ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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すっかり更新が遅くなってしまいすみませんでした
本当はもう1週間は早く更新したかったのですが、酒が美味しくてと更新が滞りました
ついでに体重もお酒飲んでから一気に増えました
みなさんもお酒には気を付けてください。アイツらは味方の顔をした敵です

酒と言えば、本当はお酒に強いのにわざと弱いふりをするヤンデレCDヒロイン筆頭は、個人的に巴かなと思ったりしてます


TRACK8 双子座 逃鬼行

 野々原家の家事は、毎月の最終日曜日に家族で何を担当するか話し合い、分担して行っている。

 例えば父の仕事が佳境の時期は、他の3人が多めに請負うが、逆にリモートで働く日が多い時は普段より父の担当が多くなる。

 

 しかし、こと料理に関しては基本的に渚が担当し、他の家族は渚の補佐という立場に収まっている。

 これは決して押し付けられたワケでは無く、渚が家族の中で最も料理が上手いうえに、彼女自身も積極的に料理当番になりたがるので、自然とそうなっていったのだが。

 

「だーかーらー! いつも言ってるでしょ、お母さんは座って野球中継でも見てて!」

「いーやー! 今日はあたしが作るのー!」

 

 どういうワケか、母親の夢乃だけは自身が『およそ料理とは呼べない、食材に対する冒とく』としか表現できない物を生み出すレベルの料理下手にも関わらず、何故かやたらと自分が料理を作りたがる。

 この日も夢乃が持病の作りたがりを発症させ『そろそろリンゼちゃんに野々原家母の味を食べてもらいたい』と肉じゃが(を目指した旅の果て)を作ろうと意気込み、渚が『刑事事件を起こしたいの? 馬鹿なの? 死ぬ?』と全力で止めようとしていた。

 

 来栖曰く、『第nキッチン領有権戦争』の勃発である。

 

「もう、どうして家に誰も居ない時に限って頑張ろうとするの!?」

「誰も居ない時にお料理作ったら、あっくんも来栖もビックリするじゃない~!」

「それは『ビックリ』じゃなくて『恐怖』だから! お母さんの作る料理を食べなきゃいけない事実に絶望してるだけだから!」

「そ、そんなことないよ! あっ君も来栖も『今まで比べて非常に成長を感じる味』だって褒めてくれるんだから」

「お父さんは気を使ってるだけ! お兄ちゃんはマザコンなんだからそういうに決まってるでしょ!」

 

 だいたい、そんなものは毎年世に出る某ワインのキャッチコピー程度の参考度しかない。

 そもそも、文中に全くもって『美味しい』という単語が含まれていない。

 

「う~せめてお兄ちゃんが居たら説得できるのに……」

 

 父親は上記にある『仕事が佳境の時期』真っ只中で平日は帰りが23時前が確定している。

 兄の来栖も『学校の活動』と『リンゼに街案内をする』という理由で帰りが遅くなると、事前に連絡があった。

 なので今日は19時を迎えても渚と夢乃の2人きりで、それなら普段よりもゆっくりと夜ご飯の準備をしても良いかと思っていたらこの始末だ。

 たとえマザコンだろうと、母親の壊滅的料理センスを知ってる来栖が居たら、上手いこと押さえつけてくれたかもしれないのに。

 

「今日は絶対に譲らないんだから~! いい加減渚ちゃんの料理ばっかり食べてたら、あっ君の胃袋が取られちゃう~!」

「もうとっくに私のものだから諦めて」

「ひぅっ! まだだ、まだ終わらないもん!」

「いや、始まってすらないから……」

 

 ここ最近はキッチンに立たせることを食い止めることが出来たが、逆にそれがモチベーションを高めてしまったようで、今夜の母親は是が非でも自分が料理をするのだという気迫に満ちていた。

 そんなに熱意を向けるくらいなら、まともな調味料の配分くらい覚えろと言いたいし、何ならオブラートに包んで何度も言ってる渚だったが、こと『独創性』に重きを置いている夢乃には馬耳東風。

 

「あーもう分かった! 分かったからお母さん、せめてお手伝いはさせて……ね?」

「渚ちゃん……分かってくれるのね!」

「もう二度と圧力なべの爆発とか見たくないだけだから……変なことした時は全力で、力尽くで止めるからそのつもりでいてね?」

「はいは~い!」

 

 どうにも今回は夢乃を止めるのは物理的に命を奪う以外は不可能だと察した渚は、現状はそれも難しいため、やむを得ないが今回がメインを夢乃に委ねて、自分は致命的な部分だけ補助に回ろうと観念した。

 

 そこから先の1時間半以上は、戦いだった。

 夢乃が次々と織りなす奇天烈な調理をぎりぎりの駆け引きで未然に防ぎ続け、最終的には肉じゃがなのに何故か後味が酸っぱいという意味不明な味付けにこそなったが、どうにか食事が成り立つ程度に収めることが出来た。

 出来た肉じゃが()()()()()を容器に移して、調理に使った鍋を先に軽く水洗いしていると、

 

「──ただいま帰りました」

 

 玄関の扉が開いて、まだ野々原家では聴き馴染みきってはいない少女の声が入って来た。

 

「あ、おかえりなさいリンゼさん。今日は遅かったんです……ね……?」

 

 兄と共に帰りが遅くなるとは言ってたが、21時が目前になった頃にようやく帰宅とは、あまり感心できないなと内心思いつつ、玄関のリンゼを迎えに行った渚は。

 

「あれ……お一人ですか?」

「はい」

「……っ」

 

 リンゼの顔を見て、普段の柔和な笑顔とはかけ離れた真剣な表情を見てすぐに、何か異変が起きたことを察するのだった。

 

「リンゼさん……お兄ちゃんは、どうしたんです?」

 

 その問いに、リンゼはスグには答えることはせず。10秒ほど間を開けてから、

 

「はい、先輩は────」

 

 重苦しく、口を開いた。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「まだ10時か……くそ」

 

 ソファの上で横になりながら眺めるスマホに表示された時刻を見て、つい悪態をついてしまう。

 ナナとノノを相手に隠れ鬼ごっこを始めて、まだほとんど時間が経っていないことに絶望する。

 

 目黒先生をリンゼに託して、足早に双子のいるガレージから離れて隠れる必要があったが、俺は慣れ親しんだ『救済★病み俱楽部』の事務所に潜むことにした。

 これは別に安直に決めたわけでは無い。

 ナナとノノの危険性を認識したうえで、自身に危険が降りかかるのを承知の上で『隠れ鬼ごっこ』を提案したからには、当然俺にもある程度理屈と勝算がある。

 

 自宅は割れてるから論外だし、自宅周辺も同様の理由で却下。

 木の葉を隠すなら森の中ってことで人の多い駅前商店街というのも考えたが、目黒先生をあんな目に遭わせる双子だ。万が一でも無関係な人達が巻き込まれるような事態になれば、被害は甚大なものになってしまう。

 ならば電車に乗って県外まで──というのも、手持ちのお金的に無理だった。帰りの分を度外視していけるギリギリまで行ったとて、そこは土地勘皆無の場所。もし仮に日が昇る前にナナとノノに追いつかれてしまった場合には、有効な逃げ場所が分からず万事休すだ。

 

 つまり、ナナとノノから隠れ逃げ切るのには、俺にとって隠れやすく、万が一見つかっても逃げられるだけの地の利が必要不可欠。

 俺が潜んでるこの工業エリアはナナとノノの目撃情報があった場所だが、ナナとノノは恐らく彼女らを追う集団(こいつらの事も非常に気がかりだが、今は考えていられない!)から逃げる一環でこのエリアを通り過ぎたってだけだと思われる。

 その証拠に、彼女たちはここと離れた場所に隠れ家を置いていたのだから。

 

 更にここは、昭和のバブル崩壊とその後の不景気で時代に置いて行かれた廃工場が並ぶ場所。

 朽ち果てた廃墟が立ち並び、月明り以外にマトモな光源の無い場所で、何より俺の家と違ってここはまだ彼女らにバレていない。

 部屋の照明を落とし窓も遮光カーテンで閉じきっている現状は、まさに"かくれんぼ"としては最高の条件なハズ。

 

 それでも、もし、最悪の場合、考えたくはないが、この後彼女らに見つかったとして、見知らぬ土地と違ってこの部屋は俺のテリトリーだ。

 迎撃手段は無いが、この部屋から逃げる手段だけは用意してある。

 

 夢見にも言ってないが、実は俺がいつも依頼人を前にする際に座ってる椅子、その背後に設置された窓の下には、この廃工場や周辺の工場で放置されてあった、緊急避難用マットが3重に敷かれてある。

 今となっては見る影も無いが、ここら一帯も現役の頃は大きな機械が常に稼働し、大量の燃料が使われていた工場地帯だ。いつ甚大な事故が起きても、工場作業員が2階以上の高さから飛び降りて避難できるための設備が施されているのは当然の話だろう。

