8月の間に決着が付けばなぁ
救済★病み俱楽部の事務所はおろか廃工場そのものを巻き込んだ大爆発は、黒煙を立ち昇らせ、周囲の雑草や建物にまで燃え広がった。
通報を受けた消防隊たちによる迅速な消火活動によって、幸いにも廃工場エリア一帯を巻き込む大火災にはならないだろうが、火の勢いは強く一刻を争う状況。
完全な消火には数時間を要するのは間違いなく、事態が収まっても、2度とこの場で来栖達が活動するのは不可能だ。
そんな現在進行系で行われている、消防隊の懸命な消火活動の片隅。
幸いにも火の手が回らず、それ故に完全放置されている一画に、小さな人影があった。
アチコチが焼け焦げてしまったコート、粉塵まみれの頭髪、傷だらけの両足。
もし消防隊員の誰か一人でも視認したら、すぐに騒ぎになっているだろう風貌で、物陰から周囲を見渡して状況を把握しているのは──この大惨事を生み出した張本人であるノノだった。
「うわぁ……凄い事になってる。いつの間にか人もたくさん来てるし」
凄い事になった原因は当の本人だが、その点については完全に無自覚の様だ。
「おにいちゃんにもすっかり、遠くまで逃げられちゃったなぁ……」
「──でも、見つけるのは簡単でしょう?」
本来なら独り言に終わるノノの言葉。
それを会話に変えたのは、いつの間にかノノの背後に立っていた、ゴシックロリータドレス姿の少女。夢見との戦闘で背中にハサミを刺されてダウンしていたはずの、ナナだった。
重傷を受けた上に、ノノと同じく爆発に巻き込まれたはずだが、ナナの足取りは軽く、まるで何も無かったかの様だ。
ノノも、自身に話しかけるナナを当然の様に受け入れており、普段通りの楽観的な口調で言葉を返す。
「そうだねナナ。おにいちゃんの
「ええ。何処に隠れてたって、すぐに見つけちゃうわ、ふふふふふ!」
まるで訓練された警察犬のような事を平然と口にする双子。
平時でも比較的距離が近く、特徴的な香水でも付けてない限り、特定個人の『匂い』を嗅ぎ分けるのは難しいはず。
ましてや消防隊が大量に押しかけ、ここからでも分かるほどに煙たい火災現場に居て、来栖1人だけの匂いを──なんて、訓練された警察犬や救助犬でも容易ではないだろう。
しかし、そんな誰でも分かるはずの道理なんてこの2人には存在しないかのごとく、双子は今すぐにでも消防隊の目をかいくぐり、来栖の元に向かう勢いだ。
そんな2人に待ったをかけて──“常識”の側から言葉を投げ掛ける存在が、彼女らのはるか後方から現れた。
「……それは、相手が彼だからですか?」
「え……誰?」
「おねえちゃん? いいえ、声が違うわ。これは……」
自分達に悟らせずに隠れていた人が居た事に驚くノノと、声の正体に覚えがあるナナ。
「はい。先程ぶりですね、ナナさん。ノノさん」
そう言って工場の残骸の暗がりから姿を見せたのは、リンゼ・フューベルブーフ。
負傷した夢見を抱き上げながら、双子の前に姿を見せた彼女の顔は、来栖の前では見せたことの無い、笑顔どころか表情と呼べるものが一切削ぎ落とされた、冷めきってる面持ちだった。
「あれ? リンゼおねえちゃんも来てたんだ?」
「ハサミのおねちゃん、まだ生きているの?」
そんなリンゼに対して、双子は特に大きなリアクションを見せる事はせず、まるでバッタリ街中で遭遇したような気軽さを見せる。
それを受けてなのかは分からないが、リンゼは一度目を伏せた後、いつものような笑顔に“戻して”言った。
「見ての通り、服は燃えて御覧の通りすっかり破廉恥ですが、どういうワケか全く命に別状は無いですね」
