ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRACK3 恋人ごっこ

 ──いや本当、何してんの。夢見も渚も。

 

 本来なら、普通に明るい室内で迎える予定だった。

 それなのに直前になって『この方が雰囲気出るでしょ?』なんて言いだして、あんな物騒なもてなしを始めた。

 

 ただでさえ信用第一の活動なのに、相変わらず従妹の思考回路は常軌を逸している。

 しかも、相手はまさかの渚と言う。

 もうこれ、最後に出てきた俺が頭おかしい奴のボスって思われる強制罰ゲームじゃないか。渚も信じられないものを見る目でぽかんとしてるし。

 

 仕方ないので、この形容しがたい空気のままごり押しと行こう。

 

「ここまでご苦労様、とりあえずそこの椅子に座ってよ」

「待って待って、このままさり気なく話を進めないでお兄ちゃん」

「──ちっ」

 

 やはり、スルー出来なかったか。

 

「なんで2人がここに……ううん、それより、2人がやってたってこと!? この──」

「救済★病み倶楽部! いかにもアングラな雰囲気で良いでしょー?」

「そう、それ!」

「あー……じゃあまずそこも軽く説明するから、取り敢えず座って。夢見、お茶出してくれる?」

「はーい!」

 

 面倒な事になるのは確定したので、せめて主導権は握っておきたい。

 

「粗茶ですが……どう? 渚ちゃん的に今のあたし、お従兄ちゃんの秘書って感じ出てる?」

「あっうん……たぶんね」

「やったぁー!」

 

 1人で勝手に盛り上がってる夢見を傍に置いて、俺は渚に説明を始めた。

 

「細かい経緯は省かせて貰うけど、ご覧の通り俺は夢見と2人で、この厨二臭い名前の活動をしてる」

「自覚はあるんだ……命名したのはお兄ちゃんじゃ無いよね?」

「無論、夢見だ」

「いい響きでしょ? 昔読んだ漫画からインスピレーションを受けたの」

「……という事で、改めてようこそ。病み倶楽部へ」

 

 

 ──さて、ここに来てようやく、食堂では省いた『救済★病み倶楽部』についての説明をしようと思う。

 

 これは某ブラウザのアプリで夢見が作成したHPサイトの名前であり、同時に彼女が俺に課した『契約』でもある。

 夢見の『お従兄ちゃんのカッコいいところをたくさん見たい』という願いを叶えるため、インターネットの片隅で『他人に話せない悩み事』……すなわち『(病み)』を救済する事を目的としている。

 

「アナタの闇(病み)を払いますってトップページに書かれたキャッチフレーズも含めて、夢見が主導の活動だよ」

「……それ、お兄ちゃんじゃなくて夢見がひたすら頑張ってるだけじゃない?」

「裏方をね。現場で働くのは俺」

「今までどんな事してきたの?」

「ペットの捜索、いじめの復讐、下着泥棒確保、後は──」

「待って、思ったより色々やってて追いつかない」

 

 渚が頭を抱えながら夢見の出したお茶を口にする。

 そう嘆くのも仕方ない。確かに自分でも話しながら色々やったなぁと呆れるくらいだから。

 

「ペットの捜索って、別にお兄ちゃんに頼まなくても今時幾らでも頼める所あるよね?」

「それが非合法な動物じゃなければね」

「……警察沙汰にまで手を出してるの?」

「だから(病み)なワケで」

「……お兄ちゃん、私がモデルしてる事話さないでいたのを責める資格無いよ」

「確かに」

 

 痛い所を突かれたなぁと笑い飛ばしたい所だが、そういう朗らかな空気では無い。

 

「ちなみに、いつからこんなことしてたの?」

「2年前」

「…………それって、もしかして──」

「渚ちゃん? そろそろ本題に入った方が良いと思うな、あたし。日も落ちて来ちゃうから」

「……そうだね、確かに」

 

 渚の言葉を露骨に遮って来た夢見。

 

 これが彼女なりの気配りなのか、単に俺が渚とばかりお喋りしてるのが面白くなかったのかは分からない。

 とはいえ、これでようやく話が前に進んだのは間違いない。

 

「最初に聞くが、父さん達に俺の事チクるつもりは?」

「無いよ……。そしたら私の事も話さなくちゃいけないし、それが嫌だから今日ここまで来たんだもん。それに」

「それに?」

「全く知らない人に頼むより、お兄ちゃん相手だったら、むしろ気が楽だから」

「そっか。分かった、それじゃあ話してくれ。何があった?」

 

