「うわ~、これはまた随分とアングラな、秘密基地の様相を呈してますね!」
救済★病み倶楽部の事務所を見て、やや興奮気味にリンゼが言った。
『──詳しく、教えていただけますか?』
蛇の様な笑みを浮かべ、俺と夢見が会話していた内容について尋ねてきたリンゼ。
言葉の端から教員への告げ口も匂わせていたため、下手に誤魔化してもかえって悪手になると判断した俺は、やむなくリンゼを事務所まで連れてきて、全部話すことにした。
「ここって見るからに廃工場ですよね? なのに電力が生きてるんですね……あっ、水道も使えるんですか! うわー、グレーなことしてますねぇ!」
「こらこら、あんまりあちこち弄るな」
初めておもちゃコーナーに来たこどものように、部屋の隅々を見て回るリンゼをヒヤヒヤしながら見ていると、背後からただならぬ気配を感じて振り返る。
一緒に来ていた夢見が、深淵よりもさらに深い闇のこもった目でリンゼを睨みつけていた。
「汚された……あたしとお従兄ちゃんだけの空間が、また部外者に……あの馬鹿が来なくて良かったと思った矢先から……しかも女……」
ボソボソと呟く彼女の雰囲気から、俄かに殺気が漏れ出したのを感じる。
こ、これ以上はマズい。
「夢見、ちょっと良いか?」
「なぁに?」
「色々、面白くないと思うけどさ。これも後々のことを考えたらきっとメリットになるはずだから、飲み込んでくれると──」
「何がメリットになるの? あたしとお従兄ちゃんだけの空間に他の女が入り込むことの、何が」
「か、考えてもみろ! この先もずっと2人だけで何もかもやっていくのは無理があるだろ?」
夢見は俺に暴力沙汰になりそうな依頼を受けさせたくないから、自分だけで解決するようになった。
だが今後も必ず、その手の依頼は舞い込んでくるだろう。
そのときに人手が足りないから断るってことが何度も起きたりしたら、そのうち俺たちを頼る人が出てこなくなるかもしれない。
そういった事態を避けるためにも、短期とはいえ新しい協力者を招くのは悪くない。
「俺だって夢見と2人だけでやっていけるのが理想だけどさ。理想だけじゃどうにもうまくいかない部分っていうのはやっぱりあるんだよ」
「…………」
「何より、俺が入院してる間、夢見は1人で頑張ってくれたし、少し楽にもなって欲しいからさ……ダメかな?」
「お従兄ちゃん…………あたしのためを考えてくれてたの?」
あ、いけそう。
「当然だよ。俺にとって一番頼れる(戦力的な意味で)人を、蔑ろに出来るワケ無いだろ」
「……お従兄ちゃん!」
深淵の闇がほの暗い虚を経て、パッと輝く瞳に早変わりする。
「もう~お従兄ちゃんってばぁ、そんなにあたしのこと大事に想ってくれてるのは嬉しいけど、リンゼ先輩も居るのに恥ずかしいよ~!」
「ははっ、悪い事言ってるワケじゃないんだし、堂々と言っても良いじゃないか」
「そうだけど~!」
変にくねくねしながらすり寄って来る夢見の頭を撫で(る
「……なんか私、気が付いたら助けられたっぽいですね」
「それで改めて、俺たちが何をしてるのかだけど──夢見、簡単に説明頼めるか」
「はーい♪」
もはや先程までの不機嫌さなど微塵も無く、夢見は陽気な声で説明を始める。
「簡単に言うと、お従兄ちゃんとあたしで、街の人たちの困りごとを解決してます」
「ふむ、俗にいうトラブルシューターというものですね。自治体が設ける例は知ってますが、ここは個人でやっているんですよね?」
「うん──じゃなくて、ハイ。警察や役所に言えないような、言っても動いてくれそうにない悩みを持ってる人が来ますね」
「なるほど……ちなみに、これまでどんな依頼を受けてきたのですか?」
「最近だと夜中に迷惑かけてる不良を追っ払ったり、なぎ……読者モデルに付いたストーカーを追い払ったり、もっと前には違法に持ち込んだけど逃げちゃった蛇を探したりとか、色々しました」
それと……と言って一旦言葉を止めると、俺の顔をちらっと見てから夢見は面白くなさそうに言った。
「綾小路家のお嬢様のお友達役、なんて依頼もあったりしました」
「……綾小路? あの綾小路家ですか?」
「はい、そうです。まぁこれはお従兄ちゃんが同じクラスだからって事で、綾小路家の執事みたいな人に依頼されたんですけど」
「野々原先輩、本当ですか?」
