ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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3章最終回です!


TRACK11 この指とまれ

 人の気配が完全に消えた夜の工場地帯を、2人分の幼い影が走る。

 途中まではまっすぐ、一切の迷いもなく動いていた。

 しかし、次第に右往左往とし始め、果てにはフェロモンをかき消されたアリのように動きが遅くなり、終いには足が止まってしまう。

 

 完全に動きが止まった影の一人、今宵の騒動を生み出した張本人であるノノが、困った顔で首を傾げながら言った。

 

「おっかしいなぁ……このあたりからおにいちゃんの気配があったのに」

 

 常人ではまず理解できない発言だ。

 しかし残念なことに、ノノと一緒に行動しているもう一人の影であるナナもまた、常人とはかけ離れた『常識』に身を置く人物であった。

 

「不思議ね、お空に飛んでいっちゃったかしら?」

「そしたら、もっと高いところから探さないとだね!」

 

 不思議なのはこの2人の会話そのものである。

 しかし悲しいかな、そんな真っ当な指摘が入ることなぞ、万に一つもあり得ないのであった。

 

「あそこの鉄塔とかどうかしら?」

 

 おにいちゃん──すなわち、今宵の標的である野々原来栖を見つけるにあたって、ナナが提案したのは、周辺の電力を支える鉄塔。

 一般人が立ち入ることのないように、警告文と柵が設けられているが、そんな物に頓着する二人ではなかった。

 

「うん、そこにしよう! ……って、あれ?」

 

 あっさりと、何の躊躇いもなくナナの提案を受け入れるノノだったが直後、何かに気づいた。

 ナナも同タイミングで気付いたのか、鉄塔を見て呟く。

 鉄塔のてっぺん近くに、誰かが立ってこちらを見ているのだ。

 

「人かしら? ……もしかして、おにいちゃん?」

 

 そう疑問の声を漏らすナナではあるが、冗談ではない。

 というよりも、あり得ない。

 

 何度もいうがナナとノノが見ているのは高電圧線を支える鉄塔だ。

 死の危険が平気な顔をして鎮座しているようなモノで、到底人が好き好んで登るような場所なんかではない。

 もし仮に、そんな場所に足を踏み入れる者が居るとすれば、それはナナとノノの様な非常識な世界に生きる者か、迷惑系動画配信者などゆうに超えるほど尋常ではない、大馬鹿者くらいである。

 

 ──そして悲しいかな。鉄塔に居るのは、今まさに例としてあげた、尋常ではない稀代の天才的大馬鹿だった。

 

「いいや、来栖ではないぜ。おチビちゃんたち」

 

 離れているにも関わらず、双子の会話が聞こえていたのか。

 鉄塔から素早い身のこなしで落ちるように降りていき、あっという間に双子の前に姿を見せたその男──鬼住山鈴鹿は、なぜかこの上なく得意げにそう応えるのだった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「あなた、もしかして不審者?」

「ちがうよナナ、こういうのは、えーっと、そう! 変態っていうんだ!」

「じゃあ、変態不審者さんね!」

「……好き勝手言ってくれちゃってまぁ」

 

 好き勝手だが、概ね間違っていないと感じることができるのは、彼をよく知る者なら当然わいてくる感想だろう。

 

「それで、変態不審者さんはどうしてそこに立ってるの?」

 

 さっそく定着仕掛けている蔑称に対して涼しさを保ちつつ、鈴鹿は問いに対して彼基準なら割と誠実に応えた。

 

「ここからなら、見つけやすいと思ってな!」

「見つける? 何を探してるの?」

「とっても悪ーい、餓鬼だよ。そんでもって、今さっき見つけた」

 

 ナナとノノを見てニヤリとしながら話す鈴鹿に、双子は発言の意図に察しが付いたようだ。

 

「……もしかして、さっきの怖いお姉ちゃんのお仲間かしら?」

「おにいちゃん、今度は変態不審者を仲間にしたんだ」

 

 およそ夢見のことを知ってれば口に出せない禁句(怖い)を口にするナナに、鈴鹿は僅かにだが眉を動かし、小さく息を吐いてから感情を押し込めるようにして言った。

 

「お前ら、ずいぶんと派手にユメミンを痛めつけたみたいじゃないの」

「ユメミン?」

「あの人、そんなかわいい名前だったのね」

 

 勝手に鈴鹿が言ってるだけのニックネームが、本人の知らない所で広がり始めているが、それを止める人はこの場に誰も居ない。

 

「ユメミンはなぁ……確かに何考えてるか分からんし、言動がおかしい時あるし、聞いた話だと盗撮盗聴してるし、正直ぶっちゃけ結構怖くて頭おかしい子だ。でもな……」

「もうノノ達よりよっぽど酷い事言ってるよ」

「本当はお仲間じゃなくて敵なんじゃないかしら」

「でもなぁ!」

 

 非常識な双子の口から出てくるあまりにも真っ当な指摘を、怒声でかき消しながら、鈴鹿は拳を握りしめる。

 

「あいつは、間違いなく来栖を大事に思ってる、そこに関しては間違いなく多分本当にいい子だったんだ! それをお前らはよくも……見事に……ボロボロにしたみたいで……くっ!」

 

 話しながら段々と顔をうつむかせ、最後には真下を向きながら肩を小さく震わせている。

 

「ねぇナナ、あれって怒ってる? 悲しんでる?」

「どっちかしら。喜んでるようにも見えるけど……」

「とにかく!」

 

