TRACK1 平穏 Is 何処
我ながら、最近は怒涛の日々を過ごしたと思っている。
綾小路咲夜の転校から始まった不良たちとの大騒動、よくわからない双子との命がけの隠れ鬼ごっこ。
学園に大量の不良たちが襲来したり、救済★病み俱楽部の事務所が木っ端微塵に吹き飛ばされたり、よくもまぁここまで色々あったのに、俺は今日も高校生として普通に生活できているもんだと、半ば呆れているところもある。
出来れば、もうこの先は二度と大変な目に遭いたくないと、心の底から願っているのだけど。
「ちょっとアンタたち、かってにあたしのハサミ触るんじゃないわよ!」
「えー良いじゃんたくさんあるんだしー!」
「少しくらいナナ達が使っても困らないでしょう?」
「ダーツに使うためのもんじゃないのよ!」
──右を見れば、従妹の夢見がナナとノノ相手に激昂。
「おい金持ち、金貸せよ」
「……あなたは開口一番に何を言ってるの?」
「パチンコに取られてすかんぴんウォークなんだよ。ノブレスなんたらだろ? 頼むわ」
「馬鹿じゃないの、のたれ死になさい」
──左を見れば、バカ乞食が咲夜に物乞い。
「……はぁ。お茶美味しい」
咲夜が学園の部活棟内に新しく用意させた、『新生救済★病み俱楽部』部室の真ん中で、俺は現実逃避するように、一人でお茶を飲むのであった。
「おにぃちゃーん! おにいちゃんもノノと一緒にダーツで遊ぼう!」
「ちょっとノノ! アタシのお従兄ちゃんに触るんじゃないわよ! ぶっ殺されたいの!?」
「おにいちゃんもナナ達と一緒に遊びたいわよね?」
「ナナはさり気なく腕を絡めんな! アタシだってしたこと無いのに!!」
「来栖、あなたの親友なんとかしてくれないかしら。主に常識と倫理方面で」
「来栖~この金持ち金持ちのくせにケチなんだ~~!」
──平穏無事な生活は、遥か彼方の先にあるようだ。
「野々原くん、ソコ終わったら1階の調理室の蛍光灯も頼む」
放課後の視聴覚室、天井の蛍光灯の取り換えをしている俺に、今回の
「はい、わかりました」
「ありがとう、怪我しないようにだけ気をつけてな」
「はいー」
作業中だったため天井を向いてる俺は先生が教室を去っていく足音を聞いてから一旦手を止めて、額の汗を拭いながらため息をつく。
「はぁ……すっかりお手伝いさんになっちゃってまぁ」
ナナとノノの襲撃により、廃工場の事務室を拠点にしていた旧『救済★病み俱楽部』は事実上の消滅を果たした。
その後、ノノが俺に懐いているという理由で今後も定期的に相手をしろと咲夜に言われた俺は、咲夜に対して『新しい拠点を用意すること』『ナナとノノ(ついでに夢見)が暴走した際のセーフティネットを用意すること』の2つを条件として、咲夜からの『依頼』をのんだ。
その結果、まさかの学園の部活動として、部活棟の1室が与えられた上に、他校に在籍していた友人の鬼住山鈴鹿を転入させて、部員になった。
さらにさらに、ナナとノノまで中等部に転入し、ついでで咲夜まで部員になったことで、当初は俺と夢見の2人だけだったメンバーは、双子の騒動以前から加入していた鈴鹿と、ホームステイでの野原家に来ているリンゼを加えて7人にまで膨れ上がったのだ。
もとから居る鈴鹿やリンゼ、面倒を見る依頼を受けてしまった手前でナナとノノが新生救済★病み俱楽部のメンバーになることはこの際良しとする(当然夢見は断固反対だった)。
しかし、夢見と馬が合わないのは僅かなやり取りの中で充分に分かったはずだし、何よりも鈴鹿には煮え湯を飲まされた経験があるにも関わらず、どうして咲夜まで入るのか疑問だったが。
『学生で部活動や委員会に所属していないってだけで、変な因縁付けてくる奴が世の中に入るのよ。やれあそこの子は不真面目だ、うちの子は忙しくても部活動や委員会に積極的で、社交的だ……なんて言ってね。戯言も良いところだけど、綾小路の基盤を作っていくにはそういう些末な細部にも目を向けないと駄目なの』
つまるところ。
他所からの評価を上げる手段として、救済★病み俱楽部を利用しているわけだった。
『あなた達は場所を得る、あたしは煩わしい連中から重箱の隅をつつかれる事がなくなる。Win-Winでしょう?』
確かにWin-Winなので、反対する気にもなれないのが上手いと思った。
なるほど金持ち、ないし権力者というのはこうやって利用される側にもメリットを与えるのだろうと、非常に勉強になったよ。
「やっぱり面白くない! なんであたし達がこんな事しないと行けないわけ!?」
俺と一緒に天井の電灯を取り替えていた夢見が、自分の仕事を終えて我慢の限界を越えたのか、はしごから降りて早々に不満を爆発させて文句を喚き散らす。
「用務員の人がギックリ腰になったからって、あたし達が全部代わりにやる必要なんてないよね? というより、あのおじいちゃん一人に全部まかせたって、この学園ちょっとおかしいんじゃない?」
「部分的には同意しちゃう事を言うのはやめるんだ夢見」
確かに高齢の男性一人に任せる仕事量ではない。普段からワンオペなのか、たまたま今日だけは一人だったのか、学園の闇がそこはかとなく感じられて嫌な気持ちになりそうだ。