リンゼの言う通り、夢見は爆発を間近で受けた事によって、あられもない姿になっている。
しかし、身体の方はというとその限りでは無く、ナナとノノとの戦いで生じた切り傷はあれど、あれ程の爆発を受けた割には大火傷と呼べるレベルの負傷は見られなかった。
咄嗟に行った回避行動が功を奏したのか、シンプルに耐久力が化け物級なのか……どちらも非現実的だが、
「あら! じゃあ、さっきの戦いごっこは引き分けね。残念」
「ちぇ、逆転勝利出来たと思ったのになぁ」
夢見が生きていた事自体は大して驚く事では無かったのか、全く違う理由で残念がる2人。
(小鳥遊さんやノノさんが居るのに、先輩の姿が見えないから変だと思いましたが、なるほど。戦いごっこですか)
僅かな言葉から、ここで何が起きていたのかをリンゼは察した。
同時に、残念がるのに飽きた2人が、先程までとは異なる
「それで、どうしましょう? あなたもこわぁいおねえちゃんみたいに、ナナ達と遊びたい?」
「本当はおにいちゃんを追いかけたいけど、遊びたいなら相手してあげるよ!」
「……武器が無いようですが、徒手空拳で戦うおつもりですか?」
「あ、そうだった。おねえちゃんに壊されたり、弾かれたりで大変だったんだ。えーっと……」
自分が空手だったのを指摘されて思い出したノノが、何かをいじる様に手元で細かい動きを見せる。
「せーの、そぉれ!」
「──!?」
ノノが両手の指を頭上より高く掲げたと思うや否や、瓦礫の中から幾つものナイフと斧が、間欠泉の様に吹き飛び、ナナとノノの足元に集まった。
まるで物に意思が宿っているような、通常ではありえない挙動。
しかし、リンゼは目の前で繰り広げられた現象に心当たりがあったのか、努めて冷静に言った。
「今のは、もしかして操演術でしょうか?」
「そうだよ! 凄いでしょ!」
操演──人形や人工物を、特殊なワイヤーや操り動かす事を指す。
特撮映画で用いられる怪獣の人形をワイヤーで釣り上げて動かしたり、教育番組に出てくるパペットの操作であったり、主に映像作品で使われる技術だ。
およそ血生臭い戦闘とは無縁……いや対極と言える『操演』だが、リンゼはそれを『殺人術』として駆使する存在を知っている。
そして、ノノが今しがた見せた操演の動かし方や、ほんの一瞬だけ指先から見えた操り糸にも、心当たりがあった。
「……一体、どこでその技術を覚え……いえ、教わったのか、気になりますね」
「え? 誰からも教えてもらってないよ?」
「ナナ達を追いかけてきた人たちの中に、
「……そう。そういうことでしたか」
リンゼの中で、合点がいった。
ナナとノノを追っていた謎の組織と、追われていた理由──組織の全貌は明らかに出来てないが、少なくとも組織の構成員の一部と、双子が追われていた理由には、リンゼの中で「おそらくこうだろう」という納得がいく考察に至った。
つまりは、組織にはこの操演術を用いる者が関与しており──この双子は……。
「それでおねえちゃん、ノノ達とたたかいごっこする?」
ああそうだった、今は長考や考察をしている場合ではない。
思考を現実に引き戻して、リンゼは苦笑いを見せながら応えた。
「いいえ、私は遠慮しておきます、今は小鳥遊さんの治療を優先したいので。その代わり、1つ質問をしても?」
「質問? いいよー? でも簡単なのにしてね」
「何かしら何かしら」
遊びを断られたにも関わらず、文句の一つも無いのは、あくまで彼女の最優先事項も戦いごっこでは無く来栖を捕まえる事だからだろう。
今からリンゼが聞こうとしているのは、その来栖にも関わる質問だ。
