ラルに連絡をした後、ミラは早速情報部を訪れて資料を漁っていた。
「アビドス関連の情報はどこかな。ずいぶん放置されてるだろうけど・・・」
風紀委員会から姿を消してからも、ミラはラルに頼んだり時には自力で情報を集めていた。
だが、やはり個人と組織とでは質も量も桁が違う。
特に“暁のホルス”として恐れられていた頃のホシノの情報であればなおさら。
もちろんラルが集めた情報に不満があるわけではないが、参考になる情報は多いに越したことはない。
「お、あったあった。さて、と・・・」
さっそくアビドスに関する資料を見つけたミラは、その内容に目を通し始める。
しばらくして、すべてを読み終えたミラは思い切り椅子にもたれかかり、深く息を吐いた。
「・・・そっか。そっかぁ・・・」
資料には、ホシノに関するあらゆる事柄がまとめられていた。
かつて、一晩だけ世話になったホシノの先輩のことも。
書かれているのは、あくまで情報に基づいた推測であり、真実かどうかはまた別の話だ。
とはいえ、
「わざわざ私から言いに行くことじゃない、けど・・・いつか、機会があればいいな」
もしホシノがあの日のことを思い詰めているのであれば、それを解消する一助になるかもしれない。
「まぁ、ひとまずは帰ろっと」
知りたい情報は得られた。
いくつかの推測と対策を考えながら、ミラは自室へと戻っていった。
アビドスのことを個人的に調べることになったからと言って、やることが大きく変わったというわけではない。
というより、現時点で調べる以外に出来ることが少ない。
そもそも今回の件は完全にアビドス内での出来事であり、今はまだ風紀委員会として行動するわけにはいかない。
個人的に動くとしても、風紀委員会の業務を放り出すわけにもいかないから割ける時間も限られる。
だが、幸いなことに今日はいつもとは違うことが出来る日だった。
「シャーレの当番、私も慣れてきたなぁ」
シャーレの業務は基本的に先生が回しているが、当然その全てを一人でできるわけではない。
そのため、先生と関わりのある生徒が自発的に先生の手伝いをすることになっている。
その担当は輪番制で、ミラも風紀委員会に復帰してから参加するようになった。
そして、今日がその当番の日だ。
先生から今日はアビドスに向かうと連絡をもらっているためミラ一人で雑務をすることになっているが、早めに行って事情を聞くくらいのことはできるだろう。
だが、
「・・・なんかなー、なぁんだろうなぁ~・・・」
シャーレに向かう道中、ミラは言い知れない感覚を覚えていた。
敢えて言うとすれば、“違和感”なのだろう。
何かが違うような気がするが、その正体がわからないモヤモヤ、とでも言うべきか。
アビドスに関することかもしれないし、それとは別のことかもしれない。
クモの巣のようにか細い糸が見えるような見えないような、断定できないあやふやな何か。
シャーレに近づくほど強くなる辺り、先生が関係しているのだろうか。
だが、非武装の先生が出歩けるくらいには他学区よりも治安がいいシャーレ近辺で変なことを考えている連中がいればすぐに分かるはずだ。
(これも先生に相談・・・いや、注意した方が・・・)
ガシャーーーン!!
