Chapter1:夢見は期待している
小鳥遊夢見は、期待していた。
先日、狂気の双子によって繰り広げられた地獄の隠れ鬼ごっこ。
頭のいかれた双子(実は人間は一人だけだったらしいが)に、愛しの従兄である野々原来栖を守るため、夢見は囮となって戦った。
愛する者からの(夢見基準で)実質告白にも等しい激励を受け、更に自分が普段から隠しカメラや盗聴器などを設置するために隅々まで知り尽くした場所での戦いだったため、戦いは以外にも夢見が優位だった。
しかし、調理室にあった小麦粉を使った粉塵爆発という、思いも寄らない自爆によって戦闘は中断。
本当の本当に僅かな時間で取った回避行動が功を奏したのか。
夢見は爆発に巻き込まれてしまいながらも後が残るような大怪我や火傷はせず、切り傷と打撲のみという、奇跡のような結果に落ち着き。
怪我の治療と念には念をということで、10日ほど家で安静に過ごす事になった。
隠れ鬼ごっこも夢見がドロップアウトした後、来栖の友人である
とはいえ、決して大団円とは言えない。
お気に入りの一張羅に加え、自分と来栖の愛の巣とも言える『救済★病み俱楽部』の事務所を失い、夢見は今回の事態に関わった人物の中で、最も失うものが多かったと言える。
──しかし小鳥遊夢見は、期待していた。
何故なら今回、夢見は来栖を絶望的状況で事務所から逃がすという、最も困難かつ、今回の事件を解決するためのキーポイントとも言える場面で、完璧な活躍を果たしたからだ。
仮に夢見がナナとノノを1時間近く足止めできていなかった場合、来栖は廃棄物のたまり場で餓死するのを待つだけの馬鹿──鬼住山鈴鹿と再開できず、当然その後のリンゼや綾小路咲夜の協力も得られなかった。
つまり、こんにちの来栖の生存は全て、夢見の存在なくしては語れないのだ。
それ程の大活躍が出来たのだ。
普段はちょっとだけ冷たく接してくるイケズな来栖も、その態度を変えるに違いない。
「お従兄ちゃんにカッコいいところ沢山見せられたし、きっとお従兄ちゃんの中であたしへの評価もバク上がりよね!」
10日間の休養を挟み、久々に登校するため鏡の前で制服姿をチェックしつつ、夢見は確信を込めて言った。
「このままドンドン、お従兄ちゃんから信用も愛情もゲットして、いつか絶対に、あの女の呪縛から解放してあげるんだから!」
制服の着こなしは完璧、髪の毛も整えて。
学園の教員に目をつけられない様に、薄いメイクもバッチリ。
これなら久々に会う来栖にも恥ずかしくない──さぁ出かけよう。そう思ったのと同時に、夢見は大事なことに思い至る。
「そーだ、新しい『救済★病み俱楽部』の拠点を見つけないと……もうあの廃工場は使えないし、かといって、お金のかかる場所は無理だし……」
こんなタイミングで思い至るんじゃなかった……そう心の中で毒づきつつ考える。
条件と合致する場所にはいくつか思い当たるものがあるにはあるが、それはいずれも夢見が
そう簡単に、たとえ愛する来栖であっても教えるわけにはいかないのだ。
じゃあ、どこにすれば良いのか。……登校時間までまだ余裕があるため、つい考え込んでしまう夢見だったが。
ふと、耳に届いた壁掛け時計の秒針音で、『最高の答え』にたどり着いた。
「あ、そうだ! もうこの家で活動することにしたら良いんだ! そしたら毎日お従兄ちゃんとおうちデートできるしぃ、お従兄ちゃんもあたしもHAPPY! HAPPY! HAPPY!!!」
一時期妙に流行し、気がつけば廃れていった某ミームの様な動きを、誰も居ない家の中でしながら自分のアイデアにひとしきり歓喜した後。
満足した夢見は学生カバンを手に取り、今度こそ家を出発した。
学園で来栖に会ったら、すぐにこの最高のアイデアを教えるのだ。
今日はきっと、素敵な一日になるに違いない。
「──って、思ってたのに……」
時間と場所は変わって、放課後の高等部、部室棟。
中等部・高等部とは独立して建てられた、学園の生徒が部活動を行うための部室が集まった建物。
