モチベが湧いてるうちはたくッさん書ける
現場は、俺の中にあった『想像上の最悪』ですら『最もマシ』と感じてしまうほどの惨状になっていた。
「あははは! もうおしまい?」
「この程度じゃ物足りないわ。もっと仲間を連れてきなさい」
濡羽色と称される羽毛が宙に四散し、地面には鮮血に染まった死骸が辺り一面に散らばっている。
その、地獄の再現かのような中心部で向き合いながらせせら笑うのは、見覚えのあるハサミを握りながらカラスをいたぶる、体操服に身を包んだナナとノノだ。
左手で首根っこを捕まれ、足掻く程度の抵抗しかできないカラスのくちばしの中に、右手に持つハサミの切っ先をねじ込み、グリグリと回し、苦しむ反応を心底楽しんでいる。
あぁ、それは確かにこんなの見せられて、真っ当な神経をした人が正気を保っていられるわけ無いよね。
正直俺も、胃液が逆噴射をスタンバイしている。このまま何もせずに学園を去りたいくらいだ。
しかし、そうは問屋がなんとやら。俺はここで立ち退くわけには行かないのだ。
救済★病み俱楽部の副部長だから?
最初に立ち上げた人間としての責任があるから?
咲夜に押し付けられた形とは言えナナとノノの面倒を見る立場だから?
全部その通りだが、全部違う。もっとシンプルな話、ここで俺が何もしないと──、
「……なにをしちゃってるわけ? あんた達。しかもそれ……あたしが部室に置いてるハサミよね……???」
──俺がここで何もしないと、大きめの死体を2つ増やしてやろうかと言わんばかりの殺意を放出している隣の従姉が何をしでかすか分からないからだ。
「おかしいな~とは思ってたのよ。ハサミの数が絶対に足りないなぁ、家から持ってきたはずなのになぁ、気の所為だったかなぁって。でもあたしが自分のハサミの本数を見間違えるはずがないし、用具箱には鍵がかかってるから誰も取ろうと思わないハズだし、なんでかなぁって……」
「ゆ、夢見。落ち着け……」
完全に虹彩が消えた漆黒の瞳でブツブツ独り言を始めた夢見の右手にいつの間にか──というかどこから──双子が持つものより更に一回り大きくて切っ先が長いハサミが握られているのを見て、狂気に飲まれそうだった意識が正気を取り戻す。
「そしたら、何? いつの間にかあたしのハサミを使って、しかもやってることがネズミやカラスを殺す? ねぇ誰がそんな風に使っていいって言ったのよ。誰も言ってない、うぅん誰かが良いと言ってもあたしだけは絶対に認めないし許さなぁい。あ、お従兄ちゃんだけは別ね? でもお従兄ちゃんはあたしが嫌がるような事をわざとしないからお従兄ちゃんのせいじゃないのは確定でしょ? だったらもう、そういうことじゃない……」
マジでこいつの肺活量どうなってんの? なんて頓珍漢な感想を抱いてしまうくらいにべらべら、早口を淀み無い滑舌で一呼吸も無く口にしたあと。
「──もう、殺すしかなくなっちゃったね……?」
右手に握っていたハサミと同等のサイズの物を、左手にも出現させながら、双子に向かって歩みだした。
い、行けない! 夢見は怒りのあまりに、ここが学園だということを忘れて刃傷沙汰を起こす気だ!
ここじゃなかったら良いって話じゃないけど、前回の騒動から双子も殺し合い上等なのは分かりきってるので絶対に乗るだろうし、何より事後処理が今より遥かに面倒になる! タダでさえ既にもう動物の死体処理確定で最悪なのに!
