ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRUCK5 ホール In ワンダー

 当初の思惑とは大きく異なり、鈴鹿お手製のキャベツ盛々な広島版お好み焼きをたくさん堪能出来た。

 それ自体は良かったし、ナナとノノの情操教育にも繋がったので万々歳だったのだが。

 午後の授業が死ぬほど眠くなったのは、大きな誤算だった。

 いつもなら午前中に終わることが多い体育が、珍しく6時限目という変則的時間割じゃなければ、きっと俺は睡魔に完全敗北していたに違いない。

 

 そんな危機的状況もどうにか乗り越え、放課後を迎えたわけだが、一難去ってまた一難とはよく言ったもので、本日二度目の救済★病み俱楽部・部室に入った俺を、従妹の夢見による尋問が襲った。

 

「お従兄ちゃ~ん、もしかしてぇ、お昼に部室(ここ)でお好み焼きとか、食べた? 食べたよね?」

 

 できるだけ消臭ケアはしたつもりだったが、夢見の鼻は誤魔化せなかったらしい。

 ニコニコと朗らかに聴いてきてるが、声色からは怒気が滲み出ている。

 

「……ダメだった?」

「うん、だめ~~~!!!」

 

 顔の前で腕を交差し大きな『バッテン』を作る夢見。

 動作は可愛らしいが、俺にとっては死刑宣告一歩手前みたいなもんだ。

 だって──。

 

「それってお従兄ちゃん一人で食べたんじゃないよね? ()()()()からも同じ匂いがするもん……」

 

 そう言ってぐいっと俺の胸ぐらを掴んだと思ったら、そのまま一気に眼前まで引き込むと、深淵のような瞳で俺の眼球をまっすぐ見つめてくる。

 夢見が言う『アイツら』が誰を指すかなんて、今更考えるまでもない。

 

「お従兄ちゃんが作って振る舞ったの? それともアイツらが作ったのをお従兄ちゃんが食べたの? どっち、ねぇ、どっち?」

「後者です」

「ふーん。そうなんだ。お従兄ちゃん、お昼ごはんにアイツらが作ったのを食べたんだ。へぇ~……そうなんだ……ふ~~ん」

 

 狂気と正気のラインを反復横飛びしている声色、久しぶりだ。

 渚とストーカーを誘き出す作戦で、偽デートしたとき以来のキレ具合してるなこの子。

 

「夢見……今回はお昼に食べるものが無くて困ってる俺が助けられたんだ。怒らないでほしいんだけどな」

「あのね、お従兄ちゃんがお昼休みにお好み焼きを勝手に作って食べるのは良いの。ちょっと不良だけどそれも普段と違うお従兄ちゃんでカッコいいでしょ? でもぉ、馬鹿男と、イカレ双子が作ったモノをお従兄ちゃんが食べたって言う事実が許せないの。だってそうでしょう? あんな脳みその容量が足りない((社会性フィルター))が作った料理と呼ぶことすら悍ましいモノを、お従兄ちゃんが口にするだなんて。そんなのお従兄ちゃんの口内と舌と食道と胃と腸とその他臓器全部に対する冒涜だも~~ん! ね、お従兄ちゃんもそう思うよね?」

 

 そう思ってるなら始めから食べようとしないから。

 という言葉を、どうやって夢見を刺激しない形で伝えようか悩んでいる所を、先に部室に居た鈴鹿が空気を読まずに割り込んできた。

 

「失礼なことを言うなユメミン! 俺の作るお好み焼きは鉄板焼きの本場広島でこの道7年の親方から教わった正真正銘の『お好み焼き』だ! 他人様に食わせて恥ずかしいことなんか何も無い!」

 

 鈴鹿の矜持は分からなくもない。

 分からなくもないが、いま現在夢見がキレてる理由とあまりにも趣旨が離れているので、火に油を注ぐ行為にしかなっていない。

 あと、7年は短くないけど、正直何か微妙だよ。

 案の定、鈴鹿の発言に対して夢見が取った行動は極端にバイオレンスなものだった。

 

「五月蝿いのよ、この野蛮人!」

 

 くるっと踵を返し、大きく振りかぶりながら鈴鹿に向けて何かを投げつける。

 いや、この場合彼女が投げつけるのは『ハサミ』に決まっているんだが、ノノからの攻撃も撥ね退けた今の鈴鹿にハサミなんか投げつけても意味ないだろう。──そう思っていた俺の予想と裏腹に、

 

「……あっぶねェェ」

「──チッ、相変わらず獣並みの危機察知能力ね」

 

 自分の顔面、とりわけ額に向かって飛んできたハサミを──そう、たかがハサミを、鈴鹿はすんでの所で顔を右に傾けることで避けた。

 受け止めるのではなく、避けたのだ。

 

 今の鈴鹿ならそのまま受け止めても平気で跳ね返せるハズ……だったが、その判断は非常に正しかった。何故なら、

 

「……ビックリしたぜ。ユメミン、随分と良いハサミ持ってるじゃないの」

 

 そう語る鈴鹿の左頬から、一線の血が滲み出ていたのだから。

 

「……マジか」

 

 正直、ビックリした。

 もとから頑丈なのに、廃棄物の園(スクラップ・ヘブン)で再会してからはノノのナイフすら簡単に通らない鉄壁の皮膚を誇っていたあの鈴鹿が、いくら至近距離からの投擲とは言え、ハサミの切っ先に掠っただけであっさりと出血するだなんて。

 

「良かったぁ。最近妙に硬くなったアンタ用に、そのハサミは()()()()()()。ちゃんと歯が立って安心しちゃった~~」

「オイオイ……なんだよユメミン、この()()()()()()は。並の石で研いでもこうはならねえよ、丑の刻参りじゃねぇがお前さん、一体どんな怨念(いし)で研いできたんだ?」

「答える義理があるの? アンタみたいな猿に。あとその馴れ馴れしい呼び方もいい加減やめなさい」

 

 そう語る夢見の声色は底冷えする程に冷たいが、対照的に表情は忌々しい存在に有効打を与えられた事実が嬉しくて、ゾッとする様な笑みを浮かべている。

 

「──ということでお従兄ちゃん? 次からお昼に食べるものが無いときはあたしに相談してね? 次にコイツラが作ったモノを安易に口にしたりなんてしたらぁ……アタシ、許さないからっ♪」

 

 あざとい言い方をして可愛い子ぶるが、もう既に怒ってるだろ。

 

「分かった……同じことが今後起きたら、まず夢見に相談するよ」

「うん、約束だからね! 絶対だからね!」

 

 押し切られる形になったが、要は今後どんなに気が進まない残り物しか購買になくっても、我慢して買えばいいだけの話だ。そう思えば大した約束でもない。

 

 

 

 ──とまぁ、放課後早々に物騒な会話とやり取りが交わされたが、それもおしまいとばかりに部室の扉からガチャリと音が鳴り、部長の咲夜が入ってきた。

 

「あら、感心感心。リンゼ以外は全員揃ってるのね」

「揃ってるけど、それがどうしたのよ。だいたい、お従兄ちゃんと同じクラスなのになんで最後に来るわけ? お従兄ちゃんと同じクラスなのに」

「……ちょっと何? もう怒ってるじゃない。思春期より先に更年期が来たの?」

「誰がなんですって?? あんたよりずっと若いんだけど???」

来栖(あなた)、従妹の情緒管理くらいちゃんとしてなさいよ」

 

 噛みつくような目で睨む夢見を華麗にスルーして、何故か俺に文句を言う咲夜。

 そんな夏服で真冬の八甲田山を登頂しろっていうレベルの、不可能なことを言うな。

 