4階建ての建物の、最上階にある一室にて。
「なによ、この状況は!!!」
夢見は、過去一番の悲鳴を上げた。
「うるさいわね、さっきから一人でブツブツと。陰キャ? 陰キャだったのアンタ?」
腰まで届く金髪ツインテールを揺らしながら、強烈な言葉を口にするのは、綾小路咲夜。
夢見とその他数名をこの場に集めた人物でもある。
「誰が陰キャよこの性悪極悪悪役令嬢! 普段のおすまし~な外面はどうしたのよ!」
「誰が悪役令嬢よ! 悪役は余計! ……どうせここに居る人は全員アタシの素を知ってるんだし、今更装う必要もないでしょ?」
普段は『ご令嬢・綾小路咲夜』のイメージを守るためお清楚な振る舞いを装っているが、その必要が無いので生来の攻撃的な口調を、いかんなく発揮していく。
もっとも、これはこれで需要はあるだろうし受け入れられると思うが、それを口に出す人はこの場に誰も居ない。
そんな事よりも夢見の眼前には受け入れがたく、指摘せざるを得ない事実があった。
「そのメンバーっていうのも、信じられないんだけど……何で
「こんなのって、誰だろうな?」
「わかんないね~?」
「誰のことかしら?」
「あんたらのことに決まってんでしょうが!!」
鬼住山鈴鹿と、先日大騒動を巻き起こした狂気の双子『ナナとノノ』。
本来、この学園の生徒ではないはずの3人が、平然とこの場に居る。
しかも、どういうワケか自分たちと同じ学園指定の制服を着ながら。
「ゆ、夢見……さっきから喉を酷使しすぎだ。落ち着いて」
「お従兄ちゃん、あたしの心配してくれるなんて……優しい、好き……」
「なぁ、あいつの情緒ってぶっ壊れ過ぎだよな」
「ちょっと狂ってるよねぇ」
「普段からああなの?」
「うるさいわねぇ狂人共が常識人ぶってんじゃないわよ!」
この場にいる人物たちの中で唯一無二かつ絶対的癒やしである
無粋な人の形をした野蛮生命体に常識を説こうとするが、スッと間に入ってくる人影が一つ。
先日から来栖の家にホームステイしている、リンゼ・ヒューベルブーフだ。
「小鳥遊
本来、来栖の家に住んでる女というだけで許しがたい存在だ。
しかし、この様に下手に出て夢見をリスペクトする言動ばかりするものだから、あまり躍起になって拒絶できない、ある意味ではこの場で最も厄介かつ面倒な人物である。
「リンゼさん……くっ。良いわよ。確かにこれ以上お従兄ちゃんの前で怒鳴る姿なんて見せたくもないし、ここは我慢するわ」
現に、今もこうして夢見はリンゼの言葉に乗り、怒りを抑えてしまった。
リンゼが早々に夢見の気性を理解したからか、あるいは元来から人の懐に入り込むのが得意なのか。
いずれにせよ。この場で夢見が暴走するという展開は消えた。
「……じゃあ、早く説明。こんなところに部外者まで引き連れて、何をしようっていうの?」
「こんな所だなんて、酷い言いようね。これからあなた達の活動場所になるっていうのに」
「……なんですって?」
「えっと咲夜、今なんて?」
流石に今の発言には、来栖も驚きを隠せなかったらしい。
イトコ同士息のあったタイミングで、咲夜に尋ねた。
「二人して、耳に詰め物でもしてた? それとも頭の中は空洞なのかしら」
「いちいち煽らなくていいでしょ、うるさいわね」
続く言葉で『アンタを穴だらけにしてやっても良いんだけど?』と言いたい所だったが、なけなしの理性が『話が続かなくて来栖に迷惑』と説得したことで、辛うじて小言に留まる。
そんな夢見の心中を知る由もないままに、咲夜は得意げな顔をしながら、決定的な言葉を口にした。
「ここが、今日から救済★病み俱楽部の拠点になるのよ。
「…………そういうことか」
驚きが限界値を振り切ったのか、内容に対して冷静な反応を見せる来栖。
しかし、ついで放たれる言葉には、流石に同じ反応ではいられなかった。
「今はこんな犬小屋以下の部屋だけど、夏休み中にこのフロアの部屋全部アタシたちの物にして、壁全部取っ払う予定よ」
「いやいや! この広さで犬小屋だったら俺の部屋も犬小屋になるっての!? ましてや他の部屋まで繋げるとか有り得んから!」
