アビドス自治区の某所。
日も落ち始め、夕飯の相談をするような時間になった頃。
「柴関ラーメン、普通盛りで」
「チャーシュー麺と、ライス普通」
「メガMIX盛りをお願いします」
「あいよ」
不幸な事件によって店が爆破されたことで屋台に変わった柴関ラーメンで、店を爆破した張本人たちであるゲヘナ風紀委員会のチナツ、イオリ、アコがそれぞれ注文していた。
「いや、なんでしれっと注文してるのよ!?」
その様子を見たセリカが、思わずといったようにツッコんだ。
一応、あの件に関しては事件の後に正式に風紀委員会からお詫びと共に謝罪し、店主の柴大将がそれを受け入れたことでひとまず解決した。
セリカに限らずアビドスの1,2年組は思うところがないわけではないが、それでもエデン条約の際に共闘した程度には割りきっている。
だが、それはそれとして当然のように客として振る舞っている神経は疑わざるを得ない。
「まぁまぁ、俺は気にしてねぇから、セリカちゃんも気にすんな。客として来てんなら、突っぱねる理由もねぇ」
「それは、そうだけど・・・」
「そうですよ。ちゃんと売り上げにも貢献してるじゃないですか」
「自分で言うことじゃないわよね、それ」
確かにアコが頼んだのは店の中で最も高いメニューだが、それを口に出してる時点で恩着せがましく聞こえてしまう自覚はあるのだろうか。
「すみません、私たちも止めようとはしたのですが・・・」
「何て言うか、アコちゃんもいろいろと溜まってるから、ちょっと大目に見てやってほしい」
アコが座っている両隣で、チナツが申し訳なさそうな表情で謝り、イオリが気の毒そうな視線をアコに向ける。
根っこが善性のセリカは、その様子を見てすぐに心配へと切り替わった。
「いろいろって、どういうこと?そう言えば、ミラが風紀委員会に復帰したって聞いたけど、まさか問題を起こしたりとか・・・」
「その逆なんですよ!!」
だが、セリカの心配を他所にアコはダンッ!とカウンターテーブルを叩きつけた。
テーブルが壊れたり物が倒れたりはしなかったものの、突然の騒音にセリカの肩が跳ね上がる。
即座に文句を言おうとするが、思わず息を呑み込んでしまうほどアコの表情は切羽詰まっていた。
「ミラさんの仕事に文句なんて一つもないんですよ!ですから、私は、私はッ・・・!!」
「・・・まぁ、なんだ。コーラで良ければ飲むか?」
「・・・ありがとうございます・・・」
ちょっと尋常ではないアコの様子に、柴大将が言葉に困りながらも瓶のコーラを差し出す。
セリカも想像していなかった姿に戸惑いながら、アコと比べて冷静な二人に事情を尋ねた。
「えっと・・・何があったの?」
「具体的に何かあった、というのとは少し違うと言いますか、むしろ悪いことがあったわけではないのですけど・・・」
「まぁ、暁ミラ・・・副委員長が復帰してから、いろいろと変わったんだよ」
そうイオリが前置きしたタイミングで、柴大将が「お待ちどう」とそれぞれが注文したラーメンを出した。
いったん話を切り上げて三人がそれぞれラーメンを食べ始め、ある程度食べ進んでから話の続きを切り出した。
「一番変わったのは、まぁやっぱ戦力だな。委員長がもう一人追加したみたいなもんだし」
「たしかに、それだけで安心感が違うわよね」
「実際はトリニティの正実の剣先ツルギ委員長のようにトラウマを植え付けることも少なくないですけど・・・それでも、対応できる範囲が格段に広くなりましたからね」
ヒナがいなければ対応できないような案件は多くないが、それでもヒナがいるかいないかで対応速度は大きく変わるし、ヒナがいないからと舐められることも少なくない。
そのため、ミラが復帰したことで対応できる現場が増えたのは単純ながら効果は絶大だった。
問題児を投擲物のように扱う戦いぶりには目を逸らすとしても、新たな抑止力が現れたというのは現場にとってこれ以上になくありがたかった。
「あと、万魔殿からの妨害が格段に減ったのも大きい」
「あ~、たしか風紀委員会と仲が悪いって聞いたような?」