「あたしが遅いのは当然でしょ? 部長っていうのはそういうものなんだから。重役出勤よ、わきまえなさいヒラ社員」

「だ、れ、がヒラ社員だって言う気かしらこの勘違いお嬢様。ねぇお従兄ちゃん、今からでも良いからこの自分を人間だと思い込んでるまな板捨てない?」

「誰の何処を指してまな板って言ってるのよ、この常時脳内淫乱ピンク!」

「お、喧嘩か。喧嘩なのか。なら俺はユメミンに付くぞ。綾小路には借りが残ってる」

「じゃあノノは咲夜の方! ナナはどうする?」

「そうねぇ……面白い方に付きたいわ」

 

 さっきよりも更に混沌とした流れになって行きそうだったが、それを許す咲夜ではなかった。

 

「──そうじゃなくて!!」

 

 パンパン、と手のひらを叩いて話の流れを切る。

 

「依頼が来たから準備するわよ! 自分の荷物用意しなさい!」

「ん、まだリンゼちゃんが来てねえけド?」

「彼女は今日も休みよ、所用があるから」

「えー、マジかヨー!」

「マジよ、良いから準備なさい」

 

 そうか、リンゼは今日も居ないのか。

 というかそもそも、彼女がこの部室にいる時を俺はほとんど見ていない気がするな。

 部活動になってまだ1ヶ月も経ってないから、ほとんど見てないって言うのは早いかもしれないけど。

 

「咲夜、荷物と言っても俺たちは帰る用意しか無いけど、何か他に持っていくべき物はあるか?」

「いいえ、自分の帰り支度だけで充分よ。今日は校外活動の後、直帰だから」

「校外活動、そんなのあるのか」

 

 驚いた、てっきり校内でしか活動しないと思ってたから。

 言葉にせずとも表情で俺が驚いているのが分かると、咲夜は得意げな笑みを見せて言った。

 

「当たり前でしょ? 元々あなた達は学校の外で活動していたのだし、部活動になってもその方針は変えないわよ。それに『綾小路咲夜』に対する地域住民からの印象を良くするには、学校外での活動は不可欠だもの」

「ふん、結局は自分のポイント稼ぎに利用したいだけじゃない」

「好きに言うと良いわ。嫌なら小鳥遊、あなただけ家に帰ってもいいわよ」

「じゃあ帰るわね。もっとも、アタシだけじゃなくて、帰って良いならお従兄ちゃんも一緒だけど!」

「それは無いわね、絶対に」

 

 夢見も、咲夜も、俺は何も言ってないのに勝手に俺の意思を決めつけていく。

 

「……なによ、やけに強気じゃない」

「今回は来栖が絶対断らない依頼だもの。だからあなただけ帰って、大好きなお従兄ちゃんが頑張ってる中、一人のうのうと家でくつろげば良いわ」

「な、なんですって……絶対断らないなんてどんな根拠で言ってんの!」

「咲夜、それは俺も気になる。どこに向かうつもりなんだ?」

 

 俺が絶対に断らない依頼と断言する咲夜は、確固たる自信を持っている。

 一体どんな依頼を受けたと言うんだろう。

 

「ふふ、知りたい? そうよねぇ、気になるわよねぇ」

 

 口元に手を当てて、得意げに見上げてくる咲夜。

 ちょっとウザいけど、同時に少しばかり可愛らしいと思ってしまったのはココだけの話。

 

「教えてあげる、今回の依頼は──あなたの馴染みの場所よ」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

「いやぁ、いつも助かるよ野々原くん」

 

 そう言って咲夜ではなく、俺に感謝を述べたのはゴルフ場オーナーの大田さん。

 これ良かったら休憩時間に飲んでねと、施設内にある自販機から買ってきた飲み物を人数分以上持って来て、俺達が休憩室代わりに使ってる屋外のテーブルに置いた。

 

「ありがとうございます。お陰でこの後も頑張れます」

 

 無難にスポーツ飲料のペットボトルを貰い、俺は乾いていた身体に水分を流し込む。

 ナナとノノはクラフトコーラ缶、咲夜はレモンティー、夢見は放って置くと俺の飲みかけを取りだったのでオレンジジュースを押し付けた。

 鈴鹿は……まだ一人で作業中なので良いか。

 

「しかし、大変ですね。車が壊れるなんて」

「ホントだよぉ。たまたま定休日に重なったから良かったけどさぁ、業者のは明日しか来られないって言うから」

 

 今日の依頼は、つまるところ大田さんが経営するゴルフ練習場のボール拾いだ。

 普段は営業時間が終わった夜に、スタッフが回収車で回って集めるのだが、昨夜急に壊れてしまったらしく、急遽ボール集めの人員が必要ということで、俺達が対応することになった。

 

「なんか一時は君の活動が無くなったって聞いたけど、学校の部活動になったんだねぇ」

「はい、まぁ……色々ありまして。今は咲──綾小路さんが部長として切り盛りしています」

「みたいだね、朝家のポストに宣伝チラシ入ってビックリしたけど……前みたいにコソコソやるよりも、良いと思うよぉ」

「ははは……」

 

 隣で会話を聞いてるだけの夢見が苦い顔をしているが、背中を向けているので大田さんが気づくことはない。

 夢見としては現状を肯定的に捉えられるのが気に入らないだろうし、あんまりこっち方面の話題が続くのは避けたい……そんな心中を察してくれたわけではないだろうが、スグに別の方向へと話が変わった。

 

「それにしても、随分と人数も増えたものだね。前は2人だけだったのが、今は6人も居るんだから」

「本当はもうひとり居るんですが、今日は所要で空けてまして」

「それって、女の子かい?」

「えぇ、まぁ」

「なんだ、すっかり女所帯になっちゃって。ダメだよ~野々原くん、あんまり女子ばっかり囲ってちゃ、正妻の小鳥遊ちゃんが不貞腐れちゃうからね」

 

 あ、余計なこと言った。

 

「──もう大田さんってば、お従兄ちゃんが困ること言っちゃダメですよ~!」

 

 そしてさっきまで歯ぎしりしそうなくらい大変な顔してた夢見が、一気に機嫌なおしてクルッと大田さんにおべっか使う始末。

 まぁ。良いか。不機嫌そうにされ続けるよりも、こうして露骨なお世辞でも喜んでいる方が。

 

「……さて、休憩はそろそろ終わらせて残りの球拾いに行きます」

「よろしくねぇ! 終わったらご褒美用意しておくからさ!」

「ご褒美だって! なんだろうねナナ」

「何かしら。ノノは何がほしい?」

「うーんと切れるククリナイフがいいな」

「じゃあ、おにいちゃんより大きい斧が欲しいわね」

「……そういうのは、流石に用意できないかなぁ」

 

 ナナとノノの(いつもの)物騒な会話を始めて聞く大田さんは、困惑しながら控室に戻っていくのだった。

 

「綾小路、アイツラに絶対これ以上良い武器なんて与えないでよね。アンタが苦労する分にはどうでもいいし、むしろ大喜びだけど、実際に迷惑するのはお従兄ちゃんとあたしなんだから」

「言われなくてもそのつもりよ。……はぁ、情操教育は至難の業だわ。来栖、これからも協力してね」

「巻き込むんじゃないわよ、お従兄ちゃんを!」

「はいはい、夢見もそこまでそこまで。さっさと終わらせて大田さんの言うご褒美ってのを貰って帰ろうな」

「お従兄ちゃん、ちょっとあいつに甘すぎるって!」

 

 まだプンスカする夢見を黙らせる意味も込めて頭を掴み、ワシャワシャ撫で回しながら言った。

 

