「あ、お従兄ちゃーん。こっちこっち、席取ってあるよ!」
学園の第2食堂、中等部と高等部の交流場としても愛されている『ラウンジ』。
生徒たちにとって食事と会話を楽しむ憩いの場ではあるが、需要に対してイマイチ用意されている座席が少なく、お昼は席の争奪戦になりやすいが、今日は夢見が先に確保してくれていた。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして~。あ、お従兄ちゃんは今日C定食なんだ。餡かけ焼きそば美味しいもんね~」
「夢見はA定食か。今日はサバ味噌、足りるか?」
「女子にはこれくらいでちょうどいいの」
軽口を挟みながら、俺は夢見の対面に腰掛ける。
カウンター席、2人用、4人用と幾つかの種類が用意されてるが、2人用は数が少ないので既に埋まっている。俺たちが座っているのは一番多い4人用の席だ。
「もっと2人席増やしてほしいよな、ここ。明らかに足りてないし」
「けっこう同じこと思ってる人多そうなのにね。今度の生徒総会でお従兄ちゃんが要望だしたらいいんじゃないかな?」
「いや、それはめんどくさい」
「みんなそこで止まっちゃうんだろうね……」
悲しいかな、文句を言うだけなら誰でもできるが、その先の行動ができる人は、限られているのだ。
「それにしてもお従兄ちゃん、アレだね」
「ん?」
夢見が辺りをきょろきょろ見回しながら、苦笑しつつ言う。
「全然、話題になって無いね、お従兄ちゃんのこと」
「……ホントな」
先週月曜日に『不良が大量に押し寄せて来た上に、それをたった2人だけで撃退した』なんて派手な出来事があったのにも関わらず、生徒たちの間でそれが話題になってる様子は見られない。
確かに変装はしていたけど、記憶してる限りでは最後の方はかなりバレバレな格好になってたはず。
他クラスや他学年の生徒なら遠目に見ても分からないかもしれないが、クラスメイトには流石にバレてもおかしくないレベルだった。
そもそも、あの騒動の後に俺が1週間入院したんだから、怪しまれない方がおかしい。
しかし今日登校した際のクラスメイトの反応はどれも普通の──病気で平日5日間休んでたクラスメイトに向ける態度や言動ばかりだった。
それもそのはずで、クラスメイト達は本当に俺が季節外れのインフルエンザで登校できないと、聞いていた。
生徒達だけでは無く、教員ですら俺と先週の不良達を結び付ける者は誰も一人としておらず、それどころかあの出来事そのものが、まるで『最初から無かった事』のようにすら扱っている。
「一応、こんな状態だとは渚からも聞いていたし、分かってるつもりだったけど、大した情報統制力だよ」
「全然すごくないよ、やって当然だもん。元はと言えば全部あの女が悪いんだから」
綾小路咲夜。
俺と鈴鹿の
キッカケを生み出したのは俺と鈴鹿だったが、あくまでも今回の発端は咲夜本人だった分、当然事後処理も咲夜が行った。
具体的な手段は聞いていない──と言ってもどうせお金を握らせたんだろう──が、とにかく彼女が俺の入院期間を病気による出席停止にし、教員たちにも今回の出来事について騒ぎにするのを止めてくれた。
普通ならありえない事態だが、それを可能にできるのが綾小路家のマネーパワー。ドヤ顔で『お金で買えないものはない』と言い切るだけのことは、確かにあったらしい。
「そんなお嬢様の裏をかいたって、あの喧嘩バカって実は凄い奴だったのかも」
「鈴鹿は馬鹿だけど、無能じゃないからな。考えることが突拍子もないだけだ」
「でも、お従兄ちゃんに迷惑かけるだけかけたのに一回も病室に来なかったのはあり得ないと思わない?」
「そういうな。アイツも色々あるんだから」
「もう、お従兄ちゃんは無駄に優しすぎ!」
「ほらほら、ご飯冷めちゃうぞ」
「そうやって話逸らすんだから、もう……」
相変わらず人の親友に悪感情をむき出しにしつつも、夢見はもぐもぐとサバ味噌を口に運ぶ。
そこから俺も止まってた箸を動かして、お互いに食器の中身を空っぽの胃袋に移していった。
大体食べ終えて、一呼吸ついてから、俺は今日お昼休みに集まった最大の理由について口を開いた。
「それで夢見、俺が居ない間、新しい依頼が来たんだって?」
「うん、結構依頼が来てたの」
コップの水を飲んでから、夢見は言葉を続ける。
