REAL-BUG   作:KYON-

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襲撃編、五

 畿内平野、この言葉は太古、瀬戸内海沿岸に広がる大阪平野の別称として扱われてきたらしい。

 しかしこの時代では、全く意味が異なる。『機内平野』という単語は、現在では奈良、京都、滋賀、和歌山、大阪、兵庫の旧二府四県にまたがる、日本で一番広く、かつ綺麗な円をしている平野を表す。中央には未踏界が広がり、中心付近には深さ三百メートルの大穴、斑鳩盆地があると言われている。

 その機内平野の畔、世界最強の要塞都市夜牙は、百年ぶりの襲撃を受けていた。

 

 

 星瞬き、炎揺れる街。その一角のショッピングモールの屋上で、赤い迷彩服の男と特殊装備で身を固めた女が対峙する。

 ただ、決して敵対しているわけでもない。対峙、というよりは逡巡と失望、そして湧き上がる怒り。サラダボウルの様に混ざり合う感情、互いに抱えるそれを互いに察していた。

 

 しかしそれは隊員の声で終わる。

「隊長、指令からです。14機動隊の一個小隊が行方不明との事。合流を断念し、そのまま付近の掃討とロストした小隊の捜索指令が出ています」

「なんだと…」杉野が太い声で驚き、スズラは一瞬眼光を鋭くした。

「やられたのか…?」

「いや、第一小隊は異端者で揃えた最強の隊…。蟲にやられるようなヤワじゃない…。マエミラ!」

 現実世界(リアル)電脳世界(サイバー)で同時に名を呼ばれた隊員が、目線を合わせて返事を返す。

 

「付近の生きている防犯カメラを至急ハック。第一小隊が生きてるか確かめて」

 色白な男は一つ頷くと、顔を伏せて瞳を閉じた。

 そして数秒の後に視線を上げる。力のこもったその目は、水色をしていた。日本人離れした白くて背中まである髪が、風も無いのに靡き出す。その靡き方はたちまち激しくなり、胡坐をかいている地面には、青く光る魔法陣が出現する。魔法陣からは一定時間ごとに、泡のような珠が飛び出し、彼の頭に吸い込まれてゆく。

 

――マエミラ…第21世代異端者、能力はケーブルなどを介さないネット世界へのダイブ、通称仮想潜入(サイバーハック)。いやぁ、俺が初めて会った時はおねしょしてたガキが、今じゃ立派な天照(アマテラス)の一員か…。時間っていうもんは早いな…。

 

 杉野が十年以上の昔の事、目の前で仮想空間内へと意識を飛ばす青年、マエミラの幼少期を思い出している時、スズラは所属先の第13機動隊司令部に問い合わせていた。

『こちら第二小隊。応答求めます』

『こちら機動隊本部。どうぞ』

 対応したのはガイノイド。命の籠っていない人間味のある声が、妙に違和感ある。

『第一小隊の最終位置の提供求む。どうぞ』

『わかりました、すぐに報告します』

 暫くの後、向こうから通信が入った。

『こちら13、第二小隊へ。最終位置は付近の中学校、今座標を送ります』

『学校? どういう事!?」

 スズラの表情の変化に、隊員達は最悪の事態が起こったのではないかと勘ぐった。

『司令に代わります』

 ガイノイドとの通信はそこで切れた。替わりに秘匿回線が司令部と繋がる。

 

『スズラ、儂じゃ。小隊全員と繋げ』

『…わかりました、司令』

 熊が唸るような低い声、その声の主にスズラは驚いた。彼女が予想していた相手は第13機動隊付きの若手士官、しかし回線に出たのは

『爺さん!!?』

 回線を繋げた杉野が、動画付きの通信を見るや否や、よろける様に驚いた。

『おっさんとは相変わらず失礼じゃの、ヒロ』

 サンタクロースのように蓄えられた白い髭、虎のように鋭い目つき。顔に残る何重もの傷跡。

 天照総司令、米田和希(よねだかずき)直々の直接回線だった。

 

======

 

「驚いたな、米爺自らこの小隊に指令を下すとは」

 スズラの首元から延びるケーブルを外して、杉野は感想を口にする。

 

