ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRACK5 Bacio birichino

 改めて思うと、平然と先生に嘘をつけるのは結構危ない奴なのではないだろうか。

 あれだけ自然と真実と異なる内容をペラペラ話せる人間なら、誰に対しても日常的に嘘を交えて会話しているんじゃないか。

 

 例えば、先ほど話してくれたニライカナイ島での生活や趣味嗜好、"知りたがりで教えたがりな性格"等々。

 あれらの中にリンゼは嘘を交えて、俺に真実とは異なる情報を与えていたんじゃなかろうか。

 

 ──なんて、普段の自分の行動を全部棚に上げて、リンゼに対する微かな疑念を抱いていると。

 

「ん? どうかしましたか、先輩」

 

 俺の視線にリンゼが気づき、首を傾げた。

 いけない、思わずジッと見過ぎたかもしれない。

 

 サッと視線を外して、そのまま"何でもない"と誤魔化そうとも思ったが、どうせこの気持ちは今後も膨らみ続けて、いつか吐き出してしまうだろうから、いっそのこと聞いてみることにした。

 

「君さ、さっきみたいな上手な嘘、俺や夢見相手にもしてる?」

 

 我ながらあまりにもド直球な質問だと思う。

 問いかけられたリンゼも思わず、いつも浮かべている笑顔が崩れて唖然とした顔を見せた。

 その後、少し間を置いていつもの表情に戻ると、今度はこちらを試すように口元に手を添えて言った。

 

「仮に嘘を交えてるとしたら、どの部分だと思います?」

「全部」

「──ぷっ、あははは! 即答な上に全部ですか!?」

 

 俺の返答がよほど壺に入ったのか、それから数分ほどリンゼはくっくっと小さく笑った。

 

「困りました、先輩の窮地を助けようとして、上手にし過ぎたのが仇となっちゃいましたか」

「いいや、俺もちょっと変なこと言ってる自覚あるし、そのまま聞き流してくれていいよ」

「そうはいきません。これから一緒に過ごす先輩の中に疑念を残すのは本意ではありませんので」

 

 そう言うと、足を止めたリンゼはしばし考え込む仕草をしてから。

 

「では、こうしましょう」

 

 両手の人差し指をピンっと立てて、左右に揺らしながら言った。

 

「2つ、先輩に対して事実を述べましょう」

「お、おう?」

「まず1つ。先輩のご指摘通り、確かに私は先輩とそのご家族、そして小鳥遊さんに対して()()()()()()を述べています」

「いくつかって……1つじゃないのか」

「はい、そうなんです大変申し訳ございません」

 

 いきなり『既に何度も嘘をついてる』と告白されて驚いたが、リンゼもバツが悪そうに、ピンと立てていた右手の指で自身の頬を掻く。

 

「ちなみに、どうして嘘をついてるのかくらいは話してくれる?」

「勿論です。……一言でいえば私が川國(ここ)で果たしたい()()のためです」

「目的ときたか、それが何かまでは?」

「すみません、言えないです」

「そっか……」

「うーん、じゃあ、野々原家と関係のあるなし位は話せる?」

「それなら大丈夫です。野々原家の皆さんとは一切関係はありません。今回先輩の家にお世話になってるのは、純粋にホームステイ先だからです」

 

 どうやら今の発言から察するに、交換留学生でニライカナイ島から来た、という部分は真実の様だ。

 そして、俺の家族や友人にも特に悪意や害意を持っているわけでもない、と。

 

「だったらまぁ、良いんじゃないか? うちが直接被害を被るワケじゃないなら、何が嘘で何が事実でも、構わないよ」

「……怒らないんですか? 今こうして私が話してることも本当は嘘じゃないかと、疑ったりは?」

「キリがないじゃんか。そんなこと言ってたら。それに、わざわざ『自分はもう何度も嘘ついてました』って白状する様な人間が、ここで更に嘘を重ねる徒労をすると思わないし」

 

 なら最初から『何も嘘は言ってません』とシラを切ればいいだけなんだから。

 

「私が言うのもなんですけど、先輩は随分と寛容なんですね」

「君の嘘を糾弾できる程、清廉な人間じゃ無いってだけだよ」

「そうですか。……では、そんな清廉では無いけど誠実であろうとする先輩に、嘘つきな後輩から2つ目の事実を」

 