「何よ、これでも綾小路家の巻き添えでアナタの慈善活動の場を邪魔しちゃったこと、それなりにだけど悪いと思ってるんだから、代わりの場を用意するくらい当然じゃない」
なんと驚くことに、純粋な善意と贖罪の意識からくる行動だったらしい。
そんな真っ当な精神が残ってたことに仰天するが、それより咲夜が救済★病み俱楽部をいつの間にか認知していた事の方が、夢見には驚きだった。
恐らくあの渋い老執事から聞いたのだろうが、何であれ今まで自分たちが密かに行ってきた活動を、勝手に公のものにされるのは溜まったものではない。
同じことを来栖も考えていたので、困り顔で咲夜に言う。
「でもなぁ、部活動って言うのは駄目だろ、普通に考えて」
「何でよ、良いじゃない。トラブルシューター、何でも屋。退屈しのぎにピッタリだし、アタシがこの街でいいイメージを持つのに、こういう草の根レベルの活動がいい影響を与える可能性もあるわけだし?」
「いや、学園が許すわけ無いじゃんか。文系でも体育系でも無い、こんな活動」
「アナタの前に居る女を誰だと思ってるの? そんな一般論、簡単に黙らせるわよ」
「……マジで言ってんのか」
「大マジ、よ。まさかここまでアタシが手を尽くしてるのに文句なんてあるわけ、無いわよね?」
「ちなみに俺と双子もここの学生になったから、明日から通うぞ~」
「よろしくね! おにいちゃん!」
「キューサイって、何をするのかしら? どういう遊び?」
「……………………だから鈴鹿も居るのか」
ここに鈴鹿たちがいる理由も、あまりにもアッサリ開示される。
圧倒的かつ矢継ぎ早な情報量に、ただただ慄く来栖であった。
だがしかし。
一つ一つ内容を丁寧に噛み砕くと、正直言って悪くないものばかりだ。
なくなってしまった活動の場。
隙あれば過激な行動に走る夢見に対する牽制にもなり得る、高い戦闘力を持った存在。
どちらも来栖にとっては、非常に助かる提案の数々だった。
恐らく咲夜は、来栖の事情を把握したうえで、この様な提案を持ちかけたのだろう。
「どうする? 嫌なら別に、アタシは構わないけれど」
そう言いながら、咲夜は来栖に向かって右手を差し出す。
自分の提案を受け入れるならば、握手しろという意味だ。
断るのは結構。
しかし断った場合の方が確実に来栖は苦労する。
それが分かってしまったから、もう反対するわけには行かなくなった。
「はぁ…………取り敢えず、他の部屋ぶち抜くのだけはやめてくれ」
「ふふ、検討するわ」
弱々しくも咲夜の手を握る来栖に、咲夜は満足げに笑いながら握り返した。
──そして、あまりの衝撃に発言するための意識すら遠のいていた、夢見はというと。
「な、なななn……」
新しい事務所を自分の家にする計画。
そこから紡ぎ出されるはずだった自分と来栖の日々。
やがて事務所ではなく2人の愛の巣へと昇華されていくという野望。
邪魔な存在が一切立ち入ることがなく、完璧で究極で最強で無敵の計画。
──それら全て。
来栖にとっては圧倒的上位互換かつ、魅力あふれる咲夜の提案によって、木っ端微塵にされてしまった事実を脳みそが遅ればせながら認識し。
「なんですってー!!!!???」
悲鳴とも絶叫とも取れる声を、上げるのであった。
──あぁ、願わくばこれが全て、ただの悪夢なら。
まさに小鳥遊夢見は、
期待していた。
Chapter2:罪と罪の密談
「リンゼ、一緒に帰らないのか?」
ナナとノノ、弐双の双子が引き起こした真夜中の騒動がおおよそ収まったあと。
一通りの手当てを済ませて、夢見を彼女の自宅に戻した来栖は、まっすぐ家に帰ろうとしないリンゼにそう呼びかけた。
「えぇ、その……ちょっと寄る所があるので。先にご帰宅ください」
「そっか……物騒な案件じゃないよな?」
「はい。もちろんです」
ただでさえ大変な時間を過ごしたというのに、この上まだ用事があるなんて、およそマトモもな事情だとは考えられない。
