キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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新年、明けましておめでとうございます。
新年一発目は“ミラがもしアリウス生だったら”の番外編です。
興が乗りまくって欲望と妄想を垂れ流しながら書きたいもの全部書いた結果、なんか文字数が20,000近くまでいきました。
もうちょっとした短編小説くらいになってんじゃん。

ついでに幼少期のミラも垣間見えます。
なんで本編より先に番外編で出してるの(自問自答)。


番外編
番外・アリウスIF編


アリウスでは、長い間内戦が続いていた。

まだ幼くスラムで育っていたサオリ、ミサキ、ヒヨリははっきりと認識していたわけではないが、物資目的で襲撃した集団から人質として敵に送られるはずだったアツコを成り行きで助けたこともあって子供ながらに意識する機会は少なくなかった。

自分たちも成長すれば兵士として戦場に送られることになるのだろうかと考えながら、4人は苦しみの中で日々を過ごしていた。

 

だが、ひと際強い雷雨が過ぎ去ったある日、内戦が鎮圧されたという知らせがアリウスを駆け巡った。

終戦でも和解でもなく、()()

つまりは、第三者による武力制圧。

それも、噂ではそれを成し遂げたのは自分より一つ上程度の少女であるという。

今ではその少女が内戦をしていた二つの派閥を統一した後に新たなトップとなり、旧校舎を拠点にアリウスを統治しているらしい。

 

それからサオリたちの生活に大きく影響を及ぼした、というわけではないが、少しずつだが自分たちを取り巻く環境は良くなっていった。

自分たちとさほど変わらない年齢でありながら、アリウスの軍隊を相手取ってまるごと支配下に置ける実力と多少なりとも政治的判断ができている才覚。

ミサキは「なんか胡散臭い」と懐疑的で、ヒヨリは「こ、怖い人だったりしませんかね?」と怯え気味だが、それ故にサオリはその少女のことを確認しておこうと考えた。

新たな主の顔くらいは把握しておこうという義務的な考えもあったが、サオリとしては珍しく同じくらいの興味を持ってその少女を探し始めた。

 

だが、どこに行っても件の少女は見つからない。

スラム育ちの自分は旧校舎に入れてもらえないというのもあるが、そもそも旧校舎以外の目撃情報が少なすぎた。

その数少ない情報も、ほとんど顔はフードに覆われて分からなかったなどの曖昧なものばかり。

それほど高貴な身分なのか、あるいは身近な者にしか素顔を見せないというプライドの表れか。

あれからアツコの姿を見なくなったことから、もしかしたら裏で何かをしているのかもしれない。

とはいえ、そんな疑問を持ったところでサオリに出来ることはない。

ならば、せめてその少女が戦った痕跡だけでも見に行こうとサオリはかつての内戦の戦場に向かうことにした。

 

旧校舎やメインの生活エリアから離れていることもあって、戦場の周辺は未だに戦闘の痕が濃く残っていた。

瓦礫の山をかき分けながら進んでいると、不意に拓けた場所に出た。

そこは特に破壊の影響が大きく、原型を留めている建物は何一つとして残っていない。

そんな破壊の痕の広場の中央に、その少女はいた。

汚れのない純白の髪に、血よりもなお紅い瞳。

瓦礫の山に腰かけているからか背丈は自分より低く見えるが、放つ存在感によってまったくその事を感じさせない。

それよりも目を引くのは、こめかみから伸びる2対の角にコウモリのようにも見える白い翼。

それは、典型的なゲヘナの生徒の特徴だった。

アリウスでは昔の影響が未だ色濃く残っている。

自分たちを排斥したトリニティを恨んでいる者もいれば、ゲヘナに対して悪感情を持っている者も少なくなく、サオリもまたゲヘナに対して思うところがないわけではない。

だが、そんなことがどうでもよくなるほど、サオリは美しいとすら思えるその少女に目を奪われた。

 

「・・・そこにいるのは誰かな?」

 

不意に、少女が口を開いた。

サオリは咄嗟に物陰に隠れるが、少女の視線が完全に自分に向けられているため諦めて姿を見せた。

 

「まさか、こんなところに来る生徒がいたなんてね。ここならゆっくり出来ると思ってたんだけど」

「すまない。私は・・・」

「サッちゃん?」

 

瓦礫の陰から、新たな声が響く。

だが、それはサオリの知っているものでもあった。

 

「アツコ?」

「サッちゃん、久しぶり」

 

現れたのは、自分の幼馴染みでもあるアツコだった。

アリウスの初代生徒会長の血筋であるため自分たちとは身分違いになるが、こっそり訪れてはミサキやヒヨリとも交流していた。

 

「あれ、アツコの知り合い?」

「うん、友達」

「そうだったんだ」

 

そんなアツコは、少女と親しげに会話をしていた。

長年の友人のように、というほどではないが、ずいぶんと打ち解けているらしい。

アツコが自分の知らないところで新たな友人を作っていたことに、サオリは少しやきもきしてしまう。

それを知ってか知らずか、少女は再びサオリの方を向いて尋ねかけた。

 

「それで、君はどうしてここに来たのかな?」

「・・・新しいアリウスの主を見に来た。ここに来たのは、顔を見れないならせめて戦いの跡だけでもと思っただけだ」

「なるほど、ずいぶん変わってるね。まさか、私の顔を見れないからせめて瓦礫の山だけでも、だなんて」

 

クスクスとおかしそうに笑う少女に、サオリは何も言い返せない。

自分としては至極真面目な理由だったのだが、結果的な行動だけ見ればそのように受け取られてもおかしくはないと今になって気づかされた。

だが、それはそれとして少女は聞き逃せないことを口にした。

「アリウスの新しい主を見に来た」と言ったサオリに対し、目の前の少女は何と言った?

