セリカの誘拐事件があった後日、先生から『アビドスの皆が、セリカを助けてくれたお礼をしたいんだって』という連絡が届いた。
少し悩んだミラは『はーい』『せっかくだし何かごちそうしてもらうってことで』と返信した。
最初は適当な理由で断ろうと思ったが、以前の校舎襲撃の件から2回連続で断るのは体面が悪いような気がしたため、先生の顔を立てる意味でも今回は受け入れることにした。
そして、指定された店である“柴関ラーメン”で先生たちと合流したのだが・・・
「えーっと・・・なんか機嫌悪そうだけど・・・?」
「・・・そんなことはありません」
先生たちが先に席に座っていた中、何故かアヤネが不機嫌になっていた。
本人は否定しているが、その割には付き合いの浅いミラでも簡単に嘘だとわかるほど表情に出している。
ミラも首を突っ込んでいいものか悩むが、さすがに気になって落ち着かないため隣に座るホシノに尋ねることにした。
「ねぇ、何があったの?すっごい不機嫌オーラを振りまいてるけど」
「えっとね~、今日の定例会議で借金を返す方法を話し合ってたんだけど、良い案を出せなくてアヤネちゃんが怒っちゃったんだよね~」
「ちなみに、その案っていうのは?」
「スクールバスをハイジャック」
「銀行強盗」
「スクールアイドルです☆」
「別にどれでも良くない?特に銀行強盗とか手っ取り早いじゃん」
「いいわけないでしょう!!」
ミラの言葉に、何とか怒りが静まりかけていたアヤネが再び噴火した。
一応店内のためまだ押さえている方ではあるが、結果的に機嫌取りに失敗してしまったためホシノは「あちゃ~」と額に手を当てた。
荒ぶるアヤネを治めながら、先生も無責任な発言をしたミラを窘めた。
「ミラ、犯罪行為を容認するのは良くないと思うよ」
「でも、先生も割とノリノリじゃなかった?」
「そ、それはその場の勢いというか・・・」
先生も人のこと言えないじゃん、とは口に出さない。
というより、ミラの方がよっぽどおまいう案件になる。
「ちなみに、あそこのセリカちゃんは?」
「マルチ商法に引っかかってた」
「それはひどい」
「私ってそんなにひどいの!?」
強盗やハイジャックは容認するのにマルチ商法はバッサリ切り捨てたミラに、店の厨房からセリカの悲鳴が響き渡った。
ちなみにセリカは柴関ラーメンでバイトをしており、前の誘拐もバイト終わりの帰宅時を狙われたらしい。
そこで、ホシノがふと気になることをミラに尋ねた。
「そういえばさ、ミラって資金とかどうしてるの?ほら、身を隠してるんだから、バイトとかできないでしょ。まさか、裏社会の依頼とか受けたり?」
「それもまぁたまにはあるけど、どっちかと言えば悪い連中から強奪してることが多いかなー。闇ルートは宝石とか貴重品がけっこう出回ってるから、それを奪って他所で売っぱらうの。もちろん、足がつかないようにね。それに現金を奪うこともけっこうあるよ。特に何かしらの取引現場は現金と物品の両方があるから狙い目だね」
平然と暴露されたえげつない行為に、噴火していたアヤネも含めてドン引きしてしまう。
ただ一人、シロコは「おぉ・・・!」と目を輝かせていたが。
「その話、詳しく」
「いいよ。コツはね・・・」
「だっ、ダメです!シロコさんに変なことを吹き込まないでください!!」
真剣な表情で強奪について尋ねるシロコに、これまた真剣な表情でコツを教えようとするミラをアヤネが遮った。
2人は渋々引き下がるものの、シロコはあからさまに不満気に、ミラは何が悪いのか理解できないといった表情で反省している様子はなかった。
ホシノも今さらになって相談する相手を間違えたことを悟った。
「そっか~、ミラも元風紀委員とはいえ、やっぱりゲヘナだったかぁ。おじさんの見立てが甘かったよ~」
「ホシノ、そんな学校そのものが悪いみたいな・・・」
「あ~、先生はまだ知らないのか」
学校そのものが悪いかのような風潮の物を言うホシノを窘めようとする先生を、ミラが訂正する必要はないとフォローを入れた。とはいえ、あくまでホシノに対するフォローであって、母校であるゲヘナを庇うつもりはないのだが。