「幾つかあたしだけで解決したのもあるけど、1つ時間のかかりそうな依頼が残ってて」
「1人でやらせてごめん、ちなみに夢見が終わらせた依頼ってどんなのだ?」
「
「……はい?」
予想だにしなかった内容に変な声が出た。
「ごめん夢見、詳細を話してくれる?」
「えっとね。お従兄ちゃんとあの人が校庭で大暴れしたその後だけど、お従兄ちゃんたちから逃げた
さよならというのはつまり、例の違法モデルガンで夜襲、というのをしたわけだ。
ズシリ、と頭が重くなった。なんてことを1人でやるんだこの子は。
「あのな、夢見。幾ら君だからって、そういう危ないこと1人で進めちゃだめだろ」
「えー、大丈夫だよ、もう何回もやってることなんだし、慣れてるもの。それに、連中ったらすぐに『またキツネ狩りだー』なんて言って一目散に逃げるんだもん」
そりゃ当然、そっちを連想するだろうさ。やってることは似たようなものなんだから。
「それにしたって、1人でやる事じゃないよ。もし待ち伏せで大人数が襲ってきたらどうするんだ」
「だって、お従兄ちゃんが一緒に居て、また大怪我するところ見たくなかったもん」
「む──」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
「──分かりましたぁ。もうその件については何も言いません」
「えへへ、でもお従兄ちゃんが心配してくれたことは嬉しいよ」
「それはどーも」
あんまりこの話を続けると脇道に逸れてしまいそうなので、手元にある水を一口飲んでから、話を本筋に戻した。
「それで、時間の掛かりそうな依頼ってどんなのだ?」
「えっとねぇ、どういうのがあると思う?」
「茶番を挟む……またストーカー退治とかは嫌だぞ、疲れるから」
「そういうのも暫く受け付けないってば。危ないのはNG~」
「危なくないことしか依頼に来ないでしょ、俺らには。……じゃあアレだ、また違法に持ち込んだ蛇とかの探索だろ?」
「残念、ギリギリ不正解。探しものっていうのは合ってるけど、正解は人探しだよ」
「人探しぃ? 随分と真っ当なのが来たな」
そういう真っ当な内容の依頼は、俺たちみたいな怪しいアングラな方じゃなく、素直に警察や探偵に依頼すれば良いのに。
「誰を探してるんだって? 案外、ストーカー側からの依頼かもしれないぞ」
「詳細は直接話したいんだって。依頼者は男の人っぽいけど……もし本当にストーカーだったらどうしよっか」
「夢見お得意の"さよなら"してもらおう」
「あっはは、お従兄ちゃんったら、悪いんだ~」
お代官様ほどでは。という返しをしようと思って、もし通じなかったら嫌なのでやめた。
母さんと父さんがたまに見せるやり取りだけど、俺もよく考えたら元ネタが何なのかよく分かってないし。
「とにかく放課後にいつも通り、
「うん。明日の17時にして欲しいって。それ以外は無理みたい」
「17時って早いな……あぁでも明日か、ちょうどいいね」
明日は他校の先生らとの会議があるとかで、学園は午前授業だ。
俺も夢見も当然、午後からは時間ができるので17時という要望にも応えられる。
もしかしたら、依頼者はこの学園ないしは近くの高校の先生──なんて考えが一瞬出たが、まさか教員という聖職者についてる人が、ネットである程度まで検索しないと出てこない怪しい連中を頼るワケないよな。
むしろ、俺たちと同じ立場の学生って方がしっくりくる。そしたら対応も楽だし、人探しの内容も健全寄りだと思うから安心だ。
「じゃあ取り敢えず、明日は授業終わったらまっすぐ事務所に行くよ。夢見はどうする?」
「あたしもは一回家に戻ってから向かうね。あっでもお従兄ちゃん、今はまっすぐ事務所ってわけにはいかないんじゃない?」
「何で……って、あーそうだった。確かに」
つい、普段のノリで言ってしまったけど。今週だけは必ず家に帰る必要が俺にはあった。
「あのホームステイしてきた人の、登下校に付き合わされてるもんね……」
「こらこら、言い方が悪すぎる」
「行きかえりの道順くらい、一回で覚えなさいよ。あたしだって一緒にお家まで帰るなんてことやったこと無いのに、何様のつもり? ほんとに……」
夢見はひたすらに不満を愚痴たれながら、残っているおかずを口に運んでいく。
まぁ彼女にとって面白くない出来事だというのは分かるが、こればっかりは仕方のない話だ。
