手早く準備を終えた先生たちは、さっそくヒノム火山へと向かった。
いつコクマーによって火山が噴火するか分からない以上、一分一秒すら時間が惜しい。
だから寄り道する暇も惜しいのだが・・・それはそれとして、寄っておかなければならない場所があった。
「なるほど?事情は把握した。しかしだねぇ、人に頼む時は相応の態度というものが・・・」
「ん?なに?」
「喜んで協力させてもらうとも!」
現在、ヒノム火山の麓にある温泉施設の一つでミラがカスミの首根っこを掴んでいた。周囲にはメグを含めた他の温泉開発部のメンバーが怯えるように肩を寄せ合っている。
ヒノム火山周辺には、温泉開発部が運営している温泉施設が点在している。
そのため、協力は得られずとも情報くらいは貰うつもりで突入前に寄ることにしたのだ。
幸いなことに部長のカスミもいたのだが、当然のように逃げ出そうとしたのをミラが速攻で捕縛して現在に至る。
「ミラ、カスミを下ろしてあげて」
「はーい」
温泉開発部が問題児集団なのは事実とはいえ、これでは頼むというより脅しているようにしか見えない。
せめて対等に話せるようにという先生の頼みを、ミラは素直に聞き入れた。
万が一逃げるとも限らないので、カスミの傍からは離れないが。
「ふぅ、感謝するよ、先生。だからという訳ではないが、どちらにしろ私たちにとっても無関係な話ではなさそうだ。作戦の全面協力を約束しよう。もちろん、その間は捕まえないでもらえるかな?」
「それくらいはね」
ヒノム火山の大噴火は温泉開発部にとっても死活問題だ。
先生からの頼み事であることも加味すれば、たとえ風紀委員会との共同戦線だとしても受け入れる他ない。
メグたちもそれは同じなようで、特別反対する者はいなかった。
「しかし、火山活動を活性化させる船に、火山に潜む謎の生命体か。にわかに信じがたいが、先生が言うなら嘘というわけでもないのだろう?」
「うん。少しでも何か知っていることはないかな?」
「すまないが、どちらとも見覚えも聞き覚えもない。微震については把握していたが、虚妄のサンクトゥムに関する作戦の際はほとんどミレニアムに出払っていたしな・・・」
そう言えば、大義名分を得たとばかりに要塞都市エリドゥを破壊してたなぁ、と先生は当時を思い出した。
セミナー会長による多額の予算横領によって作られた挙げ句、当人が失踪したことでめちゃくちゃ対応に困っていたとはいえ、遠慮なく必要以上に破壊活動に勤しんでいたのは流石と言うべきか。
すべて終わった後、ユウカがものすごい複雑な表情で頭を抱えていたのが印象的だったが・・・今は目の前の問題だ。
「お前たち、何か心当たりはあるかな?」
カスミが部員たちに問いかけるも、各々視線を向け合うだけでこれといった意見は出てこない。
とはいえ、虚妄のサンクトゥム攻略作戦ならまだしも、箱舟占領作戦は上空75,000mという目視すら難しい領域の戦いだったのだ。何も知らないのも無理はない。
「一応、念のために聞くけど、イオリとチナツはどっちの作戦もゲヘナにいたよね?何か心当たりはある?」
「ごめん、なんもない」
「すみません、私も・・・」
ミラの問い掛けに、イオリとチナツは申し訳なさそうに首を横に振る。
ミラも何か知っていたら出発前に話していると分かっていたため責めはしなかったが、どうしたものかと天を仰いだ。
せめてもう少し情報があれば、考察が進むのだが。
だが、そんな微妙なミラの心情を見逃さなかったのはカスミだった。
「ふむ、そういうミラには、何か心当たりがあるように見えるのだが、それは私の気のせいかな?」
「・・・指摘してる時点で、ある程度確信を持ってるよね、それ」
カスミに指摘されたのは癪だが、間違ってはいないためミラも否定はしない。
「良ければ、教えてくれないかな?」
「んー・・・突拍子が無さすぎて、私も自信がないんだけど・・・」
先生からの要望に、ミラはそう前置きしつつ出発前から脳裏にちらついていた一つの可能性を語り始めた。
「ほら、先生は覚えてる?私が箱舟で足止めをくらったの」
「たしか、本線をハッキングされた直後のことだよね?」
先生の確認にミラも頷く。
“黄昏ミラ”と名乗った、色を反転させたような自分にそっくりの少女。
あの時は、苦戦しながらもハルナたちの援護のおかげで勝利できたのだが、
「あの時、黄昏ミラは壁に開けた穴から外に投げ出された。でも、その後のことは把握してないんだよ」
「・・・え?いや、さすがにそれは・・・」
ミラが何を言いたいのか理解したイオリが、あまりに突拍子のない推測に思わずツッコミをいれる。
他の面々も、声には出ずとも同じような反応だった。
当然、ミラ自身も自覚はある。
だが、確証とは言えずとも根拠がないわけではなかった。
「言いたいことは分かる。私だって、上空75,000mから落ちたらどうなるか、分からないわけじゃない・・・その上で、咄嗟でも確実に助からないような手段をとるほど、私自身が堕ちているとも思っていない」
たしかにミラは、風紀委員会の中ではかなりフリーダムかつヤンチャでやらかすこともしばしばある。
だが、それでも人が持つ最低限の良識を投げ捨てている訳ではなく、風紀委員会として弁えるべき一線を心がけている。
その中には当然、キヴォトスで最も忌避されている“殺し”も含まれている。
いくら自分たちの生死やキヴォトスの存亡がかかった非常事態だったとはいえ、無意識領域すらすっ飛ばして確殺する手段を躊躇わずに実行できるのか?
