第2章、粛々と始めていきます。
TRACK1 THINGS_MONEY_CAN'T_BUY
草木も眠る丑三つ時── などと言うのはまだ西洋の文化が根付く前までの話。
鬼やもののけを恐れていた時代は文化の発展に伴い消え去り、現代は24時間常に娯楽と労働を含めたあらゆる営みが絶えず行われる時代となった。
首都東京23区の一つと川を挟んで隣接し、政令指定都市にもなっている【川國市】も、当然その様な概念と縁遠くなって久しい。
川國を知る者、川國で暮らす者らは皆等しく、ここを“夜の方がクソ騒がしい街”と呼ぶ。
住宅街やオフィス街は静かだが、それ以外となると様相は一転する。
電飾煌めく繁華街では酔っ払いが飲み騒ぎ、日夜稼働する工業地帯と機械が重低音を奏で、再開発エリアではスリリングな運転を楽しむ傍迷惑な走り屋と、それらを取り締まる警察がエンジン音を轟かす。
全く、眠りを妨げる光源と音源を数えたら、枚挙にいとまがない。
これでは草木はおろか、もののけや幽霊、百鬼夜行すらも落ち着かないだろう。
草木に耳があるかは分からないが、繁華街の街路樹や、クルマ売り場前に植えられてる植物が枯れ気味なのは、こう言った人間の行為による寝不足が原因かもしれない。
当然、そんな街では大人だけではなく子供──特に不良と呼ばれる層がたむろしている姿も、珍しく無い。
摘発が進み一時期に比べれば少なくはなったが、コンビニ前や駅前、大通りから若干離れた駐車場などで集まっては、通常の学生が日中教室や授業中に育むだろう仲間意識を培い、談笑や娯楽を嗜み、結構な頻度で不良グループ同士の抗争を起こして流血沙汰を生む。
街の中心部から外れて、住宅街や学校にほど近い【川國ゴルフパーク】の駐車場にも、ここ最近そう言った理由で不良グループが十数人ほどたむろっており、付近の住民達の悩みの種になっていた。
ゲラゲラと甲高い笑い声、スピーカーから振動を伴った爆音で流れるEDM、犬猫が生理的に恐怖する爆竹や花火の破裂音。
これらが日夜飛び交い、あんまりにもうるさいので、最近はゴルフパーク側にクレームが集まる様になってきた。
ゴルフパーク側も立派な不良グループの被害者ではあるが、同時に土地の管理者である以上、同情よりも責任を果たさなければならない立場なので仕方ない。
とはいえ、話が通じる集団では無いのは明らかで、直接注意しに行くのは危険極まりない。
かと言って集会禁止の看板を立てたところで無視され、警察も仕事を増やしたくないが為に適当な対応にとどまり、パトロールを避ける始末。
出来ることをしても成果は見込めず、周辺住民からのクレームは日に日に増える一方。
あまりにも事態の解決が望めない事から、オーナーの男性は最近円形脱毛症になってしまったが、それを聞いたところで可哀想だと思う不良も、クレームを止める住人も居ない。
そうして大人達の苦心などまるで意に介さず、新月である今夜もまた、不良少年達の甲高い笑い声がこだまする──のだったが。
──パァァン!!!