「お、落ち着け夢見!」
慌てて夢見の前に立ちふさがり、制するように手を前に出しながら声をかける。
しかし、いや当然のこと、そのくらいじゃ夢見の足は止まらない。
「どいてお従兄ちゃん……あいつら殺せない」
「やめろ、やめるんだ夢見ぃ! それ以上怒気を高めるな!」
「ごめん無理!」
「あぁう!」
RAINでメンヘラ彼女を振る彼氏みたいな断り文句を言って俺を押しのけた夢見。
尻もちをついた俺は、地面に手を付けた場所の直ぐ側にもネズミの死骸があるのに気づいて、一瞬夢見を止めるよりそっちに気が向いてしまい、再度彼女を止めるのに動き出しが遅れてしまう。
「あんた達、今度こそぶっ殺してやるんだから!!」
邪魔する俺がいなくなり、一気に双子に向かって駆け出す夢見。
「あら? ハサミのおねえさんがこっちに向かってくるわノノ」
「本当だ。でもナナ、おねえさんなんかすごい怒ってない?」
対するナナとノノも、夢見の接近と迸る殺気に気づくやいなや、死にかけだったカラスを手放して。
「ひょっとして、カラスの代わりに遊んでくれるのかしら?」
「この前はノノだけだったけど、今度はナナと一緒に遊んでくれるみたいだね!」
「嬉しいわ、ふふふ」
「楽しいよ、あっははは!」
相変わらず異次元の解釈で夢見の殺気に、無邪気で応えようと臨戦態勢に移る。
始まる前ならともかく、一度狂気と凶器を持ってぶつかり合う三人を物理的に止める手段を、俺は持ち合わせていない。
幸いまだ校舎裏というのもあって他生徒の姿は見えないが、渋谷先生が復活してこの惨状を見れば、救急車やパトカーが出動する事態になるのは避けられないだろう。
「もう駄目だ、何もかもおしまいだ」
呆然と3人のハサミがぶつかる瞬間を離れた場所から見るしかできなくなった俺がそう呟くのと、ほぼ同時に。
『──ッ!!!??』
視界の端から、何か──俺の目には大きなビニール袋に見えた──が、夢見たちの間に勢いよく飛んできたかと思えば、破裂音とともに弾け飛んだ。
「な、何よ! また小麦粉!?」
「違うよぉ」
「じゃあ何よこれ!! あんた達がやったんでしょ!」
「ナナもノノも知らないわ。お空から降ってきたみたいだけど」
何故小麦粉が真っ先に出てきたのかは知らないが、夢見の言葉はいずれにせよ間違い。
3人の周りに爆発四散したのは、ビニール袋やしわくちゃの紙等と言ったゴミだ。
そして確かにナナの言う通り、今のビニール袋のような物は上、もっと正しく言えば俺達の背にある校舎の方から投げ込まれたように感じた。
そんな俺達の考えを肯定するかのように、聞き馴染みのある声が、校舎の窓から聞こえてきた。
「こらー。はしゃぎ過ぎダゾ!」
校舎裏に面している3階北側の窓から、3人を窘めるように口にしたのは、かつてこの中等部校舎で中学生時代を過ごし、新生救済★病み俱楽部の新メンバーであり、俺の親友である馬鹿こと鬼住山鈴鹿だった。
「まったくもー、人が真面目に思い出の校舎内をさすらって、後輩のゴミ袋を集めまわってたのによォ。何をしてんのぅ、君ラは?」
「うっ……確かにその通り過ぎて何も言えない」
「あの人、苦手だ……」
バカの最先端をひた走っている鈴鹿だが、その口から発せられる正論はあまりにも真っ当過ぎて、双子はもちろんのこと、普段なら鈴鹿を嫌っている夢見でさえ返す言葉が出てこない。
曲がりなりにも川國どころか、関東全域を回って不良退治に勤しんできただけあって、根は真面目らしい。
「ふっ…………とォ」
階段を踊り場まで飛び降りるような気軽さで、窓から身を飛び出して五体投地しながら俺達の前まで来ると、チラッと俺を見てウインクしてから(キモッ!)スタスタと3人のもとへ向かい。
「はい、お前ら自分で片付けなさい。俺も手伝ってあげっから!」
ポケットから取り出したビニール袋を突き出して、お片付けを命じるのであった。
「……納得行かない、あたしは完全に巻き込まれただけなのに」
「まぁまぁ、俺も巻き込まれだけど手伝ってるんだし、ここは抑えて」
「うぅ……お従兄ちゃん、ごめんね。あたしがあの全身単細胞を黙らせれば……」
どうやら夢見も気を張ってる鈴鹿に危害を加えることは困難らしい。
それつまり、今回のように夢見が暴走したときのセーフティとして鈴鹿が上手く機能している事の証左であるので、実は喜ばしいことである。
咲夜が俺の要望にしっかり応えてくれたという意味でもあるので、まぁ、こういう的確な人選が出来るのに何故よりによってナナとノノに『生き物の命を奪う仕事』を任せたのか謎だな。