「あたしはお従兄ちゃんのカッコいい姿が見たくて病み俱楽部やってきたのに、こんな大人の都合いい小間使いみたいなのばっかり……これもあの女が余計な事したから……!」
「夢見、ステイステイ。思考と口より先に手を動かせい」
コレ以上行くと危険な方向に考えを張り巡らせて行きそうだな、この子。
いや、普段から危ないことしか考えて無い気もするけどさ。
「でもお従兄ちゃん、お従兄ちゃんだってこんな事したくて救済★病み俱楽部始めたわけじゃないでしょ?」
「そうだけど、引き受けた事は最後までやりきらないとだろ?」
「うぅ……お従兄ちゃん、こんな時まで真面目なんて」
「真面目に黙々と働く俺の姿はカッコ悪いか?」
「そんな事無い! カッコいいっていうか下から見上げるお従兄ちゃんの姿ってレアじゃない!? 撮らせてスマホで良いから!!」
「はいはい。スマホ以外で
急に興奮する患者──みたいにテンション上げてパシャパシャ写真を撮り始める夢見。
夢見の
「さて。これで全部終わったよな」
先生から頼まれた教室全部の蛍光灯を交換し終わらせて、片付けも終わらせた。
やることは無くなったが、まだ時刻は18時。あと1時間は残っているし、一旦は部室に帰ろうかな。
「部室に戻ろうか」
「うん……あの部屋を部室って言いたくないけど」
「まだ言うんだから」
「卒業するまで言うかも」
「やめんさい」
このこの場合、本当に一生恨みを抱いてもおかしくないからな。
「──あ、野々原くん、ちょっといいかな!?」
「うぇ?」
2人で部活棟までの道を歩いていると、後ろの廊下から女性の先生が駆けよってきた。
俺達の前にまで来ると、よほど慌てて居たのか。
「ちょっと……たす、けて欲しいんだけど……」
膝に手を付けて、肩を大きく揺らして呼吸しながら、カスカスの声で言った。
「あれ、渋谷先生? どうしたんですか。汗でメイク落ちちゃいますよ」
「お、落ちないわよ……」
息も絶え絶えながらしっかり夢見のチクチク言葉に返事したのは、渋谷先生。
夢見のいる中等部に務める先生だが、新生救済★病み俱楽部に今日の依頼をした先生の一人だ。
確か、この先生から請け持った依頼は『校内に出てきたネズミ退治』だったかな。
そんなの業者に頼めよと、あわや口から出そうになったのを我慢したけど。
人員の配置は部長(建前でも)である咲夜が指揮したので、誰が担当したのかは知らないけれど、残ったメンバー的に鈴鹿じゃないかな。
ネズミ退治なんて、衛生的に良いとは言えない内容にはピッタリだ。なんせスクラップ置き場なんて最悪な環境に長期間居ながら、飲み食いもせず埋まってたくらいだからな。
仮にネズミに噛まれたって、細菌の方から恐れをなして身体から出ていくだろうさ。
解決は約束されたような物のはずだが、渋谷先生の慌てようから見てトラブルが起きたのは間違いない。
トラブルシューティングが仕事なのにトラブルメーカーになるのは本末転倒だが、あの馬鹿力のことだ、恐らく校舎の設備を破壊したりしてるんだろう。
あんまり聞きたくないけど、仕方ないので伺うことにします。
「何が起きたんですか? 馬鹿の鈴鹿が何を破壊したんでしょうか?」
「え? えっと、何も破壊はしてないんだけど……現場に来てくれた双子の、最近転校してきた弐双さん達が──」
あぁヤバい、よりによって鈴鹿のほうがマシな采配してやがったあのお嬢様!
よりによって、よりにもよって、あの双子にネズミ退治を任せてやがった!
「ネズミを退治してくれてるんだけど、ワザと逃がして追いかけっこしたり、他の生徒が見てる前で酷い殺し方したり、ネズミの死骸を校舎裏に吊るして寄って来たカラスを襲って、怒ったカラスの群れと戦い始めたり……もう混沌なのよ」
「………………」←絶望の表情で失神しそうになるのを必死に堪える俺の沈黙
「………………」←問題を深刻化させた双子への怒りを必死に噛み締める夢見の沈黙
これはひどい。
見る前から現場の惨状が簡ッ単に思い浮かべてしまう。
「私じゃもう手に負えなくて……センパイのあなた達から止めるように言って頂戴! 正直首チョンパされてるカラスが頭から離れなくて先生もう無理……トイレ行ってくるから、お願いね……場所は中等部の裏だから……うっぷっ」
「あ、ちょ!」
よっぽど酷いものを見たのだろう。先生は最後こちらの返答も聞かないまま、急いで近場のトイレへと消えていってしまった。
「夢見どうしよう、俺行きたくない」
「あたしも嫌だけど、行かないとお従兄ちゃんと救済★病み俱楽部の評判がダダ下がっちゃう」
「それってイコール咲夜の評判も落ちるから良くね?」
「結果だけ見れば放置で良いけど、お従兄ちゃんとあたしが作ってきた物が悪く思われる方が嫌だから」
こういうときだけちょっと嬉しくなるような、健気な事を言い出す夢見に参っちゃうね。
「じゃあ、止めに行こうか」
「何を使ってネズミとカラスを殺してるのかで、お仕置きのレベルを変えないとね」
せめて、後片付けが楽な状況であって欲しいと願いつつ。そんな願いは絶対に袖に振られるだろって確信も持ちながら、俺達は急ぎ現場へ向かうのだった。
更新頻度を上げる試みの一つとして、今回から1話1話の文章量を少なくしてみます