「ゲヘナは今のキヴォトスの中でもトップ3に入る規模のマンモス校なんだけど、その校風は『自由と混沌』で治安がとてつもなく悪いのね。平たく言うと、生徒の9割がカタカタヘルメット団みたいな連中、中には他校からテロリストとしてマークされてる部活動もいくつかある、そういう学校なの。なんだったら、生徒会もその9割に入ってるって言っても過言じゃない。んで、残りの1割の良心が風紀委員会ってわけ」
「でも、それを言ったらミラも元風紀委員って・・・」
「私は別に良心とか正義感で所属してたわけじゃないからね。私はいっぱい戦えればそれでよかったから所属しただけだし。強いて言うなら、風紀委員の方が合法的に暴れそうで都合が良かったのと、めんどくさがりなわりに責任感が強い幼馴染を巻き込んで悪事をするつもりはなかったっていうのもあるかな」
「そっか・・・」
先生は考えることをやめた。
ミラの思考回路が先生の理解の範疇を越えていた、というのもあるが、今の話の中でやはりミラが善性側の生徒であると確信を持てたから、というのが大きかった。
それはそれとして、やはり思考がぶっ飛んでいるという印象は拭えないのだが。
「まぁ、私みたいな理由で風紀委員会に所属してる生徒はたぶん他にはいないから、その辺は安心していいよ」
「むしろ他にいてたまるかって話だけどね~」
ホシノの指摘に周りがうんうんと頷いていると、扉の開く音が新たな客の来店を告げた。
この柴関ラーメンは繁盛しているわけではなく、むしろ基本的に客は少ない。
それは人気云々の話ではなく、アビドスの学区自体が過疎状態になっているが故の仕方のないことだった。
そのため、珍しい来客にミラは視線を出入り口に向ける。
そこにいたのは、紫がかった髪の小柄な少女だった。
「あ、あのぅ・・・」
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
気弱な性格なのか声が小さく、逆に対応したセリカの声で聞き取りづらくなってしまう。
だが、ミラが気になったのはその少女が着ている制服だった。
(あれ、ゲヘナの制服だよね・・・?)
生徒の性質上、まともに着ている者は風紀委員会などの役職持ちを除けば珍獣と同レベルで希少だが、ゲヘナにも制服というものは存在する。
それでも何かしらの改造をしているのか、風紀委員会や万魔殿のものと酷似しているものの微妙に違うものだったが、それでも外部の生徒が着るとは考えづらい。
そんなことを考えている最中、セリカに何かを尋ねたかと思うと、一度店の外に出た。
すると、さらに3人の生徒を連れて中に入ってきた。
そして、そのうちの白髪に黒メッシュと黒ポニーの少女の目がミラと合う。
ミラの方はその顔に覚えがなかったが、相手の方はミラを知っていたのか驚いたような表情を浮かべた。
「あら、どうかしたの?」
「・・・いや、なんでもない。たぶん気のせい」
「? そう」
それをリーダーらしき少女が尋ねるが、曖昧にはぐらかしてミラから視線を逸らす。
リーダーも少し不審に思いはしたものの、追求することもなくミラたちの隣の席に座った。
ホシノもその様子に気付いていたようで、そっとミラに耳打ちをした。
「・・・知り合い?」
「私は知らない。でも、向こうは知ってるっぽいね。ゲヘナの生徒みたいだし」
一応、現役時代も同じようなことがなかったわけではない。オフで不良に絡まれたくない気分の時は軽く変装して出かけるが、それでも髪を染めたりカラーコンタクトを付けたりといった本格的なことはしてないため、髪と瞳の色で正体がバレることは何度かあった。
現在は公共の場ということでフードを被って顔を隠しているが、それでも目が合えば瞳の色くらいは見えるだろう。
そして、ゲヘナの中で赤い瞳を持つ純白の生徒など、候補はそう何人もいない。知っている者であればすぐ正体に勘づくのも不思議ではない。
(少なくとも、あの子はゲヘナの3年生で確定かな。にしても謎の集団にしか見えないけど)
4人の会話の中で、それぞれの名前がアル、カヨコ、ムツキ、ハルカというらしいことを把握した。
