綾小路、話したいことがある。
お昼休みに時間が欲しい、可能なら体育倉庫裏にきてくれ。
なんて書いたA4のルーズリーフをファイルに挟んで、こっそり咲夜の机の中に仕込んでおいた。
咲夜を学園内で呼びつける理由はもちろん、昨夜のナナの発言について調べるためだ。
『おにいちゃんは『綾小路』って知ってる?』
『そう。探してるの、綾小路の人を』
『おにいちゃんは綾小路の知り合いやお友達、居ないかしら?』
『
およそ、ナナ程の年頃の子が口にする言葉じゃない。
いいや、普通に俺が小学生の頃から、友達やクラスメイトとの会話で『殺す』という単語が行き交うことはあるけど。
彼女が口にした『殺したい』という言葉には、平凡な生活を送る一般人が軽々しく口にするものとは、全く違う重みがあった。
果たしてどういう経緯があってかは知らないが、きっと間違いなくナナとノノは綾小路家の人間を殺そうと思っている。もっとも、咲夜が殺害対象なのかは不明だけど。
咲夜を狙ってるのか、他の綾小路家の人か、はたまた綾小路の誰でも良いのか。いずれにせよ、咲夜に伝えておくに越したことは無い。
しかし、問題は咲夜が素直に呼び出しに応じるのかという点だ。
入院中に決めた約束で、学園では会話も含めたやり取りをしないと決めたばかり。俺が机に入れたA4には気づいてると思うが、無視する可能性だって十分にある。
万が一、話が必要な事態が起きた場合の行動も咲夜と取り決めておくんだったと、遅ればせながら後悔した。……いやまぁ、今回みたいな状況を事前に想定できるワケが無いんだけどね。
というワケで、俺は4時間目の授業が終わってすぐに教室を離れて購買部に立ち寄り、昼食用の総菜パンを2つ買ってから、人目に付きにくいルートを選んで待ち合わせ場所に向かった。
いつも通り購買部は生徒の争奪戦でにぎわっていて、購入までにいささか時間を取られたが、幸いなことにお目当ての物を手にできたので良しとする。
待ち合わせについても、咲夜だって俺の様に人目を避けながら時間をかけて移動するだろうし、そもそも来ないってパターンなら、俺がいくら早く行ったって意味ないもんな。
そんなことを考えつつ、体育館倉庫の裏に到着した俺は──、
「……遅い、いつまで待たせるのよ、アイツ……」
倉庫の壁に背中を預けて、スマートフォンの画面を凝視しながらブツブツと呟く咲夜の姿を目撃したのだった。
いや……めっちゃ早く来てるじゃん……。
「すまない綾小路、待たせた」
まさか先に来ているとは思わず、開口一番に謝罪の言葉が出てきた。
咲夜は俺の姿を視認すると、パッと一瞬だけ表情を明るくして、すぐに先ほどまでの仏頂面になっていった。
「遅いじゃない! 人を呼びつけておきながら遅れてくるなんて常識がなって無いわよ!」
「それについてはごめん。だけど、本当に来てくれるとは」
「はぁ? あなたが来いって言ったからわざわざ来てあげたんじゃない。ほかの奴の呼び出しだったら、相手になんかしないわよ」
「そ、そっか。ありがとうな……」
どうやら、来ないかもしれないっていう俺の懸念は杞憂だったらしい。
それならなおさら、購買部に立ち寄って待たせたのは申し訳なく感じる。
「──あ、別にあなただから特別とか、そういう意味で言ったわけじゃないんだから、そこは勘違いしないでよね! あくまでもこの前の借りが残ってるとか、そういう理由だから!」
「……? それは、まぁ何でも良いんだけど。貸し借りとかで言うならもうこの前の入院費とかでこっちの方があるんじゃ」
「それは、こっちの不手際の責任を被ってくれたことに対する最低限の補償よ」
「それを貸し借りとかって言うんじゃ」
「~~もう! 細かいことにいつまでもこだわってないで、さっさとアタシを呼び出したワケを言いなさい!」
色々と気になるが、いつ誰がここに足を運ぶかは分からないし、咲夜の言う通り話の本題に移った方が良いな。
「分かった。でもその前にもう一つ。口調が学園モードじゃ無くなってるけど、良いのか?」
「……別に、アナタと会話するのに装う必要も無いでしょ。問題でもあるワケ?」
「問題というか、万が一誰かが俺たちの会話を聞くようなことがあったら、咲夜の方にリスクがあるから、心配だなと」
