「・・・ん?」
とある日、普段通りに執務室で書類仕事に勤しんでいたミラが、ふと視線を机から床へと落とした。
突然の行動にアコが訝しそうに問い掛ける。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか揺れた気がして。最近多いんだよね」
「本当ですか?」
「震度で言えば1あるかどうかだから、気付かないのも無理はないわ。でも、最近多く感じるのは私も同意見」
実は同じく気付いていたヒナもミラに同調する。
あくまで座っているときにようやく感じ取れるため、現場活動している間のことまではわからない。
それでも、限られた時間でさえ毎回のように感じているということは、全体的な頻度が上がっているのは間違いないだろう。
「んー・・・情報部って地震の計測とかしてたっけ?」
「いえ、別のところがやってたと思うわ。たしか、ヒノム火山の観測所だったかしら?」
ここしばらく噴火の記録がないものの、ヒノム火山は現在も活動を続けている活火山であるため、当然万が一のための観測所が設置されている。
別に風紀委員会や情報部の管轄というわけではないが、情報提供を要請して渋られるほど険悪な仲でもない。
「連絡しておきますか?」
「今すぐじゃなくていいけど、一応」
仕事ではなく私情なため気が引ける部分もあったが、放置するのも落ち着かないため素直に頼むことにした。
そうしてアコが観測所にメールを送ってから返信が届いたのは、すぐのことだった。
「観測所から返答がありました」
「へぇ、早いね。何て?」
「『“虚妄のサンクトゥム”関連の事件以降、微震が増加傾向にある』、とのことです。現時点でそれ以外の変化はないものの、必要であれば続報を送るようですが、どうしますか?」
思った以上に観測所の対応が早いということは、向こうも何かしらの異変を感じ取っているということだろう。
問題があるとすれば、情報をもらったところで出来ることが少ないということか。
せいぜい、特別演習の候補から除外するか、緊急対応マニュアルを改めて確認するくらいだ。
「正直、私たちがもらったところで、とは思うけど。ヒナはどう思う?」
「もらえるものはもらって、無視できなくなったら先生に相談する、くらいでいいと思うわ」
風紀委員会で出来ることは少ないが、先生の人脈があれば出来ることも増えてくる。
最悪な事態が起こらないに越したことはないが、備えて損はないだろう。
そう考えつつも、ひとまずは後回しにすることにした。
なのだが、事態はミラたちが想像していた以上に早く進行していた。
数日後、先生がメールを送ったその日のうちに風紀委員会本部に現れたのだ。
「ヒナ、ミラ、アコ、久しぶり」
「久しぶり、先生。だけど、急に来るなんてどうしたの?」
基本的に、先生はしっかりとアポイントを取る方だ。
生徒から個人的に呼び出された場合はその限りでもないが、先生の方からいきなり訪ねてくることはあまりない。
あるとしたら、それは只事ではない何かが起きている場合だ。
『それについて、私から説明させていただきます』
そんなミラの疑念に答えるように、突如として通信が割り込んできた。
だが、すぐに正体が分かったため驚くようなことはなかった。
「あれ、リンじゃん」
『えぇ、お久しぶりです、ミラさん』
色彩事件以来の顔ぶれにミラは軽い調子で挨拶を交わす。
だが、ヒナはリンが現れた意味を察して眉間に皺を寄せた。
「・・・連邦生徒会長代行が出てくるということは、それだけ緊急の案件ということかしら?」
『おおまかにはそうです。とはいえ、たしかに危機的状況と言えますが、まだ幾分か猶予が残されています。実のところ、こちらも事態を完全に把握できているわけではありませんので、万全を期すために私も先生に協力している形です』
そう言うリンの表情から切羽詰まったような雰囲気は感じられないため、本当にまだ余裕があるのだろう。
だが、色彩事件の時と同じような真剣な空気を纏っているあたり、大事であることに違いはないらしい。
ミラとヒナに視線で促されたリンは、今回の用件について説明を始めた。