「ノノさん、あなたはせんぱ──おにいちゃん先輩の行方を簡単に把握できる様子ですが」
「うん、分かるよ~!」
「目をつぶっても、おにいちゃんのいる場所まで簡単よ?」
「それは誰に対しても、そうなのですか?」
「え?」
「あなたのその、卓越した能力は誰に対しても発揮されるのか。それとも、おにいちゃん先輩
その質問がこの状況でどれほど大事なものなのか。分かるのはリンゼ本人だけだ。
投げかけられたナナとノノは、目をパチクリさせてお互いに顔を見合わせてから、困り眉になる。
「うーん……どうなのかしら」
「よくわかんないや!」
「ナナ達はいっつも追いかけられる側だったから、おにいちゃん以外はどうかなんて分からないわ。それがどうしたの?」
要領を得ない答えを返されたリンゼは、しかしそれで充分だと言わんばかりに頷いて、満足げに言った。
「いえ、分からないならそれでも良いんです。あくまでも個人的事情に伴う質問でしたので」
「えーなにそれ」
「事情が何か気になるわ。そっちも教えてくれても良いんじゃないかしら?」
逆に質問を投げかけられてしまった。
本来なら、曖昧とは言え時間制限がある中で、少しでも早く来栖を探しに行くべきなのに、こうしてリンゼとの会話を優先するのは、彼女らなりにリンゼに対し思う所があるからなのか。
あるいは、よほど来栖の居場所を特定するのは簡単だという自信の表れなのか。
いずれにせよ、会話を続ける事に問題は無い。
むしろリンゼにとっては来栖のための時間稼ぎになるのだから、望ましい展開だ。
全てを話す気は更々無いが、ほんの少しだけ、彼女らの意識を自分に集中させるためにも、情報を開示してもいいだろう──そう結論付けたリンゼは、その気になればいつでも逃げだせる様に身構えつつ、
「そうですね。では端的に。あなたが"弐双"の人間
恐らくナナとノノにとって看過できないだろうワードを、叩きつけた。
「……おねえちゃん、ふつーの人じゃないよね」
案の定。ノノは幼い相貌からは想像も出来ない程に、鋭い目つきに豹変してリンゼを見据える。
どこまで時間を稼げるか──最悪の場合、来栖より先に自身が標的になるリスクを承知の上で、それでもリンゼはにこやかに、双子の悪鬼に言葉を返した。
「いえいえ、まさかまさか。人より少し物知りで知りたがりなだけの、しがなくか弱い乙女ですよ。あと……ついでに結構美人ですが」
鬼住山鈴鹿との、思わぬ場所での再会はしかし、歓喜や郷愁などおセンチメンタルな感情に浸る余裕を与えてはくれなかった。
というのも、両足以外が完全に廃棄物が積み重なって出来た山の中に埋まった状態の鈴鹿を助けるべく、本来ならとっくにこの場を離れて遠くに逃げる為の時間を駆使して、さながら童話に出てくるカブの様に鈴鹿を引っこ抜くのに悪戦苦闘したからだ。
苦戦する理由は月明りしかロクな光源が無いため、山になって積み重なってる廃棄物がどんなバランスで形を保っているかが把握できないため、無闇矢鱈にどかすわけにもいかないのが原因だった」タンスや冷蔵庫くらいの大きさや重さのモノなら、時間を要するが動かすことも出来る。
しかし、ここは
そういった物がジェンガの様に積み重なってる状態で、俺が下手に動かしたり引き抜いたりして万が一でも山が崩れてきた場合、咄嗟に崩落から逃げる事も難しいし、何より身動きが取れない鈴鹿の身が危ない。
かと言って、例えばスマートフォンのライト機能を使い、手元だけでもはっきり見える様にして除去作業をするとしよう。
今度はリンゼとの連絡手段であるスマートフォンその物の電力消費が激しくなり、充電手段が無い現状で唯一の時刻や連絡手段を把握する術が無くなる恐れがある。
