キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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梅雨入りで湿気ってきたので、ヒナがシナシナになってしまいました。


日常編・2

「ヒナ、ちょっといいかな?」

 

執務室に残って共にこなしていた書類仕事に終わりが見えてきた夜、不意にミラがヒナに話しかけた。

ミラのおかげで万魔殿からの妨害は格段に減ったが、それでもトラブルばかりで多忙を極める風紀委員会の書類の量は半端なものではない。

いつもと同じような態度だが、どこか既視感を覚える状況にヒナの心臓が跳ね上がる。

内心の動揺を表に出さないよう、ヒナは平静を装って返事をした。

 

「どうしたの?」

「実は私、他にやりたいことができたんだ」

 

だが、ミラの突然の告白にヒナは思わず体を強張らせてしまう。

それを知ってか知らずか、ミラは淡々と言葉を続ける。

 

「次はいつ戻るか分からないけど・・・うん。ヒナなら、きっと大丈夫」

 

それだけ言って、ミラは席から立ち上がった。

ミラの手元を見れば、書類は全て片付いていた。

もう他に気にすることはないとばかりに、ミラはさっさと扉に向かっていく。

 

「じゃあね、ヒナ」

「っ!待って、ミラ!おねがい・・・!」

 

ミラを引き留めようもヒナも立ち上がるが、一瞬の葛藤によって動き出しが鈍ってしまう。

必死に伸ばした手は届かず空を切り、ミラはそのまま扉の向こう側へと消えていき・・・

 

 

 

 

ある朝、アコはいつものように今日の業務の準備をしていた。

ただし、いつも始業時間より10分以上早くいるはずのヒナの姿はない。

とはいえ、ミラがいつも5分前に現れるため、今日はそれに合わせているのだろうと思っていた。

ヒナとて幼馴染みと2人の時間はできるだけ欲しいだろう、と。

 

「おはよー」

「おはようござっ」

 

だからこそ、ミラの挨拶が聞こえて振り向いたとき、アコは思わず固まってしまった。

視線の先にミラがいるのは、分かっていたことだ。

だが、いつもと様子が違う。

なぜか、ミラの前面が白い毛で覆われていた。

サンタの白い髭に見えなくもないが、季節外れな上に髭と言うには毛量がおかしい。

胸元はともかく腰の下まで見えなくなっているのは明らかにやりすぎだろう。

・・・などと現実逃避していたが、チラ見えしている角とか翼で嫌でも現実を受け入れざるを得なかった。

有り体に言えば、ヒナがミラに正面から抱きついていたのだ。

ひとまず冷静になるためにたっぷり沈黙を挟んでから、アコはミラに問いかけた。

 

「・・・・・・・・・何があったんですか?」

「なんか、私がいなくなる夢を見ちゃったみたいで」

「完全にトラウマになってるじゃないですか」

 

アコからのストレートな指摘に、ミラは曖昧な笑みを浮かべる。

翼まで使ってホールドしているあたり、相当傷は深いらしい。

実のところ、今日のヒナは悪夢を見て少しばかり寝起きが悪く、部屋を出るのが遅くなってしまった。

それがたまたまミラの登校時間と重なった結果、執務室の前でミラと出くわして衝動的に抱きつき、現在に至るということだ。

幸い、今のヒナの姿は他の生徒に見られていないが、もし目撃情報が出回ったらどうなっていたことか。

 

「ヒナ、大丈夫?仕事はできそう?」

「・・・うん」

「そっか。でも、無理はしちゃダメだからね」

「・・・・・・うん」

 

ミラに頭を撫でられながら話しかけられたヒナは、ノロノロとミラから離れて自分の席へと向かった。

その後ろ姿を見ながら、ミラとアコはヒナに聞こえぬよう小声で話し始める。

 

「どうしてくれるんですか。正直、見てるのも辛いんですけど」

「まぁ、これに関しては100%私が悪いから、責任とってどうにかするよ」

「当然です。もし委員長に何かあったらあなたのせいですからね」

 

さすがのミラも罪悪感を覚えているらしく、いつになく真剣な表情で宣言したことにアコは満足げに頷く。

幸いなことに、頭を撫でられて少し調子を取り戻したヒナは事務仕事を主に行うことで今日のところは乗りきることができた。

だが、ずっとこのままというわけにはいかない。

早期に解決するために、ミラは仕事をこなしつつさっそく頼りになる人物に連絡した。

 

 

* * *

 

 

『先生、ちょっと相談したいことがあるんだけど』

『今すぐ会える?』

 

『わかった。ゲヘナに向かえばいいかな?』

 

『ありがとう』

 

 

「・・・ってことがあって」

「なるほど・・・」

 

ゲヘナ自治区内の公園、そこに敷設されているベンチに、ミラと先生は座って話をしていた。

モモトークで呼び出された先生は、ミラからの相談を聞いて神妙な顔で頷く。

先生としても、普段から頑張っているヒナの力になりたいし、ミラが自分から相談しにきたのなら断る理由はない。

だが、それはそれとして気になることがあった。

 

「それにしても、なんでミラは急にいなくなったりしたの?あっ、もちろん無理に話さなくてもいいんだけど・・・」

「・・・いや、先生には話しておくよ」

 

ミラが微妙な表情になったのを見て先生は質問を取り下げようとしたが、それを遮るようにミラは事情を説明した。

ミラには未来のようなものが見えること。

そこで、ヒナが死ぬ場面を目撃したこと。

それに関係しているのがホシノ、ひいてはゲマトリアであり、特に大きな不安要素であったゲマトリアを排除するために姿を消したこと。

 