「甘いんじゃなくて、君が過激すぎるんだ」

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 某お菓子の古いキャッチコピーをなぞらえる様に、最後まで不満たっぷりでいた夢見だったが、いざ仕事を始めると、往来の器用さと要領の良さも合わせてそつなく真剣にこなしていく。

 

 鈴鹿は何かがハマったのか、休憩せずに延々と見つかりにくかったり取りにくい場所にあるボールを率先して集めていき、今日1番楽しんでいると言える様子。

 

 ナナとノノは、途中で絶対飽きて遊び始めると身構えていたのだが、鈴鹿がネットに引っかかった球を取るために飛んだりはねたりしてる姿が、よほど印象に残ったのだろうか。

 いつの間にか自分達も負けじと、双子同士でどちらの方が鈴鹿よりも多く集められるかで勝負し始めていた。

 

 そして咲夜だが……俺は彼女がこんな『THE・庶民の仕事』と呼べる作業を、絶対やらないだろうと思っていたけれど、どうにもそれは理解度が低かっただけらしい。

 今日は素の高飛車お嬢様モードではなく、地元民からの好感度を得るための貞淑お嬢様モードで来ているので、よくよく考えればサボるわけも無かった。

 全員の中で明らかにペースは遅いが、それでも人並みにコツコツ集めていき、案の定大田さんからも、

 

「綾小路のご令嬢って言うけど、案外等身大の姿勢で手伝ってくれるんだねぇ。意外だよー」

 

 なんて、まさにそういう反応を求めていた咲夜が聞いたら『計画通り』とほくそ笑む感想を俺に話していた。

 

 当然、俺も最近は忙しくて全く来られなかったとは言え、普段からお世話になってる場所で、いい加減な仕事をするわけもない。

 身体能力で到底叶わない鈴鹿やナナとノノよりはペースは遅いが、凡人なりに誠実に球拾いを全うしていったさ。

 

 ということで、奇跡的というのも変な話だが。

 まさかの全員が全員なりに真剣に取り組んだ結果、なんと18時を迎える前に全てのボールを拾い集めることに成功した。

 そこそこ広い練習場かつ、昨日も利用者が多かったため、普通なら早くても3時間は掛かるので、今回は最悪19時をすぎるくらいの覚悟はしていた。

 にもかかわらず、こんなに早く終わらせることができたのは、ひとえに数を補う圧倒的な質の高さにあったんだろう。

 

 ずっと回収を諦めていたネットの高所に挟まっていたボールや、鉄骨のくぼみに入ってたボールとかを鈴鹿とナナノノが競争しながら集めていたから、昨日より使えるボールが増えたくらいだ。

 

「ありがとう~~~! もう大感謝だよ! バイト代も出ないのにここまでしてくれてぇ!」

 

 お陰で大田さんも大喜び。

 ゴルフボールの球拾いは時給1000円から1500円程度の、比較的高めな内容だ。それをこの人数で行い、通常の倍近く早く終わらせたにもかかわらず出費が0なんだから、それは喜んで当然だろう。

 ズルいと思うなかれ。元々、金銭を伴わない活動が救済★病み俱楽部なのだから。

 

「それでおじさん! ご褒美ってなに?」

「バイト代の代わりになるものか?」

 

 逸る気持ちで尋ねるノノと鈴鹿に、大田さんは頬を掻き──彼が喜んでくれるか心配するときの仕草だ──ながら、自分の練習場を指さしながら言った。

 

「今日は好きなだけ、タダでここを使っていいよ」

「え、大田さん、それじゃあボール集めた意味が」

 

 思いもしない提案に俺としては万々歳。

 だがそれはそれとして、せっかく綺麗にしたのが無駄になる提案に思わず一言待ったを掛けてしまった。

 

「いいよいいよ、全然オッケー。ゴルフクラブも貸すからさ」

「本当ですか……ならまぁ、ありがたく」

 

 日頃ここに来るお客さんの数と比べたら、俺たちは大したことないって意図なんだろう。

 しかし、問題はこのご褒美を喜べるのは俺だけでは、という事だ。

 

「へぇ、ゴルフ……。お義兄(にい)様達や政界のオジサマたちとの付き合いでかじった程度だけど、やって見るのも悪く無──いいですわね」

 

 咲夜はさすがご令嬢なだけある。教養の一部として経験済みだし、せっかくだからと乗り気になっている。

 

「アタシも、お従兄ちゃんがやってるの見てただけだけど、せっかくだし、やってみようかな。お従兄ちゃん、やり方教えてね」

 

 夢見も、俺がここで前から楽しんでるのを知ってたから興味を持ってくれた。

 ここまでは良い。期待通りの反応を見せてくれた。

 問題は残りの3人だ。

 

 鈴鹿やナナ達は、ゴルフの打ちっぱなしに魅力を感じてくれるか非常に怪しい。

 実際にやって初めて分かるものだが、ゴルフボールっていうのはただクラブを力いっぱい振って当てれば飛ぶって物じゃない。しっかりとクラブの真ん中にミートさせる必要がある。

 けど、そこに当てるのが最初は難しくて、コツを掴むまで人によって時間が掛かるものだ。

 なのでちっとも飛ばずにいると、早々に退屈で面白くないと感じてしまうケースが多々ある。

 

 自分に合うクラブ、スイングフォーム、そして力の抜き方。

 それらを見つけるまでの行程を楽しむのも醍醐味と言えるけど、鈴鹿やナナノノがそこまで我慢できるとは思えない。

 

 ──という心配を、まぁ流石に客商売のプロである大田さんは分かっていた様で。

 

 続け様にとんでもないことを言い出した。

 

「今回はただ打ちっぱなしを楽しんでもらうだけじゃないよ。最近動画サイトで海外のゴルフ場の試みを見てね、ウチも真似しようと思ってさ。みんな、向こうを見てよ」

 

 そう言って大田さんが指さした先は、ゴルフ場の打席から最も離れている、施設最奥部のターゲットネット。

 ボールが施設の外に飛ばないように張り巡らされているそこには、高さやボールの距離を示す看板などが掛かっている。

 その中に一つ、球拾い中は気づかなかったが、注意を惹くものがあった。

 

「……小さいですが、アレ、ゴールポストですか?」

 

 バスケットボールのゴールポストを小さくした──それこそ、ゴルフのカップ程度の物が、地面からだいたい30mくらいの位置にちょこんと設置されてある。

 

「そう! あのちっちゃいゴールポストにぽすっと入れることが出来たら、10万円あげちゃう!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉマジすか店長!!!!!!! 俺やります!!!!!!」

 

 急に出されたイベント、しかも文字通り『タダのイベント』では無い賞金付きイベントに、参加するか怪しかった鈴鹿が一気にモチベーションを爆発させる。

 

「10万円ですって、ノノ。安いわね」

「うーん、もうちょっと欲しいよね。でもナナ、あんな遠くに入れるのは面白そうじゃない?」

「えぇそうね。さっきのボール拾いは引き分けだったし、今度はアレで勝負しましょう」

「今度は勝っちゃうよー!」

 

 そして賞金とは違う理由で、ナナとノノも参加意欲を見せだす。であれば当然、

 

「10万円かぁ、それがあったら、お従兄ちゃんと2人でしっぽり温泉旅行も……」

「なによ、はした金じゃない──じゃなくて、せっかくですから、私も興じさせて貰いますね」

 

 歪んだ欲望と、好感度稼ぎついでで、夢見と咲夜も俄然やる気を見せるのであった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 さて、サプライズのような形で全員がゴルフに興じることになったけれど、問題が1つある。