「そう……心配、してくれてるんだ」
「そりゃあ、もちろん」
咲夜が普段学園で見せている清楚でお淑やかな振る舞いが全部嘘だったと、事実が広まればこの前の鈴鹿の襲来と咲夜の関連がまた取りざたされるかもしれない。
そうなると俺の方にも噂が飛び火する可能性はあるワケで。そういった危険の芽はどんな些細な物でも潰しておかなければ、いつ何が起きるか分からないからな。
「じゃ、じゃあ……いいわよ。面倒──いいえ、少し疲れてしまいますが、ここでもこの話し方で行きます」
「うん。そうしてくれると安心だ」
「……それで、ご用件はなんでしょうか? わざわざ学園内で会話するリスクを背負ってまで、私にお伝えしたいこととは?」
「単刀直入に言うよ。君──というか、綾小路家、また何かやらかしてないか?」
「はぁ!? 何でそんなこと──ッ」
一瞬でメッキが剥がれてキレそうになった咲夜だったが、すぐに我を取り戻し、コホンと清楚な咳払いを挟んでから言葉を続ける。
「不躾ですね。私はあの日以降、もう
「そうか……そうだよな。流石に、何度もトラブル起こしてらんないものな」
まずは一応念のため、咲夜がまだキツネ狩りのようなことをしていないか尋ねたが、答えはNoだった。
もちろん、俺に嘘をついている可能性だってゼロでは無いだろうが、わざわざそんな嘘をつく必要も無いだろうし、嘘だったらまた鈴鹿が怒って何かしら動いてるはずだから、咲夜の言葉は信用していいと思う。
となれば、残りは咲夜以外の綾小路家に属する誰かが、ナナとノノに殺意を抱かせるだけの何かをしたってことになるワケだが──そうだとしたら、仮に咲夜が何か心当たりがあるとしても、俺に話すことは無いだろう。
なら、この後に俺が彼女に言うべきことはもう、1つしかない。
「咲夜。こんな事言われても信じられないかもだが、俺は昨日、綾小路家を殺したいっていう奴に出会ったんだ」
「あら、そうですか」
「うん……うん? リアクション薄いな?」
もっとこう、驚いたり、もしくは笑って否定するとか、そういう反応があると思ってた。
だけど咲夜はいたって平然と、俺の言葉を受け入れている。あんなに簡単に演技が崩れるような咲夜が、だ。
「えっと、驚いたりはしないのか? というか信じるの?」
「嘘をおっしゃってるのですか?」
「いいや、マジの話だけどさ……」
「なら、そういうことがあったのだと受け入れるだけです。というよりそもそも、綾小路家が命を狙われるのは、特別珍しいことでもありませんから」
それはまぁ、先日の咲夜のこともあるから結構な説得力がある発言だ。
「……言っておきますけど、アタシのこの前のことは違うから。アレはあくまでも想定外過ぎたことだから」
俺が何を考えているのか、咲夜には筒抜けだったみたいだ。
素の口調も交えつつ、ジッと俺を睨んでから、咲夜は続ける。
「そもそも、綾小路家は日本に限らず世界を席巻する一大企業です。当然、あらゆる業界において競合他社は居ますし、それを押しのけて今の立場を維持し、成長し続けています。であれば当然、私たちに悪感情を抱く有象無象は幾らでも出てくるもの。純粋にビジネスで対抗する者も居れば、あるいは──」
咲夜はそこで言葉を止めたが、言わんとすることは理解できた。
「直接、命を狙おうとする奴もいると……」
「はい、その通りです。私の様に年端のいかない少女の場合は、殺傷より誘拐対象としての需要がありましたが」
「……昔から狙われてたのか?」
「ご想像にお任せします」
サラッと返事を返すが、言われた方はゾクっと背中に寒気が走る。
フィクション作品で金持ちの令嬢が誘拐や抹殺対象になる物は幾つもあるが、それが咲夜にとってはリアルの経験であるということなんだから。
ひょっとして、彼女の攻撃的な言動や思考は、金持ちの一族でボンボンに育ったゆえの傲慢というだけではなくて、幼いころから命の危険に満ちた環境で生きていくしか無かった故の、一種の自己防衛だったのかもしれない。
「……何よ、急に黙って人の顔見たりして。何か言いなさいよ」