言わなくても良いことを……とは思ったが、言ってしまったなら仕方ない。
「本当だ。と言っても、今はもうなくなった様なものだけどね」
入院期間中は、何度か面会に来て授業内容や学園の状況を教えてくれていた。
しかし、退院する前日に咲夜の方から申し出があった。
咲夜の裏工作によって、鈴鹿が大量の不良を連れてきた件に関する『綾小路家』と『野々原来栖』の関連性をもみ消すことは出来た。
しかし生徒レベルではまだ何人かが疑いを持ってるので、ほとぼりが完全に冷めて、自分たちを疑う生徒が居なくなるまで、暫くは人前で会話することは避けようというものだ。
なので今日も、俺は隣の席に座る咲夜とあいさつはおろか、顔も合わせていない。
つまり、実質『咲夜の友達になって欲しい』という羽澄さんからの依頼は、自然消滅したようなものだった。
「本当に多種多様な依頼が舞い込んでくるんですね。……若干、危険な内容に傾いてるようにも見えますが」
「その通り。夢見には言ってなかったけど、前々から他の協力者も必要になって来るかなって思ってたんだ」
正直に言えば、鈴鹿がその3人目になってくれるかと、密かに期待していた。
けれども入院中の電話を最後に、また地方に出発したのか、アイツは音信不通になったので
「それで、偶然にも2人の活動を知ってしまった私に、白羽の矢が立ったということですね」
「うん。活動内容を教えるだけじゃ、君がしれっと先生や母さん達に報告する可能性も、0じゃないからね。悪いけど、共犯者になってもらった方が俺も夢見も安心できる」
「…………ぁ~」
隣で夢見が呆けた声を小さく出しながら、俺を見ている。
あれはきっと『共犯……そういう意図もあったんだぁ。確かに』なんてことを暢気に考えてるんだろう。
「もとより誰かに告げ口する気はなかったのですが。疑われるのは最初に
「でも、嫌なら無理にとは言わないよ。だけど何となく君は
初めて七宮神社の前で会ってからまだ1日しか経ってないが、それでも感じられるものはある。
リンゼ・ヒューベルブーフ。この子はきっと、人の事情に首を突っ込みたがる性格だ。
じゃなきゃ、今から七宮神社に向かおうとする見ず知らずの他人に、わざわざ声を掛けて止めようとなんてしない。
であれば、否が応でも他人の事情に関わらざるを得ない『救済★病み俱楽部』は、きっと彼女にとってホームステイ期間中の調度いい『退屈しのぎ』になるはずだ。
そして、果たしてその推測は間違っていなかった。
「ふふ……野々原先輩は、人を見る目があるんですね」
お昼休みにも見せた、あの蛇の様な笑顔。
前回は不気味さを感じたものだが、不思議と今は『理解を得られた』という喜びの感情が零れているように見えた。
「ご明察です。私だいぶ
「それじゃあ、決まりだな」
「はい。よろしくお願いいたしますね野々原先輩。それと……小鳥遊
「えっ、あたしも先輩呼びですか? 普通に年下ですけど……」
急な先輩呼びに驚く夢見。
リンゼは『関係ありません』と言ってから、つかつかと夢見の正面まで歩み寄ると、
「年齢は1歳私が上ですが、
そう言って、自身の右手を差し出した。
「あ~えっと、お従兄ちゃん……?」
今まで受けたことの無い対応に、困惑して俺に助けを求めてくる。
「良いんじゃないか。小鳥遊先輩……良い響きだし」
「お従兄ちゃんがそういうなら……はい。よろしくお願いします、リンゼ……さん」
「はい、よろしくです。小鳥遊先輩」
リンゼは目をぱっちり開いて親し気な笑顔で、困惑したままでおずおずと出した夢見の右手をがっつり両手で掴んで握手の形に持って行った。
その様子を見て素直に『上手い』と思った。
リンゼは、さっき俺が夢見を宥めているのを見てすぐに、夢見が持つ危うさを察したに違いない。
だから自ら歩み寄る事で『あなたの敵にはならない』とアピールしたんだ。
結果的に、夢見は下手に出られたことで困惑もする中、これ以上リンゼに対して敵対心を抱くのが難しい状態になった。
これは……俺も今後参考にできる……かなぁ? 難しいかも。
「とにかく、これ今日から救済★病み俱楽部は3人体制だ。今日はもう解散で、明日からよろしく」
「はい。頑張って市民の病みを晴らしていきましょうね」
こうして、俺たちに頼もしい……たぶん頼もしい仲間が出来たのであった。