 

「・・・まさか、貴女が・・・」

「そう、あなたが言うところの“アリウスの新しい主”ってところかな」

 

 

 

今日のところはもう時間がないということで、少女は『暁ミラ』という名前と明日また会う約束を一方的に告げてアツコと共に去っていった。

そして翌日、幸いにも予定がなかったサオリはミラに言われた通りの時間に再び同じ場所に向かった。

 

「おっ、来た来た」

「すまない、待たせてしまっただろうか」

「呼び出したのは私だから、気にしないでいいよ。2人とも好きなところに座って」

 

そこでは、ミラが昨日と同じようにアツコを連れて瓦礫に腰かけて待っていた。

2人がミラに促されて座ったのを確認してから、ミラはサオリにこれまでのことを話し始めた。

 

「私はまぁ、こんななりなんだけど、目覚めたのはトリニティとゲヘナの境界あたりなんだよね」

「目覚めた、というのは・・・」

「それより前の記憶がないんだ」

 

「記憶喪失ってやつだね」とミラはなんてことのないように言うが、それだけでも自分たちに引けをとらないくらい悲惨と言えるだろう。

だが、ミラのエピソードはそれだけに留まらなかった。

 

「それでなんとなくトリニティの方に行ったんだけど、身寄りがない上にこんな見た目だから、まぁけっこう嫌われてね。石ならともかく銃弾が遠巻きからひっきりなしに飛んできたから、外れの遺跡まで退避したんだ。そしたら謎の通路があって、先に進んだらここに流れ着いたってわけ」

 

ミラがアリウスに来る前に送っていた生活は、サオリの想像を絶するものでもあった。

自分はミサキやヒヨリがいたから、地獄の日々であっても一筋の光を失わずに済んだ。

だが、目の前にいる少女は?

名前以外の記憶を持っておらず、気が付けば1人でどこともわからない場所に放り出され、頼れる人間は一人もいない。他人を頼ろうと踏み入った場所は自分が激しく憎まれ否定される所で、罵倒や拒絶を浴びながらその場を大人しく去ることしかできなかった。

いったいどれほどの苦しみなのか・・・少なくともサオリには、ミサキやヒヨリ、アツコがいない孤独な生活を想像することはできなかった。

 

「ここに来てからは、あとは成り行きかな。ちょうど戦ってた両方の軍隊を叩き潰して、いろいろあって私がアリウスを統治することになった。でも私は部外者だから、アツコを生徒会長にしてその代行としていろいろやってるって感じ」

「その、他にその事を知っているのは・・・」

「ここまで話したのはアツコとサオリだけだね。私の正体を知ってるのは、旧校舎にいる一部の関係者くらいかな」

 

身の上話はともかく、正体に関しては思ったより知られていることにサオリは驚く。

事の重大さを考えればもっと人数を絞るべきなのだろうが、そうせずとも情報統制がしっかりしているのは、ミラの指導力とカリスマから成せる技なのだろうか。

だが、サオリに驚いている暇はなかった。

 

「そういうわけだから、サオリにもこっちに来てもらおうと思ってる。アツコを引き離しちゃったのも悪いしね」

「っ、それは・・・」

 

正体を知られてしまった以上、サオリを手元に置いておこうというのは当然の事だ。

ミラからすればアツコに関する気遣いもあるし、今よりも良い生活を出来る可能性もあるだろう。

だが、それでもミサキとヒヨリを置いていくことなど出来ない。

そのサオリの葛藤を、ミラは見逃さなかった。

 

「もしかして、気になる子がいるのかな?」

「あ、あぁ・・・ミサキとヒヨリを置いていくことはできない」

「それなら、その二人も一緒でいいよ。なんなら、近い内にその二人もここで会ってみる?」

 

あっけなく、ミラは秘密の共有者を増やすことを許可した。

何か条件を出すようなこともなく、それこそ子供同士でやるような感覚であっさりと。

 

「いいのか?」

「どのみち、いつか全体に向けてばらすつもりだし。それに、アツコの友達なら下手に言いふらしたりもしないでしょ」

 

そう言ってミラがアツコに視線を向けると、アツコも当然というように頷いた。

・・・実際は若干一名、うっかり口に出してしまいそうな人物がいないわけではないが、そちらに関しては最低でも誰かもう一人同行させれば対処できる範疇だろう。

何より、また4人一緒にいられるのであればためらう理由はない。

 

「・・・ありがとう」

「決まりだね。それじゃあ、明日にでも顔合わせをしよっか」

 

その後はトントン拍子で話が進んでいき、サオリたちもミラの下に付くことになった。

またアツコと一緒にいられると喜んだヒヨリはともかく、ミラのことを胡散臭がっていたミサキは少々渋っていたものの、サオリの説得もあって最終的にはミラの提案を承諾した。

サオリたちの役割は、主にミラ直属の特殊部隊。

戦力的な意味ではミラに護衛はあまり意味はないが、軍事的にミラ一人で出来ることは多くない。

そのため、象徴的な意味でも少数精鋭の私設部隊が必要と判断して特殊部隊“アリウススクワッド”を設立した。

メンバーは、サオリをリーダー兼教官としてミサキ、ヒヨリ、アツコ、途中から加わったアズサの計5名となった。

アツコは元々ミラと政治面を担当していたが、本人の要望もあって政務の空いた時間に訓練に参加する二足のわらじ状態となった。

アズサはアリウススクワッドを設立してしばらくしてからサオリが見つけた生徒で、筋が良かったことと瞳に強い意思を宿しているのを感じたサオリがミラに許可をもらってスカウトした。

多少自由に制限はあるものの、スラムで過ごしていた時と比べれば衣食住に困らない充実した生活に、サオリたちは自分たちの居場所を感じ始めていた。

 

 

 

それから数ヶ月が経過した頃、サオリが何人か訓練生を連れてアリウスの郊外を警備していると1人の大人が現れた。

 

「初めまして、私はベアトリーチェと言います。あなた方の主に用があって参りました」

 

白いドレスに赤い肌の女性は自らをベアトリーチェと名乗り、ミラに会わせるよう要求してきた。

正直に言えば、サオリは目の前の大人に対してあまり良い感情を抱かなかった。

自分たちを下に見ている、というのもあるが、第六感と言えるものが目の前の大人を信用してはならないと警鐘を鳴らしていた。

だが、予定にないとはいえミラの客である以上、独断で無碍に扱うこともできない。

 

「・・・確認をとる。しばし待って欲しい」

「客人を外で待たせると言うのですか?礼儀がなっていないようですね」

 

本人は隠しているつもりなのかもしれないが、不機嫌になっているのと自分たちを見下しているのがあからさまに態度に表れていた。

とはいえ、どのみち部外者を許可なく旧校舎に入れるわけにはいかない。

相手に不便を我慢してもらう、というより、自分が相手の愚痴を我慢するくらいは受け入れるしかないだろう。

だが、結果としてその必要はなかった。

 

「悪いけど、こちらもあまり余裕がなくてね。こうして私から来たことで勘弁してほしい」

 

後ろを振り向けば、フードを被って顔を隠しているミラがアツコたちを引き連れて現れていた。

 

「ミラ、どうしてここに?」

「訓練場に向かう途中だったんだけど、妙な気配を感じてね。来客なんて滅多にないし」

 

