予定にない続編は軽い気持ちで書くものじゃないですね。
自分で言うのも何ですが、正直前半はともかく後半は『お前が始めた物語だろ』状態で書いてて虚無だったので・・・。
反省は程ほどに、今回からはいったん日常編を中断して新章が始まります。
お待ちかねのアビドス3章編に突入です。
とはいえ、1,2章ほど活躍させる機会も少ないので、まだしばらくは本編とは絡まない方針でかいきます。
「あっ、副委員長!お疲れ様です!」
ミラが風紀委員会に復帰してからしばらく経ち、今のメンバーに馴染んできた頃。
巡回を終えて風紀委員会本部に向かっているミラに一人の生徒が話しかけた。
「お疲れ。その制服は、情報部かな?」
「はい、そうです。ご存知でしたか?」
「そりゃあ、元々ヒナが所属してたし」
ついでに、勝手にアビドスに出かけたことを始め、心臓が止まるような情報を提供したことも一度や二度ではない。
故に、嫌われているというほどではないがミラは情報部から要警戒対象としてマークされている。
純粋な眼差しから察するに、目の前の生徒はその手のミラの武勇伝は聞かされていないようだ。
とはいえ、接点がまったくない生徒から話しかけられるほど人気者であるとは思っていないが。
「それで、私に何か用?」
「あっ、そうでした!実は、先輩が副委員長にこれを渡してほしいと」
そう言って、情報部の生徒はカバンから紐付き封筒を取り出した。
封筒には何も書かれておらず、厚みもそれほどでさほど重要そうなものには見えない。
「これは?」
「中身は私も知りませんが、先輩が言うには『個人的なもの』らしいです。本当は先輩が直接渡したがっていましたが、他の用事があったようで」
「えぇ・・・?」
情報部の生徒の話を聞いて、ミラは思わず困惑してしまう。
前述したように、ミラと情報部の関係はそこまで良くない。
少なくとも、同学年からファンレターやラブレターを渡されるような心当たりは微塵もない。
だとすれば嫌がらせ目的だろうか。だが、ミラを敵に回した時の恐ろしさはよく知っているはず。
「では、私はこれで失礼します!」
「あぁ、うん。わざわざありがとうね」
仕事の合間を縫ったのだろう情報部の生徒は、さっさと走り去っていってしまった。
できればもう少し話を聞きたかったが、自分もここで立ち尽くしているわけにはいかないと早足で執務室へと向かった。
「ただいまー」
「おかえり、ミラ・・・その封筒は?」
「情報部の子から渡された。個人的に渡しておきたいものらしいけど・・・」
困惑しっぱなしのミラの言葉に、ヒナもわずかに眉を顰める。
仕事ならまだしも、私用でミラにわざわざ書類を届ける理由はヒナにも想像がつかない。
・・・それでも、万が一もないと言い切れる保証はないが。
「・・・そう。とりあえず、中身を確認してみたら?」
「そうする」
ヒナに促されたミラは、さっそく封筒を開けて中身を取り出した。
封筒の中にあったのは数枚の書類だったが、一枚目を見た時点でミラの表情が変わった。
最初は軽く目を丸くし、読み込むにつれて次第に口元に笑みが浮かんでいく。
「・・・ははぁ~、なるほど。そういうことね」
「何が書いてあったんですか?」
いつになく楽し気な表情を浮かべるミラに、アコは若干呆れたような眼差しを向ける。
問題児を取り締まっている時も大概ではあるが、今のミラはいつもと比べて2割増しくらい弾んでいる。
思ったよりプラス方面の表情が豊かだったとはいえミラの些細な変化に気づけるようになってしまった自分に嫌気を指しそうになるが、ミラが口にした報告書の内容を聞いて表情を引き締めることになる。
「カイザーコーポレーションの動向。主にアビドス方面の。どうやら債権を市場に出したらしいね」
カイザーとアビドス。
先生に頼まれて解決のために動いた両者のいざこざは記憶に新しい。
