ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRACK10 ブリーフィング

「──はぁ」

 

 華の女子高生には到底似つかわしくないため息を零しながら、綾小路咲夜は自室に入って化粧台前に座った。

 バスローブ姿で頭にはタオルを巻いており、誰がどう見てもお風呂上りと言った様子だ。

 

 部屋の時計を見れば、時刻は23時55分。

 一般的な学生なら既に就寝してもおかしくないが、あいにくの所、彼女は一般的という概念とはかけ離れた立場に生まれ、これからもそう在り続けるために育てられた存在。

 であれば当然、こんな時間まで起きているのも、夜遊びや夜更かしなどと言った、庶民的な理由とは全く違う。

 

 ──コンコン。

 

「良いわよ、入って」

 

 扉の向こうから慎ましくノックする者を、咲夜は誰か確認する事もせず、入室を許可した。

 

「失礼します、お嬢様」

 

 入って来たのは、1人のメイド。

 元は咲夜の祖父、綾小路家の当主である『綾小路錬蔵』お抱えの者だったが、彼の命により現在は咲夜の忠実なしもべとして仕えている。

 

 傍若無人な気質が強く、何かあればすぐ人を解雇する咲夜だが、執事の羽澄と並んで長年咲夜の側に居続けてる彼女は、恐らくこの星で唯一『綾小路咲夜の気性を理解している女性』だろう。

 咲夜にとってもまた、権謀術数が錯綜している社交界を『綾小路家の人間』として生きる上で、数少ない心から信頼を置ける人物だった。

 それこそ、自身の濡れた髪の手入れを任せてしまう程に。

 

「相変わらず、お嬢様は美しい髪をしておられますね。黄金の川のようです」

「アナタ、いつもそれじゃない」

「いつも言いたくなるくらい、お美しいのです」

 

 櫛で丁寧に髪をときながら、メイドはお世辞ではない本心で言った。

 今しがた口にした通り、しょっちゅう似たような誉め言葉を言ってくるが、普段自分の前に立つ者達が口にする中身のないおべっかとは異なり、思いのこもった言葉でもある。

 だからだろうか、幼い頃から何度も耳にしてるにもかかわらず、不思議と咲夜は聞き飽きることが無かった。

 

「それで如何でしたか? 議員先生との懇親会は」

 

 メイドの言う通り、今日は綾小路重工が中心となって行う、湾岸部再開発エリア開発計画に関して、土地や労働組合、市民団体と関係が深い国会議員とのパーティーがあった。

 

 政財界においても強力な立場を持つ綾小路家だが、それでも土地やそこに住む人々と繋がりの深い権力者の意向を無視して、好き勝手出来るワケでは無い。

 むしろ、権力を持つ立場であればあるほど、ある程度の礼節を持って臨む必要がある。

 過去、多くの権力者がその手の勘違いから目下の立場にあるものをぞんざいに扱い、その報いを受けて消えて行ったのだから。

 

 咲夜もつい最近、再開発エリアに巣食う不良達を強引に排除しようとした結果、少々『手痛い目』に遭った。

 それによって、上記の『強引な排除』を前提に組み立てられていた開発計画も、修正の必要が生じた。

 今回のパーティーは、図らずも迷惑をかけてしまった先方に対する謝意も込めたモノであり、つまりは徹頭徹尾が咲夜の『やらかし』の報いである。

 

 当然、楽しいワケも無いだろう。

 

「如何も何も無いわよ! あんな脂ぎった薄らハゲと、長々世間話しただけ!」

「まぁ、お嬢様。言葉使いが荒いです」

「これでも6億倍薄めた言葉なんだから。確かにアタシのせいで計画に遅れが出たのは事実だけど、それにかこつけてあの糞デブ、さり気なく自分とこのムスコとのお見合いまでチラつかせてきて……相模湾に沈めてやろうって気持ちを何度抑えたか分からないわ!」

「海産物がマズくなるのでおやめくださいね」

 

 咲夜の暴言をさらりといなしながら、メイドは特注のヘアオイルを咲夜の髪に塗り込んでいく。

 今日に限らず、咲夜がこの手のパーティーを終えた日は、基本的にこの様に荒みまくっているので、真面目に相手しても徒労な事を、メイドは分かりきっていた。

 