幾ばくか咲夜の過去について思案していると、それがどう映ったのか、咲夜はまたも素を出しながら頬を若干赤く染めて、両手の指をモジモジしながら俺を見ている。
女子の顔を長く見続けるのは、要らない誤解を招く危険が非常に高いことを失念していた。
すぐさま視線をさっと外してから、本題を続けることにする。
「じゃあ、綾小路が何かしてなくても、取り敢えず命を狙われるリスクは常にあるワケだ」
「えぇ。うんざ──めんどく──残念なことですが、貴族に生まれた者の宿命のような物だと、受け入れるほかありません。──ですが」
そこで咲夜は声のトーンを今までより一段低く。
つまり、真剣な声色に変えて言った。
「誰が綾小路家を狙っているのか、そもそもどのような経緯でそんな人物と出会ったのか、それが分かるだけで取れる対策もありますので……言いなさいよ、いつの間にそんな奴と会ったのか、洗いざらい全部ね」
俺を見る目の色が尋問する人間の──例えるならキレる寸前の夢見みたいな色に変わる。
慣れない人間なら怯えてしまうんだろうが、ここは我ながら経験の差。この手の視線には(悲しいことに)慣れっこだったし、何より俺自身詳しく説明する気満々だったので、特に臆することは無かった。
「もちろん、言えるだけのことは話すよ」
リンゼと縁伯父さん、目黒先生との遭遇などについては余分な情報なので省きつつ、ノノとナナに出会うまでの経緯を説明した。
途中、咲夜は何度か考えるような素振りで俺の言葉を止めたりしたが、何か言葉を挟めることは無く、一応は最後まで聞いたのであった。
「──と、そんな感じなんだけど。ここまで聞いて君の方で心当たりは?」
「うん、そうね……」
咲夜はもはや演技をすることを完全に忘れて、口元に手を置いて真剣に考えあぐねている。
ナナもノノも良くて中学1年生程度の童女だが、それでも聞いていて咲夜には思い至る要素があったのか、そこから2分程度は沈黙が続いた。
その間、待つしかできない俺は購買で買ったパンを食べることも考えたが、流石にちょっと失礼だとも思って自重する。
そんな些細な葛藤をする俺を置いて、何かしら結論が出たらしい咲夜は、小さく喉を鳴らすような声を上げてから、俺に言った。
「取り敢えず、今のあなたの話は留意しておくわ。アタシの中でも、そのナナノノって子どもに思い当たることが無くも無いから」
「あるんだ、思い当たる所が……」
「ちょっと、そんなドン引きって顔しないでよ。あくまでアタシは本当にノータッチなんだから」
「うん……信じてるよ」
ナナやノノのような子から殺意を抱かれるようなことを、目の前の人間がしているとは思いたくないものな。
「ちなみに、アナタが出会ったその双子。ナナとノノだっけ? 名前はそれしか知らないワケ?」
「……そう言えば、苗字を聞いてなかったな」
「ったく、使えないですね……」
「ちょ、演技交えて罵倒しないでくれ」
さては咲夜め、演技と素を交えて話すことに早くも味を占め始めたか。
「何はともあれ、アタシにとってもあまり看過できない状況なのは分かったわ。その点については感謝してあげても良いわよ」
「無駄な情報じゃなかったのは良いけど、感謝くらいは素直にしてくれないか」
「ふふ、嫌よ」
「うわ、性格悪っ」
「どうとでも言いなさい」
そう言って笑う咲夜は、心底楽しそうな笑顔だった。
「それそうと、アタシに言いたいことって、もう終わり?」
「ん、ああ。そうだけど」
「そう。なら聞くけど……アナタこれからも、こういう時にわざわざ呼び出して会話しようって思ってるワケ?」
「出来れば避けたいけどな。必要ならそうするしかないと思ってるけど」
「……あのねぇ、普通に文明の利器を使おうって気にはならないワケ?」
「はい?」
「だからぁ! 素直にスマホでやり取りすれば良いだけなんじゃないかしら、とアタシは言ってるんだけど!?」
そこまで言われてようやく、俺としてはちょっと鈍感なくらいのタイミングでやっと、咲夜の言いたいことを察する事が出来た。
とはいえ、仕方ない事だろうと自己弁護と正当化をさせて欲しい。だって、
「良いのか? その──俺みたいな庶民の連絡先を君が知るなんて」