 またも勢いで双子の指摘を退き、鈴鹿は口端を若干釣り上げたままの表情で、声色だけはシリアスにして言った。

 

「度の過ぎたお遊びはここでオシマイだ。お前は来栖を捕まえることも、綾小路のバカ娘の居所を知ることもできないまま、俺に倒されるんだよ」

「……ふぅん。それは聞き捨てならないわね? ノノ」

「うん、そうだねナナ。こんな変態不審者に負けるなんてありえないし、──それに」

 

 ナナは斧、ノノはナイフ。

 どちらも刃先が欠けているが、それでも人を殺傷するのには十分な切れ味を残した武器を構える。

 

「この人さっき、綾小路家の人を知ってそうな事言ってたよね?」

「えぇ、言ってたわ。ちゃんとしっかり『綾小路のバカ娘』って」

「……ん?」

 

 前方から漂う気配が、単なる敵意からよりねっとりとした物に変容していくのを感じる鈴鹿。

 

「だったら──」

「ええ、それじゃあ──」

「おにいちゃんじゃなくても、この変態不審者からドコにいるか聞けばいいよね!」

 

 どうやら図らずも、双子の本命が来栖ではなく鈴鹿に変わったらしい。

 

「……やってみろぃ」

 

 小さく言葉を返した、その瞬間。

 鈴鹿の視界から、双子の姿が消えた。

 

 否、消えたと思わせるほどの俊敏さでナナは地面すれすれまで体を低くしながら、ノノは鈴鹿の視界より高く跳躍しながら、同時に距離を詰めてきた。

 

「あはははは! そーれぇ!」

 

 夢見との戦闘で負傷したのが嘘のように機敏な双子に、一瞬反応が遅れた鈴鹿。

 上下から自身の首にめがけて襲いかかる凶器を前にして、微動だにすることも無く──。

 

「…………あら?」

 

 否、()()()()()()()()()()()()()

 薄皮一枚切れずに無傷の鈴鹿は、目と鼻の先で驚愕している双子に、嫌らしい笑みを浮かべて言った。

 

「そんなんじゃ、漢の柔肌一つ傷つけランねえぞぉ?」

 

 流石に動揺しているのか、後退しながら双子は不満たっぷりに文句を言う。

 

「嘘つき、ちっとも柔らかくなんて無いのに」

「変態不審者さん、もしかしてただの変態不審者じゃないわね?」

「はっはっはっはっは。凄かろう、鬼の肌。なんか殺されかけてから磨きがかかっちゃったかも」

 

 先程までと明らかに自分に対する態度が変わった事に、鈴鹿は満足気になりつつ言葉を続けた。

 

「よく覚えとけ、俺の名前は鬼住山鈴鹿。お前らを理解らせる紳士だヨ」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「……始まったか」

 

 鈴鹿がナナとノノ相手に時間稼ぎしているのを、俺は少し離れた場所にある公衆トイレに身を潜めながら見ていた。

 

「こうやって見てるだけで良いって、言われたけどさ……」

 

 リンゼが提案した作戦は至ってシンプル。

 彼女がOKを出すまで鈴鹿がナナとノノを足止めし、ナナかノノどっちかの動きを止める。

 そして、タイミングが来たら俺が姿を見せて、双子の動ける方が俺を捕まえようとするのを誘う。

 後は、リンゼが用意した『秘策』で、俺を捕まえようとした方の動きを止めて、双子を完全に行動不能にするって流れだ。

 

 秘策が何なのかを聞いたが、企業秘密だからと教えてくれなかった。

 なので正直、不安要素だらけの作戦だが……彼女が言った()()()()()が本当なら、俺も信じて役割を全うするしか無い。

 

 とはいえ……。

 

「俺はこうして見てるだけ。何もしてないどころか……どんどん迷惑ばかり掛けて」

 

 今のところ、武器を持ったナナとノノ相手に、釘バットを振るう鈴鹿はいい感じに勝負できている。

 しかし、どうしたってお荷物感は拭えない。

 

「……ん」

 

 もどかしさを感じていると、それを察したかのようなタイミングで胸ポケットのスマートフォンが、今夜何度目かの微振動を鳴らす。

 誰からの電話なのかは、考えなくてもいい。

 

「リンゼか?」

『お疲れ様です。状況はいかがでしょうか?』

 

 作戦立案者にして、今宵最も頼れる後輩。リンゼの声が返ってきた。

 

「あぁ、作戦通り鈴鹿が相手をしているよ。今のところは苦戦してる様子も……無いかな」

『先輩の体調は悪くなっていませんか? ずっと逃げ通しで、時間も遅いです。眠くなってたりは』

「まだ大丈夫。というか、眠くなれる気がしないよ」

『アドレナリンがたくさん出てるかもしれませんね。今回の騒動が解決したあとに、急激に疲れと眠気が押し寄せてくると思います。今のうちに心だけでも休ませてください。と言っても、この状況でそれは厳しいとは思いますが』

「君の声聴いてるだけでも、結構緊張は和らいでるから大丈夫」

『……………………』

 

 ん、どうした。矢継ぎ早に返事するリンゼが無言になった。

 電波が悪いんだろうか。

 

「リンゼ? どうした? 聞こえてるか?」

『いえ、どうにも。しかし先輩、そういう言葉を軽率に言うのは──いぇ、何でも。大丈夫です』

「はぁ…………?」

『話を戻しましょう。首尾は上々です、こちらも準備は整いましたので、あとは先輩と鬼住山さんのタイミングを見極めるだけになります』

「……あぁ。わかった」

 

