な桜模様を描いた不織布マスクを着けて、在りし日の『川國のダークナイツの相棒』姿に身を扮した俺だった。
次回で2章最終話の予定です。
投稿は中旬を目指します!