先生たちが移動を始めてから数分後。
とうとう危惧していた変化が起きた。
「みんな、生体反応に動きがあった。コクマーに接近している」
先生からの報告に、ほぼ全員が体を強張らせる。
唯一例外のミラも、表情を引き締めつつ若干低くなった声音で先生に問い掛けた。
「接触のタイミングは?」
「もうすぐ。というより、ちょうど今・・・」
先生が言い終わるよりも早く、作戦ポイントの方角から機械の駆動音にも似た雄叫びと共にズズンという火山全体が震えるような震動が伝わってきた。
「戦闘の気配・・・ってことは、向こうが手を組んで襲い掛かってくることはなさそうかな?」
「つまり、最悪のパターンは避けられたってことか?それなら・・・」
『いえ、そうとは限りません』
ミラの推測にイオリが安堵の息を吐こうとすると、通信に割り込んだリンがイオリの楽観を否定した。
語気には焦りが感じ取れ、只事ではないことが起こっているようだ。
そして、それは正解だった。
『ヒノム火山が急激に活性化し始めました。この状態が続けば、おそらく一時間ほどで噴火するでしょう。それも、過去に類を見ない規模で』
「普通にキヴォトスの危機じゃんそれ!?」
どうやらコクマーだけでなく生体反応の方も火山活動を活性化させるような能力を持っているらしい。
地獄のような組み合わせに、ミラも思わず頭を抱えてしまう。
作戦ポイントまではすぐそこだが、危機に対する猶予としてはあまりに心許ない。
「ここはとにかく急ごう。私は後回しでいいから、皆は先に・・・」
「メグ、GO」
「はーい!」
ミラが端的に指示を出すと、メグが間髪いれずに先生を担ぎ上げ、全力でダッシュし始めた。
残った面々もその後ろを追いかける中で、カスミは小さくため息を吐いた。
「別に嫉妬するわけではないが、何だか複雑な気分だねぇ」
「それなら、私が担いであげよっか?」
「遠慮しよう。それはそれで終わった後にメグが満足するまで連れ回されることになりそうだ」
メグが風紀委員会の指示を大人しく聞いているというのは、素直に言えばあまり面白くない。
二人とも同学年の上級生であり、自分にはない付き合いがあるというのも頭では理解できるし、メグのあの素直さも好ましく思っている。
それはそれとして、思うところがないわけではないのだが。
まぁ、この場においては雑念でしかない。
気持ちを切り替えてメグを追いかければ、目標ポイントに着くのはすぐだった。
だが、てっきり真っ先に突っ込んでいくと予想していたメグが先生を下ろすことも忘れて呆然としている。
普段のメグからは考えられない様子に慌ててメグの視線の先を確認し、全員が言葉を失った。
目の前に広がっているのは、巨大な機械の怪獣と一人の生徒らしき人物が戦いを繰り広げている光景だった。
巨大な機械の方は、おそらくコクマーであろう。だが、その姿は船からはかけ離れており、二本の巨大な足と船首がそのまま変形したような頭部は、炎を吐き出す姿も相まって“怪獣”と呼ぶに相応しい。
そんな怪獣に相対しているのは、背丈ほどのブレードが取り付けられた狙撃銃を振り回している少女だった。
常軌を逸した武器もそうだが、何より特徴的なのはその容姿だった。
黄金の瞳に
当然、全員の視線がミラに集まる。
「黄昏ミラ・・・やっぱりというか、くたばってなかったんだ・・・」
「黄昏、ミラ・・・?」
「ほら、アトラ・ハシースの箱舟で私が誰かに襲われたの、覚えてる?それがあいつ。まぁ、私の記憶とちょっと違うけど」
ミラの記憶では髪も角も翼も漆黒であり、断じて赤ではなかった。
まさか、
あまり考えたくない可能性だが、今重要なのは目の前の戦況だ。
「黄昏ミラ、だっけ?あいつの方が押してるよな?」
「そうですね。信じがたい光景ではありますが・・・」
コクマーは怪獣のような見た目に違わず、口から炎を吐き出している。時には火炎放射のように、時には弾として放たれるそれらは、地面が焦げ付いていることから尋常でない火力なのは間違いない。
だが、黄昏ミラはその全てを正面から突破し、拳や蹴りで吹き飛ばし、ブレードで切り裂き、銃弾を叩き込む。
普段の暁ミラの戦い方をより荒々しくしたかのような動きは、見る者の本能に直接恐怖を植え付けるかのようだ。
とはいえ、客観的に見れば敵は同じであり、共闘できれば心強いと思えるのかもしれないが・・・
「リンちゃん、今の状況見えてる?このまま放置で大丈夫そう?」
『こちらでも確認しています。付け加えるのであれば、黄昏ミラの動きに応じてヒノム火山が活性化しているようです』
「楽はさせてくれないかぁ」
物事はそう簡単に上手く運ばないらしい。
これで、どちらも相手をしなければならないことが確定した。
「先生、指示をお願い」
「うん。予定どおり、ミラは暁ミラの方をお願い。他の皆はコクマーに行こう。タイミングは・・・」
戦闘前の最後のミーティングを手短に済ませる。
いや、済ませようとした。
コクマーと黄昏ミラがこちらに気付いてないと考えて、一大決戦の士気を高めるために顔を見合わせようと、先生は視線を目の前の戦闘から生徒たちに移した。
その意図を察した生徒たちも、視線を先生に向ける。
それは暁ミラも例外ではなく、目の前の戦闘からほんの一瞬だけ視界を外した。