「あんまりストレスを抱えると、せっかく絹のような髪が傷んでしまいます。気をお静めください」

「別にこの程度でどうにかなったりしないわよ。あぁもう、それにしても腹が立つわね……」

「…………」

 

 どうにも、今夜の咲夜は普段よりもかなり不機嫌極まりない状態だ。

 短い会話の中で察するに、どうもお見合いをチラつれたのが気に食わないらしい。

 これまで似たような誘いはあったはずなのに──そこまで考えて、メイドはある可能性にたどり着く。

 ならば……主の機嫌を損なわせたままにさせない事も、メイドの勤め。

 

「そう言えばお嬢様、学園生活はいかがでしょうか」

「え? ……別に、どうもこうも無いわよ。無駄に猫被って、こっちもこっちで疲れるわ……まぁ、今日ほどじゃないけど」

 

 先程と変わらない口調で話す咲夜だが、決して聞き逃さない。僅かな間に、彼女の本心が潜んでいる事を。

 

「そうですか。私はてっきり、お気に入りの男子でも見つけているかとばかり」

「は、ハァ!?!?!?!?!」

 

 咲夜が素っ頓狂な声をあげながら物凄い速さでメイドに振り返る。

 勢いで湿り気を残す長髪が鞭のようにメイドの顔面を強かに打つが、痛みよりも反応が期待通りだった事に満足している様子だ。

 

「だ、だだだ、誰があんな奴を気に入るって言うのよ!!」

 

 ほらほりゃほらほりゃ、墓穴を掘った、語るに落ちた。

 

「おや? そのご様子では本当にボーフレンドが出来たみたいですね?」

「ぼ…………そ、そうね! 別に特別親密なワケじゃないけど!? ボーイフレンド、そう、ただのクラスメイトで席が隣ってだけの、友達かどうかも怪しいって感じの奴なら居るわよ! それなら別におかしくなんかないでしょう???」

「そうですね。ちなみお相手は、先日お嬢様を助けたあの男子ですか?」

「!!!!?????????」

 

 ゆでたこのように顔を染めて、声にならない悲鳴を上げる咲夜。

 あ~~たまらない、これだからお嬢様は可愛いんです。心の中でそう呟き、みなまで言わずとも分かるとばかりに続けて言う。

 

「やはりそうでしたか。確かに、あんな状況で自ら不良達の前に立つ姿は、物語の王子様よりさらにカッコいいですからね。好きになってしまうのも分かりますよ」

 

 執務中、咲夜が居る学園に大量の不良が押し寄せて、咲夜の身柄を求めたという話を聞いた時、騒ぎになる他の使用人たちを他所に彼女は『因果応報だ』と割り切っていた。

 確かに立ち退きに従わない不良達にも非はおおいにあるが、それを排するために『キツネ狩り』などという悪趣味な行為に走っていた咲夜には、お灸をすえる必要があると思っていたからだ。

 

 案の定、咲夜が思っていたより事態は一気に深刻化し、期待以上のお灸をお出しされた咲夜だったが、それをたった1人で解決した男子が居たと聞いて、彼女は大変驚き──咲夜は絶対その男子生徒に惚れたと確信した。

 

「か、カッコいいとか関係ないから! それに好きだなんて言ってないじゃない!」

「おや、そうでしたか。それは失礼しました。私はてっきり自分の事を身を挺して守ってくれた男子に、庶民と貴族という壁を越えた恋愛感情を抱いてしまったのだとばかり……」

「違うって言ってるでしょうー!!!!」

 

 ご馳走様です。その反応で確信出来ました。

 主の青春を真っ向から浴びて、メイドは満足げに微笑むと、咲夜が騒ぐ間も続けていた髪の手入れを完了させる。

 

「それではお嬢様。今夜はもう遅いので、夜更かしなどせずお休みなさいませ」

「待ちなさい、アナタの誤解を解いておかないと──」

「これは巷で聞いたことですが」

 

 咲夜の言葉を遮って、メイドは最後にもう一回だけ爆弾を投下する。

 

「世間では恋人同士、または友達以上恋人未満の男女は、夜中に通話をしながら一緒に眠りに落ちるようです。俗に寝落ち通話というらしいですが……お嬢様も気になる殿方とお試しになってみては? ストレスが軽減され、ぐっすりと眠れるらしいですので」

「んな──な、なんですって…………」

 