笑い声やEDMや爆竹音、それら全てを掻き消す轟音が、突如夜空を引き裂いた。
同時に、EDMに合わせて体を揺らしながら缶チューハイを手に持っていた不良の1人が、頭から真っ赤な液体をぶちまけて糸の切れた人形の様にバタリと倒れる。
何が起こったのか理解が追い付かない彼らは当然パニックを起こし右往左往するけども、その間に轟音は二度三度と起こり、その度に次々と不良達が地面に崩れていく。
今までに経験した事のない──敵対する不良グループや警察とは全く違う何者かの奇襲に、彼らはされるがままであった。
「な、なんだ? 何がどうなってんだ……」
不良グループのリーダーである『葛飾』は、目の前で何が起きているのかを、まるで理解できずに居た。
気の合う仲間たちとチームを作り、気に入らない相手なら同級生は勿論の事、先輩や教師、他校の学生とも衝突する事がザラ。
そんな日々を過ごすうちに仲間が出来ていき、人数こそ11人と少ないが、地域の不良グループから一目置かれる少数精鋭となった。
近々川國市で最大の不良グループである『如月』との抗争も、もはや時間の問題ではないかと噂される程だった自分達が、姿も見えない誰かに一方的な蹂躙を受けている。
あり得ない、あってはならない、けれど事実として仲間達は1人また1人と、姿の見えない襲撃者の手によって倒れていく。
「か、葛飾! どうする!」
「……っ! とにかくここから逃げるぞ!」
「分かっ──がャッ!?」
「お、おい!? 北!」
目と鼻の先で、自分の指示を受けた仲間が断末魔の叫び……とも呼ばない呻き声を上げて、倒れ込んだ。
葛飾が【北】と呼ぶ、最初にこのグループの仲間になった相棒とも呼べる男の身体を抱き留めると、後頭部と背中に他の仲間たちと同じく真っ赤な血がベッタリと流れている。
気がつけば阿鼻叫喚の叫びは鳴りを潜め、スピーカーが流すEDMも曲の終わりと共に静かになっていた。
「ち、ちくしょう……誰だ! 姿見せろクソ野郎が!」
恐怖と困惑は、幸運にも彼の心に怒りの火を灯す燃料となった。
「隠れてねぇと何も出来ねえのかよ! あぁ!?」
自身が狙撃される事も恐れずに叫ぶその姿は、確かに不良達を束ねるリーダーとしての気質を感じさせる。
それに感化されたのだろうか──あるいは最後の1人という事で余裕が生まれただけか、暗がりの向こうから靴の音を鳴らして、駐車場のLED外灯の下に姿を現した。
「……は?」
恐らく、いや間違いなく自分達を奇襲した人物の姿に、葛飾は驚きを隠さずにはいられなかった。
目をまんまると開かせて、自分の見ているものが本物かどうか何度も確認した上で、吐き出すように言葉を出す。
「……お前がやったのか?」
葛飾の視界に映るのは、自分より幾らか年下だろう少女だった。
150cmあるかどうかの身長しかない少女が襲撃者などと、にわかには受け入れられない事実だったが、葛飾は信じる他無かった。
何故なら華奢な少女の手には、銃があったのだから。
それも片手で握れるような
先程から何度も耳にした発砲音は全て、少女が握る銃から発された物だと確信するのに、時間は要らなかった。
相手が少女で隠れてなくても、そんなデカい武器を前にして、できる事は皆無だと理解するのにも、時間は必要なかった。
「……」
少女は無言のまま、銃口を葛飾へと向ける。
自分も終わるのか。こんな何も分からない状況のまま、目の前の華奢な女の手に落ちるのか。失意と虚無感に満たされた心でなすがままになっていると──。
『カチッ』
乾いた音が、葛飾の耳朶に響いた。
それは少女が引き金を引いた音であり、同時に、弾切れを起こしている事を意味していた。
途端──少女の持っている銃が無力化したのだと理解した途端に、葛飾の中で消えかけていた気力と、怒りが湧いてきた。
幾ら銃火器を前にしていたからと言って、明らかに年下の、しかも細身で華奢な女1人相手に仲間達が全員やられた事、何より自分自身が完全に戦意を失っていた事、メンツと自尊心を完全に潰されたそれらの屈辱を晴らさなければならない。
「このクソガキ! 風呂に沈めてやろうか!」
言葉と同時に、先ほどまで棒の様に動かなかった足が一転、少女に向けて走り出す。
少女との間、20メートル以下の距離を詰めるのに10秒も必要としない。瞬きする間も無く、葛飾の握った拳は少女の横っ面に叩きつけられる──ハズだった。
『──バァン!!』
先程まで聞こえていた物より遥かに大きく重い発砲音が木霊する。
それより幾分早く、葛飾の
少女の鼻っ面の寸前で拳は止まり、代わりに、葛飾の膝がアスファルトの地面に崩れ落ちる。
「ぶぉ……おえぇぇぇ……!!」
今まで経験したどの喧嘩でも経験した事のない、臓器をぐちゃぐちゃにする様な痛みと衝撃。
吐き出そうにも嘔吐する機能もままならず、空気だけを喉から必死に排出する。
そうやって苦しみ喘ぐ葛飾の視界の端に、少女とは別の人物が映った。
「こぉーらユメミぃ~? 予定にない行動はするなって言っただろ~?」
涙で視界が揺らぐが、声の主は自分と同年代程度の男である事はどうにか分かった。
少女をユメミと呼ぶ男の手に、やたらとでかい砲身の拳銃を握っている事も。
「ごっめんなさーい! でも、あたしのピンチを颯爽と助けてくれるお従兄ちゃん、すっごいかっこよかったです……」
「たまたま当たっただけだからな? ……にしても、これマジでイカレてるな、手が信じられないほど痛いったら」
「咄嗟に当てられるなんて……愛の力ってこと?」
「んー多分違う……ってかマジで手首いてぇ……」
先程まで冷酷な機械の印象を与えていた寡黙だった少女は、タガが外れたかのように全身をきゃぴきゃぴしながら男に話しかけている。
葛飾は、辛うじて喉から搾り出せた声で襲撃者の2人に言った。
「お前ら……どこのチームの奴らだ……」
恐らく、数分もしない内に自身の意識が落ちる。
ならばせめて、自分達を完膚なきまでに叩きのめした存在が何者かを知りたい。そんな気持ちで出した問いに、男の方が応える。
「チーム? いや、俺らは君らみたいな不良じゃないよ」
自分達【不良】を明らかに見下している声色で話す男に殺意を抱き、それを意識を保つための燃料としてくべながら、葛飾は言葉を続ける。
「な、なら……
「え……きんぱつきって何? 取り敢えずそれも違うよ」
自分達を襲撃する連中の中で、葛飾が思い当たる集団のどれにも当てはまらない目の前の男女2人。だったら一体、
「だったら、お前ら何なんだよ……俺らを襲う理由が、無ぇじゃねえかぁ……」
「いや、そうでも無いんだなぁ」
「はぁ……?」
「いや普通に考えれば分かるくね?
