最後の授業が魔法史だったフレッドとジョージは、他の生徒たちが次々に出ていく中、その場に留まった。柔らかな西日が差し込み、教室全体がオレンジ色に包まれる。薄いカーテンが影を落とす机の上には彼らのお菓子と悪戯グッズが散乱していた。
魔法史の教室は、他の授業の教室からの距離もほどよく、それでいて人は殆ど来ない。初めは地図作りの場としてのみ利用していたフレッドとジョージ、そしてエリスだったが、思いのほか使い勝手が良く、今やそこは3人の溜り場と化していた。双子はたいてい悪戯の計画をし、エリスは読書や課題に勤しむ。ちなみに各々が勝手に持ち込んだものは、教室の後ろに積まれた学術書の山の影に隠してあった。
「……また悪戯?」
突然した後ろからの声に、ふたりの肩が同時に跳ね上がった。エリスが入ってきたことに気づいてなかったらしい。
「なんだ、エリスか。驚かすなよ」
「なにか用事?」
「ううん、図書室に返す本を置き忘れてたから取りに来ただけ。それにしてもよく飽きないね」
「そのうちエリスにもこいつの楽しさを教えてやるさ」
それは別に良いかな。エリスは苦笑しながら教室の後方に向かった。確かこの辺りで読んでいた筈だけど……あっ、あったあった。
「そうそう良いものを手に入れたんだ」
「良いもの?」
「知ってるかな。クソ爆弾」
「爆発したらすごい悪臭がする」
ふたりは机の上の、茶色い手のひらサイズの球を手に取り彼女に見せた。ホグズミードにあるゾンコの「悪戯専門店」の商品で、わざわざグリフィンドールの上級生に頼んで買って貰ったものだ。
「普通に投げつけるのも芸がない気がしてさ、どうしたものか考えてたんだ」
「何か良い案ない?」
出来れば関わりたくない。さぁねと言って適当に流そうかと思ったが、ふと彼女は考えを改めた。このまま放置して万が一流れ弾に当たるようなことは絶対嫌だ。悪臭とかごめん被る。自分に被害が及ばぬよう、良い感じに誘導してみようか。
「……空から降らすとかどうかな?手に持ったまま箒で飛ぶとかして」
「「それ採用!!」」
「なんたって俺たち未来のクディッチ選手だからな」
「素晴らしい箒さばきを見せつけてやる」
「ほどほどにね」
エリスは愛想笑いを浮かべた。しばらくは図書室か寮に籠っていよう。
それからしばらく経ったある土曜日の午後。エリスが自室で変身術の課題と向き合っていると、窓ガラスを叩く音が聞こえてきた。ふくろうにしては音が鈍いなと思いながら目を向ける。すると窓の外に、そばかすをちらしたよく知る顔が二つ並んでいた。あまりに意味不明な状況に、思わず絶句する。
数十秒後はっと我に返り、慌てて窓を開けた。フレッドとジョージはそんな彼女の様子を見てニヤリと笑う。
「「イタズラ大成功!」」
「ホントにびっくりしたよ……。箒の練習?」
「ま、そんなとこさ」
「エリス、後ろに乗れよ」
「ホントは5シックル取るところを、初回サービスでタダだ!」
「早く早く」
勢いよく捲し立てるふたりに気圧され、エリスは窓枠に足をかけた。そしてギリギリまで近づいたジョージの後ろに乗り移る。
3人の頭上には雲一つなく、澄んだ水色の空がどこまでも広がっていた。爽やかな風にたなびくエリスのブロンドが、陽光を浴び輝きを増す。
「ちゃんと捕まってろよ」
「それじゃあ」
「「始めるとするか!」」
そう言ってふたりは勢いをつけて降下し、中庭のやや上空まで来たところで止まった。
天気が良いこともあってか、十数人の生徒たちの姿が見える。立ち話をしたり、ゴブストーンで遊んだり、魔法の練習をしたりと、思い思いの時間を過ごしていた。
ここでいったい何がしたいのか。エリスは彼らの意図を掴み損ねていたが、その手がローブのポケットに差し込まれたところで全てを察した。止めようと思った時にはもう手遅れで。フレッドとジョージがくるくると飛び回りながら、見覚えのある茶色の球がを中庭に落としていく。