後で、ちゃんとその意図を尋ねる必要がありそうだ。彼女は抜けてる所はあっても
「まだこのネズミ、心臓がピクピク動いてるよ!」
「本当ね、あとどのくらい動けるかしら。見てみましょう?」
「おみゃーらの前世は徳を積んだ毒蟲か! さっさと介錯して片付けんサイ!」
『……はーい』
「おぉ…………」
素晴らしい、ナナとノノも鈴鹿の言う事を素直に聞いているではないか。
ナナはともかく、ノノは鈴鹿と直接対峙して文字通り武器の刃が立たなかった経験があるから、夢見以上に反抗できないんだと思われる。
相変わらず夢見から無断借用したハサミを使って、自らが殺した動物たちを突き刺し、ゴミ袋に詰めていく。
それはそれとして、嫌々渋々やってる夢見や俺と違い、片付けも案外ノリノリなようで、ナナ達はどんどん死骸を回収していき、日が暮れる前に散らばった羽根含めて袋に回収したのであった。
流石に細菌の問題もあるから、大量の生き物の死骸が詰まった袋をそのまま処理するわけにも行かないため、そこからは咲夜に連絡してお金持ちパワーに頼ることに。
『一体全体、何をどうしたらネズミ対峙がスプラッターになれるの!?』
現場に赴いた咲夜は開口一番、至極真っ当過ぎて平々凡々な事を口にしたけれども、もとはと言えばナナとノノに任せた君が全部悪いので、責任を持って業者への委託を押し付けるのであった。解決解決。
これは後日の話だが、咲夜が気を回してネズミやカラスの血が染み付いた現場の土を、全部ごっそり変えたと聞いて、彼女のアフターケアの本気度に感心したのはここだけの話。
「……ふぅ」
中等部校舎裏の一騒動から十数分経ったあと。
全員で部室に戻ってから、ワチャワチャと会話する部員たちの声をBGMにしながら、部活動日誌を書き込んでいく。
廃工場で活動していた時と異なり、学園の組織となった今、他の部活動と違い大会やら発表会がない分、活動としての功績を残すために、学園側から求められた日々の必須項目である。
部長の咲夜がすべき業務だと思うが、補佐をするのが副部長だという咲夜らしい理屈で押し付けられている。
依頼が全く無い日は日誌を埋めるのに苦難するが、今日のようにやる事があった日は簡単なお仕事だった。
……最も、ナナノノがやらかした事を素直にそのまま書き込むのは無理に決まっていたので、そこだけはどう誤魔化すか悩みどころだが。
「新しい病み俱楽部の活動はどう、悪くないでしょう?」
書いてる途中で咲夜が話しかけてきたので、ペンを走らせる手を止める。
こういう時、必ず咲夜に夢見が食ってかかるものだけど、今日はナナとノノ相手に二度とハサミを勝手に持ち出すなと説教するのに忙しいらしく、気づいていない。
ちなみに、鈴鹿はやる事終わったならそれまで、とさながら職人ばりに今日は帰宅済みです。
ですが俺は知っています親友なので。
アイツはどうせ年齢詐称でパチスロに行ってます、いつか捕まれあの馬鹿。
「悪くないけど、忙しすぎる。誰かさんのせいでやる事が一気に増えたから」
「それを器用にやり過ごせるのが、あなたの強みでしょ?」
「何を根拠にそんなことを」
「不良の大群相手に立ち回るよりよっぽど楽じゃない」
「いや……確かにそうだけども」
それは極論の域に近い話だろ。
「それより、問題を生み出さない方が大事だ。どうしてあの2人にネズミ退治なんて任せたんだよ。あわやスプラッター劇場になる所だったじゃないか」
「もうなってたわよ」
「なってたけどさ。咲夜なりに理由があると思わないと、あの人選には納得できないし、今後同じような事が起きても、後処理に困るのは俺達だぞ?」
「もちろんあるわよ、聞きたい?」
「聞きたいから質問してる」
「そう。なら特別に教えてあげる」
いちいち勿体振るなぁ、とは思っても口にも顔にも出してはいけない。
「1つはガス抜きね。ほら、あの2人は出自が出自だから、どうしたって何かを加害しないと気がすまない所あるでしょ?」
「ああ、なるほどな」
遊びと称して平気で血が流れることを楽しめる子達だ。
元々が人間兵器として生み出された失敗作と聞いてるが、その在り方に身も心も長く染まっていたのだし、平穏な社会に居るにはある程度の殺生も必要……だと。
「でも、それじゃあ何時かエスカレートしてしまうんじゃ」
「分かってる。だからこそ2つ目の理由。組織に属して依頼という形で『限られた条件の中でのみ自分の力を振るう』って環境に慣れさせるの」