心の底から軽蔑しながら、男は長々と話した。
つまり、この2人はシンプルに駐車場でたむろう自分達を追い出す為だけに襲撃してきたという事になる。
しかし、葛飾の知る範囲では、こんな事を請け負う連中が居るなんて聞いた事がない。
「何なんだよ……お前ら結局」
意識を保つのも限界になってきた瀬戸際、最後の力を振り絞って葛飾は言う。
その言葉に、男は手に持つ拳銃の口をこちらに向けながら、得意げに返す。
「──救済★病み倶楽部」
“何それダサ”──そう思った瞬間、けたたましい銃撃音と共に葛飾の意識は闇に消えたのだった。
「いぃやー、助かったよぉ! 本当に参ってたんだから」
エスプレッソを啜りながらそう話すのは、俺が頻繁にお世話になってるゴルフ場のオーナー、大田さんだ。
今日は昨夜の“依頼”の報告も兼ねて、放課後に大田さんがよく来るという喫茶店に赴いた。
「アイツら、人が何を言っても聞く耳持たずでねぇ! 警察も怪我人が出て来なきゃ何も出来ないって言うから……ほら見てよ、コメカミが500円玉みたいに禿げちゃって!」
「あはは……明日から生えてくると良いですね」
おじ様のハゲなんて見て何も楽しくないが、多大な心的ストレスを受けてたのはよく伝わった。
「一体どうやって連中を追っ払ったのか聞きたいけど、聞いたら怖そうだし辞めておくね」
「頼みます。あまり褒められた事はしてないので」
「……あー、一応ひとつだけ聞くと、その右手は昨日の件で?」
そうやって大田さんは申し訳なさそうな顔と声色で、俺の右手に視線を向ける。
俺の右手は手のひらから手首にかけて、グルグルと包帯がまかれていた。
「えぇ、まあ。ちょっと痛めました」
隠しても仕方ないので素直に肯定すると、大田さんは更に申し訳なさそうにして言った。
「うわーやっぱり!? 大丈夫かな、日常生活困ってないかい? 食事とか、勉強とか、オナ──」
「平気ですから。夕方とは言えまだ明るい時間帯ですし、そんなに慌てなくて大丈夫です」
「そ、そっか……はぁー良かった……」
実際の所は、指を動かそうとするだけでかなり痛かったりする。
なので、大田さんが俺のために頼んでくれたベトナムコーヒーがたぷたぷと注がれたカップも、利き手じゃない左手でさり気なく飲んでるが、そこに気づくような人ではない。
小心者な大田さんをこれ以上ストレスハゲにさせたくないので、バレない限り痛みについては黙っておく予定だ。
それに、痛いのは不良達に抵抗にあったからでは無くて、リーダーだった男を気絶させる為に、夢見から預かったモデルガンを2発撃ったのが理由だしな。どちらにせよ話せない。
もっと言えば、たった2発しか撃ってないのに、手だけじゃなく腕が持ってかれる様な衝撃と反動で傷んでしまった。と言うのが割と恥ずかしいから言えないのもある。
弾丸──今回は血糊の入ったペイント弾だったが──を1発ずつ銃身に直接装填する、古めかしいデザインの拳銃だったが、単に珍しい代物で収まるものじゃない。
確か夢見はモデルになった銃を『サンなんたら』と話してたが、説明する夢見自身もそこまで詳しくは無くて、単に『物凄い威力あるピストルだよ』としか言わなかった。
実際は拳銃のくせしてやたら重い上に、おおよそ人間を対象にする様な威力と反動ではない、変態銃でしたとさ。
おかげで、偏差値と学力を生贄に捧げた代わりに腕っぷしが達者な不良のトップを倒せたワケですが。
「それにしても、不良があの辺まで出てくるって今までありませんでしたよね」
「そうなんだよぉ! 今まで下着泥棒すら出てこないほど平和な場所だったのにぃ……」
大田さんの言う通り、川國市は一部エリアを除いて基本的に治安が良い所で、最近までゴルフパーク周辺で不良がたむろする事は無かった。
「聞いた話だけど、最近港の再開発エリアにいる不良達があちこちに移動してるんだって」
「何か、理由とかあるんですかね」