その中で目の合った生徒はカヨコだったが、ミラの記憶の中にはそのような生徒の名前や顔は存在しない。
そして、3年生であるにも関わらずあの集団の頭ではないというのも、きな臭いと言うよりは胡散臭いという印象が強かった。
そして先ほどの会話の内容は『何かしらの事情で金がなかったからこの店で一番安いメニューを4人で分けて食べる』という、世知辛いを通り越していろいろと心配になってしまいそうなものだった。
「おやおや~?あんなひもじい思いをしている4人を見て、ミラは何とも思わないのかな~?」
「別に?」
「だよね」
ちなみに、ミラは容赦なくこの店で一番高いメニューを注文した。遠慮や申し訳なさは欠片も存在していない。
具だくさん麺山盛りの贅沢なメニューを美味しそうな表情で見せびらかすかのように頬張るミラに向けられる視線は、もはや「マジかこいつ」のドン引きを通り越していた。
もちろん、それらを真正面から受けて気後れするほどミラの心臓は弱くできていないのだが。
だが、アルたちにとって幸いなことに、この店の店主は人情に溢れていた。
この店で最も安く看板メニューにもなっている柴関ラーメン(580円)を頼んだはずの4人の前に置かれたのは、目算で10人前はありそうなほどのメガ盛りラーメンだった。
思わずアルたちも困惑していたが、店主は「手元が狂っただけだ」と気にする様子もない。
店主の度量はラーメンの丼とは比較にならないほど大きかったらしい。
アルたちも店主の厚意を素直に受け取り、一斉にラーメンを啜る。
「「「「お、おいしぃー!!」」」」
「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?」
ラーメンの美味しさに感激するアルたちの席に、いつの間にかノノミたちが席を移動して同じ席に座り始めた。
アビドスも借金返済のために貧乏生活を強いられていることから、共感するものがあったのだろう。
あっという間に意気投合し、和気藹々と談笑を始めた。
その様子を、ミラは自分の席に座ってラーメンを啜りながら眺め、ホシノは後方親面ムーブしながらミラと内緒話を続ける。
「それで、どう思う?」
「そりゃあ、普通に考えて
ゲヘナの生徒は基本的に荒事には慣れている。
仕掛ける側と巻き込まれる側の違いはあるものの、基本的に仕掛ける側の方が圧倒的に多い。
あるいはアルたち4人も巻き込まれる側の生徒という可能性も0ではないが、少なくとも先ほどの一瞬でカヨコがミラに向けた警戒心は明らかに『仕掛ける側』のものだった。
であれば、仕掛ける側の生徒がわざわざアビドスに来た理由は、まず間違いなく戦闘が絡むものだ。
問題なのは、もし本当にこの4人がアビドスを襲うためにやってきたとして、リーダーのアルが相手がターゲットであることに気付いている様子がないということだが・・・
「でも、放っておいていいんじゃない?」
「その心は?」
「ゲヘナには珍しい善人気質っぽいのが一つ。あとその方が面白そうだから」
「絶対二つ目の理由が本命だよね、それ」
「まぁ、向こうの2人もこの状況は放置するみたいだし、今は手を出さなくてもいいでしょ」
アルがノノミたちと楽しく談笑をしている最中、カヨコとムツキは何か気づいた様子で小声で何かを話していた。
その視線が制服に向いていることから、おそらくはホシノたちの正体に気付いているのだろう。
その上で、ムツキは無邪気そうに、カヨコは小さくため息を吐きながらアルを放置していた。
ならば、ここでミラが水を差すのは野暮というものだろう。
「一応言っとくけど、さすがにアレの相手は管轄外だから」
「分かってるって」
アビドスに来てから何故かアビドスvsカタカタヘルメット団のトラブルに巻き込まれ続けたミラは、そろそろ自分の本来の目的に取り掛かりたいところだった。
ホシノもそれは分かっているため、ミラの念押しに頷いた。
その後も2人は後方先輩ムーブで後輩たちの団欒を眺め続け、この日は何事もなく解散となった。
オチが下手なのは許して・・・。
なんだかんだ根は良さそうに見えてしっかりゲヘナしているミラです。
まぁ、一部のテロリストに比べればマシだし・・・。