 思いもよらない情報に、咲夜の思考が一瞬フリーズした。

 これを計画通りとばかりにメイドは『失礼します』と一言、静かに退室して行った。

 

「な、なんなのよ、もう……!」

 

 散々咲夜の情緒を乱すだけ乱したメイドに悪態をつきながら、咲夜はクローゼットのバスローブを脱いで一糸まとわぬ姿になると、クローゼットからパジャマを取り出す。

 先日、メイドが新調した初夏向けのパジャマに着替える途中、クローゼット横に置かれた姿見に目がいき──年不相応な自身のスタイルを見ながら小さくため息をつく。

 

 メイドは均整の取れたスレンダー体型だと褒めてくるが、彼女が咲夜を褒めるのはいつもの事。

 咲夜からすれば、認めたくないが自身のスタイルは身長も相まって、小中学生の中に混ぜても違和感が無い様な、貧相の部類に入るものであった。

 こればかりはたとえ幾ら金があろうと──いいや、厳密にはお金しだいで幾らでも肉体を作り替える事は可能だが、果たしてそんな自分を()は──、

 

「って、何であんな奴が頭に浮かぶのよ! 関係ないから!」

 

 自身の裸を見て自然とクラスメイトの男子を連想してしまった自分に憤りを見せつつ、咲夜は姿見から視線を外してそそくさと着替え終える。

 

「最後に変なこと言うから、無駄に頭に残っちゃったじゃない、本当にもう……!」

 

 そう、これは全てあのメイドの戯言のせい。

 根拠も無いのに勝手に恋愛感情持ってる扱いを受けたり、寝落ち通話なんて無駄な概念を教え込んだり、全く持って余計な情報ばかりを与えてくるから困る。

 寝てるときにわざわざ通話した状態で過ごすなど、シンプルに電話代の無駄使いでしかない。

 貴族である自分のような身分ならともかく、庶民がやるにはあまりにも非生産的だ。

 

「そうよ、何でアタシが寝る時までアイツとおしゃべりなんか……」

 

 ベッドに横になり、気が付けばスマートフォンを手に持ちながら、咲夜はポツリとつぶやく。

 

 そうだ。寝落ち通話なんて庶民がやる様な物ではない。

 自分なら金の心配なんて一切なく可能だが。仮に実行するとしたら、自分と彼は何かしらぼそぼそ会話して、お互いの吐息を耳にしながら眠りにつき、起きた瞬間も共有する事になるだろう。

 それは、何て甘酸っぱくて──

 

「──だから、そんなのしないってば!!!」

 

 咲夜はまたしても自分しかいない部屋で、自分の思考に対しツッコミを入れる。

 本当にどうかしているとしか思えない。メイドの甘言は遅効性の毒の様に、気が付けば咲夜をピンク色の妄想に誘っていく。

 綾小路家の令嬢がこんなザマでどうするのか、もっとしっかりしなければ。

 言い聞かせるようにそう言って、咲夜はスマートフォンをベッド横のナイトテーブルに置いた。その直後、

 

 スマートフォンが、着信を告げるメロディーを鳴らした。

 

「え、え!?」

 

 もしかして彼が──、先ほどの決意など秒で吹き飛び、咲夜は急いでスマートフォンを持ち直すと、画面に表示されている文字も読まずにすぐ電話に出た。

 

「な、何よこんな時間に! アタシはもう──」

 

 120%スイーツ脳になっていた咲夜はしかし、相手の声を聴いてすぐにニヤけ面を一変させ、

 

「…………え?」

 

 怪訝な表情になりながら、困惑するのであった。

 

 


 


 

 

「よーし。準備は整ったぞ」

 

 ハイキングの準備が整った時みたいな気軽さで、鈴鹿は言った。

 釘バットを両手に持ちながら。

 

「へへー、鬼に金棒ならぬ、鬼に釘バットだな!」

 

 実に似合ってる出で立ちは当然、この後に遭遇する可能性が高いナナとノノに対抗するための物。

 基本的に素手の喧嘩を好む鈴鹿が、両手に武器を持つのは非常に珍しい事だが、向こうがかなり殺傷力の高い斧やナイフを所持している事を伝えると、鈴鹿も思う所があったんだろう。

 少し考えてから『流石にステゴロ一筋は慢心かぁ』と言いつつ、廃材の山を漁って見つけた金属バットに、地面に散らばってる釘やネジを慣れた仕草で打ち付けると、即席の武器を用意した。