 それは6人中4人がゴルフ初心者であり、クラブをボールに当てる以前に、スイングさえままならない状態であること。

 必然的に、基礎を教える人が必要になるわけだが、咲夜は外行きの猫かぶりモードとは言え、他人を指導するなんて行為はしない。

 そうなると、俺が指南役になってしまうわけで。いいや、それ自体は別に構わないんだけど。

 

 せっかく、本当にせっかく、久しぶりのゴルフを楽しめるチャンス(しかも無料)が降って湧いたというのに、その時間は全く無さそうな事だけが、非常に口惜しい。

 

「オラッ! ……あれぇ? 何で当たんねえの?」

「鈴鹿は闇雲に振りすぎなんだ。ボールも全然見てないし、まずはそこから」

 

「やった、当たった! ……でも全然飛ばないのはどうして」

「夢見は当ててるだけになってるな。いや、それでも充分凄いよ。次はアイアンを面の部分で当てる意識を持ってみよう」

 

「うわっ! クラブがすっぽ抜けちゃった!」

「ノノったら、やり投げの方が好きなのかしら? ……あらっ」

「あははは! ナナだって扇風機みたいに空回りしてるじゃないか」

「……まずは握り方からだな」

 

 まさに四者四様のアドバイスをする必要があるので忙しかったが、それでも小一時間経つと、元々器用な連中ばかりなのもあってか、段々と様になってきた。

 技術という点では素人同然だが、遠くまでボールを飛ばすという1点に限れば、この短い時間でだいぶ成長したと言える。

 

 そうなると今度はいよいよ、メインのイベントに全員が取り組む番だ。

 

 打席から最も遠い、200ヤード(183メートル)離れた向こう正面にあるバックネットの、高さ30mの位置に設けられている複数の小さなゴールポスト。そこにボールを入れる事が出来たら10万円の賞金が手に入るわけだが、慣れてる人間でも簡単なチャレンジでは無い。

 

 まずそもそもの話、ボールを一回で200ヤード飛ばすのが大変。

 フルスイングは必至だし、上手く当ててもボールが風の影響を受けて、狙い通りの方向に飛ばない可能性がある。

 30mという高さも厄介極まりない。

 普通にゴルフを楽しむ上で、ビル10~11階相当の高さにボールを飛ばす機会なんて無いからだ。

 金持ちが道楽で作った変態コースでも無ければ、まず無縁の行為を求められる。俺もそんなのやったこと無い。

 

 そして何より、ゴールポストが小さい。あまりにも小さすぎる。

 普通のゴルフカップ並の小さな穴に一発で入れるというのはもう実質、ホールインワンと同じだ。仮にゴールポストが地面に設置されているとしても、プロゴルファーだって困難な事を求められている事実は変わらないワケである。

 

 それに距離と高さが加わっているこの10万円獲得チャレンジ、今さっき始めてマトモにゴルフクラブを握った4人が成功できる可能性は、宝くじ1等を当てるより低いのは間違いない。

 正味、経験者である俺と咲夜だって不可能だ。

 

 なので、まぁ、俺としてはあくまでも楽しむための余興としか思ってないのだが。

 

「よっしゃあああ! 来栖見てろよ! 俺が10万を手にする瞬間を!」

「ノノ、あっさりと入れちゃったらごめんなさい」

「ナナには負けないよ!」

「10万は馬鹿共になんて渡さない……10万でお従兄ちゃんと旅行に行くんだから……草津温泉旅行……既成事実作成旅行……」

 

 何故か1番不可能な奴らが、こぞって本気で取りに行ってるのが面白かった。

 

 ゴールポストは等間隔で複数設置されてるので、順番待ちの必要は無い。

 てんでに狙っていけるため、ある程度『飛ばす技術』を得た4人はさっそく、賞金獲得目指して白球を打ち飛ばし始めていく。

 

「全く、浅ましいにも程があるわね。金のない庶民はたかが10万円でここまで目の色変えちゃうものなのね……ある意味で社会勉強になったわ」

 

 咲夜は最初から賞金獲得など興味ないスタンスだが、精力的に球を打つ4人の姿を見て呆れながら言うと、一番近い席にした夢見が手を止めると、咲夜に向けてニッコリと……普段なら絶対咲夜相手に見せない顔を見せながら言葉を返した。

 

「あらあら、華麗なる綾小路家のお嬢様は『庶民より劣ってる技量を見られたくない』って言い訳を隠すためにそういう言葉をお使いになられるんですのねぇ。大変お勉強になりました」

 

 安い、あんまりにも安い挑発だ。

 10万円どころか100円の価値があるかも怪しい、精々マッチ1本買うのが精一杯な程度の低い煽り文句。

 しかし咲夜の心に火を付けるには、マッチ1本の火だけで充分余りあるのだった。

 

「誰の技量が素人以下ですって……? 『()使いに()()()()』なんて二重敬語で国語もろくに出来ない小娘が、冗談はおつむだけにしなさい!」

 

 見事に怒りの導火線に着火ファイアー。アッサリと賞金獲得合戦に参加してしまうのであった。

 話は少しズレるが、この事を後日リンゼに話すと、彼女は『ほんとうの意味での庶民は先輩と小鳥遊さんだけで、後はむしろ綾小路家より大きい家の者なんですけどね』と苦笑していた。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 さて、俺も本当ならこの流れに乗って賞金獲得を目指すべきなのだろうけども。

 俺としては忙しかったこの数ヶ月間、全く球を打つことが出来なかった中でやっと掴んだゴルフの時間である。なのでまずは好きなだけ、のびのびと遊びたい気持ちが強い。

 

 ……ということで空気を読めてない事は分かっているけど、5人が時に楽しみ、時に悔しがり、時に煽り合う声をバックミュージックにしつつ、久しぶりに使う身体の筋肉を感じながら、レンタルの7番アイアンを振るっていく。

 

 時間が空いてたからスイングフォームが崩れていないか心配だったが、杞憂だった。

 手先の延長線のように振り抜き、理想通りの軌道を描いたヘッド(先端部)が心地よくボールを叩く感触が手先から全身に迸る。

 ボールはヘッドから伝わる俺の軽い力を最大限に吸収して、数ヶ月のブランクを感じさせないほどに小気味よく吹っ飛んでいった。

 

 あぁ、やっぱりこれだ。自分の力で思いっきり飛んでいく白球を見ると、俺の中に溜まっているストレスや不安も一緒に飛んでいく気がする。

 学園のゴルフ部に何度勧誘されても断ってきた理由はこれにある。

 俺は白球を思いのままにぶっ飛ばす感触が大好きなだけで、誰かと競ったりロースコアを狙ったりと、()()()()()が入る競技としてのゴルフがしたいわけじゃないのだから。

 

 その後、忘れかけていた感動を思い出した肉体が求めるがままに球を打ち続けていると、いつの間にか近くに居た話しかけてきた。

 

「驚いた……あなたがゴルフ好きだって言うのは知ってたけど、本当に上手じゃない」

「咲夜、賞金勝負はどうした」

「休憩よ、あいつらみたいに馬鹿力じゃないもの。そしたらあなたが凄い上手かったからびっくりしちゃった」

 

 咲夜が珍しく感心するような声色で、これまた珍しく素直に称賛してきたものだから一瞬偽物かと思ったが、好きな事で褒められるのは嬉しいので、こちらも素直に返すことにする。

 

