「あれ・・・うぐっ」
全身から感じる痛みによって目を覚ましたホシノは、ボロボロの体に鞭を打って立ち上がり周囲を見回した。
周囲には列車の残骸が散乱しており、落下の衝撃かミラの電撃によるものなのか火が上がっていることから、そこまで長い時間意識を失っていたわけではないらしい。
「ミラ、は・・・たぶん、大丈夫かな」
肝心のミラの姿は、どこにも見当たらない。
ホシノと同じようにどこかで気を失っているのか、あるいはすでに目を覚まして付近を捜索しているのか。
普通なら無事かどうか心配する場面だが、ミラに関して言えばするだけ無駄な気がした。
聞いた話では、エデン条約では巡航ミサイルの爆発に巻き込まれてからビルが倒壊するレベルで暴れたらしいし、この程度であれば大丈夫だろう。
幸い、現在地から大オアシス駅までは遠くない。
どちらにせよ、近くにいないのであれば好都合だとホシノはシェマタを破壊するために歩き出した。
重たい体を引きずりながらも進み続け、大オアシス駅まであと少し。
「ぐっ、あぁ!?」
そう思った次の瞬間、ホシノが赤雷に飲み込まれた。
全身を貫く衝撃に、とうとう限界を迎えたホシノは砂漠に倒れ伏した。
「はぁ、はぁ、これで、私の勝ちかな・・・?」
どうにか顔だけを動かして後ろを見れば、そこには全身に傷を負い血を流しながらも2本の足で立っているミラの姿があった。
「まさか、ここまでしてようやくだなんて・・・ちょっと評価を改めた方が良かったかもね」
最初に会った時は“ヒナの方が強い”という印象だったが、2年ぶりに戦ってみればそれは当たりであり外れでもあった。
この場に来たのがヒナであっても、おそらく結果は変わらなかっただろうとは今でも思う。
だが、連戦によって消耗している今のホシノですら、自爆しなければならないところまで追い詰められてしまった。
もしホシノが万全の状態だったら、相手が自分だろうとヒナだろうと、また違う結果になっていたかもしれない。
ただし、そんな感慨に耽るミラの内心などホシノからすれば知ったことではなく、何とか上体を起こしてミラに問い掛けた。
「どうして・・・アビドスの問題に、首を突っ込んでくるなんて・・・」
「わざわざ先生が頼んできたんだよ、ホシノちゃんを止めてほしいって。まぁ、先生がヒナに電話した上で私が来たのはただの我が儘だけど」
なるほど、どちらもらしい行動だ。
自分たちだけで解決できないときは迷わず他に頼る先生にしろ、チャンスがあれば全力で乗っかってくるミラにしろ。
だが、今回に関しては先生やミラの事情を抜きにしても行かなければならない理由もあった。
「それとさっきも言ったけど、これは私たちゲヘナにも無関係な話じゃないんだよ。シェマタのことを知っているなら、“雷帝”のことも聞いてるでしょ?」
「・・・ゲヘナの暴君、雷帝?」
ミラが言うように、ホシノはシェマタのことを知らされた過程で雷帝のことも軽くだが聞かされているし、スオウからも話されている。
とはいえ、ホシノ的にはほとんど興味がないため詳しいことは知らないし自分から調べるつもりもないが、何か浅からぬ因縁があるらしいというのはミラの口振りから理解できた。
「あいつが作った置き土産は、何度もキヴォトスを危険に晒してきた。だから、ヒナが主導になって徹底的に破壊して回ってるんだよ。私だって、失踪してる時に見つけた分は自分で片っ端から処分してきた。アビドスにもあるって聞いたときは、さすがに驚いたけど」
「もし知ってたら真っ先に壊しに行ったのに」とため息を吐きながらミラはポツリと溢す。
ミラとしても、目的が違うとは言え何度もアビドスに足を運んでおきながら見逃してしまったという負い目がないわけではない。
だが、もし失踪中に見つけたとしても、これは一人で片付けなければならない問題だと背負い込むほど自惚れているつもりもなかった。
ホシノを待ち伏せする途中でちらりとシェマタの姿を確認したが、あのサイズの兵器をミラだけで欠片も残さず破壊する自信はミラにはなかった。
おそらく、迷わずヒナに連絡して代わりに破壊してもらうよう頼んでいただろう。
「そっか・・・ミラや風紀委員長ちゃんも、列車砲を狙ってるんだね」
「ヒナね、マジで名前はちゃんと覚えようよ・・・ともかく、これはホシノちゃんが一人で抱える問題じゃない。私たちもそうだし、何より先生だっている。それはホシノちゃんも分かってるでしょ?」
ミラに指摘されて、ホシノは目を背ける。
ホシノとて、ミラの言いたいことがまったく分からないわけではない。
だが、それはそれとしてホシノにも引けない理由があった。
ミラもそれが何か見当がついており、ホシノの逃げ道をふさぐように核心へと触れた。
「それでも止まらなかったのは、ユメ先輩への負い目のせい?」
ミラの問いかけに、ホシノは何も答えない。
とはいえ、伊達にミラも昔のホシノと話したり戦ったりしたわけでもなく、すぐにそれが図星であると察する。
故に、ミラは自分が知り得る情報を話すことにした。
「言っておくけど、ユメ先輩のことはホシノちゃんのせいじゃないよ。もちろん、ユメ先輩は列車砲のことも知らなかったはず」
「っ、ミラに何が分かるって言うのさ!」