「今はそんな事言ってる暇無いわよ。全員、準備は良い」

 皆が緊張の面持ちで頷く。全員を確認したスズラは走り出す。

 それを追う隊各員。隊にもぎこちないながらも慣れた杉野の頭の中では、先ほど受けた秘密命令がもう一度、米田の声で再生されていた。

 

『今回の第一小隊の構成は、異端者五名のみ。異端者を妬む陸軍過激派にとっては、トップクラスの異端者の首を狩る絶好の機会。そんな第一小隊との連絡は、二十分前を最後に途絶えておる。なんとしてでも第一小隊を見つけ、直ちに合流せよ!』

 

 白髪をオールバックに整え、白虎のような風貌の司令官は怒鳴るように命じた。気の弱い人間なら睨み殺せそうな野獣の風貌で、年齢は三桁だそうだ。

 蟲じゃなければ陸軍の過激派か…結局敵は人なのかもな…。諦めに似た溜息を吐きそうになって、止めた。

 今回命じられた命令、それを取り巻く状況。全てが思わしくない。

 もし第一小隊に何かあれば、天照全体が揺らぐ。

 杉野もスズラも、互いの過去に対する思いなど捨てて任務に目を向けた。

 

 一帯の防犯カメラを押さえ、周りを見ていたマエミラも合流する。

「隊長、付近には蟲だけです。第一小隊はおろか、軍の人間もいません」

「そうか、ご苦労。銃撃戦になるから銃の確認をしておけ」

 

 陸軍過激派が首を突っ込んでいたとしても、今は撤退しているのか…。強行突破が可能だな…。

 

 仮想空間内で彼女は指示を出した。

 

『全員いいか、第一小隊にもしもの事が有れば、天照は主力を失う。その機会に乗じて、現政権は繋がっている首の皮一枚を切りにかかるだろう。絶対に見つけ出せ、良いか!』

 全員がスズラの言葉に頷く。勿論、杉野も。

 

「行けっ! 指定されたポイントまで突っ切るぞ!」

 隊全員が一斉に、止まったエスカレータを駆け下り、閃光のように地上へと降りた。別の場所から入り込んだ蟲が所々で小さな群れを作って待ち構えていたが、スズラとその後ろを走る四本腕の男、(くすのき)の間を置かない連続射撃によって次々に撃破される。

「絶対に足を止めるな!」

 第一小隊と司令部が最後に交信したポイント、それはショッピングモールから五百メートルほど離れた中学校と司令から情報を受けた。

 路上には多くの蟲が控え、生きる者を殺さんとその気味の悪い手足を広げ、毒を路上に垂れ流しながら待ち構えている。スズラはその蟲の軍団の真正面から学校に向かって行くつもりだった。

 モールの適当なガラスを突き破り、路上へと飛び出す。

 気付いた蟲達は、即座に小隊の血を吸い、肉を喰らう為に集まってきた。

 

「フレンドリーファイヤーだけ禁止だ。後は走りながらなら何をしても構わない、やれっ!!」

 スズラの合図とともに、各員が一斉に銃を乱射する。ざっと見積もって百匹程がモールの前に集まっていただろうが、それらは一瞬にして殲滅された。

 日々の訓練で鍛えられた兵士たちは、ガラ空きの路上を走ってすぐに中学校に到着する。中学校の門には『卒業式』という立て看板が置かれていた。

 

「学校の中は静かですね…」

 小隊は静まり返る校舎を余所に、体育館のある方向へと向かった。そこが第一小隊最後のGPS信号の発せられたポイントだからだ。

 風が、植わっているイチョウの木を揺らす。変に生暖かい風だった。

「学校内には敵影無しね、警戒モードに移行」

 

 それぞれがそれぞれをカバーする配置につき、歩きながら体育館に向かう。

 皆、息は微塵も荒れていない。しかし、マエミラだけ様子が変だった。

「どうしたマエミラ、大丈夫か」

「…はい…な、何とか」

 マエミラは大丈夫と言いながらも、ついに足を止めてしまった。心配になったスズラが彼の近くによる。

「どうした、急病か」

「い…いえ。感覚は…どこも痛くないのに…体が…」

 彼は荒れる息を必死に抑えようとしながら話す。しかし話し終わる前に、半ば倒れる様にして座り込んでしまった。

「まさかお前…第一小隊の連中の薬飲んで無いのか?」

「いえ…違います…杉野さん…ちゃんと飲んで来ました」

 