 それを3枚も敷いているんだから、たとえ初代ガンダムの高さ18mから飛び降りたってへっちゃらだ。

 品質についても普段から状態を確認しているので、今この瞬間に記録的台風や竜巻でも起きない限り、位置がズレてたり穴が開いて使い物にならないってことは無いハズ。

 

 かつては作業員の、そして今は夢見が暴走したケースを想定した俺の逃走経路だったが、備えあれば憂いなしとはまさにこのことだな。

 

 特定される可能性が限りなく低い場所。

 万が一の場合に備えて用意された逃走経路。

 かくれんぼに求められる土地勘も十分にある。

 我ながら成り行き任せの判断なりには合理的かつ、適切な場所を選べたのではないだろうか。

 

 なーんて思ってても、相手は俺の家周辺まで突き止めた上に、本人曰く"匂い"だけで居場所を当てた尋常じゃない双子。

 万が一なんて言わず、ここが見つかった場合の逃走経路もしっかりと考えておかないとだな。

 

 ──そうやって、気を引き締めた直後。

 

 マナーモードのスマートフォンが小刻みに振動して、リンゼからの着信を告げた。

 ちょっとだけ盛大にビビったが、電話先の名前が見えてそれもすぐに収まる。俺はポケットにしまってあった専用ケースからワイヤレスイヤホンを取り出して接続して、電話に出る。

 

「もしもし、俺だよ」

『先輩、リンゼです。ご無事ですか?』

「あぁ、大丈夫だよ」

『今はどちらに? まだ県内にいますか?』

「病み俱楽部の事務所に隠れてる」

『良いですね。そこなら先輩にとって庭のような物ですし。適切な判断だと思います』

 

 リンゼから見ても、俺の判断は悪くなかったようで安心した。

 出会ってからまだ日は浅いが、彼女の頭のキレや要領の良さは俺よりずっと上なのは分かってるから、そんな彼女からお墨付きが貰えるのは、だいぶ心強い。

 

「ありがとう……そっちは目黒先生どうなった?」

『安心してください、口元や手足の指は無残な物です。胴体にも刃物で傷つけられたと思われる怪我が』

「そっか……」

『ですが、彼女らも加減してたのか見た目より軽症です。私程度の知識でも対処可能な程度だったので、付近のコンビニで買った消毒液や包帯で、最低限の処置だけしました』

「出来ちゃったんだ、応急処置……」

天聖院学園(向こう)での生活の賜物ですね。命に別状は無いのでご安心を』

 

 どうして一介の女子高生が怪我人の手当なんて出来るんだ。

 ニライカナイ島の天聖院学園って、名前の割にかなり物騒な場所なのか? 

 

『それよりも深刻なのは、肉体より精神面でしょうね。少し前まで錯乱して、今は気を失っています。事情が事情なので、安直に病院に連れて行くワケにも行きませんから、しばらくはガレージ内に置いたままですよ』

「そっか……分かった」

 

 出来れば、どんな経緯でナナとノノに捕まったのかを知りたいが、もはや先生も俺も、それどころではない状態だ。

 とにかく、今は先生を危険から遠ざけて、少しでもマトモな状態に戻ってもらうのを待つしかない。

 そしてそれ以上に、俺が捕まらないようにしないと。

 

「あと、母さん達には帰れないこと、伝えてくれたかな」

『もちろん。多少──いえ、かなりの脚色を加えてですが、夢乃さんと渚さん、両方からの納得をいただけました』

「……本当に助かるよ、ありがとう」

 

 どんな理由で納得させたのか気になるけど、今はそれに気を取られてる場合じゃないので後回し。

 何であれ、家族が納得してくれてる。それだけ今は十分だ。

 

「君はまだ家に?」

『こっそり抜け出して、もうガレージに居ます。今は、ここに残った痕跡からナナさん達について出来る範囲で調べてますが……すみません、これについては全然です』

「いいや、もう十分すぎる程に仕事してくれてるよ。出来過ぎなくらいだ。それ以上は無理しなくて良いから」

『現在進行形で最大限の無茶を敢行してる先輩が言えることですか? ……とにかく、あの2人は目黒先生に付けた傷からも、何かしらの凶器を携帯しているハズです。先輩を"遊び"の中で傷つけることを厭わないでしょう。事務所(そこ)は現状ベストな潜伏先ですがくれぐれも油断せず、見つかった場合はすぐ逃げてくださいね』

「あぁ。頑張るよ」

 

 そう言って、最後に2時間後また電話をする約束だけして、話は終わった。

 事態は停滞しているが、それでもこの不安しか募らない状況下で頼れる味方と会話できるのは大きかった。

 日が昇るまではまだ何時間もある。今日は眠れそうもないから体力もだが、精神もすり減らさない様に、平静を保つことは大切だ。

 今となっては黒歴史だけど、中学時代に鈴鹿と一緒に不良退治してきた経験が、こういう時の肝っ玉に繋がってるんだろうな。あの経験を肯定する気は無いけど、全くの無価値では無かったみたいだ。

 それにしても、今この瞬間にあの馬鹿が居てくれたらどんなに心強いだろう。

 ちょっと前から全く連絡が取れてないが、本当に、こういう必要なときに限ってアイツはいつも不在なんだから。馬鹿野郎め。

 

 そんな風にどっかで暢気してるだろう親友に悪態を付いている俺の意識を一気に現実に引き戻すかの如く──、

 

「──ッ!」

 

 事務所の扉の向こうから、ゆっくりとだが間違いなく確実に、誰かが階段をのぼる靴音が聞こえてきた。

 僅かに弛緩していた精神が一気に引き締まり、音を立てないよう静かにソファから離れて逃走経路である窓ににじり寄っていく。

 扉には当然施錠を掛けてある。

 もしドアを破壊する様な動きが見えたら、すぐに窓から飛び降りる用意をしていたが、限界まで高まりつつあった警戒を瞬く間に引き下げる、柔らかい声色がドアの向こうから聞こえてきた。

 

「お従兄ちゃ~ん、あたしだよ、ドア開けて~?」

「……夢見か?」

 

 聞きなれた、常にほわほわした気抜けしそうな声色は、間違いなく夢見のそれだ。

 

「うん、そうだよ~」

 

 扉の向こうの人物はあっさりと俺の言葉を肯定するし、その即答ぶりもまさに俺がよく知る夢見の言動そのもの。

 だけどおかしいじゃないか。俺がここに潜んでることは現状リンゼしか知らない。リンゼが夢見に連絡したって話は聞いてないから、このタイミングで夢見が俺に会いに来るワケが──あぁ、いや違う。

 

 そうでもなかったわ。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「もうビックリしたよ。普段なら絶対こんな時間に居ないのに」

 

 手提げかばんをテーブルに置きながら、夢見はこんな変則的な状況でもいつもと変わらず、ほんわかとした口調で言った。

 

「……どうして夢見は、俺がこの時間に、ここに居ることを知ってたんだ?」

「え! ……えっと、念のために前から事務所の階段に誰か近づいたら、あたしのスマートフォンに通知が来る様にしててぇ……」

「ふぅん……」

 

 そもそもこの部屋、夢見が設置してる隠しカメラ(俺もリンゼも把握済み)がびっしりと配置されている。

 であれば当然、夢見がその気になればいつだって、事務所の様子を確認できる環境が整っているんだろうが。

 まさか階段にも仕込みがあって、しかもスマートフォンに連動させてたとは。

 

「そういうのは、俺にも事前に話してほしかったな」

「ま、前から言おうとは思ってたんだよ? 本当だよ? でも、言い出すタイミングが無くって、えへへ」

「それって、俺が信用されて無いから?」

「えええ!? ちょ、ちょっと待ってお従兄ちゃん! あたしそんなつもりじゃなくて──」

「あーショックだなぁー、俺信用されてねえのかぁ、ずっと仲間だと思ってたの勘違いだったかぁ」

「違うから! 今だってお従兄ちゃんに何かあったと思ったから急いで準備して来たんだよ!? お願いだからそんな悲しいこと言わないで!」

「──くくっ、くっふふふふふ!」

「…………おにいちゃん?」

 

 緊迫した状況で、間違いなく味方だと思える夢見がやってきて、緊張がほぐれた反動だろうか。

 普段なら言わない、夢見の不安を煽る様なことを言ってからかってしまうし、それにあたふたする彼女の様子が面白くて仕方ない。

 良くない。

 実に良くない行為だよ、こういう人の心をおちょくるような言動は特に。夢見相手にはさ。

 

「…………もしかして、揶揄われた?」

 

 あぁほら、夢見も気づいちゃった。

 頭のおかしいことを平気でしでかすけど、頭が悪いわけじゃない夢見なら、すぐに自分が揶揄われたことに気づくよな。

 

「ごめん、夢見が来てくれて嬉しかったから、ちょっと()()()()()

「もう、お従兄ちゃんのばか! ……って、嬉しいって言った今!? あたしが来て嬉しいって!」

 

 平時の自分なら夢見が来てくれたことに「嬉しい」と明言しないけど、この状況では素直になっても仕方ない。

 