『発端は、“虚妄のサンクトゥム攻略戦”の後、“アトラ・ハシースの箱船占領戦”の前になります。虚妄のサンクトゥムを攻略した後、新たなエネルギー反応を検知したことで私たちは作戦目標を敵の本丸であるアトラ・ハシースの箱船に変更しました』
「そうだったね・・・もしかして?」
『はい。反応を示した地点の一つが、ゲヘナのヒノム火山です』
これはシャーレでリンたちと共に作戦を立てていたアコや現地防衛のために残っていたヒナは聞かされていたが、さっさとアビドスに向かったミラには初耳の情報だった。
なんで言ってくれなかったのだと思わなくもないが、そもそもを言えば独断で動いていたミラが悪いため、大人しくすることにした。
リンもそのことには触れずに説明を続ける。
『作戦の後、反応は消失したのですが、再び同じような反応が観測されました』
「それで、私たちにも力を貸してほしいってこと?」
『はい、その通りです』
「それなら構わないわ」
一方的に協力を要請してきたのであれば考えるが、今回に関しては他人事とは言えない。
先生からの要望でもあるのなら、なおさら断る理由はなかった。
ならばさっさと行こうとミラは腰を上げようとするが、それを引き留めるようにリンは話を続けた。
『ですが、いくつか気になることがあります』
「ふぅん?何かな?」
『一つは、発見の経緯です。元々、この反応は連邦生徒会がキヴォトス極地の火山で発見したものです・・・いえ、この表現は適切ではありませんね。厳密には、とある姿を発見した後にエネルギー反応を検出した、と言った方が正しいでしょう』
「姿、っていうのは?」
目視するまで存在を検知できなかったというのも不可解な話だが、“姿”という言葉に何か含みを感じる。
ヒナがそれについて尋ねると、リンはわずかに逡巡してから答えを口にした。
『曰く、“船”とのことです』
「・・・船?」
『はい。溶岩地帯を航行する船が確認できたそうです』
それはまた奇妙な話だ。
ミラたちの知る限り、キヴォトスで溶岩に耐えれる船を作れる技術を持つ学園に心当たりはない。
ミレニアムなら可能性は0ではないが、それだけの船を1隻作るだけの予算の動きを見逃すとも思えない。船どころか要塞都市を誰にも気付かれずに作り上げたセミナー会長はいるが、それはともかくとして。
『その船が発見された地点では、火山の活性化が確認できました。そのまま放置すれば大規模な噴火が発生し、キヴォトスが『火山の冬』に包まれる・・・そう思われていたのですが、なぜか唐突に極地での火山地帯での活動を止めて移動を始めました』
「その移動先が、ヒノム火山ってことね」
迷惑な話だとミラがため息を吐く。
どうしてわざわざ出戻るような真似をするのか。そもそも船がどうやって陸地の火山に向かうというのか。
いろいろと言いたいことはあるが、今は他に考えなければならないことがある。
『もう一つは、船の正体について。連邦生徒会が発見した時点では不明でしたが・・・とある筋から情報が提供されました』
「誰から、ってのは教えてもらえない?」
『はい』
少し強めの拒絶に、ミラは大人しく引き下がる。
ただ、何となくミラの脳裏には自己肯定感の塊のハッカーの顔が浮かんでいた。
あるいは、得意のハッキングによって匿名で情報を流したのかもしれない。
それはそれで彼女が動く理由が分からないのだが、続く言葉でその辺りの事情を察した。
『曰く、音にならない聖なる十の言葉、神聖な道である『
何を指しているのか要領を得ない、独特な言い回し。
だが、今いる風紀委員会のメンバーの中でミラだけが、その内容を知っていた。
「デカグラマトンの預言者・・・」
『ご存じなのですか?』
「まぁ、ちょっとね」
それは、ミラが独自でゲマトリアを追っていた時に見つけた名前であり、色彩事件でも確認された特異存在。
かつて新たな神を生み出すために作られたAI“デカグラマトン”。それに感化されたAIである“預言者”。
このタイミングで、その一機が現れた。
「そいつの名称は?」
『・・・その船の名は、
リンが口にした名前に心当たりはないが、少なくともただの船であるはずはない。
事実、リンが言うにはコクマーが現れた地点では火山活動が刺激されているらしい。
このままヒノム火山が大噴火を起こせば、その規模は計り知れない。