 俺の問い掛けを皮切りに、渚はおもむろに語り始めた。

 

「実はね、最近……ううん、読モやってからなんだけど、ストーカーが出てきたみたいなの」

「誰だ。何をされた。全部話せ、殺すから」

「ころっ──殺す!?」

「はいはい、お従兄ちゃん落ち着こうねー」

「離せ夢見! 大切な妹にストーキングする現世のゴミクズ野郎なんて適当に殺してこの辺の廃屋にバラシて埋めれば済ム──うっ!?」

 

 

 ──閑話休題(強制)(スリーパーホールド)

 

 

「……すまない、年甲斐もなく取り乱した」

「ささっ、渚ちゃん。続きを話して?」

「う、うん……お兄ちゃん、大丈夫?」

「気にするな。情けない姿見せてごめんな」

「それは大丈夫、むしろ私のためにそんな風に怒ってくれるの、嬉しいから」

「……渚」

「いいからさっさと続き話そう???」

 

「──続きを頼む」

「う、うん」

 

 夢見をキレさせたらまずい。非常にまずい。

 

「えっとね、最初におかしいなって思ったのは2か月前で──」

 

 そこから、努めて口を挟まないようにしつつ渚の話を聞いたところ、以下の通りだった。

 

 最初に違和感を覚えたのは2か月前。

 渚がとあるSNSに投稿した写真に来たコメントからだった。

 読モ仲間と都内のカフェで撮影した写真を、ネットリテラシーのある渚は帰宅後に投稿したのだが、5分も経たない内にこんなコメントが来たという。

 

『綺麗に撮れてる! 今日のお昼に撮ってた奴だね! 一緒に居たのはお友達かな???』

 

 被写体は食べ物。詳しい人物ならどの店かまでは分かっても、時間帯はもちろんの事、一緒に居た人物まで分かるはずが無かった。

 

 即刻コメントしてきたアカウントを通報、投稿した写真は削除、そのアカウントもほどなく凍結されたが、今度は渚が完全に個人特定される情報を投稿してないハズの別アカウント(所謂裏アカ)にDMが来るようになった。

 それらを通報したりブロックしたりしても、1~2週間後にはまた同一人物と思われる者からのDMが来る。しかも最近はその頻度も上がっているとのこと。

 

 聞いてるだけで(はらわた)が煮えくり返る様な気持ちだったが、渚が長期間感じてきた不安や恐怖を想うと、俺個人の一過性な激情で場を引っ掻き回す愚を犯すワケにもいかない。

 全ての説明を聞き終えた後、非常に長い溜息の後、俺は渚に尋ねた。

 

「よく、分かった。それで渚、君はどうして欲しい?」

 

 犯人を特定するのは当然の事として、その後の処遇は依頼者の渚次第だ。

 

「警察に突き出すか、反省を促すか、二度と同じ事をしない──いや出来ないほどに()()()()()()か、それ次第で俺達の行動が決まるよ」

 

 渚は深く考えるように目を閉じると、幾許かの時間を経てから答える。

 

「私の事を知って、お父さんやお母さんに心配して欲しく無いから、ここに来たの。……だから」

「分かった」

 

 まだ全ての言葉を渚は言い切って無いが、十分意図は読み取れる。

 元々、ストーカー被害について日本の警察が糞の役にも立たない事は分かり切っている。

 例外として、警察関係者が犯人の場合のみ面子を保つため迅速に動くらしいが、今回がその例外に当てはまる事は無いだろう。

 

 であれば、きっと世間一般の被害者と同じく、死者が出るレベルじゃなきゃ何もしてくれない泣き寝入りパターンだろう。

 それに加えて渚は両親に知られたくないからこそ、『救済★病み倶楽部』という怪しい存在に藁にも縋る思いで頼ったのだ。

 

 実は最初から答えは決まり切っている。

 それでもなお、彼女の口から答えを求めたのは、当人にも覚悟を持って欲しいから。

 そして、渚はしっかりと意思を表明してくれた。であれば、後はやる事をやるだけだ。

 ……もっとも、主に頑張るのは夢見であり、俺は〆を任されるだけなんだが。

 

「って事で、夢見。お願いな」

「はーい♪」

 

 二つ返事で夢見は渚に可愛くウインクした後に、そそくさと部屋を後にした。

 後には俺達兄妹だけ。若干場の流れに取り残され気味な渚が、瞬きを多めに聞いてくる。

 