「うん、言った。いつもなら言わないよね、こんなこと」

「絶対言わない! 普段から言って! いじわる!!!」

「ならもう少し普段から常識的な振る舞いをし──あっ」

 

 ──ぐぅぅぅぅぅ。

 

 俺が思わず言葉を止めてしまうほどの猛々しい音が、よりによって俺のお腹から奏でられた。

 

「あはは、お従兄ちゃんすごいお腹の虫なってる」

「……だな」

 

 思えば、お昼休みに食べてから今日はずっと動きっぱなしなのに何も口に入れてない。

 緊張感でそれどころじゃなかったが、リンゼとの通話や夢見が来てくれたことで、一気に気が緩んでしまったんだろう。

 自分が何も食べてないと自覚した途端に、空腹感が主張し始めてきた。

 

「お従兄ちゃん、お昼からなーんにも食べてないんでしょう。普段なら家でご飯食べてる時間帯にここに来てたもんね?」

「あぁ。無我夢中で逃げてたから、コンビニ寄るなんて発想も無かった」

 

 この辺は街の発展から置いてかれたエリア。

 なので、コンビニは自転車でも10分かかる様な距離にしかない。

 流石に現状で出歩くのは不用意が過ぎるし、夢見に何か買ってもらう様に頼むしかない。そう思った矢先に。

 

「そんな腹ペコのお従兄ちゃんに、はい! 夢見特製お握りとBLTサンドに、麦茶だよ!」

 

 手提げかばんの中から、可愛い柄でラッピングされたお弁当セットを出してきた。

 

「おぉ……マジか……!」

「お従兄ちゃん、もしかして何も食べてないんじゃって思って、作って来たの」

 

 今日の夢見はどうしたんだ。心の不安から空腹感まで、完璧にケアしてくるじゃないか。

 

「どうしてここに居るのか、色々聞きたいことはあるけど、まずは遅めの夜ご飯にしよ!」

「はい、いただきます……ホント、助かる」

 

 何でも好きな物から食べてね、と語る夢見の好意に甘えて、一番ボリュームのありそうなBLTサンドを口に運んだ。

 内側に水っぽさを防止するため薄くバターが塗られたバンズをひと噛みすると、シャキシャキしたキャベツ、新鮮なトマト、そして特製ダレが染みた照り焼きの3連コンボが味覚を襲う。

 

「どう? そのBLTサンド。バンズにちょっとお手製マスタードを入れてるの。美味しい?」

「今まで食べてきたサンドイッチで一番おいしい」

「本当!? 渚ちゃんが作るのより?」

「あぁ、断然に」

 

 この状況が一種のスパイスになってるのを差し引いても、とびきり美味しかった。

 

「嬉しい! どんどん食べてね! 麦茶も飲んで~」

「ごく……ごくっ、ぷはぁ! 冷えてて助かる」

 

 夢見が出してくれた水筒の麦茶も遠慮なく飲んで、乾ききってた喉を潤す。

 

「もう、お従兄ちゃんこどもみたい。喉詰まらせないでね?」

「あぁ、気を付けるよ」

 

 そう言って、俺は2個目のBLTサンドに手を伸ばしたのだった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「ふふ、お従兄ちゃんすっごい勢いで食べて、ハムスターみたいで可愛かった」

「ふぅ。ごちそうさまでした。……本当にありがとう、美味しかった」

「お粗末様でした~」

 

 まだBLTサンドしか食べてないが、そもそもボリュームがあるので、3つ食べたら空腹感は一気に落ち着いた。

 お握りが残ってるけど、そろそろ夢見にも状況を説明しておきたいので、いったん麦茶を一飲みして食事は終わらせることにする。

 

「お腹もいっぱいになったし、俺がどうしてここに居るのか、夢見にも話すよ」

「うん、話して。今日は確かリンゼさんと、あのヘンテコ双子を探してたんだよね?」

 

 こうしてる今でも、ナナとノノは俺を探してるからな。

 長々と話す余裕は無いし、なるはやでコンパクトかつ正確に、事実のみを伝えるとしよう。

 

「まず夢見の言う通り、リンゼとナナ達を探して。そしたら、ノノから会いに来た」

「向こうから来たんだね、手間が省けて良かった」

「見せたいものがあるからってリンゼと一緒に彼女達の家まで行った」

「……なんでそこで素直について行っちゃうのかな」

 

 さっそく、夢見の表情が呆れと軽い怒気を孕み始めてきた。

 ほいほいと年下とはいえ女の家に行くな、と言いたいんだろう。

 でも、続きを聴けばそれどころじゃなくなるぞー。

 

「小一時間程歩いて着くとそこには、拷問されてる目黒先生が居たんだ」

「え」

「先生を助けようと思って、俺を標的にした隠れ鬼ごっこを提案した」

「どうして?????」

「彼女らは何故か綾小路家の人間の命を狙ってたから、咲夜の情報を条件にしたら、すぐに乗って来た」

「ツンデレお嬢様、完全に巻き込まれ事故でそこだけは面白い」

「タイムリミットは日が昇るまで。捕まれば俺も咲夜も危ない」

「そうだね。別にあのチビ貴族の命は危なくされても良いけど」

「だから、双子にまだ知られてない事務所(ここ)に隠れることにしたんだ。以上が事の経緯だよ、何か質問はある?」

「うん。お従兄ちゃんってこの前不良が来た時もそうだけど、馬鹿な事するのに躊躇が無いよね?」

 

 うん……非常に正しい意見だ。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「お従兄ちゃんの身に何が起きたのかは分かったよ。や~~~っぱり、あたしの言う通りだったでしょ?」

「はい……今回は何から何まで夢見が正しかったです」

 

 双子の異常性、目黒先生と依頼内容の怪しさ、夢見はその両方についてハッキリと言及していた。

 ナナとノノとの交流はともかく、依頼については夢見の意見を取り入れて断っておけば、少なくとも今頃俺はとっくに風呂も済ませて、自宅のベッドで横になっていただろう。

 

「でしょう? これからはもっとあたしの事を大事にするべきだと思うな。……リンゼさんなんかよりも」

「ん?」

 

 一気に声の質感が高まった気がしたし、きっと勘違いでもなんでもないぞこれ。

 

「そうだよ。お従兄ちゃんの役に立ってるかもしれないけど、お従兄ちゃんの隣に居ていいのは本来あたしだけなんだから」

「えっと、小鳥遊さん?」

「そもそもお従兄ちゃんの味方面してるけど、初めてノノと会う前にあの人が意味深なこと言ってたし、今回の件だってあの人が一緒の時に起きてるし、もしかして自作自演なんじゃないの? ううん、きっとそう」

「待て待て待て、幾らなんでも話が飛躍し過ぎだって!」

「そんなこと無いよ。だって現にお従兄ちゃんはリンゼさんと一緒に行動して大変な思いしてるんだから。そもそも、あたしが最初から一緒に居たら、お従兄ちゃんにこんな思い絶対させなかった」

 

 思わぬ展開だ。まずい方向に夢見の思考がエスカレートしている。

 一旦落ち着かせたいところだが、経験で分かる。一度この状態に陥った夢見はかなり面倒。

 下手に否定したら怒りの矛先は自分に向くし、肯定しすぎても自分の首を絞めることになる。

 それでも、ナナとノノどころかリンゼに対して殺意が向きかけているのを放置するわけにもいかない。どうにかヘイトコントロールしないと……。

 

「夢見、俺の事を思って言ってくれるのは分かるが──っ!」

 

 どうにかしようと口にした言葉はしかし、最後まで言い切ることは出来なかった。

 夢見に口止めされたからではない。

 

 ──pipipipi! 

 

 夢見のスマートフォンから鳴る簡素な通知音が、俺と夢見の口を強制的に黙らせた。

 

「ゆ、夢見、その通知音って」

「……お従兄ちゃん、静かに窓に行こう。いつでも外に飛びこめるように準備して」

「──ッ、分かった」

 

 数瞬前までの興奮気味な言動が嘘のように、冷静になっている。

 テーブルに置いてたお握りを瞬く間に手提げかばんにしまい、夢見は俺に手渡した。

 その指示に逆らわず、かばんを受け取って物音を立てないように、忍び足で窓に向かう。

 

 避難用マットは夢見には内緒だったはずだが、さり気なく夢見は把握していた。

 通常なら驚くところだが、あいにく今はそんな余裕は無い。

 俺が思った通り、さっきの通知音は先程夢見が言及していた──『来訪者を知らせる音』だった。

 

 こんな街外れにある廃工場の2階に事務所がある事実を知るのは、救済★病み俱楽部のメンバー以外では過去の依頼人のみ。

 

 リンゼ、あの子の性格から鑑みて連絡なしでやって来るとは思えない。

 目黒先生、拷問から解放されたばかりで到底あの場から動けるワケが無い。

 過去の依頼人の誰か? 仮に用事があるとして、わざわざこんな時間に来る馬鹿はいない。

 

 これらの事から、今階段をのぼってこの部屋に向かっている"誰か"は、救済★病み俱楽部の仲間でも無ければ、過去の依頼人でもない、全く別の種類の来訪者ってことになるワケで。

 

 そうなった場合、今の俺の状況で思い浮かぶのは──そんな俺の思考を肯定する様に、

 

『──コン、コン。おにいちゃん? ここに居るのかしら?』

 

 事務所のドアの向こうから、軽いノック音と共に可愛らしい声(絶望の訪れ)が聞こえた。

 当然、声の主が誰かなんて今更考えるまでもない。

 ましてや、その声に返事をするワケも無い。

 

 俺は窓際の壁に手を付けて静止し、夢見は扉と俺の間に立って、懐に手を忍ばせる。

 

『あら? 何も返事が無いわ。居ないのかしら』

『そんなワケないよ。だってここにおにいちゃんのにおいがするもん』

 

 に、匂い!? 