難敵であることに違いはなく、少なくともビナーと同等クラスと考えれば相手にとって不足はないだろう。
今度こそ話は終わりだろうとミラは立ち上がろうとし、だがまたしてもリンによって引き留められた。
『そして、最後に一つ、不可解なことが』
「不可解・・・?」
いい加減に現場に向かわせてほしいと胡乱な眼差しを向けるが、先ほどまでの真剣な表情の中に困惑の色が混ざっているのを見て意識を切り替える。
そしてリンからもたらされた情報は、ミラたちの想像の斜め上を行くものだった。
『コクマーの反応を追っていた中で、別の反応を一つ検知したのですが・・・それは、生体反応でした』
「生体って、生き物ってこと?」
『はい。火山のど真ん中に、人間大の反応が一つ、移動もせずに留まったまま』
ミラは思わず視線をヒナに向け、視線を向けられたヒナは首を横に振った。
風紀委員会はたまに特別演習でヒノム火山に行くことはあるが、地震が起き始めたあたりでは行っていない。
遭難者かとも思ったが、そのような通報はされてないし、そもそも遭難したからと言って大ケガをしない限りジッと留まれるような環境ではない。
「・・・温泉地帯やガス地帯はともかく、火口のど真ん中に人間がいるってこと?」
『その通りです』
「誤検知とかじゃなくて?」
『寝ているかのように微弱なものでしたが、間違いなく』
「・・・本当に?」
『はい』
「・・・普通に考えればあり得ない、けど・・・」
念入りな確認の全てに頷かれ、今度はアコとも視線を合わせる。
というより、他全員の視線がミラに集中していた。
「ミラさんならいけるんじゃないですか?」
「いやぁ、熱湯風呂はともかく溶岩風呂はさすがに・・・」
昔、特別演習でヒノム火山に行った際に間欠泉の不意打ちを受けたことがあるが、直撃と落下による衝撃はともかく熱によるダメージは特になかった。
とはいえ、さすがにマグマに突っ込んで大丈夫だと言い張れるほどミラは自身の耐久力を過信していない。
そもそも、岩を溶かすと言われるビナーの熱線でしっかりダメージを負っているのだから、まず無理だろう。
「そう言えば、最近はこちらでも火山性の微弱地震が発生していましたね」
『でしたら、一刻の猶予もないでしょう。必要であれば、こちらから治安維持用の戦力を送りますが』
「さすがに、今すぐ同時には離れられないわ。万全を期したいのは分かるけど」
「んー・・・ん?」
アコとヒナが近況や人員について話し始めた傍らで、ミラは一つ違和感を覚えた。
「コクマー、だっけ?そいつを観測してからヒノム火山に移動したのはいつ?」
『ここ最近、一週間も経っていないですね。それが何か?』
「・・・いや、何でも。というか、確証が持てない」
ここ一週間。それはミラが地震を感じ始めた時期と一致する。
だから地震の原因をコクマーと結びつけたが、観測所はそれよりも前から地震の多発を観測していると言っていた。
色彩事件以降増えた微弱地震、そしてヒノム火山に潜む人間大の生体反応。
そんなまさか、とは思う。馬鹿馬鹿しい、とも思う。
だが、“もしかしたら”が頭から離れない。
少なくとも、デカグラマトンの預言者が動く相応の何かがあるのは違いないのだ。
「まぁ、私がいくよ。ヒナもそれでいい?」
「えぇ。他はどうする?」
「イオリとチナツ、他にも何人か連れてくよ」
「分かったわ。こっちのことは任せて、ミラは先生のことをお願い」
「任された」
釈然としない部分はある。
だが、それも現場に行けば分かること。
意識を切り替えたミラは、さっそく同行メンバーの選抜のために執務室から出ていった。
今回の戦いが、今までで最も過酷なものになると知らないまま。
事前通告になりますが、今回の章で「キヴォトスの白い龍」を完結させる予定です。
とうとうゲヘナのメインストーリーが来たというタイミングではありますが、展開次第ではミラを挿し込めるか怪しいのと、挿し込めたところで改変も並行展開もできないただのトレースになるならやる意味あるか?って話になるので。
モチベーションの低下を指摘されたら、それもまぁ否定はできませんが。
一応、紅編が終わった後にもう2,3話ほど小話を書くつもりですが、その辺で最終判断を下そうかなと。