突然、凄まじい爆発音が周囲に響き渡った。
音がした方向を見れば、シャーレの一つの階の窓が木っ端みじんに吹き飛んでいた。
「っ、先生!!」
嫌な予感を覚えたミラは、即座にシャーレに向けて駆け出した。
さらには、もはやエレベーターや階段を使う時間すら惜しみ、道中のビルの壁や窓を足場に空中を移動して最短距離を突っ切った。
シャーレの吹き飛んだ窓に手をかけて中に入ると、そこでは先生が煙の中で倒れていた。
「先生!大丈夫!?」
ミラはすぐに先生のそばへと駆け寄り、先生の容態を確認する。
(怪我は、ない。僅かにガスの匂いはするけど、中毒は大丈夫そう?だとした、意識がないだけかな。この爆発の中で・・・)
ビルの1フロアが丸ごと吹き飛んだ爆発の中で、銃弾一発が命取りになる先生が五体満足で無事だったというのは奇跡と言う他ない。
救急に通報してから先生を安全な場所に移動させると、ミラの携帯が震えた。
画面を見ればヒナから電話がかかっており、通話を始めるとすぐにヒナの焦った声がミラの耳に届いた。
『ミラ、大丈夫!?さっき、シャーレで爆発があったって・・・!』
「私は大丈夫。先生も、とりあえず無事。気を失っているけど、目立った怪我はない」
『そう・・・』
端的に無事を伝えるミラの言葉に、ヒナは安堵の息を吐く。
エデン条約の時のことがあったため、話を聞いたヒナは気が気でなかったが、ミラが言うのであれば本当に大丈夫なのだろう。
「先生は病院に送る。私もシャーレの修理の手配をしたら、いったん戻るよ」
『・・・分かった』
シャーレが爆破されて先生が気絶している以上、今日の予定は丸ごと変えるしかない。
ヒナとの電話を切った後、すぐ業者にシャーレ修復の手配をし、いったん落ち着いたところでミラはオフィス内を見回した。
「ったく、いったいどういう・・・」
おそらくはガス漏れからの引火だろうが、警報が機能せず、先生のいるフロアだけが爆発した。
それも、アビドスのことで忙しいだろうこのタイミングで。
偶然の一言で片付けるには、あまりにも出来すぎている。
(カイザーかネフティスの仕業、じゃない。仮にも大企業がこんな一発でバレる直接手段をとる可能性は低い。だとしたらハイランダー?いや、初対面でこんな強行手段をとるような学園じゃないでしょ。そもそも、いつ仕掛けた?シャーレで配管工事の予定なんて聞いてないし、工事系の業者が来た記録もないはず。だとすると、いったいどうやって・・・)
容疑者が浮かんではその可能性を否定し、思い付く限りのアリバイから逆算しようとしても特定には至らない。
糸口を掴めないことに焦りを覚え始めていると、再びミラの携帯が振動した。
表示されていた名前は『蛇ノ目ラル』。
なぜこのタイミングでと舌打ちしそうになるのを堪えて電話に出ると、先ほどのヒナよりも慌てた様子で話しかけてきた。
『ミラさん、すみません!今大丈夫ですか!?』
「いや、こっちはシャーレが爆発してそれどころじゃ・・・」
『それはそうなんですけど、こちらも重要案件で!ネフティスと債権者団体の目的が判明しました!』
だったら、なおさら後でいい。今は先生を優先する。
そう言おうとしたミラだったが、続くラルの言葉を聞いてそんな思考も吹っ飛んでしまった。
『向こうの目的は列車砲“シェマタ”、あの雷帝の遺産です!!』
* * *
先生を病院に送り届けた後、ミラはすぐヒナにラルから聞いた情報を伝えて風紀委員会本部へと戻った。
執務室の中に入ると、ヒナとアコだけでなくマコトの姿もあった。
だが、いつもの舐め腐ったものとは異なる真剣な表情だったことから、ヒナから連絡がいったのだろうと察する。
いつになく真面目なマコトに『誰ですかこの人?』と胡乱気な視線を向けてくるアコには軽く肩を竦めるに留めつつ、ミラ自身も『普段からこの一割くらいでも真面目にいてくれたらなぁ』と思わなくもない。
そんな内心を少しも感じさせないような今までに無い緊張感の中で、最初に口を開いたのはマコトだった。
「来たな、暁ミラ。例の情報は確かなんだな?」
「信頼できる筋だよ。まぁ、出来るなら嘘であって欲しかったけど」
「まさか、今になってあの“雷帝”が絡んでくるなんてね」
“雷帝”。
先代の万魔殿議長だった生徒であり、様々な側面を持ち合わせていた。
ある時は、鉄拳政治で圧政を敷いた暴君。
ある時は、狡猾な罠で敵を絡めとった策略家。
ある時は、時代の先を行くようなものを生み出した発明家。
