「それじゃあ、行ってくるね」
「えぇ、いってらっしゃい」
アビドスの件がすべて片付き、いつもの日常が戻って少しした頃。
この日はミラが非番の日であり、D.U.まで出かける予定を立てていた。
それはヒナも聞いていたため、特に引き留めることもなく見送る。
だが、それはそれとして、ヒナは内心気が気ではなかった。
ミラを見送ったヒナは、懐から携帯を取り出してモモトークでメッセージを送った。
『先生、ミラが出たわ』
『後の事はお願い』
「なんで私まで・・・」
「あはは・・・」
D.U.の郊外に存在する喫茶店にて、先生の対面に座っているイオリがため息を吐いた。
二人とも、普段の制服やスーツ姿ではなく、それぞれ私服にサングラスをかけていた。
先生はジーパンに半袖の上からシャツを羽織ったカジュアルスタイルで、イオリはツインテールを解いてホットパンツにTシャツの裾を胸の下で結んで止めていた。
服だけ見れば、休日に遊びに来ただけに見えるのだが、揃ってサングラスをしているせいで怪しさが増していた。
だが、それは仕方のないことだった。
なぜなら、二人は遊びに来たのではなく、さらに言えば存在を気取られるわけにはいかない立場なのだから。
「・・・来たぞ、先生」
「どこ?」
「そこ、植木のところだ」
二人の視線の先には、白いワンピースを着たホシノの姿があった。
そんなホシノが向かう先にいるのは、デニムに薄いグレーのパーカーといういつもとは違う格好のミラだった。
待ち合わせをしていたのか、合流した二人は軽く言葉を交わしてから並んで歩き始めた。
「それじゃあ、私たちも行こうか。会計は私が済ませておくから」
「ありがと。こっちは後を追ってる」
それに合わせて、先生とイオリも立ち上がって移動を始める。
なぜ、二人がこのような尾行を行っているのか。
事の発端は、先日に遡る。
『先生、ちょっといいかしら』
『お願いがあるのだけど』
ミラが戻ってきてからマシになったとはいえ、ヒナは根本的には背負い込み気質であり、自分から頼み事をするのはかなり稀なことだ。
そのため、先生も気合いを入れてゲヘナの風紀委員会本部へと向かった。
執務室の中に入ると、ヒナの他にイオリが。
「あれ、イオリもヒナに呼ばれたの?」
「あぁ。言っておくけど、私もまだ何も聞かされてないぞ」
イオリは風紀委員会の幹部だが、どちらかと言えば切り込み隊長としての側面が強い。
そのため、執務室よりも現場にいることの方が多いイオリが呼び出されているということは、余程の事が起きているのだろうか。
「来てくれてありがとう、先生。今の書類を片付けたら用件を伝えるから、座って待ってて」
「わかった」
ヒナに促されてソファに座って待つことしばし。
キリのいいところで作業を中断したヒナは、真剣な面持ちで本題を切り出した。
「明日、ミラが休みでD.U.方面に出かけるの」
「うん」
この時点で、先生とイオリはミラの引率を頼みたいのかと考えた。
ミラは自分から積極的にトラブルに首を突っ込むタイプではないが、巻き込まれたら巻き込まれたで派手に解決する性分だ。
主に、周囲への被害的な意味で。
以前、先生が一緒に飲食店に行ったときもそんな感じだった。
D.U.は連邦生徒会のお膝元であるため、外交的な面倒を起こさないためにお目付け役として同行してはしいのだろう、と。
ただ、ヒナはそこまでお節介焼きだったか?とは思う。
そんな疑問が浮かんだ辺りで、徐々に流れがおかしくなり始める。
「ミラから聞いた話だと、小鳥遊ホシノと買い物に行くらしいわ」
「うん・・・?」
この辺で、先生とイオリはあれ?と思い始めた。
アビドスでの事件の後、ホシノは正式にアビドス高校の生徒会会長に就任した。
客観的に見れば弱小学園とは言えど、責任ある立場になったというわけだ。
よっぽどいないとは思うが、ゲヘナの風紀委員会の副委員長と二人でいることを邪推する人物も、まぁ、もしかしたらいないとも限らない、かもしれない。
あるいは、ミラに巻き込まれる形でホシノに迷惑をかけてしまうことを危惧しているのか。
どうにか納得できる理由を模索する先生だったが、次のヒナの言葉は予想の斜め上を行くものだった。
「あの二人ならよっぽど問題ないと思うけど、それでも万が一があるかもしれないから、先生とイオリには二人に気づかれないように尾行してほしい」
「・・・・・・・・・うん」
ヒナの言っていることが、ちょっとよく分からなかった。
いやまぁ、百歩譲って尾行をどうにか正当化したとしよう。
だが、肝心のヒナから語られる理由が、あまりにもフワフワしすぎている。
普段であれば理路整然としているヒナにはあるまじき姿に、先生も思わず思考が止まりそうになる。
それはイオリも同じだったようで、グリグリとこめかみをほぐしながらヒナに問い掛けた。
「あー、委員長、“万が一”っていうのは?」
「・・・万が一は万が一よ」
あまりにざっくりしすぎた言葉に、先生とイオリは内心で天を仰ぎながらも何となく事態を把握してきた。
ものすごくざっくり言えば、ヒナは羨ましいのだろう。
別に、ヒナとミラに二人の時間がないわけではない。むしろ、最近は積極的に互いの部屋に泊まりに行っているくらいだ。
だが、これが休日になると話が変わってくる。
元よりヒナがほぼワンマンで回していた頃から、ヒナの不在が知られたらゲヘナの全域で暴動が起きるほどだった。
現在はミラが復帰したことでヒナが不在でも問題ないが、逆を言えば昔よりも押さえつけられているということでもある。