さらにその後ろを確認すれば、野次馬と思わしき生徒が遠巻きからミラとベアトリーチェを観察していた。

そのほとんどが普段人目のあるところに現れないミラに向けられているが、不安そうにベアトリーチェと視線を交互に向けている生徒も少なからず存在している。

 

「なるほど、あなたが暁ミラさんですが。あなたの噂は聞いております」

「そう、その噂の内容は聞かないでおくよ」

 

言わずもがな、アリウス自治区はカタコンベがあることによって非常に閉鎖的になっている。

にもかかわらず、ベアトリーチェはアリウスで起こっていることを把握しているような口ぶりだった。

ベアトリーチェから感じる得体の知れなさに、サオリはさらに警戒度を引き上げる。

 

「さて、さっさと本題に入ろう。要件は?」

「そうですね、では手短に・・・私と協力関係を結びませんか?」

 

ベアトリーチェの提案に、ミラが僅かに目を細めた。

 

「具体的には?」

「私が見た限り、このアリウス自治区は以前より安定しているものの、生活に困窮しているのは変わらない様子。ですので、私の方から必要な物資を提供しましょう。代わりに、あなた方には私の頼みを聞いてもらいます。どうでしょう、悪い提案ではないと思いますが?」

「・・・」

「それに、あなた方は自身に不当な弾圧をし苦しい生活を強いるきっかけを生み出したトリニティを恨んでいるでしょう?私の頼みを聞けば、トリニティに復讐できるだけの力を授けましょう」

 

ベアトリーチェからもたらされた取引内容を聞いて、サオリは考え込む。

ベアトリーチェが言ったように、ミラによって内乱は平定されたものの明日の生活すら難しい者が多くいるのは否定できない。

インフラはだいぶマシになっているが、食料や武装といった物資に関しては閉鎖的な環境が災いして一切の余裕がない。むしろ全体で言えばマイナスになってすらいるだろう。

トリニティに関しても、自分とて思うところがないわけではない。復讐したい気持ちがないと言えば、嘘になるかもしれない。

ベアトリーチェの言う頼み事の内容が不透明なのは不安材料だが、今の状況を考えれば提案を受け入れるのも十分アリと言える。

だが、最終的な決定権を持っているのはミラだ。

必要ないかもしれないが、念のために、自分の意見も言っておこうかとサオリが口を開こうとする。

 

「断る」

 

だが、それよりも前にミラがはっきりと拒否の姿勢を示した。

即答で断れるとは思っていなかったのか、ベアトリーチェも困惑の表情を浮かべる。

 

「・・・何故ですか?断る理由は・・・」

()()は、私たちのことを下にしか見ていないでしょ」

 

瞬間、ミラの纏う雰囲気が一変する。

まるで龍の逆鱗に触れたかのような変貌に、周囲にいたアリウス生は当然、ベアトリーチェですら半歩後ろに下がった。

 

「都合のいい駒か、搾取の対象か・・・どちらにせよ、私たちをその程度にしか認識していない。おおよそ、恩を売りつつ逆らえない口実を作って上から支配するつもりだったのかな」

「何を言って・・・」

「そもそもだけど。なんで私に協力関係を持ちかけておきながら、意識をアツコに向けている?」

「ッ」

 

ミラの指摘に、ベアトリーチェは僅かにだがハッと息を呑んだ。

それを感じ取ったサオリはその反応を図星と捉え、即座にミラの傍に下がりつつ銃を構えた。

 

「アツコは初代生徒会長の血筋。だからか他と比べて特殊な力を有している。それを使って何を企むつもりだった?」

「貴様・・・!」

「化けの皮が剥がれているよ。良い大人の演技は苦手かな?」

 

苛立ちをあらわにし始めたベアトリーチェに、ミラは冷ややかな視線を向ける。

それはベアトリーチェにとって屈辱以外の何物でもなかったが、それがむしろベアトリーチェの思考を冷ました。

ファーストコンタクトは失敗したが、まだ使える手はいくらでもある。

 

「・・・今回のところは引き下がりましょう。ですが、その選択を後悔しないことです」

「そっか」

 

苦し紛れに捨て台詞を吐き捨て、ベアトリーチェはアリウスを去ろうと背を向ける。

その直後、天から降り注いだ赤雷がベアトリーチェを貫いた。

 

「がぁあああ!?な、何を・・・!」

「何って、不穏分子の排除だよ。どうやら、お前は私たちと敵対する道しかないらしいからね。余計なことをされる前に布石は打っておかないと。それに、お前以外にアリウスを狙う誰かがいるのなら、見せしめを用意する必要がある。私たちに手を出そうとするならどうなるか、ね」

 

そう言いながら、ミラは容赦なく赤雷を落とし続ける。

普通なら消し炭になるだろう攻撃の嵐を受けてなおベアトリーチェは原型を保っているが、それはむしろ普通よりも長く苦痛を受け続けていることの証左にもなっている。

それが、ベアトリーチェの最後の一線を越えさせた。

 

「おのれ、おのれおのれおのれ!!」

 

怨嗟の声を吐きながら、ベアトリーチェの体が異形へと変貌していく。

体は巨大化し、頭部は花のように開き、爪は枝のように伸びていく。

 

「分かりました、もういいでしょう。慈悲をもって穏便に済ませようと考えていましたが、力ずくでもあなたを排除します!私の支配を受け入れられないというのなら、今ここで・・・!」

 

ベアトリーチェが撒き散らす威圧感と憎悪に、アリウスの生徒たちは恐怖の表情を浮かべて後ずさる。

まず間違いなく、今の自分たちでは太刀打ちできないと確信できてしまう相手を前に、サオリも冷や汗を流しながら加勢するべきか思案する。

 

「安っぽい台詞は言わない方がいい。余計惨めに見えるだけだからね」

「ッあああぁぁぁぁぁ!!」

 

だが、恐るべき存在を前にしてもミラは顔色一つ変えずに赤雷を落とし続ける。

ベアトリーチェが伸ばした腕を的確に撃ち落とし、バランスを崩したところでさらに畳み掛けるように赤雷を浴びせる。

容赦のない猛攻に、ベアトリーチェはなす術なく全身を焼かれていく。

 

「あぁ、そうそう。一つ勘違いしているようだから、教えてあげる」

 

その途中、ミラは思い出したかのようにベアトリーチェが先ほど言っていたことに対して訂正を入れた。

 