一介の政治家に収まらないほどの天才だった“雷帝”は2年前にキヴォトスを混沌に陥れ、連邦生徒会からも警戒されていた。エデン条約も、元々はそんな“雷帝”に対抗するために連邦生徒会長が用意した奇策だったと言われている。
だが、“雷帝”は部下によってあっさり失脚し、現在はゲヘナを卒業しキヴォトスから去っている。
そのため“雷帝”の脅威は去ったかに思われたが、彼女が生み出したいくつもの発明品はそのまま遺された。
厄介なことに、どれもが十全の状態なら一瞬でキヴォトスの存在を危機に陥れる代物であり、その危険性から徹底的に処分されていった。
「聞くまでもないけど、どうする?」
「決まってるわ、破壊する」
「あぁ、徹底的にな」
「だよね」
その処分を実行したのが、何を隠そうヒナとマコトである。
普段はいがみ合っている二人だが、“雷帝の遺産”の扱いに関して方針は一致しており、ヒナはもちろん、マコトも利用するつもりは欠片もない。
ちなみに、ミラは当時から姿を消していたため共同で動いてはいないが、それでも見つけた分は処分している。
「それで、どこに存在するのかは判明しているのか?」
「そこまではまだ。でも、それはどこも同じ」
不幸中の幸いと言うべきか、シェマタの所在はどこも掴めておらず、足掛かりすらない状態だ。
そのため、発見レースの条件はどこも五分と言える。
「カタログスペックで言えば、『列車砲』って言うよりも『巨大砲塔を搭載した移動要塞』に近いね。射程距離は500km・・・それも、飛ばすのは1tの爆弾。一応、開発当初はエンジンが起動せずに計画も頓挫したんだけど、今になって再現できる可能性が一気に高まったんだって」
当然、そんな兵器など一学園や企業には過ぎた力だ。
だが、欲深い者たちにとってそんなことは関係ない。
もし誰かの手によって起動されたら、それこそ本当にキヴォトスが混乱に陥ることになるだろう。
ミラたちにしてもそれは避けたい結末だが、それでもすぐに動けない理由があった。
「問題なのは、所有権を持っているのがアビドス側ってこと。事の経緯を考えれば、カイザーも債権を買い戻して確保に動く可能性が高い。それに対して、今の私たちにシェマタの所有権はないし、仮にあったとしてもそれを証明できる書類がない」
「そうね。もし見つけていたら、その時点で行動していた」
「おそらく、計画が中止になったことで完全に手を引いたのだろうな。他学区に放置している失敗作の所有権など、あったところでデメリットの方が大きい。放置先が没落しているなら尚更な」
「武力介入は・・・最終手段かなぁ。さすがに二度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかないし」
元は当時のアビドス生徒会と雷帝が共同で開発したものだが、ゲヘナ側にその情報や資料は残っていないため、所有権を主張するのに十分な証拠を提示できない。
その状態でシェマタの破壊を行おうとすれば、少なからず外交問題に発展するだろう。
アビドス高等学校とは協力できるだろうが、解決後の火種は少なくするに越したことはない。
だが、もしネフティスかカイザーがシェマタを確保しそうな場合、その時は躊躇なく進攻するつもりだ。
そうなると、現状で最も丸く収まる介入方法は限られてくる。
「ひとまず、今のところは“救援の要請待ち”ってところかな」
「・・・先生は無事なのよね?」
「少なくとも、傷一つもないよ。でも、いつ目覚めるかは分からない」
病院に運ばれた先生は、医者の診断では命に別状はないと言われたものの、未だに気を失ったままでいる。
エデン条約の時のように目が覚めるかどうかすら分からないといったこともないが、それでもいつ意識が戻るかまでは分からないと説明された。
アビドスとしてもせめて別の学園から力を借りたいと思っているだろうが、それも先生の仲介がなければ難しい。
現状、アビドスが独力で何とかしなければならないのだ。
どうにかしたいが、どうにもし難い。
そんな今の状況がどうにももどかしかった。
だが、このまま何もせず見ているだけのミラたちではない。
「それでも、今の私たちに出来る限りのことはやろう。アビドスの監視は私の知り合いに続けさせるとして、万魔殿の方で兵を待機させることはできる?」
「仕方ないな。まぁ、終わった後の処理は我々の方が適任だ」
「いざとなったら動いてもらうから」
「キキキッ!その借りは高くつくぞ?」
「今まで
「・・・・・・」
「まったく・・・」