「ありがとう、数少ない取り柄だから嬉しいよ」

「本当に凄いわよ。ずっと同じ軌道で飛ばしたり、距離は同じでも高さ変えたり、並の技量じゃ出来ないことしてるもの。将来ゴルフで食べていけるんじゃないの?」

「それはないよ。俺は一人で集中できるから打ちっぱなし(これ)が好きなだけで、プレッシャーが掛かる場面で同じことが出来る気は到底しないから」

「そうかしら? 大量の不良相手を相手に出来た人なら問題なくできそうな気がするけど」

「それとこれとは話が別だよ」

「もったいないわね……」

 

 何を言われようと無理なものは無理だが、咲夜にそこまで言ってもらえるのは気持ちが良い。

 

「ところで、あなたは参加しないの? アイツら程に貪欲じゃなくても、高校生男子にとって10万円は安くないでしょう? ましてや、この中で1番ゲットできる可能性があるのに」

「いや……咲夜も分かるだろ、アレは経験者なら経験者なほど、挑むだけ無駄なものだって」

 

 何度も言うが、200ヤード先で高さ30mに位置する場所にホールインワンしろだなんて、どだい無理な話だ。

 

「ふぅん……()()()()()もあるのね」

「え?」

「なんでもないわ。それじゃあ、上手いプレイを見て休憩も取れたし、そろそろまたあなたのバカ従妹の相手してくるわ」

「あ、あぁ……?」

 

 最後、何を言ったのかよく分からなかったが、まぁ良いか。

 俺は俺のペースで、残り時間をひたすら楽しむとしよう。そう思った矢先、

 

「あーもうめんどくせえ! こうなったら我流で行く!」

 

 全くゴールポストに球が入らないことに業を煮やした鈴鹿のキレ声が嫌でも耳に入ってしまい、注意が向いてしまった。

 するとどうだろう、鈴鹿は金属バットでも振り回すかのように片手でゴルフクラブをブンブンと回しながら、無駄に確信めいた笑顔でこういった。

 

「無理に両手で握って振る必要なんかねえのよ! 遠心力をパワーに変えりゃあ、片手の方がやりやすいってなあ!」

 

 うん、相変わらずのバカ理論だ。

 俺だけじゃなく、夢見や咲夜も一緒に『そんなこと出来るワケが無いだろ』という顔で呆れながらも、一応鈴鹿の様子を見ていると。

 

「──ふんぬ!」

 

 今日1番気合いがこもってそうな掛け声と共に片手でぶち当てたゴルフボールは──、

 

「……マジか」

 

 まるでロケットランチャーから発射したのかと思わせるほどに、勢いよくまっすぐと飛んでいったゴルフボールは、目標であるゴールポストより3Mほど右側のネットに深々と突き刺さったのだ。

 もしかしてネットを破って施設の外まで行くんじゃないかと思わせるくらい長時間その場に留まり続ける。

 やっと地面にポトッと落ちた後、呆然とした俺達と、思いっきりドヤ顔している鈴鹿の表情はあまりにも対照的だった。

 

「……行けるんじゃないか」

「だよなー!!!」

 

 思わず口から出てしまった俺の言葉を聞き漏らすはずも無い鈴鹿が、一気にボルテージを最大限に上げた。

 いや悔しいけど、さっきのは本当に凄いショットだった。

 文字通りまっすぐゴールポストに向けて飛んでいったのもそうだし、それ以上にネットにぶつかっても10秒近く落ちなかったボールの勢いと回転力も凄い。

 もしネットが無かったら、それこそ300ヤード(約270m)以上行ったんじゃなかろうか。

 300ヤードっていうのは、ホールインワンと同じくプロでも中々に無理な飛距離だ。それをアマチュアどころか一時間ちょっと前に始めたばかりの奴がやってのけるなんて、そんな馬鹿なことがあるわけ──いや、アイツはまさに馬鹿だった。

 

 到底信じられないことだが、もしかして本当にアイツの場合は片手打ちが合うのかもしれない。

 

「いよっしゃぁ! これで10万円は俺のもんじゃあ!」

 

 すっかりテンションがMAXになった鈴鹿は、先程よりも更にクラブを回転させながら力をためている。

 

「10万をパチで100万にして、100万を馬で1000万にして、1000万を小豆相場で1億じゃあ!!! すまんな来栖、お前よりゴルフクラブが似合う男に、俺はなる!!!!!」

「は?????」

 

 調子に乗るなよお前。そんな俺の呪が仕事をしたのか。

 

 鈴鹿ショット! だなどとその気になってクソダサい技名(?)を口にしながら振った鈴鹿のグラブがゴルフボールに当たった瞬間。

 

 ──パァン!!!!

 

 まるで風船が割れたときのような甲高い音と共に、ゴルフボールは1mmも飛ぶこと無くその場で爆発四散した。

 

「……へ?」

 

 何が起きたか理解が追いつかない鈴鹿の頭に、ひらひらとゴルフボールだった残骸が落ちたのであった。

 

 するとそんな鈴鹿にスタスタと歩み寄り、慰めるかのようにポンと肩に触れたのが夢見だ。

 

「ユメミン……っ!」

 

 白球と共に夢破れた自分を慰めてくれるのかと、感涙で涙ぐみながら夢見を見る鈴鹿。

 勝手に感動してる上に、相変わらず変な読み方を続ける鈴鹿に、先程も咲夜に向けた笑顔を浮かべると、

 

「おめでとうございます。賞金どころか賠償金が発生しましたね」

(声にならない声)

 

 普段なら絶対に言わない丁寧語で、盛大に鈴鹿を煽り散らかすのであった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 鈴鹿が深い失意で打ちひしがれている横の打席で、新たな試みに挑もうとしているのがナナとノノだった。

 

「えっと……さっきは鬼いさん(鈴鹿)がやってたのは、こうだよね」

「えぇ、そうだけど。ちっとも飛ばないわ」

「うーん、なんでだろう。同じことしてるのに」

 

 年上の真似をしたがる子ども、というように自分達も片手で振ってるが上手く行かないナナとノノ。

 そこだけ見れば微笑ましい光景だが、そんな俺の心中を察してるのか咲夜が警戒するように小声で言った。

 

「ちょっと、アレってあの双子の能力なんじゃないの?」

「……あっ」

 

 言われて気付いたが、確かにそうかもしれない。

 ナナとノノは何度も語られているように、弐双とか言う凄い家が『人間兵器』として生み出した特別な双子だ。

 弐双ってのは二対一体で特殊な能力を持っているらしく、リンゼ曰くナナとノノが持つ能力は『動きのコピー』らしい。

 つまり、今ああして双子が鈴鹿の真似をしているのは、単に真似をしているんじゃなくて、能力を使って鈴鹿の様にボールを飛ばそうとしていると解釈したほうが正しいって事になる。

 

「別に今は気にしなくて良いかもだけど、予兆も予備動作も無く見るだけでっていうのは、改めて考えると厄介ね」

「うん……でも、それよりちょっと気になることがある」

「え? 何が気になるの?」

「……ちょっと行くわ」

「???」

 

 俺の発言の意図が分からないでいる咲夜をそのままに、俺はナナ達の打席へと向かった。

 

「ふたりとも、良いかな」

「おにいちゃん。ちょうどよかったわ」

「聞いてよおにいちゃん、鬼いちゃんみたいに振っても全然球が飛ばないんだ。どうしてだろう」

「うん、まさにその理由を話したくて来たんだ」

 

 ナナとノノの能力がどのくらい怖いのかは、この前の隠れ鬼ごっこで嫌になるくらい体感している。

 でも、だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()があることを2人に話さないと行けないと感じた。

 