 途中、要領を得ない会話が挟んだものの、どうやらリンゼ側の準備は整ったらしい。

 であれば、あとは鈴鹿と俺が役割を全うするだけだ。

 

『不安でしたら、この通話をつなげたままにしましょうか?』

「はは……是非そうしてくれると助かるよ。情けない先輩ですまないが」

『それこそ大丈夫ですよ。……知らなかったとはいえ"はぐれ”の弐双を前にここまで出来る一般人はそうそういませんから』

「だから、どんだけヤバいんだよ、弐双ってお家は……」

『その説明はまたおいおいと…………』

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 来栖とリンゼが通話しながらタイミングを伺っている中、鈴鹿と双子の戦闘は佳境に入りつつあった。

 

「もう、しつっこい、なぁ!」

「ははははっははは! そっちはすばしっこいぞ!」

 

 動きは完全にナナとノノが勝っているが、肝心の凶器が鈴鹿の肌を通さない。

 鈴鹿も釘バットの合間に蹴りや打撃を織り交ぜるが、そもそも当たらない。

 互いのステータスが真反対だからこそ奇跡的に成り立つ拮抗状態。

 

 しかし、心境はまるで対称的であった。

 

 小一時間前まで廃棄物に埋まって餓死寸前だったとはいえ、来栖からもらった食料で完全に元気を取り戻した上に、斧とナイフが通用しない鈴鹿。

 対してナナとノノは、夢見との1時間近くの戦闘でダメージと疲労がどうしたって残っている。その上、無尽蔵に所持していた斧とナイフは殆どが損壊し、今使っている物を含めても僅かしかストックがない。

 

 このまま戦闘が続けば、10分もしないうちに、この拮抗状態は崩れてしまうのは必至であった。

 

「だったら、これならどう!?」

 

 そう言ってノノと、遅れてナナが懐から出した斧とナイフを一斉に鈴鹿に向けて投擲する。

 速度はあるが個々の距離は大きく、まっすぐな弾道を回避するのは困難では無かった。

 

「おいおい、やけっぱちか? そんなん今更当たるわけ──!」

 

 涼しい顔で双子を煽ろうとした鈴鹿はしかし、直後に双子の意図に気づいた。

 振り返って背後を確認する──なんて確認動作すら致命的なので、咄嗟に頭を下げる。

 

 直後、凄まじい勢いで回転しながら、先程のナイフと斧が鈴鹿の髪の毛を掠めていった。

 もし背後を見たあとに避けようとしていたら、回転エネルギーも加わった凶器に鈴鹿の首は抗えず、スッパリと切断されていただろう。

 

「うぉあっぶぇー!?」

 

 みっともない悲鳴だが、悲鳴を上げることが出来た時点で、鈴鹿の勝利は確定したような物である。

 

「あ~惜しかったなぁ、もうちょっとだったのに」

「どうして今のを躱せたのかしら。タイミングはピッタリだったのに」

 

 完璧な不意打ちにも関わらず、完璧に回避されてしまった事実に、双子は口調こそ軽いが表情を暗くする。

 その顔を見て、いよいよ優勢になったのだと鈴鹿は確信して、()()()に入ろうとした。

 

「ふっふっふ、世の中常に情報強者が勝つものなのサ」

「……さっき会った変なおねえちゃんが教えてたのかしら」

「きっとそうだよ。……あーあ、さっき殺しておくんだった」

 

 変なおねえちゃん──恐らくリンゼのことだろうと思いつつ、鈴鹿は最後通告のように悠然と、しかし一切の油断もなく、距離を詰めつつ言う。

 

「後悔してる暇なんてあるのか? もうお前の秘策は尽きちゃったんだゼ?」

「そうだけど……まぁ。でも、良いかな」

「は?」

 

 何が良いんだ?

 そんな当たり前の疑問はしかし、すぐに消し飛んだ。

 

 あと残り3メートル程の距離まで近づいてから、鈴鹿の足が止まる。

 単に歩みを止めたのではない。

()()()()()()()のだ。微塵も、全く、指の一本すら。

 

「はい、これで変態不審者さんはおしまい!」

 

 明らかな異常事態。

 原因はもちろん、さっきまでの暗い表情が嘘のように晴れやかに笑う、ノノにあった。

 

「うごけねえ……全身に食い込んでるこれは……糸か」

 

 細く、それでいて合金のように頑丈な糸が、顔面を除く全身に纏わりついている。

 月光でも反射されないそれは、しかし薄っすらとだけノノの指先から伸びているがわかった。

 

「あっはははは! ひっかかった!」

「蜘蛛の巣に捕まった虫さんみたい。虫さんにしては、可愛げがないけど」

 

 勝利を確信するように、高らかに笑うノノと、その横で真っ直ぐな姿勢で遅れて笑うナナ。

 形勢逆転を許してしまった形になるがしかし、鈴鹿はむしろそんな双子を見て、更に軽口を叩いた。

 

「バカ言え、俺が虫ならカッコいい路線だ」

「……変態さん、自分がどういう事になってるか、わかってる?」

「こうやっておしゃべりしてる間も、糸は不審者さんの体に巻き付いてるの。その気になったら、もう簡単に首もちょん切れちゃうのよ?」

「ポーンって飛んじゃうよ? 怖くないの?」

「怖くないと言えば嘘になるが……それより気になるのが」

 

 じわじわと糸が肌に食い込んでいく感触を覚えながらも、鈴鹿は余裕を保ったまま、致命的な一言を口にした。

 

