ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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第3章、開幕です
今回は2章より話数は半分以下で済ます、を目標にしていきます

良かったら感想評価、よろしくお願いします
それでは、はじまりはじまり


第三章
TRACK1 思わぬ来訪者


 退院した翌日、日曜日。天気はまずまずの晴れ。

 頭の包帯も取れて、体のどこにも痛みを感じなくなった俺は、いよいよ1週間ぶりの登校に向けて午前中は自室で勉強を済ませて、お昼ご飯午後は出かける予定を立てた。

 

 もっと勉強しなくていいのか。5日間の遅れは受験に響くぞ! なんて憤慨する方がもし居るとしたら安心してほしい。

 一応は入院中も、主に咲夜が授業の内容を書いたルーズリーフのコピーを渡してくれたので、それをもとに自学はしていたからね。本当に授業に響く数学や英語やら化学やらは、何とかついていけてるのです。

 

 え、社会科目や国語はどうしたって?

 まぁなんだ。あれらは元々得意な方だったし、5日程度ならルーズリーフに書かれた内容をぺらッと見れば追いつけるだろう。きっと……多分。

 

 というわけで、俺は午前中までに不安な苦手科目だけの勉強を済ませて、できる限り自分の不安を取り除いたうえで、午後からは入院で鈍った体を慣らすため──そして何より、散々入院中は先生に止められて動けなかった憂さ晴らしをするため、お出かけをするのです。誰にも邪魔させない。

 

『お兄ちゃーん、お昼ー!!』

 

 とか言ってるうちに一階から渚の呼ぶ声がしたので、今日の勉強時間はお終い。

 ノートや教科書を明日の時間割にそろえてカバンにしまい、後は持って出るだけの状態にした後、俺は部屋を出る。

 階下に『顔洗ってからすぐ行くー!』と返事をしてから、俺は宣言通り一旦2階にある洗面所に向かった。

 

 何故すぐに階段を下りないのか、理由は勉強中何度も眠くなってふがいない顔を、冷水に当ててしゃんとしたかったのが一つ。

 念のために額にあった傷跡が残っていないかを、鏡で確認したかったのが二つ。

 そして、三つめは──。

 

「……はぁ、やっぱりか」

 

 鏡に映る自分の髪、その()を見て、ため息をついた。

 黒髪の中に見逃せない数、赤みがかった茶髪が混ざっている。

 この家に暮らす俺以外の誰とも違う毛髪は、俺が野々原家になじんでいない、寄生してるだけの存在だと自分自身に告げられてるようで、見るたびに胸の中で焦りと苛立ちが生じてしまう。

 

 洗面台の鏡のを手間に引っ張り、中に収納されてある黒染めで髪を染める。

 

「少ないな……もう買わないと。今日ついでに買うか」

 

 そうぼやきながら鏡を見て、俺は『いつも通り』の髪色に戻ったのを確認してから、家族の待つ食卓に向かった。

 

「ごめん、お待たせ」

「遅いよお兄ちゃん。せっかくのご飯が冷めちゃうよ?」

「おぉ、まだ誰も食べてない」

 

 渚と両親はわざわざ俺が降りてくるのを待っててくれてたらしい。

 

「あたりまえだよ、お兄ちゃんだけ残して先に食べ始めるなんて、今までもした事ないでしょ?」

「そうだったな。久しぶりの家族との昼食で、ちょっと忘れてたかも」

「もう、そんなこと言ってないで、さっさと席に着く!」

「まぁまぁ、そう怒らないで。渚の料理は冷たくなっても美味しいから、来栖も安心してゆっくりできるんだよ、な?」

 

 ぷんぷんの渚を宥めるように父さんが間に入ってくれた。

 それに首肯しながら渚の隣に座ると、いただきますの前に母さんが余計なことを言い始めた。

 

「あっくん。わたしの料理の時はそんなこと一回も言ってくれないよね……」

「ぅえ!? ゆ、夢乃今はそういうことを言うタイミングじゃ」

「でも、わたしの料理の時は『熱があるうちに食べろ』って、前に言ってた……」

「あれは冷めると硬くなって角煮が歯を通らなくなるから──って、そうじゃなくてだな夢乃」

 

 あーまずい、こんなタイミングで恒例のバカップル両親ラブラブ慰め寸劇を見せられそうだ。

 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、露骨に苛立ちを込めた声色で、渚がカットする様に言った。

