我ながら、よくもまぁここまで続いたものだと感心します。
『この前はありがとう、先生』
『あの時のお礼をしたいから、ゲヘナに来てほしいんだけど』
『お礼はなくても大丈夫なんだけど・・・』
『実は、ちょっといいところのお店でご飯に誘おうと思ってて』
『もう2人分で予約しちゃったし、ヒナも仕事で来れないから』
『そういうことなら・・・』
「先生、こっちこっち」
半ば一方的にミラの方から約束を取り付けた当日。
先生が待ち合わせ場所に着くと、そこでは白いドレスを着たミラが手を振って待っていた。
「今日はその格好なんだね」
「まぁ、一応休暇だからね。余計な騒動は起こしたくないし」
現在風紀委員会で活動しているミラだが、復帰早々暴れに暴れまくったため問題児から速攻で要注意人物に指定された。
発見したら即逃亡、だけならまだいいのだが、中にはトラウマを植え付けられた先輩の敵討ちに動く下級生も少なくないため、ミラが現れた先は大なり小なり騒がしくなる。
なのだが、出回っている格好が風紀委員会の制服のため、私服(あるいは失踪時の格好)でいると比較的正体がバレにくい。
そのため、今回は先生へのお礼ということで騒動を起こさないために私服を着ていた。
「それで、予約したお店ってどこ?」
「あそこ」
ミラが指差した先にあったのは、郊外とはいえゲヘナには珍しく一目で高級だと分かるような店だった。
店の名前と見た目からして、おそらくフレンチのレストランだろうか。今まで行ったことがないタイプの店に先生は少し緊張し始めた。
「・・・なんというか、すごい高そうだね?」
「ハルナから教えてもらったお店だし。予算は確保してあるから、その辺は大丈夫だよ?」
思わぬ名前が出てきたことに、先生は目を丸くする。
ハルナとミラが知り合いだというのは、不自然な話ではない。
テロリスト扱いされている美食研究会に所属しているハルナと問題児を取り締まる風紀委員会に所属しているミラなら、否が応でも顔を合わせることになるだろう。
だが、ミラの口ぶりからしておすすめの店を紹介する程度には友好な関係を築いているらしい。
あるいは、同じ3年生ということで何か関わりがあったのだろうか。
「ハルナとは、仲がいいの?」
「いや、なんかハルナが勝手に私の姉を自称してる」
「えぇ・・・?」
だが、ミラから明かされたのは予想の斜め上をいくものだった。
あのハルナがミラの姉を自称している光景を想像しようとするが、上手くできずに霧散する。
ただ、ヒナがハルナと顔を合わせた時やハルナが話題に挙がった時は露骨に不機嫌な表情になった記憶があることから、ミラの言っていることは事実なのだろう。
「それって、どういうこと・・・?」
「さぁ?最初に会って以来、なんか私に美食の良さを伝えようとして、それがなんか段々こじれていったんだよね」
分かるような、分からないような、なんとも曖昧な物言いだが、その辺りはミラもよくわかっていないのだろう。それこそ、真意はハルナにしか分からないかもしれない。
たしかに容姿は似ていなくもないが、“姉”と断言する根拠はどこにあるのだろうか。
「そんなことより、もうすぐ予約した時間だし、早く行こう」
「う、うん」
新たに生まれた謎に困惑する先生だったが、本題はレストランだ。
このことについては今度ハルナに直接問い合わせることにして、先生はミラに連れられてレストランへと入っていった。
ハルナが紹介しただけあって、レストランで出された料理はどれも絶品だった。
店員の対応も丁寧で、そこまでテーブルマナーを気にすることもなく料理に舌鼓を打ち、時間が過ぎていく。
だが、最後の最後で問題が発生した。
「・・・ねぇ、予約した時と値段が違うんだけど」
予約ページを見せながら、ミラは会計の店員に詰め寄る。
そう、予約したときよりも値段が上がっていたのだ。それも、二倍ほど。
値上げの旨を知らせる連絡を、ミラはもらっていない。
対応している店員は、大量に冷や汗を流しながら事情を説明した。
「実は、材料が高騰したことで値上げせざるを得ず・・・」
「ふぅん?でも、来店した時点で説明することもできたよね?オーナーか経営者は?」
「し、少々お待ちください」
会計の店員が店の奥に消えてしばらくすると、スーツを着た細身のロボットが会計の店員とシェフらしき調理服を着たロボットを連れて現れた。
「どうも、私がこのレストランの支配人です。どうかされましたか、お客様?」
支配人と名乗ったロボットは、恭しく一礼するも一切の悪気を感じさせなかった。
その態度に先生は眉をひそめるが、それ以上にミラの纏う雰囲気が剣呑なものへと変わったため、ひとまず静観の姿勢に入った。
「予約していた時と値段が違うんだけど、どういうこと?」