それにもっと言えば、ここは大きな物以外に、細々とした物も棄てられている。
具体的にはスクラップやガラス片など、軍手でもしないと簡単に手が傷つくような殺傷性の高い物だ。
──とまぁ、色々長々と語ってきたが、結局のところ俺は力任せに鈴鹿を引っこ抜く位しか、安全に鈴鹿を助ける手段は無かったと言うわけだ。
そして幸いなことに、俺は背中が汗でびしょびしょになる程度には何度もトライした結果、最終的にジャイアントスイングの要領で前後では無く左右に引っ張ることで、見事に馬鹿の救出に成功した。
もう一度言うが、本当ならここをいち早く離れて遠くに逃げないとダメなのに、鈴鹿を助けた後はその体力が尽きてしまったので、否応なく休むしかなくなり──、
「んぐっ、はむっ、ごくっごく……もぐぐぐ!!!!」
「もうちょっと落ち着いて食えよ……」
俺達は、夢見が俺の為に作ってくれたお握りを一緒になって食べていた。
夢見がもし、自分の作ったお握りを鈴鹿に食べられてると知ったら怒るだろうが、引っこ抜いた後の鈴鹿が今まで見た事も無い位に痩せこけた顔をしていたので、俺は1個だけ口にして、あとは全部くれてやった。
ここに来るまでに転んだりもしたから幾らか形は崩れていたが、それでも食料を前にした鈴鹿は、月明りの下でもハッキリと分かる位に目を輝かせて、大口を開けてお握りを頬張っていく。
その食いっぷりがあまりにも気持ちいい物だったから、これも本当は自分様に取って置きたかったが、喉を詰まらせない様に同じく夢見が用意してくれていた水筒の麦茶もくれてやった。
そうして体感では5分程度の、短くも長く感じる食事を終えると、鈴鹿は静かに感嘆のため息を吐く。
「はぁ…………暫くぶりの飯だったわ、細胞が歓喜してるのが分かる……分かるか? お前にも」
「さっぱりわからん。……飯は夢見が俺に作ってくれたもんだから、後で礼を言えよ」
「おーユメミンのか! どうりで愛情が詰まりまくってたワケだぜ、そうなると悪いなぁ、お前に向けた愛を俺が頂いちまった……なぁ、これって一種の寝取りになったりしない?」
「ならねえよボケ、後で夢見の前でも同じこと言って殺されろ」
どうやらいつもの世迷言を嬉々溌溂と口にするだけの気力体力は戻ったらしい。
であれば、まだ俺の疲れも取れてないし、回復を待つ間に聞いておきたい事を尋ねることにしよう。
「もうなんか……色々聞きたいことだらけだが。まず、何でこんな場所で寝てたんだお前」
「あーそれな。……実は俺も分からんのだ」
「は?」
「自分がどこに居たのかすら、さっきお前に引き抜かれるまで分かって無かったんだぞ、俺。凄いだろ」
「うん。それは凄いわ」
酔っぱらいが最終電車に乗って寝落ちしたまま、田舎の終着駅に来ちゃった。みたいなノリで語るものだから困る。
「だからまぁ、何日ここに居たかも知るすべが無かったワケよ。ゴミに埋まってお天道様も見えなかったんだからな」
「じゃあ、誰がお前をここまで連れてきたかも──」
「当然、分からん」
「えぇ……」
何でドヤ顔で言うんだよコイツは。
知れよ、恥を。
とまぁ、既に脱力したくなるような発言が目白押しで大変ですが。
次に聞く内容は、ちょっと真剣な物になりそうだ。
「じゃあ次に、お前の服装と頭だけど……」
「え、あーうん。服はな。凄いよな」
身に着けてるシャツと、髪の毛を指で摘みながら、鈴鹿はどこか他人事の様に言う。
「もうすっかり真っ赤というか、これ血だよなどう見ても。血が乾いちゃってシャツはカピカピだしさ。お前から見て髪の毛も凄いべ?」