「何が問題なのよ、むしろ知ってて当然でしょ? アタシとアナタは、その──」
「???」
「──クラスメイト! 席が隣で、一番関係があるんだから! 何が問題あるっていうワケ!? 無いわよね!?」
「無いと思うよ? 俺も……」
「そうよね、だったら電話番号とRhineもやってたら教えなさい。それで今日みたいなやり取りは済むんだから!」
「わ、分かった……でも綾小路、そんな切羽詰まった様な声で急かさないでくれよ」
「アナタがトロ臭いから急かしてるの! それとその『綾小路』って呼び方もやめなさいよ、聞いてて長ったらしいんだから」
「えぇ…………」
自分の家の苗字を長ったらしいというのはどうなんだ。
「じゃあ、咲夜って呼べばいいのか?」
「~~~~~~~~~~……っそうね、その方が
「でも俺たち、普段は学園内で会話しない様に決めてるだろ? なのに急に名前で呼ぶのはリスクがないか」
「それがなんだって……いや、確かに言う通りなんだけど……でもいい加減名前で呼んでもらいたいし、だったら多少は関係バレのリスクがあったって……」
「あの~?」
何か小声でブツブツと呟き始めたが、具体的な言葉は全く聞こえない。
いい加減に何を考えてるか聞こうと決めた矢先、咲夜は何かしら思考の結論が出たのか、俺にピッと指をさしてからこう続けた。
「良いから、2人きりの時! その時だけで良いから、アタシのことは名前で呼びなさい、分かった!? あと連絡先もちゃんと教えなさい! 拒否権無いから!」
「…………了解っす」
いつになく真剣かつ迫真な剣幕に押されて、ついつい敬語で首を縦に振ってしまうのだった。
押し切られる形で連絡先を交換し、わがままを押し通せて満足したのかニヤつきながら校舎に戻っていく咲夜の背中を見送ってから、俺はそのまま倉庫裏で買ってきたパンを頬張る。
無理やり交換したことは面白くないが、図らずも綾小路財閥のご令嬢の連絡先を知ることが出来たと思えば、未来のことを考えると案外願ったり叶ったりな出来事なのかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に制服の胸ポケにしまってたスマートフォンがぶるぶると震えたので取り出すと、知らない番号からの電話が来ていた。
市外局番の数字から企業や公衆電話からの電話ではなく、誰かの携帯からだと分かる物の、俺は基本的に知らない人からの電話には出ないようにしている。
なので、今回もその例に洩れず、消音ボタンを押してバイブレーションだけ止めて放置した。
「さて、と。帰りの準備を──っと、しつこいな」
昨日のお昼に夢見と確認した通り、今日は午後が授業なしでお昼休みが終われば即帰りのHRになる。
そのため、さっさと食べて教室に戻ろうと、残ってるパンに口を付けようとした矢先。またもスマートフォンが着信を知らせてきた。
電話先は今しがた無視したのと同じ番号。
これは電話に出るまで何度も掛けてくるパターンだと思い、同時に、何かしらの事情で普段と違う番号で電話してきた俺の関係者かもしれないと思い、若干の躊躇いを残しつつも電話に出ることにした。
「はい、もしもし」
知らない番号に出る時、必ず守らなきゃいけないのは『野々原です』と相手に自分の情報を開示しないこと。
もし相手が詐欺狙いの悪質な相手だとしたら、これだけでもう『獲物がヒットした』とほくそ笑むことになるからだ。
何者か分からない相手との電話は、まず相手の方から情報開示するのを待つ。それが必須。
そんな俺の狙い通り、電話先の相手は自分の方から正体を明かした。
『やるじゃないですか先輩、あの綾小路家と直に繋がる手段を得るだなんて』
「……っ、どうして君が俺の電話番号を知ってる? リンゼ」
電話越しでもすぐに分かる、相手の正体はリンゼだった。
俺から電話番号を教えた記憶は無いのだが……。
『夢乃さんから聞いていたんです。有事の際の連絡先は、多い方が良いでしょう?』
「あー……そっか。じゃあまぁ、納得」
先日の目黒先生に披露した口八丁手八丁を知ってると、本当か怪しい所だが。
まぁ、あの母さんならサラッと何も考えずに教えていそうではある。
……せめて、俺に番号を教えたことくらいは話してほしいものだが。
