ヤンでRECKLESS★FANATIC!   作:食卓塩少佐

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TRACK3 CONSIDERATION

 準備体操を終えて、さっそく2人1組でのキャッチボール練習が始まる。

 俺も渚と一緒に、グラウンドでキャッチボールを始めた。──はず、なのだけど。

 

「何で俺達はこんな物陰に居るんだ。キャッチボールは?」

 

 俺は渚に連れられて、俺は講堂横の体育倉庫裏に居る。

 言うまでも無く、こんな敷地の隅っこでキャッチボールする生徒なんているワケも無く。傍から見れば完全に授業をサボってる様にしか見えない。

 

 しかし渚はそんな事まるで気にせず、俺の真横に並んで、

 

「えっ、お兄ちゃん本気でキャッチボールしながら会話する気だったの?」

 

 俺の顔を見上げながら、ケロッとした顔で言って見せた。

 

「いや、だってそうしないと先生に」

「どうせこの人数だし、先生達もこの時間は細かく見ないよ!」

 

 ただでさえ人数の多い合同授業。更に試合も行うため、先生は準備をする必要がある。

 渚の言う通り、全生徒が真剣にキャッチボールをしているかなんて見ちゃいない。

 それにしたって、ここまで露骨にサボるってのはどうなんだ……そう思う俺に、渚は更に言葉を続けた。

 

「それに、お兄ちゃんだって出来ればあんまり負担掛けたくないよね?」

「は…………?」

 

 主語の欠けた言葉で頭に疑問符が浮かぶが、渚は俺の右手首を指で差した。

 

「手、痛いもんね」

「む……」

 

 先日と変わらず、俺の右手には包帯が巻かれたままだ。

 渚の指摘通り、全力でソフトボールを楽しむのは少々難しい。

 

「無理に動かしたって、治らないよ?」

「別に無理とかじゃないけど……一理あるか」

 

 キャッチボール程度ならと思っていたが、しない方が治りが早いってのは確かだ。

 不本意だが、渚の言葉に揺らぎかけている。

 そんな俺の心境をお見通しだと言わんばかりに、渚は立て続けに言う。

 

「だいたい、お兄ちゃんが私にしたい話って、他の生徒が居る前で出来る内容なの?」

 

 だったら、わざわざ授業時間に会話しなくたって──そう反論したくなったのをグッと喉仏辺りで堪える。

 だって、そもそも渚が強引な手段を選ぶ理由は、俺が積極的に渚を避けてるからだし。

 

「……分かった。でも、それなら先生にバレない様に手身近に話そう」

「うん、そうしよっ」

 

 観念した俺を見て、渚は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 


 


 

 

「回りくどいの怠いから、いきなり聞くけど、何でお前は母さんを殺そうとしてたんだ」

「うーん、今は内緒!」

「はぁ!?」

 

 一番知りたい事をあっさりと躱されて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「あははははっ、お兄ちゃん変な声!」

「──っ、お前なぁ!!」

 

 正直、これが分からない限り渚との関係修復なんて到底無理な話。

 それは向こうだって分かるはずなのに、渚は俺が困惑するのを分かってて、むしろそれを楽しんですらいる。

 

「ならせめて、何で内緒にするのかぐらいは教えろよ」

 

 少し内容を変えて再度問いかけると、今度は少しばかり考える仕草を見せて、十数秒ほど時間を掛けてから答えた。

 

「まだ、お兄ちゃんに話すのは早いと思ったから。話しても、今のお兄ちゃんじゃきっと意味が分からないし」

「最初から全部意味わからないままだし……というかどんな理由だろうと、母さんを殺そうとする妹の気持ちなんて理解出来るわけないでしょ」

「ううん、そんな事無い」

「──は?」

 

 確信してる様に話す渚。

 そのまま、まっすぐ俺を見つめながら、確固たる自信を抱く人間だけが出せる声色で言った。

 

「きっといつか、お兄ちゃんにも分かる時が来るよ」

「……」

「だから、()()()が来るまで、ひとまずお母さん(あの人)を殺すのは中止。どっちにしろ、私一人だけじゃ、お母さん(あの人)を殺すのは絶対に無理だって、()()()()()()()。──だから、ねぇお兄ちゃん」

 

 渚は何処か自嘲にも似た含み笑いと共に、続けて言った。

 

()()()が来たら、私と一緒にあの人を殺そうね?」

 

 その言い方が、あんまりにも普段通りの渚まんまだったものだから。

 

「…………来るわけねえだろ、そんな時なんて」

 

 そう言い返す事が精一杯だった。

 

 


 


 

 