「髪の長い方の、さっきから急に動きが止まって直立してるのは、やっぱ()()に糸を回してるからかネ?」

「──っ、な、なんのこと?」

「あっ、表情が変わった。やっぱりか。俺の動きを完全に封じるために、()()()()()()なんかないもんな?」

 

 人形。

 その言葉で、初めてノノの表情は怒りのそれに変わった。

 

「この──すぐに殺して」

 

 ──ここだ。

 

 殺意を冷ややかに受け止めながら。

 鈴鹿はリンゼの作戦を、今こそ次のステップに進めるべきだと判断。

 

「来栖!! 今だぁ!」

 

 100m先からでも絶対に聞こえるほどの轟音で声帯を揺らし、合図を告げた。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「さっきぶりだね、ノノ」

 

 鈴鹿のクソバカでかい合図を耳にした瞬間、俺は急いで公衆トイレから飛び出し、双子から8メートル程度離れた場所まで駆け寄り、背後から声をかけた。

 

 鈴鹿を拘束するのに忙しいのだろう、ノノは肩越しにこちらを見ながら、怒気を混ぜた声で言う。

 

「おにいちゃん、出てきていいの? せっかくこっちの変態不審者さんが足止めしてくれてたのに」

「良いんだ。もう、逃げる必要がなくなったからね」

「それって諦めたってこと?」

「……ほら、俺を捕まえてみろよ。もっとも、君は()()()()()()()()()だろうけどさ」

 

 ノノの傍らで直立不動の『ナナ』を見ながら、俺は敢えて挑発と取れる言葉を選ぶ。

 ……あんなに元気だったのが嘘のように、『ナナ』は黙ってじっと背中を見せたままだ。

 

「こっちが動けなくても……ナナがいること、忘れちゃった?」

「あぁそう。なら、ナナが俺を捕まえるのかな?」

 

 ……確定だ。リンゼの言っていたことは、本当らしい。

 

「どっちでもいいからさ。俺はここからもう動かないし、あとは君次第だ」

「それじゃあお望み通り、捕まえちゃうからね!」

 

 ノノがそういうのと同時に、ナナはグルリと体の向きを俺の方へと変えて、そのまま無言で飛び掛かってきた。

 その動きは緩慢で、しかし俺では逃げ切れない速度。

 せいぜい腕を動かして、ナナが持つ斧から急所を守るくらいしか出来ないだろう。

 

 なので、その通り腕を動かした。

 厳密には右手を動かして──スピーカー状態のスマートフォンにしっかり声が届くようにマイクをこちらに向けて、言った。

 

「──リンゼ、今だよ」

『はい。お見事でした、先輩方』

 

 リンゼの返事と同時に。

 ナナの後ろを、何かが過ぎ去った。

 

 雨の日の燕が低空を飛ぶかのように一瞬で過ぎ去ったそれは、俺の目には鎌鼬か、死神の鎌のように映り。

()()()()()を動かしていた糸を、全て断ち切っていった。

()()()()()()()()()()()は、その手から斧を落とすと、まるで惜しむ様に、空になった手が俺の頬を撫でるように一瞬触れて、パタリと倒れた。

 

「何、今の──糸が、()()……!」

「隙あり!」

「え、うわ、しま──!」

 

 意識外からのアクシデント。切れるはずがないと思っていた糸が一瞬で切断され、動揺しまくったノノの隙を見逃さず、鈴鹿もノノを瞬く間に拘束する。

 

 この瞬間、今宵の月を騒がせた『隠れ鬼ごっこ』は、終りを迎えるのだった。

 

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「あっはっはっはっは! まさか本当に成功するなんてなあ!」

 

 リンゼと電話を切ってから10分後、自分に纏わりついていた糸を逆に利用してノノの四肢を拘束した鈴鹿は、さっきまで命のやり取りに居たとは思えないほどの呑気な声で笑いながら言った。

 

「成功しないほうが困るんだよ……でも分かるわ。正直死ぬかと思ったし」

 

 自分でも、よくもまぁここまで完璧にうまく言ったと感心する。

 まぁ、俺がやったことは隠れて、ちょっと姿を晒すだけだったんだが。

 

「お二人共、見事な連携でしたね」

 

 電話の後、現場に来たリンゼが、俺達にねぎらいの言葉を掛けてくれた。

 一方、完全敗北となったノノは、諦めながらも恨めしそうに、俺をジトーっと睨みながら言った。

 

「……あーあ。あとちょっとでおにいちゃんを捕まえられたのに。ズルいよ、3人も4人も仲間がいるなんて」

「それは……確かにごめんな。君は──」

 

 ノノを見てから、その横で丁寧に女の子座りしているナナの人形を見てから、言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()

「しっかし驚いたな。まさか糸だけであんなリアルな動きができるなんて」

 

 俺もずっと抱いてた感想を、鈴鹿が代弁した。

 

「確かにそうですが、もっと驚きなのは、絶対に訓練する機会も無かったはずなのに、末端の人形使い以上に使いこなせていた事です。ノノさん、あなたは一体どこでこれ程の技術を手にしたのです?」

「知らない。しつこく追ってきた人の真似しただけだもん」

「そうですか……納得です」

 

 今ので何をどう納得出来たというんだ。

 

「済まないリンゼ、何がわかったのか説明してくれるか」

 

 俺のかったるいだろう疑問に対し、しかしリンゼは嫌な顔一つせずに応えてくれた。

 