 

「はいはいはい、そういうのはご飯食べて、食器洗って、他に何もやることがなくなってからにしてね、お父さん。お母さん!?」

『は、はい!!』

 

 まるでどっちが母親なのか──そう言いたくなるほど、ぴしゃりと場の空気を仕切る渚に、

 

「……ははっ」

 

 思わず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()すら忘れて、微笑ましいと思ってしまった。

 

「……それじゃ、いただきます」

『いただきまーす』

 

 どうしてこんな会話ができる渚が、荒川さんを利用して母さんを──そう考え込みそうになる自分を必死に抑え込み、無理やりいただきますの号令を喉から捻りだすと、それに倣ってみんなも食べ始めた。

 

 いつも通り厨房の取り合いを経て、今日は勝った渚が作ったお昼ご飯(エビとカニのたっぷり入った炒飯に、卵とトマトの炒め物に、ミニトマトとキャベツと新玉ねぎのサラダ)を食べる。

 入院中の病院食(それでも咲夜の計らいなのか、割とおかずは豊富だったが)とはワケが違う、野々原家の男の舌と胃を完全掌握した味付けに、無駄話など挟む余裕は無い。

 食べれば食べる程、食欲が増幅される感覚に満たされている中、不意に母さんが訊ねてきた。

 

「そういえば来栖、この後はお出かけでしょ?」

「うん。入院生活は短かったけど、結構体動かしてないからね。体育の授業が準備運動でヘロヘロになりそうだから、動かしてくる」

「そんなことは絶対にないと思うけど。それで、どこに行くかは決めてる?」

「んー……決めてないかな。電車に乗ってから決めようと思う」

「あはは、行き当たりばったり。あっくんそっくり」

「ちょっと夢乃、そういうのは俺より君の方じゃないか」

「はいはい、あっくんは静かにしてて。……それでね、何でそんなこと聞いたかっていうと──」

 

 珍しく母さんが父さんの文句を一蹴して話を続けたと思ったら、インターフォンの音が家の中に響いた。

 

「あ、きたきた~。はーい、今行きまーす!」

 

 母さんが席を立って、モニターを確認せずに玄関に向かうのを見て、俺は途端に嫌な予感を覚えた。

 それが的中していることを、俺は直後家に上がってきた来訪者の姿を見て、知るのだった。

 

「お邪魔します、叔母さん、叔父さん! あ、お従兄ちゃんに渚ちゃんもお久しぶりー!」

 

 元気に、そして丁寧にあいさつしながら現れたのは小鳥遊夢見。

 可愛い容姿と陽気な振舞いの裏に、強烈な本性を隠し持つ、絶対に敵に回してはいけないストーカー系従妹だ。

 

「今日、来栖がお出かけするときにね、夢見ちゃんも一緒に連れて行ってほしいっていうのが、さっき言いたかったことなの」

 

 続けて、母さんは面倒極まりないことを口にした。

 

「え、えっと、どうして急にそんなこと?」

「だって、来栖がまた一人で出かけて何か大怪我したら心配だもん」

「だからって、夢見じゃなくても」

「前は一緒に過ごすことが多かったのに、最近一緒に遊べてないんでしょ? 夢見ちゃんが一緒なら、来栖も無理しないと思うから、今日は2人で仲良く平和に過ごすこと!」

 

 いや、一緒に居るのは『救済★病み倶楽部』の活動であって、決して仲良しこよしで一緒なわけでは──そう説明したくとも、この場でできるワケも無い。

 

「夢乃叔母さん! 任せて、あたしの目が黒い内は、お従兄ちゃんに無理も無茶もさせないから!」

 

 目が黒いうちっていうか、勝手に目のハイライト消えて無茶苦茶しようとするのがお前だろうに。

 そう言って断りたくても、母さんと夢見の(旧姓含めた)小鳥遊コンビは既にノリノリなので、お断りを告げることも不可能だ。

 

「……楽しいお出かけになる保証はないってだけ、分かっててくれな」

「大丈夫だよお従兄ちゃん! お従兄ちゃんと一緒ならもう、それだけであたしは幸せなんだから!」

「来栖も幸せ者だね~こんなに可愛くて慕ってくれる従妹が居るなんて」

「きゃ~もう、夢乃叔母さんってばー! あまり褒めないでくださいよ~!!」

 