 左手の人差し指を自分自身の鼻にピトッっと付けて、リンゼは言った。

 

「私は先輩の味方です。何があってもきっと、先輩の力になることをお約束します」

 

 口元に弧を描くリンゼの表情は、いつも通りの笑顔だが。

 普段の貼り付けたような物とは違い、()()()()()()笑顔に見えた。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 人通りの多い道も過ぎて、閑静な住宅地を歩く。

 時折、自転車が追い越したり通り過ぎるだけの穏やかな通り道は、慌ただしかった今日の終わりを感じさせ、心地の良い静寂を与えてくれた。

 

 どこかの家庭の換気扇から漏れ出る家庭料理の匂いが、その気も無かった俺の食欲を刺激して、今日の夜ご飯に対する期待を、否が応でも膨らませていく。

 あぁ、でも、昨日リンゼを迎えるために大量に作った中華料理が残ってるから、多分夜ご飯はそれだな。

 ──そう思いながら、視界に入って来た我が家を見ていると。

 

「見つけたわ! おにいちゃん!!」

 

 突如、駆け寄ってきた何者かに背後から思いっきり抱き着かれた。

 

「!?!?!?」

「おや、おやおや?」

 

 驚きと困惑でその場に固まって直立してしまう俺と、目を真ん丸にして事態を観測するリンゼ。

 どちらも何が起きているのか理解が追いつかないでいると、俺に抱き着いてきた人物が、俺の目の前まで走り回って来て言った。

 

「探したわ、探してたのよ? 川國(ここ)に行けば会えるって言ってたのに、何処にも見当たらないんだもの。幻を追いかけているような気持だったんだから」

 

 まるで長年探し求めていた人にようやく出会えたかのような、喜色満面の笑顔で俺にそう話しかけるのは、しかして俺が今まで全く出会ったことの無い少女だった。

 だがしかし、その容姿に関してだけ言えば──。

 

 黒を基調とした、フリルの付いたロングスカート。

 リボンやレースで装飾されたヘッドドレス。

 クラシカルな黒のロリータシューズ。

 左目に掛けられた眼帯。

 そして、見覚えのある銀髪。

 

 そのどれもが、先日であった少女の容姿と重なって見えた。

 

「もしかして……ノノちゃんの、ご家族かな?」

「ええ。ええ! そうよ! わたしナナ!」

 

 自分が何者か、すぐに察してくれたことがよっぽど嬉しかったのか。

 ナナと名乗った少女は、その勢いのまま今後は正面から俺に抱き着いてきた。

 

「おーやおやおやおや先輩、いつの間に女子中学生程の女子を手籠めにしていたのですか?」

「いや、違うからな! 俺はこの子とは今初めて会ったばかりだから!」

「そう言いつつ、自分を抱きしめる少女を受け入れてるじゃないですかぁ」

 

 にまにましながら盛大に俺をからかうリンゼだが、分かるまい。

 この子、引き離そうにも体躯からは想像もできない程に強い力で抱きしめている。

 肩を押しても全くびくともしないんだから!

 

「えっとナナちゃん、俺を探してくれてたのは嬉しいんだけど、一回離れてくれると助かるんだけどな……?」

「え? うふふ、おにいちゃん、照れてるのかしら?」

「そういうことじゃなくてね、一応は往来の場だから、人の目があるから!」

 

 幸いにも人の姿は見えないけど、いつ誰が通るか分からない場所だ。

 ご近所の人に見られてあらぬ疑いを持たれるのは勘弁したい。

 それに何よりも──下手したら、この時間帯は。

 

「あれぇ? 来栖、まだ帰ってなかったの?」

「──うげっ」

 

 最悪のパターンが頭に(よぎ)った瞬間、まるでそれがスイッチになったかのように、現実がイメージに追いついた。

 声のした方──背後を振り返るとそこには、仕事帰りの母親がいた。

 

「や、やぁ母さん。今帰り?」

「そうだけど……来栖もリンゼちゃんも遅くない? それに……」

 

 普段より遅い帰りの俺たちを見て、母さんがきょとんとした顔になる。

 そして、そのまま視線は俺の腰辺りに向き……。

 

「あら? この前のおねえちゃんと似てるけど……おにいちゃんのママなの?」

 

 ピタリと、俺に抱き着いてるナナと視線が合う。

 あーあ、さっきの目黒先生と同じ様にはいかない。

 完全に終わった、心からそう思った。

 