「うーん、そこまでは分からないなあ。ちょっと前ならカラーギャング同士の抗争でナワバリを失って逃げたとか理由があるけど、今ってそこまでガチな抗争とかないもんね」
「昔って凄かったんですね……」
「む、昔って言うほど古くないよ!!」
「そ、そうでしたか……失礼しました」
いけない、どうも大田さんの中で譲れない一線を踏み越えてしまったらしい。
10年前に流行ってたアニメは『とらドラ!』や『涼宮ハルヒの憂鬱』だと素面で思ってるタイプなんだろう。下手なことは言えない。
「……とにかく、明日から営業再開するからね。楽しみに待っててよ」
「はい。俺もオーナーの店が潰れたら、わざわざ川の方まで行く必要があるんで……待ってますよ」
そう言って俺はベトナムコーヒーを一気に飲み干して、席を立った。
会話もいい具合に終わったし、そろそろお暇しよう。
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
「え、もうかい?」
「はい。これから家でやる課題が残ってまして」
「あ~学生はそこが面倒だよねぇ……あ、そうだった」
何かを思い出してか、大田さんが慌てて席の下にある荷物入れのカゴから鞄を取り出す。
鞄の中を少しゴソゴソしてお目当ての物を見つけたのか、何かを指に挟んで俺に向けて言った。
「あぁそうだ、これ今回のお礼って事で受け取ってよ」
「ありがとうございます、えっと……何ですこの封筒」
大田さんがおもむろに取り出したのは、横長の封筒だった。
ちょうど、コンビニなどでチケットを購入した時にしまう様なカタチ──というより、まんまそれである。
「何かのチケットです?」
「ふふ、いいから中身を見てみなよ。きっと驚くよ」
ヤケに得意げな顔で言うので、追求より先に中身を見てみる事にした。
封筒にはやはり、1枚のチケットが入っていた。
何かのライブか、劇のものだろうかとチケットに書かれてある文字を確認すると──、
「ニライカナイ島、ペア旅行券……?」
某旅行会社の印字と共に、そんな事が書かれていた。
「そう! あのニライカナイ島の旅行チケットだよ! 高速船でバビューンっとね。凄いだろう?」
「えぇ……でも、これって俺が貰っても良いものなんですか? ご家族とは」
「本当は君の言う通り、妻と一緒に行く予定だったんだけどねぇ。商店街のビンゴで当てた時は2人して大喜びだったんだけど……彼女、信じられないくらい船酔いに弱いからさぁ」
「あー……薬も効かないタイプの?」
「そうなんだよ〜! かと言って娘夫婦には子供がいるから、安直に渡すわけにもいかないって言うか、娘はともかく夫の方に渡したく無い──けふん!」
誤魔化せてないぞ、その咳払い。
物凄く大人げ無い言葉をほぼほぼ口にしてから、取り繕うに先払いを挟んで大田さんは言う。
「とにかくね、このままではせっかくの旅行券も宝の持ち腐れになってしまう。そればかりは嫌だったので、この際なら君にあげる事にしたんだ。君、顔良いしモテるだろうから、一緒に行く相手には困らないだろう? 彼女さんと行くと良いよ」
「いえ、今はそう言うの居ないので……」
「あっそうなのかい? なら偶に見にくる妹さんや……あぁ、あの元気な従妹の子と行くのは」
「あははは……どっちも無理そうですよ」
「え? どうしてだい? 2人とも船酔いに弱いの?」
「いえ、だって、パスポート持ってませんから」
「…………はい?」
「ん? なんです?」
至極真っ当な理由を述べたハズだが、どうも大田さんの表情はあっけに取られている様に見える。
まるで間抜けを見ている様な──というか、まさにその通りの表情だ。
そうしてややたっぷりと間を開けてから、大田さんは驚きの声をあげる。
「き、君もしかして、ニライカナイ島知らないの!?」
「えぇ、そうですけど……名前的に南方の島国かなと。違うんです?」