 すっかり自分達だけの世界を生み出してキャッキャしている2人を見てげんなりしつつ、こうなってはどうしようもないとあきらめる。

 夢見と一緒に居たくないからお出かけはしない、なんて当然言えるわけもないから素直に諦めて、夢見と出かける覚悟を決めた方が楽だ。

 

 腹を据えた俺は取り敢えず英気を養うため、残りのご飯を急いで胃の中に収めていく。

 

 

 

 

 この時、そんな俺の横で人知れず──この時の俺も気付かないで、渚は濁りきったドブの様な瞳で夢見を含めた()()を見つめ、

 

「──────はぁ」

 

 と、小さく息を吐いていた。

 

 


 


 

 

「それじゃ、いってきます」

「いってまいりまーす!」

 

 母さんの『いってらっしゃーい』と言う気の抜けた返事を背に受けながら、図らずも夢見とお出かけデートに洒落込む事になったわけだが、

 そうなると、もう『1人で気の向くままにふらつく』と言うわけに行かなくなる。

 

 たとえ相手が夢見であっても、同行者が居るのならある程度予定や目標を立てないと、一緒にいるだけの時間が夢見にとってはもちろんのこと、俺自身にとっても苦痛になってしまうからだ。

 

「──と言うわけで、どこに行きたい?」

「あたしはどこでもいいよー? お従兄ちゃんと一緒ってだけでもう、幸せだもん〜」

 

 ……もしかしたら、苦痛に感じるのは俺だけか。

 

 なら尚更、しっかり……いやふんわりとでも、行き先だけは決めておかないとだな。

 

「えぇっと……この辺で何か……」

 

 スマートフォンで女子ウケの良い場所がないか探してみる。

 あんまりお金のかかる場所や、人でごみごみする場所は避けたいし、お昼ご飯食べたばかりなので食事処も省きたい。

 こんな条件ばかりでもヒットする様な都合の良い場所が、果たしてあるのか──そう悩んでいる俺の視界に、ひょこっと夢見が顔をのぞかせてきた。

 

「あれ。お従兄ちゃんもしかしてあたしのために行き先探してくれてるの?」

 

 スマホの画面をのぞき見た夢見が、嬉しそうにそう訊ねてくる。

 もう見られてるので無理やり否定する必要もないし、素直に『そうだね』と肯定すると、

 

「じゃあ、あたしお従兄ちゃんとここに行ってみたい!」

 

 そう言って、夢見も自身のスマートフォンを取り出して見せてきた。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 場面は移って揺れる電車内。

 日曜日だが各駅停車に乗ってるので、座席は結構スカスカ。俺と夢見は当然の様にぴったり隣り合って、ドア横の席に座りながら目的地の最寄り駅に着くのを待っていた。

 

「しかし、パワースポットか。夢見はそういうの興味ないと思ってた」

 

 夢見が先程見せてきたのは、インスタの画面で、内容は『目立たないけどめっちゃ映えるしご利益も貰えるおすすめパワースポット3選』なる、やたら早口で解説する短い動画。

 

 ずいぶんと罰当たりなタイトルだと思ったが、早口なりに要点をまとめた解説と、確かに聞いたこと無いけど立派で景色も良い神社やお寺が紹介されていて、その中に家から行ける距離の神社も紹介されていた。

 せっかくの夢見からの提案だし、お金も人ごみも無く、なおかつ今日の俺の本来の趣旨にも結構沿っている場所だったので、文句なく今日の目的地に決定したのであった。

 

「そうかな? ……うーん、でも確かにそうかも。あたしだけならあんまりこういう場所は行かないし」

 

 夢見は『そんなこと無いよ!』と否定するかと思いきや、あっさりと肯定した。

 

「だよな。夢見って普段から占いとか風水に興味あるって感じないし」

「全然ってワケじゃないよ? たまに友達とタロット占いとかで盛り上がる時もあるから。でも……」

 

 そう言って一度言葉を止めた後、夢見は俺の目をジッと見つめて、にやぁっとからかうように口元を曲げて言った。

 