「私はね、別にトリニティを恨んでなんかいないんだよ」

「なっ、何故!?トリニティから疎まれ、直接排斥された貴様が!!」

「そりゃあ、思うところがないわけじゃないけど、それは決して憎悪じゃない。強いて言うなら・・・失望、かな。あぁ、結局その程度の存在なんだっていう落胆」

 

当時のミラは、トリニティのことを理解しているわけではなかった。

ただ、右も左も分からない自分の居場所を探そうとして、たまたま近くのトリニティな足を向けたというだけ。

だが、そこで浴びたのは奇異と軽蔑の視線に謂れのない罵倒、そして数えきれないほどの銃弾だった。

なぜ、どうしてと疑問が渦巻く中、ミラにも分かることが一つだけあった。

それは、目の前にいるのは自分よりも遥かに格下ということ。

視線も罵倒も銃弾ですら、ミラを傷つけることはなかった。

にも関わらず、相手はそれに気付く様子もなく変わらず罵倒と銃弾を浴びせ続ける。

それに気付いた途端、ミラの中にあった何かが急速に冷めていくのを感じ、同時にトリニティに対するあらゆる興味と感情が消えた。

 

「自分より格下の相手を恨むことほど、馬鹿馬鹿しくて滑稽なことはないでしょ?」

 

だから、ミラはトリニティを離れることにした。あれ以上あの場にいても、何も得るものがなかったから。

その先でアリウスに迷い込み、内乱を鎮めて統治するようになったのは完全に偶然でしかないが、ミラはそのことに何か運命のようなものを感じていた。

 

「アリウスでこんなことをしているのは、私と似たような境遇に対する同情もあるんだろうけど。それでもここは、私が選んだ居場所だ。だからこそ、私はアリウスを選択した責任を全うするし、アリウスを踏みにじろうとする輩に容赦はしない」

 

ミラの言葉と共に、赤雷の勢いが強くなっていく。

その衝撃によってミラの外套が大きくなびき、ついにフードが外れ素顔が露になった。

 

「アリウスの統治者、守護者として、お前たちの好きにはさせない」

 

そして、とどめとばかりに極大の赤雷がベアトリーチェを飲み込んだ。

もうもうと立ち込める砂煙が晴れていくと、中から全身をボロボロにして地面に這いつくばりながらもミラに憎悪の視線を向けるベアトリーチェが現れた。

 

「はぁ、はぁ・・・ッ!」

「しぶといな。いや、そんな見た目だし、生死の概念が曖昧になっているのかな。なんにせよ、これで終わりだ」

 

最後の一撃のために頭上に掲げたミラの手の平に赤い雷球が生み出される。

雷球は次第に肥大化していき、ベアトリーチェを飲み込むほどのサイズにまで大きくなる。

これが振り下ろされれば、ベアトリーチェは文字通り消し炭になるのだろう。

その光景をこの場にいる全員が幻視した。

 

「申し訳ありませんが、そこまでにしていただけないでしょうか」

 

その直前、唐突に現れた新たな声が緊迫した空気を断ち切った。

声が聞こえた方向であるベアトリーチェの後ろを見ると、そこにはスーツを着た黒い影のような人物が立っていた。

 

「誰?」

「平たく言えば、そこにいるベアトリーチェと同じ組織に属している者です。名乗る名は持ち合わせておりませんので、好きなように呼んでいただければ」

「そう。それで、黒いのは何のために来たの?」

 

ミラは適当に“黒いの”と呼んだ男に警戒心を向ける。

ベアトリーチェと違い戦闘の意志は感じないが、だからこそ何をしてくるつもりなのかわからない。

だが、ミラの警戒に反して“黒いの”はあっさりと目的を告げた。

 

「私はベアトリーチェの回収のために参りました」

「私の・・・!?」

 

“黒いの”の言葉に反応を示したのはベアトリーチェだった。

ミラとしては直接危害を加えるつもりはないのはありがたいが、それはそれとして見逃せるものではなかった。

 

「悪いけど、そいつをタダで帰すつもりはない」

「無論、承知しています。彼女の不干渉を確約しない限り、無事に逃がすことはない、と」

 

威圧感を撒き散らすミラに、“黒いの”は淡々と言葉を並べる。

奇しくも先ほどのミラとベアトリーチェの立場が入れ替わっているようにも見えた。

 

「それがわかっているなら、どうするつもり?」

「まずは手切れ金代わりに私の方から物資を提供します。そして、もしベアトリーチェがアリウスに干渉するようであれば、私からあなたに報告しましょう」

 

“黒いの”からの提案にサオリは内心で「ふざけるな!」と憤る。

物資の提供はともかく、ベアトリーチェに関することは穴だらけの口約束でしかない。もし報告を受ける前にベアトリーチェに手を出されても「すみません、気がつきませんでした」といくらでも言い訳できてしまう。

だが、長い沈黙を挟んで悩んだ末に、ミラは渋々とだが頷いた。

 

「・・・わかった。その条件を飲もう」

「ご理解いただき感謝します。それでは帰りますよ、ベアトリーチェ」

「何を・・・く、ぐッ!」

「同僚がご迷惑をかけました。では、私どもはこれで」

 

そう言って、“黒いの”はベアトリーチェを連れてカタコンベへと去っていった。

その背中を見送ってから、サオリはミラに尋ねかけた。

 

「逃がして良かったのか?」

「どのみち、あそこであの女を仕留めきるのは難しかった。落とし所としてはこんなものでしょ」

 

ついでに言えば、もし“黒いの”がミサイルや無人爆撃機など遠距離からの爆撃手段を持っていた場合、ミラでも対処は難しかったというのもある。

あの二人を仕留めることができても、その代償にアリウスを失っては本末転倒だ。

サオリもそれは薄々勘づいているのか、それ以上は言及しなかった。

だが、ベアトリーチェのことが一区切りついたことでようやくサオリはミラの素顔が露になっていることに気がついた。

 

「み、ミラ!フードが!」

「え?・・・あ~、知らない内に捲れてたのか。どうしたものか・・・」

 

いつかバラすつもりだったとはいえ、準備ができていない状態で晒してしまってはどうしようもない。

名残惜しくはあるが、アリウスと相容れない以上は去るしかないだろう。

そんなことを考えていると、サオリとアツコが驚いた様子で後ろを見ている。

振り向けば、集まっていたアリウスの生徒が全員揃ってミラに対して跪いていた。

 

「・・・いいのかな?見ての通り、私の外見は君たちからして忌み嫌うようなものだけど」

「あなたは、争い憎しみ合うことしかできなかったアリウスを変えてくれました。そして今、アリウスを悪意ある大人から守ってくれた。二度もアリウスを救ってくれた上にあの宣言をしたのであれば、我々からあなたを排除する理由はありません。