「えっと……どうなったの?」

「任せろって事。犯人をこの上なく後悔させるから」

「本当!? ……ごめんね、ありがとうお兄ちゃん」

 

 一瞬安堵と歓喜の表情を浮かべたが、すぐにこれが危険に触れる行為だと理解して、今度は曇らせる。

 コロコロと山の天気みたいだと思いながら、俺は安心させるように言った。

 

「気にしなくて良いよ。実はこの手の相談は初めてじゃないんだ」

「そうなんだ……ちなみに、前はどうなったの?」

「聞きたい?」

「──やめとくね」

「そっか」

 

 普通にみっちり説教して反省して貰っただけなんだが、まぁいいや。

 

「取り敢えず、渚は先に帰りな。もうすぐ日が暮れるから」

「お兄ちゃんはどうするの?」

「ここの片づけしてから。水道だけは何故か生きてるからさ、食器片づける」

「あっ……ごめんなさい、私の飲んだものなのに」

「良いから気にすんな。気をつけて帰れよ。歩道は整備されてるとはいえ、人通りは少ないから」

「うん……じゃあ、お兄ちゃん。またあとでね」

「ああ。また後で」

 

 互いに小さく手を振りながら、渚は静かに部屋を出て行った。

 

「──さて、と。こっから大変だぁ」

 

 今後わが身に降りかかるであろう災難を想い、今のうちに愚痴とため息と悪態を付けておくのであった。

 

 


 


 

 

 20時過ぎに父さんが帰ってきて、我が家にとってはいつも通りだが世間一般では少し遅めかもしれない夕飯を済ませた後、家族はそれぞれの活動に移った。

 

 父さんは母さんと晩酌しつつイチャイチャ。

 渚は自室で自学や友人らとスマホ越しの交流。

 俺はと言うと──さっそく渚の件について夢見とスマホのコミュニケーションアプリで打ち合わせだ。

 

『明日から渚ちゃんの近辺を張り込んでいく予定、渚ちゃんには内緒にしてね』

『伝えた方が安心出来ると思うけど、理由はあるのか?』

『その安心するって言うのがダメなの。相手は渚ちゃんが困ってる姿を見て喜んでる変態なんだから、急に挙動や雰囲気が変わると対策を用意されたって考えて、警戒する可能性があるから』

 

 なるほど、同じストーカーだからこその視点だな。

 と思ったが、敢えてそれは言うまい。

 

『分かった。俺が出来る事はあるか? 渚のそばに居る時間を増やすとか』

『少しくらいなら良いと思う。ある程度相手を焦らせて、慎重な性格でもアクション起こすしかなくなる状況になるかもしれないから』

『オッケー、それならお昼休みや放課後の時間、もっと渚と一緒に居る事にする』

『念のためだけど、必要以上にベタベタするのはダメだからね?』

 

 それがストーカー対策で言ってるのか、あるいは──答えは考えるまでもない。

 

『了解。明日からヨロシク、おやすみ』

『はーい♪』

 

 可愛い女の子が手を振るスタンプを最後に、夢見とのやり取りが終わった。

 その直後だ。部屋のドアをトントンとノックする音が小さく室内に響く。

 

「お兄ちゃん、起きてる?」

「渚、どうしたの。入っていいよ」

 

 21時過ぎに渚が部屋に来るのは比較的珍しい。

 

「ごめんね、遅い時間に。どうしてもお兄ちゃんに話したい事があって」

 

 厚手の長袖シャツにドルフィンパンツの部屋着姿。リラックスした格好だが、部屋に入ってきた渚の表情はあまり優れてはいない。

 ベッドに座ってる俺の隣に腰を落として、右手に持ってたスマホの画面を見せてきた。

 

「これ、今日私がお兄ちゃん達の所に行ってた事バレてるみたい」

「……うっわぁ」

 

 渚が見せたのは、SNSアカウントのDM画面。

 会話ではなくて、相手からの一方的なメッセージがひたすら羅列されている。

 これがストーカー相手からの物だと判断するのに、時間は必要としなかった。

 

 体育の授業を受けてる時の様子、お昼時間に食べた物について、友人や俺とどんな会話してるのか聞いてきたり、文字を目で追うだけでも鳥肌と嫌悪と苛立ちが募る。

 幾つか明らかに盗撮と思われる渚の後ろ姿や横からの写真もあり、かなり過激で危険な相手なのは間違いない。

 