 

「両手に……普段よりもだいぶ重装備だな」

 

 だいぶどころか、実際のところコイツがこんなにもしっかりと武装したのは、過去に2回しかない。

 そのぐらい、非常に珍しい光景を目の当たりにしている。

 

「でも鈴鹿、俺達の目標はあくまでも──」

「わーってるよ、でもさ、双子ちゃんは簡単に事務所まで来たんだろ? だったらお前、戻る途中に鉢合わせするって最初から考えた方がコーリツじゃん?」

 

 間違ってない意見だと、素直に感じてしまった。

 一番望ましいのは、あの爆発が夢見による物で、双子は爆発に巻き込まれて再起不能って展開だけど。夢見にとってもお気に入りの場所だった事務所を自ら破壊するとは考えにくい。

 であればあの爆発はやはりナナかノノどっちかが起こしたと考えるのが自然で、夢見は巻き込まれた──あるいはギリギリで回避したが、動けないって考えた方が自然だ。

 

 そんな状況で敢えて事務所に戻ろうとしてるんだから、鈴鹿が言うように、必ず双子と鉢合わせする前提で動くべき。

 こそこそ隠れながら向かうなんて、そんな余裕もないワケだしな。

 

「……俺も、何か用意した方が良いよな」

「良いよお前は。鬼ごっこ中なんだから。武器使って戦う必要が出るくらいに接近されてたら、その時点で詰みじゃんか」

「た、確かに」

「あとさ、行くって決めた後にこれ言うのも何だが、こっから未だに煙や炎が見えてる爆発なら、現地はとっくに消防車とか来てるんじゃね? 俺らが今から向かっても、大人に見つかるって、鈴鹿思うワケ」

「…………あ」

 

 言われてみればその通り過ぎて。

 向こうに辿り着くまで、走っても40分はかかる距離。であればとっくに消防隊は居るだろうし、警察だって駆けつけてるだろう。

 そんな封鎖され切ってる場所に、のこのこ姿を見せたって、補導されるのは目に見えてるし、最悪の場合俺達が事態の犯人だと疑われるかもしれない。

 

 ちょっと考えれば鈴鹿でも分かる事が考え付かないなんて、自分の馬鹿っぷりに頭を抱えたくなった。

 

「あっははは! 焦んなって。いつもよりだいぶ冷静じゃなくなってるぞ」

 

 よほど表情に出てたのか、鈴鹿はカラカラと笑って俺の緊張を解くようにポンポンと肩を叩いた。

 

「す、すまん……」

「良いよ。……でもお前、そんな冷静な判断できなくなる程度には、割とユメミンのこと好きになってたんだな」

「……そういうのじゃない」 

 

 鈴鹿は俺が夢見に絆されてきたのだと思ってるようだが、冗談ではない。

 あくまでもこれは、本来無関係なハズの夢見を、俺の浅慮な行動の結果に巻き込んでしまった事に対する罪悪感から来るもの。

 好きとか嫌いとか、そういうのとは全く異なる枝の話だ。

 

「どーする? ユメミンを助けに行くって前提は変えずに、このまま廃工場に向かうか? 最悪、大人の目は俺が引き付けるケド」

「…………そうだな」

 

 鈴鹿にかかる負担が結局大きくなってしまうのは多大に忍びないが、結局夢見の安否が心配な事には変わりない。

 自分の思考が普段よりだいぶおざなりになってるのが気がかりだけど、やはり当初の目的は変えないまま、廃工場に向かうと──ん?

 

「鈴鹿、すまないちょっと待って」

「おーん。電話かこのブーブー音」

 

 結論を付けようとする俺を引き留めるように、ポケットにしまってたマナーモード中のスマートフォンが、着信を告げる振動音を鳴らした。

 画面を確認すると、相手はリンゼだった。

 

「誰からよ、なぎちー()か?」

「いや、さっき話した後輩だ」

「おお! ヒューベルブーフちゃん!」

「そこはしっかり覚えてるのかよ……」

 

 そう言えば、爆発や鈴鹿との再会ですっかり頭から抜けていたが、彼女との定期連絡を約束した時間をとっくに過ぎていた。

 俺に異変が起きたのではないかと心配になって、向こうから連絡をしてくれたんだろう。

 