 俺と渚の会話が何とも言えない空気の中で止まったタイミングに合わせる様に、キャッチボール練習の終わりを告げる笛の音が聞こえた。

 

 何とも言い難い胸中の中、なし崩し的に俺達は互いのクラスで練習をする事になった。

 

 やる事は先述した通り、クラス内での試合だが、俺はゴルフボールの打ち方は慣れていても、ソフトボールは専門外。

 練習試合中に攻めでろくな活躍は無く(守備は外野でそこそこ奮闘したが)、そもそも本気でやろうにも、右手があんまり役に立たない事を先生に伝えた事で、4時限目に行うクラス対抗戦のメンバーには選出されなかった。

 

 おかげで、渚と会話する時とは異なり、公然と応援の名目で授業をサボれる立場となった。

 個人的には万歳三唱だったが、その直後脳裏を過ったのは、渚も同じく対抗戦メンバーじゃない場合、3時限目の序盤と同じくまたも会話を避けられない状況に陥るのでは、と言う懸念であった。

 

 しかし、実際に4時限目を迎えると、なんと渚は相手チームの先発ピッチャーという大役を任されており、俺とは違いチームの主力になっていた。

 この手の嫌な予感は往々にして的中するのが世の流れであるが、本当の本当に幸いにも、今回は俺の杞憂と言う結果になった。

 

 もっとも試合開始直後、曲がりなりにも敵チームである俺に向かって手を振りながら、

 

『頑張るから、見ててねお兄ちゃん!』

 

 なんて、余計極まりないアピールをしてきたのには困ったが。

 それでもいざ試合が始まれば、両クラス共に代表選手の活躍を応援するのに集中するので、ノンストレスで俺も観戦できた。

 

 

『いいぞー渚ちゃん! その調子、その調子!』

『ナイスボール!』

 

 渚を応援する声が、何故か両方のクラスから聞こえる。

 ただいま4回の裏まで進んだが、ここまで渚は男子相手にも全く引かずに好投を見せて、何度か打ち込まれて怪しい場面がありはしたものの、未だに無失点で抑えている。

 

 渚がソフトボール上手だという話は聞いた事が無かったけど、非ソフトボール部員にしては、先発の仕事をしっかりこなしていると言えた。

 考えてみたら、母さんも学生時代にはバレーボール部で大活躍する程に運動神経が良かったワケで、競技は違えど渚に素質があるのも当然の話かもしれない。

 

 学年全体で人気のある渚が、汗を流しながら真っ当に活躍しているんだ。そりゃ敵味方関係なく応援する人が居るのも仕方ないな。

 

『──どっちの応援してるんだっての』

 

 一方で、純粋に勝ちたがってる生徒からは、当然の様に反感の声が出てくる。

 

 いかに授業の一環とは言え勝ちたい(勝って欲しい)と思うのは実に真っ当な欲求だ。

 それなのに、相手チームはともかくとして、味方から相手ピッチャーの渚を応援する声が出るのは、普通に『空気読めよ』と苛立ちが募るのも無理ない話だろう。

 

 出来れば頼むから、俺の耳に届く範囲でボヤくのは辞めて欲しい物だけど、もしかしたらそれもワザと言ってるのかもしれない。

 

 家族だしな。

 試合前にもアピールされてたしな。

 普通に黙ってみてるだけでも──いや黙ってるからこそ、声に出さないだけで内心は渚を応援してると思われてるんだろうな。

 

「はーいファイト~!」

 

 取り敢えず、渚と渚応援団に対する不満の声は一切聞こえてないフリをしつつ、形ばかりの声掛けをして誤魔化していく。

 ノンストレスで俺も観戦できた──と思ってたのも、最初の方だけだった。悲しい。

 

 

 そうこうしているうちに6回裏。ソフトボールは基本7回で終えるので、終盤に差し掛かっている。

 渚はこの間に1点だけ取られたが、その後立て直して追加点は許さず、このまま投げきったらプロ野球好きな父さんがちょくちょく口にしている『QS』なる物に達する。

 

 しかし、如何にセンスのある渚でも流石に疲労が出て来たのか、2アウトまで追い詰めたのは良い物の、その後から立て続けに打ち込まれてしまい、2アウト1・2塁の状況が出来上がった。

 

 ここまで1点も取ることが出来ず、試合も終盤で焦っていた俺達のクラスは、降って湧いたチャンスに盛り上がり、当初は渚を応援してた奴も一緒になって逆転を願い歓声をあげ始めた。

