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かつて史上最悪の闇の魔法使いと呼ばれたゲラート・グリンデルバルドが本拠地とし、敵対するものを閉じ込めて来たヌルメンガード城。皮肉なことにゲラートは半世紀近くの間、自らが造ったその城に囚われている。
とある夏の昼下がり。ゲラートのいる最上階をめがけて、エリスは螺旋階段を駆け上がっていた。まだ8歳の未熟な体には少々きつい運動だが、彼女は一日に何度もその階段を往復しているのでもう慣れたものだった。
「おじいちゃーん!」
ドン、と勢いよく扉を開け飛び込むと、祖父の牢の前にゆったりとしたローブを纏う老人がいた。
「って、あれ、アルバス来てたの?」
アルバスと呼ばれたその老人こそが、ゲラートを決闘で打ち負かし、ヌルメンガード城に押し込めた張本人である。といってもエリスにとっては、時折現れてお菓子をくれるただの好々爺に過ぎない。
「久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」
「うん!あ、ちょうどいいや。ふたりに聞きたいことがあるの。さっき本で読んだんだけど、赤ちゃんがヴォルデモートを倒したって本当なの?ヴォルデモートはおじいちゃんやアルバスと同じくらい強いんでしょ?」
イギリスではその名を呼ぶことすら忌避されるヴォルデモートだったが、アメリカで生まれ育ったエリスにはあまり馴染みがなかった。彼女にとって闇の魔法使いと言えば祖父のゲラートなのである。
「本当じゃ」
アルバスはそう言って鷹揚に頷いてみせた。
「じゃあどうやったの?私にも出来る?」
「ほっほっほ、それはちと難しいのう。あやつを倒したのは愛の魔法じゃ。それは古いにしえの魔法で……儂とて扱えぬ」
「確か古代魔術だったな。既に呪文含め何もかもが失われていて、詳しいことはよくわかっていない」
ふたりの言葉はエリスの心に強い衝撃をもたらした。
片や史上最悪の闇の魔法使い。片や20世紀で最も偉大な魔法使い。そんなふたりにも、知り得ない魔法があるなんて。
「それが死の呪文を跳ね返したんだ……」
エリスが漏らした呟きにアルバスは顔を顰めた。
死の呪文、もとい闇の魔術にエリスが関わることをアルバスはなるべく避けようとしてきた。彼女がヌルメンガード城に来てすぐ、城にあった闇の魔術関連の本をホグワーツの閲覧禁止の本棚に移したぐらいには。(最初は処分するつもりだったが、ゲラートが強力な保護呪文をかけていたために為せなかった)
「ゲラート、お主、まさか」
「ちょっと待て。俺は教えてないぞ。エリスには“まだ”早いしな」
「教える気があることがまず問題じゃ!この前もその件について申したが──」
あーあ、また始まっちゃったよ。エリスは口論を始めたふたりを呆れた目で見た。だいたいアルバスもいちいち大げさなのだ。死の呪文の存在くらいはそのうち学校で教わるだろうに。
「大丈夫だよ、アルバス。私、もう闇の魔術に興味無いし!」
「
「ほぉ、そうなのか?」
「だってそれより古代魔術の方が気になるもん。死の呪文を跳ね返したってことは闇の魔術より強いんでしょ」
古の魔法。古代魔術。それはいったいどんなものなんだろう。どうして失われたのだろう。知りたい。そしていつか使えたら──どんなに素敵なことか。エリスはその時、古代魔術に恋をした。かつてゲラートが闇の魔術、そして死の秘宝に焦がれたように。
「似ているのは見た目だけと思っとったんじゃが……エリスをお主の元に置いてやったのは間違いだったようじゃな」
「ははっ。私の孫だぞ。遅かれ早かれこうなっていたさ。強大な力はいつだって魅力的だ」
「エリス、ホグワーツは古代魔法の牙城と言われている。そこでゆっくり調べれば良い。だからそれまでは、もっと他のことを広く学びなさい。どんなことが繋がっているかわからんからな」
「つまりは手元に置いて監視するってことだな。その前にあわよくば目移りしたら良い、とそんなところか」
「ゲラート、ちと黙ってくれ」
「目移りしないよ。私、ホグワーツに行く!」
それからエリスは古代魔術の手がかりになるかもしれないと、様々なことを勉強した。特に力を入れたのは魔法理論学、呪文学、古代ルーン文字学である。ついでに呪文の語源を辿ろうとラテン語やフランス語にまで手を出した。幸いヌルメンガード城にはそれに応えるに十分な蔵書が揃っていたし、ゲラートは博識で多言語に堪能かつ暇を持て余していた。
あれから3年。無事ホグワーツ魔法魔術学校の入学許可証を手に入れたエリスは、ついに入学の日を迎えた。
ホグワーツ特急から降り、大男の先導でボートに乗り込む。森を抜けた先に、ホグワーツはあった。
夜の闇をそのまま閉じ込めた湖の上に築かれたその城は魔術学校に相応しいミステリアスな雰囲気を纏っている。大小様々な尖塔が複雑に建ち並び、暖かな光が点々と窓から漏れている。その光景に、エリスは思わず息を呑む。
──ここに、この美しい城に、私の知りたいものが眠っているのだ。
頬を上気させたエリスを乗せ、ボートは静かに城へと近づいていった。