 まさかそんなモノで俺を追ってここまで探り当てたっていうのか、この子達!? 

 信じられないけど、同時に納得してしまった。

 ノノと初めて会ったのは川國からかなり離れた場所だった。そこから俺の家のすぐ近くまでナナが来たのも、偶然の類じゃなく『匂い』を追ったからなのか。

 ならもっと人の多い場所に潜伏してれば──いいや関係ないか。

 仮に事務所(ここ)じゃない何処かに潜んでいようが、あるいは県外まで電車に乗って逃げていようが、結局は嗅ぎつけられて見つかるし、その時間に僅かな差異が生じるだけだろう。

 

 それにしたって、匂いだけでここまで正確に追ってこられる物なのか? 

 警察犬みたいな訓練でもしてたのか、あるいは俺が自覚できてないだけで実はかなり体臭がキツイとかじゃ──。

 

『それに、さっきピンク髪のおねえちゃんがスキップしながらここまで歩いてたもん。絶対におにいちゃんはこの部屋の中にいるはずだよ!』

 

 夢見ぃー!! 

 ストーキングされてたぞお前ェー!!!!!! 

 

 ──なんて、大声で叫べるものならどんなに気が楽だろうか。

 

「……ごめんなさい、お従兄ちゃん。気をつけてたつもりだったのに、全然気づかなかった」

「いや、謝らなくていいよ。気付ける方がおかしいから」

 

 実際問題、夢見にバレずにストーキング行為が出来るナナノノが異常なだけだ。

 

 普段のエキセントリックな振る舞いで認識が狂いがちだが、夢見はなんだかんだ言ってもまだ中等部の女子学生。

 そんな娘が夜中に、こんな人のいない場所をぶらついて警察に見つかれば一発で補導だ。

 出歩いてた目的を話せば最後、俺だって警察のお世話になってしまう。

 

 だから自分でも『気をつけてた』と言ってる通り、夢見は警察と遭遇するハプニングが起きないように、ここに到着するまでのルートを慎重に選んで来たはず。

 その過程で一度、ナナノノの尾行を意識しない内に撒いていたんだろう。

 結果的に夢見がこの部屋に来てからすぐにナナノノがやって来ることは無く、俺が食事と現状報告を済ませる時間ができた事が、その何よりの証拠だ。

 

 夢見を責めることなんて到底できない。

 結局、どんな過程があろうと、俺の"匂い"が彼女達を引き付けてしまった事実は変わらないから。

 

『ねぇおにいちゃん、居るんだよねー?』

『少なくとも、ピンクおねえちゃんは居るわよね? だってさっきからすごい感じるもの』

『そうだよね、さっきからすごいもん──おねえちゃんの殺気』

 

「……っ!」

 

 存在する世界を間違えてないか? と思わせるノノの発言に、俺よりも夢見の方が反応してしまった。

 

『あ! 今ドアの向こうからちょっと音が聞こえたよ?』

『ちょっと音がしたわね。ビックリしちゃったのかしら、うふふふ』

『してるみたいだね……! "動揺"!』

 

 俺の耳からは全く物音なんて聞こえなかったが、夢見の僅かな挙動だけで、ドアの向こうの2人は室内に人が居ることを確信してしまったらしい。

 もはや居留守が通用しないと分かると、夢見の判断は早かった。

 

「──誰も動揺なんてしてないわよ!」

 

 沈黙が一転、わざとらしい程に感情的な声をあげながら、ナナノノに対して言い返す。

 双子の発言に怒って──というよりも、敢えて望み通りの反応をして見せた、という感じだ。

 

『あっ、やっぱりおねえちゃんが居たよナナ』                                                                                                           

『やっぱり居たわねノノ。それにちょっと怒ってるみたい、どうしたのかしらぁ?』

『たぶん、これって"図星"っていうのを突っつかれたんだと思うよ。動揺、したのがバレて恥ずかしかったんじゃない?』

「動揺なんかしてないし、恥ずかしいことなんか何もないわよ! というよりアンタ達何の用!? あたしは今忙しいんだから、さっさと帰りなさいよ!」

 

 またも露骨にナナノノを喜ばすような反応を見せていく。

 それがどんな意味を持つのか疑問だったが、すぐにその答えは分かった。

 

『忙しいんですってノノ。一体何をしてるのかしら』

『何してるんだろうねナナ。きっと人に言えない恥ずかしい事でもしてるんじゃないかな?』

『あらぁ、おにいちゃんも一緒に居るのに、こんな所で恥ずかしい事なんて、どういう事してるか気になっちゃうわ』

「勝手に2人で盛り上がってるんじゃないわよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 激情に任せて発言しているように見えて、さり気なく夢見は発言に嘘を混ぜた。

 明らかに動揺している風に見せながらも否定することで双子の気を良くしつつ、この場に居るのは自分だけという状況を作り出そうとしている。

 露骨に挑発に乗っかっている言動も、この僅かな嘘を双子に信じさせるためのブラフだったのか。

 

 いかにも相手の思うつぼにハマっている──そう思わせて置きながら、自分にとって最も重要な部分については手のひらに乗せる。

 味方としてこの上なく頼れる、そして参考になる人心掌握術。

 普段から俺も同じことをされているのでは? なんて気になってしまう位には完璧なムーブだった。

 

 ──しかし。

 

『あははは! ねえナナ、おねえちゃん嘘ついてる!』

『ええ、嘘をつくのがへたっぴね。だって、扉の向こうからおにいちゃんの気配がたっくさんするもの』

「……は? 何言ってんの?」

 

 突拍子もない発言を前に、夢見が一瞬素の反応を見せてしまった。

 

「ば……ばっかじゃないの!? ふざけたこと言ってないで、こどもは家に帰りなさい!」

『ふざけてなんか無いのにね』

『本当のことを言ってるだけなのに』

「──本当に、これだからガキってのは……っ!」

 

 夢見の声色が徐々に本当の怒気を孕んできた。

 これ以上ドア越しとはいえ会話を続けていくと、夢見の方からドアを開けてナナノノに襲い掛かるんじゃないかと思った矢先、

 

「……アンタ達、いい加減にしなさいよ」

 

 聞いてるだけでも底冷えする様な重く冷たい声でそう呟くと、夢見は止める間もなくドアの前までズンズンと歩みだす。

 マズい、やっぱり我慢の限界が──そう思ったが、夢見はドアノブに手を掛けるのではなく、代わりに扉を強く蹴ると、最後通告の様に言った。

 

『あたしはここに1人だし、アンタ達の望む物なんか何もないの。分かったらさっさと回れ右して帰りなさい!」

『…………』

 

 今までで一番真剣な夢見の声色に、さしもの双子も茶化す言葉を返せなくなったのか。

 寸前までの騒がしさが嘘のように、静寂が俺達を支配する。

 たかだか数秒が、果てしなく間延びして延長されているような感覚。

 唾を飲み込む音すら聞こえてしまうんじゃないかと思わせる沈黙を破ったのは、ノノの言葉だった。

 

『……ふぅん、そっか』

 

 揶揄うのではなく、素っ気無い言い方。

 興味を無くしたのだと誰が聞いても分かる声色は、このギリギリの状況を切り抜けられるかもしれないと俺に期待を持たせる。

 

『おねえちゃん、すっごく怒ってるねナナ』

『ノノに怒ってるんじゃないかしら?』

『え~両方にだよ』

『どっちでもいいわ、そんな事よりも、どうしましょう? ここにはおにいちゃん居ないって本当だったのかしら?』

『こんなに怒るってことは、本当のことなんじゃないかな?』

 

 夢見の真剣な訴え(デマとガセ)が功を奏した。どんどん2人の会話はここから離れる方向にシフトしている。

 その調子だ、そのままさっさとどっか行ってしまえ。見当違いの場所を回って、呆気なく朝日を拝む羽目になれば良い! 

 

『うーん、そうだね、それじゃあ……』

『ええ、そうね。こういう時は──』

 

()()()()しかないよね!』

 

 

 ──は? 