 


 


 

 

「いただきまーす!」

「……いただきます」

 

 10数分後、俺は何事も無く食卓に席を付けていた。

 ゴスロリ童女に抱き着かれている状況に対して、世間様からの冷たい視線も、母からの詰問も無く。

 普段通りの平穏な時間を過ごせている。

 

「美味しい! おにいちゃんっていつもこんなに美味しいご飯を食べてるのね!」

 

 唯一、食卓にナナが居ることを除けば。

 

「ご飯美味しい? たくさんあるから、いっぱい食べてね?」

「ありがとう、おにいちゃんのママさん! こんなに美味しい中華料理、久しぶり」

「そう? 良かったぁ……まぁ、作ったの私じゃないんだけどね」

「あら、じゃあ誰が作ったの?」

「渚ちゃんだよ~。来栖おにいちゃんの妹ちゃん」

 

 母さんが名前を出したことで、それまで怪訝な顔でナナ(と連れ込んだ俺)を見て沈黙を貫いていた渚がビクッと肩を動かす。

 それを見たナナは、口元にご飯粒を付けた笑顔を渚に向けた。

 

「渚おねえちゃん、とっても美味しいわよ!」

「あ……うん。ありがとうね……」

 

 屈託のない完璧すぎる笑顔に、思わずつられて変な笑顔になる渚。

 その後、横に座る俺の耳元に寄ると、母さんやナナには聞こえない小声で言った。

 

「ねぇお兄ちゃん、どういうこと? あの子一体誰?」

「えっと、色々省いて言うと、知り合いの妹か姉」

「どういうこと? 妹か姉かもわからない人を家にあげたの?」

「俺だってよく分からないんだよ」

 

 なんせ母さんが俺に抱き着くナナを見て、『お人形さんみたいで可愛い!』と一目で気に入ってしまい、そのまま夕飯をご馳走することになった。

 初めて会うどこの誰かも分からない人を簡単に自宅に招く母さんに驚いたが、『来栖は変わったお友達と仲良くなりやすいし、今更じゃない』と言われて何も言い返せない自分が情けなかった。

 

「へぇ~ナナちゃんにはノノちゃんって妹が居るのね」

「ふふ、違うわママさん。ノノは妹でも姉でも無いの。一緒なのよ」

「う~ん、双子ってことね!」

 

 困惑する俺と渚を置いて、会話に華を咲かせる母さんとナナ。

 一方、今日はまだ職場にいて空席になっている父の席に腰を置いているリンゼが、お味噌汁をおかわりしてから俺に尋ねてきた。

 

「先輩は、ナナちゃんの双子のノノちゃんと、いつ知り合ったのですか?」

「あ、それあたしも聞こうと思ってたの。こんなかわいい子の妹ちゃんにどこで粉掛けてきたの? この光源氏め~」

「母さん、変なこと言うのはやめてくれ」

 

 酔ってるのか? と思う位の怠い絡み方をしてくるが、食卓を見たらいつの間にか発泡酒が1缶空いていた。酔ってる……。

 

「でも、私も気になるかな。お兄ちゃん、どこでノノって子と会ったの?」

「昨日、夢見と出かけただろ? そのときに」

「おや、では私が七宮神社の前でお2人と遭遇した後、ということですか?」

「うん、そう。あの後、神社とは別の方向を歩いて行ってさ。海沿いにでっかい霊園があって──」

「え? 来栖、そこって……」

「お墓の近くの公園で、おにいちゃんがノノと遊んでくれたの! 退屈だったから嬉しかったわ!」

「そうそう、すっごい勢いでアレ回してたんだぜ、知ってる? 回転ジャングルジムって奴。あれを信じられない程早く回しててさ」

「うふふふ、驚かせちゃってごめんなさいね」

 

 口元に手を当ててクスクスと笑うナナ。顔のつくりや雰囲気はノノと似ているけど、こういう細かな所作はだいぶ違うようだ。

 

「それで、夢見と一緒に暫く遊び相手になってさ。帰る時にもしかしたら川國に来たらまた会えるかもって言って別れたんだ。……まさか、次の日に関係者がやって来るとは思わなかったけど」