「ふたりとも、鈴鹿の動きを見て同じ様にやってるんだよね」

「えぇそうよ。でも変なの、どうしたって全然飛ばなくて」

「どこもおかしくないのに、どうしてかな。おにいちゃん分かる?」

「うん、分かるよ」

「え! じゃあ教えて教えて!!」

 

 俺の返事に食いつくノノ。ナナも控えめながらぜひ知りたいとばかりに俺の服の裾を掴んでいる。

 願ってもない反応だ。しょせん練習場で定期的に打つだけの6流アマチュアゴルファーでしか無いが、ここはきちんと教えないと行けないからな。

 

「二人は、自分の身体に合わない動きをしているから飛ばないんだ」

「自分のからだに」

「合わない?」

 

 揃って首を傾げる双子。狙ってないのに揃うのは流石というべきか。

 可愛いと思うが、声や表情に出すと万が一にでも夢見が怖いのでぐっとこらえながら、話を続けた。

 

「君たちは、鈴鹿の動きをトレースしている。しかも骨格や筋肉の動きも全部完全に同じように、そうだよね」

「えっと……うん、そうだよ」

「ナナたちはそれができるの、凄いでしょう?」

「うん凄い。でも、だからこそ、それが今回は裏目になってるんだ」

「どういうことかしら?」

 

 あぁ、やっぱり気づいてないか。

 

「鈴鹿の全てをコピーするなら、それはつまり鈴鹿の身長や体重はもちろん、骨の構造や筋肉量も合致しないと()()()()()()()には機能しない動きってことになる。君たちはどっちも、鈴鹿よりちっちゃいし、骨の太さも長さも、筋肉の量も違うだろ?」

「えぇ、そうね。でも」

「それがどうして打てない理由になるの?」

「ゴルフのスイングっているのは、結構単純なようでいて複雑なんだ。技術体系はあるけど、その先は、その人その人の体の作りやクセに合わせた固有の力の入れ方が必要になる。だからまぁ、そうだな……」

 

 もっと簡単な言い方が無いか、考えるために一瞬間をおいてから、話を続ける。

 

「あそこで蹲ってる鈴鹿は馬鹿だろ?」

「うん」

「ええ」

「なのに、急に俺と同じ量と時間の勉強をしたら、馬鹿はどうなると思う?」

「えーっと」

「何も分からなくて頭がパンクしちゃうかしら」

「あ、そうだね! さっきのゴルフボールみたいに粉々になりそう!」

「そう。だから、勉強法はその人に合わせたやり方が必要になる。これはゴルフの振り方でも同じなんだ」

 

 鈴鹿がさっきより地面にめり込んでる様に見えるが、気にしないでいよう。

 

「2人は鈴鹿より背が低いし、腕は短いし、なによりパワーが足りない、これはどうしようもない。2人とも急に大きくなったり、ムキムキにはなれないだろ?」

「そうね。なれる子もいるって聞いたことはあるけど」

「鈴鹿のさっきの振り方は、正にその体の特徴やパワーあってこその動き。だから無理やりそれを真似しても、2人の身体とは物凄い噛み合わないから、ちっとも飛ばないんだ……分かった?」

 

 果たして理解してくれるか心配だったが、2人は何度か瞬きをしながらお互いの顔を見合うと、一度頷いてまた俺に顔を向けて聞いてきた。

 

「じゃあおにいちゃん、ナナはどうすれば良いのかしら」

「おにいちゃんなら分かるんだよね!」

「うん、それはね……」

 

 俺は膝たちになってナナとノノに目線を合わせてから、まっすぐ向けてくる2人の視線を受けながら言った。

 

()()()()()フォームを見つけることだよ」

『え?』

 

 またもリアクションが重なるナナとノノ。

 

「誰かの真似では無く、君達の──君達それぞれに合った身体の動かし方、力の使い方を知るんだ」

「ナナだけの、身体の動かし方」

「力の使い方…………」

 

 それはひょっとしたら退屈で、長い道のりになるかもしれない。

 今まで他人の動きを自分の物にしてきた子が、誰かを参考にするのではなく、自分だけを見つめて作り出さなきゃいけないのだから。

 きっとそれは、彼女らにとって初めての試みに違いない。そしてだからこそ、彼女らの成長に必要不可欠な過程なんだ。

 

 ゴルフのスイングひとつで何を尊大な事を……と我ながら思うが、どんなキッカケであれど、自分だけの唯一無二を知る、得る、そのために努力する事は、大事なことなんだから。

 

「まずは両手の持ち方に直して、そこからちょっとずつ自分の打ちやすい振り方を探してみよう。わからない事や、困ったことがあったら、俺も一緒に考えるからさ」

「……うん、やってみる」

「それまで、ノノとの勝負はお預けね」

「その意気だ。頑張れ」

 

 無邪気で残虐な一面ばかりがどうしたってちらつくが。

 こうやって素直に言うことを耳に入れてくれるくらい、素直な面もあるんだと、改めて思った。

 

 

「ふーん、そうだったの」

 

 打席に戻ると、咲夜がまた話しかけてきた。

 

「修行や努力の時間をスキップした完全な動きのコピー、初めて聞いた時は万能な能力と思ったけど、まさかそんな落とし穴があるなんて。何事も蓋を開けてみないと分からないことがあるものね……」

 

 意図せず知った双子の能力の『弱点』について、顎に手を当てながらひとしきり納得した。

 

「それにしても急に何をしだすかと思ったら、しっかり双子の情操教育するだなんて。ちゃんとあたしの言う通りに動いて何よりだわ」

「いや、別に君のためにやったわけじゃ──」

「そうよ、勘違いしないでくれる!?」

 

 この発言を聞き逃さなかった夢見が、ゴルフクラブを振る手を止めるや否や、凄い勢いで俺の隣まで来て腕を組むと、噛みつくように咲夜に反論してきた。

 

「お従兄ちゃんがさもアンタのために動いた、みたいに言うのやめなさいよ。お従兄ちゃんはあくまでもゴルファーとして譲れないものがあったのと、優しさから動いただけ! 何でもかんでも自分中心に動いてると思うなんて、烏滸がましいにもほどがあるわ!」

「全く、何でもかんでも……過程がどうだって良いのよ。結果的に来栖はあたしの望む事をしてくれてるんだから。普段ちょっと避けられてるあなたと違って」

「……お従兄ちゃん、やっぱりこのメス殺そうよ? 生かしてたら永遠に図に乗り続けるだけだから」

 

 どうしてさっきまで流れから、1分も経たず本気の殺意がにじみ出る展開になるんだ。

 夢見の手が掴んでいる俺の腕が、痛い!