 

 

 発言の意図が分からずに困惑──する時間も与えずに、事態は急転直下する。

 何か嫌な予感を覚えたのか、夢見がドアから足を離して後退した瞬間。先程まで足を掛けていた部分から『メキッ!』という破壊音と共に、金属の刃が飛び出てきた。

 

 窓から僅かに差し込む月光を受けて鈍色に光るそれは、形状から見て斧だと分かった。

 ……分かったけれど、分かったからどうだって言うんだ!? 

 確かにリンゼも、何かしら凶器の類は持ち合わせているとは話していた。

 けど、普通はナイフとかを連想するじゃないか。ドアをぶち破れる手持ち可能なサイズの斧って何だよ!? 

 

 ──なんて、困惑して判断力が鈍ったのがマズかった。

 

「あー、おにいちゃんみーつけた!」

「──やばっ!?」

 

 斧でザクザク壊されて生じた隙間から、ノノが顔を覗かせて俺を見つけてしまった。

 

「へへへ、やっぱりおにいちゃん、部屋の中に居たよ!」

「えぇ、そうね。でも酷いわ、何度声を掛けてもダンマリだなんて」

「それは仕方ないよ、だって隠れ鬼ごっこだもん。おにいちゃんは隠れなきゃね」

「でも見つかっちゃったわね。なら、鬼は捕まえないとだわ。──そぉれぇ!」

 

 掛け声と共に、ナナの蹴りでドアが完全に破壊されてしまった。

 

「やっぱりナナの斧は凄いや。こんなドア、簡単に壊れちゃうね」

 

 そう言いながら、まずノノが部屋に足を踏み入れる。

 直後、夢見が懐に忍ばせていたハサミを取り出し、その切っ先を向けた。

 

「待ちなさい! それ以上入って来るんじゃないわよ」

「わぁ! おっきなハサミ!」

「ハサミにそんな大きいのがあったなんて、ビックリ」

「……この、どこまで人を馬鹿にしてっ!」

 

 普通の人間なら背筋が凍ってしまうような夢見のハサミを前にしても、怯むどころか珍しいおもちゃを見るような反応を見せる2人。

 それどころかナナは先程までドアを破壊するのに使用した斧を、そしてノノは何処からか取り出したナイフを手に取り、好戦的な夢見に応える姿勢を取って見せた。

 ナナの斧は服装に合わせたような、中世のギロチンを彷彿とさせる刃の形をしているのに対し、ノノのナイフは無骨で純粋な殺傷力のみを求めたような、一切の遊びを感じさせない形状。

 共通して言えるのはそれらの武器を構えた2人が、どちらも殺気と血生臭さ、そして無邪気さ故の容赦の無さが滲み出ているってことだ。

 

「でもおねえちゃん、幾らそんな大きいハサミで怖がらせようとしたって、ぜーんぜん怖くないわよ?」

「今はおにいちゃんと遊んでるのに……あ、もしかしておねえちゃんも一緒に遊びたいのかな?」

「なら、まず先におねえちゃんと遊ぼうかしら? おねえちゃんも面白いハサミをもってるし」

 

 言葉の端々から殺傷能力を持つ斧とナイフを、2人はあくまでも積み木やミニカー、プラレールと同じ次元で『遊び道具』としか思っていないのが分かる。

 明らかな敵意を向けている夢見に対しても、その敵意を何ら脅威と思わずに、ちょうど良い遊び相手としか捉えていない。

 そんな双子を相手にして、幾ら夢見でもタダで済むわけが無いのは明白だ。

 目黒先生と同じ様な目に遭うだけならまだ良い。最悪の場合──どころか『普通の場合』で命に係わると思ったって過言じゃない。

 

「上等じゃない、()()()()()()わよ。ただし、転んで怪我して泣く程度じゃ済まないから」

 

 にもかかわらず、夢見は更に2人を煽る様な言葉を口にしていく。

 夢見だって目の前の双子が命を脅かす存在だっていうのは重々承知のハズ、それをどうして──。

 

 いや。()()()()だなんて白々しいか。

 夢見の言動は全て、俺をここから逃がすための行為だ。

 居留守が失敗し、部屋に侵入された時点でもう、出来ることは窓から飛び降りて逃げるしか無い。

 幸いにも逃走経路は確保されているし、鬼役のナナとノノは目の前にいるから、窓から飛び降りた先に誰かが居るなんて可能性も皆無だ。

 だが、2人揃って窓から飛び降りたとして、その後すぐに追いつかれるのが関の山。

 捕まらずに逃げ切るためには、誰かがここに残って時間を稼ぐ必要がある。

 

 それを、夢見は俺に頼まれるまでも無く自ら行っているんだ。

 

 仮に俺がここで素直に捕まってしまえば夢見が傷つくことは──いいやダメだ、仮に俺が無抵抗で捕まったとしよう。

 その後素直に咲夜の情報を話した所で、今度は『それじゃあもうおにいちゃんに用は無いし、このまま()()()()()()()遊ぼうか』くらいは平気で言いかねないのが怖い。

 

 結局夢見にも被害が被る未来は避けられないだろうし、何よりも、全く事情を把握していない咲夜にまで双子の狂気の矛先を向けてしまうことになる。

 それだけは何があっても防がなきゃいけない。

 咲夜の命に関わるのも当然あるが、本当に咲夜の身に何か起きたりしたら、双子はもちろん双子と関係を持ってしまってる俺の家族まで、綾小路家の報復対象にされる可能性が高い。

 

 であればやはり、夢見にここで囮になってもらい、俺が少しでもこの場から離れるしか取れる手段は無いんだ。

 ああ畜生、こんな事なら最初から『隠れ鬼ごっこ』なんて提案するべきじゃなかった! 

 勝手に捕まって拷問されやがって、絶対に許さないぞ、目黒先生!! 

 

「お従兄ちゃん、今すぐ逃げて!」

 

 アレコレと考えて次の行動に窮している俺を糺す様に、夢見は視線を双子に向けたまま言った。

 

 夢見の言う通り、俺だってさっさと逃げ去りたい。

 しかし、それでは夢見をここで置き去りにすることになる。

 人を傷つける為に存在する武器を構えた2人を相手に、夢見が一切怪我することなく時間を稼ぐなんてこと、出来るワケが無い。一生体に残る様な大怪我をするどころか、死ぬことだって大いにあり得るだろう。

 もしかしたら、今夜が夢見と交わした最後の時間になるかもしれない。

 

「…………っ」

 

 確かに俺は日頃から夢見を危険視しているし、疎ましいとすら思っている。

 現状、俺が夢見と行動を共にする時間が多いのは、()()()()()()()()()()()がキッカケであり、下手に突き放しているよりも、近くに置いた方がまだ安全だと分かったからだ。

 

 盗撮、盗聴、ストーキングは当たり前。

 斧やナイフに劣らない凶器サイズのハサミを携帯して、いざとなれば暴力行為も躊躇わない。

 嫉妬しやすく、俺の付近に異性の気配があれば何をしでかすか本気で分からない危うさの塊。

 

 敵にすればこの上なく恐ろしく──かといって味方でも心労が絶えない。

 まるで気化したガソリンみたいな女が、小鳥遊夢見だ。

 そんなガソリン女が今、自分から死ぬかもしれない状況に身を投じようとしてくれてる。

 

 渡りに船、願ったり叶ったりじゃないか。

 双子から逃げる時間を稼いでくれるばかりか、死んで2度と俺の前に姿を現さないでくれるかもしれないんだぞ。一石二鳥とはまさにこの状況を指した諺だって、事例として最近はちっとも見ない辞書にも載せて欲しい位だ。

 

 ──だが出来るのか? 

 

 俺の中にもある、なけなしの良心は、()()()()()()()()()()()()()を許容できるのか? 

 

「……夢見」

 

 思わず声に漏らしたのは、夢見を思ってのモノでは無かった。

 日頃から疎ましく思っているくせに、こういう時だけ善人ぶろうとする良心と、そんな良心を理屈でねじ伏せようとする本心がない交ぜになり、吐き出された言葉。

 

 言うなれば"せめて心配する素振りだけでも示して、夢見の死を望まないが、その未来を許容する"ための準備。

 後々になって、万が一でも、夢見の死を自分せいだと悔やまなくても言い様に取る、自己保身に過ぎなかった。

 

 ──なのに。

 

「……大丈夫だよ、お従兄ちゃん」

 

 俺の言葉に夢見はちらりと振り返り、いつも通りの満面の笑みで言った。

 

「お従兄ちゃんのことは、あたしが絶対絶対、ぜ~ったいに! 守ってあげるからね!」

「──ッ!」

 

 迷っている時間は無い。窓を開けて、足を掛ける。

 明らかに俺が逃げる姿勢を見せたのに、ナナとノノは俺では無く夢見を獲物の様に見て嗤いながら、ジワジワ距離を詰めていく。

 

 窓の外は夜闇で全く見えないが、直下には確実に避難用マットが敷かれてある。

 実際に飛び込むのは初めてだけど、より確実な恐怖が背後に迫っている今、飛び降りる行為に対する怖さはまるでない。

 

 行ける……そう確信した俺は、両足を窓枠に乗せてから。

 もう一回だけ、夢見に向かって言った。

 

「絶対に自分の命を優先してくれよ! 君が凄く強い女の子なのは知ってるけど、()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 その言葉に、一切嘘は無かった。

 

 好きじゃないし、隙あれば盗聴や盗撮してくるし、すぐに嫉妬で凶行に走りがちだけど──何もこんな唐突に死んだって別に構わないと切り捨てる程嫌いってワケじゃない! 