「あぁ。それはもう、赤黒い……」
「はは、お前の地毛と同じだな」
「……」
「あっやべ、これ禁句だった。すまんすまん……睨まないでくれよー! 悪かったってー!!」
「あーごほん」
誤魔化す様に露骨な咳ばらいをしたのち、鈴鹿は今更ながら真剣な顔をして話を続ける。
「改めて言わなくても分かるが、この赤黒いのはもうお察しの通り、俺の血ですね、ハイ。マイブラッド。オーガの血」
「それはそうなんだろうけど……問題は、誰がお前にそんな大怪我を負わせたのかってことで」
不良何百人相手に大立ち回り出来る上に、撤退させた挙句、追い打ちまで出来る化け物みたいな奴が、およそ致死量としか思えない程の出血を窺わせる程の大怪我をしたとは、俄かに信じられない。
それが出来るとしたら、そいつはよっぽどの、鈴鹿を越えるモンスターみたいな奴だろうが、そんな人間が川國に居たら、中学の頃とっくに出会って戦ってるだろうし。
「実は、俺もはっきりとは覚えていないんだよ。見ての通り頭もしこたま打ちこまれたようでなぁ。恐らくその影響で記憶が飛んでる」
「そんな……ただでさえ馬鹿なのに、若年性健忘症にまで……もう死ぬしかないじゃねえかお前」
「あれ、もしかしてさっきの失言まだ怒ってる……?」
いけない、つい
「俺がハッキリと記憶を保ってるのは、お前と電話してた時が最後だ」
「それって、今からもう一週間以上前の話じゃないか」
「おお、そんな前か」
入院初日の夜に、鈴鹿に電話をした。その時の会話は特に異変を感じなかったが──、
「俺はお前と電話してるときに、後ろから刺されたのよ、誰かに」
「刺され……!?」
「おーん、びっくりだよな。聖帝も気を抜いてたらターバンのガキに足を刺されたが、俺もがっつり。背骨と左の肩甲骨の間を完璧にブスッと……」
聖帝がどうとか、何の例えかよく分からないが、つまり鈴鹿はあの電話をしてた時、不意打ちを受けたって事か。
「んで、たぶんその時点で俺の意識が無くなったんだろうな。幾らか犯人に声を掛けた気はするが、相手が男か女か、知人か通り魔か、さっぱりわからん」
「それで、抵抗できなくなったお前は頭を叩き潰された後に……多分同じ人物の手で、ここに棄てられたのか」
「だろうな。俺の身体を引っ張ってここまで連れてったのはシンプルにようやったわ」
「何で褒めるんだよ……というか、心臓近く刺されたり頭ぶっ叩かれて、よく生きてるなお前」
「本当にな! 丈夫な体に産んでくれた母親に感謝だよ! はっはっは!」
「丈夫の一言で済まないからな? マジで、ふつう死んでるから……傷はもう塞がってるのか? 痛みは?」
「それもない! というか、飯食ってから調子良い。ぶっちゃけると、刺される前より力が付いた気すらある」
「なんだよそれ……マンガじゃないんだぞ」
聞けば聞くほど、今こうして会話してるのが現実か怪しくなってくる。
幽霊と会話してると後から言われても、納得できてしまう位には、鈴鹿の口から語られる内容は信じられない。
「というか、お前さ」
「なんだい、藪からスティックに」
「また変な──じゃない。俺と電話してる間にもう刺されてたんだよな? だったらなんで、電話越しに助けを求めなかったんだよ。俺に言ってくれれば、こんな場所で埋まってる事もなかっただろうが」
「え? そりゃあお前……」
俺のもっともな指摘を受けて鈴鹿は、一瞬だけ気恥ずかしそうに言い淀んでから、ニカッと笑って言った。
「あんときもう結構迷惑かけてたし、遠慮したっていうかさ……ダサいじゃん、油断して刺されたなんて、サ」