「もうゲマトリアは壊滅してるから、ヒナから離れる理由はもう無いんだけど・・・さすがに、その辺の事情を全部話すってわけにもいかないし・・・」

「それは、そうだね」

 

未来が見えるという話を信じるにしろ信じないにしろ、親しい人から「あなたが死ぬかもしれない」と真剣に言われて平静でいられる者は少ないだろう。

特にヒナはミラに対して全幅の信頼を置いているため、いろいろと考え込むに違いない。

それを考えるなら、事情を説明して安心してもらうという手段は使えない。

だからこそ他の手段が必要だったのだが、ミラには思い浮かばなかった。

 

「なんか、いい方法とかある?」

「それじゃあ、こういうのはどうかな」

 

そう前置きして、先生は思い付いた解決法をミラに話した。

それを聞いたミラは、まるで盲点だったかのように目を丸くし、納得したように何度も頷いた。

 

「なるほど・・・ありがとう、先生。参考になったよ」

「ミラの役に立てて、私もよかったよ」

 

戦闘では自分が指示するより速く動くこともあって役に立てる機会が少ないが、エデン条約の時もヒナとの距離感を測りかねていたように、人間関係は少し不得手なようだった。

であれば、ミラの苦手な分野をフォローするのが先生である自分の役目だ。

意気込みを新たにする先生だったが、ふと先ほどの話に出てきた気になることについて尋ねた。

 

「そう言えば、未来が見えるって言ってたけど・・・」

「あくまで、それっぽい何か。当たった試しもないし、たまにフラッシュバックするだけだから、セイアの予知夢ほど使い勝手もよくないし」

「! 知ってたんだ?」

「まぁね」

 

セイアの予知夢はティーパーティーの中でも極秘事項、というよりほとんど噂や都市伝説の類いであり、実態を知る者は限られている。

もちろん、ゲヘナの生徒であるミラが把握する余地はほとんど無いだろうし、接触する機会も無かったはず。

それでも知っているということは、おそらくセイアの方から夢を介して接触したのだろう。

いろいろと聞きたいことが増えたが、先生が尋ねる前にミラがベンチから立ち上がった。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くから」

 

思い立ったが吉日と先生を呼びつけたミラだが、この会話は休憩時間から無理やり捻出したもので、時間的な余裕はあまり無かった。

ミラとしてもまだ先生と話したい気持ちはあったが、今日はヒナが現場に出ていないためそうも言ってられない。

 

「今日はありがとうね、さっそく試してみるよ。お礼はまた今度ってことで」

 

先生の返事も待たず、ミラはさっさと礼を告げて風紀委員会の仕事へと戻っていった。

 

 

* * *

 

 

「それじゃ、今日はヒナの部屋に泊まるから」

「え、えぇ・・・?」

 

ミラが先生に相談した日の夜、ミラは荷物を持ってヒナの部屋を訪れた。

先生からの提案は至極単純、定期的にヒナの部屋にお泊まりをするというものだった。

ヒナがミラが居なくなることを恐れているのであれば、それが薄れるまで一緒にいてあげればいい。

共に居る時間を積み重ねれば、ヒナの心配もいずれ消えていくだろう。

それはミラも承知していたことではあるが、お泊まりにまでは意識が向いていなかった。

 

「いきなりどうしたの?」

「嫌だった?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

 

突然のミラの訪問に、ヒナは戸惑いを隠せなかった。

お泊まり会そのものは、これが初めてというわけではない。というか、一年生のころは普通にしていた。

ただ、ミラが失踪してからは当然として、ミラが戻ってからも多忙でお泊まりをする余裕がなかったのだ。

だから、ミラとお泊まりをすること自体は嬉しい。

だが、心の準備が出来ていない。なんなら、失踪前にもお泊まりしていたこともあって少し心臓に悪い。

これに関してはそのことを知らなかった先生の計算違いだったが、ミラは分かっていた上で『口実がなくなるよりは』と割り切ることにした。

 

「ほら。こっちにおいで」

 

ミラが訪れてからぎこちない態度のまま時間が過ぎていき、ついに寝る時間になった。

そこでミラは、ヒナよりも先にベッドに横になり、その隣をポンポンと叩いた。

一緒に寝よう、ということだろう。

意味は分かるが、いつになく積極的なミラの態度は微妙に慣れない。

・・・あるいは、それほどまでに心配をかけさせてしまった、ということだろうか。

 

「う、うん・・・」

 

少し迷ったヒナだったが、素直にミラの誘いに従って横で寝ることにした。

ヒナが隣で横になると、ミラはそっと、ヒナの体を抱き締めた。

 

「大丈夫。私はここにいるから」

「・・・ん」

 

優しく頭を撫でるミラの手つきに、ヒナは急激に眠気を感じ始めた。

だが、それは気絶するように襲いかかってくるいつもと違い、日差しに包み込まれるような穏やかさでヒナを夢の世界に誘っていく。

 

(ミラの体温・・・久しぶり・・・)

 

今までの暮らしで一人で寝ることに慣れてはいたが、いつ以来かの人の温もりに沈み込んでいく。

本当はもっと話していたいが、その意思に反してヒナの意識はだんだんと遠退いていき、瞼も開けることすらやっとだ。

 

「ミラ・・・ずっと、いっしょにいて・・・」

 

そんなことを呟きながら、ヒナもまたミラがどこにも行かぬようにとしがみつく。

その記憶を最後に、ヒナの意識は完全に落ちていった。

 

「・・・一緒にいるよ。おやすみ、ヒナ」

 

ヒナの呟きを聞き取ったミラは、ヒナを抱き締め直して自らも眠りについた。

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