夢見は少しやることがあるからと言って事務所に残ったので、俺とリンゼだけで家路に向かう。
慣れた道ではあるが、普段とは違う人物が隣に並んでいるというのは、それだけでもどこか新鮮味というか、いつもと異なる感覚だ。
「そういえば、気付いてましたか?」
時刻は18時に差し掛かろうとしており、6月初旬の夕焼けに染まる無人の廃工業地帯を歩きながら、リンゼが思い出したような気軽さで言う。
「あの部屋、何台も隠しカメラが設置されていますよ」
「ん? あぁ……知ってる」
部屋の四隅と、俺が座ってる席の横にある棚に、給湯室の換気扇裏。
本当はもっとあるかもしれないけど、少なくとも最低6台は設置されている。
「よく気付いたね。普通そんなこと分からないよ」
「
「まあね」
「それはまた、どういった理屈で? 普通は隠し撮りなんてされても、不快になるものでは」
「そうなんだけどさ……」
リンゼの言うことは至極真っ当だ。普通に考えて盗撮されて喜ぶ奴はいない。
けど、正直夢見が俺をストーキングして盗撮するなんて、今に始まった物では無かった。
最近でも制服のボタン裏に盗聴器を仕込んでたりと、本当に日常生活に影響のあるストーキング行為は注意して止めさせてるけれど、あの部屋で俺を隠し撮りするくらいだったら……。
「なんかもう、そのくらいは良いかなって」
「……先輩、苦労されてきたんですねぇ」
リンゼが憐憫の情を込めた目で俺を見る。
それは出会ってから常に不気味な雰囲気を醸し出していたリンゼ初めて見せた、人間味のある表情だった。
そんな顔も出来るのか。そんな顔をこんな経緯で見たくなかったけど。
「それにメリットもある。俺たちに依頼してくる人は基本、後ろめたい気持ちの人が多いから、隠し撮りで顔や声を録っておけば」
「ある種の保険にもなる、というわけですか」
「そう。……まぁ、今までその必要がある事態には陥ったこと無いけどね。個人的に付き合いのある人とは、事務所外でやり取りする事もあるし」
今後も夢見の隠し撮りを頼りにする様な事態が起きないことを強く願うばかりだ。
「それはそうと、明日はどうする? 俺と夢見は依頼人と会う予定だけど」
「勿論、私も立ち会います。せっかく先輩のお仲間になったんですから。もっとも、先輩が邪魔でなければ、ですが」
「邪魔だなんて。じゃあ、明日の帰りはまっすぐ事務所に向かうから、そのつもりで頼むよ」
「畏まりました。どんな依頼になるか、今からが楽しみです」
含み笑顔とも、純粋な笑顔とも、どっちにも取れるような表情を見せるリンゼ。
昨日初めて出会った時から今まで、思えば彼女は常に笑顔を見せている気がする。
いいや、厳密に言えば『笑顔に見えるような表情』を、常に貼り付けているように見える。
何故そう感じてしまうのかは自分でも分からないけど、もしかしたらファーストコンタクトがあまりにも怖かったのが、悪印象として尾を引いているのかもしれない。
これからは同じ家で生活するだけじゃなく、一緒に『救済★病み倶楽部』の仲間にもなるワケだし……。
せっかく2人きりで歩いてるんだし、彼女のパーソナルについて、聞いてみるとしよう。
「なぁリンゼ。ちょっと話変わるけど、聞いても良いか?」
「はい。生年月日に星座に血液型に3サイズ、好きな異性の仕草やフェチズムまで、先輩が望む情報を詳らかに開示しましょう。何から聞きます?」
「いや、え、なに……?」
1を聞こうとしたら100も200も返ってきて、圧倒されてしまった。
「待て、待ってくれ、何を言ってるんだ君は」
「私は知りたがりですが、同じくらい教えたがりでもあるので。一つ屋根の下で生活することになるミステリアスな後輩の隅々を、先輩が知りたくなるのは致し方ないことかと」
「ならないし、教えなくて良い。あと自分からミステリアスとか言うな」
「先輩はそういう生々しい話は時間をかけて明らかにしたいタイプでしたか」
自分の体を抱くように身をよじるリンゼ。
まいった。会話があんまり成り立たないタイプだこの子。
「俺が聞きたいのは、君が天聖院学園でどんな生活してるのかってことだよ」
「おやや、随分とつまらないことを知りたいんですね」
今度は露骨に面白くなさそうな顔になった。
つまらないことって、そんなこと無いだろう。