 お陰でつまらない理由でストレスを感じる必要が無くなったが、今度は純粋に試合内容でハラハラさせられる。

 父さんがよく、贔屓にしてる球団と嫌いな球団の試合で、逆転がかかった場面になると口数が消えて酒ではなく固唾を飲んでいる場面を見るけど、なるほどこういう心境か。

 

『うぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 渚がこの試合初めてのフォアボールを出して、またも出塁を許した。

 これで満塁。更に打席に立つのは今日の試合で何度かヒットを飛ばしてる5番の強打者。

 いよいよ逆転が見えてきて、盛り上がりも最高潮に達していくクラスメイト達。

 

 それとは対照的に、渚の表情には明らかに疲労と、何よりも焦りが見えている。

 これ以上投げ続けるのは得策ではないし、交代した方が良いと思うのだが、そんな采配をする監督役がいるワケも無く、引き続き渚がマウンドに立ち続ける様だ。

 

 俺としてはここで渚が盛大に打たれて逆転されたらどうしよう──なんて心配は特にない。しかし、無理に投球して肩を痛めたりしないか、そっちの方を心配している。

 そんな事を考えていると、不意に渚が俺の方へ視線を向けて、意図せず目がパッチリと合った。

 

「……っ、カッコ悪いなぁ、せっかくお兄ちゃんが見てくれてるのに」

 

 聞き取れはしないが、渚が何かを呟いたのは分かる。

 それから、渚は額の汗をジャージの袖で拭ってから構えて、何十球目かになる球を投げた。

 先ほどまでよりもキレのいい、しかし初回に比べたら明らか球威も伸びも無いストレートは、ストライクゾーンへまっすぐ向かい──、

 

 金属バットの奏でる高い打球音と共に、真反対の方向へと飛んで行った。

 “打たれた”“逆転だ”言葉は違っても、全員が渚の球が打ち返された事を確信する。

 

「──え?」

 

 しかし、歓喜の声が──あるいは、絶望の悲鳴が両クラスから沸き立つよりも先に、全く温度の異なる小さな悲鳴が、グラウンドを鳴らした。

 

「──きゃあ!」

 

 それは他ならぬ渚の声。

 渚が、打ち返されて自身に向かって真っすぐ飛んできた打球にもろに当たり、倒れ込む際の声だった。

 

 皆と違い、打者ではなく渚の方を注視してた分、この場の誰よりも早く事態を理解できた。

 “あ、これマズい”──そう思うよりも早く、勝手に身体は動いてくれた。

 グラウンド端の応援席から走り、グラウンドに立ってる誰よりも先に、俺は横たわる渚のもとへと駆け付けた。

 

 遅れて周囲から鳴り出す悲鳴を聞き流しつつ、俺はすぐに渚を抱きかかえて言った。

 

「渚、意識あるか、どこ打った!?」

 

 努めて冷静に──を心がけても勝手にはやる気持ちと声を極力抑えて問いかけつつ、返事を聞く前にも自分の目で渚の状態を見る。

 幸いにも顔や頭には当たって無い様で、打撲や出血の様な怪我は見受けられない。

 恐らく、咄嗟に姿勢を変えたか腕でガードしたんだろう。

 

「お、お兄ちゃん……!? 来るの早くない?」

「そんなの良いから、どこ痛む?」

「え、えっと……っ! 右腕……が、結構痛いかも……」

「分かった」

 

 思った通り、大事なところにはギリギリ当たらなかった。

 心の底から安堵しつつも、ソフトボールが当たって生じる痛みを軽視するワケが無い。

 

「保健室いくよ」

「え、お兄ちゃ、きゃぁ……!」

 

 問答無用で抱きかかえ──俗に言う『お姫様抱っこ』の状態になった渚を保健室まで運ぶ。

 途端に、先程までとは毛色の異なる声が聞こえ始めたが、この状況で周りの目や声なんて気にしていられない。

 慌てて駆けつけてきた先生にも保健室へ連れて行く事を手早く話して、振動で渚の腕が痛まないように気を配りつつ、早足で校舎に戻っていく。

 

 その間、渚は少し顔を赤らめて、じたばたと小さな抵抗をしながら言う。

 

「も、もう~! 歩けるから、こんな恥ずかしい格好しなくても大丈夫だよお兄ちゃん!」

 

 そんな戯言を口にするが、冗談ではない。

 

「あんな速い球に、疲れてる状態で咄嗟に反応したんだ。痛いのは腕だけじゃないだろ」

「…………っ」

「足首か、アキレス腱か、あるいは脚全体か? 痛むだろ絶対」

「……もう、なんで分かるの」

 

 認めると同時に、抵抗をやめた渚。

 