「まずノノさんが使っていた人形の『ナナさん』や、それを動かすための特殊な糸は、ノノさんを追っていたグループの者が使っていた、というわけです」

「酷かったんだよ? ナナそっくりの格好にして、『逃げてきました』って感じで騙そうとしてさ! まぁ、本物のナナと見分けられないハズないけどね!」

「あぁ良くない。更に疑問が生えて来たぞ」

 

 その組織が何なのかとか、そもそも特殊な糸って何とか、疑問が温泉みたいに湧いてくるけど、個々はぐっと我慢だ。

 

「先輩、ノノさんたちは『弐双』という家の人間だと説明しましたよね」

「ねぇ、その話、聞こえない所でやってほしいなぁ」

「弐双は古くから人間兵器として双子の姉妹を作り出す家で──」

「あ、続けるんだ……無視するのね」

 

 無慈悲にノノの懇願を無視して、リンゼは話を続ける。

 

「ノノさんとナナさんは恐らく、()()()()()を能力としているんでしょう。他人の動きや技術などをラーニングして、それを互いの技量にする。過程や工程を無視して、結果だけを再現するのです」

 

 ものすごい異世界みたいな話がいきなり襲ってきたけど、良いわ。この際それに疑問を持つことはしない。

 

「何だよそれ、インチキじゃんか。将来は完全無欠のタスクマスターってか」

 

 逆に全く疑念を持たずにすんなり受け入れてそうな鈴鹿が、クレームじみたことを口にする。

 タスクマスターって何だ?

 

「えぇ。鬼住山さんの仰るとおり、片方が見たものを、もう片方も習得できるので可能性は無限大……ですが、現実は一介の高校生である鬼住山さんでも戦いが成立出来てしまう程度の戦闘能力しかなかった」

「そういや、確かに。逃げるだけなら来栖でも出来ちゃってたしな」

「…………むぅ」

 

 いやいや、鈴鹿を指して『一介の高校生』で済ませられる世界なのかよ、弐双とかが出てくる環境って。なんなの、馬鹿なの、現実の話してる??

 

「相手の技量を再現できる能力は一見とても強力なもの。しかし、ラーニングのために必ず強力な相手と戦い、その上で生き残る必要がある。リスクとリターンが割に合わないことも多々あったと思われます」

 

 そう言って、リンゼは足元でイモムシのようになって動けないノノを一瞥して、結論を述べるように言った。

 

「彼女たち姉妹が弐双家から追放されたのも、そういった理由から失敗作とみなされたからでしょうね」

「さっきからずっと意地悪なことばっかり! ねぇおにいちゃん、この人絶対せーかく悪いよ!」

「お褒めに預かり光栄です」

「いや、でも納得だワ。失敗作と言っても並の人間より強いし、何より腐ってもあの弐双の人間兵器。喉から手が出るくらい欲しがる奴はいるわな」

 

 嘘だろ、普段一番馬鹿な鈴鹿のほうがこの話題についていけてるなんて。

 

「鈴鹿、俺にも分かる例えで」

「キャロウェイのクラブ一式ハードオフで9000円」

「やっば、絶対買うわそんなん」

 

 やっとわかった。それは欲しいわ。

 そしてここまで説明してくれたらわかった。本物のナナは、もう……。

 

「ノノ、本物のナナは、君たちを欲しがってる奴らに?」

「……うん、そーだよ。ナナは綾小路家の奴らに連れてかれたんだ」

「じゃあ君は、ナナを取り戻したくて、綾小路の人間を探していたんだな」

「……おにいちゃんも家族に妹いるよね? 勝手に連れて行かれたら、取り戻そうと思うでしょ? ぶっ殺してやろうって、思うでしょ?」

 

 ここで俺の家族事情について触れてくるとは思わなかったけど、そうだよな。

 俺の家で夕飯を食べたあのナナは、ナナの格好をしたノノだったんだから。渚のことも知ってて当然か。

 

「……そうだな。絶対取り戻そうって思うし、連れ去ったやつは許せなくなる」

「だったら、ノノに綾小路がどこにいるか教えて──」

「いや、それは教えない」

 

 それとコレとは、話が別だ。

 

「綾小路咲夜は、出会ってまだ日が浅いけど、それでも俺の友人……友人かな? とにかく、新しい友達だ。殺そうとしてる相手に引き合わせるなんてマネ、()()()()()出来ないよ」

「そっか……おにいちゃんも、綾小路やナナをさらった奴の味方をするんだ」

 

 ノノの俺を見る目が、瞬く間に失望のそれに変わっていく。

 

「違うよ、早とちりしないしない」

「へ?」

 

 俺の言葉に困惑するノノだったが、詳しい説明をする前に、遠くからブルブルブル……と機械音が聞こえて来て、会話は強制的に終了する。

 

「先輩、来たようです」

 

 リンゼが指さした先の空には、垂直昇降回転翼航空機──つまりヘリコプターがあった。

 

「何、あれ……こんなところにヘリコプター?」

「ノノ、俺は咲夜の居場所を教えないと言ったけど、本当の所をいうと、その必要がないだけなんだ。だって──」

 

 困惑しっぱなしのノノを安心させるように、俺は言った。

 

「──向こうがこっちに来てくれたから」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「なんって汚い場所。こんな所にまで足を運ばせるなんて」

 

 普段と違って髪型をポニーテールにまとめ、カットソーのTシャツに、デニムパンツのスタイルでヘリから降りた咲夜は、開口一番に咲夜らしいことを口にした。

 