「実はですね、もう今日だけで6回も聞かれてるんですよ。何を食べるのか、どんな気候なのか、島民は日本人以外も多いのか、天聖院学園は本州の高校と何が違うのか、等々……」
「あー……そういうこと」
考えることは誰も同じってことか。
もう島での生活について話すのにウンザリしちゃっているようだ。
「皆さん、普段は縁がない場所について気になるのはしょうがない事だと思いますが、誰もかれもニライカナイ島か天聖院学園についてばかり。私個人に関する質問は一切ないので……せめて先輩には、私のパーソナルな部分から先に知ってもらいたいですね」
「だからと言って3サイズだの、何フェチかだのは言わなくても良いんだ」
どういう環境で生活してきたのか、というのも考え方によっては立派にパーソナルな部分に触れた質問だと思うけどな。
わざわざ指摘するまでも無いので、ここは要望に応えて質問内容を変えてみるか。
「じゃあさ、君は七宮神社についてネットよりも詳しかったじゃん?」
「はい。趣味ですからね」
「そう、それ。その趣味っていうのは神社仏閣マニアってこと? それとも、オカルトとして好きなわけ?」
昨日は雰囲気や勢いで流されたが、やはり本州から遠く離れた島で暮らす女子高生が、七宮神社について詳しいというのは不思議だ。
趣味というならば、果たしてどういう趣味なのか気になる。
「ん~良い質問しますねぇ。そういうのが欲しかったんです」
待ち望んでいた問いかけに、満足そうにリンゼは何度も頷く。
「お答えしましょう。私の趣味とはズバリ、
「……人間百科事典になりたいってこと?」
「そうです、流石先輩。非常に分かりやすい例えでした。ネット中心の現代社会において『百科事典』というのはいささか古い気もしますが、私の言いたいことはまさにそれです」
からかわれてるのかと思ったが、そこまでめんどくさい人間であって欲しくなかったので善意の解釈をしてみたが、それで正解だったらしい。
「ですので、七宮神社についても"神社仏閣だから"というワケではありませんでした。純粋に数ある知識・情報の一つに過ぎません」
「ふぅん。……じゃあ、どうやって調べたりするんだ? 七宮神社の情報なんて、ネットじゃ軽くしか無かったのに」
「そこは地の利、というものですね。天聖院学園には立派な──いえ、立派という言葉では足りない程の規模を誇る図書館があるんです」
「え、じゃあそこの蔵書に書かれてたの? 七宮神社のことが?」
「はい。凄いでしょう?」
「凄いっていうか、よくそんな本があったな」
誰が読むんだよって言いたいが、実際に読む生徒が居たんだから、本も冥利に尽きると言えるか。
「じゃあ、君はその図書館で知識を得たのか」
「全部が全部、とは言えませんが。土地の歴史や地名の由来、土着の信仰や因習など、民俗学とオカルトの間を行き来する様な知識はあそこで得ました」
「それ、もう高校生が通う施設の域を超えてないか?」
「そんなことはありませんよ。たとえどんなに需要が無くとも、たった1人の誰かが求める知識を提供する。それが"図書館"の在り方ですから」
「おぉ…………」
何だろうか、普通にリンゼの言葉に感心してしまった。
現実的にはお金の問題で本を廃棄する図書館も少なくないだろうけど、少なくともニライカナイ島の天聖院学園では、そういうことは無さそうだ。
「しかし、そんな細々とした本まであるなら、一生かかっても全部の本を読み終えるのは無理そうだな」
「はい。中等部から通い詰めてますが、卒業までに読み切れるか少し怪しいです。こうやって交換留学で離れているのもですが、本以外の情報収集もおろそかにできませんから」
「え、他にも何かあるの?」
「もちろんです。天聖院学園に通う生徒や、ニライカナイ島で働く人々も、私にとっては調査対象でしたので」
「君は、家が探偵事務所とか興信所なのか?」
「ふふ、そんなんじゃありませんよ。何度も言う通り、単なる知りたがりに過ぎません」
いやいや、島に暮らす人間全員を調べるってのはもう、"ただの知りたがり"の範疇を越えているとしか思えない。
「まぁまぁ。先輩のこともおいおい詳しく知り尽くしたいと思ってますので、よろしくお願いしますね?」
「嫌だよ、知り尽くすとか怖いことをサラッというな」
「おや、つれないですね。残念です」