アリウスを守護する者に差し出せるものとして、私たちはあなたに忠誠を誓います」

 

ミラの問いかけに、先頭にいた生徒が迷いなく答える。

それは他の生徒も同じなのか、否定の意見は一切出てこなかった。

その光景を見たミラは、思わずといったように笑みを溢した。

 

「そっか・・・なら、私はその忠義への報いとして、あなた達をいつか光の下に出すことを約束しよう。日陰に蹲ることのない、平和な日常をプレゼントしてあげる」

 

ミラの宣言にアリウスの生徒たちはバッと頭を上げ、サオリとアツコもミラへと視線を向ける。

すでに様々なものをもたらしてくれたというのに、さらに自分たちに施してくれるのか、と。

同時に、ミラへの忠誠をより確実なものにした。

 

「それじゃあ、今後ともよろしくね?」

 

この日、正式にミラがアリウスの頂点に君臨することとなった。

 

 

 

ミラの容姿のことは、瞬く間にアリウスの全域へと知れ渡っていった。

中にはアリウスのトップがゲヘナじみた見た目であることに反発した生徒もいたが、ベアトリーチェの現場にいた生徒が説得したり、時にはミラが直接話をしたり力を見せつけることで次第にミラに反感を覚える生徒はいなくなっていった。

ちなみに、“黒いの”によって提供された物資は想像以上に潤沢で、隅々まで調べても探知機や盗聴機の類いが見つからなかったことから“黒いの”が言ったことは本気であると納得することになった。当然、それはそれとして警戒は続けるが。

“黒いの”の物資提供によってアリウスの復興はさらに進み、ある程度は全体的に生活に余裕を持てるようになった。

アリウススクワッドもまた、サオリの指導やミラとの実戦を重ねたことで正真正銘アリウスで最も強い分隊としてミラの右腕として動くことになった。

それから数年、訓練場で教導を終えたサオリが一人でデータをまとめていたところ、アリウスではまず見ない人物と邂逅した。

 

「はじめまして☆誰だか知らないけど、あなたがアリウスの生徒だよね・・・?」

「トリニティが何の用だ」

「えぇ、アイスブレイクもさせてもらえない・・・」

 

制服から正体を看破したサオリは、警戒心を隠しもせず手短に要件を尋ねる。

サオリはアリウスでは特にミラと距離が近い生徒ということもあり、ミラの影響からトリニティに対する憎悪はかなり薄まっている。

だが、それでも秘匿されているはずのアリウス自治区に1人で現れたという時点で、所属している学園に関係なく只者でないのは間違いない。

ベアトリーチェの件もあるため、いくらでも警戒するに越したことはないと身構える。

 

「じゃあ、仕方なく本題から・・・私は、あなた達アリウスと和解したい」

 

ミカ曰く、アリウスがトリニティに抱いているであろう大きすぎる憎悪を承知の上で、それらの問題を解決したいのだという。

そのためには少しずつ互いに歩み寄る必要があり、そのためにまずは一人でアリウスを訪ねることにしたらしい。

 

「・・・私一人では決められない。少し待て」

 

彼女の言ったことが嘘にしろ真実にしろ、自分一人の手には余る。

少し距離をとって、サオリは通信をミラに繋げた。

 

「ミラ、今は大丈夫か?」

『別にいいけど、どうしたの?何かトラブルがあった?』

「トラブルではないが、少し面倒なことになった。トリニティの生徒が一人で現れた」

『・・・なんで?』

「そいつが言うには、アリウスと和解したい、と」

 

方法にしろ理由にしろ、ミラの疑問も尤もだろう。

手短に要件を伝えると、ミラは僅かに考え込んだ。

 

『なるほどね・・・ひとまず、私のところに連れてきて』

「いいのか?」

『真意を図る必要がある。それと、会うときは私は顔を隠しておくから』

「わかった」

 

アリウスとの和解がどこまで本気かはわからないが、トリニティ生らしくゲヘナを憎んでいるのであればミラの容姿はまず間違いなく地雷になる。

であれば、根回しのためにも多少時間を稼いだ方がいいだろう。

 

「お前を代行のところに連れて行く。だが、準備があるから少し待ってもらうぞ」

「わかった。あっ、じゃあさ!せっかくだしお話しない?」

 

そう言って、少女はサオリの返事を待たずにいろいろと話し始めた。

よく言えば天真爛漫、悪く言えば能天気な様子に、サオリは毒気を抜かれながらもどこか相容れないものを感じ取っていた。

 

 

 

「はじめまして。私が暁ミラ、アリウスで生徒会長代行をしている」

「丁寧にありがと。私は聖園ミカ、よろしくね☆」

 

応接間にて、顔を隠したミラと突如現れたトリニティの生徒、ミカが顔を合わせる。

ミラの後ろにはサオリとアツコが控えており、いざという時のために部屋の外にもミサキやヒヨリ他数人を配備している。

その気配を察知しているのか、あるいは単に物珍しいのかキョロキョロと視線を動かしているミカに、ミラがさっそく本題を尋ねた。

 

「さて、話はサオリから聞いてる。私たちアリウスと和解したいって話だけど、具体的にはどうするつもり?」

「そうだね・・・アリウスの生徒を一人、トリニティに転校させるっていうのはどうかな。もちろん内緒で」

 

ミカが言うには、それでもしトリニティに転校させたアリウスの生徒が馴染むことができれば、その生徒が“和解の象徴”となることでトリニティとアリウスの架け橋にするのだという。

手続きに関しては、自身がティーパーティーであるため偽造等も問題ないとのことだった。

 

「なるほど・・・いくつか質問しても?」

「いいよ」

「まず一つ。転校は内緒という話だけど、他にこのことを知っているのは?」

「ううん、誰もいないよ。提案はしたんだけど、ものすごい反対されちゃって」

 

つまりは、今回の訪問はティーパーティーのホストにすら完全に知り得ないということらしい。

その事実に、サオリとアツコは僅かに違和感を覚える。

 

「そう。なら次に・・・内密にしたい理由は、本当に周囲から反対されるからってだけかな?」

 

そして、ミラは二人と違い違和感ではなく確信としてミカに疑問を投げかける。

問い詰められたミカは、あからさまに動揺して視線を右往左往し始めた。

 