「実際は、主に議長が一方的に敵対視してるだけですけどね。細々とした嫌がらせは続いてますけど、予算の没収や大量の書類仕事を押し付けるようなことがなくなったのは非常にありがたいです」
「なんなら、副委員長も書類仕事はけっこうテキパキやってくれるし、委員長の分も含めてかなり減ったよな」
戦闘能力が注目されがちなミラだが、書類仕事などもそつなくこなしている。
さすがにブランクと現場仕事が主なこともあってヒナやアコには遅れをとるものの、要領は良くテキパキと書類を片付けていく。
さらには、復帰前のマコトへの脅しが効いたおかげで押し付けられた仕事の量も激減し、全員で分担しても遅くまで続いた残業はかなりマシになった。
とはいえ、マコトの妨害が無くなってもなお残業が発生してしまう辺り、風紀委員会の仕事量がどれだけ異常かも分かるのだが。
それはさておき、この2つがミラの復帰における大きな変化だが、個人的な部分でも変化があった。
「結果的に、委員長もちゃんと休めるようになったし」
「それって、休憩時間がってこと?」
「いや、休日も含めての話」
「今までは月に一日休暇があれば御の字でしたけど、今は週一が確約されてますからね。普段の休憩時間も5分ほどだったのが30分は確保できるようになりました」
「いや、それでも普通より少ないんじゃ・・・?」
一般的な休日や休憩の半分で満足するのはどうなのかと思うが、それだけゲヘナの風紀委員会が忙しいということなのだろう。
そう思ったセリカだったが、実際の事情はそれとは少し異なっていた。
「一応、休日自体はちゃんとあるんだけどな?でも、休みのはずなのに気づいたら現場にいるんだよ」
「何それ・・・ワーカーホリックってやつ?」
「そう、それ」
「うちの先輩と真逆みたいな人ね」
とばっちりを受けた
ミラに託されて気を張っていた、というのもあるが、それを抜きにしても『自分でやった方が早いから』と自ら事件を解決しようとするなど、他者を頼るのが苦手なところがあった。(むしろミラに託されたことでその癖が悪化した、とも言えるが)
だが、ミラが復帰したことで安心して仕事を任せられるようになり、完全にワーカーホリックが治ったわけではないが休むことを覚えただけでも大きな変化だった。
また、残業が減ったことで帰宅時間も早くなり、一日三時間ほどだった睡眠時間も今では六時間ほどとれるようになったため、以前と比べて肌や髪に艶が見られるようにもなった。ちなみに、ミラとお泊まりした場合はさらに睡眠の質が上がり、普段より二割増しで髪艶が良くなる。
「先生が来てから少しずつマシになっていたのが、副委員長が復帰して一気に改善されたんだよな」
「委員長だけでなく、風紀委員会全体としても良くなったんですよ。残業が大幅に減っただけでもありがたいですし」
「なるほどねー、それだけミラが風紀委員長さんにとって頼りになるってこ、と・・・」
そこまで言って、セリカは声が尻すぼみになりながら視線をアコへと向けた。
先ほどまでは会話に混ざらず、やけ食いしているかのような勢いでラーメンを食べていたアコだったが、現在はどんよりと暗いオーラを纏いながら食べる手を止めて俯いている。
先ほどまでの会話と今の様子で、セリカはようやく『いろいろ溜まっている』というイオリの言葉の意味を理解した。
「・・・・・・あー、そういうことね」
「まぁ、うん」
「えっと、はい」
「何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか!?」
納得の声をあげるセリカと目を逸らしながら肯定したイオリとチナツに、アコが思い切り立ち上がって噛みついた。
つまるところ、自分がNo2だった頃よりも明らかに良くなった状況を見て劣等感やら何やらが爆発しそうになっていたのが最近のアコだった。
最初の頃は「そんなに仕事が出来るならさっさと戻ってきてください!というかそもそも失踪しないでください!」などと言い様もあったのだが、早い段階で失踪していた分を取り戻す勢いの成果と仕事振りを発揮されて文句も言えなくなってしまった。