 

 俺と夢見の間にある問題は、2人の間だけ終わらせるべき問題だ。

 片方が殺されて解決する様な、そんなモノであってはならない。

 だから、俺の為に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、今の俺の紛れも無い『本心』だ。

 我ながら、最低で都合の良い願いにも程があるって思うけどね! 

 

「……ふふ、ありがとうお従兄ちゃん」

 

 俺の屈折した心中など知らずに、夢見は相も変わらず視線を双子に向けたまま。

 

「こーんな勘違い壊れ人形、簡単に動けないようにして、強制的に遊びは終わらせるから!」

 

 それが現実的かどうかは別として、この上なく頼れる言葉を返してくれた。

 

「マジで死なないでくれ、頼むぞ……!」

 

 最後にそう呟くと、俺は躊躇なく窓から飛び降りた。

 

 



 



 

 

 来栖が逃げ去ってから小一時間が経過。

 そう、来栖が僅かな時間とはいえ激しく葛藤していたのを笑うように、夢見はその後1時間近くも双子鬼を相手に時間を稼いでいた。

 

 とはいえ当然、無傷とは言えない。

 服は斧とナイフによる攻撃を受けて破れ、ほつれ、更には肌からの出血で赤く滲んでいる。

 致命傷こそ受けていないが、切られた箇所が常時痛みを発しているし、接近しての格闘で何度か膝蹴りや肘打ちを受けて、服の上からは分からない打撲や内出血によるダメージも多い。

 自慢のハサミも、最初に持っていたものと予備に持っていたのを含め5本が破壊され、今持っている最後の1本も刃先が大きく(こぼ)れてしまい、もはや刺突にしか使えなくなった。

 体力も限界が近い、ハサミもそうだが、それよりも夢見自身の体があと10分持つかどうか。

 

 そして何より──大好きなお従兄ちゃんと会うためにセットした髪型とメイクが、汗と血で台無しになってしまった。

 これではこの場を切り抜けたとしても、お従兄ちゃんに顔向けできない。

 夢見としては何よりもそれが、一番許せないことだった。

 

 なので──そろそろ終わらせることに決めた。

 

「ふぅ~本っ当にしつこかったぁ。でも、そろそろ終わりみたいね?」

「…………」

 

 この場にまだ来栖が居れば、さぞ驚いた顔をしているに違いない。

 何故なら今この事務所内で、立っているのは夢見だけなのだから。

 

 ナナはその背中に深々と夢見のハサミが突き刺さっていて、ソファの上で死んだようにうつ伏せに倒れている。

 自慢の斧も刃が粉々に破壊されてナナの周囲に散らばっており、窓から差し込む月光を反射して野花の様に小さく輝きを放っていた。

 

 ノノは給水室の端──ガスコンロと香辛料などをしまっている棚に挟まれた状態で、壁に背を預けて座り込んでいる。

 ナナと違って意識はまだ明瞭としているものの、喘息患者の様に肩を大きく揺らしながら呼吸しており、顔は苦悶の表情を浮かべていた。

 だらりと伸ばしている右足のふくらはぎと足首は夢見に深く斬られてしまい、出血で床をジワジワと赤く染めていく。

 特に足首については、傷がアキレス腱の一部にまで届いているため、俊敏な動きは不可能。

 さらに言えば、ご自慢のナイフも左手に握っている1本が最後。しかもそれを戦闘中のやり取りで既に夢見に悟られている始末。

 

 ……そう、夢見はあれだけ来栖が心配してたのがまるで嘘のように、何とナナとノノを逆に追い詰めていたのだ。

 

「バカねぇ、あたしとお従兄ちゃんのテリトリーで勝てるワケ無いでしょ?」

 

 部屋の構造や家具の配置を覚えている夢見の方が、それらを活かした立ち回りで先手先手に動けたことは紛れもない事実。

 しかし、夢見が決して広いわけでは無いこの部屋で2対1という状況で有利になったのには、もう1つ最大の理由がある。

 

「何より、お従兄ちゃんからあんな熱烈に応援されたあたしが、アンタ達みたいなガキに負けるなんてありえないの」

 

 ──恋する乙女は、時に無敵になる。非科学的だが、そういうことだった。

 

「はは……なんだ、それ。ズルいや」

「大人の恋よ。こどもにはまだ早いから分からないでしょうけど」

「うん……分からないな」

 

 そう答えながら、右側にある棚に手を掛けて、ノノはよろめきながらも起き上がる。

 

「だってそれ、遊ぶのより全然つまらなそうじゃないか」

「『遊び』しか考えられないから、あんたはガキなのよ」

「……さっきから酷いなぁ。おねえちゃんだってまだこどもなのに」

「一緒にするんじゃないわよ。少なくともあたしは小学生に上がる前にはもうとっくに、()()()()なんて卒業してたわ」

「…………うるさいなあ」

 

 膝を震わせつつ、弱々しい口振りではあったが、万事を遊びと捉えていたノノの口から初めて、純粋な敵意と取れる言葉が出てきたことに、夢見は必然的に警戒を強める。

 足を怪我しているから、急に間合いを詰めてくるような動きは出来ないハズ。それならナイフを使った投擲攻撃だろうか。

 もしくは、ノノが体重の支えにしている棚にしまってある物を利用して、奇襲を仕掛けてくるかもしれないが──給湯室は普段から夢見が自分の城にしている場所。

 どこに何がしまってあるかは完全に把握している。何を出されようと、今の状況を覆すキーアイテムに成り得る物はない。

 

 ──勝った。合理的に考えて、もはやノノが夢見相手に形勢逆転することは出来ない。夢見は心の中でほくそ笑む。

 

(待っててね、お従兄ちゃん! コイツぶっ殺して跡が付かない様に処置しちゃうから! 

 ああでも、殺しちゃったらお従兄ちゃんに怒られちゃうかもしれないし、それだったら手足の骨だけベキベキに圧し折って動けない様にする位で済ませようかな。そしたらお従兄ちゃんも安心するだろうし。

 そうしたら、お風呂で身体をきれいにしてから会いに行……あ、そうだ! どうせならお従兄ちゃんの為に頑張ったご褒美として、お従兄ちゃんに体洗ってもらうのもアリかも!? 

 そしたらあたしの方からもお従兄ちゃんの体をきれいに洗ってぇ、2人で洗いっこしてぇ、そしてそのまま……きゃ~~! 初体験がお風呂だなんて、これから一生思い出しちゃってマトモに入浴できなくなっちゃうよ~~! もうお従兄ちゃんのばかぁ! えっち! 大好き!)

 

 心の声が声に出たら呆れてしまうようなピンク色の妄想を、夢見は猛烈な勢いで滾らせていく。

 際限なく溢れ出る夢物語。それをせき止めたのは、ノノの容赦無い発言だった。

 

「おにいちゃんに好かれてないのに、愛の力なんて変なの」

「は?????????????????????????????」

 

 結婚初夜に到達しようとしていた夢見の思考が凍る。

 

「あははは! すっごい顔してる!」

「アンタ、今なんて言ったの?」

「あれ、聞こえてなかった? こんなに近いのに?」

「聞かれたことに答えなさいよ。なんて言ったの?」

「だからぁ……」

 

 屈託のない、満面の笑みと共に、ノノはもう一度言った。

 

「おにいちゃんは、おねえちゃんのことなんかぜーんぜん、これっぽっちも、好きじゃないよ」

「……ふぅん。そうなの?」

「そうだよ。だっておねえちゃんを見る時のおにいちゃん、楽しくなさそうな顔してばっかりだもん。気付いてなかった?」

「へぇ、知らなかった~! おにいちゃんあたしにそういう顔してたんだぁ」

 

 ノノが次々に言い放つ言葉に、夢見は朗らかに応えていく。

 所詮は餓鬼の戯言、そう聞き流している──のでは決して無い。

 むしろ(はらわた)が煮え繰り返しているのだと、彼女の全身から滲み出ている怒気から、推し量ることは簡単だった。

 周囲が歪んでると錯覚させるほどのオーラを一身に受けて──それでもノノはそよ風でも受けてる様な気軽さで、

 

「おねえちゃん以外は皆気づいてると思うなぁ。だって、誰も好きになんかならないよ? おねえちゃんみたいな──」

 

 更に夢見の神経を逆撫でしていく。

 

「────怖い人」

 

