REAL-BUG   作:KYON-

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襲撃編、三

 夜の一般道を、小型車が疾風の如く走っていた。路上に無造作に ――道の真ん中だったり、ガードレールに乗り上げたり、横転していたり、所々焦げていたり、燃えていたり──、そのように放置された、三桁は下らないであろう車をドリフト走行や巧みなハンドリングで避けながら。

 もし、見ている人間がいたとすれば、この走りは神業にしか見えないだろう。鍛えられた技と驚異の集中力が織りなす――。だが、運転手本人は微塵も集中などしていなかった。煙草を咥え、車内にアップテンポのユーロビートを流し、片手でハンドリングをしていたのだ。しかも時折、煙草の灰を落とすために右手を窓から出している。もう少しで接触して、腕が吹き飛ばないだろか、そう見ている者は緊張するだろう。

 そんな運転手に、一本の直通電話が入った。彼は電脳化された脳味噌で直接受ける。

 

杉野(すぎや)だ』

『こちら天照アマテラス第13特殊機動隊指揮部です』

 

 電話の相手は女性だった。固い声からして、ガイノイドのオペレータだろう。運転手――杉野の頭には、五年前に見た、ずらっと並ぶ同じ顔のオペレータ達の気味悪い光景が甦った。

 

『杉野ヒロミツ氏、あなたの臨時入隊を許可します。直ちにこの場所に集合してください。銃火器の支給はそこで合流予定の第40補給部隊より…』

 運転手、杉野の視界の端に送られてきた地図のフォルダが表示される。しかし彼はそれを開くことなく削除し、逆にオペレータに要請する。

『いや、大丈夫だ。装備はこっちで用意できてるから、前線に直接送りこんでもらえないか』

 杉野の要請は、五秒ほどの沈黙をもたらしたが、比較的早く返答が返ってきた。

『…指揮官(コマンダー)からの許可が出ました。このエリアへ展開してください。生存者の救助が最優先事項です』

 再び表示された地図フォルダは、今度はちゃんとその役を果たした。

 衛星写真上に赤いポイントが示され、緯度経度がその横に微細な文字で書いてある。

「ショッピングモールか…」

 示されていた位置は、全国に展開する量販店グループの一店だった。即座に検索をかけて建物の写真をWEBから引っ張り出してみると、その大きさに驚かされる。

「なんじゃこりゃ…地下二階地上五階…」

 彼の担当場所のショッピングモールは、量販店グループが社運をかけて建設した超弩級の店舗だった。大量のテナントが入り、それに見合う沢山の客で大盛況していただろう。

 さっきまでポーカーフェイスだった表情が、驚きに変わる。自分のような傭兵バイトにこんな広い範囲を任せて大丈夫なのか、と。

『俺単騎って事は無いよな!?』

『心配には及びません。ドローンも送りますし、0:00には第13機動隊の二つの小隊が向かいます』

『0:00って…あと五時間もあるじゃないか!?』

『第13機動隊第2小隊の部隊長がそうするように要請しました。この人ならば、ドローンさえあれば大丈夫だ。と』

――あいつめ…

 杉野は苦笑いを浮かべた。その第2小隊部隊長、彼の心当たりのある人物の言う通り、間違っても死ぬようなことは無いだろうと彼自身思っていた。

 が、広すぎる、面倒くさい。

 だが、やるしかない。時給(ギャラ)は今までに無いほど良かったし、久々に大暴れするのも悪くない。

 そうポジティブに考えを改める。

『わかった』

『報酬ですが、募集時よりも多少引き上げてあります。司令官(ボス)からの礼、だとお考えください』

 平坦だったオペレータの口調が、最後の一文、少し笑ったように聞こえた。まぁ、天照のオペレータなら俺と総司令官の関係ぐらいわかって当然か。と彼は笑った。苦笑いではなかった。

 

 