 渚が今日までこんな悍ましい物を我慢してきたと思うと、頭の血管が千切れそうになる。

 しかし、この怒りは犯人を捕まえた時まで大切に温めておくとしよう。今は渚が見せたいもの、それに集中だ。

 

 

『普段いかない所に行ってたみたいだけど、どうしたの? 危ないよ?』

 

 

 最新のメッセージにはそう書かれている。

 一番危険な自分を見事に棚に上げて何を言ってるかと思うが、つまりはこのストーカー、既に渚が何かしらのアクションを取ってる事を察してる可能性がある。

 

 流石に廃工場エリアまでついて行って盗撮したりは出来なかったし、俺と夢見について言及されて無い辺りから詳細は分からないのだろうけど。

 

「渚、この画面スクショして俺に送ってくれる? 後で夢見にも見せたいんだけど、良いかな?」

 

 解決のために必要な事とは言え、ここまでセンシティブな物については流石に確認は取らなきゃいけない。

 渚は表情を硬くしたままだが、こくんと頷いてくれた。

 

「ありがとう。これ結構犯人探しに使える──」

「お兄ちゃん」

「ん……どうした?」

「変な事、言うね?」

 

 俺の言葉を遮って、渚が俺の部屋着の裾を握りつつ言う。

 

「私ね、今の生活が好き……。お父さんやお母さん、お兄ちゃんが居て、学園では友達が居て、それが当たり前に続いてる事が好き」

「……うん」

「だから、それが壊れるのが怖いの。ストーカーは最悪だけど、今の生活が無くなるのはもっと嫌」

「…………」

「ごめんね、解決して欲しいのにこんな事言われても困るよね? でも、お兄ちゃんにしかこんな事言えないから」

 

 夕方、廃工場にいた時にはついぞ聞く事の無かった渚の弱音。

 自分の家で、かつ俺の部屋で2人きりという状況だからこそ、やっと言える本音だった。

 

「話してくれてありがとう、渚。おかげでやる気が出てきた」

「……怒らないの?」

「怒る要素が今の話のどこにも無いから。渚の不安は何も間違ってないよ」

 

 そう言って渚の頭に手をやり、ゆっくり優しく撫でる。

 普段はこんな事、絶対にしない。

 中学2年生の上半期ごろまではやってたけど、お互い思春期真っ只中だし、渚もその頃から年相応にベタベタしなくなったから、意図的に避けていたのだけど。

 

 今日みたいな場合は、話が別だ。

 渚が家族で一番信用したり、愛情を向けてるのは父さんだろう。

 でも、今渚を苦しめてる状況は、父さんじゃ解決できない──ではなく、父さんに解決させるワケにはいかない問題。

 父さんに今どんな状況なのかを知られずに過ごしたい。そんな望みがあるのなら、代わりに頑張るしかないのが兄である俺だ。

 

 だから、俺が父さんの代わりに妹を安心させなくちゃならない。

 父さんが安心できるように、俺が父さんの代わりに渚を安心させないと。

 

「俺と夢見に任せろ、安心して眠れるようにすっからさ」

「…………もう、子ども扱いしないでよっ」

 

 口調こそ不満を述べてるが、特に抵抗する様子も無く、渚は俺の手を受け入れている。

 

「子ども扱いなんてしてないよ。でも、俺は渚のお兄ちゃんだからな」

「…………うん、そうだね」

 

 やや長い間を置いてから、渚は噛みしめる様にそう返した。

 

「──ありがとう、お兄ちゃん。ちょっとだけ元気戻ってきたかも」

 

 1分ほど撫でた手を離すと、渚はそう言った。

 

「それなら良かった。ストレスは美容の敵だもんな」

「へー、お兄ちゃんそういうの分かるんだね」

 

 揶揄うように言いながら、渚は立ち上がってそそくさとドアに向かう。

 そのまま部屋を出るかと思ったが、最後に振り返って、笑顔を見せた。

 

「おやすみなさい、お兄ちゃん」

「あぁ。お休み、渚」

 

 お互いに簡素な言葉を交わした後、渚は静かに自分の部屋へと戻っていった。

 

「──んじゃあ、俺も寝ますかね」

 

 時間的にまだスマホでネットサーフィンも出来るが、最近入れた睡眠導入アプリを使いたくなったので、心なし早めの就寝としよう。

 照明のリモコンを操作して暗くしたら、最後に目覚まし時計のアラームが設定されてるかだけ確認し、俺は眠りについた。

 