「……なるほど。流浪の兵器に社会性を与えようってワケか」
「正解。最も、一朝一夕で済む話じゃないわ。時間は掛かるでしょうけどね。でも……」
そこで一旦言葉を止めて、咲夜は双子と、双子に正座させて説教している夢見を見ながら言葉を続ける。
「ここには、あの双子の
聞けばなるほど、咲夜は結構本気で双子の更生を考えているようだ。
夢見と鈴鹿が居れば、ナナとノノも常に2人を意識しつつ行動する機会が増えていくだろうし、必然的に今回みたいに過激な行動も減っていくだろう、と…………。
咲夜にとっての新生『救済★病み俱楽部』は、彼女の社会的評価を上げるための舞台装置であり、同時に双子の矯正施設ってわけだ。
「でも咲夜、それだってまだ不安定だ。幾ら双子と戦える人やガス抜きがあっても、本当にそれだけで大人しく此処に居続ける保証は無いだろ?」
双子が此処を『つまんない場所』だと判断すれば、簡単に去っていくのは想像に難くない。
現在は咲夜が自身の家(というか屋敷)に住まわせているようだが、脱走なんて造作もない事だろうし。
「それはないでしょう、あなたが居るんだから」
「いや俺はこの中じゃ1番非力だぞ、無理に決まってるだろ」
腕力で言えば咲夜が1番非力だろうが、財力も絡めば俺がワーストだ。
「……そう。あなた、結構頭は回るのに
「……?」
急に呆れた目で見てくるが、何か俺は見落としているんだろうか。
「良いわ、別に。とにかく、あの2人が失敗作の兵器から真っ当な兵器になるかは、あなたに掛かってるんだから。
「……了解」
「あ、そうそう。だから、さっきのスプラッター劇場にもそれらしい理由を書いておくのよ。活動日誌は学園に残るのだから、あなたの文章が今後の綾小路咲夜像を形作ると思いなさい」
「委ねるなよ、そんな大事なものを」
「あなただから委ねてるのよ」
「だからなんでだよ」
「……なんで分からないのよ」
分かるわけ無いだろ、と言い返そうとしたが、会話はここまでよとばかりに学園内にチャイムが鳴り、続いて下校を促すBGMが放送された。
時計を見れば確かに、18時50分で部活動終了の10分前だ。特別な事情がない限り校内の生徒は全員帰らないといけない。
「時間ね、じゃあ、今日は帰るわ。また明日」
そう言って、双子を引き連れて帰る咲夜。
「また明日、会いましょうね」
「おにいちゃん、またねー!」
20分くらい正座してたのに全く痺れてない様子で咲夜の後をついて行くナナとノノ
「お従兄ちゃん、一緒に帰ろう? 何なら2人で寄り道下校デートとかしちゃうとか!」
そして、双子への説教による疲れなんて微塵も感じさせない夢見が下校を促したが。
「すまない、ちょっと今日は日誌書くのに苦労しそうだから、夢見だけ帰ってくれるか」
「えー、そんなの明日でもいいよ。あっそうだ、あたしも待つよ?」
「職員室に提出しないとだからさ。俺以外にも7時以降残ってる生徒がいたら評判落ちちゃうし」
「もう。お従兄ちゃんったら本当に真面目なんだから。どうせ
「そう言うなって……、放課後デートはまたの機会な」
「えっ本当!? 嘘ついたら許さないからね!?」
「本当だって、会話の中でサラッと脅迫するな」
「だって最近ずっとお従兄ちゃん忙しいから、2人でいる時間滅多に取れてないんだもん! やったぁ~お従兄ちゃんとデートの確約~!」
迂闊なことを口にしたかもだけど、それこそガス抜きが必要な部員は夢見も同じだから。
「お従兄ちゃん、絶対だからね! なかったことにしちゃ駄目だから!」
「分かってる、だからほら、今日はおかえり」
「は~い! また明日ね、気をつけて帰ってね、お従兄ちゃん!」
「お互いにな」
最後の方は慌ただしかったが、夢見もようやく部室を後にしていった。
「さて……書くかぁ」
ようやく集中出来る環境になったので、あとは止めてたペンを走らせるだけ。
咲夜の評価にも影響すると言うんだから、ありのままを書くわけには行かない。かといって露骨にバレるような擁護もダメ出し……どう書くものか。
散々悩んだ結果、最後には『ネズミを餌にするカラスが最近増えており、その糞や校舎設備への悪影響を鑑みてやむなく
実は本当にカラスによる生ゴミ袋荒らしが問題になりかけてたらしく、職員室に提出したら少し感謝までされたのであった。
それで良いのかと思うところもあったが、まあ咲夜の評価はプラスに働いたようだし、俺たちの存在も肯定的になったっぽいので、今回は良しとしよう。うん。