「咲夜、遅い時間にすまない。来てくれてありがとうな」

「来栖? 凄いアナタもずいぶんと酷い格好ね? しかもちょっと臭うわよ?」

「ずっと逃げ隠れてばかりで、汗臭くなる環境に居たからな。ちょっと距離を取って──」

「良いわよ別に。嫌だなんて言ってないでしょ。無理に離れようとしなくて良いから」

「え、でも臭うって言ったのに」

「い、い、か、ら!」

 

 何だって言うんだ。だったら最初から臭いとか言わなくていいだろう。

 

「……フューベルブーフちゃん、あの金持ち娘、いつの間に?」

「時期は分かりませんが、そういう感じなのは間違いないでしょうね」

「ちょっれぇ~~」

「そこ! コソコソ喋ってるんじゃないわよ!」

 

 隣でへんてこりんなことを話し合ってる鈴鹿たちに一喝してから、咲夜は鈴鹿の足元に居るノノの前まで歩み寄る。

 

「さて、それで? アンタが例の双子の片割れね?」

「ノノだよ。そういうおねえちゃんは、綾小路の人?」

「えぇ、アタシは綾小路咲──」

「うおっとぉ!?」

 

 咲夜が自己紹介をした直後、あろうことかノノは全身バネだけで跳ね上がり、咲夜の首元に噛みつこうとした。

 咄嗟に鈴鹿が頭を抑えて地面に叩きつけたので事なきを得たが……ノノはノノだし、咲夜も迂闊だ。

 

「……ちぇ、やっぱりこの変態不審者きらいだ」

「まだ言うか……綾小路、お前もなぁ、自分を殺そうとしてる奴の前にノコノコ立つなよな!?」

「たかが()()()()()()()()()の相手に臆してるんじゃ、綾小路咲夜はやっていけないわ」

 

 鈴鹿の至極真っ当な指摘に、しかし咲夜は悪びれることも無いまま、ノノを見下しつつ話を続ける。

 

「それにしても、想像してたよりずっと馬鹿ねアンタ。せっかく妹か姉か知らないけど、拐われた片割れを見つけるヒントが来たのに、やみくもに殺したら意味ないでしょ?」

「あぅ…………」

「その程度にも考えが回らないから、失敗作扱いされて捨てられるのよ」

 

 その通り。その通り過ぎるけれど、あんまりにも正論パンチすぎてやばい。

 前にもそうやって『絶対に安心な立場』から鈴鹿を煽りまくった結果、大変な目に遭ったのを、まるで反省していないぞこいつ。

 

「おい咲夜、あんまり無闇矢鱈と煽るのはよせ。この子だって、やり方はだいぶ間違ってたけど必死だったんだ」

「その()()のせいで、従妹を傷つけられたり、不法占拠してた溜まり場を壊されたんでしょう? 本来はアナタが怒るべき案件だって自覚はあるのかしら」

「うっ…………」

 

 しまった、今度は俺に正論パンチ。

 

「はぁ…………まぁ良いわ。今回については、アタシは無関係だけど、綾小路家が関わってたみたいだから」

 

 一度、自分の髪を気にしてから、咲夜は言う。

 

「ノノ、先に結論から話すけど、聞く耳はあるかしら」

「無いからおねえちゃんの耳を切り落としても良い?」

「馬鹿に会話は無理か。でも聞きなさい、今回アンタの片割れを拐った組織と、綾小路家は今は無関係よ」

「え……?」

 

 あっさりと。

 あまりにもあっさりと、咲夜はノノにとって最も知りたいことを、口にした。

 

「ははは、そんなの嘘だよ。だって聞いたんだ、ナナを連れて行った奴が『これで綾小路に戻れる』って!」

「本当に馬鹿ね。そこまで覚えてて、なんで綾小路家が関わってると思うのよ」

 

 一瞬どういうことか分からなかったが、ちょっと考えたらすぐに理解できた。

 

「そっか……ノノ、ナナを拐った奴は、戻れるって言ったんだよ?」

「うん、そうだよ」

「じゃあつまり、ナナを拐った時点ではまだ、綾小路家との関係が切れてるって事なんだ。綾小路家の命令とかでナナを拐ったんじゃなく、綾小路家との関係を取り戻すために、ナナを拐ったんだよ」

「……あ」

「言われる前に自分で気づきなさいよね。お陰でこっちもこんな時間からあちこち調べるのに忙しかったんだから」

 

 コレでもかというくらい呆れのため息をこぼす咲夜。

 

「来栖の言う通り、今回の主犯は、アタシのお祖父様が契約していた()()()()の社長。先月、お祖父様の()()に応えることが出来なかっったから解約されてたの」

「警備会社? なんでそんな一般的な企業が、ナナとノノを──あぁ、そういう……」

 

 きっとこれ以上は考えちゃいけないやつだ、今回は多分、そういう世界の話。

 

「察しが良くて助かるわ。説明が省けるから。つまり、連中は自分が綾小路家と契約することで受けていた恩恵を取り戻すため、弐双の失敗作を献上しようとしたってワケ」

「災難だったなぁノノちー。まさかその年で悪い大人たちの欲望に巻き込まれちゃうなんてよぉ。鈴鹿ちょっと同情しちゃう」

「お前はどういうキャラで行こうとしてるんだ。もう少し一貫性を示せよ」

「どこの誰がなんだろうと関係ないよ……」

 

 呑気な際が続く中、当然、ふざけていられないノノは今まで見せたこと無いほど真剣な面持ちで、先程まで殺したがってたはずの咲夜に懇願する。

 