人の心が理解できなかった欠点も、現在は先生の影響で少しずつだが改善され始めていることで文句の対象になりにくい。
自分一人で抱えてモヤモヤしているだけならまだ良かったのだが、下部構成員の間でもその手の話が広まりつつあり、露骨ではないがチラチラと思うところがあるような視線を向けられることも一度や二度ではない。
とどめに、ヒナに悪気があるわけではないのだが、他から見ても何となく気が付くくらいミラのことを頼りにしており、実質的にそれがアコに現実という名の答えを突きつけているようなものだった。
そんな状況が続いて限界を迎えそうになっているのを察したイオリとチナツが、周囲の視線を気にする必要がなくミラのことについても気兼ねなく話せるだろう柴関ラーメンでストレス発散することを決めたのが今回の発端だった。
「私だって頑張ってるんですよ!委員長の支えになれるようにと出来ることはしてきたんです!」
「それは私たちも分かってるって、アコちゃん」
「はい、行政官が委員長のために努力している姿はずっと見てきましたから・・・」
「下手な慰めはしないでくれませんか!?」
「柴大将、間違えてお酒を出したりしてないわよね?」
「いや、ちゃんとコーラを渡した、はずだが・・・」
あまりの荒ぶり様にセリカはまさか酒を飲ませたのかと疑い、柴大将は首をかしげながらも否定した。
店舗を構えていた頃も管理は徹底していたし、そもそも現在の屋台ではアルコールを取り扱っていないため間違えて出す可能性はない。
だが、思わずその可能性を否定しきれなかったほど現在のアコは情緒が荒ぶっていた。
「私だって・・・私だって、がんばってきたんです・・・なのに、どうして・・・うぅ・・・」
「なんというか・・・嬢ちゃんも今まで苦労してきたんだな」
柴大将は、アコがどのような経緯で今の立場にいるのかは知らない。
だが、行政官という責任の伴う地位であると同時にあのヒナを支えることになる以上、並大抵の努力で勝ち取ったわけではないだろう。
であるにも関わらず、いきなり現れたミラは当然のようにヒナの隣に立ち、容易く立場に相応しい実積を積み上げた。
アコからすれば、今まで苦労して築き上げたものがガラガラと音を立てて崩れてしまったようなものだ。
「けどまぁ、嬢ちゃんだってあのミラちゃんが本当に全部一人で何もかもできるって思ってるわけじゃねぇだろ?」
「それは・・・わかってます・・・」
「なら、今は自分に出来ることをひたすら頑張ればいいだろ。嬢ちゃんが積み上げたものが全部無駄になったわけじゃねぇんだ。それでもしんどくなったら、その時は思い切り休めばいいし、気分転換をしてもいい。置いていかれるかもしれないって焦ることはねぇよ。あの委員長だって、嬢ちゃんを置いていくとも思えねぇし、潰れるのも望まねぇだろ」
「わかってます・・・わかってますけど・・・」
しおらしくうなだれるアコに、これは重症だと柴大将は内心でため息を吐いた。
この手の問題はすぐに解決できるものではない。
一度崩れたものを積み上げ直すというのは、初めて積み上げる時よりも多くのエネルギーを消費する。
また一から始めなければいけないという徒労、このまま同じ作業を繰り返して本当に大丈夫なのかという不安、また積み上げ直したものが崩れてしまうのではないかという恐怖。
一度経験したからこそ纏わりつく負の感情というものは、簡単には振りほどけないものだ。
だからこそ長めの気分転換が必要なのだろうが、立場的にそれが難しいのも悪循環に拍車をかけているのだろう。
そんなアコを見守る4人の心境は同じだった。
((((とりあえず、先生に会ったらそれとなく伝えて
自分たちだけで解決するには、だいぶ荷が重い。
結局、この日は遅くまでアコの愚痴や弱音を聞きつつ慰めた後、柴大将の気遣いで割引になった会計(本当は奢るつもりだったがアコが固辞した)を済ませてから解散することになった。
アコって酒飲ませて愚痴を聞いてれば簡単に押し倒せるタイプの女だと思うんです。