 電話を切ると、前方に関門が見えた。いつもは川にかかる橋だった場所だ。

 しかし今は川など見えない。川の代わりにあるのは、高さ三十メートルほどの金属製の壁だった。表面にはピンク色の放電が幾つも見える。

 彼は関門の前で車を止めた。車を降り、警備中の陸軍の兵士に身元を明かす。

「杉野だ。第13特殊機動隊、臨時傭兵だ。入れてくれ」

 兵士は視線を杉野の顔に固定した。おそらく、ついさっき更新された兵士リストから彼の顔を検索しているのだろう。杉野も顔を動かさない。

 だが、杉野の特徴的な顔――目元がミラーのバイザーに義体化されているにも関わらず、顔認証は時間がかかった。

「すみません、サングラスが邪魔で認証できないとのことです。外していただけますか?」

「外すも何も…これが顔なんだが…」

 控え目な性格と思われる兵士の目の前で、杉野はバイザーを無理やりはがそうとして見せた。しかし義体化されて『体の一部』であるバイザーを引っ張ると、当然周りの皮膚も動く。

「ではIDを…」

「本部からはまだIDを発行してもらってねぇよ。大分ばたばたしてるみたいだからな」

「おい、どうした?」

 往々に時間がかかる認証に、ついに上官が我慢できずにやってきた。兵士はびくびくしながら状況を説明する。上官はこちらに背中を向ける状態でそれを聞いていたが、説明が一通り終わるとこちらに向き直りながら杉野に話しかける。

「おい、自称傭兵(バイト)、お前ほんとに…」

 ちょび髭を生やした上官は、最初は問い質すつもりの強い口調だった。しかし杉野の顔を一目見ると、問い質すのをやめて喜びの表情を浮かべた。

「おおっ、ヒロミツじゃないか!!」

 上官は先ほどまでの恐い雰囲気を解いて杉野の手を握った。いきなりシェイクハンズされた杉野は一瞬驚いたが、特徴的なちょび髭を見て思い出した。

「誰かと思えば(おさ)かよ! 元気にやってんのか」

「ああ、今はそこそこまで昇進したぜ。七年前のアジア動乱以来だな」

 長ユウキ、陸軍中尉と杉野の視界の端にタブが表示される。すっかり昇進しちまったたなぁ、と彼は感慨深く感じた。

 二人とも、予期せぬところで出会った戦友との再会をしばし喜んだ。七年前、東南アジア諸国が突如オーストラリアに侵攻を受けたアジア動乱で同じ部隊だった二人は、それ以後めっきり連絡が途絶えていたからだ。

 だが、今の戦況は二人に長い時間を与えてくれはしなかった。

 

 二人とも短時間の笑みを仕事の顔に戻した。杉野が尋ねる。

「長、状況はどうなってる」

「軍機密だ、絶対に一般人に口外するなよ」

「わかってる」

 頷いた杉野の表情を見た長は、杉野が自分の目を見つめているのに気付いて物理防壁(アイコンタクト・ウォール)を解いた。一対一の秘匿回線上で話が進む。

 

『蟲の夜牙侵攻前、軍のレーダー網が突如として機能しなくなった。最新鋭スパコン、香龍が乗っ取られて他のスパコンにハッキングを仕掛けたそうだ』

『だから認証やID発行に手間取ってたわけか…。しかもレーダーがいじられたってことは、軍の防壁が抜かれたのか!? しかし香龍単独じゃ…』

『そうだ。いくら香龍とはいえども、単独では軍の防壁は潰せない。だが実際の所、防壁は十秒と持たなかったらしい』

 十秒、その数字に杉野は唖然とした。世界最高のセキュリティを誇る、と言われてきた日本軍のセキュリティがそんな短時間で破られるとは、軍や政府の人間は誰も思いもしなかっただろう。

『情報部は必死で香龍乗っ取り犯の逆探知を試みたらしいが、シグナルはオールロスト。何処の回線から繋がったのかさえ分からないそうだ』

『マジか…人間業じゃねえぜ』

『そりゃな、現段階で、香龍を乗っ取っり、そいつをバックアップしてハッキングを行ったのは、リプログラムされたスーパーコンピュータだと考えられている。けれども諜報部のログによると、(うち)の香龍にハッキングできるほどの性能がある約30台全てにアリバイがある』

『海外も、か』

『勿論な』

『確かな情報か?』

『軍の諜報部の実力をなめてるのか? お前だってひどい目に遭ったことがあるだろう』

 自分自身がかつて体験した軍諜報部の実力を参照し、杉野は現実世界で一つ大きくため息をした。長の証言が確かなら、軍のスパコンの防壁を抜き、その後の追跡を逃れるほどのハッカー、あるいはコンピュータなど、その時間この世にいなかったことになる。