 

 ──この時点で気づいていれば。この頃を振り返ると考えてしまう。

 ──いや、気づいたとしても、当時の俺はそれに対して違和感や異変を感じる事は無いだろう。

 

 最後、部屋から出ようとする渚の後ろ姿。

 彼女のうなじは、びっしりと鳥肌が立っていた。

 

 


 


 

 

「ふんふん、これは結構重要なヒントだよ、お従兄ちゃん!」

 

 翌日のお昼休み。購買で買った惣菜パンを片手に、俺のスマホを見ながら夢見は言った。

 

「やっぱり? 夢見ならヒントにつながるかと思った」

「お従兄ちゃん……そんなにあたしのこと頼りにしてくれてるんだ……きゃー幸せ!」

 

 ストーカーの手口を知ってるのは同じストーカーだもんな。

 

「この写真の画質や、映ってる渚ちゃんの高さに角度から、たぶん犯人はスマートフォンで隠し撮りしてる。撮る時の配置もだいたい同じだね」

「えっと……背後からの写真ばかりだから、だいたい」

「3メートルか、長くても10メートルの間。たぶん操作してるふりをしながらさり気なく撮ってるよ。だいたい斜め右側からかなぁ……」

「ふむふむ、あと他に分かる事はある?」

「さり気なく撮ってるけど、焦ってる。どの写真もブレてたり、線が入ってるでしょ? 急いで撮ろうとしたりバレるのが怖いから、光源やピントを考えてないの」

「…………」

「全くもう、どうせやるなら堂々とすればいいのにね。こんな中途半端な気持ちでよくストーカーやろうと──あれ? どうしたのお従兄ちゃん、急に黙っちゃって」

「いや、本当にこれだけでそこまで分かるんだなって」

「えへへ、凄いでしょ? あたし、将来は探偵になれるかも♪」

「ああ、名探偵だよ」

 

 まるで他人の思考を本みたいに暴いていくのは、頼もしいを通り越して怖いとすら──。

 

「お従兄ちゃん?」

「──っ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……そういう所だよ」

 

 危なかった。夢見は昔から『怖い』と思われる事を極端に嫌がっているのをつい失念していた。

 原因を詳しく聴いた事は無いけど、それこそ今俺が言ったように、夢見の高い観察眼や相手の思考を先読みできる点を、過去に不気味がられたりしたのではないかと予想してる。

 

「──すまん、浅はかだった。許してくれ」

「あ、それって()()()?」

「……違う、ただの謝罪だよ」

「そっかぁ、残念」

 

 ため息交じりに肩をすくめてから、夢見は片目だけ閉じながら言った。

 

「渚ちゃんのストーカーを捕まえたら、ご褒美にデートしてくれる?」

「それは()()()か?」

「ううん、提案♪」

「……良いよ、どこでも付き合う。約束する」

 

 こんな形で夢見の協力を失うワケにはいかない。

 渚のためにも、デートくらい喜んでするさ。

 

「やったぁ! お従兄ちゃん大好き♪ 結婚しようね♪」

「絶対にしない」

「え~、でもそーいうツレないお従兄ちゃんも好きよ?」

「ありがとう、でもほら、そうと決まったら今後どうするか考えよう」

「はーい!」

 

 どうにか話の軌道を修正してから、俺達は本格的に作戦を練り始めた。

 

 取り敢えず、犯人はしばらく表立った犯行はしない。まずはそれがお互いの共通認識。

 詳細は分からないまでも、渚が『普段なら絶対に足を運ばない場所に行った』事実を知ってる犯人は、確実に周囲を警戒するからだ。

 そのため、盗撮行為もしばらくは鳴りを潜めるだろう。

 当初の『渚に付きまとってる人間を夢見が見つける』作戦は使えない。

 

 しかし、その状態は決して長続きはしない。

 

「この性格なら、もって1週間ちょっとじゃないかな? 2週間も渚ちゃんの事を放置は出来ないと思う」

 

 夢見はそのように分析した。

 

「きっと我慢した分鬱屈も溜まって、今までやらなかった様な行動を取ると思うよ」

「具体的には?」

「今までは隠れてコソコソ写真撮ったり、SNSでキモいチャット送るだけだった人が、もっと過激になったらどうなると思う?」

「直接手を出そうとするだろうな。最悪攫ったり、監禁とか」

「正解!」

 

 可愛くウインクしながらサムズアップを決める夢見だが、こちらとしては非常に困る。

 