ちっとも残念そうには見えない口調で、リンゼは言うのだった。
「おや、向こうに居るのは……」
工業地帯を抜けて繁華街に入り、家まであと10分ほどの通路を歩いていると、リンゼが前方を指さして言った。
「1年の学年主任、目黒先生では?」
「え……あ、本当だ」
リンゼの言う通り、前方からこちらに向かって歩いてくるのは学園の教師、目黒先生だ。
俺は学年が違うので直接かかわりは無いが、たしかあの人は生徒指導も任されていたはず。
咄嗟にスマートフォンで時間を確認する。18時40分と、部活動をしている生徒でも既に帰宅している時間帯であり、塾や習い事をしてる生徒ならまだ外を出歩いてなさそうな、実に中途半端な時間帯だ。
おそらく目黒先生は学園の生徒が変なことをしていないか、見回りの途中なのだろう。
そして、俺とリンゼはまさしく"変なこと"をしている生徒そのものだ。
このまま鉢合わせして、何をしていたのか根掘り葉掘り聞かれるようなことになったら、面倒なことになるかもしれない。
幸いなことに、まだ向こうはこちらに気づいていない。更に幸いなことに、俺たちの歩く先に左側に路地がある。このまま曲がってしまえば見つからずにやり過ごせる。
「あ、目黒先生。お疲れ様です」
「ん? 君は留学生のヒューベルブーフさん。こんな時間に何故出歩いて……」
全部パーなったわ。
リンゼが自ら目黒先生の前に駆け寄って声を掛けやがった。
「そこの君、確か2年の野々原だったか……部活動には入ってないはずだが、こんな時間になるまで、何をしてたんだ?」
そして、あっという間に俺も見つかってしまう。
見つかってしまったからには逃げたり隠れたりは出来ない。頭の中で相手を納得させられる言い訳を思案しつつ、先生の前まで歩いた。
「目黒先生、お疲れ様です」
「お疲れ。それで何やってるんだ、2人して制服のまま、こんな時間まで遊んでたのか?」
「いえ、遊んでたのではなくて」
「だったら何を──」
案の定、危惧していた展開になろうとしている。
すると、俺と目黒先生の会話に割り込む様に、リンゼが応えた。
「私が無理を言って、先輩に街を案内してもらってたんです。今日は灯台がある港まで歩いていきました」
「……野々原、そうなのか?」
「──はい、本当です」
さり気なく、そしてあまりにも自然に真っ赤な嘘を口にするリンゼに、内心驚きながら頷いた。
それでもまだ疑いの念が残っている目黒先生だったが、それを察してかリンゼは続けて言う。
「先輩は"歩いていくと帰りが遅くなる"と言ってくれたんですが、初めての街並みを歩きたくって、無理を言ったんです。もし生徒指導の対象になるとしたら、責任は私にあるのでどうか……」
「い、いや。大丈夫だから気にしないで良い!」
慌ててリンゼの言葉を否定する目黒先生。
その眼からはすっかり、俺たちに対する疑念は消えていた。
「ちゃんと理由があるなら良いんだ。ただし、野々原の言う通りあんまり遅くまで出歩くのは危ないから、今後は控えなさい。あと、野々原」
「は、はい」
「君も、幾ら留学生のホームステイ先で気を使ってるとはいえ、時間をしっかり考えて行動すること」
「はい、気を付けます……!」
「よろしい。では2人とも、寄り道せずに帰るように」
生徒指導のピンチが一転、言うことを全部言い終えると、あっという間に先生は俺たちから離れていった。
「あ、危ねぇ~。耐えたぁ……」
スタスタと去っていく先生の背中を見ながら安堵のため息と共にそう呟くと、リンゼが静かに勝ち誇った声で言う。
「目黒先生。情報によれば、女子生徒にだけは極端に甘く、普段から注意や指導が非常に杜撰とのことで。私の方から下手に出ればあっさりと見逃すのは容易に想像できました」
「……マジかよ」
どうやら学園初日で、既に教員の情報を知り尽くしていたらしい。
「ふふ、さっそく私の"趣味"が功を奏しましたね。先輩」
「もう趣味ってレベル越えてるよ、君は……」
リンゼ・ヒューベルブーフ。
何でも知りたがりで、結構教えたがりな、自称ミステリアスの留学生。
呼吸のように嘘を言える度胸と、それをおくびにも顔に出さない"笑顔の鉄面皮"。
間違いなくタダモノではない少女と、これから同じ屋根の下で暮らすことになるのだと思うと、少し──いやかなり、先が思いやられるのであった。