「全然違うよ! ニライカナイ島は日本だよ!」
「えぇ? だって、カタカナでニライカナイって書いてるじゃないですか。南アルプス市みたいな感じの地名なんですかこれ」
「あー、ニュアンス的には違うけど、そんな感じで良いよ。良いかい、ニライカナイ島って言うのはねえ──」
そこから、大田さんの初心者向けニライカナイ島講座が始まった。
ざっくり言えば、人工島だ。
それも結構大きい。だいたい東京23区すっぽり入るくらいの。
距離は東京から高速船で半日程度掛かる長さで、小笠原諸島よりも南に位置する、島全体が西洋風な場所とのこと。
温暖な気候、豊かな自然、政令指定都市並の都市部が両立し、国内の旅行先としても高い人気を持っている。
島名の「ニライカナイ」は、沖縄県の伝承にある神が住む島から取っている様だ。
少し話が横道に逸れるけど、後日ニライカナイ島について渚や両親に聞いたら渚は知ってて、父さんも名前程度は知ってるくらいだったので、本当に知らない俺が珍しい位、国内では有名旅行先なのは間違いない。
そんな観光名所に行ける機会を、あっさり俺に渡してくれる大田さんの男気というか、躊躇いのなさというか、ある意味で執着の無さに感心するばかりだ。
それならせめて、旅行の思い出話とお土産を渡したい……と思うのが人情という物。
旅行券の期限はまだ1年半ほど先だし、一緒に行く相手はゆっくり選べば──と言いたいけれども、今度は別の問題が浮上してくる。
果たしてこのチケットを使って、誰と行けるのかという問題だ。
2人きりで南の島へ行くのだ、誘うならよほど仲の良い相手じゃなきゃ無理だろう。
けれども、三者面談で先生に心配される程クラスメイトとの関わりが薄い俺には、そんな相手は殆ど居ない。
旅行券の期限が切れるまでに仲の良い友達を学園で作れば良い──なんて考え方も出来るけど、そもそもクラスメイト達は今、
であれば、学園とは無関係な立場で繋がりのある人物を誘えば良い。
ところが俺の場合、それもまた大きな問題を抱えているのだ……どうして。
“学園とは無関係な立場で繋がりのある人物”の該当者その1は、従妹の小鳥遊夢見。
今回チケットを貰う理由になった【救済★病み俱楽部】のメンバーであり、不良グループ撃退におおいに活躍した(恐らく違法改造した)モデルガンを提供した大功労者。
俺に対して明確過ぎる好意を抱いており、誘えば間違いなく応じて来るであろう、麻雀に例えたら安牌な存在。
チケットを貰えたのは間違いなく彼女のお陰であり、そもそも彼女を誘うのが筋だ。
だったらそんな彼女に、日頃の活躍と俺に対して向けてくれる愛情に対しての、せめてもの細やかな感謝という形で、ニライカナイ島に連れて行くのはどうだろう。
いや、無理だ。
そんな事、出来るわけがない。
常に好意的、協力的、献身的で世話焼き。
しかしそれらは、彼女の表の部分に過ぎない。
彼女の裏側──つまり本質的な部分が如何に危険で狂気を孕んだ物かを、俺は過去に身をもって経験し、理解している。
そんな夢見と下手に深いコミュニケーション──
危険だが非常に協力的かつ強力な味方──そんな小鳥遊夢見と、絶妙なバランスかつ、奇跡的に形成できてる今の距離感を、むやみやたらに崩したくはない。
それに何より──あらゆる理屈やロジックを飛び越えて、シンプルに誘いたくない。
と言うワケで、夢見はパス。
ならば“学園とは無関係な立場で繋がりのある人物”の該当者その2、妹の野々原渚はどうだろうか。
家族で歳が同じ妹。
常に顔を合わせている存在で、オシャレや流行に聡い彼女ならばきっと、ニライカナイ島へのバカンス旅行にだって興味がある。
誘えばきっと時間を作ってくれるだろう、という信頼がある程には確実な相手。
──にもかかわらず、俺はある意味夢見以上に、今は渚を誘いたくなかった。
良ければ感想、評価、よろしくお願いします。