「分かるに決まってる、お兄ちゃんなんだから」

「最近ずぅっとずぅっと避避けられる原因はお前にあるだろ」

「そうだけどぉ……」

「納得したなら、黙って運ばれること」

「……はぁい」

 

 それ以降、おとなしくなった渚は抵抗する事無く俺に運ばれるのだった。

 

 


 


 

 

 保健室で先生に診てもらいうと、数日は痛みが残るが決して痕は残らないとの事だった。

 捻った足も湿布を張って無理な動きさえしなければすぐに治るらしく、想定していた中で最も軽度な怪我の様で、ほぅっと胸をなでおろす。

 

 取り敢えずは無事に済んだので、保健室を後にした俺達は揃って教室へ戻る事に。

 授業はとっくに終わってお昼休みになっており、ガヤガヤと生徒達が出歩いている。

 

 本当なら途中で購買部に寄ってお昼ご飯を買いたかったが、着替える時間なんて無かった俺達は当然ジャージ姿のままだ。惣菜パンどころか自販機のジュース1つ買うことが出来ない。

 財布やスマートフォンなどは制服と一緒に更衣室のロッカーにあるので、まずはそこまで廊下や階段に漂う食欲を刺激する芳香に胃を震わせながら、歩くしかなかった。

 

 渚の足の事もあって歩きだとゆっくりの移動になってしまうが、流石に不特定多数の生徒らが見る中で、またお姫様抱っこは恥ずかしいと言われたのからには仕方ない。

 いつもなら2分足らずで着く距離を3倍近く掛けて到着し、幸運にも鍵が掛かって無かった互いの更衣室で制服に着替える。

 ロッカーの中にしまってた財布やスマートフォンは当然だが盗まれてたりなんかせず、俺は男子更衣室を出てから、そのまま渚が出てくるのを待つ。

 

 渚が着替え終えたら、教室まで送り届けて、あとはそれぞれ勝手に過ごせばいいと思っていたが。

 

「えっ、なんで! せっかくだし一緒にお昼ご飯食べようよ、ね?」

 

 そう言い出されてしまい、ここまで一緒に居た手前断り辛く、なし崩し的にお昼ご飯を食堂で過ごす事になった。

 

「さっきはありがとう、お兄ちゃん。倒れたと思ったらすぐにお兄ちゃんが目の前に居たから、私驚いちゃった」

 

 そんな感じの事を、食券の列に並ぶ間も、おぼんを持って注文した定食を待つ間も、食事中にだって、しきりに言ってきた。

 

「もう分かったって。そんな何回も言わなくていいから。聞いてて恥ずかしくなって来た」

 

 流石に堪えてきてそう言ったが、渚はそんなのお構いなしに、

 

「だって、本当に嬉しかったんだもん……私の事、本当に大切に思ってるんだって分かって」

 

 一切の混じりっけなく、心からそう思ってるのが伝わる笑みを浮かべてそう言った。

 

お母さん(あの人)だけじゃなくて、私の為にも、そんな風になってくれるんだね、お兄ちゃん」

 

 続けて言ったその言葉には、俺は返す言葉が思い浮かばず、

 

「──良いから、口より手を動かしなさい」

 

 誤魔化すようにそう言って、自分の口に生姜焼きを突っ込むのだった。

 

 

 食事が終わってお昼休みも残り10分程度になった頃には、保健室の先生が言った通り渚の足はだいぶ元の調子に戻っていた。

 

「あとはもう平気だよ。ありがとねお兄ちゃん」

 

 本人がそういうので、教室まで見送る事はせずに途中で俺らは互いの教室に戻った。

 

 教室に戻ると、直前までにぎわっていた教室がまたも沈黙に包まれる。

 まるっきり朝とデジャブっており、もはや今更何とも思わん──と思っていたが。

 

「の、野々原! すまない!」

 

 俺の前に駆け付けてそう言ったのは、先ほどの授業で渚にバッター返しを決めてしまった生徒。

 彼とは特別交流が無かったので、目の前で謝られてもパッと名前が出てこない。

 えぇっと……確か、何となく『中野』とかだった気がする。多分。

 

 その仮称中野君は、いきなり謝られて困惑する俺に、更に畳みかける様にして言った。

 

「妹さんの怪我は大丈夫だったか!? 保健室に言った時はもう見なくて、教室にも居なかったから、もしかして病院に行くような大けがになってんじゃねえかって、俺……」

 

 ──あぁ、なんだ。単に本気で心配してくれてるだけか。

 

 合点がいくと同時に、中野君(仮)が優しい奴だなあと素直に感心する。

 

 確かにあの緊張の場面で、ピッチャー返しで相手を保健室送りと言うのは、仕方ないにしても心象は最悪だろう。

 ましてやその相手が女子ともなったら、余程倒錯した性格でも無ければ5分に1回はため息をこぼしたくなる。

 その上保健室や教室に行っても姿が見えず、帯同してたはずの俺も戻ってこない──それだけの大ごとだと心配するのも致し方ない。

 

 ただ、それにしてはちょっと体が小刻みに震えてたり、顔が蒼白すぎないか? 