しかし詳しい話を聞いたり、自分も心配だからついて行く等と言った行動を取るには、今の来栖はいささか以上に疲労が限界に近かった。
それこそ、リンゼが言っていた通り、過度の緊張状態で脳が認識しないでいた肉体の疲労が、一気に襲いかかってきたかのように、今来栖は猛烈に眠い。
せいぜい、彼にできるのは、なけなしの言葉を掛けて、残り徒歩で20分程度の距離をゆっくりと寝落ちという名の気絶をせずに、まっすぐ帰ることくらいである。
「……なら分かった、先に帰るわ。気を付けてな」
「はい、先輩も」
気丈に、それでいてしっかりと疲労感あふれる背中を見せて先に帰る来栖の姿を、リンゼは静かに見送った。
そうして来栖の姿がすっかり見えなくなってから、リンゼも小鳥遊家の前を離れると、その足で近場のコンビニエンスストアに入る。
日付も変わった深夜に、制服姿の女子が入店したというのに、店員はいらっしゃいませと機械的な反応を返すのみで、早く夜勤が終われという虚無の視線でレジに立つのみ。
リンゼの他には数名の客しか居ない店内で、彼女は入ってすぐ右側にある化粧品が陳列されている棚の前に立ち、黙々と商品を眺め始めた。
するといつの間にか、リンゼの隣に立つ人影が一つ。
同じ様に化粧品を眺める──のではなく、しっかりとリンゼを見ながら、言葉を発した。
「ふぅん、あの人がアナタの『先輩』ねぇ。結構カッコいいんじゃない?」
その言葉に、リンゼは視線だけを向ける。
視界の端に映るのは、彼女と同程度の年齢と思われるワンピース姿の女子。
急に話しかけられたにも関わらず、リンゼは冷静に──そして、普段来栖を相手にしているときよりも若干だが低い声で、端的に言葉を返した。
「覗き見は良くないですよ」
「それが仕事みたいなアナタがそれを言う?」
少し大げさに、さながらアメリカンホームドラマの様な軽薄さで話す少女。
店内の全員に聞こえる声の大きさだったが、リンゼ以外に反応する者は誰も居なかった。
「……改めて、今回は急な連絡に加えて真夜中の依頼になってしまい、すみませんでした」
「良いわよ別に。距離は遠くなかったし、仕事の内容の割には報酬も色付けてくれたし。最近ちょっと人形の売れ行きが芳しくなかったから、渡りに船だったわ」
「そうですか。なら良かった」
「後は、まぁ、曲がりなりにも
そこから繰り広げられる会話は、常人が聞けば『ごっこ遊び』にしか聞こえない物。
しかし、仮にこの場に来栖か、あるいは鈴鹿や咲夜が居れば、たちどころに意味合いが変わる内容であった。
リンゼが作戦の中で、来栖達に明かさなかった『ナナの姿を模した人形の動きを止める手段』の正体。
来栖の目に一瞬だけ見えた、人形を動かす糸を切断せしめた『鎖鎌の様な何か』を操演していた者こそ、今リンゼと会話している少女だった。
そして、それはつまりノノが見様見真似で扱っていた『操演術』の、本当の使い手という意味でもある。
「……末端も末端だけど、在野に流れた人形使いの技術をパクるなんて、あの双子の片割れ、なかなかやるじゃない」
「とはいえ、さすがはドールマスター。
「あのくらい、アタシの妹でもできるわよ。……でもまぁ、大変なのはこれからよね。曲がりなりにも弐双の技術を、綾小路家が手にしちゃうワケでしょ?」
「その点については、きっと綾小路咲夜も無策ではないでしょうから。静観ですね」
「アタシとしては、その時点で面白くないんだけどね……まぁいっか。どうせ大したことないだろうし」
本来、自身の技術の一端が他所の家に、しかもあの『弐双の人間』ごと流れていくなんて言うのは、到底看過できない由々しき事態である。
しかして、今回はあくまでも末端の人間が辛うじて扱える程度の技術を模倣するだけ、言うなれば初心者用のレッスン本を更に低品質にした写本みたいなレベル。技術を遡って解析されるようなことは満に一つもあり得ない話。
ましてや、今回は一般人にすら手を焼いてしまう、およそお話にならないレベルの実力。
希少価値は確かにあるが、自身の存在を脅かす程の影響力は、無いに等しいだろう。