「確かにそうですね。ナナさんとノノさん、探偵の才能があるのかもしれませんよ」

「たんてい? それってどういう遊びなのかしら」

「遊びではなくお仕事です。人を探したり、バレない様に追いかけたり、調べたりする仕事ですよ」

「それって、ストーカーって遊びとは違うの?」

「うーん、一緒ではないですかね……」

 

 純粋な疑問に対して、リンゼは困り眉になって答えるのだった。

 その後、具体的にストーカーと探偵はどう違うのか聞かれて、リンゼが更に困ってしまう姿を面白く眺めていたが、ふと渚の手が止まっていることに気づいた。

 

「渚、箸が止まってるけど、どうした? 体調悪いのか?」

「え? う、ううん! 何でもない、大丈夫だよ!」

「……連日、イレギュラーなことばっかり起きてごめんな? 食べ終わったら食器洗い替わるから、ゆっくり休んでくれよ」

「もう本当に大丈夫なのに……でも、ありがとう」

「いいって」

 

 何でもないとは言うが、そんなことは無いだろう。

 俺が入院したり、急遽リンゼがホームステイに来たり、色々と慌ただしい日が続いて今度はナナが家に来たんだ。

 渚は言葉や態度に出さないけど、色々気苦労がたまっているのは間違いない。

 直接の原因ではないが、俺も確実に遠因ではあることだし、他人事じゃなくて自分事として、ケアとフォローをしないとな。

 

「ねぇ、来栖。ちょっと良い?」

「ん、なに母さん」

「あのね、今の話で、気になったんだけど」

「はい」

 

 母さんの顔は、先ほどまでの厄介な酔っ払い顔とは一転して、硬い面持ちになっていた。

 怒っている──ワケでは無さそうだが、普段なら見せない重苦しさがある。

 何か失言をしてしまったかと自分の発言を思い返したが、果たして今の会話で怒らせるような部分があったとは思えない。

 いったい何を聞かれるのだろう──内心身構えている俺に、母さんは言った。

 

「その、来栖がノノちゃんって娘と昨日会ったのって、お墓の隣の公園だったの?」

「……? うん、そうだけど。何かまずかった?」

「ううん、そんなことないけど、ちょっと珍しいところ行ったんだなって思って」

「まぁね。本当は行く予定が無かった場所だったし」

 

 何を言われるのかと思ったら、思ったより大したことの無い質問だった。

 家から七宮神社まで電車でもちょっと遠くて危ないかもしれないのに、更にそこから先まで行くなってことかな。

 

 もしくは仮にも女子である夢見を連れておいて、そんな辺鄙(へんぴ)な場所に連れて行くなってことかもしれない。

 確かに海沿いの道を歩いてたらいきなり霊園が立ち並んでたのには、びっくりしたけど。

 

 あっ、そうだった。

 昨日はリンゼが居たから話す機会がなかったけど、リンゼやノノ以外にもう一人、思わぬ出会いがあったんだよな。

 

「そうそう、昨日会ったんだよね、縁伯父さんに」

「──っ」

「まさかあの場で会うとは思わなくて、俺も夢見もビックリしたよ。伯父さんは知人の墓参りだって言ってたけど、母さんは誰なのか知ってる?」

「…………」

「……あの?」

 

 俺の問いかけに、母さんは何も答えない。

 どころか、顔色がどこか優れない様にも見えた。

 

「母さん。もしかして俺、何か変なこと言っちゃった? 縁伯父さんと仲悪かったり……する?」

 

 昨日偶然会えたが、縁伯父さんとはここ数年全く顔を合わせなかった。

 俺は単にタイミングの問題かと思ってたけど、縁伯父さんの名前を口に出した途端に、母さんの表情に陰りが見えた辺り、もしかしたら俺は触れちゃいけない部分に触れてしまったのかもしれない。

 

「お兄ちゃん、さっき言ったノノちゃんって、ナナちゃんと似てるの?」

 

 急激に気まずくなっていく空気を察してか、渚が間に入って別の話題を持ち出してきた。

 かなり強引な流れだけど、正直このあと何を言えば良いのか分からなくなってたから、ここでの救援は本当に助かる。

 

「目元とか、顔のつくりは似てるけど、髪型と服装は結構違うよ。ノノちゃんの方はかなりボーイッシュな感じだから。だよね、ナナちゃん?」

「えぇそうね。ノノは身軽な格好が好きだから。あ、でもふわりとした格好も似合うのよ? だけど結構照れ屋さんみたいで、中々ナナの服を着てくれないの」

 