 周りの生徒も、固唾を飲んで見守っている様な気もするが──あっ。

 

「……えっ、あの、野々原……?」

 

 敢えて何も言葉を返さずに、自分の席に戻る。

 当然、(推定)中野君は困惑しつつも、俺の席の前まで歩いて来た。

 そのタイミングでぎろっと彼を睨みつけて、低い声を意識しながら言った。

 

「絶対に許さない。お前もそのうち荒川さんと同じ目に遭わせてやるからな」

「──ひっ!?」

 

 露骨にビビり散らかす中野君。彼の背後で聞き耳を立ててるクラスメイト達も各々に顔を引き攣らせていた。

 

 そうそう、俺が『不良とつるんで悪さしてる』ってあらぬ噂も流れていたんだよな。

 だから、そんな奴の妹を怪我させてしまい、報復を恐れていたんだろう。

 

 そんな状況で俺がそんな事言う物だから、きっと彼の背中には今、嫌な汗が流れている事だろう。

 

「あ、あの……野々原、本当に悪かったと思ってて、その……」

「──ぷ、くくく」

「……へ?」

 

 なので、さっさと冗談で済むうちにネタバラシ。

 

「あはははっ、冗談だよ。そんな事しないって!」

「え、ええ?」

「渚は軽い打撲程度で後も残らない。さっきまで2人でお昼ご飯食べてたから教室に居なかったんだ。心配しなくても良いよ」

「じゃ、じゃあ、返しは……」

「返しって、ヤクザじゃないんだから。あんなの試合してたら普通に起こりうるトラブルだろ? 本当に気にしなくていいよ」

 

 そこまで言ってようやく、俺がわざと言ったんだと理解した中野君(?)は、腰を抜かすようにその場にへたれ込んだ。

 

「お、脅かさないでくれよ……マジでビビったんだぞ……」

「悪い悪い、最近俺について変な噂が立ってるし、ちょっとどんな反応するかなって魔が差した」

「う……そっか」

 

 噂の事を俺が口にするのはこれが初めての事。当然どんな内容か知ってる中野君はまたもバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

「それについても、すまん……嫌だよな、不良の仲間扱いとか」

「ちょっと困ってたのは確かだけど、疑われても仕方ない状況だったとは思ってるよ」

「ちなみに、こんな事聞くのも気分悪いと分かってるけど、本当に不良とは……?」

「あはは、俺がそんな風に見える?」

 

 もう一回、普段教室では見せない様な笑い声と一緒にそう答えると、中野君(と思われる同級生)は安堵の表情を浮かべてすくっと立ち上がった。

 

「そっか……だよな! ホントすまん!」

「まぁ、良かったら単なる噂に過ぎないって、友達とかに広めといて?」

「あぁ、そうする。……っと、もうすぐ授業か。ホント、妹さんの事はごめんな!」

「はいはい、授業の準備してくれ」

 

 罪悪感と、不都合な噂。お互いに払拭したい物をスッキリさせてからそれぞれの席について午後の授業を迎えた。

 これで野田君(だっけ?)から見た俺の印象は、妹に怪我をさせた相手でも笑って許せる寛容な人物として上書きされた。

 

 更に、この日以降、一連のやり取りを見ていたクラスメイト達も同様に、俺への態度を改め始めてくれた。

 どうも、渚を保健室に連れて行った行動が思ったより好印象だったらしく、そこに中……君との会話で見せた態度や雰囲気で、一気に噂による悪印象が薄れたらしい。

 

 元々足立や荒川さん以外とコミュニケーションを交わす事が少なかったので、友達が増えた! なんて事にはならないけど、週末を迎える頃には教室に入ってクラスメイト達が沈黙するような事は一切なくなった。

 

 内申点への悪影響が無くなりだいぶ助かったと思う反面、どうも俺が渚に対してかなりのシスコンではないかと言う、これまた面倒な疑惑が生じている気がしないでも無い。

 それでもまぁ、息苦しい学園生活を過ごすよりは遥かにマシなのは間違いないので、その程度の誤解は甘んじて受け入れる事にするのだった。

 

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