リンゼの言う通り、暫くは咲夜が──というよりも、綾小路家がどう動くかを、静観しておくのがベターである。
「それはそれとして」
人形使いの少女の関心は、別の話題に移る。
「……今回は随分と様変わりしてるのね、アナタ。声以外はまるで別人じゃない」
「まぁ、それも仕事の一環ですので」
「それにしたって、ガラッと変えすぎじゃない? 名前だって、リンゼにヒューベルブーフ? リンゼはまぁ、偽名として分かるとして、あとの名前はどうしてドイツ語なの?」
「気まぐれ、特に意味とか無いから。あくまでも円滑に仕事を進める上で行ったことです」
「ふ~~~ん?」
仮にこの場に、以下省略。
リンゼ・ヒューベルブーフという名前、口調、そして肩より長い亜麻色の髪をフィッシュボーンにまとめた容姿すら『偽り』であると知れば、
「じゃあ、彼を必死に助けようとしたのも、仕事の一環なのね?」
「えぇ。今回はそのために、
「あ、そうなんだ。最初からあの人がターゲット……そう」
もはや来栖が聞いたらどうこうではなく、夢見が聞いたらタダじゃ置かない会話になってきたが、この場にいるのは2人以外はボーッと雑誌を立ち読みしている男性と、死んだ目をしたコンビニ店員のみ。
誰も、何も、聞いてなど居ない。
「でも、ちょ~~~っと肩入れし過ぎじゃない? 彼に対する言動の端々から、なーんか別の理由をそこはかとなく感じちゃうのだけど」
「ご自由に感じて結構です」
「もしかしてぇ、ターゲットなのに一目惚れとかしちゃってたり?」
「……………………」
沈黙は金、という言葉が世の中にはあるけども。
時にそれは、何よりも強い肯定を意味してしまう時がある。
例えば、まさに、今この瞬間の様な──。
「え、嘘。何その沈黙。何その赤い頬」
「……ご自由に、感じて結構です」
「~~~!!」
夢見がこの場に居たとしたら、間違いなく『宗教ごっこ』が起こるだろう会話。
幸いなことに、それを耳に入れることが可能な
Chapter3:Past&Future
「あなた、また何かバカやったわね」
いつもの面会と孤児院──正しくはこの病院と併設している児童養護施設『
1階のフロアでベンチに座って休んでいる来栖に、
「藪から棒に何を仰るんですか、先生。この前に怒られてからこっち、ずっと真っ当な学生をさせて貰ってますよ」
「嘘ね。この前にあった廃工場の爆発、あれ絶対あなたが関わってるでしょ」
「先生ぇ……どうしたら一介の学生にあんな事できるんです? 言いがかりは止めてください、傷つきます」
「もう少し、自分と自分の周りの人間を客観的に見る能力を持ちなさい」
「見てますとも、特に今、眼の前にとびきり美人な女性が居ます」
普段なら絶対言わないような言葉を、来栖は臆面もなく先生に言い放つ。
「そんな事より、最近ちゃんと眠れてますか? いつもより少し、目の隈が濃い気が」
続けて出た、あまりにも露骨な話題逸らし。
先生からの追求も覚悟の上──というより、そういったやり取りを望んで口にした言葉だったが。
「……最近、ちょっと院内で人手が足りてないの。お陰でよその仕事が降り掛かってくるから、ただでさえ足りない睡眠時間が削られていく一方よ」
思いの外、先生は来栖の話題に食いつき──それだけではなく、普段はあまりしない弱音のような、愚痴のような事まで口にした。
話題逸らしがうまく言ったことよりも、これは珍しい──そう思った来栖は、純粋な心配も込めながら会話を続ける。
「有能すぎるのも、悩みどころですね」
「えぇ。だからくれぐれも、危ないことに首突っ込んで、仕事を増やすような真似だけはしないで頂戴ね??」
訂正する。心配する必要は皆無だったし、話題逸らしも特に成功しては居なかった。
「あはは、そこからそういう展開に話を振ってくる理由が分かりませんなぁ」
「だってあなた──」
あぁこれは駄目だ、逃げないと。
完全にここから先生のめんどくさい追求が続いてしまうのを確信し、どうにか撤退するタイミングを図ろうとし始めた、その矢先。