「お従兄ちゃんは結構好きでしょ? そういうの」

「ん……割かし、な」

「だよねー! お従兄ちゃんって昔から神様とか大きい仏像とか、見るの好きだもんね~。あまり知られない神社とか、興味出ちゃうもんね~」

「……母さんから聞いたりしたのか」

「うん、ちょっとだけね」

 

 おのれ母親、よりによって夢見に余計なことを。

 確かに? 好きですよそういうの。占いとかパワースポットとか、そういう目に見えない系の物にひとかどの興味関心はありますとも。

 

 でも、別に心からスピリチュアルな物を信じてるとかそういうわけでは無いんです。

 いや、スピリチュアルを信じてる人達をどうこういうんじゃなく、あくまでも俺はそういう物を『オカルト』として見て、好んでいるってこと。

 

 男の子ならある程度は魅かれるだろう? オカルト。神社やパワースポットとかも、そういう好みの延長戦で興味を持ってるってことです。

 ましてや俺の場合、鬼住山鈴鹿っていう生きるオカルトみたいな超人を、多感な中学生時代に友人に持ってしまったんだ。この前の『対不良300人』の時だってあり得ない動きと強さで暴れてたし、あんなのを見てたら、超常現象的なものをこう……ちょっとくらいさ、信じかけちゃっても、仕方ないだろう? な?

 

「大丈夫、あたしはお従兄ちゃんのそういうオカルト好きで結構ロマンティストな一面も、男の子らしくて好きだよ?」

「なんか、この流れで肯定されてもむかつくんだけど」

「あははは、怒らないで~」

 

 ダメだ、何を言っても夢見に良い様に言いくるめられる未来しかない。

 俺のことを気遣って、自分よりも俺が好みそうな場所を一発で提示してきたんだ。

 悔しいが、今日に限ってはあらゆるイニシアチブが夢見に握られている。

 

 勝てない。

 

「……はぁ」

「あ、いじけた~」

「もう勘弁してください!」

 

 何を言ってもやっても無駄。

 こんな日もあると、素直に諦めることにした。

 

 


 


 

 

 その後も揺らり揺られて1時間と十数分。

 快速を使えば30分ちょっとで到着する程度に家から離れた駅で電車から降りた俺達は、同じ県内とは思えない程に澄んだ空気と、閑散としたホームにギャップを感じつつ、さっそく目的地である神社に向かう。

 

「喉乾いてないか? 何か飲む?」

「良いの? ありがとうお従兄ちゃん、それじゃあ~」

 

 途中、目に入った自販機で2人分の缶ジュースを買いながら、スマホの地図アプリに従い神社があるらしい山へと向かう。

 

「しかし、今更だけどさ」

「うん、なに?」

「俺達が向かうこの『七宮神社』って、どんな神様を奉ってるんだろうな」

 

 インスタの動画では大雑把に金運や健康運向上としか説明が無かったが、神社っていうのは当然その場所ごとに奉る神様が居るもので、今から俺達が行く神社ではどんな神様が居るのか、無性に気になってしまった。

 

「検索しても出てこないの?」

「なんか、神社の場所とか簡単な歴史や概要しか出てこないんだよな。具体的な資料が載ってるサイトが存在しないみたい」

「そんなに有名じゃないから、誰もまとめてないのかも」

「うーん、そんなもんか」

「地域の図書館や役所に行かないと、分からないんだと思う。人気が無い所ってそういうものじゃない?」

「さっき見せてくれた動画を見る限りだと、結構立派な神社っぽいのになぁ……」

「だからこそ、隠れた名所って需要ができるんだし、気になるならお従兄ちゃんが調べちゃうのも、アリかもよ?」

「はは、民俗学者ごっこもたまにはいいかもな」

 

 我ながら、普段よりもだいぶ夢見と穏やかな会話ができているなぁと頭の片隅で思いつつ。

 こうなったら本当に、俺がどういう神社なのか調べてしまおうかな、なんて思い始めたのだった。

 

「……ん。この先か」

 

 スマホの指示通りに歩いてると、周囲には建物一つなくなり、舗装されたコンクリートの道も次第にざっくざっくと足音が鳴る石ころだらけの道になっていき、最終的には二股に分かれた道へとたどり着いた。

 

 まさに分かれ目、と呼べるだろう。

 

 右の方へ進むと、スマホの地図上では海岸沿いの開けた道路に続き。

 "この先、七宮神社"と書かれた古めかしい看板が立てられている左側を選べば、山の上にある七宮神社にたどり着く。

 