 その言葉は、その言葉だけは、絶対に夢見に使ってはいけない禁句(タブー)だった。

 顔からは死体の様に表情が抜け落ち、金属の取っ手がひび割れる程の握力でハサミを握りながら一歩踏み出す。

 夢見にはもはや、動けない程度に痛めつけるなんて生易しい考えは微塵も無い。

 彼女にとって最も忌々しい言葉をぶつけられた今、あれだけ迸っていたピンク色な妄想を全て塗りつぶした、漆黒の殺意に染まっている。

 

 常人であれば自身に向けられた殺意に怯んで立ち竦み、多少修羅場を経験した者であっても無意識に瞬きしてしまうに違いない。

 そして、その一瞬でもあれば、夢見は容易に距離を詰め、握りしめているハサミを喉元に突き刺すだろう。

 

 しかし夢見の前に立つのは常人でも、多少の修羅場しか知らない雑魚でも無かった。

 

 右足を踏み出した直後。いいや、それより1秒()早く、ノノは動く。

 身体を支えていた棚、その中にしまってあった大きな袋を、夢見に向かって3つ投げつけたのだ。

 

「──っ!?」

 

 驚きはすれど、動揺までには至らない。

 自身の顔めがけて素早く向かってくるそれが何か、夢見は瞬時に理解したからだ。

 

 なんてことは無い。うどんを作ろうと思って料理用にストックしておいた、小麦粉の詰まった袋だ。

 どんなに勢いよく投げつけようと、当たったところで大したダメージも望めない。そんな物を投擲したノノはそれだけ遮二無二で必死なのだろう──だなどと、油断するワケも無く。

 

 ノノの狙いは単純に小麦粉の袋を当てる事なんかではなく、夢見の視界から自分の姿を消す事。

 であれば──夢見は踏み出した右足にそのまま全体重を乗せて前傾姿勢になり、中腰の態勢になる。

 直後──、

 

 パァン! と破裂する音と共に、夢見の顔があった位置を、綺麗に3つの小麦粉袋を貫通したナイフが通過していった。

 

「けほ、けほっ……もう、髪も服も台無し」

 

 ブチ抜かれて飛散した小麦粉が給湯室を満たしていき、ただでさえ汗と血で酷い状態だった全身が、真っ白になってしまった。

 もはや洗濯やクリーニングでどうにかなる状況では無い程の惨状だが、それでも夢見の口元は勝利を確信した笑みを浮かべていた。

 

「なけなしの一手も無駄になっちゃった気分はどう?」

 

 夢見が予想した通り、小麦粉は単なる目くらまし。本命はナイフの投擲による奇襲だった。

 しかし、夢見がそれを読んだ事で不意打ちは失敗。しかも夢見の記憶が間違っていなければ、先ほどのナイフが最後の一本のハズ。

 勝負を拮抗させていた唯一の要素は、夢見の後方の壁に深々と突き刺さっている。

 もはや、ノノに抵抗する手段は無くなった。

 

「さーてと? サクッと殺すなんてつまらないし、それこそ()()()()()殺してあげる!」

「……ホント、怖いなぁおねえちゃん」

「…………前言撤回。やっぱその耳障りな声、聴くに堪えないからすぐ殺すわ」

 

 ノノの奇襲を読み勝ちした事で多少は戻っていた機嫌が、またもノノの発言によってどん底まで落とされた。

 自分の首を自分で絞めるような行為を、しかしノノは嬉々として続行する。

 

「また怒った! そんなに怖いって言われるのが嫌なの? どうして? おかあさんやおとうさんに言われてたとか?」

「……ねぇ。少しは自分の状況を理解したらどうなの?」

 

 言葉を交わす両者の間に、もはや距離は無い。

 夢見は足を微かに震わせながら直立してるのみで無抵抗なノノの燕尾服の首元を掴み、眼帯がされてあるノノの右目に向けてハサミを突き付けている。

 このまま夢見のさじ加減一つで、簡単にハサミが眼孔を貫いて脳みそに到達する。そんな状況だ。

 もはや、起死回生の手段も無いので自棄になってるだけか。そう思った夢見だったが、そんな考えをあざ笑うがごとく、ノノは猶も口を開く。

 

「じょーきょーなら分かってるよ。おねえちゃんはもうすっかり、勝ったつもりになってるってことダヨネ」

「は?????????」

 

 つもりではない。勝っている。事実なのだ。

 なのに、目の前の餓鬼は相も変わらずヘラヘラと、まるで何も分かっていない奴を嘲笑うかのように、余裕を見せ続けている。

 それがひたすら、夢見には気に入らない。

 分かっている、その気になればニヤケ面も余裕も全部、単なる肉袋の模様と化すだけであることは。

 このままハサミを握ってる左手を前に突き出すだけで、全部終わることは。

 

 しかしそれではダメなのだ。

 散々自分にとっての禁句を言い放ち、誰がどう見ても万事休すなこの状況でなお、平然としている餓鬼が気に入らない。

 さっさと殺したいのは山々だけれど、やっぱり殺すなら出来る限り尊厳を踏みにじり、余裕を剥ぎ取ってから殺したいのだ。

 

 だから、

 

「おねえちゃんはダメなんだよ、ぜーんぜん、なーんにも、みえてないんだもん」

「何言って──」

 

 夢見の言葉をさえぎって、ノノの言葉は続く。

 

「おにいちゃんにどう思われてるのか、今がどんな状況なのか、おねえちゃんは全部分かってる顔だけして、でも本当は全部知ったかぶりしてるんだよね。それってどういう遊び?」

 

 カラカラ。ケラケラ。

 風鈴の様にノノは笑う。

 愚者はお前だとせせら哂う。

 知恵者ぶる痴れ者なのだと嘲嗤う。

 

「ねぇ知ってる? そういう人が一番恥ずかしいんだって!」

「あぁ、そう」

 

 夢見は悟る。この餓鬼は何を言っても話が通じないのだと。

 放送禁止用語の4文字を頭に浮かべて、目の前の餓鬼がそれに当てはまるのだと。

 

「もう、死んで」

 

 尊厳を踏みにじり、余裕を剥がして殺すことは諦めた。

 今度こそ速やかに殺そう。そう決意した直後。

 

「てーあんがあるんだ! おねえちゃんに、新しい遊びを教えてあげる。こんな風に真っ白い粉がたくさんなときだけにできる、とっても楽しい遊びだよ!」

「──は?」

 

 何かのメディアで聞いたことがあったと、夢見の脳裏で様々な情報が錯綜する。

 ノノ曰く『こんな風に真っ白い粉がたくさんなとき』に起こる現象──それは確か、ほんの僅かな火種から猛烈な破壊力を生み出す物であり。

 今、ノノの左手の指は──いつの間にか()()()()()()()()()()に掛けられていた。

 

「嘘でしょ、まさか」

 

 ノノがやろうとしている事を把握して、夢見は思わず戦慄してしまった。

 それはつまり、ノノを止めるチャンスを、自ら手放した事に他ならない。

 

「遊びの名前はね──『宗教ごっこ』!」

「ふざけんな、クソ不謹慎──!!!!!!!!!」

 

 ポチっと押されたダイヤルは、コンロに数センチの火柱を生み出す。

 僅かな火種は、瞬く間に給湯室を満たす小麦粉、そして酸素と連鎖する。

 そうして、火種は瞬く間にその規模を広げ──刹那という言葉すら遅く感じる程の速さで、事務所全体に燃え広がった。

 

 現象の名は、粉塵爆発。

 追い込まれたノノが最後に見せた、逆転の一手であった。

 

 


 


 

 

 事務所から抜け出して、1時間程経過した。

 双子が追ってくる様子は無く、アレから長時間、夢見が時間を稼いでくれてる事が分かる。

 お陰で事務所からかなり離れた場所まで逃げる事が出来た。

 

 今俺が居るのは川國市の幾つかある暗部の1つ、不法投棄物のたまり場。

 家具や家電製品などの大型廃棄物、解体された建物から建設廃材、工場や企業から出る産業廃棄物、廃車、コンピューター関連の電子機器の残骸などが、県内はおろか、隣の東京都や埼玉千葉など、首都圏のあちこちから運び込まれ、不法に投棄されている。

 何年か前に、都知事が不法投棄の本格的な対策と廃棄物の撤去に動いたが、直後に発覚した不祥事で辞任してから、結局放置されたまま現在まで問題は続いている。近年は外国人による不法な解体業者が、こぞってここに棄てに来てるらしく、廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)と呼ぶ連中もいる。というか、鈴鹿はそう呼んでいた。

 

 廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)には化学薬品や医薬品も棄てられているって噂があるんで、周囲には立ち入り禁止の看板と、なけなしのバリケードが敷かれてある。

 当然、俺も通常なら絶対に立ち寄らない場所だが……今回のような状況では、むしろ率先して足を運ぶべき場所だろう。

 周囲には一切明かりを発する物が無く、廃棄物が山の様に積み重なってるので身を隠せる物には事欠かない。

 その辺の廃材を使えば最低限身を守る武器にもできる。

 そして何より、廃材からでる匂いで、俺の身体の匂いも消せるって寸法だ。

 