 満面の笑顔でノノについて語るナナは、まるで愛しい娘について語ってるかのように楽しそうだ。

 緊張が走っていた空間が、その笑顔でみるみる弛緩していく。

 

「ふーむ、ナナさん。今着ているお洋服についてもう少し伺ってもいいですか? 先ほどからかなりの良物だと気になってまして。お店やこだわりなど色々知りたいことが……」

「えぇもちろん! おねえさんの好きな服も教えてくださいな」

 

 この後はナナとリンゼのファッション談議が盛り上がり、渚と母さんも交じって完全に女性の空間となっていった。

 俺はイマイチ会話に乗れなかったのもあって、食べ終えた全員分の食器を洗う方に専念し、会話に華を咲かせる女性陣の声を聴いて、今日の夜ご飯タイムは終了となった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「今日はありがとうおにいちゃん! とっても素敵な夜だったわ」

「そりゃよかった」

 

 すっかり空も暗くなった夜道。

 フェンス越しに延びる線路沿いの道を、スキップも交えて先を歩くナナの背中を見ながら、俺はゆっくり後をついていく。

 

 姦しいファッション談義が終わり、すっかり遅い時間になったのでナナを家までタクシーで送ろうとした母さんだったが、ナナは歩いて帰れるから大丈夫と言って聞かなかった。

 そうなると暗い夜道を女の子1人で帰すワケにもいかないので、俺が自分から名乗り出て、家まで送ることにした。

 

 結局、何で母さんが縁伯父さんの名前を出したら気まずくなったのかも分からないままだし、家に居るのもちょっと気まずいから、ナナと夜道を歩くのはちょうど良い気分転換になる。

 

「ねぇおにいちゃん、明日も遊べるかしら? 今度はノノも一緒に遊びたいわ」

「うーん、ごめんな。明日は俺用事あるんだ」

「そうなの? それじゃあ明後日は?」

「明後日もどうかな……というか、正直一緒に遊ぶってのはあんまりできないかも」

「……どうして?」

 

 ピタリと足を止めて、こちらを振り返るナナ。

 今日は新月のようで月明りは無く、遠くから僅かに届く街灯でのみ照らされた彼女の顔はハッキリとは見えないが、少し不満げなのは声から察した。

 

「高校生って、やることが結構あるもんだ。と言っても俺の場合はちょっと特殊なんだけどね」

「おべんきょーが忙しいってこと?」

「勉強以外にもね、色々あんのよ」

「でもそれって、遊ぶことよりも楽しいの?」

「楽しいかどうかは、考えてないかな。遊んでばかりもいられないから。ナナちゃんやノノちゃんだって、毎日学校があるだろ?」

「無いわ」

「え──?」

 

 さらりと、当然の様に。

 ナナは違和感しかないことを口にした。

 

「がっこうなんて、無いわよ。ナナにも、ノノにも」

「学校が無いなんてこと無いだろう。君たちの歳なら普通に」

「そんなつまらないこと、必要ないもの」

「……学校に、行ってないのか?」

 

 ちょっと待て。

 もしそういうことなら、笑えない問題だぞ?

 この年頃の双子が、まともに学校に行かせてもらえないなんて、どんな事情があろうとありえない。

 

「あら? どうしたのおにいちゃん? 急に怖い顔になって」

 

 不思議そうに首を傾げるノノ。

 遠くからかすかに聞こえる踏切の音が、俺の心理状況を表しているような気がした。

 

「ナナちゃん……、君の親は、君が今日こうして遅い時間まで人の家に居るってことを分かってるのかい?」

「親? あははは、おにいちゃん変なことを聞くのね? どうでもいいじゃない」

「いや、どうでも良いなんてこと──」

「楽しい遊びができれば、ナナもノノもそれでいいの。だって、その方が生きていて幸せでしょう?」

「…………」

 

 先ほどからの違和感が、確信に変わった。

 ナナとノノは、恐らく真っ当な家庭で育っていない。

 ネグレクトっていうものだろうか。いいや、恐らくもっと酷い環境だろう。

 

「──ふふ、おにいちゃん。怒ってるんじゃなくて心配してるのね」

 

 俺の表情が向こうからはよく見えてるのか、楽しそうに笑うと、たたたっと俺の目の間で駆け寄り、

 