 

「2人ともそこまでにしろ。咲夜も流石に今の発言は無い、アリもしない事で夢見を煽るな」

「あら? あながち間違ってないと思うけど」

「それをやめろって言ってるんだ!」

「……分かったわよ」

 

 俺が本気で困っているのを、遅まきながら分かったのか、咲夜は不承不承としながらもそれ以上面倒な発言をするのをやめた。

 

「べー、調子乗ってるからお従兄ちゃんに怒られるのよ。勘違い金箔まな板」

「夢見もそうやって喧嘩売るのはやめなさい」

「はーい!」

 

 ……せっかくゴルフでスッキリさせたストレスが、あっという間に充填されてしまった。

 

・  ・   ・   ・  ・

 

 気を取り直して自分のペースで楽しんでいくが、流石に時間も遅くなったので、そろそろ帰ろうかという空気になってきた。

 鈴鹿は復活後も引き続き片手打ちで挑戦し、力のコントロールも分かって来たのかゴルフボールが破壊されるアクシデントも起きていない。

 300ヤード以上を行けそうな打球をポンポン披露していく。今回は喧嘩と違ってパワーだけじゃどうにもならないが、仮に飛距離を競うコンテストがあれば間違いなく優勝できていただろう。

 

 ナナとノノ達は賞金獲得はおろか、どっちがより長く飛ばすかという競争もそっちのけで、自分のフォームを見つけることに躍起になっていた。

 アレだけ普段賑やかな2人が揃って真剣に挑んでいるものだから、何度か夢見が『静かすぎて逆に不気味』と尤もだが辛辣なコメントを残している。

 

 その夢見も、結構長く賞金獲得に意欲を燃やしていたが時間が経つと冷静さを取り戻したらしく、今は俺が球を打つ姿をひたすらスマートフォンで撮影したりしている。

 普段ならちょっと気になるけど、俺のフォームの改善点などを確認する資料になるので、後でシェアしてもらおう。

 

「……さて、そろそろ時間ね」

 

 スマートフォンで幾らでも事足る時代に敢えて腕時計を使い時刻を確認した咲夜が、本日の救済★病み俱楽部の活動終了を告げた。

 

「ここからは各自解散……と言いたいけど、あくまでも部活動の一環で今日は来てるから、みんな一斉に帰宅よ」

 

 もう少し楽しみたかったが、そう言われると仕方ない。

 あとで活動日誌を提出する必要もあるし、万が一学園がここに確認を取ったりして部活動時間を過ぎても遊んでたことが知られたら、咲夜の目的と相反する結果になるからな。

 

 咲夜に事あるごとに噛みつく夢見もコレについては反対しないし、鈴鹿も非常に悔しがりこそすれど、最後は潔く諦めて大田さんに壊してしまったゴルフボール代を確認に向かった(後日聞くと、笑って許してくれたので賠償金は0で済んだらしい)。

 

 意外にも最後まで渋ったのはナナとノノだった。

 2人は先述の通り自分だけに合ったスイングフォームを探求していたが、それが最後まで見出だせないままで、このまま帰るのを嫌そうにしていたが、そこは流石の綾小路咲夜。

 もう少しで強硬手段も辞さなそうにしている双子に対して『庭で幾らでも練習させてあげるから』と言って、2人を無理やり従わせるのでは無くむしろ大喜びさせる方向で従わせたのだった。

 

 綾小路家ご令嬢の咲夜が暮らす場所の庭だ。

 それはもう、ゴルフの練習なんて幾らでも伸び伸びできる広さなのは間違いないだろう。

 次に会うときにはもう、ナナもノノも、ずっと上手くなってるかもしれないな。

 

 咲夜と、それについていくナナノノ達が早々にゴルフ場を後にしていき、次いで夢見が『撮影した写真や動画、超美麗にして転送するからね、待ってて!』と大急ぎで帰宅。

 俺も、使っていたゴルフクラブを片付けてもう帰ろうと思っていたのだが。

 

「待てよ、来栖」

 

 レンタル用のクラブをしまう場所に向かおうとした俺を、何故かまだ帰ってなかった鈴鹿が呼び止める。隣には大田さんも一緒だった。

 なんだろうと思った俺の手にあるクラブを指さして、鈴鹿が言う。

 

「帰る前に、お前も一回だけやってけよ、アレ」

 

 アレが何を意味するかは聞くまでもない。

 本日の終盤、救済★病み俱楽部の殆ど全員を熱中させた10万円獲得チャレンジの事だ。

 

「そうそう、みんなの前で遠慮してたんだろうけど、僕は君の挑戦が1番見たかったんだから」

「もう褒めそやしたり(夢見)茶化したり(咲夜)やたらと賑やかだったり(ナナとノノ)する奴らは帰ってるんだ。……静かな場所で一発くらい、本気出しちゃえよ」

「鈴鹿…………」

 

 余計なおせっかいだと一蹴するのは簡単だろうけども。うん、それは違うだろうな。

 大田さんは単純かつシンプルに、常連の俺が成功できるかを見てみたいだけかもしれない。

 でも、鈴鹿は違う。

 俺のゴルフ趣味が至極個人的な満足感を得るための手段であり、そこに他者からの承認やバズりたいって欲望がとんと無いことを知っている。

 

 そして、だからこそ、俺が()()()()()難しい課題に挑んでみたいと内心思ってたことを、見透かしているんだ。

 プロでも難しいチャレンジだ、アマチュアゴルファー以下の俺が成功できる可能性なんて一桁%も無いのが普通だよ。

 でも正直、そういう難しいチャレンジをクリアできたら、物凄く気持ちがいい事を俺は知っているし、()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()

 だけど──いやだからこそ、大勢の前で挑んで普通に失敗する姿を見られるのが普通に恥ずかしいから嫌だっていう俺の気持ちまで、鈴鹿は理解している。

 

 成功すれば称賛されるような難しいチャレンジに、失敗しても恥ずかしい思いをしないで済む、誰も居ない場所で挑みたい。

 そんな、面倒な俺の思いを分かっているのは──分かったうえでちゃんと踏み込んでくるのは、鈴鹿だけだ。

 

「……誰にも内緒で頼むぞ。大田さんもお願いしますね」

「応、ハナっからそのつもりだよ」

「そう簡単にクリア出来るとは思ってないからねぇ。クリア出来るものならやってみな! ってヤツだよ~!」

 

 案外、俺は夢見のことを何も言えないかもな。

 今の大田さんの一言。この状況で言われたからこそ、胸に火が付いた。

 

「……よぉし」

 

 賞金なんてどうでもいい。ただ、クリアしたい。そんな情熱が身体の真ん中から瞬く間に全身へと浸透していく。

 返そうと思ってた7番アイアンから5番アイアンに得物を変えてから、俺は打席に戻った。

 

 スイングをイメージして、目標と俺がいる場所までゴルフボールが飛ぶ軌道をイメージして、最後にゴルフ場の環境そのものを肌で感じる。

 200ヤード先のネットにまでまっすぐゴルフボールを届かせるには、風を味方につけるか、無風のタイミングを狙う2択を選ぶのが必須だ。

 俺は不確定要素が多い前者を選ぶ気にはならない。なので必然的に、後者の無風状態を待つことになる。

 

 意識を極限まで集中し、肌に感じる僅かな空気の流れすらなくなる、その瞬間を待つ。

 その間も肉体をどう動かすかを常にイメージし、同時にあらゆる失敗したパターンを想定して行き『どうすればそうならないか』も並行して思考する。

 そうやってトコトン尽くせる手を尽くした、最後の最後の最後──まるで申し合わせるかのように、()()()が来た。

 

「────ッ゙!」

 

 待ち望んだその瞬間を脳が認識した、身体はそれよりも更にコンマ5秒(はや)く起動し、自分の脳内で最終的に理想と言えるフォームをこれ以上無いくらいに再現しきった動作を出力して見せた。

 5番アイアンは淀み無くゴルフボールを理想的な速度と角度で捉え、インパクトを最大限に吸収した白球が、僅か直径4.25インチ(11センチ未満)のゴールに向かいまっすぐ飛んでいく。

 

「おおっ! 行くんじゃねえか!?」

 

 後ろから鈴鹿のはしゃぐ声が耳朶に響く。

 同じ気持ちを俺も抱いたが、しかし、そんな期待は瞬きするよりも早くに消え失せた。

 

 向きは良い。角度も良い。しかし、勢いだけが僅かに足りないのだと、打球を目で追ってる内に気づいてしまう。

 父さんが家で野球中継を見ている時に、贔屓の選手がバットにボールを当てた瞬間こそソファから身を乗り出し喜ぶが、スグに『あーフライアウトだ』とソファに深く沈むあの時と同じ。