 ……まぁ、その分俺も悪臭に耐える必要があるけど。

 

「……とりあえず、ここらで一旦リンゼに電話しようかな」

 

 そろそろ、リンゼと約束していた定時連絡の時間が近い。

 今の俺の状況や、夢見の事も伝えないと。

 スマートフォンをポケットから取り出してリンゼに電話しようとした、次の瞬間。

 

 ──ドカンッ!! という爆発音が遠くから。

 ──いや、事務所のある方向から聞こえてきた。

 

 途端にバクバクし始める心臓と、逸る気持ちを抑えながら俺は、廃材が幾重にも積み重なって出来た丘の上に登って、音のした方向を見る。

 

「……嘘だろ」

 

 不安は見事に的中していた。

 事務所がある廃工場エリアから、火事によって生じた赤い炎と煙が見える。

 ここからでは建物自体は視認できないが、あの付近で火事の原因が発生するのは、俺達が電気やガスを使用している事務所しかありえないだろう。

 夢見がナナとノノを食い止める過程で、何が起きたのかは想像もつかないけど、少なくとも俺達の活動拠点を夢見が自分から爆発することは考えにくい。

 きっとナナとノノによって引き起こされた爆発だ。

 あの双子なら『遊び』と称して何をしても、おかしくない。

 

「夢見……夢見は、どうなって……」

 

 幾ら夢見でも、あれ程の大爆発に巻き込まれてしまったら、ひとたまりも無い。

 急いで夢見に電話を掛けるが、普段なら2コールも待たずに出て来るはずの夢見が、幾ら待っても、何度掛けなおしても電話に出なかった。

 

「クソ……クソ、クソ!」

 

 電話に出られないってことは、やっぱり巻き込まれてしまったんじゃないか。

 もしそうだとしたら、すぐ助けに行かないと──でもそしたらナナとノノに捕まる可能性があるし、そうやっておびき寄せる作戦なのかも──だけどあの爆発じゃあ双子だってタダでは──いいや待て。

 

「……もしあの爆発でもまだナナとノノが無事だったら、どうする……?」

 

 交錯する思考の中、最も恐ろしい可能性に思い至ってしまい、俺の思考は皮肉にも恐怖によって現実に引き戻される。

 夢見が爆発に巻き込まれてしまったのか、または間一髪のところで無事なのかは、何も分からない。

 しかし少なくとも、俺からの電話に全く反応できない状況に置かれているのは間違いない。

 

 確かな事はどんな形であろうと、もう夢見が力を貸してくれる展開は微塵もあり得ないという事だ。

 それなのにナナとノノが無事で、また俺の前に姿を見せたとしたら、その時は今度こそ自力で対処しなきゃいけない。

 

「……ダメだ、もっと遠くに逃げないと」

 

 本音を言えば、夢見の安否を確認したい。けれど、それができる余裕は今の俺に皆無だ。

 ここに居れば匂いや障害物で自分の身を隠せると思ってたけど、もうそんな考えは吹き飛んだ。

 あの双子は『遊び』を楽しんだり、勝つためなら被害の規模が増えたって構わない。むしろそれすら遊びの真骨頂とすら思ってるだろう。

 逃げ続けなきゃダメなんだ。身を隠してもバレるし、最悪の場合は事務所と同じ様に廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)を爆発炎上させるかもしれないんだから。

 

 遠くへ、遠くへ、出来る限り遠くへ。

 追いつかれたらもう、双子を足止めしてくれる存在は居ないのだから──!

 

 

 

 この時、冷静に現状を分析してるフリをするだけで、もう俺は精一杯だった。

 出来るだけ遠くに逃げる、という一応は目標と呼べる物を頭の中に掲げて、しかし具体的な場所など微塵も思い浮かばず。

 炎上し続けている事務所と反対の方向へ、月明かりしか無い真っ暗な廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)の中を、前だけ向いてひたすら走る事しか考えていない。

 

 そんな事だから──、

 

「うぅ、わぁ!?」

 

《本当に冷静なら》まず見逃さないだろう、足元に転がっている棒状のモノにも気づかず、俺は無様に(すね)を引っ掛けて転んでしまった。

 

「つぅ……てぇ……」

 

 前のめりに倒れた物だから、顔から胴体にかけてゴタゴタとした木片やトゲトゲした金属片が当たって痛いし、脚も引っ掛けた何かのせいでジリジリとした鈍痛がする。

 ただでさえ心が限界に近いのに、今度は身体的な痛みまで受けて『泣きっ面に蜂』とか『踏んだり蹴ったり』とかの意味を持つ言葉が、次々と脳裏に浮かんでは消えて行く。

 

 ──と、同時に『俺は今本当に怖くて焦って大変で、ただここから離れたいだけなのに、何故転んで痛い目にまで遭わないといけないんだ』という、怒りもふつふつと湧いてきた。

 

 転んだのは俺の不注意なんだろうが、こんなに大変なときに都合よく俺が転ぶような場所に、脚が引っ掛かる様な物が転んでるのは、もはや悪意のような物を感じてしまう。

 そうだ、もはやこれは何者かの悪意で転ばされたに違いない。普段は神とか仏とか全く考えないけど、ここまで立て続けに悪い事が連発して、全部が全部『偶然』だの『運が悪い』だので収まるワケが無い!

 きっと俺が転んだのだって、俺を更に苦しめようと思ってワザと()()()()()()んだろう!

 今の俺になら何をしてもいいとか勘違いして、調子に乗ってるんだ!

 

「──ふざけやがってぇ!!!」

 

 

 ……うん。後日振り返ると明らかに錯乱したヤバい奴の思考です。

 転んだのなんてどう考えても自業自得なのに、悪意がどうなのワザと当たりに来ただの、支離滅裂で陰謀論を本気で信じてる人みたいで、渚が見てたら本気でドン引きしそうだ。

 けどこの時の俺には、どんな形であれ圧倒的なストレスが掛かる『現状』に対抗して、飲み込まれないために奮起するきっかけが必要だった。

 

 

 むくりと立ち上がり、脛が当たった右足に力を込める。

 圧倒的な八つ当たりを依る処にして生み出した怒りに身を任せ、振り返りながら背後にある『俺を転ばせたモノ』に対して蹴りを放つ。

 

 木材だろうと金属の部品だろうと、何であっても構わない。

 とにかく『一回は一回』のノリで、心も感情も無いただのモノにそれでも『痛い思い』を味わわせてやりたかったのだ。

 

「死ねっ!!!!!!」

 

 今宵の月の様な美しい弧を描いて繰り出された回し蹴りは、すっぽ抜けたりする事なく、完璧な軌道で対象に命中した。

 

 その結果──、

 

「「()っったぁあああ──────ー!!!!!!!!」」

 

 

 悶絶する2()()の悲鳴が、夜空に木霊(こだま)した。

 

「……はい?」

 

 そう。

 来栖(オレ)を含めた、2()()()()()()()

 

「イってぇなあこの※※※※※※※※※(社会性フィルター)野郎! ※※※※※(コンプライアンス厳守)の後に※※※※※※※※※※※※※※(放送禁止用語)して※※※※※※※※※(昭和なら許された)てやろうかァ!?」

 

 続いて繰り出される、人格を疑う他ない言葉の羅列。

 こんな辺鄙(へんぴ)な場所に、自分を追跡しているナナノノを除いて人間がいるはずもない。それなのに、そのあまりにも下品な物言いが、確かに人が居ることを証明していた。

 

「…………あっ」

 

 よくよく自分が足を引っかけて転び、八つ当たりに回転蹴りを当てたモノを見てみると、それは瓦礫の山からピンと突き出ている、二本の人の足だった。

 今しがた俺の耳朶に響いた下品な言葉は、この足の──瓦礫の中にずっぽりと埋まっている人物から発せられた言葉に違いない。

 

 不法投棄されたゴミ山の中に、生きてる人間が埋まっている。

 本当ならナナとノノとは全く異なるベクトルで悲鳴が上がるレベルの恐怖体験だ。

 

 にもかかわらず、俺の意識は今、全く別の事に向かれている。

 だって、この声は、俺のよく知る──。

 

「お前、もしかしてじゃなくても、す、鈴……」

 

「お!!!!!!!!!!!!!!!!!!! その声はわが友、野々原来栖ではないか!!!???!?!?! 聞いてくれよ親友、今さっき眠ってる俺の足を蹴り飛ばした奴が居てだな!!!!!!!!!!!!!!」

 

 嗚呼、やっぱりそうだった。

 人の連絡に全く出てこなくなったと思っていたら、コイツは──!

 

「こんな所で何寝てやがんだこの※※※※※※※※※※※※※※※※※※(夢見譲りの口汚い言葉の羅列)!!!!」

「いったああああああい!!!! なんでぇ!?」

 

 今日一番の大声をあげながら。

 俺はもう一回、久々(体感)に遭う親友の足を蹴りつけたのだった。




あと2話くらいで3章を終わらせる目標です
終わらなかったら断酒します、巴が                                                                           
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