 

『見事に八方塞がりか。上手い事やられたなぁ、軍も』

『チャチャを入れてんじゃねぇぞ』長の口調が鋭くなった。ふざけたつもりなど無かった杉野は、この件で長が相当苛立ってるのを感じた。

 

『すまねぇ。ところで、それは内部犯の犯行じゃないのか』

 杉野の推理はもっともだった。外部から接続した痕跡が無いのなら、内部を疑うのが鉄則だ。内部からのアクセスならば、防壁を抜く必要もない、通常アクセスを装えば、香龍は簡単に他のコンピュータを落とせる。

『どうやってスパコンのケーブルを軍まで引くんだ』

『自身がコネクタになりゃいいだろ』

『無理だ、このやり方だと確実に足がつく』

 長は一つの記録を送った。

 フォルダを開いた杉野は絶句する。

『まさか…』

 記録には同じ文面が何万と並んでいる。

『ああそうだ。力づくでやられた。一つ一つの可能性を潰していくもっともローカルで単純で時間のかかるやり方でな』

 今回香龍を襲った手法は、もっとも非効率的ではじかれやすい方法で、元よりハッキングの方法として認知さえされてなかった。

 しかも膨大なデータ転送を必要とするゆえ、個人の電脳では絶対に無理な芸当。かつデータ転送が出来ても、無線転送なら異常なログが残り、有線転送なら周りの人間にばれ、犯人がコネクタになる必要もない。

 

『ゴリ押しだな…』

 

『しかしハッキングの方も不思議だが、驚くべきなのはもう一つ、レーダーがゴーストだらけになった二分間で攻めてきた連中だ』

『そうだった、奴らはそんな短時間で連中は攻めてきやがったのか』

『ああ。しかもレーダーバリアを運搬者(キャリアー)が生身で越えてきた。今までの奴らじゃない、突然変異種としか考えられん』

 長は語調を弱めた。おそらく、初動対応に当たった軍にも多くの犠牲が出たのだろう。

『幾ら死んだ』

 杉野は犠牲が多いと推定しながらも、敵の実力をはかるために訊いた。口調を戻した長は、軍人の態度、死人など気にしないというもので答えた。

『三千。一時間でな』

『そうか…わかった』

 ――多いな…、いや、多すぎらぁ。

 

 杉野は直接回線を切った。二人とも個人防壁を再展開する。

「気をつけろよ。天照(お前ら)も手を焼いてる」

「この俺が死ぬとでも思ってんのか、弱虫長さんよ」

 杉野は車に乗り込む。開かれた関門を通る時、窓ガラスを長が殴った。

「誰が弱虫だ」

「すまねぇ、弱虫じゃなくて、中尉(・ ・)さんだったか」

 杉野は笑って敬礼をし、長は応礼をすぐさま返す。

「遺体スクラップになって帰ってくるんじゃねぇぞ」

「わかってるさ。任務(バイト)が終わったら、飲みに行こうぜ」

 

 杉野はそう言ったものの、答えも聞かずに開けていた窓を閉める。車がゆっくりと進み始めた。

 

「門を開けろ! 全員、銃を構え!!」

 門に向かって数十の銃口が向く。分厚い鉄の戸が開き、中の様子が露わになった。

 所々火の手の上がる街の風景と、そこに飛び込む車を見つめて長は祈った。

 ――死ぬんじゃねぇぞ。ヒロミツ。

 

 車が『修羅場』に入った。関門が急いで閉められた。

 

 

 

 

 

 

 

『第13指揮部より第2小隊へ。臨時傭兵一名が加入。0:00にポイントKN-1で回収せよ』

『了解』

 三か月前に比べれば長くなっていた太陽も、もう帰り支度を終えてとっくに沈んだ午後八時。

 廃墟のようなアパートに、周囲の状況確認をしている、第13特殊機動隊第2小隊がいた。

 部隊長は咲川スズラ。隊は全員で五人と傭兵一人だったが、傭兵は途中で脱落して今は五人に戻っている。おそらく、脱落した傭兵は今頃肉団子にでもなっているだろう。

 