「そうなる前に、捕まえられないか?」

「えー、でもこのパターンの方が確実だよ?」

「そうかもしれないが、渚に万が一の事があったら」

「え? 無いでしょそんなの」

 

 首をカクッと傾げて、さも当然の様に夢見は続けていった。

 

「だって、お従兄ちゃんが居るんだよ?」

「そういう信頼の置かれ方は、困る」

「ふふ、()()()()()姿()()()()()()()()()()()

「はぁ……そういう事かよ」

 

 だったら、夢見の望み通りにせざるを得ない。

 それこそが、この『救済★病み倶楽部』の存在意義なのだから。

 

 

 

『──という事で。これから少しの間、渚ちゃんにはお従兄ちゃんと放課後一緒に過ごしてもらうね!』

『どういう事!?』

 

 放課後、怪しまれないように渚と夢見が帰宅後、通話アプリでグループ通話をしている中、渚の至極全うな疑問が飛んだ。

 

 俺はワイヤレスイヤホンで聴きつつ、ゴルフ場に足を運んでいる。

 

『え? だから、犯人を焦らすためにわざと渚ちゃんには男の人と一緒に過ごしてもらうの』

『──あぁ、そういう事ね』

 

 今の説明だけで理解したのか、渚の声色からは不満や困惑の色は見られなかった。

 白球をぶっ飛ばしつつ、つい尋ねてしまう。

 

「渚はそれでいいのか? つまりは囮になる様な物だぞ」

『ありがとう、お兄ちゃん。でも私は大丈夫だよ、それで早く解決するなら。でも、相手がお兄ちゃんだと犯人もすぐに分かるんじゃないかな?』

 

 それも至極全うな質問。

 だが、それについても夢見はシンプルだが回答を用意している。

 

『任せて、あたしがお従兄ちゃんを変装させるから。遠目からだと赤の他人にしか見えないようにね!』

『そっか、それなら大丈夫ね』

「それもあっさりOKなんだな」

 

 正直、渚は文句や不満を述べるだろうと心構えていたので、するする話が進むと拍子抜けだ。

 それだけ、渚も今の状況を打破したいと思ってるんだろな。当然ではあるけど。

 

『それじゃあ決行は明日の放課後からね。お従兄ちゃんはあたしの家に来て、変装してから渚ちゃんに会いに行くの』

『私は放課後そのまま目的地に行くって事か。……なんか、いかにも放課後デートみたいだね、お兄ちゃん』

『渚ちゃん、あくまでもフリだからね?』

『……夢見、なんか怒ってる?』

 

 それ以降は、女子2人の世間話に話題の舵が切られたため、俺は終わるまで黙って白球を宙に飛ばす方に意識を向けたのだった。

 

 


 


 

 

 翌日の放課後。作戦通り、帰りのHRが終わるのと同時に手早く学園を出て、まっすぐ夢見の家まで向かう。

 夢見の家は普段の帰り道と進行方向が途中まで同じなので、はたから見ても怪しまれる事は無い。

 

 途中にある大きな交差点を渡って、そのまま直進すれば自宅、右に曲がって行くと夢見の家がある。

 最近は全く足を運ぶ事が無かったので、迷うかもしれないと心配してたが、どうやら杞憂らしい。

 途中何度か別れ道があったがどれも間違えずに進み、赤茶色の屋根をした小鳥遊家に辿り着いた。

 

『もう家にいるから、鍵も開けてるし普通に入って来てね』

 

 事前にそうメッセージを送られてるので、玄関に手を掛けると確かに鍵は掛かっていない。

 いくらこの辺の治安がいいとは言え、()()()()()()の女の子が物騒な事をしてる──と思ったが、ある意味この街で最も物騒な人間が暮らしてるワケだし、問題は無いと認識を改めた。

 

「お邪魔します、来たよ夢見」

「あ、()()()()()()お従兄ちゃん!」

 

 一階のリビングに居たのか、廊下から顔をニョっと出して笑顔で迎える夢見。

 

「ごめんね、ちょっと作業中だったから。あがってあがって!」

 

 玄関前まで迎えに来られない事を律儀に謝りながら、何かをゴソゴソさせている。

 靴を脱いでスリッパに履き替えてから、リビングまで行くと、すぐに何をしてるのか分かった。

 

「……凄いな」

「でしょー? お母さんが昔使ってたものなんだけど、折角だから物置から引っ張って来ちゃった」

 