「優しいおにいちゃん。ありがとう」

 

 ぴょんっと飛び跳ねたかと思ったらそのまま俺の首元に手を回し、

 

「そういう優しい人は──」

 

 瞬きする暇も無い程の速さでナナの顔が目の前に来たと思った、その瞬間。

 

「──だいすきよ?」

 

 ちゅっと、柔らかい感触が、自分の唇に当たった。

 

「!?!?!?!?」

「──ふ、うふふふふ! あはははは!」

 

 首元に回した手を放し、まるで羽のような軽さで着地したナナ、唖然とする俺を見てくるくると踊る様に目の前で回る。

 

「おにいちゃん、すごい顔してるわよ? さっきからまるで顔の替わるオモチャみたいで面白い」

「君……あのなぁ、こういうのは悪戯にしたって──」

「ねぇ、優しいおにいちゃん」

 

 俺の言葉を意図的に遮り、ナナは続けて言った。

 

「おにいちゃんは『綾小路』って知ってる?」

「……綾小路って、あの綾小路?」

「そう。探してるの、綾小路の人を。こんなこと、おにいちゃんに聞いても仕方ないかもだけど、聞いちゃうわね。誰でもいいのだけど、おにいちゃんは綾小路の知り合いやお友達、居ないかしら?」

 

 知っているかと聞かれたら、もちろん知っている。

 学園では隣の席で、何ならつい最近まで綾小路家が原因のトラブルに巻き込まれた人間だ。

 しかし、素直に知っていると答える気にはなれなかった。

 直前で不意打ちのキスをされたこともそうだが、ナナという少女が普通の人間ではないことを強く感じているこの状況で、安易に口を開くことを、俺の直感が激しく制してくる。

 

「君は、綾小路家の人なんか見つけて、どうしたいのさ」

 

 だから、ナナの真意を探ろうと逆に俺の方から問いかけてみた。

 夢見だったら『こっちが聞いてるのに質問を被せてこないで』と怒るだろうが、果たしてナナの返答は──。

 

()()()()()

「──────────は?」

 

 全く予想していない、あまりにも物騒すぎる言葉だった。

 

「ちょ、ちょっと待って、一体君は、何を──」

 

 言葉を最後まで言い切る前に、傍のフェンス越しに延びる線路を電車が轟音と共に風を切って走り抜けていき、またも不意を突かれた俺の意識は思わずそちらに持っていかれた。

 

 そうして、改めて目の前を見ると。

 ナナの姿は、何処にも無かった。

 

「……リンゼに続いて君もかよ」

 

 回転ジャングルジムを爆速で回転させるノノの姉または妹なら、俺が見てない僅かな時間で姿をくらますことが出来るかもしれないけどさ。

 どうしてこう、俺の周りに居る女子は、そろって普通のスペックじゃない奴が多いんだ。

 

「綾小路、今度は何をやらかした?」

 

 ハッキリと殺したいと言われるような何かを、恐らくきっと間違いなく、綾小路はやらかしている。

 それが前回の『キツネ狩り』の様に、咲夜主体の出来事なのかは分からないが、いずれにせよ物騒な気配が漂っていることに変わりはない。

 

 幸いにもナナは咲夜がこの街の学園に通っていることを知らなかったが、もしその事実を知った時、ノノと一緒に何をしでかすか分かった物ではない。

 俺の親友が不良を300人以上連れ込んで『返し』をしたように、また綾小路家に対する盛大な『返し』で学園の平和が脅かされることがあったら困る。

 明日、時間を作って放課後になるまでの時間で、咲夜に聞いてみることにしよう。

 

「とりあえず、もう帰るか……」

 

 明日、自分がやるべきことがハッキリ分かった。

 であれば、既に送る相手が居なくなってしまった今、夜道を1人で佇む理由が無い

 

 救済★病み倶楽部の新しい依頼内容も。

 母さんが縁伯父さんの名前を聞いて沈黙したワケも。

 ナナが綾小路家の人間を殺したいと探し回ってる理由も。

 

 全く持って分からないまま、今日という一日が終わろうとしている、この瞬間。

 俺が、心の底から願っているのは、ただ一つ。

 

 ──さっきのキスを、夢見がどこからか見ていないこと。

 

 ただそれだけを、心の底から願うばかりだった。

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