「スズラ、指揮部は何て言ってきたんだ」

 アンテナの付いた機械を操作していた男が、手を止めて部隊長に訊く。割れた窓の隙間から辺りを見回していた部隊長のスズラは、口に出すのが鬱陶しくて無線で答えた。

『傭兵が来るそうよ。今はドローン連れてショッピングモールに向かってる』

「また傭兵? 足手まといになるから断ろうぜ…」

 先ほど、傭兵の援護にさんざん苦労した若い男が不満を漏らした。彼の不満の原因は、このアパートに入る直前、二十匹程度の敵に囲まれて銃撃戦になっていた際の事だ。

 傭兵が足を引っ張って、若い彼自身も腕に切り傷を負った。幸い義体だった為無事だったが、傭兵は敵に引きずられてどこかへ連れて行かれた。

 あんな役立たずがもう一度来られたら困る。多額の報酬当てのチンピラやヤンキーや、格闘技を少し齧った程度の人間素人が近頃の傭兵には多い。

 

『大丈夫。さっきプロフィールを確認したけど、経験も実績も文句なし。もしかしたら、あなた達以上かもしれないわよ』

 恨みの籠った声で話すのを聞き、恨みの籠った目を見て、隊の全員は傭兵が誰であるかを悟った気がした。

「スズラ…まさか…」

 腕が四本、どれも丸太のように筋肉が隆々とした男が、眼光を鋭くする。返ってきた頷きに、四つの手の平は握り締められ震えた。他の隊員も同様だった。

 感情をむき出しにはしないものの、明らかに怒りが彼らを支配していた。

「あいつなら問題ないだろうけどよ…なんでなんだよ?」

 床に拳を振り下ろし、四つ腕の男は叫んだ。戦場である事も忘れてしまっている。

「大声を出すんじゃない!」

 

 スズラは少し間を取って、冷たく言った。

 

「分かりたくもないわね…」

 

 

 

 

 

 

 

「ハックショイ!!」

 小型車が揺れるかと、いや実際一瞬揺れるほどの爆音と風が巻き起こる。

「あ~…風邪ひいたかな…。いや、そんな訳はないだろ…」

 ヒロミツは完全義体である、ゆえに、感染症とは無縁。すると、古より伝わる『誰かが自分の噂をしている』ということになるのだろうか、と彼は思う。

 しかし、この状況だとそんな『余計な』事、考える余裕などない。

 

 杉野の運転する小型車は、金属製の壁によって隔離された第八区画を走っていた。第八区画は主に夜牙市のベッドタウンとして機能しており交通の便も良い為、高層マンションが立ち並ぶコンクリートの林のような風景を見せている。普段は――。

 しかし今日は。

「山火事みてぇだな…」

 至る所で火の手が上がり、煤で外壁が黒くなって、黄昏の空と見分けられなくなったマンションなど数えきれない。下草のように肩を寄せ合う平屋や二階、せいぜい三階建ての家々に至っては、全焼して崩れ落ちた物も見受けられる。道路も所々アスファルトが捲れ上がり、ダッシュボードの小型首振り人形が空しく頷く。

 変わり果てた街並みを炎が照らす。それをバイザー型の目で見る杉野の表情は、一切変化など見せなかった。口元を締め、揺れる車内で音楽を聴いている。

 

 そんな車を揺らす原因は道路だけではなかった。時折聞こえる肉を踏み潰すような音、それとともに起こる揺れは、人間もしくは襲来してきた生物の死骸を乗り越えた時のものだ。杉野は出来るだけ死骸を避けようとはするものの、目的地に近付くにつれその数は増え、いちいち構ってもいられなくなっていた。

 もし、遺族が遺体を見たらどう思うだろうか。腕が、足が、首が――

 

バキィ

 

 何か『固いもの』を踏み潰した。

 

 ――頭が、無残に潰された遺体を見て。

 

 しかし、この憂いもまた『余計な』考えだろう。

 なぜなら、生存者(遺族)など殆どいないのだから。

 

 車が、ショッピングモールを火の手に渡さなかったバカっ広い駐車場に入った。

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