「おにいちゃーん! また来てくれたんだ!」
「おぅふ!?」
視界と意識の外側から、元気な声と猛烈な勢いとともに、少女が胸元に飛びついてきた。
みぞおちより少し上の辺りに衝撃が走り、ほんの一瞬、意識が飛びそうになるのを、来栖は『先生の前でみっともない姿は見せたくない』という男の子の意地だけで耐える。
「ふふふふ。ノノ、そんなにはしゃいでたら、また怒られちゃうわよ?」
飛びついてきた少女──ノノを軽く窘めながら、松葉杖でゆっくりと姿を見せたのは、ノノと似た風貌で腰に届くほどの銀髪を揺らす少女。
ノノの変装でも、よく似た人形でもない、正真正銘本物の『ナナ』だった。
「こんにちは、おにいちゃん。ご機嫌いかが?」
「見ての通りだよ、ナナちゃん……」
元気ハツラツなノノよりも、淑やかな挨拶をするナナに対して、未だに胸に顔を埋めてギューッとしてくるノノの(意図せぬ)攻撃のダメージでプルプルと小刻みに震えながら、笑顔で答える来栖を見て──。
「……アタシの睡眠不足の原因と仲良いんだもの」
先生は、よりいっそう疲れのを顔に出しながらそう呟いた。
病院の廊下。先日来栖がそうしてもらったように、咲夜の手配によって双子が入院している部屋までの道を、来栖が真ん中になって3人並んで歩く。
「ねぇおにいちゃん、聞いてよ! ここ本当に退屈なんだ! ちっとも遊べないし、みんな難しい顔してばっかりだもん」
「病院ってそういうところだから。君だって本当は大人しくしなきゃなんだよ?」
「えー、でもー」
「ナナちゃんだって静かにしてるんだし、もうちょっと我慢しないと、な?」
左隣で不満を漏らすノノを窘めるため、右隣のナナを例に出す。
ついでに、来栖はニッコリしながら自分を凝視してくるナナの容姿を見て、改めて思ったことを口にした。
「今更だけど、姿はノノが変装してたときと同じなんだ」
「そう? 見てみたかったわ。その時のノノの姿」
「声以外はそっくりだったよ、やっぱり双子だからかな」
後は、こうして捕まった時の怪我でまだおとなしい本物のナナとは違って、ノノが変装したナナはかなりアグレッシブだった。
……飛びついて不意打ち気味にキスなんて事、本物のナナはやりそうに無いだろう。
「それにしたって、ふたりとも、怪我の治りがありえないほど早いって先生驚いてたよ。外傷はともかく、
捕まったナナはもちろんのこと、夢見との戦闘、廃工場の事務所大爆発による衝撃、鈴鹿との削り合い。
双子の肉体に蓄積されたダメージは、見た目では判断できない部分に多く蓄積しており、来栖が言った通り普通の年相応のこどもであれば3ヶ月はおろか半年は入院必至。
ましてや、今こうしているように病院内をうろつける余裕なんて無いはずだった。……のだが。
「全然、こんなの怪我したうちに入らないのに」
不良品、失敗作と判断されてしまおうと、日本の裏社会において大きな存在感を持つ弐双の双子。
フィクションじみてるのは身体能力と戦闘能力だけではなく、治癒能力もだったらしい。
「でもこんなふうに心配されるなんて初めてだから、不思議な気分ね」
ナナがこそばゆそうに、くすくすと笑いながらそう言うと、今度はノノが、少しだけ真剣そうな口調で言った。
「ねえ、おにいちゃん、聞いても良い?」
「なんだい?」
「どうして、おにいちゃんは今も、ノノとお話してくれるの?」
「あー……」
急に真面目な話題ぶっこんでくるなぁこどもって。
そう思いながら来栖は、果たしてどう答えればいいかなと、事前に咲夜と交わした会話を思い出す。
『あの双子、偶然アタシが確保できたは良いけど、今も狙ってる奴はうようよ居るでしょうね』
咲夜から掛けてきた電話の中で、彼女はそう言った。
『だからといって、アタシやアタシの部下だけで手懐けるのは、正直厳しいわ。それこそ、手足だけじゃなく全身拘束でもしない限りは』
『それじゃあ、ナナを捕まえてた連中と変わらないだろ』
『そう。だから、アナタが手綱を握っていなさい』
『はい!?』
『救済★病み俱楽部、だったわよね?