ミラがユメと会ったのは、ホシノと戦い星見をしたあの一晩だけだ。
たったそれだけで人となりを理解できるような人の心を持ち合わせているとは、ホシノはあまり思っていない。
先生から学ぶようになった今ならまだしも、戦闘狂としての側面が強かった昔ならなおさら。
「ユメ先輩のことは、うちの情報部でも調べているから」
「ゲヘナが?なんで・・・」
「ホシノちゃんが要注意人物としてマークされてたって話は聞いたでしょ?その一環で、ホシノちゃんに関係する生徒も調べていたんだよ。あれでもユメ先輩はアビドスの生徒会長だし、何より調べていたのはヒナだった。私はその時はすでに出奔してたけど、それでも自分で調べれる範囲は調べた」
当時のホシノがあまりにも凶暴すぎたため、というのもあるが、かつて超巨大勢力であったアビドスは当時は未だ要注意勢力であり、その生徒会は“暁のホルス”と併せて注目されていた。
そんな中で起きたユメの死は、情報部にもそれなり以上の衝撃をもたらし、徹底的に真相を調べ上げたのだ。
「ユメ先輩は、生徒会とネフティスが共同で復興しようとした証である『砂漠横断鉄道』を残したかっただけ。アビドスの一部だから、採算も気にせずに。そして、残金を振り込もうと自治区の外れにある銀行に向かう途中の砂漠で、不慮の事故にあった」
たしかに、ミラはホシノよりもユメのことを知らない。
だが、それでも誰よりもアビドスのことを考えていたこと、良くも悪くも人を信じることを心掛けていたことは理解しているつもりだ。
当然、ホシノのことを大切に思っていたということも。
たとえホシノに何を言われたとしても、ホシノのことを嫌うことなどないはずだという確信がミラにはあった。
「そういうわけだから、ユメ先輩のことはホシノちゃんが気に病むことはない。あれは、不幸な事故だった。誰が悪いってわけじゃないんだよ」
強いて言うのであれば、砂漠に赴くのにコンパスを忘れたのは迂闊と言わざるを得ないが、ユメの外出と合わさるようにして砂嵐が発生したのは本当に誰のせいでもなく、それに巻き込まれたユメはただただ不運だった。
そのことに関して、ホシノが責任を感じることはないのだ。
「守りたいもの、譲れないものがある人は強い。それは、私も分かっている。だからこそ、先生とあの子たちのことも信じてあげて」
最初にミラがホシノに向けて「昔より弱い」と言ったのは、その時のホシノが目的と手段を履き違えて暴走しているように見えたから。
そうでなければ、いくら消耗しているとは言えど簡単にあしらえるはずがないと、ホシノのことを高く買っていたからだ。
だが、実際は見失ってなどいなかった。
守りたいものがあるからこそ余裕がなかったのであり、自爆まで追い込まれたのもそのことを理解できなかったミラの落ち度だ。
自分もまだまだ未熟だと反省していると、大オアシス駅方面から金属的な衝突音が響き渡ってきた。
これほどの規模となると、列車で列車砲に突撃したのだろうか。
ずいぶん無茶な真似をするものだと呆れるが、自爆した自分が言えることではないため、ため息を吐きそうになる衝動をグッと抑える。
どちらにせよ、決着の時は近いだろう。
「さて、向こうも終わりそうだし、私たちもそろそろ・・・?」
先生たちのところに戻ろうか。
そう声をかけようとしたミラの動きが止まる。
「・・・どうして?なんで、ユメ先輩が死ななくちゃいけなかったの?手帳、手帳は?」
何やら、ホシノの様子がおかしい。
俯いたまま、何か小さい声でブツブツと呟いている。
だが、ミラの目にはそれよりも明らかに異常なものが映っていた。
「いや、待て、
ホシノに覆い被さるように耳元で何かを囁いている、黒い面にいくつもの時計盤のような瞳を持つ異形。
キヴォトスでもまず見ない姿にミラは思わず困惑する。
だが、その瞬間脳裏によぎったのは、かつて見た『ヒナが殺される未来』だった。
「っ、まずい!ホシノ、気をしっかり持って!」
最悪の予感を覚えたミラは、慌ててホシノに駆け寄って肩を揺する。
かつてあの未来が見えたとき、ゲマトリアを始末すれば問題は解決すると思っていた。
だが、もしあの場にいなかった、ミラの知らないゲマトリアのメンバーがいたとしたら?
おそらくは、ホシノに囁きかけている異形がそうなのだろう。
ミラの目に映ってはいるが、別の空間から干渉しているのか実体はない。
姿は見えても声は聞こえないため、異形が何を話しているかまでは分からないが、ホシノの様子からして碌でもないことなのは間違いない。
今ここでホシノの精神が崩壊してしまわぬよう、ミラは必死に呼び掛ける。
「ユメ先輩を殺したのは・・・私だ」
だが、ミラの献身も虚しく、とうとうホシノのヘイローが粉々にひび割れてしまった。
「やばっ・・・!?」
今までに感じたことがないほどの悪寒を感じ取ったミラは慌ててホシノから離れようとするが、一歩遅かった。
次の瞬間、ミラはホシノから溢れたエネルギーの奔流に巻き込まれた。
余談ですが、「名前は覚えろ」と叱ったミラ自身も名前を忘れはせずとも思い出すのに時間がかかることが多いです。
興味が無ければ無いほどかかる時間も増えます。