 杉野にはマエミラの症状に心当たりがあった。異端者と呼ばれる、超能力者の一人であるマエミラにしか起こらない症状。

 

「杉野、何か分かる?」

「ああ、こりゃ能力干渉(ラインオーバー)だ。対応薬を飲んでない異端者同士が近付くと、双方の体調や能力に重大な影響を及ぼす。マエミラは一旦隔離した方が良さそうだぜ」

「能力干渉の事は知ってるけど…天照所属のマエミラに起きるはずは…」

「だがこれは確実に干渉の症状だ。隊員二、三人つけて、早く離さないと意識が飛ぶぞ」

 スズラは、長年異端者の訓練を担当してきた杉野の指示に従う事に決めた。能力干渉、その単語は彼女も知ってはいたが、杉野ほど詳しくは無い。

「わかったわ。私と杉野、楠以外は校門で待機。周りの警戒を怠るな、何かあったら…」

 

 

 

 丁度その時だった。

 

 激しい爆音と光、そして揺れが第二小隊を突如襲った。

 

「全員伏せろ!!」

 爆風の中、吹き飛ばされまいと何とか全員が地面に伏せる。

 光と衝撃波には電磁ノイズが混じっているらしく、電脳化している面々の感覚は丸ごと奪われた。何も聞こえず、見えない暗黒の世界が数分続く。

――何が起きてやがる!!?

 数分してノイズが止み、皆の感覚が復帰する。杉野も体を起こして辺りを見ると、先ほどまでの様子は一変していた。

 

 イチョウの木は倒れ、方向が悪ければ小隊を直撃していただろう。アスファルトは捲れ上がり、放置されていた自転車は消えていた。窓ガラスは割れたものの、砂のような細かい破片にまで砕け怪我をする事は無かった。地面は焦げ、フェンスはなぎ倒され、アンテナがケーブルに引っ掛かって無残な姿を晒す。

 

「何だ? 爆撃か!?」

「違う、そんな予定は皆無。まさか…」

 

 スズラが近くのマエミラを見る。彼は小隊の中でただ一人、まだ伏せっぱなしだった。

「大丈夫か、おい! マエミラ!」

「やばい、急いで遠くに連れて行け! 必要ならもう離脱しても構わん!」

 気付いた杉野も近寄り、一目見るなり他の隊員にマエミラの隔離を命じた。

「完全に意識が飛んでる。危ないぞ…」

「まさか、第一小隊も巻き込まれたんじゃ…」

「その可能性は十分にある。マエミラの意識が飛んだという事は、未知の異端者が覚醒したかもしれん。スズラ、急ぐぞ!」

 倒れたイチョウの木を避け、杉野は爆風のやってきた方向、体育館へと走り出した。スズラも後を追う。完全義体化された杉野は、時速六十キロで体育館に辿り着くと、何かによって熱せられた熱いノブを引いて中に飛び込む。

 懐から拳銃を取り出し、咄嗟に構えて安全を確認する。そして気付いた。

 

――誰だ…あいつ…

 

 体育館の舞台上に仁王立ちする、一人の少年。髪は碧く逆立ち、同じ色をした薙刀を右手に持っていた。彼の後ろには、おびえた表情の一人の少女、そして目をつむったまま動かない少女。そして、ぐったりした様子の兵士五人。

 長年異端者を見てきた杉野には分かる。この少年が、新しい未知の異端者である事が。

 

「お前は誰だ!!」

 銃口を向ける。少年は飢えた狼のような目線を杉野に向けたかと思うと、一言言った。

「もっと…」

 続くであろう最後の言葉は聞き取れなかった。いや、発せられなかった。なぜなら、少年は言い終わる前に膝から崩れ落ち、壇上に倒れてしまったからだ。

 髪は黒髪に戻り、薙刀は空気に溶ける様に消えた。

「大丈夫か!」

 駆け寄る杉野。その時、生身のせいで遅れたスズラが到着した。

「第一小隊!!」壇上に倒れる五人の兵士を見ての発言だった。しかし彼らも、少年と同じように意識がない。

「急いで救援を呼ぶ、じゃないとこいつらの命が危ない!」

 杉野は一番信用できる人間のところへ電話をかけた。

 

『長か。杉野だ。今すぐ中隊規模の護衛付き医療部隊を回してくれ、至急だ!』

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