「……そうかい」
変に意地張って誤魔化してる方がよほどダサいと思うけど。
まぁ、コイツはそういう奴なので、もうそれ以上は何も言わないことにした。
なお、殺人未遂と死体遺棄未遂のヤバい奴が川國のどこかに今も平然と暮らしてるって事実が提示されてしまったが。
現状は、流石にそっちにまで思考を割く余裕は無いので、敢えて考えないことにする。
「じゃあ次はお前の番な、クルル」
「また変なニックネーム思いつきやがってからに……」
「お前はなんたって真夜中に、こんな危ない場所を1人でさまよってたんよ。あの善良っぽい感じのご両親や妹のナギナギは、お前の不良行為を容認しちゃったワケ?」
「あー……いや、そこはちょっと色々……というか、そこも含めて説明する」
次は俺の番だ──と言っても、もうだいぶ体力も回復して長話する意味も無くなったため、俺はリンゼとの出会いやナナノノとの出来事を、要所のみ掻い摘んで、馬鹿でも分かる様に説明した。
「──なんだそりゃ。君はアホかね」
結果、聞き終えた後の開口一番で馬鹿にされてしまった。
「仕方ねえだろ、あの時はそう言わなきゃ目黒先生殺されると思ったんだよ……」
「だけどよぉ、何でわざわざ朝日が昇るまでなんて糞長い時間指定にスンだよ、アホだねえ君。ドアホだね」
「くっ……」
挙句、ぐうの音も出ない正論を叩きつけられてしまった。
「それに、短時間で新しい女の子と何人出会ってんだチミは。一夫多妻制の国に移住したいのかね? ユメミンが近くに居ながらようやってるよ」
「んなっ……そういう話じゃないだろこれは!」
「だってお前さぁ。その追っかけてくる双子ちゃんも大概だけどよぉ、後輩ちゃんのリンゼ……ふゅーふゅーびゅー?」
「フューベルブーフ」
「そうそれ。なんだよ、すっげえドイツ語っぽい名前の外人まで侍らせやがって。外人の後輩に『先輩(はぁと)』とか呼ばれてんだろ? マジふざけんなよお前タココラこの糞野郎が殺すぞ……」
「知るかよそんな事…………どんだけ静かにキレてんだよ」
なんかどさくさに紛れて理不尽な嫉妬も浴びせられたが、これはしっかりと振り払う。
「とにかく、状況は把握した。ユメミンの状況が気になるが、まずはお前が逃げ延びなきゃ、事態は悪化の一途を辿ると」
「……そう言う事になる」
「とは言っても、ユメミンも大したもんだよ。そんな物騒な双子相手に、あのボロ工場からしっかり逃げるだけの時間稼いでるんだから。愛の力ってヤツかね。お前に惚れる子はみんな、どっかぶっ飛んでる子ばかりだ」
「…………」
それについては、何も言葉を返したくなかった。
「しかして来栖よ。お前、この後はどうするつもりだ?」
「それは……もちろん、ここからもっと遠くに逃げるさ。追いつかれない様に」
「逃げるアテも無しにか?」
「無くても、ここに留まってるよりはマシだ。たぶん隠れてたって、見つかるのは時間の問題だし」
「そう、その通り。見つかる時間が多少前後するだけだって、賢い鈴鹿は思うのよ」
……何かおかしい。
鈴鹿から発せられる言葉の端々から、不穏さが滲みだしてきた。
「ルールは隠れ鬼ごっこ、鬼はお前を見つけて、捕まえたら勝ち。だけど、つまりはお前を捕まえるしか、勝ち筋は無いワケだ。だな?」
「だから何だって……いや、お前、
以心伝心、なんて言葉をここで使いたくなかったが、まさに今の俺達はそれが当てはまる状況。
鈴鹿が言いたい事を、俺は理解してしまった。
「ダラダラと日が昇んの待つなんて、かったるい事しないで、強制的に遊びを続行不可能にすりゃいいんだよ。そして、今お前の前には、それを可能に出来るウルトラスーパーアルティメット……あと何か強そうな言葉って何あるかな」