「今日の天気は」
「クソ爆弾の雨だ!!」
煙が上がり、悪臭が立ち込める。悲鳴が飛び交う様子を見下ろしながらエリスは額に手をやった。こんなはずでは無かったんだけど。私まで怒られるよね。
しばらくしたところで、一瞬にして煙が吹き飛んだ。マクゴナガルだ。フレッドとジョージは彼女の姿に慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。杖の一振りで、3人は地上に降ろされた。
「ミスター・ウィーズリー、ミス・ヘンデル。これはどういうことですか!」
「私はふたりに巻き込まれただけです」
「「いやいや、発案者はエリスじゃん」」
「うっ、それはそうだけど……」
逃れようと悪足搔きするエリスと、同罪だと主張する双子。その様子にマクゴナガルは大きく溜息をついた。
「ひとりにつき10点減点です。罰則についてですが……」
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけてやって来たフィルチがフレッドとジョージの姿を見て目の色を変えた。彼はここ最近双子に悪戯を仕掛けられては逃げられるということが続いており、このチャンスを逃すまいと思ったのだ。
「先生もお忙しいでしょう。こやつらの罰則は私が引き受けます。事務室まで連行するのを手伝っていただけますか」
「わかりました。さぁあなた達、行きますよ」
そうして3人は1階にあるフィルチの事務室まで連れて行かれた。
そこには窓が無く、低い天井から下げられたランプだけがぼんやりと部屋の中を照らしていた。フィルチは荒々しく扉を閉じ、取り上げた箒をその隣に立て掛けた。
「ウィーズリー、やっと貴様らを罰することが出来る」
その顔には意地の悪い笑みが浮かんでいる。それは部屋の薄暗さと相まってずいぶん恐ろしく見え、普通の子供なら震えあがるだろうと思われるものだった。しかしこの3人はその限りではない。フレッドとジョージは自分たちの名が呼ばれているにも関わらず何か面白いものがないかとキョロキョロしていたし、エリスは実力行使に出て退学になったら困るなぁと頭に次々と浮かぶ物騒な呪文を打消しているところだった。
「聞いているのか貴様ら!……まぁいい。さて、どの道具を使ってやろうか」
フィルチは3人に背を向け机の後ろの壁に目をやった。そこには磨き上げられた鎖や手枷の他、罰則用の拷問器具が掛けられている。
彼はそれを物色しながら長々と説教を始めた。
エリスがそれを適当に聞き流していると隣のフレッドに肩を小突かれた。顎で示された先を見ると、机の3段目の引き出しのところに"没収品・特に危険"と書かれたラベルが貼ってある。エリスは嫌な予感がした。
「ポケットにクソ爆弾がひとつ残ってる。俺はこいつを投げて箒を取る。ジョージはあの引き出しを開けて中身の回収を。エリスは扉の開けて脱出口の確保だ」
このままあの拷問器具の餌食になるのは御免だ。それに毒を喰らわば皿まで。エリスは腹を括ることにした。ヤケクソだったともいう。
「それじゃあまずウィーズリーの、あー、左の、いやそっちじゃなくて、クソッ、もうそっちでいい!お前からだ」
「はーい」
フレッドがにっこりとわざとらしい笑みを浮かべて一歩踏み出した。そしてクソ爆弾を投げつける。それと同時に各自行動を開始した。
「中庭に急げ!」
何とか部屋を脱し、全速力で走る。何も考えず、とにかく足を動かした。フィルチが何か叫んでいるのが遠くで聞こえる。
「悪い、箒一本しか取れなかった」
仕方なく3人でひとつの箒に乗ることになり、フレッド、ジョージ、エリスの順に跨る。
「もう来てるぞ」
「早く!」
「わかってる」
3人を乗せた箒は不規則に揺れながらも上昇を始めた。
「3人乗りとか、俺天才かも!」
「ちょっ、危なっ、わかったから!」
「揺らさないで!」