 リビングにあったのは、デパートやアパレルショップで見るようなマネキンだった。

 それらの足元に、段ボールに詰まった衣服やウィッグが大量に置かれている。

 

「どれも店の試作品とか、ディスプレイ用の物だったんだって。ちょっと埃かぶってるのもあるけど、サイズは男性用だからお従兄ちゃんに合うのもあると思ったの」

「……そっか、叔母さんは服屋のデザイナーだったっけ」

「そうだよー、まぁ具体的に何してたかは、あたしよく分からないけどね」

 

 服のジャンルに捉われず、かなり有名なブランドのデザインを任される事もあったとか。

 マネキンに着せてる服もちゃんと見たら、知ってるブランドのロゴが刺繍されてある。

 

「……これを、俺が着ると?」

「カッコいいと思うなぁ、絶対似合うよ!」

「月のお小遣いやバイト代でも買えねえブランドじゃんこれ、マジかぁ……」

「そんな気負わなくて良いのに。ふふっ、お従兄ちゃん可愛い」

 

 そうは言うが、着る事になる側としてはひたすら不安だ。

 俗に言う『服に着させられる』状態にならないかだけがひたすら不安だ。

 

「完璧にコーディネートしてあげるから、あたしに全部任せて?」

「……よろしく頼む」

 

 こればかりは夢見を信じるしか無い。

 俺は腹を括って、着せ替え人形になる事を覚悟した。

 

 


 


 

 

「渚、待たせた」

 

 十数分後。待ち合わせ場所にしていた駅前に居た渚の後ろ姿に声を掛けた。

 

「あっ、来たんだ。それじゃあさっそ──く……」

 

 振り返り俺を視認した直後、言葉どころか顔まで固まる渚。

 口を開けたまま、マジマジと俺を見る渚の視線が肌に当たってむず痒い。

 

「──す、凄い!! 一瞬本当に誰か分からなかったよ!」

 

 状況を理解したら堰を切ったように駆け寄り、興奮気味に話す。

 

「その服どうしたの、高そうだし絶対良いものでしょ?」

「あぁ、夢見の家にあったモノを……似合ってるかな?」

「似合ってる! 普段のお兄ちゃんより2、3歳くらい大人になったみたい!」

「そ、そっか。じゃあ良かった」

「あとその髪も、ウィッグなんだよね? 染めたんじゃなくて」

「もちろん」

 

 変装に最も必要なウィッグも何個かあったものから、たまたま俺の髪型より少しだけ襟足が長いタイプの物を選んだ。

 変装用なのでまんま同じじゃ意味は無いが、多少髪の毛の長さが違うだけでも印象は変わる。

 

 それに、なによりも──。

 

「うん……髪色、お兄ちゃんにぴったりだね」

 

 心の底から思ってる事を口に出すように、渚はしみじみと言う。

 

「お兄ちゃんが将来本当に髪を染める時は、その色でいいと思う」

「そ、そんなにか?」

「うん、そのちょっと深めの赤茶色、違和感ないどころかむしろ地毛って感じするもん」

「そりゃ言い過ぎだろ……まぁ、似合ってるなら良いか」

 

 少なくとも大学生になるまでは染髪はする気ないけど、一応読モやるくらいオシャレに敏感な渚にそう言われるなら、頭の片隅に入れておくべきかもな。

 

 俺に似合う服装と髪色を見出した夢見に感謝しないと。

 

「じゃあ、早速動こうか」

「うん。ちなみにどこに行くつもりなの?」

「決めてない」

「……やっぱり、そうだと思ってた。デートなのにお兄ちゃんそう言う所あるから」

「言ってもストーカーにそう思わせる為のフリだろ、本当のデートなら俺だって前もって計画の一つ二つ用意するさ」

「むぅ、そういうこと言うんだ」

 

 渚が不満を覚える時にいつもする膨れっ面になる。

 

「じゃあ、今から本気のデートのお兄ちゃんならどうするのか教えて?」

「は、はぁ? 急に何を言い出す」

「慣れてるでしょお兄ちゃんは。今からでもカッコよくエスコートして欲しいなぁ」

「あのな、あくまでもこれはフリであって」

「あ分かった、本当は妹相手にドキドキしてそれどころじゃないんだ」

「──っ」

 