「こう言うとすごい言い訳臭くなっちゃうけど、心のどこかで『こいつなら問題ない』って確信があったから、即断で実行できたんじゃないかなって」
「ふむ、トドメはミラだが、壁に穴を開けたのは美食研究会のアカリだったのだな?だが、あれから特に気にしている様子もなければ、他のメンバーが指摘した様子もない。それは給食部のフウカも同様。運転でそれどころではなかったのを加味しても不自然、か」
カスミが情報を整理した辺りで、場に奇妙な空気が流れる。
一応、先生も爆発した箱舟から放り出されて生還した一人だが、あれはシッテムの箱があったからこその奇跡だ。
後押しも偶然もなく、正真正銘身一つで空から投げ出されてなお生還できると無意識ないし本能的に確信させられる存在。
想像のつかない領域に悪寒を覚え・・・ふとミラを見て『あれ、実は意外となんとかなる?』と思い始めた。
「いや、私だって条件が悪ければ普通に無理だからね?」
「つまり、条件が揃えば自信はあるってこと?」
「最初から出来ないって断言するのは負けな気がするし・・・」
「副委員長ってこういうところあるよな」
「案外負けず嫌いですよね」
「さすが、噂されたからってだけで素手でビルを壊してみたミラは違うなぁ」
最後のメグの発言はまぁまぁけなしが入っているような気がしたが、否定は出来ないため黙るしかなかった。
思えばあの頃はまだ未熟でヤンチャだったなぁ、と思いながらも、脱線しかけている話を元に戻す。
「それはともかく、もし私の予想が当たっていた場合、あいつとの戦闘は私にやらせてほしい」
「副委員長が戦いたいだけじゃなくて?」
「それもあるけど・・・」
状況が状況だったためにハルナたちのことを責めるつもりはまったくないが、どうせならやはりタイマンで決着をつけたいという気持ちがあるのは確かだ。
だが、それはそれとして、
「私に不利な状況だったとはいえ、私でも手に余る相手だからね。最初に私が可能な限り削った方がいいかなって」
「それは、たしかにそうかもね」
仮に今のメンバーでミラvsその他で戦った場合、先生がその他チームを指揮することでようやく五分といったところだろう。
戦場の不利があったとはいえ、ミラでも相手するのが難しいほどの手練れであれば、ミラ以外が即座に蹂躙されることになりかねない。最悪の場合、先生にまで被害が及ぶ可能性もある。
それを考えれば、最初はミラによる単騎突撃が最も被害が少なくなる。
問題があるとすれば、
「ただ、コクマーの出方がまったく分からないのがなぁ・・・」
今回の作戦のメインターゲットは、あくまでヒノム火山を活性化させているコクマーの討伐ないし撃退であり、本来黄昏ミラはサブターゲットですらない部外者のようなものだ。
だが、コクマーが移動した理由と無関係であるとは言えず、コクマーとの戦闘中に乱入してくる可能性だって十分にあり、逆に黄昏ミラとコクマーが敵対している可能性も0ではない。
黄昏ミラは、むしろ無視できるならそうするに越したことはないイレギュラーなのだ。
「一応聞きますけど、副委員長はその黄昏ミラさんと戦いたいんですか?」
「出来るならリベンジマッチはしたいけど、さすがに今はコクマー優先」
いかにミラといえど、優先順位を履き違えるほど愚かではない。
今は直接ゲヘナやキヴォトスの危機に関係してくるコクマーの対処が最優先だ。
ただ、『もし邪魔をするならその時は仕方ないよね?』というだけで。
『むしろそうなってほしいなー』と思っていないのかと聞かれたら、ちょっと嘘になるかもしれない。
口では尤もなことを言いつつも、体は正直にウズウズしているのは隠せていないため、ミラ以外の面々は一斉にため息を吐いた。
「・・・どっちにしろ、まずは現場に行かないとね」
ミラが言った通り、今回の目的はコクマーだ。黄昏ミラのことは、コクマー戦が終わった後でもいい。
若干の不安を抱えながらも、温泉開発部が加わった対コクマー部隊はヒノム火山の奥地へと向かった。
今回のゲヘナストーリーを見て、正式に『キヴォトスの白い龍』を紅編+αで完結させることを決めました。
すごく面白いとは思ったんですが、それ以上に自分の解釈が浅かったという自己嫌悪からこれまでの話を大幅に書き直したくなる衝動(主に時系列とアコ周り)に駆られそうになるのと同時に、その作業量を想像して若干吐き気が込み上げながら精神が捻じ切れそうになったあたりで、この状態で執筆は出来ないなという結論に至りました。
別にモチベーションがなくなったとか萎えたわけではなく、ゲヘナ箱推し(ヒナは特別)の作者がさらなる沼に嵌って自縄自縛からの窒息溺死に陥っただけですので、その辺は悪しからず。
自分の心に整理をつけるためにも、今回報告することにしました。