 球の勢いを見るだけで、ゴールより僅かに手前に落ちるのだと察した。

 

 本気で挑んだつもりだ。

 ブランクは数ヶ月あれど、小一時間球を打って感覚を取り戻し、今の自分が最大限発揮できるパフォーマンスで挑んだ。

 しかし、まだボールは地に落ちてないとは言え、既に結果が分かるくらいには望みは叶わないのが分かってしまう。

 素人の鈴鹿でさえゴールまで届く打球を飛ばせるのに、経験のある俺がそれ以下の飛距離しか飛ばせないのだ。こんなに情けなくて、悔しいことがあるだろうか。

 

「──クソっ」

 

 鈴鹿や大田さんにも聞こえないくらいの小声でつぶやき、身勝手な感情の発露を昇華させる。

 仕方ない、何度も言うがプロでさえ一発で成功するのが不可能なレベルのチャレンジなのだ。不可能が当然、成功は奇跡。だから悔しがっても仕方ない。

 

 あぁ、でも。

 これを1発で成功できたら、俺の人生は結構、自己肯定出来る代物になったのになぁ。──なんて滅多にしない未練を持った俺を、運命の女神が物珍しく思ったのだろうか。

 

 頬を(びょう)っと、風が撫でるのを感じた。

 

「──えっ」

 

 まるで、背中をトンッと押すかのように。

 その僅かな風は宙を駆けるゴルフボールを、ほんの少しばかりだけ推し進め、本来なら落ち沈む筈のポイントを越えていき──。

 

「……あれ、ボール落ちないね」

 

 大田さんが漏らした通り。

 

 本来、想定しなかった──皮肉にも俺が障害として排除していた、アクシデント要素である風の助力を受けたゴルフボールはグリーンに落下すること無く、到達者に10万円をもたらすゴールポストの中に、すっぽりと収まったのだった。

 

 


 


 

 

「いっやぁ、良いもの見せてもらっちゃったよ!!! まさか本当にクリアしちゃうなんてねえ!! カメラに収まってるから、今度投稿してもいいよね!?」

「いや、それは勘弁してください」

 

 興奮して賞金の入った袋を渡してくる大田さんを諌めながら、俺はゴルフ場を後にした。

 

「お前なら行けると思ってたけど、いざ成功したのを見るとびっくりするわ」

 

 鈴鹿も大田さんほどじゃないが、テンションが上っているのが声色から伝わる。

 

「その賞金、どうするんだ? 随分と色を付けてもらったじゃないか」

「まぁな…………」

 

 賞金は10万円だったが、俺が1回で成功させたのを見て『特別ボーナスも付けちゃう!』と勝手にもう10万多めに寄越してきたのだ。

 学生相手にそんなポンポン6桁のお金を渡すのはどうかと思うし、受け取るのを辞退しようとしたが、鈴鹿が『男の心意気に恥をかけるな』と謎理論で大田さんを援護したため、押し切られる形で受け取ってしまった。

 

「取り敢えず、俺が持っててもアレだし、母さんに預けるわ」

「うっわマジかよお前、真面目ちゃんだなぁ……」

 

 勿体ないと鈴鹿は嘆くが、後から20万持ってたことを知られて怒られる方が怖い。

 

「ま。でも平和な野々原家らしくてその方が良いわな」

「ん……そうだな」

「じゃあ俺も帰るわ、また明日なぁ」

 

 そう言って鈴鹿もまた、自分の家に帰っていった。

 

「……平和な野々原家、か。だよな、そうだよな」

 

 最後に鈴鹿が何気なく口にした言葉が、1人だけになった途端頭の中をぐるぐる交差していく。

 その通りだ、俺の家は──野々原家は、ごくありふれた平和な家庭──、

 

「──じゃないですよね、先輩」

 

 視界の先、街灯の届かない薄暗がりの向こうからそう語りかけてきたのは、

 

「……正直、そろそろ出てくるかなとは思ってた」

「それはまた。待ち望まれていたようで感動です」

 

 亜麻色の髪を揺らす後輩、リンゼ。

 今日は何処かに用事があるからと言って姿を見せなかった彼女は、まるで待っていたかのようにこのタイミングで姿を見せてきた。

 

「まるで、じゃないですよ先輩。まさに、というべきです」

 

 そのまま俺の真ん前に立つと手を後ろに組みながらニコニコと笑顔を見せて言葉を続けた。

 

「先輩にご報告です。あなたの伯父の住む家を見つけました」

「えっ……本当か」

「私の名誉にかけて、嘘偽りは一切無いです。その気になればすぐにでもご案内出来ますよ。……ただし」

 

 そう言って言葉を区切ると、右手の親指と人さし指でハンドサインを作る。

 

「タダでは、教えられませんがね」

「そう来たか」

 

 驚きと納得の両方が同時にあった。

 まさかの情報屋ムーブだが、俺1人ではどうにもならなかったことを単身で果たしてくれた行為に、無償というのは少し調子が良すぎる話だ。

 

「あいにく、情報に関する相場には明るくないんだ。君の方から額を提示してもらいたい」

「そうですね……大まかにですが、基本料金10万円。成功報酬が別で20万の、合計30万円前後という所でしょうか」

「……まいったな、それは」

 

 つい先程手に入れた20万でもまだ足りない。リンゼの提示する額が本当に適正な価格なのかは分からないものの、一度『相場を知らない』といった手前、文句を言う立場も無い。

 

「ふふ、ご安心ください先輩。これはあくまでも公式な手続きをもっての話です。今回は私の個人的な都合もありますし、何より敬愛する先輩の為でありますから、特別後輩価格で1万円。でいかがでしょう」

「いや……それは逆にどうなんだ。縁伯父さんの住んでる場所次第じゃ、交通費にもならないんじゃないか?」

「先輩からの感謝と誠意は29万より価値のあるものですから。でもそうですね、ここまで一気に値下げするのでは、情報の質に要らぬ疑いを抱かせてしまうかもしれません」

「いや、そんな事別に考えないけど」

「私の信条的な問題です。なので、先輩にとって重大な事を一つだけタダでお伝えしますね」

 

 そう言うと、周囲に誰も居ないことを確認してから、俺に顔を寄せるよう手招きをする。

 

「良いですか、どうか聞いても落ち着いてくださいね。実は──」

 

 不安を煽るような前フリの後、彼女が俺の耳元に囁いた言葉は──。

 

「……本当(マジ)かよ」

 

 そんな前フリがなければ、到底冷静には受け入れられないものだった。

 

「写真も残してあるので、支払っていただければすぐにでもお見せします」

「分かった、スグに払う」

 

 躊躇いは微塵もない。俺は大田さんから受け取った袋から紙幣を1()0()()取り出すと、そのままリンゼに手渡した。

 

「……? 先輩、サラリとお金を出すのも驚きですが。これ額が10倍ですよ」

「俺なりの誠意だと思って受け取ってくれ。元々手にする予定のない金だから」

「そうですか……分かりました」

 

 俺の気持ちを無理に断ることをせず、リンゼは自身の財布に俺から受けた報酬をしまうと

 

「それにしても、10万円という大金をポンっとお出し出来るとは。今日は何があったのか、帰りながら教えて下さいね。もちろん、私がお話するのが先ですが」

「あぁ、よろしく頼むよ」

 

 縁伯父さんに会えればきっと、『ミサキ』という人間について知ることが出来るハズ。

 そしてきっと、それこそが、渚が母さんを遠回しに殺そうと画策した理由にも繋がっている。

 

 何の根拠もないけど、どうしてか、俺は強くそう思うのだった。

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