次の瞬間、背筋に悪寒が走った暁ミラが視線を元に戻すと、コクマーと戦っていたはずの黄昏ミラがブレードを振りかぶった状態で眼前まで迫っていた。
気が付いているのは暁ミラの他に、たまたま視線を周囲に巡らせていた先生のみ。
だが、先生はまるで走馬灯のようにスローモーションで見えているだけで、そこからアクションを起こせるだけの余裕はない。
不幸中の幸いなのは、黄昏ミラの目的があくまで暁ミラであるということか。
「伏せてッ!!」
咄嗟に叫び、背中から抜いた
「「うわあ!?」」「きゃあ!?」「なぁ!?」
足下が陥没するほどの一撃を受け止め、衝撃が撒き散らされたところで、ようやく他のメンバーも襲撃に気が付いた。
「何事かね!?」
「えっ、こいついつの間に!?」
「こいつの狙いは私!さっさと先生を連れてって!」
「わ、分かりました!」
「急げ急げー!」
突然の事態に混乱しそうになるが、暁ミラの鋭い指示によってどうにか気を取り直すことができた。
三度メグが先生を肩に担ぎ上げ、急いで離脱していく。
若干締まらない格好ではあるものの、せめてと先生は遠ざかる姿に声を張り上げた。
「ミラ!無茶はしないでね!」
どっちも名前はミラなんだよなぁ、とは思いつつも口には出さない。
あるいは、両方に対して言ったのだろうか。
先生の真意がどちらにせよ、それよりも今は目の前の問題だ。
「視線を外した途端に襲い掛かってきちゃって・・・『私だけを見ていろ』とでも言いたいのかな?」
「・・・」
「それに、ずいぶんと見た目が変わったね。イメチェンってやつ?」
暁ミラの軽口混じりの挑発に、黄昏ミラは動じない。
ただ瞳に瞋恚の炎を宿し、ブレードを押し付ける力をさらに強めていく。
最初に会ったときも大概コミュニケーションに難を感じさせたが、今はさらに輪をかけて面倒くさい。
隙までは出来ずとも、せめて少しくらいは情報を引き出したいところだが、この様子ではそれも難しそうだ。
(さぁて、今の私で勝てるかな・・・?)
箱舟で戦った際は、場所と身体能力の不利を咄嗟の機転と偶然の援護(ハルナは必然だと主張するだろうが)によって乗り切ることができた。
だが、今回は場所の不利こそないものの、全身で受け止めている圧力はあの時よりもさらに重い。
どのような原理かは分からないが、さらに強くなっているのは間違いなさそうだ。
最悪、新たな能力に目覚めた可能性も、ないとは言いきれない。
セトの憤怒との戦いで目覚めた力を使えれば互角以上に戦えるだろうが、あれ以来一度も再現できていない。
もし行使のための条件が“色彩との接触ないし接続”なのだとしたら、もはや使う使わない以前の問題だ。
色彩など、そう易々と呼び出していい存在ではない。
近くに先生や他の生徒がいるのであればなおさら。
(詰んではいないけど、ここからどうしよう)
あれこれ考えている間も、黄昏ミラの力は徐々に強まっている。
段々と足が地面にめり込み始め、骨がミシミシと悲鳴を上げ始めている。
ちょっと力を込めた程度ではびくともせず、無理やり押し返そうとすればこちらが腕を痛めてしまいそうだ。
ならばどうするか。
「こういうのは、経験の差だよね」
このままでは受けきれないと判断した暁ミラは、敢えて脱力して自身にかかる圧力を前方向のベクトルに変換、その勢いを利用して黄昏ミラの股の間をすり抜けた。
脛と膝を思い切り地面に擦ることになってしまったが、直接的なダメージはほとんどなくやり過ごした。
即座に体を反転させて翼爪を地面に引っ掻けながら黄昏ミラに向き合うと、地面にめり込んだブレードを引き抜いて銃口を向けているところだった。
再び背筋を走る悪寒に従って体をひねった直後、黄昏ミラが引き金を引いた。
「ぐぇあっ!?」
次の瞬間、射線上を渦巻くように発生した暴風によって吹き飛ばされてしまった。
翼を活用してどうにか体勢を立て直したが、一発の射撃による結果を目の当たりにして冷や汗を流すことになった。
「あっはは、マジかぁ・・・」
地面を見れば、黄昏ミラの射線上が僅かだが抉られていた。土や砂利ならともかく、冷えた溶岩で形成されたであろう地面が。
コクマーと戦っていた際は銃口が上を向いていたために気が付かなかったが、どういう原理か銃弾の威力もかなり向上しているらしい。
僅かとはいえ余波だけで火山岩を抉るとなると、先生の身では近くを通りすぎるだけで致命傷になりかねない。
着弾地点までは確認できないが、おそらく通常の対物ライフルとは比較にならない弾痕が刻まれているだろう。
だが、驚くのはまだ終わりではなかった。
おもむろに黄昏ミラが銃口を空へと向けて、一発の銃弾を放つ。
今回はこちらがドローンやヘリを用意しているわけでもなく、黄昏ミラもなぜか撃ってから動きを見せない。
何が狙いなのか訝しむが、上空から僅かに聞こえる風切り音に気が付き、上空を見上げて思わず愕然とした。
「そうきたかぁ・・・」
上空には人の背丈を越えると思われるサイズの炎を纏った岩の塊、火山弾が5発、暁ミラへと降り注ごうとしていた。
ここまでされたら、嫌でも確信せざるを得なかった。
今回の戦い、間違いなく以前にも増して死地である、と。
威力の描写を書くとき、「ちょっと盛り過ぎかなぁ・・・」と思うことがあっても、アリスを見ると「これくらいならええか・・・」となります。