「お聞きになられたかもしれませんが、実はここ最近、原材料の高騰が続いておりまして。ご説明が遅れてしまったのは申し訳ありませんが、今後の経営に影響が出てしまいますので値下げ等の対応は出来かねます。その点についてはご理解していただければと・・・」
「それでも、元の倍以上取られるのはおかしいでしょ?しかも、これ」
そう言いながら、ミラは伝票を支配人に見せる。
そこには、予約していたコースに加えて“ミネラルウォーター”と書かれていた。
「頼んだ覚えのない品まで追加されてる。私たちはお冷やだって説明されたけど。しかも5000円ってなに?」
「そちらはレッドウィンター産の高級ミネラルウォーターになります。お客様により良いサービスを提供するために用意したものでございます。もちろん、こちらも代金はお支払いしていただきますが」
バチッ、と。不意に何かが弾けるような音がした。
支配人たちはキョロキョロと音の出所を探るが、心当たりがある先生は軽く冷や汗を流す。
その音の出所、つい赤雷が漏れ出てしまったミラは、懐から端末を取り出して操作すると納得したように頷いた。
「・・・あぁ、思い出した。風紀委員会が前からマークしてた会社だっけ。飲食店を脅して買収してはぼったくらせて、取り調べされそうになったらトカゲの尻尾切りを繰り返してたっていう。私が予約した後に買収したから気づかなかったのか」
「ぼったくり?いえいえ、そのようなことは・・・」
「まぁ、ちょうどいいと言えばちょうどいいかな」
「はい?何を・・・」
次の瞬間、ミラはオーナーの頭を鷲掴み、思い切り床に叩きつけた。
地震を思わせるほどの振動に店内が騒がしくなり、目の前にいた会計とシェフは腰を抜かしながら後退りする。
「動くな」
だが、ミラの一言でビシッと動きを止めた。
大きな声で張り上げたわけではないにも関わらず、ミラの声は店全体に響き渡り、一瞬で騒動が沈静化した。
「私は風紀委員会副委員長、暁ミラ。これより、風紀委員会の権限によってこの店を査察する。なお、逃げようとした場合は共犯者とみなして相応の対応をするから、そのつもりで」
ミラの忠告に、会計とシェフはコクコクと必死に頷く。
店から逃げ出そうとする者は、誰一人としていなかった。
「はぁ~、せっかくの休暇が・・・巻き込んでごめんね、先生」
「気にしなくていいよ。これくらい慣れっこだから」
グルグルと肩を回しながら、ミラは深くため息を吐いた。
結果的に、レストランを買収した会社はミラによって完膚なきまでに叩きのめされ、社長も含めた社員らは風紀委員会に連行されていった。
ミラが会社のオフィスに突撃した際、最初は余裕の態度をとっていた社長だったが、不良と社員の山を積み上げられた挙げ句オフィスが半壊したことであっさりと手の平を返して大人しく捕まった。
社長曰く、たまたま美食研究会からお墨付きをもらったのが目につき、雇った不良で脅して無理やり買収し、今回のような滅茶苦茶なボッタクリを吹っ掛けるよう命令したとのことだった。
「まぁ、結果的にタダでご飯を食べれたってことでトントンかな」
「お店の人、すごい感謝してたね」
今回の件で、レストラン側は情状酌量の余地ありということで、完全に無罪とはいかなかったものの名目上の非常に軽い罰則で済んだ。
そうなるように働きかけたミラに前店主は非常に感謝し、今回の食事代がタダになった上に同じ額の食事券まで渡した。
結果だけ見れば、収支はプラスになったと考えてもいいだろう。
ミラとしては、食事券は巻き込んでしまった先生に渡してもよかったのだが、
「変なことに巻き込んだお詫び・・・は、大丈夫?」
「うん。美味しいご飯を食べれたから十分だよ」
「そう言うなら、まぁ、わかった」
先生としては実害はなく、問題の対処もほとんどミラが一人で行ったため、巻き込まれたとはいっても迷惑とまでは全く思っていなかった。
そもそも、先生にも迷惑をかけてしまったと食事券を渡されているため、本当にミラからもらう必要はどこにもない。
ミラもそれは分かっており、これ以上は逆に申し訳ないと思わせてしまうだろうと大人しく引き下がることにした。
もらった食事券はヒナとでも使えばいい。
「それじゃあ、またね、先生」
「うん、また」
ひと悶着ありはしたものの、刺激的な思い出と言えなくもない時間を過ごした二人は、普段通りのように別れていった。
ミラにぼったくりを仕掛けようとした場合、風紀委員会の復帰前だろうが後だろうが、このようにバックボーンごと潰されます。
復帰前後の違いは物理100%か社会と物理半々かくらいです。
ちなみに、ミラが復帰したことでヒナ周りの労働環境は改善されています。
その辺の話は次回ですね。