両親からだけじゃなく、学園側からも、1週間は登下校に同行しろと言われているため、逆らうわけにはいかない。
リンゼ・ヒューベルブーフ。
以前に大田さんから貰った旅行券の行き先で、日本最南端の巨大な人工島であるニライカナイ島にある『天聖院学園』から、短期の国内留学生としてやってきた高校1年生。
名前の『リンゼ』は日本人っぽさがあるが、『ヒューベルブーフ』の方は完全に外国系……何となくドイツとかその辺っぽさがある。
天聖院学園と言えば、俺でも名前を知ってるくらいのデカい──それこそうちの学園なんかチンケに感じちゃうほど立派な所だと聞いている。
何でそんな所のやんごとなさそうな女子生徒が、最近も不良がたくさん押しかけて来たような我が学園に来ちゃうのかねえ。
しかもよりによって、ホームステイ先がウチだなんて。昨日初めて知った時は、本当に寝耳に水も良い所だった。
まぁ、もっとも昨日はそれ以外にも本当に色々あったから、驚くだけの余力も残っていなかったんだけどな。
「ほんっと~にごめんなさい! わたしもあっくんも、何故か完璧に忘れてました!」
「本当に申し訳ない。荷物は一昨日には届いてて、部屋も用意してたのに」
リンゼとの
どうやら本当の本当に、リンゼのことが頭から抜けていたらしく、いつ来ても言い様に事前準備はしてたくせに、家に尋ねてきた彼女を見て大慌てだったらしい。
その煽りを受けたのが、本来は夕飯をそうめんとサラダで簡単に終わらせようとしていた、夕食当番の渚。
「もう、本当に大変だったんだから。お母さんはともかく、お父さんまで忘れるなんて」
急遽、来客を迎えるために献立を変える必要に迫られ、少ない冷蔵庫の中身から作れる料理を考えてから、結局夕方のスーパーに行って主婦たちとの食材安売り戦争に赴いたらしい。
「リンゼさん、初日から何の準備もできてなくて、不安になるような始まりでごめんなさい」
「俺からも謝らせてくれ。普段はもう少しちゃんとしてるんだけど、今日はとびきりやらかしちゃっただけなんだ」
「うぅ……我が子たちからの事実陳列が胸にグサグサと……」
「今日は甘んじて受け入れよう。明日から名誉挽回だ」
俺と渚に容赦ない発言に、母さんは瞳から涙を零しながら渚の作った料理を頬張っていく。
対して、渦中の人物であるリンゼはにこやかな表情を崩さずに言った。
「いいえ、滅相もございません。何の準備もと言いますが、荷物は届いてましたし、お部屋も用意して頂いてますから、十分なくらいです。むしろこんなに豪勢なお食事を用意して貰って、私の方が恐縮ですよ」
「そういってくれると助かります、途中から熱が入ってたくさん作っちゃったので、どんどん食べてくださいね。あっ、もちろん無理のない範囲で」
「もう既に堪能してますよ。この羽根つき餃子、
「ありがとう、でもほめ過ぎですよ……」
「あー、もしかしてお世辞と思ってますか? 私美味しい物には決して嘘をつかないと決めてるんです。この酢豚だって、お肉の揚げ具合と餡のとろみが完全に──」
渚が作った中華料理を、一つ一つ丁寧にレビューしていくリンゼ。
最初は照れてるだけだったが、だんだんと本気で恥ずかしくなった渚は、途中でリンゼを止めた。
両親もそんな2人を見て、申し訳なさで硬かった表情が柔らかくなっていく。
慌ただしいスタートだったが、早くも野々原家の一員として上手くやっていけそうな雰囲気になり、俺も内心ほぅっと一息つくのだった。
「……むー」
ただ1人、俺の隣で胡乱げな表情を崩さない夢見だけが、この空間内で不穏な気配を発している。
無理もない話だ、俺はホスト側としてゲストのリンゼに失礼をするワケにいかないから、敢えて触れずにいるけども。
夢見からすれば急に野々原家に現れた女──しかも、お昼に七宮神社の前で不気味な言動を見せた怪しい女でしか無い。
本当なら昼間の発言は何だったのか、何故あんな場所に居たのか、そもそも本当にホームステイで来たのか、色々問い詰めたいはずだ。
しかし、何も知らない俺の家族が居る前で聞くわけにもいかないので、こうして悶々と我慢している。
「そういえば、リンゼちゃんはもう来栖と夢見ちゃんに会ってたみたいだけど、どこで会ったの?」
偶然──というか自然な疑問だったが、母さんがまさに俺と夢見が切り出したい話題を取り上げてくれた。
ナイスだ母さん、それだけで今回のやらかしはだいぶ帳消しだよ!