厳密にはミラがほとんど一人で片付けてしまったが、ともかくとして浅からぬ関係に変化が訪れたというのはたしかに興味をそそられる。
「たしかに、アビドス砂漠に埋まっていた超古代兵器は失われましたから、おかしくはないのでしょうが・・・」
「その様子だと、ただ単に安く売り払おうとしたってわけではなさそうね?」
元々、カイザーはアビドス砂漠で宝探しをするために姑息な手段と甘言で土地を手に入れたが、肝心の宝である超古代兵器“ウトナシュピティムの本船”は色彩をめぐる事件の中で消失したため、アビドス砂漠にこだわる理由はもうない。
金稼ぎのためなら割と手段を問わないカイザーのことだ。損切だとしてもただ安く売るだけとは思えない。
そう考えたヒナだったが、ミラは首を横に振った。
「いや、カイザーの目論見としてはあながち間違ってないと思う。興味深いのは、すでに債権が買い占められてるってこと。倍率も4,5倍まで膨れ上がっちゃったって」
「はぁ?どこの物好きなんですか?言ってはなんですけど、完済見込みなんて絶望的な不良債権ですよね?」
たしかに額だけ見れば大金を手にするチャンスと言えなくもないが、そもそも完済には300年以上かかる見込みになっている。
代々権利を継がせるにしても、わざわざ大金をはたいてまで得たいようなものではないだろう。
アコの至極まっとうな指摘にミラも頷きながら、資料に記載されている“物好き”の正体を口にした。
「カイザーが市場に出した、借金45%分の債権。そのすべてを買い占めたのは・・・ネフティスグループだよ」
ミラの言葉に反応を示したのは、ヒナだった。さすがに想定外だったのか目を丸くして動きを止めている。
それに対し、アコは記憶にない名前に首を傾げた。
「ネフティスグループ?聞き覚えがないですけど・・・」
「アビドス自治区の土着企業だよ。正式名称は“セイント・ネフティスカンパニー”。かつてはキヴォトスの中でもトップクラスに繁栄していた大企業だった。それこそ、全盛期はカイザーに匹敵するか、下手したら超える勢いだったんじゃないかな」
かつてキヴォトスでも最大規模だった頃のアビドス高等学校の象徴の一つ。
アビドスが栄華を誇った要因であり、自治区内の経済のほとんどを賄っていた。
様々な学区に手を伸ばして自身の発展を最優先に活動しているカイザーとは違い、ネフティスは稼いだ金をアビドスに還元することでアビドスの発展に貢献し、地域に深く根付いていた。
だが、それは過去の話だ。
「でも、砂漠化が進むにつれて衰退、砂漠横断鉄道の事業失敗がとどめになって、倒産寸前まで追い込まれたネフティスはアビドスから去っていったわ。だから、アビドス自治区の住人にはネフティスグループのことを良く思ってない人も多い」
「・・・そんな会社が、なぜアビドスの債権を買い占めるんですか?」
全盛期から衰退したとはいえ、現在でもアビドスの借金を一括で立て替えることができるくらいの資金はある。
それをしないのは、それでは借金の相手がカイザーからネフティスに変わるだけであり、それが許されるほどの信用を取り戻せていないからだ。
だからこそ、今回の行動はアビドスの住人の悪感情を再燃させるきっかけになりかねない。
ミラもそれは分かっているため、アコの問い掛けには首を傾げるしかない。
「そこまでは分からないかなぁ。自分たちが借金の原因だからせめて代わりに、ってわけではないだろうね。一応は今も大企業だし」
「そうね。何かしらの利益を見出したのは間違いないと思うわ。ミラ、その辺りのことは?」
ヒナに促されたミラは、再び書類をめくって該当事項に目を通す。
「えっと、債権の内容はアビドス自治区内の特定施設及びインフラの所有権と開発権・・・土地の所有権以外はほぼ全部ってところかな。特定施設は・・・物流を目的とした交通インフラと、それに関連した施設・・・んあ?」
「どうかしたんですか?」