「待て待て待て待て……ついさっきまでゴミに突き刺さってた上に、背中刺されて頭壊されてた奴を、更に危ない目に遭わせるわけ無いだろ! 変な事考えなくていいから!」
「へぇ、心配してくれんの! ありがとうなぁ!」
「そりゃあするだろ! 夢見の後に、お前まで巻き込んで堪るか!」
「おぉ……」
感動なのか驚愕なのか、よく分からない表情で俺の言葉を受ける鈴鹿。
こっちは真剣に話してるっていうのに、何だってコイツはこう、能天気なノリを続けてるんだよ。
「安心しろクルル、今お前が抱いてるソレは杞憂って奴なのだ。俺はさっきも言った通り、死の淵をたぶん彷徨った事で、更なるパワーアップをしてるのだ」
「口調を急に変えるな気持ち悪い……」
「お前はなーんも気にせず、俺に一言いえば良いのだ。『お願いします強くて最高な鈴鹿様。どうか無力で無計画な凡夫であるわたくしめをお助けください』ってな! そして──」
言葉を止めて一呼吸置いてから、鈴鹿はまっすぐ俺の目を見て、今日一番の真剣な顔で言った。
「『一緒に夢見を助けに行くのを手伝ってください』ってさ」
「──ッ!」
きゅっと、心臓を掴まれるような感覚を鈴鹿相手に抱いた。
心の底で思っていて、思わない様に全力で押さえつけていた物を、コイツは何の遠慮も無く唐突に引きずり出してきやがった。
「気になって仕方ないんだよな? 本当はすぐにでもユメミンの安否を確かめたいんだ。でも、双子から逃げなきゃいけないし、1人じゃすぐ捕まるのが分かるから、せっかく彼女が身を挺して逃がしてくれた意味を無にしたくもない。結果、どうにか逃げる事だけを考えるようにしてた。そだろ?」
「それは、えっと」
「分かっっっっちゃうんだなぁ俺には。だからお前、今もこうしてこの場に留まってるんだ。二の足踏んでるんだよ、心が」
「……なんか、初めてお前に完全敗北した気分だ」
悔しい、けど全部鈴鹿の言う通りだ。
俺は今、自分の中でも最も戦力として期待できる人間と、このタイミングで出会った事で、本音では逃げ隠れるのではなく、迎撃して夢見の安否確認をして、さっさと終わらせたいと思い始めている。
素直に自分の中の最優先事項としなかったのは、前述の通りに病み上がりなはずの鈴鹿をすぐに危ない目に巻き込みたくないという、
見せかけの思いやりに過ぎないと俺の胸中をアッサリ見抜いていた鈴鹿は、サラッとそれを取っ払い、俺に本音を求めている。
「はっはっは、この手のもんに勝ち負けなんざねえだろ。お前、友情に勝敗なんてのがあると思ってんの?」
「……そういうとこだよ、本当にもう」
人間的な器の話さ。
絶対に口に出したくないが、俺と鈴鹿では、圧倒的に鈴鹿の方が、遥かに大きいだろうよ。
「出来るんだろうな。きっとお前なら」
「真面目な話、この前の大量の不良相手にするよりも楽だと思うの」
「…………それも、そうかも」
あの時だって、一応は武器持ちが大量に居たんだ。
「んで、結局外面とメンツを気にするクルルはどうする? このまま後何分か悩んで──」
「お願いします強くて最高な鈴鹿様。どうか無力で無計画な凡夫であるわたくしめをお助けください。そして、
「……わーお」
せめてもの潔さだ。
恥も外聞も無く、心の底から自然に、俺は鈴鹿にそう
そして、そんな俺の言葉を受けた鈴鹿は。
「モチのロンよ」
月光を背後に受けながら、太陽の様に笑って言ったのだった。
人間の器
ぐうの音も出ない聖人を100としたら
来栖は53
鈴鹿は74
くらいの差があります