「駅からも結構歩いてきたけど、やっとここまできた~」

 

 ヘロヘロ、というわけでは無いけども、初めて来た土地で慣れない道を歩いて、流石の夢見も多少は疲れが出たようだ。

 という俺も、迷わないか心配しながらだったので『あとはここを歩けば到着』と分かる場所まで来て、どっと安堵と一緒に疲れが来た気がする。

 

「残念な事に、ここから更に急な石段を登っていく必要があるっぽいぞ? 動画で言ってた」

「うへぇ~お従兄ちゃん、おんぶして?」

「冗談はやめてくれ、間違って背中からスっ転んだりしたら大惨事だ」

「だよねぇ~」

 

 もっとも、仮に俺が夢見を背負って背中から落っこちたとして。

 それで石段に後頭部が当たりまくろうと、夢見が死ぬとは思えない俺だが。

 

「なんか今、すっごい失礼なこと思われてる気がする」

「そうか。気のせいだ」

「そうかなぁ……?」

「そうだよ。それより、ここまで来たんだから、勢いのままいこうや」

「なんかはぐらかしてる気もするけど、そうだね。はやく神社で一緒に写真と──」

 

「──おや、七宮神社に行く気ですか」

 

 夢見と俺の会話に、背後から見知らぬ声が割り込んできた。

 

『え?』

 

 揃って声を出しながら振り返ると、日曜日だというのに見慣れない学校の制服を着た、亜麻色の髪の少女が、柔和な笑顔を浮かべながら立っていた。

 

 え? いつから後ろに居た?

 

 俺達が会話してる間、背後からは誰かが近づく足音なんか聞こえなかった。

 先述した通り、足元はどんなに気を使っても小石と砂利が鳴る悪路。

 だというのにいつの間にか──というか、急に出現したのかってくらい、何の音沙汰も無く、しかし此処に居て当然の様に少女は其処に居た。

 

「あぁ、すみません。急に話しかけて。ただ──」

 

 そうして、呆気に取られている俺達に言葉を続けるのだった。

 

「──()()()()()()()()()()()()、思いまして」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「えっと……どちらさま?」

 

 困惑する俺だったが、隣の夢見はそれ以上にいつ何をしでかすか分からない程の警戒心をむき出しにして危うかったので、何とか場を動かすのに適当な言葉を返すことができた。

 すると、相手もようやく自分が突拍子もないコミュニケーションをとった自覚を持ったのか、両手を顔より上にあげて降参する様なポーズで、慌てて言う。

 

「あぁぁすみません、お2人の仲睦まじい会話を邪魔するようで失礼しました」

「睦まじい……」

 

 少女の言葉に、夢見の警戒心があっという間に解れていくのが分かる。

 いや、チョロすぎだろ。もう少し怪しんでくれ。

 

「私は少しばかり、オカルト方面()()明るいだけのしがない女学生です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、まるで卒業式でも始めるかのように深々と礼をする少女。

 肩より長くフィッシュボーンに纏めた髪が、右肩からだらりと垂れる。

 

「いや、ご丁寧にどうも……」

「あたしたち、他所から見ても睦まじく見えてるんだぁ……」

 

 困惑の原因がもう一つ身内から生まれそうで勘弁してほしいが、とにかく、今はそれどころではない。

 

「それで、君はさっきやめておいた方が良いって言ったけど、どういう意味かな? ハチの巣でもあるとか?」

 

 山の上だし、何より神社っていうのは昔からオオスズメバチの巣になることが多い。

 彼女が地元の人で、そういう事情を知ってるのなら、止めるのも納得ではある。

 

 しかし、頭をあげた少女が次に発した言葉は、そう言った常識の範囲から逸脱した物だった。

 

「いいえ。貴方の今後を思っての言葉です」

「……はい?」

 

 まるで意味が分からない。

 頭のおかしいことを言う奴に遭遇したと断じることもできる。

 けれど、少女の語る言葉には何故か、うまく言語化できないけど聞き逃してはいけないと思わせる雰囲気がある。

 

 だめだ、気になって聞くしかない。

 

「俺が七宮神社に行くと、どうなるっていうんですか」

「たぶん、素敵な恋に出会えると思いますよ」

「ハァ!? なんですって!?!?!?」

 