大抵のことでは動じないミラが、困惑の表情を隠さずに変な声を出す。
よっぽど変なことでも書かれていたのかと勘繰るアコだったが、ミラの話を聞いて同じような反応を返した。
「・・・特定施設の内容は、主に砂漠横断鉄道、なんだけど・・・なんか、ハイランダー鉄道学園も一枚噛んでるらしい」
「・・・はぁ?」
ハイランダー鉄道学園とは、名前の通り鉄道の管理やそれに関する教育に特化した学園であり、その性質上土地ではなく鉄道そのものが自治区となっている。
ゲヘナ自治区内にもハイランダー鉄道学園が管理する鉄道が存在しており、そこで起こったトラブル対応のために風紀委員会と顔を合わせることも少なくない。
ちなみに担当部署によって気風や方針が異なっているのだが、ゲヘナではまともに働けない環境からかなり荒んでおり、闇組織との提携など厄介な事案を持ち込まれるたびに同情半分面倒くさい半分で相手をしている。
アビドス自治区の担当がそうとは限らないとはいえ、そんなハイランダー鉄道学園がアビドスにまで手を伸ばしたという情報はミラにとっても予想外のものだった。
「それはどういう・・・いえ、おかしくはないのでしょうけど・・・えっ、何でですか?」
「さぁ・・・そこまでは分からないし、別に珍しいことじゃないって言えばそれまでだけど・・・」
いくつかの学区にわたって存在する都合上、新たな鉄道の敷設などのために外部企業を提携することは珍しいことではない。
だが、かつて失敗した計画に参加する理由があるかと聞かれたら、首を傾げざるを得ない。
影響力を増やすにしても、わざわざ乗客がいるかどうかも分からない鉄道を持ち上げる必要はないだろう。
気になることは多い。多いが、それでもおいそれと動くことは出来ない。
「とはいえ、今のところ私たちが出張る理由はないんだよね」
「そうね。すべてアビドス自治区で完結している以上、私たちが不必要に動けば内政干渉になる」
アビドスの件の時は、アウトなのは変わらないとしても『エデン条約調印前にキヴォトス全域に影響力を持つ先生の身柄を確保する』というゲヘナに関係が無くもない建前があった。
だが、今回は完全にアビドスの中だけで事象が完結している。
それなのに以前のような干渉をすれば、今度こそ本格的な外交問題になりかねない。
同じ轍を踏まないという意味でも、これ以上首を突っ込むことは出来ない。
「なら、なんでその情報を渡されたんですか?」
「その子曰く、先輩に頼まれたらしいんだよね。私と同学年だとしたら、ホシノちゃんのことで気にかけてくれたのかな?」
ミラが勝手にアビドスに行ってホシノとドンパチしたことは、ヒナからの情報提供で周知の事実になっている。
その時の経験から牽制目的で情報を出したのか、あるいは後になって『なんで知ってるのに教えてくれなかったのかな?』と問い詰められないようにするためか。おそらくは後者だろう。
情報部の苦労を忍ぶアコだったが、ふと前から気になっていたことを尋ねてみた。
「・・・そう言えば、話は変わるんですけど、どうしてミラさんは小鳥遊ホシノさんのことを“ホシノちゃん”と呼んでいるんですか?というより、私の知る限り他にちゃん付けしているところを見たことがないんですが・・・」
ミラが名前を呼ぶ時は、基本的に名前を呼び捨てにする。
それは幼馴染みであるヒナも同じであり、例外はホシノと連邦生徒会行政官のリンだけだ。
だが、リンに関しては箱船占領戦が終わった後からちゃん付けを止めたため、現在はホシノだけが唯一の例外となっている。
アコに問い掛けられたミラは、視線を右往左往させながら答えた。
「あ~、何て言うか、昔の名残、みたいな?今となっては、私くらいしかそう呼んであげられないし」
「はぁ・・・」
「・・・・・・」
ミラにしては珍しく煮え切らない返答にアコは曖昧な反応しか返せないが、その意図を察したヒナは僅かに目を伏せる。