「相手が誰かわかってるなら、場所を早く教えてほしいな! はやく行ってナナを取り返したいんだ! ねぇ教えてよチビなお姉ちゃん!」

 

 訂正、ちょっとふざけてるわ。

 

「き……聞き捨てならない暴言だけど、今回だけは聞き流してあげる」

「おぉ……咲夜が露骨な悪口を我慢している。今日一番の衝撃」

「なんでよ! 今日もっと驚くこと幾らでもあったでしょ!?」

 

 そして、俺もちょっと緊張感がない。

 

「こほんっ……とにかく、今回は間接的とはいえ、綾小路(うち)が庶民を巻き込んでしまった形になったのは間違いないし、事態の収集ぐらいはしないと面目が立たないの」

「じゃあ、どうするっていうのさ」

「どうする? その問いかけが既にナンセンスよ」

 

 何だとぉ……?

 

「良い? アタシは優秀な綾小路家の人間。現場に来てから動く庶民共とは違うの。つまり……もうとっくに、その警備会社に人を送ってるわ。そろそろナナって言うのも確保してる頃ね」

「え!?」

「ふふ、コレがお金の力よ。だからアタシがアンタに教えられるのはナナが捕まっている場所じゃなくて、保護されている場所なのだけど……これでもまだ殺したい?」

「ううん! おねえさん優しいね! さっきは酷いこと言ってごめんなさい!!」

「……素直ね」

 

 もっと色々言い返してくると思ってたのだろう、咲夜は僅かに拍子抜けな表情でノノを見た。

 

「何であれ、これで一件落着ですね。先輩もお疲れ様でした」

 

 そう、リンゼの言う通り。

 これにて、ノノが暴れる理由も、俺がおっかない目に遭う理由も、完全に消えたのだ。

 永遠に続くかと思った恐怖とストレスまみれな『遊び』は、まさしく、終わったのである。

 

「……結局、夢見とリンゼと鈴鹿が頑張って、俺はただそこに居ただけって感じだったな」

「まぁ、そういう役回りだったって事で。個人的にはお前が居たからあのゴミ山から抜け出せたから、十分助かったって」

「……それは、どうも」

 

 実際、鈴鹿に関しては俺が居なきゃ危なかったもんな。

 まぁ、もう、それで良いか。

 

 



 

 

「いやぁ、今回は大変だったね、来栖」

「リンゼちゃんから聞いたよー。しつこいナンパから夢見ちゃん助けたんだって? 偉いねえ」

 

 深夜にこっそり帰宅後、朝になってしれっと食卓に姿を見せた俺をしかし、両親は叱るどころか褒めてきた。

 リンゼは上手に言い訳を作っておいたと話していたが、つまり、そういうことだ。

 どうやら、夢見でも振り払えないナンパから守るために、俺が夜遅くまで彼女の家に居た。というシナリオらしい。

 

 なお、実際の夢見はリンゼの言う通り服以外は大した怪我もなく、あの後リンゼと一緒に夢見の家まで送り、様態を確認して無事だったので今日は学園を休む様に言って分かれた。

 本当なら一晩中付きっきりになっても良いくらいの恩があるが、もうスリリングな夜を延長したくないからね。

 

「あ、ははは……そうね。大変でしたよ」

「ふぅん。なんかあの子なら、ナンパ程度簡単に追い払えそうだけど。そんなに大変だったの?」

「あぁ、それはもう」

「どんな人だったの?」

「どんな人って……そんなの、普通にただの」

「だってあの子が追い払えないほどなんでしょ? 体格は? 何歳くらい? 人数は一人、それとも複数? 国籍は──」

 

 な、何だ……渚がやたらと突っかかってくる!?

 しかも、どの質問も答えにくいものばっか!

 

「おい待て待て! そんな怒涛の質問はやめてくれ!」

「ふふ、渚ちゃんは来栖が心配だったのよね?」

 

 答えに窮する俺を、母さんが助けてくれた。

 お陰でこっちは何も答えてないものの、渚は場の空気に逆らえず、矛を収める。

 代わりに、父さんが少し厳し目な声色で──やっと俺を叱った。

 

「今回は、リンゼさんから言伝を聞いたから良かったけど、次はちゃんと自分から連絡するように。本当なら、外泊だってまだ君の歳では早いくらいなんだから」

「そうだよー? 昨日は夜中にすっごい火事があったし、ああいうのに来栖が巻き込まれたら、お母さんもう気が気じゃないからね? ただでさえこの前も、大変なことに巻き込まれたんだし」

「う……はい、今後は重々気をつけます」

「それじゃあ、反省したならさっさと学園に行ってらっしゃい!」

 

 ほぼ無断外泊にも関わらず、結局大して叱られることも無いまま、俺はこの日も普通に登校したのであった。

 

 非日常の極致みたいな経験をした後の学園は、普段の何倍も平和に感じた。

 クラスでは、恐らく俺達の事務所の爆発について賑わう生徒や、()()()()()()()()()()()()について賑わう生徒などが居た。

 

 俺の隣に座る咲夜は、夜遅くまで起きていたからか、普段通り外行き用のお清楚お嬢様を演じる中、何度もあくびを噛み殺していた。

 

 ああそうそう、目黒先生だけど。

 ここまでの話の展開から、彼もナナを連れ去った警備会社のメンバーだと思う人が多いかもしれない。

 しかし、彼は決してそんなアウトローな存在ではなかった。公務員は復職できないしな。

 つまり、彼が捕まってた理由──というか、ナナとノノを探してた理由は、もっと単純。

 