さぁ、果たしてリンゼはどう答えるのか。
俺だけじゃなく夢見も箸を止めて、リンゼの次の発言を待っている。
「お2人には、七宮神社の前で会いました。ご存じですか、七宮神社」
「うーん、知らない。あっくんは?」
「初めて聞いたかな。2人はどうしてそこに行ったんだい?」
会話のやじるしがこちらに向けられる。
まさかこの流れで自分たちが話す側になるとは思ってなかったので軽く驚いたが、理由自体はシンプルなので、素直に話せば良いだけだ。
「夢見が提案してくれたんだ。知名度は無いけど、景色も良いしパワースポットだからって。な?」
「うん。……それなのに、あと少しで神社に着くって所で、リンゼ……さんに、止められたんです」
会話の節々から敵意を滲ませる夢見だったが、幸いにもそれに気づいて気まずくなるような人物は、俺以外は居なかった。
野々原家、良くも悪くもこういう時は暢気なものである。
「その時は失礼しました、急に声を掛けられて、変に見えましたよね」
触れられたらきつい部分を指摘されたはずなのに、リンゼは全く変わらない。
むしろ夢見の地震に対する怪訝な態度に対して、理解すら示している。
「実はあの神社、仰る通り知名度は無いに等しいのですが、景観以上に祀っている神が少々特殊な事で
「特殊な神様? すっごい悪い神様が居るの?」
母さんのごく自然な疑問に、リンゼは首を横に振る。
「善悪で言えば、善寄りですが、恋人関係があの神社に行くと少々拗れると言いますか……厳密には巫女の方というべきですかね」
リンゼは敢えてそこで一旦言葉を止め、夢見の方を見る。
夢見もいきなり目線がこっちを向いたことに驚き、小声で『何よ……』と警戒する子猫みたいになってる。
そんな夢見から向けられる敵意を前に、リンゼは面白そうにクスっと小さく微笑むと、言葉を続けた。
「七宮神社の巫女は代々神主の娘が務めますが、この巫女というのが神に寵愛を受けており、必ず見目麗しい者になるそうです。そして、恋人同士やカップル、夫婦やアベックが行くと必ず男の方が巫女の美しさに惑わされ、最後には神の怒りに遭い男女ともに破滅する──そんな、昔話が実は残されているんですよ」
話している内容が事実かは分からない。
しかし、その語り口と口調からは、嘘だと思わせない説得力を感じさせている。
若干、圧巻されかけている部屋の空気を、リンゼはむしろ満足そうに数秒間堪能してから、話の締めとばかりに人差し指をピンッと立てて言う。
「つまり。仲睦まじい恋人のように見えたお2人の関係が崩れるのを案じて、僭越ながら不審者の誹りを覚悟して、あの場で声を掛けたのでした。……不気味に映ったと思いますが、どうかご容赦ください」
「…………まぁ、良いけど」
先程までの警戒心が嘘のように、夢見はあっさりとリンゼに対する心の矛を収めてしまった。
リンゼの話を素直に信じたというわけではないだろう。きっと『恋人のように見えた』という発言に、まんざらでもないって所だ。
チョロい、こういう所は本当にチョロすぎである。
結局ここで退いていしまった夢見はこの後、リンゼに対して強く言えなくなってしまい、そのまま歓迎ムードに呑まれてしまうのだった。
「別に、神社のことはもういいけど……朝夕お従兄ちゃんと一緒に帰るとか何様のつもりよ。職権乱用にも程があるわ」
「職権なんて無いだろ。それに帰りはともかく、朝は渚も一緒なんだからカリカリするなって」
「帰りに一緒っていうのが大問題!」
「おや、何かトラブルでもありましたか?」
『──!?』
あまりにも唐突に会話に混ざる第三者の声。
昨日からもう何度目になるだろうか、夢見とシンクロする様に驚愕してしまう。
「おや、全く同じ反応。本当にお2人は息がぴったりなんですね」
そう言って笑うのは、ワインレッド色のプリーツスカートに、襟の大きな白シャツとバーガンディ色のジャケット。胸元にはネクタイではなく大きめなホワイトピンクのリボンを付けた──この学園ではなく、天聖院学園指定の制服を着た女子生徒。
つまりたった今話題に上がっていた
昨日初めて会った時と同じように、直前まで全く気配や足音も無いまま、気が付くと俺たちが会話している横に佇んでいた。
「あのねリンゼ先輩! もう少しだけマトモに登場する事ってできませんか!?」
驚きながら憤慨しつつも、一応は公共の場であり先輩にあたるリンゼに対し、敬語を使って抗議する夢見。