『幾らでもあるわ! そんな勝手に何を──そもそも、俺達が何をやってるのかちゃんと分かってるのか?』
『ストーカー対策、不良退治、危険動物の捜索、その他警察を頼れない街の人々のお悩み相談、でしょう?』
驚くことに、羽澄からの依頼を除いた大体の活動内容を把握していた。
『よ……よくお調べになってて……』
『綾小路家のリサーチ力、舐めんじゃないわよ』
『いやだとしたって、何で一般人の俺にそんな大役任せようとしてんだ!』
『ナナの方は分からないけど、ノノはどういうワケかアナタに懐いてるから』
えぇ……そんな理由で?
そう口にする余裕もなくなってきた来栖。
『適度に相手して、ガス抜きするの。ね、簡単でしょ?』
『ま、待ってくれ。また俺にあんなおっかない隠れ鬼ごっこをやれって!?』
『バカね、そんな派手な事提案しなきゃ良いだけでしょう? 前後の話を聞いたら、普通の子どもの遊びでも満足するらしいじゃない。そういう遊び相手になればいいから』
『え~~~……』
『案外、ゲームでも熱中するかもわからないわよ? アタシは時間の無駄だからやる気ないけど、死にゲーなんていう、時間泥棒が世の中にはあるらしいし』
イライラしてゲーム機とテレビを破壊されないか、そっちの方がはるかに心配だ。
『もちろん、雑にアナタに放り投げるなんてしないわ。必要なものがあるなら協力するわよ。それこそ、遊びにかこつけて、アナタが欲しいものを買っちゃっても……程度によるけど構わないわ』
『……本気で、俺に任せようってか』
『はぐれとはいえ、あの弐双の双子のお守りなんて、アタシたち貴族でも叶わない仕事よ? この際光栄に思ったら?』
『俺にはもうその弐双が、とびっきりの大ヤクザにしか思えないって……』
きっと間違いなく、日本の犯罪組織を取り仕切る悪のシンジケート、カルテルのトップに違いない。
少なくともロクでもない人間の集まりであることだけは、絶対だろう。
……とはいえ、依頼にかこつけて色々買えるというのは、結構魅力的な提案でもある。
基本的に報酬を受けない方針の救済★病み俱楽部だが、今回は流石にそれくらいの役得が無いとやっていけない。
そろそろ発売される据え置き機の新機種や、注目の新タイトル──欲しいのを数えると枚挙にいとまがないのだから。
『分かった。……その代わり、条件がある』
『何かしら? アナタのお父さんの昇進?』
『いや、違う……ってか、そのレベルでも好き勝手できるって知りたくなかったわ……』
もし断ってたら、父親の会社での立場が危うくなってたかもしれないという可能性に、背筋が寒くなる。
『まず、新しい救済★病み俱楽部の拠点だ。あと、セーフティネットになる人材を手元に置きたい』
『……任せなさい、翌日にでも手配するから』
拠点については、このままだと夢見が『あたしの家にしよう?』とか言い出しそうで怖いから。
そして、今後双子の相手をすると言うなら、緊急脱出装置を用意して貰うとか──あるいは、常にボディガードを配備して欲しい。
そういった意味合いを込めた発言だったが、実際に快諾した咲夜が取った処置は──後日判明する。
「おにいちゃん? もー、おにいちゃんまで急に難しい顔になっちゃった」
「ああごめん、ちょっと言葉選びに悩んじゃって」
思ったより長考になってしまい、ノノが訝しげに顔を覗き込んで来た。
慌ててそれらしい答えを考えて──パッと思いついたアイデアに一瞬だけ苦笑すると。
この際だからと、思い切って口に出してみることにした。