「あ~、えっと~・・・言わなきゃダメ?」

「アリウスの大切な生徒を預けるからね。気がかりは残したくない」

「う~ん・・・秘密だよ?」

 

困ったような表情で、それでもあざとく唇に人差し指を当てながら、ミカはトリニティの中でもトップクラスの極秘事項を打ち明けた。

 

「実はナギちゃん・・・あっ、桐藤ナギサって言って、私の幼馴染でティーパーティーのホストなんだけど、その子が裏で進めていることがあるんだよね」

「それは?」

「エデン条約・・・簡単に言えば、トリニティとゲヘナの和平条約だよ」

 

ミカが言うには、普段からいがみ合って何度も小競り合いを起こしている現在の状況を解決するため、両学園の中心人物を集めた『エデン条約機構(ETO)』を設立し、紛争が起こった時はETOが間に入ることで全面戦争を回避するのだという。

そのため現在のナギサは非常に神経質になっており、さらなる火種になりかねないアリウスは受け入れられないだろうということらしい。

だが、それを分かった上で一人でこっそりアリウスと和解しようと画策しているということは、

 

「つまり、あなたはエデン条約に反対ということ?」

「うん、そう。だってゲヘナの奴らって角とか生えてて気味が悪いし、絶対裏切るに決まってるじゃん。それよりも、時間をかけてアリウスと仲直りした方がいいと思うんだよね。あなた達もそう思わない?」

 

ミカの質問に、サオリとアツコは僅かに眉をひそめる。

ゲヘナに思うところがないわけではないが、“ゲヘナだから”というだけで拒絶するのはミラの存在の否定にも繋がる。

そのため、アリウスでは学園だけを見た蔑視はある種のタブーとなっていた。

とはいえ、部外者のミカがそのような事情を知る由はない。

ゲヘナへの悪態を続けるミカに、これ以上は話が拗れかねないと判断したミラは早々に話を切り上げることにした。

 

「・・・事情はわかった。引き受けるにしても生徒の選定とかがあるし、どうするかは追って連絡する」

「は~い」

「アツコ、ミカを出口まで案内してあげて」

「わかった。こっち」

「ありがと☆それじゃあ、またね。いい知らせを期待してるから」

 

アツコに連れられて、ミカが応接間から去っていった。

二人が出ていってから少しして、ミラはサオリに問いかけた。

 

「さて・・・サオリはどう思った?」

「それは、聖園ミカと桐藤ナギサ、どちらの話だ?」

「両方」

「・・・桐藤ナギサの方は、話だけでは分かりかねる。だが・・・」

 

一瞬、サオリは言葉に迷う。

偏見の混じった評価を口に出していいものか、と。

だが、結局サオリは正直に話すことにした。

 

「聖園ミカの方は、自身が小馬鹿にしている幼馴染みの同類だと気付いてないのは、滑稽に見えた」

 

サオリがミカに抱いた印象は、『世間知らずなお姫様』だった。

ミカはナギサのことをまるで“現実が見えていない”とでも言わんばかりだったが、それはミカもまた同じだ。むしろ、自分の幻想を半ば押し付け気味にしている点ではナギサより質が悪いと言えるかもしれない。

少なくとも、本当に現実が見えているなら自分たちの心境の変化くらいは見抜けたはずだ。

その考えはミラも同じだったようで、サオリの評価に満足げに頷いた。

 

「そうだね、私も同じかな。結局のところ、二人が何を信じたいかの違いってだけの話なのに、自分が正しいと思い込んでるなんて、ね。さて、もし私が素顔を晒したらどうなってたかな?」

「少なくとも、平穏には終わらなかっただろう」

 

典型的なトリニティらしく、いやむしろ過激と言えるくらいに、ミカはゲヘナのことを嫌っている。

もしそんな彼女にミラの素顔を見せたら、『裏切ったのか』だの『みんな騙されている』くらいのことは言ったかもしれない。

当然、和解の話も反故にしていただろう。

 

「なら、転校の話は無しか?」

「・・・いや、きっかけや方法はどうであれ、表舞台に出る取っ掛かりは作っておきたい」

 

何もないまま表舞台に出たところで、トリニティとゲヘナに復讐しに現れたと思われるのが落ちだろう。

そうならないためにも、そう思われないための布石とそう思われた時の備えを用意しておく必要がある。

その準備のためにもミカを利用しない手はないだろう。

 

「そういうわけでサオリ、誰か良さそうな生徒に心当たりはある?」

「・・・あぁ。馴染めるかはともかく、その気概がありそうな者が一人」

「なら、その子を呼んで。さっそく準備を始めよう」

 

ミラの指示に従い、サオリは訓練場へと向かった。

誰も知らないところで、それでもたしかに歯車が噛み合い、回り始めた。

 

 

 

トリニティに送る転校生として、サオリは白洲アズサを指名した。

アズサは元より確固たる芯を持っているため、馴染めるかはともかく不要にトリニティに染まることはないと判断した。

ミラもそれを承諾し、約束通りミカの手引きによって無事トリニティへと転校した。

環境の違いや真っ直ぐな性格が災いすることもあってそれなりに苦労したが、それでもたしかにアズサはトリニティでの生活を楽しんでいるようだった。

ミラとサオリはそのことに安堵しつつアリウスでは普段通りの生活を送っていた。

だが、ある時その生活に変化がもたらされることになった。

 

「百合園セイアの襲撃、ね。何を考えているんだか」

 

きっかけは、アズサからの定期報告だった。

いつもはトリニティで何があったなどの雑談のようなものがほとんどだったが、この時はミカがアズサを通じてティーパーティーの同僚であるセイアを襲撃してほしいと打診された。

一応エデン条約の準備を進めるナギサへの脅しのためらしいが、ミラたちとしてはどちらかと言えばその後に付け加えられた『セイアちゃんのことが気に入らないんだよね』の方が本音であるように思えた。

 

「おそらく、何も考えていないのだろう。アズサからの報告では、少し痛い目に遭わせたい、だそうだ」

「なるほど、ここまでとはね」

 

サオリの呆れ半分嘲り半分の補足に、ミラはいよいよため息を吐く。

私怨混じりの襲撃の片棒を担がせるとは、いったい自分たちのことを何だと思っているのか。本当に和解する気があるのか疑わしくなってくる。

 

「まぁ、ここは乗っかっておこう」

「いいのか?」

「たぶん、聖園ミカは私たちのことを便利な私兵みたいに思っている。ここで断っても面倒なことになりそうだし、彼女のお望み通りに動くとしよう」

 