 さっきまでふわふわしてた夢見が、その一言で一気に現実に戻ってきたどころか、凶悪な一面を覗かせてきた。

 

「どういうこと? 事細かに説明しなさい、今の言葉は到底聞き逃せないわ」

「夢見、ステイ。ステイ。今は俺が聞いてるから」

「でもお従兄ちゃん!」

「分かるけど一旦マテ、な?」

「うぅぅ……」

 

 夢見では到底会話が成り立たないので、頑張って宥めながら少女に言う。

 

「あんまり揶揄わないでほしい。そういうことはこの子の前ではやめてくれ」

「おや、そうでしたか。これは続けて失礼しました」

 

 言葉こそ謝罪の形をとっているものの、そこに謝意はまるでない。

 

「けれど、嘘はついていませんよ。山の上にある七宮神社。そこに居る巫女に出会えば、恐らく貴方にとって特別な物語が始まるでしょうから」

ギャフベロハギャベバブジョハバ!! 

「君ねぇ!!!」

「あははは、だからこそですよ」

 

 夢見の肩を抑えながら焦る俺を面白そうに笑いながら、少女はそれでもじぃっと俺の目を見つめながら、続けて言った。

 

「言葉だけでもそんなになってしまう愛の深い子を隣に据えて、七宮の巫女に出会ってしまったら、修羅場不可避でしょう? 何度も言う通り()()()()()()()()、神社に行くべきではありませんよ。それより──」

 

 そう言って一度言葉を止めて、少女は俺たちの背後を指さした。

 少女が指さしているのは、神社ではない右側の道。

 

 夢見と一緒に釣られるように背後を振り返ると、

 

「──向こう側を選べば、()()()()()()()()()()が、お二人を待ってるかもしれません」

 

 そんな言葉が、びょうっと吹く風と一緒に耳に届いた。

 

「いや、思わぬ人物って、そもそも何で君はそんなこと──は?」

 

 再び少女の方を向いて、なぜそんなことが分かるのか訊ねようとしたが、

 

「……はぁ?」

 

 視界の先。

 俺達が歩いてきた隠れる場所も何もない、姿が見えなくなる曲がり角まで何十メートルもある一本道。

 にもかかわらず、少女の姿は、何処にもなかった。

 

 まるで、最初から誰も居なかったかのように。

 ましくは、先の風で存在ごと消えてしまったかのように。

 

 そんな、文字通りありえない事実を前に、俺と夢見の反応は当然の如く一致した。

 

「──いやいやいやえぐいって! 怖い怖い!」

「なんで消えてるの!? ねえ、あの人さっきまでそこにいたよねお従兄ちゃん!?」

「居たよ!? 会話してたよ!?」

「じゃあ何で消えてるの!?!? もしかして幽霊かな!? お彼岸だっけ今!?」

「まだ早いよ!」

 

 一足早いリアル・ジャパニーズ・ホラー。

 陽ざしの強さとは全く異なる理由で背中を流れる冷たい汗と恐怖心に、しばらくの間俺達は立ち竦み、慄くばかりであった。

 


 


 

 

 あんな怖いことがあった後、普通に神社に行けるワケもない。

 

「ね、ねぇお従兄ちゃん、後ろに誰も居ないよね?」

「あぁ、いない。前には?」

「いないよぉ~」

 

 そして、あんな恐ろしい体験をした俺らが、前後を恐れながら歩く不気味な二人組になってしまうのも、無理はない。

 

「くそ……こんな思いする位なら、怖くても七宮神社で除霊をお願いすべきだったか?」

「それは嫌」

「嫌って……でもこんな前後にビビりながら歩く方が嫌だろ」

「お従兄ちゃんに素敵な恋なんて、不愉快極まりない可能性の方が100万倍嫌に決まってるでしょ」

「占いは信じないんじゃなかったのか……」

「それとこれとは別! ……それより、今はどこに向かってるの? あたしたち」

「えっと、行き先は決まってない……ただ歩いてるだけ」

 

 結局、あの仮称『少女・霊』が促す通り右側の道を駆け抜けた俺達は今現在、マップの示した通りに海岸を臨む国道沿いの歩道を歩いている。

 こっち側は思わぬ出会いがある、なんて言ってた気がするが、果たして本当にそんなことが起きるんだろうか。というか、あの『少女・霊』の他にもまだ思わぬ出会いなんてのがあっても、ひたすら疲れるだけな気がするけど。