「ちょうどいい、状況を共有したいから電話に出るよ、良いよな?」

「あたぼうよ。あっだけど声聴きたい! ドイツ美少女後輩ちゃんの声を聴きたいからスピーカーな!」

「良いけどさ……お前ドイツ人好きなのか?」

「勿論さ」

「うわ、ウザッ」

 

 無駄なさわやかボイスで答える馬鹿に一言添えてから、俺は対極の知力を持つ相手との電話を繋いだ。

 

『はい、もしもし、野々原だ』

『先輩、アナタの後輩のリンゼです。ご無事ですか?』

 

「あ……()()()()()()……だと……!?」

 

「うん、大丈夫だよ」

『今はどちらに?』

「今は廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)……じゃなくて、事務所から離れた、廃棄物置き場にいるよ」

『それはまた、危なそうな場所に居ますね。先程見知らぬ方の声がしましたが、誰かと一緒に居るんですか?』

「ああ、実は──」

「どうも初めまして! 野々原来栖君と親友やってる、鬼住山鈴鹿と言います! さっき偶然にもバッタリ会いまして!」

「……そう言うことなんだ」

 

 丁寧かつ端的に説明しようとしたのに、横から鈴鹿が割り込んで話を遮って、勝手に自己紹介を始めやがった。

 

『初めまして鬼住山さん、リンゼ・ヒューベルブーフです。よろしくお願いします』

 

 乱入者にも全く動揺することなく、リンゼは鈴鹿に挨拶を返す。

 鈴鹿のテンション相手にも平静を保っていられるのは、流石だと思うよ。

 

『ところで先輩、速やかにご報告したいことが』

「どうした?」

『先ほど、私たちの"救済★病み俱楽部"がある場所で爆発が起きたのは、既にご存知でしょうか』

「あぁ……ここからでも見えたからな」

『なら、話は早いですね。現場は跡形もなくなっていますが、小鳥遊さんは無事でした。生きていますし、幾らか怪我はしてますが、命に別状は全くありません』

「…………マジか」

 

 信じられない。

 ああ良かった。

 何でリンゼがそれを知ってる?

 リンゼが言うなら間違いない。

 

 幾つもの思考が同時に展開し、そして最後には『夢見が生きてると分かって良かった』という結論に収束する。

 信じたいけど信じるのが難しかった可能性を、直近で最も信頼できる人間から提示されてしまったら、もうそれを疑う理由が無い。

 この子が言うなら間違いない、そう思わせる力が、リンゼにはあるのだから。

 

 とはいえ、それならそれで追求すべき事はある。

 爆発からこの時間まで、20分と経ってない。その上でリンゼが話す内容が真実だとすれば、それは──。

 

「えっと、えっと、どうしてそれが分かるんだ? もしかして君……」

『はい。先程まで病み俱楽部の事務所──正しくは事務所だった場所に居ましたから』

「~~~~っ!」

 

 やっぱりかよ! なんて事してるんだ、この後輩は!

 

「危ないじゃないか! もしナナとノノが無事だったら君まで──」

『無事でしたし、既に遭遇も会話も完了済みです。先輩に電話を掛ける7分ほど前に、先輩を探しにこの場を離れて行きましたから、襲われる心配もありませんよ』

「情報量が多いよ!!」

『あの爆発をもし先輩が見ていたら、きっと道理も節理も投げ捨てて、小鳥遊さんの無事を確かめに戻りそうだと思ったので、先にお伝えしようと電話した次第です』

「……お気遣い、助かるよ」

はははっ、何だよすっかり把握されてんじゃんカ

うるさいっ

 

 小声で揶揄ってくる鈴鹿の脇腹に軽く肘を入れて、俺は状況を頭の中で整理する。

 つまり、俺達は夢見の安否確認っていう最大の目的を既に達成したって事になるわけだ。

 ナナ達を相手にして無傷で済んだのが驚きだけど、あくまでも標的は俺だったから見逃したんだろうな。

 

「取り敢えず……夢見と君が無事だって言うなら、本当に良かった」

『ふふ、私の心配までしてくれるなんて、先輩はお優しい』

「今そう言うお世辞は要らない……それで、君は今どこに?」

『旧廃工場から離れた空き家に。少し……いえだいぶ埃っぽいですが、小鳥遊さんを休ませる最低限の環境は整えてありますので、ご安心を』

 