 彼は、日頃から中等部の女子更衣室に隠しカメラを置いて盗撮するほどの、ロリコン変態野郎だったのだ。

 ナナとノノを探してたのも、彼にとって好みド直球な少女を見かけて、接触したいからだったらしい。

 リンゼが彼の介抱をする中、確認したスマートフォンにある盗撮写真の山々を見つけて、それが発覚した。

 

 果たして、今頃目黒はどうなってるのか。

 気にならないといえば嘘になるが、知りたくもない。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 そして、夜になった。

 平和な夜である。

 何も考えなくて良い、ベッドの上で横になるだけの、実に平和な時間を感受していたが、だからこそ普段より早めに平和な睡眠を享受しようと思った。

 

「トイレだけ行くか」

 

 この歳でお漏らしなんかありえないが、普通に尿意で眠れないのは間抜けだしな。

 さっそく部屋を出て、2階の廊下を歩くと、トイレまでに必ず通過する1階への階段から、父さん達の会話が聞こえてきた。

 

「父さんたち、こんな時間までまだ飲んでるのかよ。……ったく」

 

 既に22時を過ぎているのに、全く何をしてるのやら。

 明日も仕事があるのだから、お酒もそこそこにしろって注意しようと思い、静かに階段を降りる。

 その途中で、こんな言葉が耳に届いた。

 

「……しかし、来栖は随分と大人になったよな」

「そうだねぇ。いつの間にか人助けするようになって。我が子の成長ってこういうところから感じちゃうんだなぁ」

 

 ……思わぬ所で、親が自分を褒めている会話を聞いてしまう。

 照れくさいが、ちょっと嬉しいので、そのまま黙って聞いてしまった。

 

「来栖も渚も、あの年頃だった時の俺よりも、しっかりしてるし、現代っ子って成長も早いんだよな」

「あっくんは元々呑気だっただけでしょ? 岬ちゃんはしっかり者だったし──あっ」

 

「……みさき?」

 

 聞き慣れない名前だ。

 誰だ、親戚に居たっけ?

 

「──ごめんなさい、あっくん。飲みすぎちゃったかな。変なこと口にしちゃった」

「いや、良いよ。……もう、大丈夫だから。あれからもう、年月が経ってるんだから」

 

 そして一気に、会話は重苦しいものに変わっていく。

 このタイミングで姿を見せるわけにも行かないので、そのまま黙って会話を盗み聞きしていると──。

 

「でも、今回の来栖を見て考えたんだ。あの頃の俺に、来栖くらいの勇気や行動力があったら──俺は、もっと岬とうまく向き合えたんじゃないかって。岬を、死なせることには、ならなかったんじゃないかって」

 

 ──聞いてはいけない話題だったと、後の祭りで気づいた。

 

「……あっくん、もうやめよう? 今日はふたりとも飲み過ぎだよ」

「そう……そうだな。もう寝よう、か」

 

 そのまま、2人が食器類を片付け始める音が聞こえたので、俺もそのまま黙って、音を立てずに2階に戻っていった。

 

「……ミサキって誰なんだ? 聞いたことのない名前だけど」

 

 トイレを済ませて、洗面所で手を洗いながら、俺は先程聞いた名前を小さい声で反芻する。

 やっぱり、聞いたことが無い名前だった。

 気になる、気になるけど、本来盗み聞きしなきゃ知ることのなかった名前を、どうやって聞けば良い?

 

 思い切って明日聞いてみようか? そう思いながら洗面所の鏡を見ると。

 

「お兄ちゃん」

 

 鏡に映る俺の隣に、いつの間にか渚が映っていた。

 盛大にびっくりするが、下の階に音が聞こえないように我慢しつつ、俺は右隣に立っていた渚に向かって言った。

 

「──!? なんだ、渚か。どうした、眠れないのか?」

「ううん。でも、お兄ちゃんが部屋出るのたまたま聞こえて……また夜遊びしに行くのかなって」

「夜遊びって……しないからそんなの。近頃は物騒だし。そもそも父さんたちが飲んでる前を通って外出できないだろ?」

「……ふたりとも、まだ飲んでるんだ」

「ぽいよ? 幾ら贔屓のチームが酷い負け方したからって、熱くなりすぎだ──」

「──何か、変わったこと口にしてなかった?」

 

 ……なんで、このタイミングでそんな事を聞いてくるんだ。

 聞いたさ、気になることを。

 でも、俺が知らないことを渚が知っているとは思えない。話しても俺と同じ様な疑念を抱かせてしまうだけだろうし、何より俺が盗み聞きしてたことがバレてしまう。

 

 なので、まぁ、余計なことかもしれないが、この場はごまかすことにした。

 

「さぁ……酔っぱらいの言葉なんて、どれも変なことばかりだろ?」

「──うん、そうだね」

 

 やや間を置いたが、渚は納得したのか、今朝見たく追求することはなかった。

 

「もう俺達も寝よう。……ふぁぁ、俺も寝不足気味だから、いい加減起きてるの限界だし」

「お休み、お兄ちゃん」

「……ああ、おやすみ」

 

 そう言葉をかわして、俺はベッドに改めて横になる。

 リモコンで部屋の照明を落として、若干のもやもやを残しつつ、意識をまどろみに委ねる、その中で。

 

「……縁おじさん、誰の墓参りしてたんだろう」

 

 

 そんなことを、思ったのだった。

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