そんな状態で、二人とも不在という情報が出回ったら、どうなるのか。
少なくとも、イオリは考えたくなかった。
先生にも、ちょっと想像できない。
それを分かっているからこそ、ヒナも最後の一線として弁えていた。
にも関わらず、ホシノはその一線を踏み越えたのだから、穏やかではいられないだろう。
さらに言えば、ここからは先生とイオリは知らないことだが、ヒナは前日の夜にあーでもないこーでもないと私服を選んでいるミラを目撃している。
ミラとしては「いい感じに目立たない服装はどれだろう」くらいの感覚だったのだが、傍から見れば気合いを入れてコーデを考えているようにも見える。ヒナはそのように受け取った。
そして、とどめにアビドスでの一件でミラとホシノの関係性が変わったとなれば、いろいろと勘繰ってしまうのも無理はない、かもしれない。
本当であれば、ヒナ自身が尾行したいところだが、前述のように自分がゲヘナを空けるわけにはいかない。
そのために、いろいろと頼りになる先生と、万が一荒事になった場合に対応できるイオリに今回の件を頼むことにしたのだ。
「二人とも、引き受けてくれるかしら」
今のヒナは、少しばかり冷静ではないのかもしれない。
であれば、落ち着いてもらうように諭した方がいいのだろう。
ただ、それはそれとして“最強二人のお出かけの内容が気にならないのか?”と問われたら、ちょっと興味の方が勝るのもまた事実であり、
「・・・うん、分かったよ」
「先生がそう言うなら、私も、まぁ」
あくまでヒナの精神衛生のため。
そう心の中で言い訳しながら、先生とイオリはヒナの頼みを引き受けることにしたのだった。
* * *
「いや、冷静に考えたら尾行するなら私じゃなくてチナツだろ」
「それはまぁ、うん」
追跡の最中、先生と合流したあたりでイオリが我に返ったようにツッコみ、先生も頷いた。
つい流れで承諾してしまったが、イオリは良くも悪くも色々な意味で目立つし、愚直すぎるほど真面目なこともあって器用な立ち回りはあまり得意ではない。
ヒナは先生の護衛を想定していたようだが、そもそも戦闘が必要な場面になった時点で尾行は破綻しているのだから、やはりチナツの方が向いていただろう。
チナツが他に重要な仕事があったのならまだしも、そうでないなら尚更。
むしろ、先生がイオリの暴走を止めるために同行すると言った方が、まだ説得力があった。
その辺に考えが回っていない辺り、あの時のヒナはかなり冷静さを欠いていたに違いない。
「あっさり同意されるのもなんか釈然としないけど・・・引き受けたものはしかたないし、出来る限りのことはするか」
言いたいことがあるとはいえ、興味心に負けたのもまた事実。
受けた仕事はきっちりこなそうと、イオリは気持ちを切り替える。
「それにしても・・・ずいぶん親しげだな」
イオリの視線の先では、ミラとホシノが楽しそうに話しながら並んで歩いている。
手を繋いだりはしていないものの、見ようによっては甘やかすことが多いヒナよりも友人らしく見える。
「学校も違うし、昔一度戦っただけって聞いてるけど、何か特別なことがあったりしたのか?」
「ある、とも言える、のかな・・・?」
イオリの問い掛けに、先生は曖昧に頷くことしかできなかった。
一応、心当たりがないわけではない。
二人には、梔子ユメとの記憶という接点がある。
ただ、それだけで語りきれるほど二人の間柄は単純ではなく、そもそもユメのことをどこまで話してもいいのか先生だけでは判断しかねる。
どうしたものかと先生は頭を悩ませるが、元よりそこまで興味がなかったイオリは「ふぅん」とだけ呟いて意識を二人の動向に戻した。
「それにしても、どういう経緯があったんだろうな。前にアビドスでひと悶着あったから、それ関連とかか?」
「どうだろう。あれは既に和解したみたいだけど、ホシノの方がまだ気にしていた、とか?」
アビドスの一件で、ミラはホシノにボロボロにされた。
ホシノがそれを気にしている可能性は十分あるが、今のホシノからは申し訳なさのようなものは感じられない。
ただ純粋に、今回のお出掛けを楽しんでいるように見える。
それはミラも同じであり、むしろ何かを勘繰る必要などないのでは?と思わされるほどだ。
それでも、あの二人が一切の裏表も無しに揃って遊びに行くとは考えづらい。
「まぁ、このまま追跡してれば分かるか」
「あの二人には悪いけどね・・・ってあれ?」
先生が申し訳なさから一瞬視線を逸らすと、逸らした先で見覚えのある姿を捉えた。
いや、パッと見では分からなかったが。
なぜなら、揃いも揃って私服姿にサングラスをかけていたから。
「どうしたんだ、先生?」
「いや・・・あそこに、対策委員会の皆が」
「は?」
先生が指をさした方を見れば、そこには自分たちと同じように物陰に隠れながらミラとホシノの後を追っている、対策委員会のメンバーの姿があった。
どうやら、考えることは同じだったらしい。
「合流する?」
「・・・その方が面倒が少なそうか」
思っていたよりも賑やかな追跡になりそうな予感を覚えたイオリは、溜め息を吐きつつも先生と共にアビドス組に合流しに向かった。
自分は“イオリの私服はヘソ出し系であってほしい”派です。
肌面積が広いとなお良し。
足を舐めるならヘソを舐めてもいいと思うんですけど、そっちの方が犯罪臭が強いのは何故なんでしょうね。
ホシノ以外のアビドス組の私服の描写どうしようかと思ってたら、公式から供給されて助かりました。
なので、詳しくは名古屋さんぽを参考にしてください(丸投げ)。