 それで安心するのは難しいけど、でも人目につかない場所で夢見を休ませられるなら文句のつけようは無い。

 ただ、こうしてリンゼが動いてるって事は、当然目黒先生から離れたって事になる。

 

「質問ばかりで悪いけど、目黒先生はどうしたんだ?」

『彼は……今は落ち着きを取り戻してます。捕まるまでの経緯を諸々うかがう事も出来ましたが……』

「???」

『すみません、この先はお2人に提案したい事と内容が幾つか重なるので、現状はノノさん達の隠れ家に放置している、ということだけご認識ください』

「ほ、放置……」

「提案かぁ。なんか、随分とワケありそうじゃんか」

 

 面白そうに鈴鹿は言うけど、俺としてはもうこれ以上面倒な情報が増えるのはお断りしたい。

 

「それで、提案って言うのは?」

『端的に言います。もう逃げ隠れするのでは無く、迎撃するというのは如何でしょう』

 

 ──はい? 何だって??

 

「迎撃って、迎え撃つって意味の?」

『迎え撃つという意味の迎撃です』

「待て待て、この短い会話で鈴鹿の攻撃性が感染(うつ)ったか?」

「おいコラ、普通に失礼」

 

 隣で不服そうに肩を小突いてくる鈴鹿を手で払って、俺は話を続ける。

 

「正直、君の口からそういう提案が出てくるのは意外過ぎる。もっと逃げろって言うならまだしも、迎え撃つって」

『私もこの様な提案、口にするのは心苦しいです。ですが、理由があるので』

「理由って言うのは?」

『彼女は、弐双(にそう)と呼ばれる組織と関係を持つ子どもなんです』

「はい? ニソウ??」

 

 今までの人生で一度も耳にしたことが無い単語だ。

 

「おい、今のマジか?」

 

 頭にクエスチョンマークが浮かぶ俺と対照的に、鈴鹿は急に相貌を鋭くしてリンゼに問いかける。

 どうも、鈴鹿は弐双がどんな組織なのかを知ってるらしい。

 

『鬼住山さんは、やはりご存知でしたか』

「あぁ。不本意だけどな。こんな所で鬼住山(生まれ)の恩恵なんて受けたくなかったが」

「?? どういう事だ、鈴鹿。その弐双ってのが何だっていうのさ」

 

 俺の問いに、鈴鹿は普段よりだいぶ難しい顔をして、こめかみを掻きながら答えた。

 

「あー、あんま俺も詳しくないけどよ。ざっくり言えば人殺し上等って感じの、マジでヤバイ所」

「…………反社ってことか?」

「違う、反社よりもずっとヤバい。たぶん……ってか絶対に、綾小路よりも公然と殺人ができちゃうような、そういう所」

「……嘘だろ」

「だからマジだって」

 

 目黒先生に対する拷問も。

 銃刀法がある日本で斧やナイフを所持してる事も。

 さっきの爆発も全部それらが『当たり前』な環境に属してる人間だからなのか。

 

『信じがたいという気持ちはお察ししますが、鬼住山さんの説明は全てその通りです。少し補足するならば、弐双は常に双子で行動する殺人兵器です。ですから当然、目的を果たすために人を害する行為を、一切躊躇(ちゅうちょ)しません』

「いや、要らないってそんな補足……」

 

 何だよ『殺人兵器』って。アイツらどう見たって人間だろうに。

 アレか、生まれながらに道具として育てられた存在とか、そう言う意味での『兵器』か。嘘だろ。

 

 つい最近、綾小路家っていう非日常的な存在と出会ったが、綾小路家はまだ庶民でも想像が出来るスケールのデカさだった。

 

 新しく知った弐双ってのは、そんな綾小路家とは全く違うベクトルで──本当の意味で非日常の世界に属する存在だ。

 まさに漫画や映画のような世界の住人が、いったいなんで川國市に居るんだって文句すら言いたくなる。

 

『それについては私も同意します。彼女との会話で確信を得るまで、私も信じられませんでした。今、目黒先生と小鳥遊さんが生きているのが本当に奇跡なんです。先輩の『遊びを提案』という行動は、咄嗟の判断でしたがファインプレーだったんですよ』

 

 そんな事褒められてもうれしくない。

 いや、本当にその通りなんだろうけど、そもそも出会いたくなかった!