「まぁいいや。それで、どうして俺と綾小路のやり取りを把握している?」
『先輩、ダメですよ。ちゃんと名前で呼んであげなきゃ──おっと失敬。呼ぶのは2人きりのときだけ、でしたね』
「最初から全部聞いてるのかよ……さては近くにいるな?」
『ふふ、流石先輩。それでこそ救済★病み倶楽部が誇る川國のトラブルシューターですね』
「その背筋がぞわっとする呼び方やめろ、次やったら着拒にするからな」
初めて聞く呼ばれ方に、つい本気で拒絶反応を出してしまったが、リンゼの方は俺の反応なんか特にお構いなしとばかりに小さく笑うだけだった。
『お察しの通り、私は先輩から半径18m以内の場所に居ます。ちなみに初代ガンダムも同じくらいの高さらしいですよ? 案外大きくないんですね、ガンダムって』
「ロボットの高さとかどうでも良いから。何で君まで夢見みたいな事してるんだよ」
『おや、ガンダムを安易に"ロボット"と括るのはファンが──いや、それはどうでも良いですね確かに。しかし先輩、私は小鳥遊さんの様に先輩を盗撮しようと思って尾行したのでは無いのですよ』
思いっきり尾行って言いやがったよこの後輩。
『偶然──ここは本当に偶然ですよ? 綾小路さんがお昼休みに入って早々、普段なら絶対歩かないようなルートを中々の速足で移動したのを観測したので、気になったのをこっそり追いかけたのです』
「尾行してんじゃねえか」
『まぁまぁ。それで何故か体育館倉庫裏に行くのを見て、"告白でもされるのか"と思い校舎に戻ろうとした所、何故か先輩まで倉庫裏に行くのが見えたじゃないですか。そうなると心配なのは、小鳥遊さんにバレないかという点』
「……ほう」
『幸いにも先輩方を中等部校舎から覗き見るのは角度的に不可能。しかし、先輩の周囲に物理的に潜んでいる可能性は否めません。なので、先輩方の会話中周囲を警戒しまわっていた……ということです。ご納得いただけましたか』
納得も何も。
納得より先に、まだ3日も経ってないのにそこまで警戒されている夢見にちょっとだけ、同情してしまった俺が居る。
それはそうと、リンゼの気遣い……うん、気遣いってことにしよう。それ自体は本当にありがたい。
「よく分かったよ、それで、問題は?」
『皆無です。先輩の衣服から盗聴器の類も検出されなかったので、こうして安心してお電話を掛けている次第です』
「でも、何でわざわざこんな事してるんだ、頼んでも無いのに」
『やだなぁ、言ったじゃないですか。"私は先輩の味方です"と。有言実行したに過ぎません』
「そ、そっか……ありがとうな」
『いえいえ。それで先輩、覚えておいてくださいね』
「ん? 何をだ」
『番号です、今かけている電話番号。それが私の連絡先になります。先輩方の様にRhineは入れてませんから、これから御用の際は電話のみで、お声を聞かせてくださいね』
そう言うと、一瞬間を置いてから、念入りのようにリンゼは言う。
『くれぐれも、先ほどの様に無視しないように、お願いします』
夢見と同様、俺もまだリンゼに出会って3日も経っていない物の。
今の言い方が、普段よりちょっとだけ不満そうな声に聞こえて、珍しく感じたからだろうか。
俺は普段なら絶対に言わないようなちょっかいを、リンゼに対して言ってみた。
「……もしかして、咲夜だけ連絡先交換してるのが面白くなかったり?」
『──っ』
「あれ、リンゼ?」
すぐ何かしら返事を返すと思ってたリンゼが息をのむ声が、耳朶に響いた。
珍しいことは続くものだな、と謎に関心した矢先。
『そういうことにして置いたら、先輩は私を可愛い女子と思ってくれたりするのでしょうか?』
「ぶっ!?」
絶対そんなこと思ってないと、声だけで分かる声色でいうものだから。
呆気なく噴き出して、カウンターを返されてしまった。
『ふふふ、それでは先輩。この後、救済★病み俱楽部でお会いしましょうね』
俺の反応を楽しむだけ楽しんだ後、そう言ってリンゼはあっさりと電話を切ったのだった。
「……普段言わないようなことは、誰に対しても口にするもんじゃないな」
それが今回の僅かなやり取りの中で、俺が覚えた教訓なのであった。