フレッドがひゃっほうと叫び片手を上げたので、バランスが崩れ箒が傾く。3人はぎゃあぎゃあと騒ぎながら天文台まで飛んだ。
なんとかして辿り着いた彼らは、転がり落ちるようにして着地し、そのまま床に寝そべった。自分たちの吐く荒い息だけが聞こえる。冷気を含んだ晩秋の風が、まだ火照ったままの体を撫でた。
こんなにハラハラさせられたのはいつぶりだろう。エリスはまだ脈打つ胸元に手を当てながら、自然と笑みを溢していた。
「「どうだ、楽しかっただろ?」」
「ノーコメントで!」
呼吸を落ち着けた3人は先生が来るかもしれないからと場所を移すことにした。行き先はジョージがつい先日見つけた、7階の隠し部屋だ。廊下の突き当たりの壁に飾られた白鳥の絵を4回叩くと小さなアーチ型の扉が現れるようになっている。何もない殺風景な小部屋だ。
「それで結局あの引き出しには何が入ってたの?」
「そういや忘れてた」
「おいおい」
ジョージがフレッドを肘で突きながら、古びた羊皮紙を見せた。何も書いていないが、触れると魔力を感じる。何か仕掛けがありそうだ。
「エリスの出番だな」
「はーい」
3人の中で呪文一番多く知っているのは間違いなく彼女である。エリスはポケットから杖を取り出して構えた。
「
一般的な暴露呪文を唱えてみたが、何も起こらない。
「じゃあ、
「なるほど、合言葉ね」
「順番に色々言っていこうぜ」
じゃんけんの結果、ジョージ、エリス、フレッドの順になる。
「蛙チョコレート」「プディング」「スニッチ」「マーリンの髭」「フィナンシェ」「ドラゴン」「ホグワーツ」「スコーン」「ちょっと待てなんでお菓子なんだ?」「え、だって校長室はこれで行けたよ?」「えぇ……」
結局、その正体がわかったのは5日後のことである。フレッドとジョージから合言葉がわかったという報告を受けたエリスは、昼休みに魔法史の教室を訪れた。
「「我、ここに誓う。我、よからぬことを企むものなり」」
ふたりが杖を押し付けながらそう唱えると、じわじわとインクが滲み出した。そしてそれは絵となり、文を紡いだ。
「忍びの地図?」
「「開いてみろ」」
促された通りにし、そこに現れたものが何かを理解してエリスは驚かずにはいられなかった。
「ホグワーツの地図!?」
「「そうだ」」
3人で行っている地図作りはそれなりに進んでいたものの、やはり城が広すぎて完成には程遠く、今年度中に終わらせられるか怪しかった。そんなところにこの地図だ。なんてラッキーなんだろう。彼女の口角が自然と上がる。
「しかもただの地図じゃないんだ」
「これを見ろ」
ジョージの指の先を見ると、”アルバス ダンブルドア”の字とそのすぐそばで動く足跡のマークがあった。
「だれが」
「どこで」
「何してるか」
「一目で」
「わかる」
途端、エリスの顔から笑みが消えた。
これがあれば、いったいどんなことが可能か。悪用すればどうなるか。その汎用性のなんと高いことだろう。確かにこの地図は”特に危険”だ。自分は地図としての役割にしか興味がない。けれどもこの機能はふたりにとってこれは悪戯する上で大いに役立つ。否、役に立ち過ぎる。
エリスは先日フィルチから逃げ出した時のことに思いを馳せた。馬鹿馬鹿しくも確かに楽しかったあのスリルを彼らが味わうことは無くなるのか。なんだかそれは、少し寂しい。
「これによると学校からの抜け道が7つもあるんだ」
「その中にはホグズミードに繋がってるのもあった」
「「これで俺たち、ゾンコに行き放題だ!!」」
エリスはふたりの言葉に一瞬呆気にとられてから、声を立てて笑った。この地図を手に入れてまず考えることが、悪戯グッズの購入だなんて。さっきまでの悪い想像がどこかへ吹き飛んでいく。
どんな道具も、そして力も、全ては使用者次第なのだ。エリスはなんだか胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、そのことを思い出した。