微妙な空気に変わりそうになっているのを察したミラは、「コホン」と一つ咳払いをしてから話題を元に戻した。
「それはさておき、アビドスについてだけど、私が暇なときに調べておくよ」
「何か気になるの?」
「一応ね、一応。まぁ、個人的になんか引っかかるのは否定しないけど」
一連の流れに不自然なところはない。
ないはずだが、どこか作為的に流れを整えられているような感覚を覚える気がする。
その仕掛人がカイザーなのか、ネフティスなのか、ハイランダー鉄道学園なのか、はたまた自分たちの知らない誰かの可能性すらある。
あまり公に動くことはできないが、放置する気にもなれない。
出来ることがあるとするなら、以前と同じように個人的な範疇だ。
「とはいえ、あんまり私が席を外すのもよくないし・・・あぁいや、こういう時にちょうどいいのがいたね」
「・・・まさかとは思うけど」
いいことを思い付いたとばかりに笑みを浮かべるミラに、ヒナは確信にも近い予感を覚えた。
ミラ個人の伝手で情報収集に優れた人物など、一人しか心当たりはない。
「言ったでしょ、個人的に気になるって。伝手は使えるときに使ってこそだよ」
「そういうことだから、情報収集よろしく」
『せっかくミラさんが風紀委員会に復帰して解放されたと思ってたのに・・・!』
ミラが通話している相手、蛇ノ目ラルは盛大に頭を抱えた。
電話越しのためミラにその姿は見えないのだが、簡単に想像できるくらいには声が荒ぶっている。
とはいえ、せっかく以前までのような(比較的)平和な日々が戻ってくると思っていたら、奪った元凶が蹴り飛ばしに戻ってきたのだから当然の反応だろう。
もちろん、ミラはそんな都合など一切考慮しないのだが。
「まぁまぁ、全部任せっきりにはしないし、報酬もちゃんと払うから」
『ただでさえ前の依頼でカイザーから目を付けられそうになったのに、今度はネフティスとも綱渡りをしろって言うんですか?』
「そうだけど?」
『気楽に言ってくれますね・・・!』
すでに没落しているとはいえ、それでも元大企業らしく伝手やコネは残っている。
最悪、それらも丸ごと敵に回さなければならないと考えると頭が痛いどころの話ではない。
いっそのこと財産を持ち出して雲隠れしたいくらいだが、それをさせてくれないだろうという確信もある。
逃避行が失敗して捕まったらどうなるか・・・できれば、その先のことは考えたくない。
ネフティス&カイザーとミラ、大企業タッグと個人を天秤にかけ・・・ラルは諦めたようにぐったりと項垂れた。
『あぁもう・・・分かりましたよ。どうせ私に拒否権はないんでしょう?』
「よく分かってるじゃん」
『とりあえず、現時点で知っている情報はいくらか渡しておきます。大したものではありませんが、参考程度と考えてください』
「ありがとねー」
『はぁ~・・・報酬に色は付けてもらいますからね』
そう言ってラルは一方的に通話を切り、それからすぐに情報を纏めたメールが送られてきた。
仕事が早いラルに満足げに頷きながら、ミラは届いたファイルに目を通し始めた。
ラルが言っていたように、ファイルの中身は基礎的な情報が主の最低限のものだったが、その中の一つの項目に目が止まった。
「ふぅん?なんでこんなことを調べたのやら・・・まぁ、時期的にホシノちゃん絡みかなぁ」
そう呟くミラの視線の先には、ネフティスグループの関係者に関する情報が記載されている。
その中でも、ミラの視線は一点に集中していた。
“ネフティスグループの社長令嬢:アビドス高校2年生 十六夜ノノミ”
“現在はアビドス高校に所属しているが、元々の進路はハイランダー鉄道学園の予定だった”
こんな感じで、しばらくは“一方その頃”な流れが続きます。
さすがに風紀委員会に復帰した今、どっかの横乳みたく積極的に介入するわけにはいかないですからね、仕方ないね。