俺も言いたいことは完全に一致してたので、うんうんと頷いた。
「すみません。驚かせるのは本意では無いんですが、生来影が薄いと言われてまして。まだ右も左も分からない中で見知った顔が見えたので、つい声を掛けてしまいました。小鳥遊さんと野々原先輩は、お昼も一緒に食べる程仲がよろしいのですね」
「……まぁ、別に声を掛けてくること自体は構わないんですけど……もう少しこう、最初に掛け声位はください。心臓に悪すぎるんで」
「はい。善処します」
年下の夢見に対しても丁寧な口調を崩さず、一応は謝罪の言葉に加えて、またもゴマを擦るように俺との仲を褒めそやすリンゼに、夢見は昨日の焼き直しの如く、不承不承ながら矛を収める。
「お昼、ご一緒してもよろしいでしょうか? せっかくのご歓談を邪魔してしまうのは忍びないですが、その……」
そう言ってリンゼは視線を周りに向ける。
追って周囲を見渡すと、男女関係なく生徒たちが俺たちの方──厳密にはリンゼに好奇の視線を向けてざわついてるのが分かった。
「……凄い人気者じゃないですか、リンゼ先輩」
夢見が若干うんざり気味な声で言う。
「違う制服を着てるのが、そんなに物珍しいんでしょうかね」
「それもあると思うけど、やっぱりタイミングの問題だろうな」
学園の生徒のおそらくほぼ全員が、今朝の全校集会で初めて『天聖院学園から短期国内留学生』という存在を知った。
通常このような大きな出来事なら、事前に知らされて然るべきだというのに。我が学園の教員たちは何故か当日になってサプライズ事後報告をしたものだから、当然話題性も注目も浴びてしまうのは、仕方ないことだ。
お陰で、自然な流れで先週の件が生徒たちの興味関心から消えていったので、こちらとしてはだいぶ助かっているけどな。
「兎にも角にも、1人では落ち着いて食事もままならないのです」
「俺は構わないけど、夢見は大丈夫か?」
「うん、大丈夫だけど……リンゼ先輩、手ぶらじゃないですか。時間的にそろそろ学食も売り切れて、もう人気の無いメニューしか残ってませんよ」
「それについてはお構いなく。私、お昼は小食なので」
そう言って胸ポケットから取り出したのは、長方形のプロテインバー。
「え、それだけで良いんですか? 幾らなんでも足りないんじゃ」
「昨夜、たくさんご馳走をいただいてたくさん食べたので。調整ですね」
「そっか……うちは両親がよく食べる2人だから基本量多めだからな。次は無理しなくていいよ、俺からも言っとく」
「いえいえ、個人的にも一日の締めくくりにこそ、美味しいものをしっかり食べるべきだというのが私の信条ですので、お構いなくです。それに、ホームステイ先で体重が増えるというのはもう、ホームステイあるあるですから」
「そうか……なら良いんだけど」
それで受け入れてしまっていいのかとも思うが、本人が今のままで良いというなら、別にこれ以上考えなくても良いか。
「それより、ですよ」
リンゼはプロテインバーの封を切って、一口してから夢見の隣に座る。
「お2人とも、先程は興味深いことを口にしてましたね。何ですか依頼って」
「そこまで聞いてたのか」
「普通に盗聴ですけど……」
盗聴行為については何も非難できる立場じゃないだろと思いつつも、話の腰が折れるんで口に出すのはグッと堪えた。
「別に、深く話すような事じゃないよ。普通に悩み相談みたいなことをしてるだけだ」
「へぇ~お悩み相談。なんか探偵や何でも屋みたいで良いですね、青春してる感じで」
でも……と言葉を一旦区切った後。
リンゼは、にたりと蛇の様な笑みを浮かべて言った。
「学園外の大人とやり取りするのって、その時点でちょっと"普通"の範疇からは逸脱していますよね?」
「どこから話聞いてたんです、リンゼ先輩」
俺も夢見も、すっかり苦虫を奥歯でしっかり咀嚼したような顔になってる。
喧騒に呑まれ、どうせ誰も聞いてないと思って食堂で会話してたのが完全に仇となった。
「気になりますねぇ、何でしょうねぇ、ひょっとしたら先生方に知られると困る事なんでしょうかねぇ」
「……あの、リンゼ?」
「……野々原先輩、小鳥遊さん」
にっこりと目を細めるリンゼ。
一昔前のネット用語でいう『暗黒微笑』ってのはきっと、こういうのを表現してたに違いない。
「──詳しく、教えていただけますか?」