ミカからも支援を受け取っている以上、無理して突っぱねるのは得策ではない。

仕方ないが、今回は従うしかないだろう。

だが、下に見られっぱなしというのもよろしくない。

「ただし」と前置きして、ミラは前提を付け加えた。

 

「痛い目に遭うのは、聖園ミカだ」

 

 

 

「ふむ、来たか」

 

ある夜、アズサはミカから得た情報を頼りに警備をすり抜けてセイアのセーフルームに潜入した。

だが、中に入るとそこにはすでに目を覚ましているセイアが待ち構えていた。

だが銃の類いは持っておらず、護衛を呼び戻している素振りすらない。

 

「警戒しなくてもいい。君たちの代行から話は聞いている」

「! ミラと会ったことがあるのか?」

「いや、直接会ったことはない。話をしたのは夢の中のことだ。まぁ、別に信じなくてもいい。私自身、あまり今までにないことで驚いていてね」

 

そういえばと、アズサはセイアに関する噂を思い出したか。

曰く、セイアは未来を見ることができる、と。

真偽は定かではないが、ミラもまた時折不思議なものが見えているような口振りがあったため、そういうこともあるだろうと割り切ることにした。

 

「さて、私の死を偽装することで、ミカに灸を据えると同時にナギサの危機感を煽る。乱暴な手段であるのは否めないが、結果的にエデン条約の成功に繋がるのであれば、私としても一芝居うつのは吝かではない」

 

セイアの言う通り、今回のアズサの目的はセイアの死亡の偽装だった。

ミカがアリウスのことを便利な私兵として認識しているのは状況として良くないため、『素直にミカの言うことを聞く立場ではないこと』と『時には手段を選ばない存在であること』という認識を植え付けるために今回の作戦を立案・実行している。

ただし、これはアリウス内でのみ共有している情報のため、セイアがミラと話したことがあるというのもあながち嘘ではないのだろう。

本人が思ったより乗り気なのは意外だったが、そこはミラが上手く言いくるめたのかもしれない。

ならばさっそくとアズサは爆弾を取り出そうとするが、それを遮るようにセイアが先に口を開いた。

 

「だが、一つ聞いておきたい・・・君たちの代行は、最終的にどこを目指している?」

 

なぜこのタイミングで聞くのかは分からないが、セイアが真剣な表情を浮かべていることから重要なことなのだろうと判断してアズサは素直に答えた。

 

「決まっている。アリウスを表舞台に出すこと。それがミラの目的だ」

「いやすまない、聞き方が悪かった。私が聞きたいのは、目標ではなく手段の方だ」

 

だが、セイアの重ね重ねの問いかけにアズサはピタリと動きを止める。

言われてみれば、ミラは最終的な目的を話してはいるが、アズサはそこに至るまでの方法の詳細を聞いたことがなかった。

 

「ミカのクーデターに荷担するにしろ、ナギサのエデン条約に一枚噛むにしろ、どちらを選ぶにしても目的のために有効な手段と考えるのはまだ分かる。だが、私にはミラがそのどちらでもない手段を選んでいるように見えた。まさかゲヘナの方が本命かとも思ったが、万魔殿の議長はまともな会話や策謀が出来る類いでもないし、これも論外だろう」

「・・・何が言いたい?」

 

セイアがミラに対して何かしらの疑念を抱いているというのは、何となくわかる。

だが、それを自分に話して何になるというのか。

 

「まぁ、言ってしまえば何てことはない。何が起こるにしても、何のために戦うかは君自身が考えて決めるべきだということだ。より良い未来のためにね」

 

セイアの返答に、アズサは思わず黙り込む。

アズサにはセイアの意図も、どのような未来を見たのかも、自分に何を期待しているのかも分からない。

だが、セイアの言葉を無視したら何か取り返しのつかないことになってしまうのではという予感が浮かんでは頭から離れなかった。

だが、アズサには今そのことを考える時間は残されていなかった。

 

「さて、長々と話してしまったな。時間もあまり残っていないだろう。後の事は蒼森ミネに任せるんだ。おおよその経緯は彼女にも話してある」

「・・・わかった」

 

これ以上留まると脱出が困難になってしまう。

セイアの催促に従い、アズサは爆弾を起爆してセイアの死を偽装、その後指示された場所でミネにセイアを引き渡して自室へと戻っていった。

 

 

 

ミラが仕掛けた偽装工作は整合性、着実に関係者に影響を与えた。

ミカは後悔と自責の念に駆られて後戻りできないところまでクーデターの準備を進めることになり、ナギサは疑心暗鬼に襲われて裏切り者探しに躍起になり始めている。

その候補にはアズサも選ばれてしまったが、転校生という特殊な立場から疑われるのは分かりきったことでもあった。

それから、アズサは裏切り者候補を集めた補習授業部に所属することになった。

そこでシャーレの先生や仲間のヒフミたちと交流を重ねながら時は過ぎていき、最後の退学がかかった試験が行われる前日にサオリに呼び出された。

 

「クーデターの実行日が変わった。明日の午前中だ」

 

サオリから告げられたのは、作戦実行日の変更だった。

それはちょうど試験を行うタイミングであり、今までの補習授業部での努力を不意にしなければならないという宣告でもあった。

 

「ま、待ってくれ。明日は・・・」

「何か問題があるのか?どちらにしろ、これは決定事項だ。代行の命令でもある」

「そう、か・・・わかった」

 

アズサは補習授業部を裏切りたくない。

だが、それと同じくらいアリウスの恩人であるミラを裏切りたくもない。

最終的に大人しく頷いたアズサは、サオリと数言予定を打ち合わせて去っていった。

その後ろ姿を見送ってから、サオリは通信機を取り出してミラに繋げた。

 

「ミラ、いいか?」

『何か問題が?』

「いや、一つ確認しておきたい。もし、アズサが私たちを裏切ったらどうする?」

『・・・その兆候があると?』

「ただの予感だ。だが、明日のクーデターの実行は渋っていた」

『なるほど・・・』

 

今まで誰よりも真面目に任務をこなしていたアズサの変化に、ミラは興味深そうに考え込む。

だが、結論をだすのにそう時間はかからなかった。

 

『放っておいて』

「いいのか?」

『どのみち、今回の作戦はアズサが指示に従おうが裏切ろうが大して問題はない。そもそも、クーデターの成否は私たちにあまり関係ないからね。まぁ、念のためサオリとヒヨリも待機して』

「了解だ」

 

ミラの指示に従い、サオリはヒヨリに指示を出しながら、アズサが去っていった方向を見つめ続けた。

 