 

「……というか、なおさら最初の迎撃って提案があり得ない物に感じるんだけど?」

「いや来栖、そうじゃないだろ。今はまだお前が人気(ひとけ)の無い場所を逃げ回ってるから、双子は追いかける事だけを優先してる。これがお前、人の多い場所にでも逃げてみろ」

「…………あー、そうさね」

 

 最初に事務所を隠れ場所に選んだのも、駅前や商店街とか人が多い場所に隠れたら、双子が何をするか分かった物じゃない……そういう理由だった。

 双子が『得体の知れない危険な子ども』から、正体は『双子の殺人兵器』と判明した今──いや、何だよ双子の殺人兵器って思うけど、とにかく、より一層、人の居ない場所にしか逃げ隠れ出来なくなってしまった。

 

「ハッキリ言って、川國はあっちこっちが夜中も賑わう喧しい街だ。廃工場エリア(このあたり)以外は、人のいない環境は無えよ。お前がここに逃げたのは大正解だったし、イコールで手詰まり打つ手なし、リバーシでスキップ連発負け確定ってワケ」

「だから開き直って迎撃するってのか? 言っとくけど、俺は不思議パワーも何もない、ただの一般的な高校生だぞ」

「でも、俺は違う」

 

 自信満々に、親指を自分に向けて鈴鹿は言う。

 

「弐双の殺人兵器、上等博覧会。不良よりずっと骨のある奴なの確定だし、個人的な欲望って意味でも、ぜひ戦いたいくらいだ」

 

 ああ、いかにも鈴鹿らしい発言だよ。

 きっと、俺に『気にするな』という意味も込めてそう言ってくれてるんだと思う。

 そんな親友のさり気ない思いやりを汲んだうえで、それでもまだ、懸念事項は残ってるので言わせてもらおう。

 

「弐双さんを怒らせて良いのか? お前、実家とも今は縁が切れてるのに、そんなヤバい組織に喧嘩売って、後が大変になるんじゃないか?」

『それについては、心配は無いでしょう』

 

 俺と鈴鹿の会話に口を挟まないでいたリンゼだったが、ここでハッキリと断言してきた。

 

『彼女は今、弐双家とは関係を断っています。経緯不明ですが、そもそも弐双の管理下にあれば、今回のような行動は一切取れないので、それが出来てる時点で──』

「好き勝手に暴れてるのは、とっくに見放されてるから……つまり、何が起きても弐双の人達は関与してこないと」

『はい。その通りです』

「へぇ、なんか勝手にシンパシー感じちゃうな、それ」

 

 そんな所に感じなくて良いから。

 内心でツッコミながら、同時に俺は観念する。

 現状を把握し、鈴鹿やリンゼから得られた情報を鑑みて、今最も最善な手段が何かを考えた結果──どうしても、リンゼの提案に乗るしか無い様だ。

 

「逃げ隠れるのは悪手。鈴鹿は双子と戦いたがってて、どうなっても弐双さんからの報復は無い。……成程、確かにそこまで言われたら、もう迎撃で良いじゃんって気になってきた。というかされた、その気に、お前らに」

「やっっっっっと頑固なお前も納得したか。長いんだよ~!」

『難しい決断をありがとうございます。先輩』

 

 言いながら背中をバシバシ叩く鈴鹿の脛を蹴ってから、リンゼに尋ねる。

 

「リンゼ、作戦はあるのか? と言っても、どうせ鈴鹿が暴れるだけなんだろうけど」

「応! 双子の鬼退治は、鬼の鈴鹿様に任せとけ! 再起不能にしてやんよ」

『頼もしい限りです。……ですがすみません、作戦はありますが、鬼住山さんにはあくまでも、時間稼ぎをして欲しいんです』

「えー! なんでぇ!?」

 

 思わぬリンゼからの申し出に、鈴鹿は悲鳴にも近い驚愕の声を、闇夜にあげる。

 すっかり倒す気満々だった馬鹿の嘆きを無視しながら、俺は今の発言で引っ掛かった部分について聞く。

 

「時間稼ぎって言ったよな、何のために? 何を待つんだ」

『はい。それについて手短にお話しします』

 

 そう言って、リンゼは用意した『作戦』について、説明を始めた。

 

 




次回は2週間以内に更新します!
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