 

「あ、この先ずっと行くとお寺があるみたい。お寺で除霊ってのも」

「もうやめてお従兄ちゃん。これ以上考えたくない」

「そっか……そうだよな」

 

 なんとなく、俺以上にビビってる様子の夢見を見て加虐心がムズムズし始めたが、寿命を今日で終わらせたくもないので自重しよう。

 

 しかし、どうした物かな。

 当初の予定は思わぬ形で頓挫(とんざ)した上に、日中だというのにホラー映画を見た後の夜みたいな気持ちで歩いてる始末。

 到底、休日を楽しめる空気ではない。これはもう、今日は帰った方が良いかもしれないな。

 

 来た道を戻って駅に行くのが最も確実かつ、最短距離なんだけど、流石にあの分かれ道をまた歩くのは俺も嫌だしな。

 仕方ない、こうなったらこの道から行ける駅を目指すことにしよう。

 

「まずはまっすぐこの道を進んで、飽きたら駅を目指そう。……本当にテキトーなお出かけになって悪いな」

「ううん、気にしないでよお従兄ちゃん。さっきみたいに怖いのはもう嫌だけど、最初に言ったでしょ? お従兄ちゃんと一緒に居られるだけで充分だから」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして! って、なんで急に丁寧になるの、変なの~」

 

 そう言って笑う夢見を見てつられたのか、幾らか恐怖も和らいだ。

 

「じゃあ、もう後ろは気にせず歩きましょう」

「はーい」

 

 軽快な返事をした夢見は、さり気なく俺の右腕に自分の腕を絡める。

 

「えへへ~こうやって歩こう?」

「はいはい」

 

 普段だったら振り払うところだったが、今日に限っては()()()()()()では無かったため、特別に許可する。

 別に、くっ付いてた方が恐怖心が小さくなって助かるとかそういう意味ではない。本当だよ?

 

 そうして一緒に歩いてだいたい15分程だろうか、俺と夢見の歩く先に、見慣れない風景が広がった。

 

「うわ。凄い数のお墓だな」

「ねえお従兄ちゃん、今日はなんか、そういう日なのかな?」

 

 俺達の歩いてる道の右側に、かなりの数の墓石が立っていた。

 見るからに墓所だが、こういうのは街中にポツポツとあるか、山の上にある物だという印象だったので、このように海風に当たるような場所にあるのは意外だった。

 

「この近くにお寺があるってさっき言ったけど、そこで管理してるんだろうな。いやぁそれにしても広い」

「感心しないでお従兄ちゃん。もう早く行こう」

「おっと、引っ張るな転ぶ」

 

 夢見は立て続けに幽霊を思い起こすものが出てきて不快らしい。

 というか俺もあんまり良い気持ちにはならないので、さっさとこの場を離れようと、足を速めたのだが。

 

 駐車場と子ども用の公園が併設された、恐らくこの墓所の出入り口にあたる場所──そこを通り過ぎようとした際に、俺達は奇しくも『少女・霊』の予言通り、思わぬ人物と鉢合わせた。

 

 最初は、お互いが誰なのか認識できなかった。

 それはそうだろう、だって、俺と夢見にとってその人がここに居る理由が分からないし、きっと()にとっても同じだからだ。

 だけど目が合い、顔を合わせ、数回瞬きする程度の時間があれば、もはや知らない振りなんか出来るワケが無い。

 

 通り過ぎようとしたその足で、今度は墓所の入り口で立ち止まってる()()()の前まで駆け寄った。

 

「どうも、()()()()。まさか、こんなところで会うなんて思いませんでした」

 

 その言葉を受けて、真っ白に染まった髪を海風に揺らしながら、相手も言葉を返す。

 

「あぁ、こっちも同じ気持ちだよ。ずいぶん久しぶりに会うね。来栖くん、それに──小鳥遊さんのところの子だったかな?」

「は──はい、夢見です。お久しぶり……です」

 

 あの夢見も、心なしか普段より畏まるこの人は、俺の父方の伯父である、野々原(よすが)

 今はもう亡くなっている父さんの父親──つまり俺にとって祖父の兄に当たる人物が居た。

 

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