 

 

最終的に、アズサはアリウスではなく補習授業部を選んだ。

先生と補習授業部に全てを打ち明けたアズサは、ハナコと共にナギサを回収し合宿棟に匿い襲いかかってくるアリウスの軍勢を迎撃し始めた。

正義実現委員会に通報も済ませ、後は増援が来るまで持ちこたえるだけだった。

 

「黒幕登場☆ってところかな」

 

だが、そこに現れたミカが補習授業部の期待と希望を打ち砕いた。

アリウスに利用されているだけだと思っていたミカが、自分から一連の騒動を企てていたことに驚きを隠せない。

 

「私は本当に、心の底からゲヘナが嫌いなの。あんな角が生えた奴らと平和条約だなんて、考えるだけでもゾッとしちゃうよ。ナギちゃんも、そういう都合のいい話は存在しないって分かってもいいはずなのに。

元々はトリニティの一員だったアリウスも私と同じ、あるいはそれ以上にゲヘナのことを憎んでいる。だから、私はアリウスに手を差し出して、彼女たちは私の手を取った。

私が次期ティーパーティーのホストに就いて、ゲヘナをぶっ潰すのと同時にアリウスを表舞台に出す。そういう取引をしたんだ」

 

ミカが自身の計画を明かしていくにつれ、先生の表情が険しいものになっていく。

それだけミカのしようとしていることは身勝手で、ナギサの苦労も補習授業部の努力も無視した暴挙であると言えた。

だが、今さらになって止まるミカではない。

 

「それじゃあ、補習授業部を片付けちゃって」

 

全てを終わらせようとするミカの命令に従い、アリウスは銃を構える。

だが、銃口が向けられた先はは先生や補習授業部ではなくミカであった。

 

「え・・・?」

 

ミカが困惑の声をあげた直後、一斉に半円状からミカに銃弾の雨が浴びせられた。

完全に不意打ちだったミカはこれに対応できず、抜け出そうにも時折壁越しから飛んでくる狙撃によってバランスを崩してしまう。

体育館の床が空薬莢で埋め尽くされた頃、ようやく一斉攻撃が終わりミカは呆然とアリウスに問いかけた。

 

「どうして・・・?」

「元々、我々の任務は“聖園ミカの監視、場合によっては排除”だ。そして、貴様は我々と相容れないことが確定したから排除した。それだけのことだ」

 

ミカの疑問に答えたのは、体育館の外からやってきたサオリだった。

見知った顔から告げられた自分の知らない真実に、ミカは乾いた笑みを浮かべた。

 

「あはは・・・そっか、あなたたちはそんな簡単に裏切るんだね」

「元より代行は貴様と馴れ合うつもりはなかった。それを見抜けなかったのはお前の落ち度だ」

 

サオリのトドメの言葉に、とうとうミカはガックリと体から力が抜けて項垂れてしまった。

その様子を見下ろすサオリだったが、不意にかかってきた通信に応答する。

 

「どうした、ヒヨリ・・・シスターフッドに動きが?わかった、撤収する」

 

狙撃ポイントで周囲を見張っていたヒヨリからシスターフッドが戦力を終結させているという情報を聞いて、即座に指示を出してアリウスを続々と撤退させる。

そして、体育館からすべての戦力を撤収させたサオリは最後に先生とアズサへと近づいた。

 

「アズサ、私たちの戦いはまだ終わっていない。その時までに身の振り方を決めておけ」

「サオリ・・・」

「それと、先生にも代行から伝言だ。『いつか会う時を楽しみにしている』、と」

 

それだけ言って、サオリは体育館から姿を消していった。

 

(サオリ、ミラ・・・いったい、何を・・・)

 

その後ろ姿を見送ったアズサは、自分の知らないところで大きなことが起きようとしていることに胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

「さて・・・ついにこの時が来た」

 

クーデター未遂からしばらく経ち、エデン条約の調印式があと数日たいうところまで迫った頃、アリウスの旧校舎の前に全ての生徒が集まっていた。

その旧校舎の屋上から、スクワッドを背後に従えたミラが集まった生徒に対して呼び掛ける。

 

「見捨てられ、迫害され、暗闇に落とされて長い年月が過ぎた。

私たちの存在は、外からすれば忌み子のようなものだ。

トリニティからは迫害の対象として、ゲヘナからは仇敵のように、その他からは認知すらされない。

だけど、それも今日で終わる。

恨まれ、疎まれている私たちが外の世界で存在を証明するためには、大波に飲まれることのない力を示す必要がある。

故に、アリウスはエデン条約、トリニティとゲヘナに宣戦布告をする。

トリニティを憎んでいる者、ゲヘナと相容れない者、私に従う者、それぞれ動機は異なるだろう。

私は、そのすべてを肯定する。

だけど、忘れてはいけない。

これは復讐ではなく、私たちの尊厳のための戦いであることを」

 

ミラの演説に、終結したアリウスの生徒たちが沸き立つ。

士気も戦意も十二分。

雄叫びをあげている様子をミラは満足げに見渡しながら、まるで買い物に行くようなノリで宣言した。

 

「それじゃあ皆、戦争を始めよう」

 

 

 

 

『古聖堂から、赤い雷と共に謎の軍勢が出現!トリニティとゲヘナ両首脳部は壊滅状態となり・・・!』

 

「暁ミラ、君の目的は・・・」

 

「私は、ヒフミの、補習授業部のみんなのために戦う」

 

「私はお前を否定しない。だが、敵対するというなら容赦はしないぞ、アズサ」

 

「君は・・・」

 

「はじめまして、だね。先生」

 

 

To Be Continued...




続きはありません(断言)。
ただでさえ本編の息抜きの域をだいぶ超えてるのに、これ以上はもうほぼ新作になってしまう。

生い立ちに関しては、本編も同じような感じです。
というか、ゲヘナルートを選択したのが本編、トリニティルートを選択したのが今回の話です。
ゲヘナルートを選択した本編ではどういう過去があったのかは、最終編が終わったらおいおい書こうかなと思います。

ちなみに、今回はベアトリーチェがトリニティに干渉するルートもあったんですが、それやると今以上に長くなりそうだったのでボツになりました。
構想としては、退学になった補習授業部をアリウスに引き入れつつ、先生やゲヘナ(というか風紀委員会)と協力してベアトリーチェが支配するトリニティに挑む、って感じですかね。
いやまぁこれはこれで面白い気はしたんですけど、さすがに盛り込み過ぎでキャパオーバーになりそうだったので・・・。
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