 こういう、一方的に話を進めて追い詰めてくる所は夢見とよく似ている。

 Noを突きつけるのは簡単だが、この状況でそれをしたら渚の機嫌を著しく損なうだけ。それで計画が台無しになったら本末転倒だ。

 かと言って、売り言葉に買い言葉的ノリで応じてしまえば、渚の思い通りになるだけ。それ自体は渚のモチベーションが高まって良いんだろうけど、シンプルに気に入らない。

 

 俺が大人の対応をするべき状況なのは分かってるけど、それに我慢がならないっていうのは、ホント我ながら子どもだと思う。

 

「はぁ〜〜〜〜〜っ」

 

 深呼吸する時よりも長く息を吐いて、自分を納得させて。

 

「分かったよ、今から渚を恋人だと思って振る舞うから。そっちもそのつもりでよろしくな」

 

 思考のスイッチを完全に切り替えた。

 声色も目つきも雰囲気も、全てを『家族』ではなく『好きな人』に対して向ける時のそれにして、俺は渚に右手を差し出す。

 当然握手のためではなく、手を繋いで歩き出すため。

 

「え……う、うん。よろしくねお兄ちゃん……」

 

 渚はおずおずと左手を出して、力無く握った。

 急な態度の変化に、煽っていたとは言え困惑している様子だ。

 しかし、それでたじろぐ様では困る。

 始めたのは渚からなんだ、しっかり応えてくれないと。

 

「渚、ストーカーを騙すって意味でも『お兄ちゃん』はダメだと思わないか?」

「そ、そうだよね! でも、どう呼べば良いかな……?」

 

 呼び方は確かに大事な問題。

 相手の素性によっては、来栖と聞いて正体が割れる事もあり得る。

 必然的にニックネーム、または完全な偽名にする必要があるわけで──。

 

「それなら“あっくん”にするか」

「…………なんで?」

「母さんが父さんの事、たまにそう呼ぶんだよ。酔ってる時とか……なんでも、学生時代は母さんがそう呼んでたみたいで」

 

 2人は晩酌すると大概、猛烈にいちゃつき合う。

 渚はそうそうにリビングを離れて自室に戻るから、聞いた事は無かったらしい。

 

「…………どうして、こんな時まで

「うん? なんて言ったんだ今」

 

 急にぼそりと呟く物だから、喧騒に呑まれて聞き取れなかった。

 問いかけても、渚は黙って神妙な顔をするばかり。

 とは言え、馬鹿でもこの状況を見たら渚が不満を抱いてるのは明白だ。母さんと同じ事をするのが気に入らない、と言った所だろうか。

 

「渚、嫌なら別の呼び方に変えようよ」

「え、ええ?」

 

 くいっと手を軽く引いて意識をこちらに向けて話すと、渚は目をぱちくりさせる。

 

「確かに、母さんの真似事は気持ち悪いよね。俺も安直な考えすぎた、ごめんね」

 

 空いてる方の手で謝るジェスチャーをしてから、そのまま思案する。

 いっそのことまるで違う名前にしてみるのも有りか? ユメアキとかヨスガとか、レイとかミナトなんかも面影ゼロでバレなさそうだ。

 

 いやしかし、あんまり違う名前にしても今度は自分で忘れてしまいそうでもある。

 来栖って名前から連想出来る少し捻った名前にすれば良いかな。(くる)は『らい』とも読めるから『ライス』。そこからもうひと捻りして『米』にして──。

 

 そうだ、『トーカ』にしよう。

 これなら俺にしか連想出来ないし、先ほどの4つの名前候補よりも忘れない。

 

「渚、俺の事はト──」

「──あっくん」

「……か?」

 

 思いついた名前を披露しようとする俺を、渚が止めた。

 

「あっくんで、良いよ……」

「良いのか? 母さんの」

「お母さんの真似は嫌だけど、お父さんの名前からきてるから、平気」

「……」

「ほらあっくん、早くどこか連れて行って? ()()()()()に見せつけなきゃ」

 

 本当はそんな事無いんだろう。

 でも、今やってる事が自分の為である事を渚は当然分かっている。

 たかが呼び方でいつまでも時間を掛けるのは、渚にとっても望ましくない事に違いない。

 

 だから、どうにか『自分が納得できる理由』を渚はさっきの沈黙から探していた。

 そうして見つけたのはいかにも渚らしい理由で、俺は自然と口元を緩くしてしまうのであった。

 

「あぁ、そうだな。行こうか」

 

 握った手の力を少しだけ強くして、『恋人ごっこ』を始めた俺と渚は一緒に夕暮れの街中へと歩き出した。

 




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