「ノノ。それにナナちゃん。俺が君たちの相手をする理由だけど……ズバリ、君たちに俺の仲間になって欲しいからなんだ」
「うぇ? 仲間???」
「おにいちゃん、何かやってるの?」
「あぁ。ちょっとした街のトラブルシューター……お悩み解決をね」
双子の存在は危険に溢れているが。
実は、危険が常に纏わりついているという意味では、来栖は元々そうだったのだ。
小鳥遊夢見という、この上なく頼れるけれども、非常に扱いの難しい少女が、自分を好いているから。
そして、この双子──厳密にはノノは、自分では力尽くではどうもできない夢見と戦えるだけの能力を持っている。
夢見に対する牽制、という点では、この上なく頼れる存在は無いだろう。
言うなればそう──毒を持って、毒を制す。
「ふぅん、それって楽しい?」
「お悩みの内容次第かな。でも、退屈はあまりしないと思うよ」
危険な動物の捕縛、不良退治、双子が好みそうな危ない依頼も定期的に来るので、嘘は言ってない。
ただし、一つ彼女らに誠実に言わなければならない事がある。
「コレは見方を変えると、君達を捕まえようとしてた連中と似たようなことを求めてるワケだ。もしそれが嫌なら、聞かなかったことにしてくれ」
「……もし嫌だって言ったら、おにいちゃんはもう、ノノ達とお話してくれない?」
「いや、そんなことは無いさ。咲夜と一緒に居るなら会う機会も多いだろうから」
「もし、おにいちゃんの仲間になるって言ったら、もっとおにいちゃんと会える?」
「ちょっとだけルールが増えちゃうかもだけど、そうだね」
誠実に、正直に答える。
すると、双子は足を止めて、今まで見たこと無いほど真剣な表情で僅かな時間だが考え込む。
そんな姿を、3歩分だけ前に進んでいた来栖は静かに見つめていると、答えが出たナナの方から口を開いた。
「良いんじゃないかしら? おにいちゃんはあんな嫌ーな人達と全然違うと思うから、さんせーよ?」
「本当!? じゃあなる! おにいちゃんの仲間になるから!」
「そうか、やったぜ」
ノノとしては、ナナの気持ちだけが気がかりだったのか。
ナナが良しと言った途端、喜んでノノも提案に乗るのだった。
「それじゃあ、早く仲間になってもらうためにも、まずはここの生活を静かに過ごして、我慢だな」
「あぅ……分かった」
「あらあら、ノノに我慢ができるかしら?」
「ナナだって本当は退屈で死にそうだったじゃないかー!」
「君等が暴れると、俺が先生に殺されちゃうから……本当に静かにね、頼むよ」
間違いなく病院を出禁にされてしまうだろう。
来栖の人間関係の中で両親以外で唯一、全く勝てない大人のひとだ。できる限り、怒られる原因は作りたくない。
「……あの女の人、おにいちゃんを殺すの? だったら、ノノが先に始末しておくけど」
「嫌そうじゃないよ!? 今のはたとえ! すっごい怒られるってだけだから!」
思いの外、かなりヤバい方向で自分の言葉を受け取ったノノに焦りながら、早急に認識の相違を訂正した。
幼い情緒も原因だろうが、素直さだけでなく危うさに関しても、ある意味で夢見を超えている。
「……分かった、でも何か嫌なことされたら、教えてね? 二度と何も出来ないようにするから」
「大丈夫だから。殺気は出さなくていいから……ナナちゃんも止めてくれないかな」
「ふふふ、ノノがこんな風になる所なんて初めて」
「笑ってないで説得して!?」
双子の前では夢見のときよりいっそう、言動に気をつけなくては──そう心の中で固く誓う来栖であった。